【陰陽師】千年の守りストーリーまとめ【ネタバレ注意】
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『陰陽師』の千年の守りイベントのストーリー(シナリオ/エピソード)をまとめて紹介。メインストーリー(千年の記憶)と欠片ストーリー(星屑欠片)それぞれ分けて記載しているので参考にどうぞ。
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千年の記憶ストーリー
神武
神武ストーリー |
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ヤマタノオロチが終焉審判を起こした後、六道の扉が開かれた。六道から溢れ出る「虚無」が、この世のあらゆるものを呑み込んでいく。至る所にどす黒い瘴気が漂い、土を侵食し、命を蝕む。そして今、都はほぼ完全に侵食された。巨大な六道の扉が、都の上空を覆い尽くした。【平民甲】 「太陽が見えない日が何日も続いている。空にあるのはこの大きな裂け目だけだ……」【平民乙】 「まるで忌々しい蛇の眼のように、こっちを見てやがる。」【平民甲】 「この異常現象は、大きな災いの兆しに違いない!」【平民乙】 「兆しだと?もう目の前まで来てるじゃないか!外は妖怪だらけだし、殺しや略奪があちこちで起こっているぞ。もう多くの村が奴らに食い尽くされたらしい。このところ、城門に押し寄せてくる人が大勢いる。皆逃げ出してきたんだ。」【平民丙】 「近いうちに都を攻めてきてもおかしくない……」【京都武士】 「黙れ!不謹慎な発言を慎め、都は精兵と陰陽師達が守る!」世の終焉の中でも、希望を捨てず、全力で運命と戦う人がいる……【晴明】 「結界・守。」【源博雅】 「蛇魔め、斬っても斬っても湧いてくる。きりがない!」【八百比丘尼】 「蛇魔は犠牲になった兵士から生まれます。死傷者がいる限り、滅ぼすことはできません。負傷した兵士を撤退させましょう。」【小白】 「でもそうしたら、まだ戦っている兵士と、陰陽師様達がもう持ちません……それでも、前線をなんとか死守するしかないですね。全員撤退したら、都の城門最後の防衛線が崩れてしまいます。」【晴明】 「荒様、例の陣法の発動には後どれくらいかかりそうだ?」【荒】 「すでに起動に必要な星辰の力を注入したが、完全に作動させるには「虚無」がまだ足りない。」【小白】 「「虚無」ですか?城門に溢れていますよ。触っただけで侵食されて死んでしまいます、一溜まりもないですよ……まさかあれを集めるんですか?」【荒】 「いや。六道が開かれると災いが頂点に達し、この世に溢れる「虚無」も最も多くなる。その時、法陣は自動的に発動する。」【小白】 「つまり世界が壊れれば壊れるほど、法陣は発動しやすくなるんですね……?」【荒】 「そうだ。法陣を発動させるのは、六道の扉を開き、「虚無」を世に放ったヤマタノオロチだ。」【小白】 「ヤマタノオロチがそうするとは限らないと、小白は思いますけど……もしかしてこれも、荒様の予言ですか?」【荒】 「予言によれば、処刑の神……天羽々斬の真の主が、運命に定められた日に降臨するらしい。」【源博雅】 「太陽は昇らず、夜が続く今となっては、今日と明日の境目もわからないぞ。」【神楽】 「花火を打ち上げるのはどう?辺境にいる鬼王達が見たら、援軍を送ってくれるかもしれない……」【八百比丘尼】 「「虚無」は都の辺境から来ました。それに都もこの有様です。辺境にいる鬼王達は、各々の領地を守るだけで精一杯でしょう。」その言葉が終わった途端、空に浮かぶ六道の扉がまるで蛇の眼のように開いた。裂け目から六本の黒い巨手が現れ、六邪神の笑い声と共に都へと伸びてくる。攻撃を仕掛けてくるかと思いきや、狙いは皆の後ろにいる神楽だった。【悪神甲】 「罪き甘い果実よ、我々のところに来い。至高の自由を与えよう!」【悪神乙】 「お前を引き裂き、砕き、肉と骨からお前を作り直してやろう。」【悪神丙】 「だがその前に、彼女を見つけなければ。どこだ?かつて邪神を修復した「最後の生贄の巫女」は、どこにいる?」【神楽】 「……」【源博雅】 「神楽、下がれ!」源博雅が神楽を庇い、霊力を込めた六本の矢を放った。攻撃を食らった巨大な鬼手が怯む。やがてそれが順に回転すると、黒い滝のような「虚無」が六道の扉から吹き出す。「虚無」が人界へ注ぎ込み、倒されたはずの蛇魔は虚無の力によって回復し、潮のように都の城門を襲う。【神楽】 「狙いが私なら……」神楽は源博雅の短刀を奪うと、兄を突き放し、城壁を登る。短刀を自分の首に突きつけ、蛇魔に向かって叫んだ。【神楽】 「蛇魔ども!私の力が欲しいんでしょう?これ以上私の友達を傷つけ、私の家を汚すなら、私は命と引き換えにそれを阻止する!」【源博雅】 「神楽!何してる!」源博雅と皆が城壁へ駆けつけ、神楽を引きずり降ろそうとするが、神楽は覚悟を決めていた。短刀で皮膚を切り、血が指先まで流れると、彼女は源博雅の方へ振り向いた。それを見た源博雅は、その場で動きを止めた。神楽に圧倒され、蛇魔達が侵攻を止めた。【神楽】 「よかった……」しかし、攻撃をやめた蛇魔は合体し長蛇となり、前線の兵士を襲った。蛇は彼らの命は奪わずに、ただ動けないよう首に巻き付いた。蛇が城壁にいる神楽を見上げ、叫び、人質を見せつける。【神楽】 「そう……こうなったら、私は命を捨ててでも、邪神の思惑を阻止してみせる!」そう言い終わると、神楽は自分の首に短刀を振り下ろそうとした。その時、空から金色の稲妻が落ち、彼女が手に持っていた短刀を弾いた。短刀は地面に落ち、脱力した神楽は城壁から落ちたが、源博雅が彼女を受け止めた。【源博雅】 「神楽!」【晴明】 「あれは?」金色の稲妻が降り注ぎ、まるで幾千万の金色の刃のように、邪神達を襲った。光が漆黒の天地を照らし、空中の六道の扉をも遮る。【荒】 「……」【晴明】 「荒様、ついに法陣が発動したのか?」まばゆい光の中、更に眩しい金色の姿が現れた。威厳が溢れる、逞しい佇まい。手に持った天地を繋ぐ稲妻は、無限の槍のようだ。彼が雲の上に現れたたけで、地に蔓延る蛇魔はひれ伏し、妖魔は退く。【晴明】 「七悪神の宿敵、武神須佐之男。ついに来たか。果たして彼はこの時代の我々を助けるのか、それとも……」先陣に降り立った須佐之男は人間を全く見もせず、背を向けた。その声は雷鳴のように轟き、六道の扉の向こう側にいる邪神を問い詰める。【須佐之男】 「邪神ども、俺の雷光を前にしても、なお立ちむかうのか?」【悪神甲】 「千年も姿を消していた処刑人が、大きな口を叩いたものだ。お前の神格はとっくに壊れた。お前の雷光も千年前から存在しない。」【須佐之男】 「ほう。ならば俺の雷光がいかなるものか、貴様らに思い出させてやる。」【悪神】 「お前を叩きのめしてやる。余裕ぶっていられるのも今のうちだ。」須佐之男が雷撃を起こす。迸る雷と共に、彼は六つの巨手の間を縫うように進んでいく。処刑の神は稲妻に囲まれ、己に触れようとするものを焼き尽くす。雷の槍の一振りで、天地が割れる。轟く雷鳴はまるで天地が滅ぶ兆しのようだ。【悪神】 「なに、雷鳴だと?馬鹿な、雷雲はおろか、今の空には太陽と月もないはずだ。」【須佐之男】 「俺の雷雲と暴風は空を支配し、太陽と月を庇護する。」須佐之男が手中の稲妻を雷の槍に変えて空に向ける。一瞬のうちに頭上に城ほどの大きさの暗い雷雲が現れた。【須佐之男】 「灰になるがいい。」すぐさま無数の雷が悪神を襲い、轟音が地響きのように響き渡り、都を揺るがした。【小白】 「怖すぎます。この悪神よりも恐ろしい処刑の神が、小白達が幻境で見た須佐之男なんですか?幻境で見たことはありますが、実際目にするまで、雷がこんなに怖いものだとは思いませんでした……」【八百比丘尼】 「都全体が彼の雷撃によって振動しています。これほどの力、人間界を滅ぼすのもきっと容易いことでしょう。」【小白】 「八百比丘尼様はどうして平気でいられるんですか……」【源博雅】 「ふん、いずれにせよ、彼が神楽を助けたことには変わりない。