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【FGO】ナポレオンの元ネタと史実解説

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FGO攻略班
最終更新日
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FGO(フェイトグランドオーダー)のサーヴァント「ナポレオン」の元ネタである史実を解説。原典となる神話や歴史、史実と設定の相違点や登場済みのサーヴァントとの関係性を掲載しているので、FGO(FateGO)を考察する参考にどうぞ。

ナポレオン

©TYPE-MOON / FGO PROJECT

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ナポレオンの元ネタ

ナポレオンのプロフィール

出典 史実、ナポレオン伝説
地域 欧州
時代 18〜19世紀
誕生日 1769年8月15日
死没 1821年5月5日

ナポレオンの史実・伝承

ナポレオンの出自

ナポレオンは1769年のコルシカ島にて、父カルロ・マリア・ブオナパルテと母マリア・レティツィア・ラモリーノの間に生まれる。

12人の子供のうち4番目に生まれた。洗礼名はナブリオーネ・ブオナパルテ。

当時コルシカ島に住む住民はイタリア系の民族だったが、1768年に島がフランスへ売却される。また、父親の出世のおかげでナポレオンはフランス本国の士官学校に入学することになる。

砲兵士官から英雄へ

士官学校の砲兵科に進んだナポレオンは優秀な成績を修めて卒業。1785年に砲兵士官になる。

1789年になるとフランス革命が勃発。ナポレオンは帰郷していたが、家族共々コルシカ島を追われてマルセイユに移住する。

そしてナポレオンは1793年にフランス軍に復帰すると大活躍し、大尉から少将まで一気に昇進。24歳の若さでフランス軍を代表する若き英雄として讃えられた。

フランス革命での活躍

その後、ナポレオンは1796年にジョゼフィーヌ・ド・ボアルネと結婚する。さらに総裁政府のポール・バラスから、イタリアへ進軍する司令官に任命される。

当時フランスはフランス革命戦争において、オーストリアを屈服させるために各方面から攻勢を計画していた。ナポレオンはイタリア側からオーストリア軍を攻め込み連戦連勝を果たす。

さらにイギリス軍の植民地であるインドとの連携を絶つために、ナポレオンは交易の中継地点であったエジプトを押さえることになる。

1798年にナポレオンはエジプト遠征を行い、見事勝利。しかしイギリスの攻撃によりフランス本国は危機にさらされる。そのため、民衆からは総裁政府を糾弾する声が高まっていた。

統領から皇帝へ

側近を連れてフランスに戻ったナポレオンは、1799年にクーデターを起こして統領政府を樹立。第一統領となって独裁権を握った。

その後はフランスの危機を救い、内政面の改革も進めた。こうした活躍により、1804年には国会の議決と国民投票で皇帝の地位に就いた。

絶頂期と失脚

イギリス以外のヨーロッパ全土を制圧し、フランス帝政の絶頂期を迎えたナポレオンだが、イギリス軍との戦いには苦戦を強いられた。

1805年のトラファルガーの海戦では、イギリス海軍に大敗。さらに1812年には敵対したロシアへ遠征を行うも、これも失敗してしまう。

その後、各国は反ナポレオンの行動を取り、1813年のライプツィヒの戦いでナポレオン軍が大敗。首都のパリも陥落し、ナポレオンは退位する。

ナポレオンの最期

ナポレオンは失脚後、1815年に一度は復位をするものの、同年に開戦したワーテルローの戦いで完敗。再び失脚したため、百日天下とも言われる。

イギリスに投降したナポレオンは、セントヘレナ島に幽閉される。ここでナポレオンは看守の嫌がらせを受け、体調が悪化したにも関わらず主治医を帰国させられてしまう。

こうした心労もあって病状が進行し、1821年5月5日にナポレオンは亡くなった。

死因は解剖によって胃癌だと公式に発表されているが、ヒ素による暗殺の可能性も指摘されている。

宝具の元ネタ

アルク・ドゥ・トリオンフ・ドゥ・レトワール

宝具名 凱旋を高らかに告げる虹弓
『アルク・ドゥ・トリオンフ・ドゥ・レトワール』
ランク A 種別 対軍宝具
レンジ 1〜99 最大捕捉 100人

宝具説明

凱旋門のフランス名と同名を冠する砲撃宝具。
人(霊長)の持つ可能性は砲弾へと変わり、まるで虹のようにしてソラを駆ける。

英霊ナポレオンの存在そのものを基軸として、ギザのスフィンクスを砲撃したという伝説を加えることで昇華を果たした宝具。

外観としては片手持ちの変形型大砲。「スフィンクスを破壊した」という砲撃伝説に伴い、神秘への特攻を有している。

宝具名の由来

パリの象徴的な建築物「エトワール凱旋門」をフランス語で呼ぶと「Arc de triomphe de l'Etoile(アルク・ドゥ・トリオンフ・ドゥ・レトワール)」になる。

1805年のアウステルリッツの戦いで、ナポレオンが大陸軍を率いてロシア・オーストリア連合軍に勝利。ナポレオンは勝利の記念として凱旋門の建築を命じた。

Fateシリーズでの設定

史実との相違点

人々が抱く理想の姿で現界

Fateシリーズでアーチャーとして召喚されたナポレオンは史実通りの人物ではなく、人々が抱く理想的なナポレオンという偶像の姿で現界している。

生前の記憶こそ共有しているが、真偽を問わず様々な伝説があるナポレオンは容姿や性格などが史実と変化している。

ちなみにライダーのクラスで召喚されると背が縮むそう。また、アーチャーの姿では宝具である大陸軍(グランダルメ)の宝具を所持していない。

スフィンクスとの伝説の信憑性

ナポレオンはエジプト遠征の際に、ギザのスフィンクスに大砲を打ち込み破損させてしまったという伝説がある。

しかし史実では遠征の300年前から既に鼻は破損しており、この話は俗説であるとされている。

ちなみにFGOで使用する宝具では、この伝説が元になって神秘への特攻(神性特攻)が付与されている。

FGOの小ネタ

バレンタインのお返し

バレンタインイベントでは、ナポレオンから「軍用糧食(缶詰)」をお返しでもらえる。

元ネタは、かつてナポレオンが遠征における食料問題の解決策を懸賞つきで公募したところ、缶詰の元祖となる保存食が発明されたことから。

1804年に瓶詰めが発明されてから、様々な改良が加えられて缶詰のような保存食が大発展したため、ナポレオンが缶詰の生みの親とも言われるようになった。

関係の深いサーヴァント

キャラ名 ナポレオンとの関係
マリー
マリー
同じ時代を生きた人物。
フランス革命で命を落としたことについて言及している。
サンソン
サンソン
同じ時代を生きた人物。
ナポレオンのことは陛下と呼ばないそう。
巌窟王
巌窟王
小説内で面会している。
彼を監獄から救わなかったため、FGOでは対面を避けようとしていた。
ジャンヌ
ジャンヌ
フランスを救った象徴として崇敬していたと史実で伝わっている。
イスカンダル
イスカンダル
生前からの大ファンなようで、FGOで実際に出会えて感激している。

参考文献
・FGOマテリアルⅦ(TYPE-MOON BOOKS出版)
wikipedia

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