【FGO】千利休の元ネタと史実解説
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FGO(フェイトグランドオーダー)のサーヴァント「千利休/駒姫」の元ネタである史実を解説。原典となる神話や歴史、史実と設定の相違点や登場済みのサーヴァントとの関係性を掲載しているので、FGO(FateGO)を考察する参考にどうぞ。
©TYPE-MOON / FGO PROJECT
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ネタバレ注意 |
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本ページにはFGOのイベント「ぐだぐだ新邪馬台国」に関するネタバレが含まれています。気になる方はブラウザバック推奨です。 |
千利休の元ネタ
千利休のプロフィール
出典 | 史実 |
地域 | 日本 |
時代 | 16世紀 |
誕生年月日 | 1522年 |
没年 | 1591年4月21日 |
千利休の史実解説と伝承
千利休の出自
千利休は和泉国の堺市にある商家で生まれる。幼名は田中与四郎。18歳で継いだ家業は塩魚を扱う商人で、商人たちに倉庫を貸す問という仕事もしていたという。
茶道への道
利休は17歳の時に茶の湯を習っており、北向道陳に師事する。1544年、23歳の頃に初めて茶会を開いたとされている。商人としても財を成し、有力商人となっていった。
信長との出会い
1569年以降、堺が織田信長の直轄地となると、利休は今井宗久や津田宗及と共に、信長に茶頭として重用されるようになる。
信長は茶の湯を政治に利用し、高級な茶器を武勲の褒美にする、許可した家臣にだけ茶会の開催を許すなどしていた。そのため利休の地位も高まり、信長からの信頼も得ていた。
秀吉との関係と最期
本能寺の変により信長が亡くなった後、利休は豊臣秀吉に仕えるようになる。秀吉も政治の道具として茶の湯を利用し、利休は古田織部や細川三斎などの武将を茶の湯の弟子としていた。
しかし利休は秀吉の逆鱗に触れ、切腹を命じられて1591年に亡くなった。この原因は諸説あり、利休は茶道具を暴利で売って私腹を肥やした疑いがあったから、石田三成が側近として利休と秀吉の関係に危惧して唆したなど、様々な説がある。
駒姫の史実解説と伝承
駒姫の出自
駒姫とは、最上義光と釈妙英の間に生まれた次女。東国一の美少女と名高く、豊臣秀吉の甥に当たる豊臣秀次に幾度と迫られ、秀次の側室候補になった。
駒姫の生涯と最期
秀次の側室候補として京に向かった駒姫だが、1595年に秀吉の命で秀次は切腹させられる。そして駒姫も他の秀次の側室達と同様に、三条河原で処刑させられた。享年15歳とされている。
駒姫を含む秀次の側室達の遺体は、その場で掘られた穴に埋められ、その上に「秀次悪逆塚」「畜生塚」と刻まれた碑が置かれたとされている。遺族から遺体の引き渡しを懇願されたが、許されなかったという。
宝具の元ネタ
一期一会
宝具名 | 一期一会 『いちごいちえ』 |
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ランク | - | 種別 | - |
レンジ | - | 最大捕捉 | - |
Fateシリーズでの設定
FGOでの小ネタ
駒姫の姿として登場
イベント内にて千利休の正体が駒姫であることが明かされた。自身を処刑に追いやった秀吉への意趣返しのため、秀吉の実子である捨(シュシャ)や茶々、三成を生贄にしようとしていた。
イベント内で信長から「見上げんばかりの大男だった」と言われていることから、FGOでも生前の千利休は男性だったとされている。ちなみに史実の利休も180cmほどの巨漢だったとされている。
関係の深いサーヴァント
キャラ名 | 千利休との関係 |
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織田信長 |
生前に仕えていた武将。 |
森長可 |
織田信長の家臣で茶道を嗜んでいた武将。生前に面識があった様子。 |
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