この強さの中に暴虐の心は隠されていないと信じよう。」そう言うと、源博雅は弓を構え、須佐之男を囲む悪神達に向かって矢を放った。しかしその矢は、届く前に何かにぶつかって落ちてしまった。それは雷の障壁だった。【須佐之男】 「これは神族の戦いである。人間は手出し無用だ。」背を向けていた処刑神が振り返る。その目は見るだけで圧倒されてしまうほど、恐ろしかった。須佐之男が雷の障壁を展開し、巨大な障壁が都の上空を覆った。皆を結界の中に閉じ込め、自分は外に残る。【源博雅】 「手出ししないわけにはいかない!この矢を見ろ!」障壁に触れた矢は、全て灰となった。【源博雅】 「なんだと?」【小白】 「もしかして幻境の時のように……須佐之男はとっくに堕神になっていて、小白達を軟禁しようとしてるんじゃないですよね?セイメイ様、障壁をなんとかしないと、このままじゃ大変なことになりますよ!」【晴明】 「小白、落ち着け。見ろ、須佐之男様は障壁の外で囮になって、悪神達の巨手が都の上空から離れるよう引きつけてくれているんだ。」【八百比丘尼】 「ふふ、やり方は強引ですけど、人々を守ろうとしているのですね。難しい人ですね。きっと普段からよく誤解されていることでしょう。」巨手が須佐之男を追って都からどんどん離れていく。しかし悪神達はすぐに須佐之男の考えに気づき、これ以上都から離れなくて済むように、彼を囲んだ。【悪神】 「小賢しい。」巨手が一斉に彼に襲いかかり、絡め取る。【須佐之男】 「望むところだ。」降り注いでいた雷が突然収束し、まばゆい光となり、須佐之男の呼びかけに応じて彼自身を襲う。【晴明】 「まずい、自身が撃たれたら、悪神を撃退できたとしても、彼も無事では済まないはずだ。私が加勢する。荒様、障壁を開けてくれ。」【荒】 「待て。これがあの者のやり方だ。」【悪神】 「死に急ぎ処刑神が、死ぬなら一人で死ね。」巨手は慌てて散開しようとするが、須佐之男にしっかりと捉えられている。雷が金色の鎖となり、数本の巨手を縛り付けた。【須佐之男】 「雷よ、俺の骨と心臓になれ!」稲妻が滝のように降り、巨手に沿って異界へと流れていった。悪神達は悲鳴を上げ、稲妻によって焼け焦げた匂いが空に充満した。【悪神】 「うわあ!!」悪神達が六道の扉に退却し、巨手は塵となって散った。そこに現れた金色の人影は、無傷の須佐之男だった。【源博雅】 「まさか雷の力を体に注ぎ込むとは。その体は武器であり、力の檻でもあるというわけか……」【晴明】 「この高天武神の身体、そして魂は、無数の雷でできているのだろう。」六道の扉から、悪神達が撤退する声が聞こえてくる。【悪神】 「この罪に満ちた世界、欲望が絡み合う都は、我々が種を撒き、千年の間待っていた果実なのだ。我々がもぎ取り、我々が味わう。我々の手を止めたとしても、運命の激流を止めることはできない。」彼らの言葉に応えるかのように、「虚無」が六道の扉から噴き出し、滝のように平安京へと襲いかかる。荒が流星を使って黒い滝を断ち切るが、地面に落ちた「虚無」は怒涛となった。「虚無」が津波のような勢いで平安京に押し寄せるが、晴明の結界がなんとか防いだ。【晴明】 「結界は一時しのぎにすぎない。これ以上「虚無」が降り注いだら平安京は完全に呑み込まれてしまう。」【八百比丘尼】 「こうなったら、すべての霊力を結界に注ぎ込むしかありません。」【小白】 「小白も手伝います!」源博雅が、気絶した神楽をそっと横たえる。【源博雅】 「晴明一人じゃ足りない。俺達四人でそれぞれ違う方角を!」陰陽師達と荒が力を合わせても、「虚無」の波に追い込まれ、結界はますます狭くなっていく。その中で都は孤島のように浮かんでおり、危機一髪の状況だ。【平民甲】 「何があった?なぜ大地が揺れている?この世の終わりなのか?」【平民乙】 「神よ、我々が何をしたというのだ?」【荒】 「普通の人間に「虚無」の侵食に抵抗する術はない。根源を断ち切らなければ。」【小白】 「うわああ、あれは?」金色の稲妻が遠くから漆黒の空を貫き、「虚無」の波を断ち切って、地面を露出させた。光が消え、渦巻く黒潮の中心に須佐之男が立っていた。【須佐之男】 「俺の心は形ある稲妻から生まれ、体は形ない希望から生まれる。人々が呼ぶなら、俺は雷鳴を起こし、駆けつける。」須佐之男は片手を胸に入れ、雷電の紋章を取り出し、宙に投げた。その瞬間、放たれた強い光が大地を照らし、「虚無」を吹き飛ばす。【須佐之男】 「俺の神格をもって、汝らの希望の光となり、天地の支えとなろう。」【晴明】 「あれが……審判で破壊されたという須佐之男の神格なのか?今は破壊された形跡が全く無い。どういうことだ?」【悪神】 「処刑の神よ、人のために神格を捧げたお前が、どうやって我々と戦う?」【須佐之男】 「俺の体は天地を照らす稲妻、声はこの世に轟く雷鳴だ。神格がなくとも、天地を結び、人々に崇められる。我が神格は結界となり、平安京の地を守る。我が蒼穹を支え、六道の扉を高天に押し戻してみせる!」須佐之男が巨神に変身し、地面に迫る六道の扉を両手で受け止める。雷の鎖で六道を閉ざし、都から離れた場所で封印した。そして須佐之男の神格は巨大な金色の結界となり、平安京を覆い尽くした。【源博雅】 「素手で「虚無」を止めた……」【晴明】 「これが高天原の武神の長か。」六道の扉が一時的に封印され、悪神達も退いた。「虚無」の奔流はいまだに巨神に向かって流れ、その体を侵食しようとしている。その時、陰陽道の青い光が須佐之男を包み、彼を侵食する「虚無」を駆除した。そして須佐之男は、術者の顔を見た。【晴明】 「須佐之男、あなたは世の人々のために来てくれた。私にも助力させてくれ。」【須佐之男】 「何者だ?神々の戦いに介入しようとするとは。胆力のある者と見た。」【晴明】 「私は晴明という。都の陰陽師だ。手を出したのは、都を守るためだ。」みんなが力を合わせたおかげで、「虚無」が退けられ、闇が消えた。取り戻された光が平安京を照らした。【須佐之男】 「都の陰陽師よ、天の下にあるのはすべて神の地だ。都も神の庭の一部だ。神の庭に悪獣が現れたら、神に頼らず、草木が抵抗するというのか?」【晴明】 「たしかに、神から見れば、人間は悪獣の足元の草木のように無力だ。しかし、踏みにじられた雑草は再び立ち上がり、かじられた木は新しい枝を伸ばし、逆境の中で自分の運命に抗う。」【須佐之男】 「一族の運命を、ちっぽけな力と、かすかな可能性に賭けるというのか?」【晴明】 「雷と嵐の神よ、人の一生は短い。あなたにとって、その数十年は一瞬に過ぎない。それでも人にとって、それは長く、悔いのない人生だ。夏にしか生きられないトンボが、微風に乗って舞う。」【須佐之男】 「ふん、数日しか生きられない蛍が、光を惜しみなく放つ。」【晴明】 「そうだ。そのちっぽけな力とかすかな可能性が、我々にとっては、未来という希望なんだ。」【須佐之男】 「神々の力を前にしても、その未来を信じて戦うのか?」【晴明】 「ああ。」【須佐之男】 「どんな時代でも、人間は相変わらずだな。後ろの者達よ、同じ志を持つのなら、名を名乗れ。」【小白】 「……うう。小白はセイメイ様の式神です。セイメイ様の言ったことに、まったくもって賛成です!」【八百比丘尼】 「私は八百比丘尼という占い師です。名を知られた者ではありませんが、この不屈の陰陽師と共に戦っています。」【荒】 「……」【須佐之男】 「待て、君は……荒か?最後に会った時は、そのうち私の肩まで身長を伸ばすと騒いでいたな。この調子だと、千年も経てば、お前に超えられるだろう。」【荒】 「……」それを聞いた荒は無言で背を向け、地面に残った「虚無」の片付けに専念した。【須佐之男】 「性格も大分穏やかになったな。」【小白】 「……荒様はおそらく、あなたと話したくないんじゃないでしょうか。須佐之男様お強いですが、冗談は面白くないですね……」【八百比丘尼】 「ふふ、処刑の神様がこれほど真っ直ぐな方だとは思いませんでした。」【小白】 「そういえば、博雅様は?」言い終わる前に、三本の矢が射られた。