【陰陽師】不朽の目ストーリーまとめ【ネタバレ注意】
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『陰陽師』の不朽の目イベントの閻魔帳ストーリー(シナリオ/エピソード)をまとめて紹介。終焉の章と終戦の記憶のそれぞれ分けて記載しているので参考にどうぞ。
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生霊撰集(メイン)ストーリー
壱
壱ストーリー |
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冥土の上空、裂け目の深淵はまるで貪欲な口のようだ。遠くの巨大なひび割れから、無数の裂け目が広がっている。耳をつんざくような轟音の中、冥土は再び分裂と崩落を繰り返す。長く深いひび割れは、上流から下流へと拡散していき、天に聳える巨大な山をも打ち割った。遠くから伝わった振動で、足元の大地が揺れている。なんとか均衡を取り、晴明と荒は道案内の鬼使いに目を向ける。【白童子】 「陰陽師様、も……もうすぐです!」【晴明】 「かつて平和だった冥土が、今では激動に巻き込まれている……白童子、さっき言っていた黒い雨のことを詳しく聞かせてくれないか?」それを聞いて、白童子は何か思い出したかのように周囲を見渡した。自分達が既に静寂に包まれた山の入口にたどり着き、陽界の気配も弱まっていて、空には雲一つないと確認できると、彼は思わずほっとした。【白童子】 「ああ……空はもう晴れましたか、よかったよかった……僕にもよくわからないのです。僕がわかっているのは、「虚無」と呼ばれる裂け目が出現する前、冥土の大地は一度激しく揺れて、巨大な裂け目ができたということだけです。まるで空がひび割れたかのようでした。僕達を結界の中に閉じ込めた閻魔様に、勝手に行動するなと釘を刺されました。その後、冥土に黒い雨が降り始めました。おかげで三途の川の亡霊を引導する船は、全部沈んでしまいました。黒無常様は水の中に落ちた亡霊を見捨てることはできないと言って、白無常様と一緒に出て行きました。そしたら……」【晴明】 「彼らはその影響を受けたのか?」【白童子】 「黒い雨を浴びると、彼らの体と気配は……」白童子は言い淀むと、唇を噛み締め、震え始めた。言葉にならない記憶が、体を支配しているようだ。彼は招魂の旗を持つ手を強く握り締めた。【荒】 「大丈夫だ、無理に話す必要はない。大方の予想はつく。」二人に背を向け、目をこすってから、白童子は再び晴明と荒の方を向いた。【白童子】 「幸い、陰陽師様が白無常と黒無常を召喚してくれました。僕と黒童子はまだまだ未熟者ですが、その力に気づくとすぐに駆けつけました。」【黒童子】 「……」【晴明】 「大変だったな。冥土は既に裂け目に呑み込まれて、もう亡霊が留まることのできる場所ではなくなった。そのせいで白無常と黒無常も傷を負ったと聞いた。」【白童子】 「白無常様は、僕達を守るために……守ってくれた彼の思いは、絶対に裏切りません!陰陽師様は、閻魔様に会いに来たのでしょう?」【荒】 「そうだ、今彼女がどこにいるか知っているのか?」【白童子】 「いいえ……閻魔様は……三途の川を辿って、行方不明になった白無常様達を探しているところです。」【晴明】 「三途の川で何があった?」【白童子】 「僕について来ていただければわかります。」白童子が開いた通路を通り抜けると、そこには淀んだ空に不気味な気配が漂い、いくつかの黒い川が蜘蛛の巣のように入り組みながら、遠くの恐ろしい空洞へと流れていく景色が広がっていた。その光景を前にして、晴明でさえも驚愕した。【晴明】 「これは……」【荒】 「道理で。三途の川がここまで崩壊した以上、閻魔に会いに行きたくとも、妖鬼の痕跡を辿って探すしかないというわけだ。」【白童子】 「妖鬼の痕跡?」【晴明】 「今の冥土は、長くこの地に留まっている妖魔にとって、まさに快適そのものというわけか。」【白童子】 「晴明様、それはつまり……」三途の川のとある支流。閻魔が黒い岸に立っている。浪が押し寄せ、何度も彼女の足を濡らすが、彼女は身じろぎすらしない。背後の亡霊達が不安になって悲鳴を上げると、閻魔が振り返って彼らを慰める。彼女の目には「虚無」の渦から降り注ぐ黒い雨が映っている。黒い雨を浴びると、体にいくつもの黒い斑が浮かび上がり、彼女を侵食しようとするかのように、肌の下に無数の管が作られた。【大夜摩天閻魔】 「ふん、小賢しい真似を。」【孟婆】 「閻魔様、途中で私と牙牙も少し影響を受けたけど、白無常達のように霊体まで欠損することはありませんでした。どうしてでしょう?」【大夜摩天閻魔】 「「虚無」の裂け目は罪の雨をまき散らし、わらわと白無常達の力を侵食したが、お主とこの鍋に傷を負わせることはできなかった。薬湯の力が守ってくれたのかしらね……何にしろ、お主と彼女が無事でいればそれでいい。」その時、閻魔は何かを感じたかのように、入り組む三途の川の支流の向こう、暗流の蠢く遠方に目を向けた。【大夜摩天閻魔】 「あら?客人の来訪かしら。それなら、虫の大量発生の心配はしなくてもよさそうね。」【孟婆】 「え?虫って?」【大夜摩天閻魔】 「何でもない。お主は早くさっき召喚した亡霊を連れて、引き返して判官と合流しなさい。彼も黒い雨に侵食されたが、まだ戦えるだけの力はある。」閻魔は孟婆の手を掴むと、彼女の手のひらに何かを描く。すると瞬く間に、孟婆の手のひらに眼のような形の金色の呪紋が浮かび上がった。【大夜摩天閻魔】 「これがあれば、亡霊はしばらくお主の指示に従う。気をつけなさい、くれぐれも再び黒い雨を浴びないように。」【孟婆】 「閻魔様!あなたは……」【大夜摩天閻魔】 「わらわも後から行く。行きなさい、もう振り返るな。」孟婆は最後に閻魔を一瞥すると、亡霊達を連れて行った。何かが水の中に落ちた音が聞こえ、孟婆は思わず振り返った。しかし裂け目の縁に、もう閻魔の姿はなかった。【孟婆】 「閻魔様!」孟婆は思わず地団駄を踏んだ。しかし大地が再び揺れ始め、ここに留まるのは危険だと悟ると閻魔が描いた呪紋を握り締め、亡霊達を連れて撤退を続けた。【孟婆】 「牙牙!行きましょう!」裂け目の中、「虚無」が蠢いている。神が天地創造に用いた「虚無」の中、岩石、草花、生霊と亡者は悉く奥に吸い込まれ、跡形もなく消えた。その中に落ちた閻魔が目を開けると、そこには果ての見えない混沌があった。彼女は裂け目の奥へと移動する。「虚無」に触れた手足は否応なしに皮膚と肉が剥がれていく。背後に広がるさらに大きな裂け目に目を向けると、閻魔の顔の皮膚は絶えず「虚無」に侵食され、また同時に霊力によって再生され続けている。何もない漆黒の奥地、赤い鬼目が瞳を開き、閻魔を見つめる。【大夜摩天閻魔】 「まさかここにも、今にも動き出そうと蠢く虫がいるとは。」鬼目が「虚無」の中からにじり寄るにつれ、周囲は並々ならぬ威圧感に支配されていく。まるで天地をも覆い隠せる何かが、閻魔を握りつぶそうとしているかのようだ。【鬼目】 「旧識からの贈り物を以て、この世界に歓迎されるとは。」【大夜摩天閻魔】 「悪神……まだ世に顕現することすらできないのに、もう妖鬼を通して伝言するのか?随分気が早いね。」【鬼目】 「旧識は昔我らが初めて救った魂、そして今旧識の国は我らの降臨に捧げられる最初の供物となる。これはもはや運命であろう。」【大夜摩天閻魔】 「ふん、戯言を。」閻魔が「虚無」の更に奥へと沈むと、足元の鬼目は笑いを浮かべ、そして「虚無」の中に消えた。次の瞬間、形のなかった「虚無」の深淵の中、どこともなく現れた激しい渦巻きが、閻魔を呑み込もうとした。閻魔は躊躇することなく、どんどん沈んでいった。「虚無」の深淵の奥へと落ちて行っても、何の実感も伴わない。鬼目の声が相変わらず耳元で響く。【鬼目】 「旧識は一体この下に何を隠した?肉体を、魂を侵食されても行くだけの価値があるのか?」閻魔は黙ったまま、より奥へと沈んでいく。顔と胸の皮膚はもう全て剥がれ落ちた。それでも、鬼目に付き纏われながら、閻魔は止まることなく、流星のように深き虚空を駆ける。音もなく、流星は黒い「虚無」の奥に消えた。どん……どん…………どかん…………崩れた大地が激しく揺れ、奥から激しい気流が昇り、既に破壊された三途の川をさらに打ち砕いた。次の瞬間、虚空の裂け目が砕けたところから、割れた大地が何らかの力によって突き上げられ、どんと爆発した。すると下に隠されてた無限の深淵があらわになった。無数の金色の光が天に向かって迸り、長く立ち込めていた暗雲を振り払った。その後、無数の光が降り注ぎ、流星の如く広大な冥土に落ちた。空中で、閻魔の眉間では神紋が炎のように燃え盛る。炎は彼女の胸腔から広がり、彼女の身に纏わりつく枯れた妖骨を燃やす。一瞬にして、妖骨は鎧へと変化し、赤き神紋が一度は侵食された肌に浮かび上がる。炎を纏った閻魔は、炎を切り裂き、前方の青い影を目掛けて突撃する。赤き鬼目の主はようやく正体を明かした。それは牛の角、青い顔、蝙蝠の翼、獣の尾を持つ巨大な妖鬼だった。その腹には「虚無」の奥地へと通じる黒い紐がある。閻魔の力に吹き飛ばされても、牛頭は哄笑した。【牛鬼】 「旧識はかつての力を地下に隠していたか。しかし今更それを取り戻しても、もう遅い!」【大夜摩天閻魔】 「うるさいわね。」【牛鬼】 「「虚無」はこの世の全てを侵食する、お前が地下に隠した力も例外ではない……」牛頭の翼に飛び乗った閻魔は、眉間から牛頭の両翼に向かって炎を放った。しかし烈火に包み込まれても牛頭は嘲笑をやめなかった。彼は旋回し、閻魔に足元の景色を見せた。先ほど砕けた大地に落ちた金色の流星は、灼熱の炎となって広がっている。【牛鬼】 「お前が地下に隠していた力はとっくに破壊された。取り戻せたのはせいぜい一万分の一だろう。今のお前では、かつての栄光を取り戻すことはできない。旧識よ、諦めろ。どれだけ時間が過ぎても、この世の魂は必ずこの懐に回帰する。」閻魔の炎が牛頭の両翼から広がり、ついに腹にあった黒い紐を燃やし尽くした。「虚無」との繋がりが断たれた瞬間、牛頭の両目の赤い光も一瞬にして消えた。悪神の操りから解放された牛頭は、炎の中で咆哮した。牛頭が雲の中に首を突っ込むと、閻魔は容赦なくその頭を踏みつけた。頭を下げて服従を誓う牛頭を踏みつけた閻魔は、大地のある一角を見下ろす。【大夜摩天閻魔】 「客人達よ、わらわがここの虫を退治したら、改めてお主らをもてなそう。」遠く、千万の流星の如く降り注いだ炎は、晴明達からそう遠くない場所に落ちた後、すぐに広がり始めた。【白童子】 「この気配……懐かしいです。」【荒】 「炎の中にいるのは……彼女か?」【白童子】 「え?」晴明は一旦荒に目を向けたが、何も言わずに、炎の中から出てくる人影に視線を戻した。【閻魔分身】 「……」【白童子】 「これは……閻魔様です!そんな……どうして閻魔様がこんな姿に………」【黒童子】 「近づいてくる……」【晴明】 「下がれ、危険な相手だ……」晴明が言ったそばから、「閻魔」は手の中から金色の炎が立ち昇らせ、一行を見下ろした。【閻魔分身】 「お主らは亡霊ではない、これ以上進むのはやめておきなさい。」【晴明】 「閻魔様、我々は「虚無」の裂け目に入るためにここに来た。ここを通してくれないか、「虚無」の蔓延を止められるかもしれない。」【閻魔分身】 「お主らは亡霊ではない、これ以上進むのはやめておきなさい。」【晴明】 「やはりか……」【荒】 「目の前にいる閻魔は、冥土の主本人ではなく、招かれざる客が冥土に侵入するのを防ぐべく、変幻の術によって生み出された分身だろう。」【白童子】 「閻魔様、僕達のことも分かりませんか?」【晴明】 「それはどうかな、だが……」晴明は素早く霊符を取り出した。いつまでも下がらない一行にしびれを切らしたのか、「閻魔」の手の中にある炎がより激しく揺れ始めた。一触即発のその時、遠くの冥土が再び揺れた。割れた大地の下から、裂け目の縁を掴む無数の黒い手が出現した後、数匹の悪霊が這い上がってきた。裂け目の下、無数の悪霊妖鬼が険しい石壁を登って地上に向かっている。【白童子】 「しまった!やつらは冥土の下に閉じ込められている罪人や悪鬼です!もし罪人が皆この隙に逃げ出したりすれば……」【晴明】 「危ない!」晴明達の気配に気づいたようだ。牢獄から脱出した無数の悪霊が、すぐさま押し寄せて来た。」【晴明】 「陰陽道・守!」【荒】 「白童子達のいる場所は遠すぎる、このままでは間に合わない……」【白童子】 「黒童子!大丈夫か!あれ……悪霊は僕達に攻撃しなかった……閻魔様!」「閻魔」は身を挺して白童子と黒童子を庇い、手の中の金色の炎で瞬く間に周囲の悪霊を焼き尽くした。「閻魔」は再び頭を上げ、晴明と荒の方を向いた。【閻魔分身】 「お主らは亡霊ではない、これ以上進むのはやめておきなさい。」【晴明】 「どうやら、分身でも本能的に鬼使いと亡霊を守り、我々のようなよそ者にだけ敵意を向けるようだ。」