FGO
鳴鳳荘イベント開催!
鳴鳳荘イベント攻略はこちら
バーソロミューの元ネタ・史実紹介
▶︎開催中のガチャシミュレーターはこちら

秦良玉の元ネタと史実解説

編集者
レン
更新日時

FGO(フェイトグランドオーダー)のサーヴァント「秦良玉」の元ネタである史実を解説。原典となる神話や歴史、史実と設定の相違点や登場済みのサーヴァントとの関係性を掲載しているので、FGO(FateGO)を考察する参考にどうぞ。

秦良玉

©TYPE-MOON / FGO PROJECT

関連記事
秦良玉
秦良玉
▶︎評価とスキル優先度▶︎運用方法とおすすめ編成▶︎セリフ・ボイス▶︎霊基再臨・マテリアル

秦良玉の元ネタ

秦良玉のプロフィール

出典 明史
地域 中国
時代 16〜17世紀
誕生年 1574年
没年 1648年(享年74歳)

出典の詳細

出典は「明史」

秦良玉の出典は中国の歴史書・二十四史の1つ「明史」とされている。1368〜1644年まで続いた中国の王朝・明の成立から滅亡までが記されている。

なお、秦良玉は正史に列伝を持っている唯一の女性武将でもある。秦良玉の軍はトネリコでできた槍を装備していたため、「白杆兵」と呼ばれ恐れられていた。

秦良玉の史実・伝承

秦良玉の出自

秦良玉は四川の忠州に生まれる。その後、成長した秦良玉は忠州を治める馬千乗の妻になった。

1599年に楊応龍の乱と呼ばれる反乱が起きると、夫とともに従軍。500人の兵を率いて活躍した。

しかし、夫が無罪の罪で獄死してしまう。そのため、秦良玉は夫の代わりに統治することになる。

崇禎帝との謁見

夫が亡くなった後も、秦良玉は兄弟たちとともに反乱軍と戦い続けた。

しかし、1630年に永平の四城が陥落してしまい、秦良玉は当時の皇帝・崇禎帝(すうていてい)から呼び出しを受ける。

責任を追及されると思った秦良玉は、身辺整理をしてから北京へ赴く。だが崇禎帝はこれまでの秦良玉の活躍を賞賛し、皇帝自らが作った詩4つといった多くの恩賞を渡した。

そして、秦良玉は四城の回復を命じられて帰還する。その後も秦良玉は多くの賊を退治した。

張献忠との戦い

1640年、大量虐殺で有名な張献忠(ちょう けんちゅう)との戦いで苦戦を強いられる。秦良玉は連敗により3万人の部下を失い、味方からも協力を得られなかった。

その後、四川を張献忠に支配されてしまうも、秦良玉は抗戦を続ける。しかし、李自成の乱によって崇禎帝が死亡し、明が滅亡もしてしまう。

秦良玉は亡命政権の南明・弘光帝(こうこうてい)に仕えることになる。そして1646年に張献忠が死ぬまで、秦良玉は忠州で戦い続けた。

秦良玉の最期

秦良玉は生涯現役で戦い続け、張献忠との戦いの後に老衰で大往生を遂げた。

宝具の元ネタ

崇禎帝四詩歌

宝具名 崇禎帝四詩歌
『むよくにしてちゅうぎのうた』
ランク B 種別 対人宝具(自身)
レンジ 0 最大捕捉 1人

宝具説明

秦良玉に対し、時の皇帝崇禎帝が贈った四つの詩歌。

都に召喚された秦良玉は、盗賊征伐の失敗の責任を取るものと考え、部下に私財を与えて覚悟を決めたが、彼女に贈られたのは恩賞と皇帝自らが作ったという彼女を讃える四つの詩歌であった。

宝具名の由来

1630年に当時の皇帝・崇禎帝から贈られた詩が由来。皇帝自らが詩を作り、秦良玉の功績を讃えた。

Fateシリーズでの設定

史実との相違点

中国異聞帯での設定

FGOでは、本来の歴史とは異なる中国異聞帯で登場。始皇帝によって「凍結英雄」として冷凍保存されており、解凍後は英霊ではなく生身の人間としてカルデアと対峙する。

異聞帯では「儒」を焚する始皇帝によって生まれ故郷の村を失っている。しかし始皇帝の儒に対する考えに賛同しているため、村が滅んだことを恨んではいない。

むしろ始皇帝の唱える平和な治世を信じており、文化やそれを説く儒を憎んでいた。

関係の深いサーヴァント

キャラ名 秦良玉との関係
始皇帝
始皇帝
異聞帯では主君として仕えていた。
韓信
韓信
「凍結英雄」として同時期に目覚めさせられた。
▶解析・未実装キャラ一覧へ
関連記事
秦良玉
秦良玉
▶︎評価とスキル優先度▶︎運用方法とおすすめ編成▶︎セリフ・ボイス▶︎霊基再臨・マテリアル

オススメの記事