晴明たちが戸惑っていると、とてつもなく巨大な白蛇が城門から飛び出してきた。巨大な尻尾で兵士を一掃し、真っ直ぐに空中へ突っ込む。源博雅は非常に焦っている。【源博雅】 「あの蛇を止めろ、悪神と戦っている間に、神楽を攫いやがった!」【晴明】 「なんだと?」【白蔵主】 「間に合いません、博雅様、こちらへ!」白蔵主が大きな白狐に変身して走り出す。源博雅が白狐に乗り、大蛇に向けて数本の矢を放ったが、避けられてしまった。大蛇が神楽を連れて密林に逃げ込もうとし、源博雅が小白と共に追いかける。【源博雅】 「くそ!神楽!!!」【八百比丘尼】 「二人とも気をつけてください、何か来ています。」突如一筋の光が現れ、源博雅と小白に当たった。雷の障壁が光を防いたが、小白は数丈吹き飛ばされ、博雅の姿は光に呑み込まれた。この光景を見ていた皆が急いで追いかける。大蛇がこの隙に乗じて逃げる。【晴明】 「博雅!どこだ?」重傷を負って気絶した源博雅を手に持って、須佐之男が地面に降り立った。【白蔵主】 「……一体誰が……不意打ちなんて、卑怯なことを!」【須佐之男】 「この気配、まさか。」【荒】 「声を出すな。」荒が一足先に前に出た。【???】 「今更庇おうとしても、遅い。」【???】 「私も予言できることを忘れたか?」【荒】 「月読様。」冷たく白い光が消え、その人の正体が見えた。同時に、数百名の神兵が堂々とした様子で皆の前に現れた。【白蔵主】 「急に兵士がいっぱい出てきました。もしやこれが、噂に聞く神兵降臨……遅いのはそちらですよ。」【八百比丘尼】 「華やかな衣装を纏い、月光のように聖潔で冷たい神使い。彼らが噂に聞く、人に占いの術を授けた始祖、月読麾下の星の子でしょう。色々教えていただきたいところですが、あいにく今日はそれどころではないようですね。」神使の中心に、長い上着を着た長身の男が立っている。無表情の神使達と違って、彼の表情は親しみを持てるものだが、立ち居振る舞いに神族の威厳が感じられる。男は荒を見て微笑んだ。【月読】 「荒、久しぶりだな。」【荒】 「高天原の代理神王、月読様がわざわざお見えになるとは。ようやくこの危うい世界に救いの手を差し伸べる気になったのか?」【月読】 「荒、それは違う。人を見捨てたのは、太陽から目覚めない天照様だ。彼女の代行者である私には彼女の神力もなければ、須佐之男の武力もない。そんな私がどうやって人々を救うと言うんだい?」【荒】 「月読様は武神ではないが、多くの神兵を配下に収めている。今日まで何もしなかったのは、自分では悪神に勝てないという予言でもあったのか?」【月読】 「私は予言の神に過ぎない。数千年前、悪神との戦いにおいても、軍師を務めていただけさ。悪神が現れた今、私まで出ていったら、世を統べる者がいなくなってしまう。それを考えるだけで心が痛む。私が育て上げたあなたも、私の側にいない。もしこのまま会えなくなったら、誤解が永遠に解けなくなる。それも耐え難い。」【荒】 「そこまで苦しんでいたのなら、なぜ姿を現した。」【月読】 「私の予言によると、極悪非道の反逆神がじきにこの世に現れる。千年前、高天原の裁判で同族を殺し、天照様に反逆した処刑の神だ。そして君もここにいることを知って心配になった。だから危険を犯してでも、今日こそ反逆の神を捕らえなくてはならない。」それを聞いて、荒はいつもの冷静さを失った。【荒】 「……この期に及んで、まだ嘘を吐くとは。本当の反逆者が誰だったのか、知らないとは言わせないぞ。悪神を憂い、世界の終わりを憂う気持ちが本当なら、これ以上須佐之男様を……」須佐之男が前に出て、荒を止めた。【須佐之男】 「目的は俺だよな。ならお得意の予言で当ててみろ、俺がなんのために来たのかを。」【月読】 「反逆者須佐之男よ。君は千年前の恩怨に決着をつけるためにここにいる。当然私もその中に含まれている。」【須佐之男】 「千年も神王をやったのに、予言の力は衰えていないようだな。今日の結末がどうなるのか、お前には見えたか?」月読は微笑み、目が少し邪険になった。【須佐之男】 「千年前から口が上手だったな。相変わらず予言に嘘はないが、言いたくないことは言わない。なら代わりに言ってやる。俺の神格は不完全で、お前は連れてきた兵士が足りない、結果は相打ちだ。しかし解せないな。俺が今日現れると知っていたのに、なぜ十分な兵士を連れてこなかった?」星の子と神兵が動揺し、戸惑った表情で月読に目を向ける。月読はしばらく沈黙した。【月読】 「ふふ、たしかに君に関する未来を覗くことは難しい。今日君と戦えば、かなりの犠牲が出るだろう。これで我が軍の士気をくじいたつもりか?今の高天原をなめてもらっては困るな。」【須佐之男】 「高天原をなめたことなど一度もないさ。」須佐之男は雲の上にいる神兵達に向かって、両手を広げた。【須佐之男】 「俺のかつての部下、俺が集めた神の神兵達よ!俺と共に戦い、人間界を守り、悪神を封印したお前達が、俺を捕まえに来た。神族の威光は人々を救うことで強くなると教えたはずだ。今日お前達の前にある都はすでに風前の灯火。だから頼む、一日くれ。俺はその間に「虚無」を駆除し、都を平和に戻す!その後、俺は降伏する。月読に従って高天原に戻る。」【月読】 「面白いね、須佐之男。だが君が逃げない保証はどこにあるんだ?」【須佐之男】 「俺の神格は都を支える結界になっている。それが保証だ。」【神将甲】 「……」しばしの沈黙の後、神軍から返答があった。【神将甲】 「神格の保証があります。須佐之男様を信じてみましょう。」【神将乙】 「月読様、一旦立て直した方が勝算があるかと。」須佐之男が月読を見る。【須佐之男】 「どうする?暴君のように皆の意思に反し、無理都を攻めて相打ちを選ぶのか、それとも明君らしく立て直すのか?」【月読】 「須佐之男、君が神格で保証するというなら、私も明君らしく一日待とう。」月読が須佐之男の後ろにいる荒を見る。」【月読】 「我が弟子よ、見張りを頼む。」月読が神軍を都の外に一時的に駐留させた。気絶していた源博雅が目を覚まし、神楽が攫われた後の出来事を皆から聞いた。【須佐之男】 「明日は降伏するふりをして、月読と神軍を都から遠ざけてから討つ。彼らを倒した後、ヤマタノオロチの行方を探す。」【晴明】 「しかし月読様が現れた時機が良すぎる。ヤマタノオロチと同様、神楽を狙っているみたいだ。」【荒】 「月読様は予言の神、高天原に居ても世の出来事を知ることができる。誰よりも運命を信じ、全て考えた上で行動する方だ。決して気まぐれでしたことではない。」【八百比丘尼】 「彼が城外で控えている今、目立つ行動はできません。それに並の人間が蛇神に追いつくことは難しいでしょう。神楽さんを救うことは、もっと困難です。」【源博雅】 「晴明、審判の時、幻術でヤマタノオロチを誤魔化したよな。あの月読にもできないか?」【晴明】 「予言の神たる月読様相手じゃ、せいぜい一日が限界だろう。」【源博雅】 「なら俺を須佐之男に化かして引き渡せ、重傷の俺は足手まといだからな。」【須佐之男】 「……」【源博雅】 「彼がヤマタノオロチと繋がってるのなら、須佐之男が降伏しても、月読は約束を守って兵を撤退させたりはしない。そうなれば、神楽を取り戻すのが不可能になる。須佐之男、人を救うと言ったよな。俺の妹、神楽を取り戻してもらえないか。月読の相手は俺が引き受ける。」【荒】 「神楽の件は急いだ方がいい。彼女の体内にある魂のかけらが再び目覚めた。ヤマタノオロチは別の目的があるかもしれない。危険を犯して君を月読に渡すわけにはいかないし、やってみる価値はあるな。」【晴明】 「都は私と荒様に任せてくれ、博雅はぎりぎりまで渡さない。博雅を傷つけさせたりもしない。出発は夜にしよう。神楽を無事連れ戻してくれ。」【須佐之男】 「まあいい、事の原因は俺にあるからな。無理はさせない。速戦即決で片付けてやるさ。しかし神楽という娘は俺を知らない。見つけたとしても、大人しくついてこないだろう。」源博雅が懐から金魚のぬいぐるみを取り出して須佐之男に渡した。【源博雅】 「神楽が子供の頃に使っていたおもちゃだ。