【荒】 「「虚無」の裂け目に行くには、地割れと支流を超えなければならない。つまり……戦いながら進むしかない。」【白童子】 「それじゃ……僕達は、閻魔様と戦わなければいけないのですか?」【晴明】 「白童子と黒童子は悪霊退治に集中すればいい。」三途の川の迸る支流の近く、亡霊の群れは「虚無」の周りで激しく降り注ぐ黒い雨から遠く離れたここでついに足を止めた。【孟婆】 「皆!ここで少し休憩しよう。水辺に近寄らないで、近づくと引きずり込まれるよ。そこの坊や、勝手に動くと、怒るよ!」【亡霊婆】 「無常様が……急におなごになってしまった。」【孟婆】 「お婆さん、よく見て。私は黒無常じゃないよ。」【亡霊婆】 「おお……すまないのう、その手の中で光っている光を見て、てっきり無常様だと思い込んでおった……三途の川にはまだつかぬか?いつになったらうちに帰れるかのう?」【孟婆】 「お婆さん、もう少し待って。ここは寒いでしょう?熱い薬湯を作ってあげましょうか?牙牙、いい子いい子。前みたいに、辛さを忘れられる薬湯を作って。」皆が休憩していると、遠くから見覚えのある人影が、三途の川に沿ってやって来た。【孟婆】 「あれは……あ!判官様!」その人影は呼び掛ける声を聞いて、すぐに孟婆の方に向かってきた。近くまで来て、ようやく判官の姿をはっきりと捉えた孟婆は驚いた。【孟婆】 「判官様、どうしてこんな姿に?!」【判官】 「孟婆か、無事でよかった。今の拙者は亡霊すら見えないが、その手のひらにあるのは閻魔様の印だということは分かる。」【孟婆】 「これは閻魔様が残してくれました。これさえあれば、亡霊達は私についてくるって!」【判官】 「閻魔様は今どちらに?」【孟婆】 「閻魔様は……うーん……閻魔様は今どこに……おかしいな、どうしても思い出せません……」それを聞いて、判官はすぐに顔色を変えた。しかし何かを言おうとしていると、大地が突然揺れ始めた。遠くで、無数の金色の炎が空に立ち昇り、分散して落ちた。判官は空洞と化した眼を、遠くの空で燃え盛る炎に向ける。そこに何かを見たようだ。【判官】 「そういうことか……ならば安心できる……」【孟婆】 「判官様、あれは?」【判官】 「孟婆、あなたは亡霊を率いているから、同行することはできない。拙者が先にあなた達を安全な場所に案内してあげましょう。」【孟婆】 「判官様には他にやることが?もし閻魔様を見つけ出せたら……」【判官】 「いや、拙者は閻魔様に会いに行くのではない。以前閻魔様と共に陽界に行き、輪廻に入ることのできない亡霊を召集した時、この景色を見た拙者は閻魔様にこう言った……我らは必ず冥土を立て直せると。悪神の罪によって力を奪われたが、それでも拙者は果たすべき務めを完遂しなければならない。今、裂け目の影響を受けて、三途の川が暴れている。先に三途の川を修復し、氾濫を止めねばならない。」【孟婆】 「はい!やっぱり、三途の川を修復するのが先決です。輪廻から切り離された亡霊を元に戻すため、牙牙も頑張ってたくさん薬湯を作ります!」【判官】 「拙者は判官の力を失ったとはいえ、戦う力を全て失くしたわけではない。三途の川を修復するには、先に川沿いに跋扈する妖鬼と悪霊を退治しなければならない。退治の途中で黒無常と白無常も見つけられるかもしれない。」話の最中、氾濫する三途の川に沿って、妖鬼の群れが押し掛けてきた。中にはついさっき煉獄からの脱出を果たし、魂の気配に引かれて襲ってくる悪霊もいる。判官の手の中に、妖力で作られた名簿が現れた。彼は急いで迎撃することなく、金色の炎が現れた空に目を向けた。【判官】 「閻魔様……拙者はここでご武運を祈ります。」 |
弐
弐ストーリー |
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三途の川の黒い奔流の中、岩石を掴んで岸に上がろうと試みた亡霊がいたが、岩石が崩れ、再び水の中に落ちてしまった。水辺では、戦闘の中で絡み合う妖気がただでさえもろい岸辺を揺らしている。【閻魔分身】 「お主は亡霊ではない、これ以上進むのはやめておきなさい。」【一反木綿】 「困るわ、あたしだって好きで来たわけじゃないのよ。」戦闘の中、ある小柄な魂が一反木綿の体内から出て離れていく。顔色を変えた一反木綿はすぐさまその霊体を捉え、再び体の中に入れた。【一反木綿】 「待ってて……すぐに終わるわ!」一反木綿の袖の中から無数の反物が放たれ、「閻魔」をその場に固く封じ込めた。同時に、空から一筋の光が降り注ぎ、一反木綿によって固く拘束された「閻魔」に向かって落ちてきた。強そうに見えた「閻魔」は、突然金色に輝く欠片となって地面に散らばった。【一反木綿】 「敵はただの幻だったの?」いつの間にか、幻とそっくりの人影が一反木綿の前に現れた。牛頭に乗っている人影が、興味深そうに彼女を見つめる。【大夜摩天閻魔】 「これはわらわの力の欠片の化身だ。知恵を持たない故、亡霊以外の存在を敵だと見なしている。」【一反木綿】 「ふふ、本当に冥土に来てしまったのね……あなたが冥土の主かどうかは知らないけど、ここに来たのは、あなたと取引するためよ。」【大夜摩天閻魔】 「言われなくても、わらわは既に分かっている。輪廻の定めにある亡霊を束縛した上、長きに渡り無常の追跡から逃れ続けたお主の勇気と力は大したものだ。」【一反木綿】 「あたしの中にいる亡霊のことは、あなた達には関係ない。」【大夜摩天閻魔】 「今のお主は、何がほしい?」一反木綿は歯を食いしばり、胸に手を当てた。【一反木綿】 「彼女に永遠にここに残ってほしい。輪廻の束縛から解放され、裂け目に苦しむことがなくなるように。」【大夜摩天閻魔】 「お主が払う対価は何だ?」一反木綿の袖の中から真っ白な反物が放たれ、二人を囲んで休むことなく回り続ける。【一反木綿】 「あたしの力そのもの。」【大夜摩天閻魔】 「その力、まさかお主は……。」【一反木綿】 「何?」口元を緩めた閻魔は傍で回り続ける反物を摩り、何かを偲ぶような表情を見せた。【大夜摩天閻魔】 「旧友のことを思い出しただけだ。お主の気配は彼女に似ているが、彼女とは違う。」困惑した一反木綿は、閻魔を見て何かを思い出そうとした。しかし結局何も思い出せなかった。【一反木綿】 「あの人は今どこにいるの?」質問に答える代わりに、閻魔は指を動かした。すると織雪の小柄な魂が幾重にも重なる反物の中に現れた。悲しそうな顔をした彼女は、黒い枷をかけられている。三途の川の中まで続いている重そうな枷のせいで、彼女は絶え間なく引っ張られている。一反木綿は素早く彼女を抱きしめた。【大夜摩天閻魔】 「「虚無」の裂け目は陽界と冥土の全てに影響を与え、亡霊達の平和を掻き乱した。わらわに力を貸せ、代わりにお主がほしいものを与えよう。」【一反木綿】 「織雪の状態を安定化させ、「虚無」の影響から免れることができれば。」閻魔は織雪の魂を傍に呼び寄せ、まじまじと懐かしい少女の顔を見つめる。少し困っているようだ。【大夜摩天閻魔】 「うーん……まあいいだろう。このやり方なら、あの男との約束を破ったことにもならないはず。」彼女の額にある閻魔の目の炎が燃え盛り、織雪の体内から一行の金色の文字を引きずり出した。【大夜摩天閻魔】 「あら?これほど明るい色なら、本来ならば三途の川の輪廻に入るべきだったわね。今なら、生死の簿に書き記してもよかろう。」【一反木綿】 「何をするつもり?」【大夜摩天閻魔】 「ふふ、心配するな。判官が持つ生死の簿は本来生死を裁くものだが、今はわらわの手にある。となると話は少し違ってくる……閻魔の目が見た魂の色は、その名の色となる。今のお主の目に映るこの金色の名は、三途の輪廻に相応しい善人の類に属する。善悪を見分けた後、守護の力を持つ白紙が必要となる。お主の反物を生死の簿の紙としよう。」閻魔の指の動きと共に織雪の名が舞い上がり、真っ白な反物の上に一行の金色の文字が浮かび上がった。【大夜摩天閻魔】 「今、お主の体に彼女の名が書き記され、わらわの術が施された。生死の簿の加護を得た彼女は、もう簡単に三途の川に連れていかれることはない。」【一反木綿】 「なるほど……結局、彼女の魂を守り抜いたあたしが、これからも彼女を守ることになったのか……」宙に舞う織雪は、ようやく自我を取り戻したようだ。消えかけた霊体が再び集い、安定していく。彼女は相変わらず黙ったままだ。【一反木綿】 「その枷は?」【大夜摩天閻魔】 「「虚無」によって濁流に変えられてしまった三途の川は、悪霊を縛るべき枷にも影響を受け、善悪の区別なく全ての亡霊を縛るようになった。果たして三途の川が元に戻るかどうかは、あの盆栽がちゃんと咲いているかどうかと、その咲き具合次第だけど……」一反木綿は再び反物を広げ、織雪を懐に回収しようとしたが、失敗してしまった。織雪はただ微笑みを湛えて彼女を見つめている。【一反木綿】 「あたしの体が生死の簿になったから、もう彼女の魂を体の中に入れることはできないのね。」【大夜摩天閻魔】 「お主らのような霊体はわらわが受け入れ、外界からの攻撃より守る。しかし彼女は……彼女の名は既にお主の懐に刻まれた。これ以上何を恐れることがある?」三途の川の水辺。一行は道中出くわした妖鬼や、地下から這い出てきた悪霊を何度も退治した。しかし炎が落ちた場所に近づこうとすると、直ちに「閻魔」によって阻まれてしまう。【荒】 「このまま長引けば、いつになったら閻魔に会えるのだ?」【晴明】 「我々は何の目的もなくここに来たのではない。白童子、黒童子、もう感知できるか?」【白童子】 「あ!道理で辺りの亡霊の気配が強くなったんですね!僕についてきてください!」【晴明】 「この先には、絶対に分身の炎に焼かれることのない場所がある。あそこに行けば、「閻魔」の分身による干渉を避けられるかもしれない。」一行は足早に岸辺に向かった。荒れていた道に、次第に血色の花が見られるようになった。三途の川の岸辺に沿って広がっている花は、赤き海を彷彿とさせる。ここには妖鬼も悪霊も存在しない。外の争いには関与しない静かな花海は、唯一の希望だ。【荒】 「この近くの地面は割れてもいなければ、揺れた形跡すら見当たらない。」【晴明】 「今のこの状況下で、彼岸花の咲く場所は、亡霊の避難所だ。亡霊達はここに集い、冥土の主本人も必ずここを訪れる。私の推測が正しければ、彼岸花に「虚無」に関することを教えてもらえるはずだ。」花海に足を踏み入れた瞬間、一行の足元に広がる土地は突然汚泥となった。そして瞬く間に一行の足を膝まで呑み込んだ。荒はすぐさま術を放ち、黒童子と白童子を助け出した。その後、彼は晴明と共に呪文を唱え、空に浮かび上がり、汚泥から脱出した。【晴明】 「どうやら彼岸花は、我々が近づくことを簡単には許してくれないようだ。」【荒】 「妖鬼達が近寄らないのは、ここに足を踏み入れればすぐさま花海に呑み込まれるからだろう。我々は術を使って上空から近づけばいい。」【白童子】 「彼岸花は亡霊達も花泥にしてしまうのではないでしょうか?もし彼らがここに避難して来たら、それは自ら命を絶つことになるのでは?」花海の下の土がひっくり返り、無数の骸骨と古びた鎧が集うと、花海の中に聳え立つ巨大な髑髏が出現した。餓者髑髏が伸ばした骨の手の中に、彼岸花が座っている。【夜溟彼岸花】 「目の前で陰口を叩かれるなんて、さすがはあの人に仕える無常と言うべきかしら。」【白童子】 「わあ!彼岸花です!」意味ありげな笑顔を見せた後、彼岸花は一行を無視して三途の川に向かった。川の中の亡霊達は川辺に生えた彼岸花の茎を掴んだおかげで、水に流されずにすんだ。しかし岸に上がりたくても、虚弱な霊体の彼らは川辺に乗り上げるのが精一杯だった。【夜溟彼岸花】 「哀れなものね。これほど惨めな思いをしても、まだ生を渇望しているなんて。そういえば、陰陽師と神使は私に頼み事でもあるのかしら?」【晴明】 「冥土の主、そして三途の川の化身に会いに来たのは、三途の川の実態を知り、冥土にまだ希望があるどうか知りたいからだ。」【夜溟彼岸花】 「あら、単刀直入ね。でも私は無駄骨を折るのは好きじゃないの。私への見返りはちゃんとあるのかしら?」【晴明】 「我々は「虚無」を調べるために来た。その中から、冥土を助ける方法も見出せるはずだ。「虚無」による侵食を止めることができれば、三途の川も自然と浄化される。」【夜溟彼岸花】 「三途の川の亡霊達は、皆呑み込まれて消えていった。あなた達はどうやって止めるつもり?」【晴明】 「中に入って、その実体を把握する。」【夜溟彼岸花】 「勇ましいわね。少し興味がわいてきたわ……そういうことなら、あなた達をあの人の傍まで送ってあげましょう。三途の川の実態については、花海を進めば、すぐに見えてくるでしょう。私はまだ亡霊達の世話があるから、いちいち答えを教えてあげるような暇はないの。」【白童子】 「え?本当に助けてくれるんですか?」【夜溟彼岸花】 「あの人が岸沿いの亡霊達を集めながら、ここに向かっているのを感じるわ。会いに行きたければ好きにしなさい。私は行かないから。」彼岸花はそう言うと手を振った。すると花海の下の汚泥が再び蠢き、もう一つの巨大な骸骨が浮かび上がってきた。骸骨は一行を掴み、自分の肩に置いた。【夜溟彼岸花】 「行きなさい。」晴明達を乗せた巨大な骸骨は海を泳ぐ鯨のように、三途の川を素早く泳いでいく。骸骨の両側の赤い花と汚泥が、波のようになだれこむ。散り散りになった河岸の全貌が、ようやく明らかになった。【晴明】 「なるほど、三途の川はそれぞれ未知の地に向かって流れているのか。一層複雑になってきたな。ある支流は「虚無」の裂け目に通じている。そしてある支流は冥土の境目へと流れていく。妖鬼の多くは、そこから冥土に潜り込んできた。」【荒】 「このままでは、三途の川はさらに多くの支流に分かれ、他の場所からより危険な存在を招き入れてしまうかもしれない。」【白童子】 「見てください!川の向こうに!」対岸の花海の外で、数十の妖鬼と悪霊が集い、ある方向へと向かっている。【白童子】 「あ……あれは黒無常様と白無常様でしょうか?!」【晴明】 「まずいな、もうすぐ川の中に追い込まれそうだ。君達三人は、先に閻魔様に会いに行ってくれ。」【白童子】 「陰陽師様!一人で彼らを助けに行くつもりですか?!」目の前の三途の川の激流を見て、晴明は向こう側に渡るべく術を使おうとした。しかし黒と白の服を着た二人は既に妖鬼に襲われ、三途の川に落ちてしまった。晴明と荒は同時に術を発動した。しかしそれよりも先に、急に飛んできた人影が、二人が川に落ちる前に彼らを掴んで岸に上がった。岸辺に群がっていた妖鬼は、一瞬にして炎に焼かれ、三途の川に落ちた。【晴明】 「冥土の主に先を越されたか。」そう言いながら、晴明達は川の向こう側に飛び移った。取り残された餓者髑髏の分身である髑髏は、花海と泥の中に消えた。白無常に肩を貸した黒無常は晴明達を見て、不満そうにこう言い放った。【黒無常】 「俺達は自力でなんとかできた。」【白童子】 「黒無常様!白無常様!よかった……ご無事で本当によかったです!」【白無常】 「閻魔様、どうして……」【黒無常】 「ババア、隣に何か変なやつがいねえか……全然見えねえ。」黒無常と白無常を白童子の目の前に放すと、手の中にいくつかの金色の霊符を広げ、閻魔は再び川岸へと向かった。【大夜摩天閻魔】 「久しぶりね、まさか晴明と荒様が一緒とは。」【荒】 「今回の異変は、過去の力を取り戻さざるを得ない窮地にあなたを追い込んだ。我々も呼び方を変えるべきか……」【大夜摩天閻魔】 「荒様、晴明、昔話をする前に、雑用を済ませてしまいましょう。」会話の途中、また岸辺を彷徨う妖鬼が現れ、激流の中の亡霊を掴もうと手を伸ばした。しかし川の水に触れた途端、侵食されたのか、彼らの目は赤く光り、体が膨らんでいく。閻魔が一撃を加えると、妖鬼はすぐに倒れた。その体から滲み出た黒い液体が川に落ちるや否や、川の水が沸騰した。沸騰する川の中から、妖鬼が姿を現し、岸に這い上がった。川の中で浮き沈みしながら足掻く亡霊達は閻魔に目を向けたが、助けてくれと言わんばかりに悲しい声を上げた後、すぐに三途の川の流れに巻き込まれ、遠くに消えた。【晴明】 「これが妖鬼が消えない原因か。」【大夜摩天閻魔】 「そうだ。しかし三途の川はもとよりわらわの管轄下にはない。川に落ちた亡霊はもう、わらわが助けられる存在ではない。妖鬼や亡霊が川に落ちるのを防ぐだけではなく、「虚無」の侵食から三途の川を守る方法を見つけ出さなければ……そして晴明、お主も「虚無」が原因でここを訪れたのだろう。荒様については、まさか陽界の外にある冥界に来たのも、運命の導きだと?」【荒】 「生者と亡霊は持ちつ持たれつ、同じように運命に導かれている。」【黒無常】 「口を開けば運命だのなんだのと、神使は本当に頼み事の仕方ってもんが分からねえようだな……」【白無常】 「神使様が言いたいのは運命のことだけじゃないかもしれない……焦る必要はない、閻魔様の質問はそれだけではないでしょう。」【晴明】 「我々が来た時、彼岸花が既に三途の川の現状を見せてくれた。川がここまで汚染されたのは、「虚無」が冥土を侵食し、三途の川から無数の支流を作り出し、妖鬼が跋扈するのを助長させているからだ。閻魔様は「虚無」に入る方法をご存知か?」【大夜摩天閻魔】 「お主の魂の色では、わらわに信頼されるには値しないと知りなさい。誠意を示したければ、今の冥土に散在する、わらわの無数の分身を退治することね。」【白童子】 「閻魔様の分身は、亡霊を除くよそ者だけに敵意を見せました。まさか……まさか閻魔様は、分身達に何か術をかけたのですか?」【大夜摩天閻魔】 「あれは勝手に自我を持つようになった、千年前の欠片の残骸ようなものだ。敵味方を区別できないとは、厄介にもほどがある。」【晴明】 「なるほど……分身達は簡単に妖鬼や悪霊を滅ぼすことのできる力を持っている。しかし私が相手になった時には、そのような恐ろしい力は感じられなかった。つまり彼女達の力は、閻魔の目のように、相手の魂の色を読み取ることができるということか。これも一種の一挙両全だな。」【白無常】 「閻魔様、我々も……」【大夜摩天閻魔】 「今回、お主らには別の任務を与える。傷を負ったお主らは、わらわについてくる必要はない。」【黒無常】 「ババア、無様な姿を晒したが、俺達はまだまだ戦えるぜ!」【白無常】 「黒無常!」【大夜摩天閻魔】 「黒童子と白童子を今回の争いに巻き込んではならない。冥土には行き場を失くした亡霊がたくさんいる。お主らは己の責任を果たしなさい。そして、霊体を守り、亡霊達が三途の川に流されないようにしなさい。お主らが無常の力を取り戻す方法を、わらわは必ず探し出す。」白無常の手のひらに金色の呪紋を残すと、閻魔は白童子と黒童子に彼らについていくよう命じた。【大夜摩天閻魔】 「黒無常、まだ戦えると言うのなら、彼らを守り抜きなさい。白無常、この呪紋さえあれば、亡霊を召集することができる。孟婆も同じものを持っている。心を澄ませて感じれば、彼女と合流することもできるわ。」去っていく無常達を見ていると、閻魔の耳元で突然一反木綿の声が響いた。【一反木綿】 「いつになったらあたしを解放するつもりなの?一体いつになったら、あたしは川の中の妖鬼と戦って、織雪を縛る枷を打ち砕くことができる?」【大夜摩天閻魔】 「焦ることはない……わらわはむしろ心配している。彼女の魂が表に出たことで、お主の旧識が現れるかもしれない。」無常達を見送った後、閻魔は遠くのまだ広がり続けている花海の方を振り返った。【大夜摩天閻魔】 「元気そうに咲いている盆栽を見たら、今のようなまずい状況でも何のこれしきと思えるね。」【晴明】 「閻魔様、「虚無」に入る方法については、準備に時間がかかりそうか?」【大夜摩天閻魔】 「あら?大した自信ね、わらわの試練を乗り越えることができると?いいわ、お主が全ての分身による試練を乗り越えた時、「虚無」に入る準備は整っているでしょう。」 |
参
参ストーリー |
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亡霊達が冥土の大地を進んでいく。今のどんよりした冥土の空の下では、時間感覚すら曖昧になってしまう。一体どれくらい進んだのか、休むことなく進む亡霊達は次第に疲弊していく。護衛として、黒無常と白無常は殿を務める。白童子と黒童子と孟婆は、亡霊達を導くために先頭に立っている。そして妖鬼や悪霊の待ち伏せを防ぐべく、判官は両側を見回っている。【白無常】 「閻魔殿に戻るのは、本当に正しい選択でしょうか?」【黒無常】 「天に任せるしかねぇだろう。閻魔殿はもう崩れたとはいえ、かつては亡霊を裁く地だったんだ。今はその跡地にすぎないが、それでも少しは亡霊達の心を慰められるだろうよ。」【白無常】 「……」【黒無常】 「弟よ、お前の考えていることは分かっている。」【白無常】 「私は何も考えていません。」【黒無常】 「無常としての力さえ取り戻せるなら、他のことはどうだっていい。」白無常は肯定も否定もせず、ただ先頭に立つ黒童子と白童子に目を向けた。【白無常】 「あの子達ももう一人前になりました。」【黒無常】 「いいことじゃねえか?今後は……」黒無常はまだ何か言おうとしたが、亡霊達の行列は急に混乱に陥った。話をやめた黒無常と白無常は、急いで混乱が起きた行列の先頭に向かった。そこで彼らが見たのは、数十の亡霊の足元に立ち込める黒い霧が次第に足枷へと変わり、亡霊達の足を引っ張って無理矢理三途の川へと引きずっていく光景だ。【判官】 「何とかして足枷を壊さなければ!彼らを三途の川の中に入れてはいけない!」黒無常は素早く黒い刀を取り出し、完全に出来上がっていない足枷目掛けて刀を振り下ろした。しかし足枷は壊れることなく、徐々に形ができあがっていった。衰弱しきっている亡霊達は恐怖に怯えて助けを求めるが、次の瞬間には足枷の鎖に引きずられて三途の川に近づいていく。刀を振り下ろした黒無常は、追撃できなかった。判官と孟婆が素早く前に出たが、彼らよりも早く動いた白い姿がいた。白無常の手の中に白い招魂の旗が出現した。招魂の旗には鬼の首ではなく、白い灯明が飾られている。亡霊達の足元の大地を照らす光で、亡霊の背後には黒い影が落ちた。黒い影達は這い上がり、灯光の中で足掻き続ける亡霊達に肩を貸した。足枷をはめられた亡霊達は、光と影の協力を得て立ち上がった。しかし白無常が一歩下がった瞬間、亡霊達の影が薄くなり、足枷が再び彼らを引っ張り始めた。【黒無常】 「弟よ!」駆け付けた白童子と黒童子は、無常の力を使って引っ張られている亡霊達を助けようとしたが、やはり失敗してしまった。【白童子】 「白無常様の招魂の旗が、なぜこんなことに?!」【判官】 「……黒無常、大丈夫か。」【黒無常】 「何てことない。分かった……これは弟の……生前の「力」だ。」【白無常】 「この亡霊達は衰弱しているので、私達についてくるのは大変でしょう。素早く前進することができない以上、この灯の光で彼らを守るしかありません。」【黒無常】 「判官、他の亡霊達を連れて、早く閻魔殿に行ってくれ。」【白無常】 「あなたもです……」【黒無常】 「俺が行く時は、必ずお前も連れて行く。」【孟婆】 「そもそもどうして急に足枷が出てきたの?もう大分三途の川を離れたはずじゃ?」【白童子】 「僕のせいです……僕がまだまだ弱いから、亡霊達の無事すら保証できません……」【白無常】 「あなたのせいではありません。この足枷は本来悪霊を拘束するものだった。裂け目に侵食されたことで、三途の川の足枷が暴走して霊体の弱まっている亡霊達を襲ったのでしょう。」【判官】 「目下の急務は、足枷が出現する前に、できるだけ早く他の亡霊達を閻魔殿に送り、彼らがこれ以上衰弱するのを防ぐことだ。」【白無常】 「それなら、これからどんなことが起きるかは誰にも分かりませんが、判官様、皆を連れて行ってください。ついていくことはできなくても、この灯を使ってあなた達を守ることはできます。」【黒無常】 「そうだ、早く行け、弟は俺が守る。」【白童子】 「白無常様と黒無常様とはさっき合流したばかりなのに、もうお別れですか……」白童子と黒童子が再び亡霊の行列の先頭に立つ。殿を務める判官と孟婆が行列と共に進み出した瞬間、後ろからの光が急に強くなり、皆が進む道を照らした。影を持たない亡霊と冥土の使者達は、光に照らされて足元に出現した黒い影に気づいた。【白童子】 「黒童子、見て。これは陽界の光かな?昔灯りの下で影踏みをしたこと、まだ覚えてる?」【黒童子】 「か……げ……」【孟婆】 「牙牙、見て、影ができた!少し賑やかになったと思わない?」【判官】 「人間界の光か……さすがは案内人だ。」三途の川のほとり、花海。巨大な骸骨は、花海を駆け抜け彼岸花の傍に戻ると、餓者髑髏の足元の泥の中に消えた。【夜溟彼岸花】 「あら?そういうことなら、簡単に通してあげるべきではなかったわね。」川の中で乗り上げた亡霊達は彼岸花の根に絡み取られ、花海に向かって足掻き続けている。【夜溟彼岸花】 「ほらほら、喧嘩しないで、今はまだ望みを打ち明ける時ではないわ。いい子いい子、そのまま、私の根の中に隠れていなさい。……やはり来てしまったのね。」いつの間にか花海に二つの人影が現れた。川岸に上がろうと懸命に足掻く亡霊を見て、閻魔の隣にいる一反木綿は怪訝そうな顔をした。【一反木綿】 「三途の川に落ちた亡霊は、まだ助かるかもしれないんじゃないの?」【大夜摩天閻魔】 「窮地の願いに惑わされ、塵になるのが運命だが、お主はそれを救済と呼ぶのか?」それを聞いた彼岸花は花海から彼女達の方を向き、一反木綿を見つめた。【夜溟彼岸花】 「あら?見たことのない客人ね。あなたもそう思うの?勇ましく願いを駒として、破滅から返り咲く命のほうが、よっぽど美しいと思わないかしら?」【大夜摩天閻魔】 「生者と亡霊との絆と待望はこの輪廻の地にて断たれた、それのどこが美しい?」【一反木綿】 「あたしは願いも変化も信じない。この手で掴んだものしか信じない。」【夜溟彼岸花】 「ふふ……よく言ったわね。