これを見せれば、神楽はお前を信じるだろう。」皆に急き立てられ、須佐之男は夜色に乗じて都の辺境へ出向き、密林で大蛇神の行方を探し始めた。終に狭間にある祭壇を見つけた。ヤマタノオロチが祭壇を触媒にし、神楽の霊力を吸い込んでいた。【神堕オロチ】 「我が巫女よ、この苦しみと悔しさが、さらなる罪の温床になろう。お前にもいつか分かるさ、お前の帰る場所が。」【須佐之男】 「彼女を解放しろ、ヤマタノオロチ。」須佐之男の雷撃がヤマタノオロチを襲うが、目の前にいた蛇神が蛇に変身し彼の腕に巻き付いた。【須佐之男】 「ヤマタノオロチの分身とは、まさか、これも月読とヤマタノオロチの陰謀なのか?何れにせよ、神楽、迎えに来たぞ。」神楽を抱えて祭壇を出ようとした瞬間、彼女の下に法陣が現れた。目に見えない術が体を縛り、意識のない神楽を苦しませている。【須佐之男】 「落ち着け、ほら、君の金魚だ。」須佐之男が金魚の人形を神楽に握らせる。神楽はなじんだ感触を感じ、もがくのをやめ、彼の腕をぎゅっと抱きしめた。祭壇周辺の木では、毒蛇の大群が彼を待ち構えていた。【須佐之男】 「この娘にかけられた術は、都の結界に近づくほど彼女の命を脅かす厄介な呪いだったのか。この密林の法陣を破壊しない限り、彼女を連れ戻せないわけか。」神楽は須佐之男の懐の中でもがき苦しみ、悪夢にうなされているようだ。須佐之男が彼女の前髪を払うと、冷や汗で手が濡れた。【須佐之男】 「神楽、君は一体何者なんだ?」須佐之男は気絶した神楽を抱え、蛇魔の罠を避けながら、密林の奥にある法陣へと向かう。 |
父親
父親ストーリー |
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【神楽】 「ごめんなさい、ごめんなさい……私の……せいで……」神楽が須佐之男の懐の中で悪夢にうなされている。神楽を抱えた須佐之男は蛇魔だらけの密林を進み、神楽への攻撃を何度も防いた。【須佐之男】 「耐えろ、もうすぐ夜が明ける。」須佐之男が神楽を抱いてしばらく密林を進み、神楽を追っていた蛇魔がすべて彼の雷に焼かれた。須佐之男が神楽の額に手を当てると、熱があった。【須佐之男】 「水を探さないとな。」水の音を頼りに進むと、須佐之男は密林の中で涼しげな小川を見つけた。神楽の顔と額を軽く拭き、水を飲ませる。すぐに熱は下がったが、神楽はまだ悪夢に囚われ、うなされている。彼女の精神世界に入り目覚めさせようとしたが、神楽の魂が完全でないことがわかった。【須佐之男】 「無垢の魂になんて酷いことを。幼い頃、俺の神格が傷ついて、助けがこなかったら俺は今ここにいなかった。むしろ、あの経験があってこそ、今の俺がいる。こうして会えたのも何かの縁だ。あの時俺を救った禁術で、悪夢から解放してやる。」意識が朦朧とする中、神楽は傷ついた魂が神聖で暖かい力で癒やされたのを感じたようだった。自分を抱える腕は、力強く優しかった。【神楽】 「……あなたは……?ここは……誰かの夢の中?私は誰の記憶を見ていたの?あなたなの?私を救った、温かくて強い人。」……数千年前の人間界【神楽】 「私は見た。あれは数千年前の人間界、悪神と妖魔が跋扈していた。人々は苦しみ、高天原の神様に祈っていた。人の祈りに応えて降臨したのが、須佐之男という天下無敵の武神だった。」稲妻が暗雲を裂き、雷鳴が妖魔の軍勢を震わせた。須佐之男は雷電の戦馬に乗って天に降臨し、大地を見下ろす。【須佐之男】 「嵐よ、我が道を切り開け。雷鳴よ、我が道を照らせ。百戦百勝の神軍よ、人々の祈りを聞け。我が神威は雷光の如く輝き、この罪と悪にまみれた人の世に神の奇跡を刻む!」須佐之男の雷槍が天地を貫き、雷槍が通った場所は焼け焦げた。神軍の鉄騎兵が、悪神の手下を地の果てまで追い払った。【神楽】 「高天の武神は人の世で終わりなき戦いに身を投じ、妖魔を討った。ついに、高天の頂で七悪神との決戦が始まる。」【悪神】 「忠実なる魔軍よ、我々に続け高天原を攻め、太陽の女神を王座から引きずり下ろせ!」【須佐之男】 「ふん、負け犬が神の庭で吠えるな。矢を放て。」【悪神】 「処刑の神よ、高天原の矢如きが、魔軍の鎧を貫けるとでも思ったか?」しかし、降り注ぐ矢の雨はパチパチと音を立て、互いに繋がると雷の網となり魔軍を封じ込めた。神の軍勢が天から押し寄せる。【須佐之男】 「神の兵士よ、我に続け!」【神将】 「須佐之男様の命令のままに!」【墓守り】 「ガアアアア!」【悪神】 「処刑の神め、私を部下から孤立させ、魔軍の守護がなくなれば勝てると思ったか?我々は天照女神の分身、神力が尽きることはない。」【須佐之男】 「ならばお前らを死にたくても死ねないよう、痛めつけてやる。」須佐之男が一人で六邪神と戦い、一気に彼らを鎮圧し、封印した。【天照】 「もうよい、須佐之男。」天照が六邪神を六道の異界に封印し、悪神の頭目ヤマタノオロチを神獄に送った。【神楽】 「しかし、神々の戦争はまだ終わっていない。」……高天原審判場【高天原の神官】 「蛇神の神格の罪の重さは、八咫鏡を遥かに超えた。この大罪人に天照様の裁きを。」【天照】 「天羽々斬を以て神格を破壊する。灰燼に帰し、虚無に還るがいい。」それを聞いたヤマタノオロチが大笑いした。【神堕オロチ】 「天秤に載せられた罪人の神格が誰のものなのか、よく見るんだな。」神々が天秤を見ると、ヤマタノオロチの神格に纏まっていた瘴気が消えた。そこにあったのは、処刑の神である須佐之男の神格だった。ヤマタノオロチが自分の神格を須佐之男とすり替えたのだった。代わりに裁きを受けた須佐之男が高天から墜ちた。一方ヤマタノオロチが神器天羽々斬を奪い取り、高天原の半分を斬り落とした。【天照】 「ここは神の領域であり、私の民がいる。邪神よ、従う者がなく、誰も守ろうとしないあなたはいずれ滅びる運命を辿るだろう。」【神堕オロチ】 「お前の法則と共に墜ちろ、天照。」しかしヤマタノオロチの刃が刺さったのは天照ではなく、ボロボロの体で審判場に戻ってきた須佐之男だった。【神堕オロチ】 「須佐之男、大罪を犯したあなたは、とっくに清廉潔白の神でいられなくなった。妖魔の誕生こそが、人が罪深いである証拠だ。なぜ罪神に墜ちてまで罪深い人の世を支え、堕落の人々を救おうとする?」【須佐之男】 「処刑神たる者、背負う重さをよく知ってるさ。例え罪を背負い、悪に染まったとしても、俺はその罪を受け入れる。神の愛の前に、人の善悪など関係ない。」須佐之男が剣でヤマタノオロチの神格を貫く。ヤマタノオロチは天羽々斬に刺され、巨大な蛇と化し、高天から墜ちる。【神楽】 「運命の結末は、数千年前から決まっていた。」最後に、須佐之男が狭間の裂け目を作ってヤマタノオロチをそこに封印した。夢が光となって消えていく。一筋の光が神楽の額に降り注ぎ、ようやく彼女は目を開けた。【神楽】 「これは……篝火?食べ物の匂い……」食べ物の匂いを嗅いだ神楽のお腹が鳴る。音に気づいた須佐之男が、焼き魚を取って彼女に渡す。【神楽】 「あなたは……夢の中にいた……須佐之男様?」【須佐之男】 「悪夢にうなされていたのは、俺のせいだったのか?邪神より俺の方が恐れられているとは、思いもしなかったな。」【神楽】 「ううん、違うの……」神楽が今いる霊廟を見回すと、大きな神像が立っていた。それは雷槍を持ち、雷雲に囲まれ、風雷の神として祀られた須佐之男の神像だった。神楽が須佐之男本人に目を向けると、彼は焼き魚を持って篝火の隣に座っていた。夜露に濡れた髪が額に張り付いている。【神楽】 「幻境で千年前の須佐之男様を見た。今のあなたはあの時と変わっていないどころか、今よりも若く見える。」【須佐之男】 「そんな細かいことを気にしているのか?神の寿命は長い、実際より若く見えるものだ。こう見えて、人間の年に換算すれば、お前の父親よりもずっと年上なんだ。」【神楽】 「……でもどう見ても、博雅お兄ちゃんくらいの年……」【須佐之男】 「そういえば、彼に預かったものがある。」そう言って、須佐之男は金魚のぬいぐるみを取り出した。【神楽】 「博雅お兄ちゃんがくれた金魚。