己を信じる……それもまた一種の忠誠でしょう。」【大夜摩天閻魔】 「お主は一歩遅かった。」【夜溟彼岸花】 「ふん、言われなくても、この霊体はもうあなたと契約を交わしたってことくらい、分かっているわ。」【大夜摩天閻魔】 「無駄話はそこまで。三途の川は「虚無」に汚染されたが、お主はその中から亡霊を救うことができる。では三途の川が彼らにかけた枷を断ち切ることもできるのだろう。」【夜溟彼岸花】 「もちろん。」【一反木綿】 「どうすればいいの?」【夜溟彼岸花】 「この枷はもともと悪霊を縛るものだけど、今は全ての亡者にかけられている。三途の川の中で氾濫する思い出や願いのせいで、暴走したのでしょう。」【一反木綿】 「つまり……」【夜溟彼岸花】 「かつては悪霊を拘束する刑具だったけれど、三途の川によって亡霊を拘束する絆へと変化した。枷を打ち壊したければ、私の懐に来なさい。新顔のお客さん、永久に美しく咲けるなら、それは素晴らしいことだと思わない?」【大夜摩天閻魔】 「「虚無」は間もなく全てを呑み込む。その時、三途の川も、この大地も、全てなくなってしまう。お主の永久というのは果たしてどこにあるのかしら?」【夜溟彼岸花】 「余命幾許もない秋の葉になってしまったのなら、一瞬の繁栄を求めてもいいでしょう?少なくとも、まだ咲いてもいないのに呑み込まれて枯れてしまうなんて、あまりにも惨めすぎるわ……」【大夜摩天閻魔】 「もしお主が三途の川から亡霊を救い出せるなら、わらわは彼らを輪廻に送ることができる。」【夜溟彼岸花】 「頼み事する時は、もっと誠意を示すべきじゃない?もしそれがあなたの願いなら、私はそれに応えるかもしれないわよ。」【大夜摩天閻魔】 「報酬がほしいか。数千年前、わらわはある物を三途の川の源に埋めた。三途の川は夥しい変化を伴う。例の物もとっくに融け込んだ。例え数千年かけても、その神髄は分からない。生死を繰り返しても滅びず、咲き続けるお主になら、それの価値が分かるはず。」【夜溟彼岸花】 「つまりあなたが取引に出すのは……」【大夜摩天閻魔】 「三途の川の無数の不思議な力の中から、わらわの心臓を持っていっても構わない。わらわがほしいものは秩序だ。」【夜溟彼岸花】 「それはまさに確固たる、生死を共にする契約ね。」閻魔が微笑む。【大夜摩天閻魔】 「残念ながら、杯を交わす暇はなさそうね。」「虚無」の裂け目の縁……燃え尽きた一枚の霊符が舞い落ちる中、「閻魔」の分身はとどめを刺され、砕けた金色の欠片になった。欠片を拾って少し観察した後、晴明はそれを懐にしまった。裂け目の縁に来た荒は、足元の「虚無」によって切り裂かれた険しい大地を眺める。無数の亡霊と川がそこから下に流れ、黒い「虚無」に吸い込まれて消える。荒が「虚無」に向かって術を唱えると、星の法陣が回転しながら展開された。【荒】 「この法陣を使えば、「虚無」の中に秘められた星辰の力を呼び起こせるかもしれない。」【晴明】 「それなら少しは安全になるだろう……今の状況は?」空洞に似たそれは、ただ黒い灰を吐き出すだけで、星辰の力は見つからなかった。法陣がその塵に触れた瞬間、激しく揺れ始めた。荒が仕方なく術を止めると、負荷に耐えられなくなった法陣は轟音と共に砕け、黒い光の玉となり、「虚無」に呑み込まれた。【荒】 「星辰の力を呼び起こすには、ここは遠すぎる。」【晴明】 「やはり中に入るしかないようだ。ここは「虚無」に近すぎる。一旦三途の川の対岸に戻るか。もし私の推測が正しければ……冥土の主の試練は、そろそろ終わりが近い。」【荒】 「なぜそう思う……」さっきまで穏やかだった「虚無」の中から、突然旋風が吹き出した。先ほど呑み込まれた無数の法陣の欠片が、黒い刃となり「虚無」から吐き出され、晴明と荒に向かって降り注ぐ。【荒】 「天罰!」無数の星辰の力が矢の如く降り注ぎ、襲いかかる黒い刃に対抗する。しかしすぐに侵食され、黒くなってしまった。黒い刃はやがて、形のない物となり空中で止まった。その中から、歯切れの悪い声が聞こえてきた。【声】 「これは……かつて高天原で感じた気配だ。そこの人間、高天原に誑かされるでない。「虚無」の中に入り、世界の真実を目に収めよ。」【荒】 「魂の規則を破ったお前達は、決して許されない罪を犯した。」【声】 「「虚無」に入った魂は、究極の真実の中で永遠の自由と平和に至った。この世の何を以てしても、もはや彼らを縛ることはできない。」絶え間なく空中で形を変える無形の物は、鳥になったり、大きな口になったり、煙になったりして、最後はまた無形に戻った。【声】 「人間よ、我々の形を求めるがいい。さすれば真実の中で解脱に至るだろう。」無形の物は一周回ると、支える力を失ったかのように、侵食された星辰の力に戻り、地面に落ちていった。晴明は目の前で広がり続ける「虚無」を見つめている。【晴明】 「行こう。これで、「虚無」に入るための障壁は、もう完成しただろう。 |
肆
肆ストーリー |
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冥土、新たな地の裂け目の側…… 無数の悪霊が地獄の裂け目から這い上がり、手当たり次第に無辜の亡霊を襲う。天から降り注ぐ閻魔の強い霊力の重圧が、暴れる悪霊を貫く。閻魔と一反木綿は一瞬で戦場を支配したが、妖鬼が次々と湧き出てくる。三途の川の支流に沿って冥土に入った無数の妖鬼が、川沿いの戦いに気を引かれ、無辜の亡霊を襲う代わりに、閻魔達を襲ってくる。妖鬼と亡霊の気配を感じ取りながら激戦を繰り広げる判官も、近くまでやって来た。亡霊の悲鳴、悪霊の叫び声を聞いていると、ふと両手が今にも消えてしまいそうで、持っている名簿が落ちそうになっていることに気がついた。驚く判官のもとに、突然黒い鎖が現れた。一瞬で判官の足を固く縛りつけ、彼を三途の川へと引っ張っていく。判官が気を取られていると、天から降り注ぐ一筋の炎が、彼を喰らおうとする無数の妖鬼を撃退した。【大夜摩天閻魔】 「不覚を取られるとは、随分悠長ね。」【判官】 「閻魔様、ご無事で何よりです。」閻魔は判官の足の枷を見て、表情を変えた。【大夜摩天閻魔】 「黒無常達に会ったか?」【判官】 「閻魔様、ご安心を。黒童子と白童子、そして孟婆と一部の亡霊は、閻魔殿に身を隠しています。黒無常と白無常は外で、枷に囚われた亡霊達の面倒を見ています。」【大夜摩天閻魔】 「お主はどうだ?」【判官】 「閻魔様と共に戦えます。」【一反木綿】 「うるさいわね!ここの妖鬼はまだ片付いてないのよ!」【判官】 「何者だ?」閻魔の他にもう一人いることにようやく気づいた判官が、名簿を構える。その名簿には悪霊の力が宿されている。名簿の黒い文字は古びていて、書かれてから随分年月が経っているようだ。【一反木綿】 「ただの通りすがりよ。あたしはただ約束を果たすだけ。」【判官】 「この気配……普通の亡霊ではなさそうですね。閻魔様、なぜ妖怪を連れて来られたのですか?」【大夜摩天閻魔】 「お主らは皆、枷に苦しみ、わらわと取引しに来た。構わぬ。わらわに召喚された亡霊は、わらわの力と強く結びついている。決してこの枷に、お主らを三途の川に連れて行かせはしない。」閻魔から三途の川の状況を聞いた判官は、決断を下したようだ。【判官】 「閻魔様、戦いになれば、今の拙者は役に立ちません。どうか拙者の名前を使ってください。」閻魔の手に燃える文字が瞬時に現れた。彼女が足下の悪霊に向けて指を動かすと、悪霊達の体から銀色の名前が浮かび上がった。【大夜摩天閻魔】 「お主らは勝手に刑罰を逃れ、三途の川の悪神の力を借りて乱を起こした。わらわに名前を封印された今、もう二度と三途の川に入って再生することはできない。」その時、重傷を負った妖鬼と悪霊達が三途の川に飛び込んだが、再生することはなかった。判決の後、彼女はもう片方の手を無辜の亡霊に向けた。一瞬にして、金色の名前が亡霊達の体から浮かび上がり、彼女の手に集まっていく。【大夜摩天閻魔】 「お主らは罪を犯しておらず、生者に輪廻転生するはずだったが、枷をかけられてしまった。お主らの名をわらわに委ねよ、わらわが庇護と力を与えよう!」そう言い終えると、被害を受けた亡霊達はようやく枷から解放された。三途の川へ引っ張られることなく、閻魔の足下に集まっていく。衰弱しきっていなかった亡霊は力を求めた。霊体が強くなり、輪郭がはっきりし、妖鬼と悪霊に襲い掛かる。一反木綿はうごめく魂が出ていかないように守っている。【一反木綿】 「どうして織雪の枷にはなんの変化もないの?」【大夜摩天閻魔】 「三途の川を浄化せず、妖鬼を撃退しない限り、無辜の亡霊に自由はない。妖鬼どもが再生できなくなった今なら、全力で戦える。」冥土には太陽も月もない。暗い天幕の下、亡霊はどのくらい彷徨い続けていたのだろう。晴明と荒が「虚無」の近くに後退した。何もなかった河岸には、彼岸花が咲き始めている。川に流された亡霊は、次第に花の枝に絡めとられていくが、それでも岸にたどり着く力はなく、川の中でもがくことしかできなかった。【晴明】 「我々が冥府に来て、どれくらい経った?」【荒】 「戦いが終わらない限り、時間の流れも、体の疲れも感じない……これが亡霊の世界か。」【晴明】 「ふふ……冥土にある、賽の河原という場所を思い出すな。あそこでの数日は、人間界での百年だ。時間の流れを感じられずにいると、霊力が消耗してしまう。荒様、あなたは星辰の力を動かさなければならない。体力は温存しておくべきだ。ここからの戦いは、私に任せてくれ。」【荒】 「……良いだろう。何がおかしい?」【晴明】 「いや……もし神楽か八百比丘尼、もしくは小白がここにいたら、きっと私を止めるだろうと思っただけだ。」【荒】 「戦っている時でさえ、時間の流れを感じられないのだ。止まって休めば、さらに遅れてしまうぞ。なぜまた笑った?」【晴明】 「陽界の人情というものを、荒様にもっと体験していただかなければならないようだ。しかし荒様の言う通りだ。ここでは時間の流れがわからない、休んでいる暇はない。彼らのためにも……休むわけにはいかない。」【荒】 「さて、閻魔はどこにいるのだろうか。」【晴明】 「今の状況を見るに、無常達が亡霊を導き、彼岸花が三途の川を取り戻そうとしているようだ。であれば、閻魔は妖鬼と戦っているはず。」【荒】 「三途の川はどこに続いているのかもわからない支流が多い。その支流が、無数の妖鬼を引き寄せている。無数の妖鬼が集まったこの冥土で戦いを続ければ、取り返しのつかないことになりかねない。妖鬼が流れ込んでくる入り口を封じない限り、閻魔の戦いは終わらない。」荒がそう言い終えた時、冥土の大地がまた揺れ始めた。二人の後ろにある底が見えない「虚無」が拡大し始め、大地が轟き、割れていく。晴明と荒は術を展開して空中に飛んだ。「虚無」の近くの大地が崩れ、「虚無」の中に消えた。二人が立っていた地面も呑み込まれ、崩壊した。遠くではどす黒い妖気が迸発し、拡散していく。妖気に侵された大地が泥水のように変形し、ねじ曲がる。賽の河原の方では、轟きの余韻がまだ残っている。妖気が湧き出る場所から蔓延してきた気配が、閻魔の目が届く場所をすべて呑み込んだ。賽の河原の乱れた時空に隠されていた力が、この瞬間迸り、触れた空間を一瞬で歪んだ空洞へと変えた。閻魔が賽の河原の方向に目を向けると、雲と煙が一瞬で散り、そしてまた集まっている。【大夜摩天閻魔】 「怨霊の逃走の次は裂け目の拡大、そして冥土の時空はねじ曲がってしまうか……」【判官】 「閻魔様、一刻も早く妖鬼と亡霊達をこの地から逃さなければ。このあたりは危険すぎます。」閻魔が手中の名前を動かし、亡霊達に三途の川の方へ逃げるよう指示した。妖鬼達もそれに続き、皆が後退せざるを得なくなった。【大夜摩天閻魔】 「判官、お主は本当に大丈夫なのか?」判官の足枷はますます重くなり、歩くことは困難だ。両手もいつ消えてもおかしくない。【判官】 「拙者は判官の力を失い、心も両目も見えません。このままでは閻魔様の足を引っ張ってしまいます。閻魔様、先に行ってください。拙者は……」皆が抵抗している間、「虚無」が再び拡大し、大地がまた揺れ始めた。三途の川が沸き上り、無数の妖鬼の気が「虚無」から川に逆流した。巨大で牛の角を持った妖鬼が、次から次へと三途の川から這い上がってくる。川辺を巨大な爪で掴み、彼岸花海を踏みにじり、岸に上がろうとする亡霊を捕まえて喰う。遠くの支流から怪しい咆哮と悲鳴が聞こえてきた。皆からは見えない場所で、さらなる恐怖が大地に蔓延し、亡霊の弱い霊体を喰らう。【大夜摩天閻魔】 「悪神が……冥土に近づいてくる。」閻魔達の目の前に、一匹の牛頭が立っていた。閻魔が「虚無」で見た牛頭よりもずっと大きい。この世のものとは思えないほどの獰猛さが恐ろしい。悪神に取り憑かれた牛頭が本来の声ではなく、かすれたような声を出した。【牛頭】 「夜摩天の名を捨て、冥土の主として我々の前に立つお前に、我々と戦う資格はない。我々はもう待ちくたびれた。夜摩天の力を再び結集し、我々と戦え。」