邪神の生贄として巫女に選ばれた後、この金魚も本家に持っていったけど……本家の人に捨てられちゃった。お兄ちゃんが拾ってくれたのね。」【須佐之男】 「親じゃなく兄か?」【神楽】 「私の親……お父様……」父親の話になると、神楽は無言になった。須佐之男は、忌諱に触れたことに気づく。何か言おうと思ったが、神楽が黙って焼き魚を食べているのを見て、話すのをやめた。【須佐之男】 「川から水を汲んであったな、持ってこよう。」須佐之男が行こうとすると、後ろで物音がした。振り返ると篝火のそばにあった焼き魚は灰の中で、神楽が太った三毛猫を抱えていた。【神楽】 「この子が魚を盗もうとしたの。」【伊吹】 「早くニャンを放せ!盗もうだなんて人聞きが悪い、あいつのものはニャンのものにゃ、盗みじゃないにゃ!」【須佐之男】 「この声、まさか……墓守りか?」【伊吹】 「その通りにゃ!一目でわからないとは、千年会わないうちにボケたようだにゃ!」【神楽】 「須佐之男様、この猫と知り合いなの?」須佐之男は戸惑いながら、三毛猫のお腹を指でつつき、信じられないという顔をした。」【須佐之男】 「なんというか、たしかに俺が飼っていた子だ。どこかで……はぐれた気が。」【伊吹】 「はぐれたんじゃにゃい!千年前、狭間を守れって言ったのはお前じゃにゃいか。魚を焼いてくれ、千年分の干し魚で許してやるにゃん!」それを聞いた須佐之男は笑いながら伊吹を抱き上げた。三毛猫の反対を無視して柔らかいお腹を触っている、手触りは悪くないようだ。それを見た神楽は、古の神と自称する者の行動に驚きを禁じ得なかった。【神楽】 「須佐之男様は伝承の中の冷酷さはない代わりに……意外と子供らしいところがあるのね。」【伊吹】 「冷酷だと?肝心な時に自分の命すら顧みないこいつが?こいつは見張りがいなければすごく馬鹿げたことも出来る、ニャンははっきり覚えてるにゃん。」【神楽】 「墓守りさんは須佐之男様と数千年会ってなかったんでしょう。」【伊吹】 「だからどうした、こいつはなんにも変わってない、本当に千年経ったのか疑うくらいにゃん。」【???】 「蛇の雨が降ってきた!」【???】 「霊廟があってよかった、命拾いしたぞ!」【神楽】 「え?」【縁結神】 「神楽ちゃんではないか!皆と一緒にこのあたりの被災者を救助しようと思ったのじゃが、夜になったら迷子になるし、蛇が出てくるし、本当にびっくりしたのじゃ。ん?隣の背が高くて目つきが怖い人は……幻境で見た大凶神須佐之男のようなじゃ。いや、待つのじゃ……」縁結神が霊廟にある神像と篝火のそばにいる人を見比べる。【縁結神】 「だ、大凶神須佐之男?!」【須佐之男】 「凶神?俺は処刑の神、天雷万象を司る者にすぎない。まさか俺の知らないうちに、神々に俺の神名を変えられたか?」【伊吹】 「神名じゃにゃい、あだ名にゃん。ほら、高天原で神軍を率いていた頃は武神、実家で神獣に囲まれていた時は金髪野郎と呼ばれていたにゃん。」【須佐之男】 「あだ名?」【縁結神】 「いやいや、お主ほどの偉大な神にあだ名をつけたりはせぬ!そう……これは雅号じゃ!人間界で名を知られる者はみんな雅号をつけておるぞ!」【須佐之男】 「なるほど、今の人間界では名の知られる神に雅号をつけてるのが流行っているのか。」【縁結神】 「そうじゃ、われのような数百歳の若い神は流行りに敏感なのじゃ。ほら、流行りのものもたくさん集めておるぞ。」縁結神が荷物を広げ、中にある物を出して須佐之男に見せる。【縁結神】 「食べ物ならりんご飴、金平糖、飲み物なら抹茶、またたび酒、おもちゃなら人形、皮影人形……実用品もあるぞ。平安京の折りたたみ扇子、雪域の掛毛氈、鬼域特産動物の首輪、大江山鬼王も使っている限定瓢箪!人間界のことをもっと知りたければ、話本がおすすめじゃ。特にこれ!前半は二人の山神の千年にわたる愛の物語、後半は雪山の聖女と大司祭の昔話、三界においての人気作、神が人間界の風習を学ぶのに丁度いい。お主の顔に免じて、二割引でどうじゃ?」【須佐之男】 「貢ぎ物をくれるんじゃなかったのか?」【縁結神】 「そうじゃな……貢ぎ物はもう流行っておらぬ。神とはいえ、お金はきっちり払うものじゃ。お主ほどの神なら、このくらい大した額ではなかろう。」それを聞いた須佐之男は、自分が奉納されていた霊廟を見回す。たしかに貢物台はほこりまみれだった。【須佐之男】 「そういうことなら、この金の勾玉でどうだ。」縁結神が勾玉を手に取り、困った顔を見せる。【縁結神】 「こ、これではお釣りが出ぬぞ。」【須佐之男】 「構わん、お釣りの代わりに神楽と伊吹にも一品ずつ選ばせてやってくれ。」【縁結神】 「選んで選んで!一品と言わず、何品でも選ぶのじゃ!」【神楽】 「須佐之男様……」【伊吹】 「ほら見ろ、言ったそばから呆れたことしやがる。ヤマタノオロチが騙しの神じゃなくて邪神でよかったにゃ。じゃなきゃ人間界はとっくに奴らと共に滅んでいたにゃん。」【須佐之男】 「またたび酒はいらない。」【伊吹】 「この金髪野郎!このがらくたの中だったら、またたび酒だけ価値があるにゃん!」しばらくすると、大雨が止み、縁結神がわくわくしながら出発の準備を始めた。そうしていると、須佐之男に酔っ払った三毛猫を押し付けられた。【縁結神】 「……え?この子をわれが育てるのか?この体型では恐らく食費が……」須佐之男が指を口に当て、墓守りを起こさないよう縁結神に合図をする。【須佐之男】 「彼が起きたら、密林についてくると騒ぐに違いないからな。都に連れ帰って、避難が遅れた人達の搬送を手伝うよう伝えてくれ。俺の指示だってな。」【縁結神】 「お主はどうするのじゃ?」【須佐之男】 「密林の法陣を破壊して、神楽を都に連れて帰る。」須佐之男の背中の神楽も目を覚まし、その話を聞いていたが、何も言わなかった。縁結神と別れた二人は密林を進む。須佐之男は神楽の沈黙に気づいた。【須佐之男】 「君は、家に帰りたくないのか?」【神楽】 「私は皆の足を引っ張ってばかりだから、帰らないほうがいいかもしれない。」【須佐之男】 「そんな事言うな。君の兄は、君を助けるために重傷を負った。それでも君の安否を気にかけていたぞ。他の家族も同じはずだ。」【神楽】 「どうしてそう思うの?何も知らないのに。」【須佐之男】 「ならば教えてくれ、君はなぜそう思う?」【神楽】 「あれは何年も前の話、あの時私は見習いの巫女だった……」……何年も前、源氏の屋敷何ヶ月も待っていた神楽を、公務で忙しい父がやっと訪ねてきた。父は彼女が起きていると知り、目も合わせずに戻ろうとしたが、神楽に引き留められた。【幼い頃の神楽】 「お父様、新しい巫女の踊りを覚えました。家を離れて、ここに預けられてから、ずっと頑張ってきました。今は一人で魔除けの儀式もできるようになりました。」神楽の父は疲れた表情を浮かべ、しばらく沈黙してから口を開いた。【神楽の父】 「そうか、よかったな。」【幼い頃の神楽】 「まだ行かないで。神楽の踊りを見てください。」父親を引き留めるため、神楽は数ヶ月学んだ踊りを踊り始めた。しかし踊りに興味を示さない父を見た神楽は、父にねだるしかなかった。【幼い頃の神楽】 「お父様、次はいつ来てくれますか?」父は神楽の頭を撫で、何度も窓の外を見た。【神楽の父】 「次に来た時は、お前を家に連れて帰ろう。」【幼い頃の神楽】 「はい!」その日以来、父は一度も戻ってこなかった。神楽が神楽鈴と共に完璧な神楽舞を踊り、祭壇に送られても、二度と父と会うことはなかった。【神楽】 「私には霊媒の力があって、邪神の生贄になる運命だから、両親に見捨てられたって皆言ってた。」神楽の話を聞き終わった須佐之男は、しばらく黙っていた。【須佐之男】 「神楽、神楽舞の由来を知ってるか?」【神楽】 「もちろん。伝説によると、天地創造の始まりから、万物の母である天照大神がいた。しかし彼女が岩山に身を隠すと、万物を照らす光は消えた。世界は荒廃していき、人々と神々が歌と踊りで彼女を呼び戻そうとする。彼女はついにそれに応えた。天照大神を呼び戻す舞が、神楽舞の起源。神楽鈴が鳴る時、神は降臨し、人々に恩恵と祝福を与えるという。」【須佐之男】 「そうだ。俺は幼い頃はやんちゃでね。厳しい高天原においても自分が特別だと思っていて、機会があれば抜け出して人間界に行っていた。神力を封印する枷をつけられても、懲りなかった。結局やらかした。魔軍に囚われ、牢にぶち込まれ、辛い日々を過ごした。あの時、神々は決して助けに来ないだろうと思っていた。俺を引き取ってくれた師匠も、俺を見限って見捨てるだろうと。しかし彼が来てくれた瞬間、その愚かな考えが完全に消えた。あの日、伊邪那岐様は俺を助けるために、一人で海を割った。彼に倒された妖魔の死体が百里にわたって海に浮かび、海が夕焼けに照らされたように赤く染まっていた。彼が俺を見つけ、俺を見たあの瞬間、俺は彼ほど悲しみ彼ほど喜んでいる人は初めて見たと思った。世界は彼の手中にあり、気をつけないとまたすべてを失ってしまうような気がした。」【神楽】 「それはきっと須佐之男様の師匠にとって、須佐之男様が世界そのものだから。」【須佐之男】 「そうさ、君の父もきっと同じだ。君の父も、神のような強い存在になりたかっただろう。自分の愛が、天照様の輝きのように君を照らし続けることを望んだ。だから家に連れて帰ると約束した。彼が……」その時、二人は密林の奥に隠されていた陣の中心に到達した。蛇魔が土から湧き出て、二人に襲いかかる。陣形に共鳴し、再び苦しみ悶える神楽は、陣の中心に一歩も近づくことができない。須佐之男は彼女の額の冷や汗を拭いてやる。蛇に囲まれて二人は見つめ合う。【須佐之男】 「晴明の言う通りかもな。人の短い人生が求めるものは、かすかな可能性にすぎない。生きて到達できないかもしれない未来へ全力で突っ走る。君の父の呼びかけも、無数の可能性を乗り越え、俺と君が出会う未来に届いた。俺は、君をその奇跡に連れて行くと決めた。奇跡を起こすのが、神の務めだからな。」 |
真実
真実ストーリー |
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蛇の群れに囲まれる中、須佐之男は陣眼を中心に雷を呼び集め続けている。彼は外側から神楽を呪う陣眼を破壊しようと試みた。そして何度も神楽に噛み付く蛇魔の攻撃を受け止めた。【須佐之男】 「神楽、呪われた君は陣眼には近づけない。一旦離れろ。後のことは、包囲網を突破し、君を安全な場所に送り届けてから考える。」神楽は唐傘を召喚し、二人を庇った。【神楽】 「私は大丈夫、先に陣眼を破壊して。」激戦の末、蛇魔の残骸が道を埋め尽くした。死体から立ち昇る瘴気が倒された巫女オロチの姿になり、二人の前に立ちはだかる。」【巫女オロチ】 「神楽、神楽よ、あなたは私達の指先、私達の足跡、私の鱗であり、私の牙である。どうして私達の傍を離れるの?どうして私達を忌み嫌い、この世界を選ぶの?」【神楽】 「違う、違う……」【須佐之男】 「この子は君達のものではない。」【巫女オロチ】 「返しなさい、あの子を返しなさい。」【須佐之男】 「滅びの中で安眠を得よ。」雷の槍が、神楽に向かっていた巫女オロチの頭を正面から断ち切る。傷口から瘴気が溢れ出し、それに触れた周りの草木はすぐに枯れ果てた。【神楽】 「これは?痛い……」瘴気に触れてしまった神楽は、急に力が抜けて、辛そうに頭を抱え込んだ。【神楽】 「うう、助けて、お兄ちゃん、お父様……」神楽は自分の魂の中に、懐かしく蠱惑的な声を聞いた気がした。【???】 「おいで、我が子よ。おいで、私の神楽。お父様に会いたくないの?お父様は、ここにいるよ。」【神楽】 「お父様……」神楽は取り憑かれたように立ち上がり、お父様と呟きながら巫女オロチの方へと歩き出した。しかし須佐之男が彼女を止めた。【須佐之男】 「丸腰の子供に手を出すのか?えげつないな。」突然、神楽は幼い体に不相応な力で須佐之男の首に強烈な一撃を放った。須佐之男がそれを防いだ瞬間、神楽は巫女オロチが放つ瘴気の中に飛び込んでいた。【神楽】 「お父様、やっと迎えに来てくれたんですね!」【須佐之男】 「神楽、あれは君の父親ではない。」【神楽】 「嘘つき、私を止めないで。」その瞬間、瘴気の中から一匹の巨蛇の姿が浮かび上がった。額に天照に似た顔がある巨蛇と比べると、他の巫女オロチはまるで子蛇のように見える。巨神の如く星空に居座る巨蛇の体が、二人を何重にも囲んだ。これこそが、ヤマタノオロチの力と人間界の罪が生み出した……大蛇神である。大蛇神は笑っているかのように、シャーッという音を出す。体から黒い瘴気を放つ神楽が、巨蛇の頭上に飛んでいった。大蛇神に取り憑かれたのだろう。目つきが悪くなった神楽は、須佐之男を見下ろす。【大蛇神】 「久しぶりだな、須佐之男。」【須佐之男】 「この神力の混じった気配は、大蛇神。お前の主でさえも俺に勝てないのに、分を弁えずに出しゃばるか?」【大蛇神】 「分を弁えていないのは、神格を使って人の世を守るお前であろう。私に勝てると思っているのか?お前は私を滅ぼせない。私は彼女であり、彼女もまた私達である。私達は一つとなり、神楽はこれからずっとお父様の傍にいる。未来永劫決して離れない!」【須佐之男】 「神楽、目を覚ませ!」【大蛇神】 「遅い、彼女はもう私達のものだ。これは彼女の堕落、彼女が決して逃げられない罪なのだ。」【須佐之男】 「彼女に罪があれば、俺が許してやる。彼女が堕落するのなら、俺が受け止めてやる。」【大蛇神】 「何様のつもりだ、人が自ら選んだ善悪を裁くとは、おこがましいにもほどがあろう?」【須佐之男】 「俺は人の善悪を裁くだけではなく。お前をも裁く。」須佐之男は雷の槍を呼び出し、大蛇神の巨岩のような体に飛び上がった。九匹の巫女オロチの追撃を振り切った彼は、大蛇神の頭の方へと向かう。【大蛇神】 「終焉審判の時、神の力が私の体を覆い隠した。そして「虚無」の中から私が生まれた。お前の雷の槍であろうと、私の鱗を貫くことは叶わない。」【須佐之男】 「しかし残念ながら、お前の鱗にも守り切れない場所がある。」宙に飛び上がった須佐之男は、巨蛇の目を目掛けて握り締めた雷の槍を投げた。稲妻を纏った雷の槍が、まっすぐに巨蛇の目に向かって飛んでいく。しかしその瞬間、神楽が突然雷の槍の前に立ちはだかった。【大蛇神】 「お父様は神楽が守る。」【須佐之男】 「神楽、危ない!」【大蛇神】 「私とお父様のために、地獄で痛みを味わいなさい。」焦った須佐之男が前に出て神楽を庇うと、雷の槍が彼の脊柱を貫いた。しかし、彼は力強く神楽の腕を掴んだ。【須佐之男】 「神楽、目を覚ませ!」【大蛇神】 「……」その隙を見逃さず、巫女オロチの九の頭は彼が進むのを止めようと、須佐之男に同時に襲い掛かる。その瞬間にようやく体の支配を取り戻した神楽が目にしたのは、須佐之男が傷だらけになる光景だった……【神楽】 「いや、やめて、いや!」血まみれの姿はお父様にも博雅お兄ちゃんにも似ている男に、倒れる骸は源氏を守る精兵に、大蛇神の変わった笑い声は源氏の長老達の嘲笑になった。一族の残酷な言葉があらゆる方向から彼女を襲う。【源氏の陰陽師】 「この子は、生まれた時から生贄の巫女になる運命だ。」【源氏長老】 「 これは一族の誇りだぞ、この子の両親であれば、むしろ喜ぶべきであろう。」【神楽の母】 「私が子よ、哀れな我が子よ……」【源博雅】 「神楽は、神楽は一体どこにいる!」泣き声や問いかけの入り混じった喧騒の中、一人の男だけが何も聞こえなかったように、一言も口にしなかった。彼は残酷な悪魔のようで、痛みを知らぬ神のようだ。無口な男は次々と現れる護衛達と戦いながら、源氏の庭院の奥にある神社へと進んでいく。彼は両腕を折られ、両足を断ち切られ、喉を切り裂かれ、ぜーぜーと息を吸う音しか出せない。倒れたまま、彼は相変わらず前に向かって這っていく。【神楽の父】 「神楽、迎えに来た。いい子にしていろ、お父様がすぐに……巫女にはさせない、生贄にはさせない……お前の神楽鈴は、楽しい時に、お父様を呼ぶために鳴らされるものだ……決して……邪神を呼び起こす……鈴音ではない……」男は血に染められた庭院の中で力尽き、動かなくなった。