【大夜摩天閻魔】 「夜摩天の力は、冥土にために使う。」【牛頭】 「傍にいる亡霊も守れないお前に、冥土を守ることができるのか?」牛頭が閻魔の後ろにいる判官に見る。判官の霊体は消滅しかけている。枷が彼の足を引っ張るが、判官はそれに抵抗し、今もしっかりと立っていた。【大夜摩天閻魔】 「三途の川が彼岸花に埋もれている。何故だ……」【牛頭】 「お前の決して揺るがない律法に、彼は惹かれていた。しかしお前の律法が揺らいだ今、彼の信念も揺らいでしまった。この枷は、お前の最大の欲望が具現化されたものだ。天地は崩壊した。この地の律法はもはや魂を抑えることができない。お前はこれでようやく理解しただろう。無数の魂の終焉であったとしても、善悪を見抜く冥土の主の律法でも、より強い力によって覆されてしまうのだ。勝てば官軍負ければ賊軍。より強い力が、より強固な律法を構築する。ならば、本当の公正とは何だ?!お前が求めている究極の理などというものは存在しない。それよりも、我についてこい。六道に入れば、お前の理想も容易く叶うだろう。」【判官】 「妄言を慎め!」判官の霊体の輪郭が、一瞬はっきりし、手には破れた名簿が現れた。名簿は周囲の悪霊の力を吸収し、牛頭に向かって放出する。同時に、閻魔も手中の金色の炎を飛ばし、牛頭の体を貫いた。融けた体は「虚無」と化し、三途の川に落ちた。今一行の耳に届くのは、大地が崩壊する轟音と、賽の河原の歪んだ時空の喘鳴だけだった。牛頭が立っていた場所には、まだこの世に存在しない何かからの威圧が残っている。」【判官】 「閻魔様、妖鬼は再生しないとはいえ、次から次へと湧いてきます。彼らも恐らく「虚無」に影響され、先程の牛頭のように巨大化し、手ごわい敵になるでしょう。」【大夜摩天閻魔】 「お主の言う通りだ。虫は徹底的に根絶せねばならない。そのほうが庭も綺麗に掃除できる。」思うところがある様子の閻魔は、「虚無」の裂け目のある方向を見つめた。【大夜摩天閻魔】 「どうやら、彼女達も約束を果たしてくれたみたいね……」【一反木綿】 「誰?」【大夜摩天閻魔】 「分裂した夜摩天の力から生まれた分身だ。わらわの支配は受けないが、僅かながら洞察の力が残っている。彼女達が陰陽師の力には悪意がないと言った以上、陰陽師にも「虚無」の中での鼠の始末を手伝ってもらおう。」言い終わるやいなや、小さな金色の光が閻魔の手の中で集まった。冥土の各地、炎が落ちた場所からも、いくつもの金色の光が浮き上がり、晴明達がいる方向に飛んで行った。【大夜摩天閻魔】 「判官、行こう。」【判官】 「閻魔様。今回はご一緒できません。」【大夜摩天閻魔】 「何だと?」【判官】 「拙者は目の代わりに心で物を見ます。ですが今の冥土は天変地異のさなか、もはや拙者の心が知っている地ではなくなっています。拙者も一度、この冥土を見つめ直さねばなりません。そして閻魔様。ここにはまだあなた様のお導きとご加護を仰ぐ数多の魂が存在します。三途の川の果てで妖鬼の通り道を塞ぐことは、拙者にお任せください。すぐに追いつきますゆえ、心配はご無用です。」「虚無」の裂け目の前、晴明が握っている金色の欠片が微かに振動した。冥土の各所から無数の金色の光が天に昇り、晴明と荒のいる場所に向かって進んでくる。晴明が持っていた欠片もまるで呼応するかのように、その金色の光の方に飛んでいった。光が晴明と荒の上空に集まり、急速に落ちていった。すると二人の体からうっすらと金色の光が放たれ、鎧のように二人を包んだ。荒は光が現れ、消えていくのを黙って見ている。【荒】 「これは……」【晴明】 「これは……冥土の主が約束してくれた、「虚無」に入る際の守りだ。」【荒】 「やはり夜摩天の力の欠片は、ただの欠片ではなかったか。試練と称して、助けの手を差し伸べる……少しも変わっていないようだな……」【晴明】 「この力で冥土を守ることもできるのに、こうして我々に与えてくれた。」【荒】 「……」晴明は広大な冥土を眺め、考え込んでいるようだ。【晴明】 「そういうことなら、他の事は会ってからゆっくり話そう。」晴明と荒が「虚無」に近づく。しかし、「虚無」は静かなままで、二人の接近に対し何ら反応を示さない。更に一歩進むと、二人の姿は忽然と消えた。」 |
伍
伍ストーリー |
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冥土、「虚無」の裂け目の中…… 霧が散るにつれ、晴明と荒の視界が開けていく。時々おぞましい絶叫が入り混じった複雑で奇妙な囁きが周囲から聞こえてくる。その環境を認識した時、晴明は無限の空洞に放り込まれた魂のような気分になった。目の前に広がる冥土の大地は、虚ろな空間に浮かぶ死の影のようだ。「虚無」によって凍りついたかのように、生気の欠片もなく、そこには朽ち果てた大地だけがある。三途の川が二人の足元を流れている。荒ぶる波はまるで黒い銀河のように、空を目指してごうごうと進んでいく。よく見れば、それは無数の亡霊だということに気づく。亡霊の大河は宙に浮きながら六本に枝分かれし、更に遠方へと流れていく。【晴明】 「荒様、お体は?」【荒】 「大丈夫だ、障壁が効いている。」二人は自分の体を見た。金色の障壁が微かに光っている。しかしなぜか周囲の虚空に目が向いてしまう。まるであの囁きは、この空間のたった二つの生命体に呼びかけているようだ。【荒】 「これが命の存在しない、呑み込まれた後の世界か。」【晴明】 「荒様、星辰の力の気配は?」荒は首を横に振る。その手に新しい星辰の法陣が現れる。【荒】 「ここで感知できる力は、希薄すぎて使い物にならない。もう少し進んでみよう。」二人は宙を歩き、前へ進む。すると、耳を離れない囁きの中から、虚ろな声が響いた。【声】 「無駄だ。」目の前の虚空から天地を覆いつくすほどの形のない物が噴出し、まるで荒れ狂う津波のように、二人を一気に呑み込もうとする。しかし、法術で対抗しようとする二人を「虚無」の怒涛は素通りした。気がつくと、二人は既に亡霊の川から遠く離れたところに飛ばされていた。【荒】 「狂っているな。こんな攻撃ですら、ただの遊びだというのか。」【晴明】 「ここは出口から遠く離れている。かといって、川の行き先が分かるわけでもない。たださっきよりも流れが乱れているようだ。」【荒】 「ここには空間という概念がないらしい。瞬く間に予測もつかない変化が起きる。」【晴明】 「このままでは立往生だ。まずこの場所の法則を把握しなければ。」【荒】 「「虚無」は創世の時、万物を構成した物質の一つだ。もともと万物の法則の中に組み込まれている。」【晴明】 「しかし現状から見るに、時間や空間のような基本法則は「虚無」には通用しないだろう。だとすれば、「虚無」を自由に行き来するものはただ一つ。」【荒】 「「罪悪」か。」【晴明】 「一つ考えがある。」晴明は遠くの亡霊の川を見て、また荒を見た。荒はその意味に気づいたらしく、亡霊の川の行く先に視線を送った。【荒】 「よく考えたな。」その時、あの虚ろな声がまた無数の囁きの中から聞こえてきた。【声】 「前進したければ、我々にひれ伏すのだ。ひれ伏せば、真実への道を指し示そう。」【晴明】 「お前の言う真実とは何だ?」【声】 「その下にある川は全て、真実の世界を知った魂でできている。彼らの浅はかな夢と願いは、真実の世界では何の価値もなかった。」【晴明】 「お前にひれ伏すために、我々は何をすればいい?」【声】 「罪悪と一体となれ。それはここを行き来できる唯一のものだ。」そう言っているうちに、声がまた無数の囁きの中に消えていった。「虚無」から黒い霧が飛び出し、晴明と荒に襲いかかる。だが二人は逃げもせず、黒い霧を掴んだ。混乱の中、霧に包まれた晴明は一歩前進した。【晴明】 「荒様!」そう叫んだ晴明は、亡霊の川をめがけ進んでいく。荒も彼の後に続く。罪悪の黒い霧が二人にしつこく絡みつき、徐々に金色の障壁に侵入していく。次の瞬間、二人は亡霊の川に堕ち、恐ろしい悲鳴に呑み込まれた。黒い霧が二人を守る金色の障壁を侵食する。亡霊達と二人は激流によって「虚無」の更に奥へと流されていく。亡霊達の恐怖と絶望が洪水のような轟音を立てながら、晴明達の金色の障壁を侵食し始めた。どれだけの間激流の中にいたのだろう。二人はそれぞれ違う支流に流されたが、最後には同じ静かな空間に流れ着いた。目を開けると、巨大な六つの扉が晴明の視界に入った。扉は何もない「虚無」の黒い空間を照らしている。その中の一つが、二人がもと来た人の世と繋がっている。川から漂着した亡霊が行く当てもなく歩き、六道の扉をただひたすら出入りしている。亡霊達は狂気じみた表情をしているか、虚ろな目をしている。まるでここに来る途中で何かに意識を抜き取られたかのようだ。【荒】 「悪神の言う真実を目にすれば、こうなるのか。」【晴明】 「真実を見てこんな姿になるのなら、真実というのは荒唐無稽なものに違いない。」【荒】 「お前はここに来る時……」【晴明】 「ここに来る時?」【荒】 「いや……本題に戻ろう。この付近から、強烈な星辰の力を感じる。そろそろ始めよう。」【晴明】 「では、荒様は法陣の準備を。私は何か他に六道の扉の手がかりはないか、周囲を見てくる。」冥土…… の導きで、一部の亡霊が閻魔殿に避難したが、閻魔様のために戦うと言って残った者もいた。あっという間に、残虐な妖鬼も残り僅かになった。三途の川から這い出た亡霊が花海に集まったが、皆閻魔に名前を取り上げられた。「虚無」はますます巨大になり、黒い雲が冥土の空に広がり続ける。無数の妖鬼が今にも天から襲ってきそうだ。呑み込まれた三途の川の流れが、「虚無」の裂け目で曲がりくねる黒い溶岩となり、沸騰したように煮えたぎる。まるでその下には蠢く化け物が潜んでいるかのようだ。そして数え切れぬほどのより巨大な牛頭が、息づく黒い泥から這い出し、その息によって三途の川が更に汚されどす黒くなる。巨大な牛頭は強い力を持つ。ある牛頭は、現れた途端に三途の川の中から鎖をすくい上げ、その先に繋がる亡霊を口の中に放り込もうとする。閻魔は手中の名を引っ張り、亡霊を自分の元へ引き戻すと、代わりに自身が前に出て牛頭と戦う。【一反木綿】 「どうしよう、牛頭がどんどん裂け目から出てくる。あたしたちの希望は、もう陰陽師しか残されてないの?」【大夜摩天閻魔】 「そうはいかない。この裂け目の広がる速度、わらわが予想していたよりも早い。亡霊達を避難させたら、鼠穴を封じに行く。」【一反木綿】 「急いで。あそこから出てくる奴ら、どんどん強くなってる。このままじゃ本当におしまいよ。新しい妖鬼が現れないところを見ると、あなたの可愛い判官が妖鬼の通り道を塞いだんでしょうけど、そう長くはもたないわ。」【大夜摩天閻魔】 「この生死の書は、最も固い契り。これがあるかぎり、彼はどこにも行けぬ。」閻魔はそう言いながら、彼女のために戦う魂を牛頭の身体に送り込み、その腹部と「虚無」を繋げる黒い糸を焼き切った。【大夜摩天閻魔】 「厄介ね……終わりがない……」【一反木綿】 「このままじゃ、三途の川がますます汚染されて、鎖の問題を解決しようにもできなくなるわよ!」【大夜摩天閻魔】 「こうなれば、方法はあと一つしかない。」彼岸花が後ろの花海から、すっと姿を現わした。【夜溟彼岸花】 「三途の川の流れを変えるなら、より貴重な貢物が必要よ。三途の川の中は色々な力が無数に入り混じっていて、どこのどんな力を刺激してしまうか分からない。」【大夜摩天閻魔】 「「虚無」の川下はもはや救いようがない。三途の川を浄化することで、一人でも多くの亡霊を輪廻に送ることができれば、わらわの苦労は無駄にはならない。」そう言っているうちに、「虚無」から肝を抜かすような悲鳴が上がった。広がる裂け目から、何か途轍もなく大きなものが出てこようとしている。皆がはっと息を飲むなか、閻魔だけが神妙な面持ちになった。彼女が手中の名前に触れると、一瞬で戦場の亡霊達は契約による制約を感じ取り、閻魔が作り出す淡い金色の結界の中に収まった。さっきの牛頭よりも更に大きい化け物が裂け目にぶつかり始めた。裂け目から伝わってくる絶対的な力による恐怖が全員にのしかかる。【一反木綿】 「今度は何?」【大夜摩天閻魔】 「ふん……わらわの旧き友人だ。先ほどの牛頭も、今裂け目から出ようとしている妖鬼も、全て六悪神の従者だ。数千年前、冥土の地を占拠していた。あの時、三途の川の流れは乱れ、冥土は誰も安らかに眠ることのできぬ煉獄だった。」裂け目が衝撃によりますます不安定になり、汚泥のような「虚無」が三途の川を逆流する。閻魔が更に多くの魂の名前に触れると、離れた場所にいる数多の亡霊も淡く金色に輝いた。足元では彼岸花が静かに川岸に広がり、川岸を守る弱い亡霊を保護する。織雪の身体にも金色の結界が現れた。彼女は結界を叩きながら、一反木綿を見た。【一反木綿】 「大丈夫、心配しないで。あたしはここにいるわ。」【大夜摩天閻魔】 「お主、わらわとの約束は忘れていないだろうね。」周囲の花びらを撫でている彼岸花は、何も答えない。