もう息をしていないが、彼はまだ誰かを抱きしめようとするかのように両手を広げている。しかし全ての刃を受け止めた体は、最後まで、その誰かを抱きしめることはできなかった。【神楽】 「お父様は、嘘つきじゃなかった。お父様は、本当に迎えに来てくれた。その悪報を受け入れたくない私は、お父様は残酷な人だと思い込んだ。お父様がいなくなったことを受け入れたくないから、お父様は残酷な人だと思い込んだ……私の弱さがお父様の犠牲を無駄にした。ようやく脱出した後も、何もかも忘れたせいで、博雅お兄ちゃんにまで辛い思いをさせた。」蛇の群れが神楽の体に絡みつき、彼女を呑み込んだ。視界が暗闇に侵食されていく中、彼女はゆっくりと目を閉じた。【神楽】 「全てを終わりにしよう。こんな私に、誰かに愛されて、守ってもらう資格なんてない……」【???】 「愛するか、守るか。許すか、裁くか。全ては俺が決める。」突然、誰かの力強い腕が彼女を泥沼の中から引き上げた。上半身を蛇の群れの上に引き上げられた神楽は、溺れているかのように激しく足掻き始めた。その腕の主は彼女を抱き締め、食らいつく蛇から彼女を守った。彼女に取り憑いてた大蛇神の瘴気が、須佐之男の体内に吸い取られていくのを感じた。【大蛇神】 「須佐之男、巫女を助けるために、自らを犠牲にするとは。お前は私に破れる運命なのだ!」瘴気を吸いつくされると、神楽は雷の結界に守られて地面に落ちた。一方、宙に浮かぶ須佐之男の体は、暴れ出す寸前の獣のように震え、眩しい金色の光を放っている。彼は顔を上げ、傲慢不遜に笑った。【須佐之男】 「食われるのは、どっちだろうな!」夜空に雷鳴が走り、一本の稲妻が空から落ちる。彼は自分が打たれるよう、手を差し伸べて天雷を導く。稲妻が絶え間なく落ちる。【須佐之男】 「俺の体の中で、滅びろ。」待ち構えていた雷の槍が、空から落ちてきた。そしてそれは、須佐之男の体と一体化した。金色の稲妻は金色の鎖となり、絡み合う鎖は決して壊れない牢獄となった。【大蛇神】 「こんなちっぽけな糸で私を閉じ込めることなどできやしない。」【須佐之男】 「お前の体と魂は、二度とこの牢獄を出られない。」【大蛇神】 「なんだと?」巨蛇は足掻いたが、走る稲妻によって、骨の髄まで痺れた。【須佐之男】 「虚無に帰れ。」地面に立つ神楽は空で激闘する神と巨蛇の方、稲妻が激しく走る方に目を向け、涙をこぼしながらそこに向かって走り出した。【神楽】 「須佐之男様!」巨大な稲妻が鋭い槍のように、二人に向かって落ちてくる。その力は神楽の魂をも貫き、彼女に相手の魂の中の記憶の欠片を見せた。そこに現れたのは、破壊しつくされた高天原の審判場と、廃墟の中に立つ、傷だらけだが決して倒れることのない姿だった。 ……数千年前、高天原の審判場【神堕オロチ】 「頑固で愚かだな。」天照を襲う天羽々斬は、天照に触れる寸前に、悉く須佐之男の体が受け止めた。【神堕オロチ】 「人々が堕落するならば、それは人の選択、人の運命だ。誰もが悪念を抱えている。誰もが悪行を行う。天照大神とて例外ではない。その正義とやらのために、彼らを皆滅ぼすのか?」【須佐之男】 「善悪は対立するものではない。世の中は白と黒だけではない。高天原の神々は世界を背負う一族、神々の王は必ず善も悪も背負い込む。天照は人々の悪を許す、しかしお前は人々の善を壊す。」【神堕オロチ】 「ならば天照はお前を、そして私を許したか?」【須佐之男】 「ヤマタノオロチ、俺達は同じく許されない大罪を犯した者、この世の因果はとっくに俺達の運命を決めた。お前がこの世界の法則を破れば、この世界は必ずお前を滅ぼす。」須佐之男は胸に刺さる天羽々斬を握りしめる。剣を抜いた瞬間、血が噴き出した。雷雲の立ち込める空は、主の威厳を称えると同時に、主の運命を嘆いているようだ。【神堕オロチ】 「須佐之男、私が犯した罪は、これほどに重い。ではお前の罪は、どれほど凄まじいのだ?お前と世界が共に滅ぶ日が、待ち遠しくてたまらない。」無数の蛇魔が土の中から出てきて、須佐之男に襲い掛かる。そして無数の稲妻が、刃のように蛇魔を切り刻んだ。噴き出す血の潮の中で、刃を掲げた須佐之男はヤマタノオロチに向かって剣を振り下ろした。貫かれたヤマタノオロチは大蛇に姿を変え、雲の上から落ちてきた。一瞬のぶつかり合いが引き起こした眩しい雷鳴は、世界を呑み込むほどの衝撃に変わり、力を使い果たした須佐之男をも巻き込んだ。【須佐之男】 「やっとここに辿り着いたか。」金色の光が須佐之男の体を包み込む。力を使い果たした漆黒の雷雲は、次第に消えていく。この時、天照の幻影が突然彼の傍に現れ、彼と共に落ちていった。須佐之男は一瞬驚いた。光の女神の体は、金色の光を放っている。彼らは共に、幾重もの雲を抜け落ちていく。天照の厳かな表情についに変化が現れ、彼女は悲しい笑顔を見せた。【天照】 「やはり因果は実現しました。誰も運命の流れを止められない。ヤマタノオロチを封印したあなたは、最後に彼と共に落ち、命を落とす。私は世の法則を作った。今になって、ヤマタノオロチの法則への恨みが少し分かったような気がします。何もかも思い通りにしたい、何も失いたくない。私も例外ではありませんでした。」【須佐之男】 「それでも、法則は守る。それこそがあなたと彼との違いだ。」【天照】 「私は神力を以て、真の太陽となる。この千年の災いを、私はあなた達と共に背負う。森羅万象が存続できるように。」【須佐之男】 「天照様……さすがは太陽の女神。全ての運命の終わりで、全ての命は再会する。千年後、俺達は必ずもう一度出会うだろう。」天照の幻影が消えていく。立ち昇る太陽が空から眩しい光をまき散らす。須佐之男が太陽に目を向けた瞬間、幻影は消えた。【須佐之男】 「長く短い一生だった。振り返ると悔いはないが、少しだけ悔しいな。千年後の陰陽師が言っていた通りかもしれない。命は蛍火の如く短い。人は全てをかけ、辿りつけない未来のために戦う。でも、やはり俺は恵まれているだろう。俺は既にこの体で、無数の世界をくぐり抜け、この足で千年後の未来に辿り着き、この目で未来の景色を見届けた。」明るい青色が、空から落ちてくる須佐之男を包み込んだ。燃える彼が放つ最後の金色の光が、晴天前の最後の稲妻のように消えていく。【須佐之男】 「さようなら、俺が拒んでいた運命。さようなら、俺が守っていた世界。俺が抗っていた……同時に度し難いほど愛している、全て。」太陽の輝きの中で、須佐之男の体が少しずつ崩壊していく。【神楽】 「いや、諦めないで。」神楽は消えかけている金色の幻影を追いかけ、力いっぱい手を振った。【神楽】 「ここで消えないで、ここで逝かないで!」しかしその体はついに彼女の指先を掠り、空に消えた。天羽々斬を握り締めた両腕だけが取り残され、雲の上から人間界の地面に落ちてきた。【神楽】 「須佐之男様!」神楽は目を開けた、彼女はもう記憶が織りなす幻から、現実に戻っていた。蛇魔に囲まれる漆黒の森の奥、須佐之男が衰弱し切った大蛇神と巫女オロチと戦っている。【神楽】 「私は決めた、もう逃げない。」神楽は懐から神楽鈴を取り出し、巫女オロチのいる方に向かって鈴を鳴らした。幼い体で踊りながら切なる祈りを捧げ、暗い森を照らした。すると巫女オロチは何かを思い出したかのように攻撃をやめ、神楽を囲んで踊り出した。異形の体が不器用に動いている。巫女オロチを支配した神楽は、大蛇神のほうを指し示すと、導くように鈴を鳴らした。【神楽】 「行け!」巫女オロチが突然裏切り、背後の大蛇神を襲った。九の頭を持つ体が大蛇神の巨躯に巻き付く。二匹の蛇が争い、細長い体がもつれるように絡み合って、動けなくなった。【神楽】 「今よ。」雷の牢獄が、中に閉じ込められた巨蛇に向かってあらゆる方向から電流を流した。断末魔の後、大蛇神とその体に絡みつく巫女オロチは同時に倒れ、動かなくなった。前に出た神楽は、固く目を閉じる蛇頭に目を向けた。【神楽】 「今度こそ、真の安息を、先人達よ……」大蛇神と巫女オロチの残骸が消えると、神楽は隣の須佐之男の方を見た。