餓者髑髏を支えながら、共に花海に沈んでいった。【大夜摩天閻魔】 「彼岸花よ。今から残りの夜摩天の力を水に込める。わらわの代わりに輪廻の力を導いてくれ。」閻魔の胸元から金色の炎が飛び出し、瞬時に三途の川の水面に広がった。すると、真っ赤な彼岸花が冥土に沿って、野原を燃やす炎のように咲き乱れ、大地に新しい花海が誕生した。燃え続けている金色の夜摩天の力は、川水と共に氾濫し、花海の方に流れていく。まもなく三途の川が元の軌道から外れ、「虚無」の隙間とは違う方向へと流れ始めた。妖鬼がぶつかり続ける裂け目の響きは止まらない。亡霊達が綺麗になっていく三途の川に入るより早く、地面の裂け目から、新しい足枷が現れた。一反木綿の陰でずっと黙っていた織雪が前へ飛び出し、近くにいた子供を抱えて後ろへ逃げようとしたが、襲いかかる鎖に両足を囚われてしまった。【一反木綿】 「織雪!」一反木綿が枷を断ち切ろうとするが、鎖はびくともしない。【一反木綿】 「三途の川を浄化すれば、枷は解かれるんじゃなかったの?!」足元に再び現れた枷を見て、亡霊達は泣きながらもがいたが、もがけばもがくほど枷の束縛が強くなった。花海から現れた彼岸花が、泣きわめく霊達を見た。三途の川が再度流れ出したにもかかわらず、状況は依然変わっていない。【夜溟彼岸花】 「言ったでしょう。この足枷はもとは刑具だが、今は亡霊の心と呼応しているのよ。人の世と死別した亡霊なんて、ただでさえ心残りがあるのに、「虚無」の向こうのあれが、弱まっている彼らを更に畏怖させている。やはり私に任せてみいてはいかが?彼らを守るいい場所がある。あそこなら、ずっと咲き続けられるわよ?」閻魔は何も言わず、ただ三途の川の上流を眺めている。【大夜摩天閻魔】 「わらわが何とかする。」【夜溟彼岸花】 「ほんと、意地っ張りね……」一反木綿は織雪を連れて、閻魔と共に三途の川の川上を目指した。周囲はますます殺風景になっていく。迷子になった霊も、ここには来ないだろう。【一反木綿】 「なんて不気味な雰囲気なの……」三人が一番高い峰を曲がると、一反木綿はせせらぎの音を聞いた。山に入り角を曲がると、目の前に金色の湖が現れた。【大夜摩天閻魔】 「ここが三途の川の源流だ。」閻魔は一反木綿の表情を見て、口元を緩めた。【大夜摩天閻魔】 「お主はあの時のことを知らないのか。」【一反木綿】 「あの時のこと?」【大夜摩天閻魔】 「千年前、わらわには戦友がいた。彼女はわらわと同じように、悪神の罪によって命を失った。わらわ達は共に冥土を占領し、ここに出没する妖鬼と戦ったが、今日と同じように悪神に従う強力な妖鬼を引きつけてしまった。」【一反木綿】 「どうしてあたしにその話を?」二人の足元では、濁った三途の川が流れ、暗く遠い場所へと消えていく。更に奥にある「虚無」の向こうからは、天地が震撼するほどの衝撃音が聞こえてくる。」【大夜摩天閻魔】 「同じくらい強い妖鬼が、六悪神の力を汲み取り我々と戦った。彼女は自らの力を代償に、妖鬼を倒した。当然、彼女の魂も跡形もなく消えた。当時のわらわは、俗世で言う死別を理解していなかった。彼女は亡霊だった。亡くなれば輪廻する必要もない。あの戦いで、二人で服の裾を破って、負傷者の手当をした。そしてわらわは死んだ彼女の顔を拭いた。その時、手当てに使用した白い絹は……」閻魔は一反木綿を見たが、彼女は閻魔の話を遮った。【一反木綿】 「あたしが覚えているのは、あたしに人の世の死別を初めて教えてくれたのは、大雪の夜だったってことだけよ。」【大夜摩天閻魔】 「ならば猶更、わらわの決断を理解してくれるだろう。わらわが今、身を投げ出した旧友の気持ちを理解したのと同じように。水源はまだ汚染されていない。十分に強い霊力を注入すれば、冥土はまだ助かるかもしれぬ。」【一反木綿】 「そんなことをして、後のことはどうするつもり?」【大夜摩天閻魔】 「当時は、夜摩天の力のおかげで、裁きの力が侵食された状態でも何とかなった。今回は妖鬼がほぼ全滅している。無常達でも対処できよう。唯一の懸念はこの「虚無」の裂け目だけれど、既に晴明と荒様が中に入っている。あの二人なら、必ず形勢を逆転してくれる。わらわの力で三途の川を浄化し、冥土を立て直せば、「虚無」の拡大に歯止めをかけることもできる。そうすれば、「虚無」の中の敵もまとめて撃退できるかもしれない。」【一反木綿】 「あたしはあなたの大事な人達のことを言ってるの。あたしはあなたのことを理解してるって、さっきあなたが言ったのよ!」【大夜摩天閻魔】 「だからお主をここに連れてきた。生死の書の代わりに、わらわの最後を記録してほしい。」【一反木綿】 「後世に謳われる自己犠牲ってこと?……そんなの傲慢よ……」【大夜摩天閻魔】 「わらわの最後を記してくれ。彼らには、わらわのことを忘れないでほしい。」冥土の戦場、黒無常と白無常が三途の川の新しい流れを沿って、生い茂る花海にたどり着いた。白無常は金色の結界に守られながら、足枷に引っ張られている亡霊を見て、慌てて灯明を灯す。すると無数の陰が亡霊の近くに現れ、彼らを支え、庇った。【黒無常】 「ババアの召喚を感じてここに来たってのに、ババアはどこに行ったんだ!」二人は花海に入る。彼岸花を探していると、川沿いをこちらに向かって歩いてくる人影に気づいた。巨大な棺を背負っているその人影は、黒無常と白無常に顔を向けた。【納棺師】 「ある亡霊を探している。可能なら、道案内をしてくれないか?」 |
陸
陸ストーリー |
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「虚無」の裂け目の中…… の牛頭獣身の妖鬼が、聳える門の中から次々と出てくる。晴明と荒の頭上を一周すると、群がりながら離れていった。【荒】 「これは牛頭、悪神の眷属だ。悪神が訪れる場所には、必ず奴らが現れる。」【晴明】 「もし奴らの向かう先が冥土なら、閻魔様は敵わないかもしれない。急がねば。門からはそれぞれ違う力を感じるが、陰陽の理がこちらの世界とは異なるようだ。これ以上調べるのは困難だろう。」【荒】 「六道のうち、人間を除いた五道は皆、天照様が創った法則に準じていない。」【晴明】 「どうやらじっくり調べた方が良さそうだ。」【荒】 「星辰の力が集まり次第、妖鬼の力に便乗して冥土に戻る。」荒は星辰の力を載せる法陣を召喚し、門の陰に浮かべる。法陣が回転すると、「虚無」から眩しい星の源泉が現れ、法陣に流れ込む。突然何かが割れる音がして、晴明と荒を囲む金色の障壁にひびが入った。【晴明】 「まずいな。先ほどの侵食で、障壁が脆弱になったようだ。」【荒】 「……」【晴明】 「荒様、これ以上長居すると、脱出が困難になる。」【荒】 「星辰の力が……まだ足りない。」【晴明】 「今のうちに出れば、もう一度入れるかもしれない。」【荒】 「先に行け、私はここに残る。神の身をもってすれば、障壁がなくとも暫くもつだろう。」この時、光の門の中から次々に出てくる牛頭が声高に吠えた。二人を発見したようだ。冥土では、巨大な妖鬼が「虚無」の中から裂け目にぶつかり続けている。黒無常と白無常は気配を頼りに、三途の川の源泉である峰に登った。【白無常】 「閻魔様、なぜこんなところに。」【納棺師】 「感じる。目の前に織雪の魂の気配が……」【大夜摩天閻魔】 「おや?お主らも来たのか?ふふ……長らく顔を見ていなかった旧識も来たか。だが今は立て込んでいる。お主らのことは、お主らで対処するがよい。」【納棺師】 「私には分かる。ここに織雪がいる!」【黒無常】 「おいババア、一体何を攫ってきた?無関係なやつまで巻き込むんじゃねぇよ。」【大夜摩天閻魔】 「しかし、お主らしかおらぬのか?まあ良い。」【白無常】 「こら黒無常、慎みなさい。この湖はもしかして……」【大夜摩天閻魔】 「わらわが初めてここに来た時は、無数の亡霊が捨て身で妖鬼と戦っていた。後に冥土に律法ができ、彼らの心はようやく安らぎを取り戻した。ここは冥土の霊力の大動脈。十分な強さを持つ霊体が融合すれば、三途の川と冥土の浄化も造作ないだろう。そうなれば、お主らもこの川に入るだけで、再び無常の力を入手し、冥土を立て直すことができる。」【白無常】 「閻魔様!おやめください!三途の川が「虚無」に汚染されなくなった以上、妖鬼と全力で戦えば、必ず亡霊を枷から解放できます!」閻魔は誰も近づくことができないように、法陣を張り巡らせた。【大夜摩天閻魔】 「冥土は衰弱しきっている。このままだと、お主らの魂まで飛散するだろう。数千年前と同じように、今の冥土には新しい根幹が必要だ。」閻魔は黒無常と白無常の足元を見た。二人の足にも重い足枷がある。彼女の手のひらで、魂の名前が光った。麓の川沿いに広がる花海が、閻魔と対話しているようだ。【大夜摩天閻魔】 「今回は、三途の川からわらわの体を受け取って、お主の力で河川と大地に融かしてくれ。そうすれば、冥土の新たな根幹になるはずだ。」【夜溟彼岸花】 「そうなれば、三途の川の花は冥土全土に広がるでしょうね。それでもいいのかしら?」【大夜摩天閻魔】 「お主が冥土の隅々まで咲くことを許す。わらわの守る場所であれば、存分に咲くといい。」咆哮する「虚無」の裂け目がついに崩れ、無数の巨大な妖鬼が中から溢れてくる。亡霊達の金色の結界が、白無常達にも張られた。【大夜摩天閻魔】 「亡霊達の結界は、わらわが最後の力で張ったもの。罪悪による侵食であれば、全て防ぐことができる。これまでに召喚した亡霊は皆解放する。これからは無常達に導かれるが良い。」そう言うと、彼女は水の中に入った。同時に、亡霊との繋がりも切れていく。次の瞬間、遠方の光がこの先にある大地を照らし、彼女は思わず目を見張った。金色の結界に守られている無数の亡霊達が宙に舞い上がり、金色の行列を作ると、襲いかかる妖鬼を迎撃した。身にまとう金色の結界を突然操ることができるようになった彼らは、己の僅かな力を以て、眩しい金色の炎を作り出した。亡霊達はゆっくり向かってくる巨大な牛頭に襲いかかり、金色の結界で牛頭の肌を燃やした。先頭に立つ牛頭は、もがきながら音を立てて倒れた。炎を掴もうとする牛頭もいた。しかし炎は空に立ち昇り、亡霊達が身にまとう結界も消えた。閻魔の耳に、彼らの囁きが届く。【亡霊】 「夜摩天様……夜摩天様がくれた力のおかげで……我々は自分の意志を貫くことができる……もう何にも縛られない……」彷徨う無数の亡霊の中から、突然優しい少女の声が聞こえてきた。 「私を召喚することなく、私を縛るものを取り除いてくれて、ありがとう。」 誰もが驚愕したその時、驚いた納棺師が少女の名前を口にした。【納棺師】 「織雪!」面のせいで、一反木綿の表情はよく見えない。【一反木綿】 「あたしがしたことは、あなたを縛っていたの?」その声は小さく笑うと、小声でこう言った。 「私は陽界に残るんじゃなくて、大切な人達の傍にいたい。」 「死ぬ前に皆に会って、ちゃんと別れの挨拶を言うこともできなかった。だから心配なの。私を偲んでくれた人達にも、未練があるんじゃないかって。」【大夜摩天閻魔】 「ちゃんと別れを言ってこそ、それぞれ自分の道を進むことができるのか……」「別れの悲しみに溺れないで。亡くなった人は、そんなこと望んでないから。」 空中に、織雪の姿がぼんやりと現れた。納棺師は慌てて彼女に触れようとしたが、その手は彼女の体を通り抜けた。彼女はもう消えそうになっている。【大夜摩天閻魔】 「眠りにつこうとしている魂とは、こういうものなのか……」しかし一反木綿は諦めることなく、反物を幾重にも重ね、皆の織雪への視線を遮断した。ぼんやりとした影は、形を変え続けている。反物越しに誰かを抱きしめようとしているようだが、果たしてそれが誰なのかは分からなかった。 「さようなら。」 「私がいなくなっても、お元気で。」 ぼんやりとした影が上昇し、何かを追いかけ消えていく姿を、一反木綿が見つめている。納棺師が素早く動く。棺桶はまだ開いていない。一反木綿を巻き込んで、足元の三途の川に落ちていった。閻魔は反物と納棺師が消えていった方向を見ている。【白無常】 「彼らは三途の川に落ちたようです!」【大夜摩天閻魔】 「心配はいらぬ。彼らは力が残っている限り、織雪の体と魂が三途の川に奪われることを許さない。お主らは、最後の最後まで、手放すことができなかったか……ではわらわはどうだ?」【白無常】 「閻魔様……」【大夜摩天閻魔】 「黒無常、白無常、行こう。戦いはまだ終わっていない。」「虚無」の裂け目は強い力によってついに徹底的に切り裂かれ、巨躯を持つ牛頭が再び冥土に侵入してきた。凶暴な妖鬼の間を駆け抜ける閻魔と無常達は、捕まえられ喰われようとしている亡霊を見かけ次第、閻魔の目の炎を亡霊の眉間に送り込んだ。【大夜摩天閻魔】 「まだこんなにもか弱いか。ならば閻魔の目を使って、この地を脱出する道を見極めなさい。」【夜溟彼岸花】 「私があなたを説得できる日が来るとは思わなかったわ。」【大夜摩天閻魔】 「お主に説得されたのではない。」【夜溟彼岸花】 「本当に強情ね。今あなたは、彼らの願いを叶えてあげているのでしょう?」【大夜摩天閻魔】 「願いも何も、彼らに道を見極めるだけの力を与えたまでだ。わらわが分け与えた力は、別にとりわけ強い力ではない。ただその力のおかげで、彼らは自力で自分を縛るものと戦えることに気がついた。ならば、強引に彼らをわらわの傍に残しても、彼らを苦しませるだけだ。」牛頭がまた閻魔達の目の前で倒れると、そこに判官が現れた。【判官】 「閻魔様、遅くなりました。」【大夜摩天閻魔】 「その目は……」【判官】 「申し上げたように、拙者はこの目を心とし、もう一度新しい冥土を見つめ直すつもりです。もちろん、妖怪達によるところも大きいです。今、冥土はまだ危機に晒されています。ここにはまだ他にも拙者が守るべきものがあります。」閻魔が何かを聞こうとしていると、彼女達の目の前にある「虚無」がさらに広がった。【大夜摩天閻魔】 「お主の言う通り、守るべきものは冥土だけではない。晴明と荒様がまだ裂け目の中に閉じ込められている。この庭を片付けたら、彼らを助けに行こう。」 |
漆
漆ストーリー |
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拡散し続ける虚無は大地に沿って、賽の河原の歪んだ空間へと広がっていく。高所に立つ閻魔の手の中で、亡霊達の名が旋回している。閻魔の目を無数の金色の紋章に変えた彼女は、それを枷に囚われた亡霊達の眉間に打ち込み、彼らに自由を与えた。【判官】 「閻魔様、もしここの亡霊達の中にも、蘇って陽界に戻りたいという者が現れたら、どうすれば良いでしょうか?」【大夜摩天閻魔】 「彼らが亡くなってから七日目に、陽界に戻ることを許す。七日目が過ぎたら、彼らはこの名に従い、わらわによって輪廻に送り込まれる。閻魔の目が彼らに与える力によって、彼らの両足はあらゆる悪路を踏破できるよういになる。両手はあらゆる困難を押し退け、両目はあらゆる真意を見抜けるようになる。このような自由と誇りこそが、魂にとって一番大切なものだ。」彼らの後ろに咲く花海の中から、彼岸花が静かに現れた。【夜溟彼岸花】 「あなたの体を三途の川の供物にすると約束したはず。岸辺で交わした契約を、反故にすることは許さないわよ?」【判官】 「供物だと?口を慎め。」【大夜摩天閻魔】 「判官、わらわは確かにそう約束した。そして約束を破るつもりはない。」【判官】 「閻魔様!まさか本当に……」【大夜摩天閻魔】 「そうだ。三途の川はまだ亡霊たちが輪廻する地であるが、「虚無」が三途の川を呑み込む時、お主はどうする?」【夜溟彼岸花】 「こんなに複雑で不思議な川が、虚無の中で簡単に枯れ果ててしまうかしら?」【大夜摩天閻魔】 「わらわの手の中の亡霊は、既にわらわの閻魔の目によって見守られている。彼らが願いに惑わされ、輪廻を外れることはありえない。」【夜溟彼岸花】 「どうやら、咲き誇る一瞬の美しさを、あなたは永遠に理解できないみたいね。」【大夜摩天閻魔】 「魂の本当の美しさは、儚き夢の泥の下にはない。それはいつまでも彼らを待つ魂の傍にある。」【夜溟彼岸花】 「あなたはその体を供物にすると約束したけれど、私に会わずにどうやって約束を果たすつもり?」【大夜摩天閻魔】 「なぜ約束を果たせないと断言できる?三途の川を虚無から分離させ、魂が永遠に求める場所にする。わらわの体は、三途の川の全ての力と活力の受け皿となる。共に行ってくれるか?」【夜溟彼岸花】 「では、三途の川の中にある、私の計り知れない力を、あなたは受け止められるかしら?」【大夜摩天閻魔】 「冥土の数千年に渡る重さを、受け止めない理由があるか?」【夜溟彼岸花】 「でしたら私と共に三途の川を守りましょう。川の中にある記憶を、いつかあなたも理解できるはず。」餓者髑髏が無言のまま花海の中に沈む。彼岸花は静かに消え去った。肩を並べる閻魔と判官は、遠くの静かな漆黒の虚無の穴を眺める。【大夜摩天閻魔】 「判官、虚無に足を踏み入れる前に、何かわらわに言いたいことはないか?」虚無の中、戦闘は熾烈を極める。六道の扉の中から立て続けに現れる牛頭は、虚無の中で激戦を繰り返す二人に襲いかかる。牛頭は何度も陣法と霊符に撃退されたが、そのたびに勢いを盛り返してくる。晴明と荒の傍に突然一筋の金色の光が降り注いだかと思うと、閻魔が現れた。【晴明】 「閻魔様、外は今どういう状況に?」【大夜摩天閻魔】 「苦闘を強いられていても、まだ外のことに関心を寄せるだけの余裕はあるか。」閻魔に気づいた牛頭は彼女に襲いかかったが、彼女は迎撃する代わりに、空高く舞い上がって攻撃を避けた。【大夜摩天閻魔】 「追いつめられているようだが、事は成したか?わらわはお主らの脱出を手伝いに来た。」【晴明】 「荒様の法陣は十分に星辰の力を蓄えた、確かにそろそろ離れるべきだ。しかし閻魔様、まさか我々を守る障壁は他にもあると?」晴明と荒を守っていた金色の障壁は既に砕けた。今彼らを守っているのは、淡い紫色の何かだ。閻魔は一目でそれが何か見抜いた。【大夜摩天閻魔】 「牛頭の力の中核を取り出し、虚無に侵食されない罪悪を障壁にしたか。機転が利くね。」【晴明】 「閻魔様はどうやって我々をここから逃すつもりだ?」閻魔はそれには答えずに袖を広げた。流れる川のように、袖の中から無数の花枝が伸び、咲き誇る。ひと目見て、虚無の中に赤い袖が敷かれたような錯覚に陥った晴明が目を凝らすと、それは咲き誇る彼岸花の花海だということが分かった。彼岸花が咲き誇り、花の茎まで水浸しにするせせらぎが生まれた。そしてやがてせせらぎは、奔流となって遠くへと流れていった。【大夜摩天閻魔】 「三途の川に沿って進めば、牛頭はお主らを傷つけることができない。川がお主らを虚無の出口まで導いてくれる。」晴明と荒が川に入った途端、静かに流れゆく川に彼らを導く力が現れたのを感じた。何もない虚無の空間の中、呑み込まれた冥土の欠片が彼らの傍をかすめていく。やがて黒い霧をくぐり抜けた彼らの視界は、一瞬にして明るい空に埋め尽くされた。翌日、冥土の遺跡。 遠くの虚無の穴は、既に大地を全て呑み込んだ。力を取り戻した無常達と判官は閻魔の傍に佇み、遠くの閻魔殿を眺めている。【大夜摩天閻魔】 「わらわの閻魔の目をお主らに授けた。これがある限り、お主らも己の進むべき道を見つけることができるだろう。ただし、わらわが存在する限り、地の果てにいようとも、お主らは常にわらわの加護によって守られている。」【白無常】 「招魂の旗と灯の導きを必要とする魂は、まだ六道の扉の中に閉じ込められています。閻魔様と共にこの件を解決するまで、僕はここを離れません。」【黒無常】 「その後どこか行きたい場所があるのか?」【白無常】 「後の話は、最後の仕事を成し遂げてからまた考えます。」【黒無常】 「そういえば、彼岸花が見当たらねえな。」【白無常】 「賽の河原が引き裂かれた後、あそこの歪んだ空間は外界と違うようだと言って、彼女は一人で調査を始めました。孟婆は閻魔に向かって手を伸ばす。その手のひらにある閻魔が描いた呪紋は相変わらず金色の光を放っている。」【孟婆】 「閻魔様!私も牙牙も雨を浴びていません!お役に立てるかもしれません。あの扉に入ることを許してください!」【白童子】 「僕と黒童子もご一緒させてください!きっと白無常様と黒無常様の力になれます。こういうのにはもう慣れっこです!閻魔は微笑みながら白童子達に目を向け、最後には判官の方を向いたが、何も聞かなかった。面の下に隠れている判官の顔に、うっすらと微笑みが浮かぶ。」【大夜摩天閻魔】 「雨は止んだ、このまま前に進もう。」 |
亡霊追憶(サブ)ストーリー
夜守灯
夜守灯ストーリー |
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白い灯りが冥土の一角を照らす。灯りの下に腰を下ろした白無常と黒無常は、後ろで休憩する亡霊達を見守っている。 頭上の優しい白光を見上げながら、白無常は口を開いた。「あなたの言う通り、これは僕が無常の力を手に入れる前に持っていた力のようだ。」 白無常は悔しそうに言う。「ただ……」 黒無常の黒い鎌は、侵食されてしまった。黒無常は代わりの黒い刀を抱え、彼の隣に座っている。そして片時も休むことなく、光の届かない大地を警戒している。「今俺達はこうしてここにいる。他のことはどうだっていいさ。」 白無常が問う。「僕が記憶を取り戻したかどうか、気にならないのですか?」 黒無常は相変わらず、前を見つめたままだ。「俺が今気になっているのは、弟が何もかも忘れて、無常になると決めた理由だ。」 白無常は俯いて、既に知ることのできない過去を思い出そうとしたが、すぐに頭を振った。「その原因は、閻魔様にお渡しした記憶の中にある。」 「あの時、僕には他の選択肢が残されていないかったのかもしれない。」白無常の顔に戸惑いの色が浮かぶ。「でも特別な何かが、僕を待たせ、僕に記憶を取り戻すよう促している。」 白い灯りが風の中で揺れ始めたのを見て、黒無常はそのかさを抑えた。 「大丈夫だ。」 「影に守られていたければ、この灯りを点し続けていりゃあいい。」 |
三途の川
三途の川ストーリー |
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三途の川で迷子になった孟婆は、進むべき道が分からない。その時、一人の俊敏で小柄な忍者が出現した。孟婆に視線を向けられると、忍者の頭に生える兎耳はぴくっと動いた。 孟婆は歓喜して叫んだ。「山兎!」 忍者は喉の調子を整えてから真顔で彼女を正す。「山兎じゃない、忍者様でござる。」 孟婆は仕方なく頷いて言い方を改める。「忍者様、さっき大地が揺れたせいで、閻魔殿に帰る道が分からなくなってしまった。閻魔殿の皆は私を待っているの。彼達が三途の川に落した大事な遺物をお届けしないと。」 忍者は少し考えてから、一歩前に出て孟婆と牙牙を掴んだ。次の瞬間、煙が立ちこめた。そして孟婆はふっと忍者によって極彩色の空に連れられたと気づいた。 忍者と孟婆は冥土の上空を飛びながら進んでいる。遠くの虚無は急に意識を持つようになった様に彼女達に襲ってきた。忍者は慌てて孟婆を掴んで横に避けたが、そのせいでうっかり空から落ちてしまった。 牙牙を掴んでいる孟婆は怖がって目を閉じた。しかし彼女と山兎は急に誰かのふわふわする懐に落ち、失墜する運命を免れた。あの人は優しく孟婆を慰めてくれた。「怪我には気をつけて、日が暮れる前におうちに帰ってご飯を食べるようにね。」 懐に抱き込まれる孟婆は、懐かしい薬の匂いを嗅いだ。彼女は口を開こうとするが、その名前は喉元まで出かかっているが、どうしても思い出せない。 孟婆はすぐに再び落下して地面に落ちた。だがさっき誰かの懐に落ちたおかげで大した怪我はなかった。彼女が見上げて何かを探そうとした時、急に懐かしい声が聞えたためふっと目を覚ました。 孟婆がぱっと目を開ける時、間近にいる山兎の顔が見えた。「孟婆がこんなに悲しむ姿は今まで一度も見なかった…」 周りを見渡ったあと、孟婆は自分が閻魔殿の跡地にいると気づいた。遠くにいる白童子は今避難しに来た亡霊たちの世話をしている。彼女は思わず呟いた。「夢の中で何か見た気がする…一体何を見たでしょう?」 彼女は急に完全に目覚めたみたいに、驚いて山兎にこう言った。「あれ、あなたはどうやって冥土に来たの!ここは危ないよ、何かあったら大変だよ!」 頭を掻きながら、山兎は笑った。「えへへ、どうやってここに来たでしょう…えへへ。」 |
彼岸花
彼岸花ストーリー |
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判官は初めて赤い花海の中で自分を見失った。広がる花枝が彼の足枷に絡みつき、花泥が彼の足を引っ張る。 目の前を流れる黒い三途の川、その激流の奥に蠢く禍々しい何かを、判官は感じ取った。その時、彼岸花が静かに彼の前に現れた。「かつて三途の川で旅人を惑わせた走馬燈は、今どこにあるのかしら?」 近くに聳え立つ餓者髑髏が、一輪の花を取り出した。緑色の葉のような翼を持った蝶が花の中から飛び立ち、軽やかな動きで彼岸花の手の上に止まった。 「しーっ……亡霊達はさっき眠ったばかりだから、起こさないで。」 そう言うと、判官の足の彼岸花の枝がより一層きつく巻き付いた。「夢と記憶は波濤と共に呑み込まれたけれど、その一部を救い出すことができたわ。どう?見てみたいかしら?」 判官は動じることなく、花枝から脱出しようとする。「外の妖鬼が、三途の川を通じて各地に侵入してきている。そして冥土にも、深い眠りについている妖怪がいる。川の中にある走馬燈は、彼らの記憶も持っているか?」 彼岸花は疑問を口にする。「まさか彼らを誘って、味方にするつもりかしら?」 判官は声を低くした。「違う。冥土で暮らしているのは、亡霊だけではない。最初からここに潜んでいた妖怪も同じだ。彼らは今の冥土にとっては予測できない要因だが、同時に力にもなりうる。無闇に見捨てるべきではない。」 「閻魔様は彼らの居場所を察知することはできるが、今彼らがどんな変化をもたらすかは分からない。閻魔様の後顧の憂いを断つために、記憶を通じて彼らを見定めたい。」 彼岸花は嗤った。「妖怪の記憶は、亡霊のものよりも恐ろしいけれど、本当にその記憶に入るつもり?」 判官は前に出て頷いた。彼岸花は彼の虚ろな目を見つめ、思わずこう言った。「亡霊となった今のあなたは、今までとは違う思惑を抱いているのでしょう。冥土の絶対なる秩序の象徴であるあなたが、彼らに滅ぼされる瞬間を楽しみにしているわ。」 判官はこう言い返した。「そうとは限らない。彼らは拙者に新しい可能性を見せてくれるかもしれない。」 |
閻魔殿
閻魔殿ストーリー |
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かつては壮大な建物だった閻魔殿は、今や屋根が崩れ、壁もひび割れている。正殿では、閻魔の玉座が崩れた屋根の中に埋もれている。閻魔殿は手負いの獣のように、沈黙したまま冥土の大地に伏せている。 正殿の屋根は既に崩れたが、片側にある側殿の一つはまだ形を保っている。周囲には無数の木の箱が並んでいて、天井まで届くほどの勢いで山積みになっている。 今、数十の亡霊が壊れた天井の下に隠れている。そして黒童子と白童子が、木箱の下から眺めている。 白童子が話を切り出した。「以前白無常様から聞いたことがある。閻魔様には亡霊が冥土で落とした遺物を保存する部屋があるって。ここがきっとその部屋だよ。」 白童子は思わず讃嘆の声を上げた。「ここの遺物を守るため、閻魔様は部屋に強い術を施した。でもまさか今、僕達の避難所になるなんて。」 ぎっしりと詰まっている箱に沿って歩いていくと、黒童子は地割れのせいで破損した壁の前まで来た。多くの遺物が散らばっている。白童子はそれを拾い、再び部屋の中に置いた。 感情が読み取れない顔をしている黒童子を見て、白童子は微笑んだ。「遺物が紛失したら大変だって心配してるの?大丈夫!亡霊達が安全であることが確認できたら、一緒に遺物を探そうよ。」 白童子に目を向けた黒童子は、頭を振った。 白童子は頭をかしげた。「うーん……白無常様からこんなことも聞いた。遺物の中には多少なりとも、それぞれの魂の最も大切な思い出が隠されているって。まさか自分の遺物を探したいの?」 しばらく考え込んだ後、黒童子は質問に答えることなく、服から飾り紐を取って、白童子に渡して小声でこう言った。「遺……物……」 一瞬戸惑った白童子は、すぐに飾り紐を握り締めて優しく口を開いた。「安心して、僕達は何があってもずっと一緒だよ。」 そう言った彼は、見様見真似で服から小さな飾り紐を取って、黒童子に手渡した。「これは、遺物じゃない。」 「これは、僕達が約束を交わした証だ。」白童子は互いの結び紐を並べて、微笑んだ。「あ、か、し。」 俯いて手の中の結び紐を見つめる黒童子が、小さな声で言う。「約……束……。」 |
冥土境界
冥土境界ストーリー |
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三途の川は辺境の土地に打ち寄せている。迸る奔流は陽界まで拡散していくかのようだ。 岸辺に佇む納棺師は、残念そうに口を開いた。「実に見苦しい……」三途の川に沿って進む彼は、川辺に倒れている何かに突然目を引かれた。遠目に見ると、それは抱き合う二人の人間のようだ。 納棺師はぬかるむ川辺を進み、なんとかそれに近づいた。泥を拭くと、それは巨大な人形にもたれかかる小柄な少女だと分かった。 納棺師は立ち上がろうとしたが、善意に突き動かされ、少女と人形の顔の泥を拭き取った。傷跡だらけの顔の少女は、まるで安らかに眠っているようだった。一方、激流に流されたせいで、人形の顔はもう分からなくなってしまっていた。 泥の中から少女と人形を助け出した彼は、今もまだ手を絡ませる少女と人形を見て、思わず嘆きを漏らした。 「死に引き裂かれても、この二人はまだ必死に愛する人の傍に残ろうとしている。ここまで愛に執着する者が、果たしてこの世界に何人いるだろう?」 「しかし今の姿では、とても安眠できる状態とはいえない。私が厳かな葬儀を執り行ってあげようか?」 そう言って彼らの装いを正すと、納棺師は背負っている棺を優しく撫でた。「織雪、待っていてくれ、すぐに終わる。」 そう言うと、彼はまず人形の顔を描き、関節を洗った。少女の顔を洗い、化粧をした後、二人の胸に開いた穴に気がついた納棺師は、三途の川の川辺から調達した泥に懐から取り出した彩墨を入れ、赤い心臓を捏ね上げた。 「すまない、彩墨が足りなかった。二人で一つの心臓しか用意できなかったが、今はこれで我慢してくれ。」二つに分けた心臓を、納棺師はそれぞれ二人の胸に入れた。 全て終わると、納棺師は二人の衣服を整えてから、互いにもたれかかるよう河岸に並べた。荷物をまとめ、背負っている棺を優しく撫でると、納棺師は振り返って川を渡るための道を探し始めた。 三途の川の陽界に近い川岸で、静けさの中から、突然「ぎしぎし」と何かの絡繰りが動き出した音が聞こえた。 |
三途拾遺(欠片)ストーリー
夜守遺灯
夜守遺灯ストーリー |
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今夜はまた、私が山に登って夜灯を点す日だった。 山道に続く灯りが点されると、兄さんと他の皆は家に帰る道を見つけることができる。夜灯が妖魔に消されないよう、私は夜の間中、灯りを見て回らねばならない。夜が明けると、人々は皆この道から帰ってくる。兄さんも必ず帰ってくるはずだ。 しかしこの夜、闇の中からいくつもの囁きが聞こえた。「お前の両親がお前達をここに閉じ込めたのは、お前達の命を食い物にするためだ。お前達がずっとこの山の命を食い物にしているようにな。」 「灯りを消し、山を降りろ。そうすればお前は自由になれる。」 彼らに構うことなく、私は道の突き当たりに座って、太陽が昇るのを待った。 闇の中から聞こえる声は私を嗤った。「お前達はいつか両親に全てを奪われる。その時になったら、共に夜を楽しもう!」 私は消えかけた灯りを点した。私が知っているのは、山にはまだ帰っていない人がいるということだけ。 空は相変わらずどこまでも黒い。私はまだ夜が明けるのを待っている。 |
審世遺判
審世遺判ストーリー |
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いつかの時代に、一人の王がいた。彼に仕える臣下は精鋭揃いだったが、その中でも特に公正で名を馳せた大臣がいた。故に王は彼に法を定めるよう命じた。おかげで大臣は王を除けば一番高い地位を、全てを裁き、全てを定めることのできる権力を手に入れた。 しかし、数年の間に様々ことが起きた。王の弟が領地内で反乱を起こし、都に攻め入って王を監禁した。 反乱軍は王を抑えつけ、公正で名を馳せた大臣に、彼が定めた法で、かつての王を裁くようにと命じた。跪いた大臣は、人々の命運を握る反乱軍に目を向ける。彼が忠誠を捧げる賢王は、彼の目の前でより強い力に打ち倒された。彼が生涯をかけて守ってきた公正が、人の思惑や権力に対抗することは不可能だ。 その後、大臣は冥界に足を踏み入れた。もう目が見えていない彼の手には、一冊の名簿があった。名簿には陽界の人々の名前と、彼らの生い立ちや行いが書かれている。 彼に話しかける声があった。「お主は冥土に足を踏み入れた。なのに何故己の目を捨てた?」 大臣は答える。「世の善悪は全て拙者の心の中にある。故にもう目で見る必要はない。」 言ったそばから、大臣が持つ名簿がめくられ、悪人の名が出ると、その紙は破られた。最後にその声はこう言い放った。「わらわはお主が書き記した善悪を見て、決断を下した。」 「わらわの使者となり、これからも世の悪を書き記していきなさい。」 「お主の世の善悪を収めた心を以て、魂の法を定めるといい。」 真っ暗な視界の中、大臣は一筋の光を見出したようだった。数百年経っても、その光が消えることはなかった。 |
義の輪
義の輪ストーリー |
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一族の中では、子供に長生きのお守りを身につけさせることが習わしになっている。父さんによれば、それを身につけていれば、千年は生きられるそうだ。「二つつけていれば、千年生きられる。一つも失ってはいけない。」 俺は理解した。お守りさえあれば、俺は長生きできる。でも俺の一番大切な友達、白童子は一つもお守りを持っていない。 俺は白童子を誘って、いつも遊びんでいる裏山で会った。俺は彼にお守りを一つ渡した。「父さんはこれがあれば、無病息災で千年生きられると言っていた。お前に一つやる。」 白童子が疑問を口にする。「でもそしたら、君は千年生きられなくなるよ?」 俺は全然気にしなかった。「一人一つで、一緒に五百年生きられる。それで十分だ。」 白童子は笑った。「無病息災って言うけど、山神様の祭りにも効果あるの?」 黙り込んだ俺を、白童子は慰めてくれた。「大丈夫、もし……もし僕があそこに行って、戻ってこなかったら、このお守りを五つに割って、子供達に分けてあげて。そして友達になるんだ。たくさんの友達と一緒に長生きできたら、きっともう十分幸せだよ。」 俺は頭を振って、白童子の手を掴んだ。「白童子がいなかったら、百年、千年生きられても、意味がない。」 答えの代わりに、白童子は微笑んだ。きっと、約束してくれたということだろう。 |
思出断弦
思出断弦ストーリー |
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平安京の薬屋には、女の子が住んでいる。彼女を見るたびに、なぜか懐かしさを感じる。女の子の父親は、彼女が生まれてすぐに妻女を離れて旅に出た。数年後、父親が事故で亡くなったという知らせが届いた。それを聞いた母親も病に倒れた。 薬屋には、いつも煎じ薬の匂いが漂っている。女の子は母親の世話をしているが、暇を見つけて出かける時もある。ほっつき歩いている私に出くわすと、お喋りをしたりもする。自分の父親は三味線が得意だったから、もし薬で母親の痛みを和らげることができなければ、三味線を引いて母親を慰めるのはできるだろうか、と相談された。 私は妻が使っていた三味線を女の子に贈った。悲しくなったらそれを弾けばいい。距離を超えて私と合奏すれば、寂しくなくなる。 心の病がこじれたせいか、女の子の母親はやはり亡くなった。 女の子に会うと、彼女はあまり悲しい顔はせず、いつも笑ってこう言う。今の自分を支えてくれる人がいるから、心配しないで、と。時が経ち、その子を見かけることはほとんどなくなったが、いつも懐かしい三味線の音が聞こえてきた。私もそろそろ妻女の傍に帰らなければ。しかし数日歩いた後、いつの間にか蜘蛛の糸が張り巡らされた女の子の家に辿り着いた。 三味線を抱えた女の子は、なぜか鍋の傍に座っている。私を見た途端、女の子は嬉しそうにして、痛みを忘れさせてくれる薬湯を作り出した。これで家族を偲ぶ苦痛から解放される、と。私は薬湯を受け取り、一口啜った。すると強烈な苦味に、吐きそうになった。これは薬湯なんかじゃない、涙だ! しかし……目の前にいる女の子と母親を見て、なぜ懐かしく感じるのだろう。そしてなぜ悲しい気持ちになるのだろう。どうしても思い出せない…… |
六道の扉ストーリー(探索画面)
六道の扉
六道の扉ストーリー |
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高い場所に登った晴明と荒が目の前に広がる冥土を眺める。彼らの目に入るのは、方々を彷徨う妖鬼、汚染された大地。それは悲惨極まりない光景だった。【晴明】 「これがヤマタノオロチの審判が引き起こした終焉の景色か?まさかここまでとは……」荒が遠くを見渡す。黒い汚れは既に冥土の辺境を越えている。外界の大地や山も既に黒く焦げていて、生気がない。【荒】 「六道の「虚無」は冥土を呑み込み、人間界に到達し、ますます留まるところを知らない。」【大夜摩天閻魔】 「冥土の破滅はもう避けられぬ。わらわはしばしここに留まり、六道の扉から亡霊達を助ける方法を探す。」【晴明】 「急いで「虚無」の陽界への侵食を阻止しなければ、冥土の現在が都の未来になってしまう。あの六道の扉を、何とかして封印できる方法はないだろうか。」【大夜摩天閻魔】 「善は急げだ。今この時から、悪神の欲望との競走に全力を尽くそう。」【荒】 「真の戦場にて、またいつか相見えるかもしれない。閻魔……あるいは、夜摩天と呼ぶべきか。」【大夜摩天閻魔】 「夜摩天は過去に過ぎない。今日の冥土の主は、今も閻魔だ。そう遠くない未来、我々はまた、この六道の扉の前で再会するかもしれない。」 |
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