【神楽】 「須佐之男様、私は須佐之男様の記憶の奥で、須佐之男様の物語の結末を見た。須佐之男様はこの時代の神様じゃない。」【須佐之男】 「どうしてそう言い切れる。」【神楽】 「私、三田の。千年前の高天原の審判場で、須佐之男様が犠牲になったのを……」【須佐之男】 「……」【神楽】 「違うの、そうじゃないの。私が見たのは「この世界」の須佐之男様の記憶じゃないのかもしれない。予言かもしれない。それは誰かが須佐之男様に見せた、須佐之男様についての予言。その予言は須佐之男様の魂の最奥、一番見つけられたくない場所に隠されてる……須佐之男様は隠したいの。本当の須佐之男様は千年前に、高天原の審判場で亡くなったこと。須佐之男様は私達に知られたくないの。「今ここにいる須佐之男様」は、審判場でヤマタノオロチを封印する前の須佐之男様だって。そして私達の世界を助けたら、須佐之男様は自分の時代に戻らなきゃいけない。千年前の審判を行って、そして……」【須佐之男】 「そして予言を行い、自分の命を犠牲にして、ヤマタノオロチを封印する。」【神楽】 「どうしてこんな運命を選んだの?」【須佐之男】 「数千年前、荒は既に予言していた。ヤマタノオロチの高天原の審判場での行動を……この世界の運命は元々、ヤマタノオロチが太陽となった天照大神を撃ち落として世界を滅ぼし、真の終焉をもたらすというものだった。そしてこの絶望的な未来以外、荒は他の可能性を予言できなかった。世界が滅びる結末を阻止するため、俺達は高天原の最古の禁術、「時空の陣」を使うと決めた。荒は「時空の陣」を起動させ、俺は他の「世界」に向かう旅人となった。俺は彼の協力のもと「時空の扉」に入り、無数の「世界」を駆け巡って、俺達の世界を助ける方法を探す。時空の中で、俺は無数の「世界」の滅びを見届け、何度も死を経験した。最後に俺達は、世界を救う方法を見つけ出した。それは俺の「犠牲」を最も有益なこと……ヤマタノオロチの千年の封印に使うことだった。そして審判が始まる前に、俺は千年後の今にやってきて、現世の君達に出会い、共に封印から解き放たれたヤマタノオロチを始末する。それだけではなく、天照大神は審判で太陽となり、千年の「眠り」につき、世の中を浄化する。一方、千年後を繋ぐ時空の陣を起動させるため、高天原が分裂した後、荒は人間界に「墜ち」、千年に渡って流離い続けた。俺達は喜んで対価を払う。それが浮世に千年の平和をもたらせるのなら。」【神楽】 「……つまり、須佐之男様は現世に来て、封印を破ったヤマタノオロチを始末した後、千年前の審判に戻り、自分を犠牲にしてヤマタノオロチを封印しなければならないの?」【須佐之男】 「この世の繁栄は、俺の犠牲なしでは成り立たない。俺は戻らねばならない。」【神楽】 「例えそれが、あなたの消滅に直面することになっても?」【須佐之男】 「その通りだ。衆生は生を授けられた瞬間から、自らの運命に抗い続けている。生きる意味とは、結末を知っていてなお、最後まで抗い続ける勇気を持つことだ。そして君の父はとっくにその意味を悟り、その勇気を手に入れた。彼に勇気を与えたのは他でもない君だ。そして君もまた、彼から勇気をもらった。」【神楽】 「でも私は臆病者で悪い子なの。お父様や須佐之男様のような勇気なんてない。」それを言い終える前に、須佐之男は突然神楽を抱え、頭よりも高く持ち上げた。まるで若い父親が、自分の子供に高い高いをして喜ばせる時のように。」【須佐之男】 「君は十分な勇気を持っている。ほら、ヤマタノオロチを封印した処刑の神である俺を見下ろしているだろう。いつか大軍を前にしても、堂々としていられるだろう。神楽、未来を見るんだ。それは勇敢だと言われた俺が、永遠に辿りつけない場所だ。しかし君は、いつか必ずそこに至る。」 |
女神
女神ストーリー |
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……平安京 月読の命により、地面から月海が立ち上がり、都が浅い海水に浸っていく。【荒】 「月読様、なぜ平民に手を出す。反逆者を捕まえにきたのではないのか?」【月読】 「約束の時間なのに、反逆者は引き渡されない。都の人たちが反逆者を庇っていると思ったほうが自然ではないかね?」【荒】 「根も葉もないことを。神や人の目を欺くことができたとしても、お前の罪は日月星辰からも、運命からも逃れることはできない。」【月読】 「愛弟子よ、人間界に長く留まったせいで、私の教えを忘れてしまったのか?この太陽が墜ちた時代で、私は月となり、君は星となる。我々二人が力を合わせれば、天命になれる。世界や人間がどうなろうが、君が気にすることではない。人間のことは忘れるのだ、荒。私の海も私の夜空も、昔と変わらず広く、静謐だ。君が私を許すなら、私も君のすべてを許そう。」【荒】 「我が師月読よ、世界はお前と私を許しはしない。」【月読】 「ならば、世界と共に「虚無」に帰すがいい。」【荒】 「させるか。」月読の月海が都を襲い、荒が星海を召喚し対抗する。二つの青い海が都で激突し、お互いを飲み込もうとする。荒の星海がすぐに優勢になった。すると月海が突然流れを変え、都の路地に向かっていく。月海に触れた平民はその場に倒れ、深い眠りに落ちた。まるで二度と目覚めることのない夢に魅せられたかのように。【小白】 「卑怯ですよ!」白蔵主が白狐に変身し、空中に浮かんでいる月読に襲いかかる。しかし都上空の雲が突然消え、神兵たちが現れた。その時、数千本の矢が白蔵主に向けて放たれた。白蔵主は躱しようがない。【白蔵主】 「うわあ……!」危機一髪の際、一筋の雷が落ち、雷龍のように雲の上を駆ける。雷龍が青と金色の稲妻を纏い、人間界に放たれた矢を撃ち落とした。さらに雲の上にいた神軍を撹乱し、高天へ退かせた。雷龍は次の目標である月読を襲ったが、大分消耗したせいで、月読に一撃で防がれた。負傷した雷龍が城壁の方向に墜ちていく。【月読】 「やはり現れたか、須佐之男。自分を犠牲にし他人を救う癖は、数千年経っても相変わらずだな。力をこのような妖獣に使って、果たして私に勝てるのか?都の民がそんなに大事なら、己を差し出すがいい。そうすれば手を引こう。」【???】 「その言葉、信じていいんだな?」【月読】 「君はあの日の陰陽師か?」晴明が鎖を手に持ち、城壁に立っていた。鎖に縛られたのは、金と黒の鎧をまとった瀕死の男だった。【晴明】 「月読様の言う通り、この者は強く神出鬼没、まさにあなたがお探しの反逆者だ。彼はとても強いが、慈悲深い。月読様が彼の気力を削いでくれたおかげで、捕えることに成功した。」【月読】 「あの白狐は君の式神か?囮にしたのか?」【晴明】 「ああ。」【月読】 「面白い人間だ。須佐之男、聞こえたか?」瀕死の「須佐之男」が俯き、何かを呟いているようだ。それに気づいた月読が、城壁に降下した。近づいた瞬間、拘束されていた「須佐之男」は月読の首を狙って刀を抜いた。【源博雅】 「これは妹の分だ!」月読はすぐさまに後退し、腰の短剣を握った。反撃しようとした瞬間、晴明の張った結界に弾かれ、城壁から落ちた。頭を上げた瞬間、何千もの雷が降り注いでくる。雷電の真の主が雷槍を持ち、彼の背後から空中に飛び上がった。【須佐之男】 「地獄で詫びろ。」雷槍が雷のように投げられ、月読の胸を貫き、月海へと叩きつけた。月読の体が鏡のように砕け、海の底へ沈む。月海の海面に光が浮かび上がる。【晴明】 「終わったか……」【須佐之男】 「下がれ、近づくな。」穏やかな水面に弦月の影が映っている。まるで月が昇るように、月読の姿が倒影から現れた。空に浮かぶ月がとてつもなく大きくなる。月読の体は透明になり、霧のような倒影と化した。倒影から白銀の顔がいくつも浮かび上がり、水妖のように婀娜やかな女神が数人現れた。【月読女神】 「神を愚弄した罪は重いわよ。」女神達は海中を泳ぎ、巨大な蛸とたわむれる。白い姿が魚のように触手の間を行き来する。一人の白衣の女神が、全身濡れたまま蛸の頭の上に乗る。女妖怪達の歌声の中、月鏡を持った彼女は、女神天照によく似ていた。彼女が振り向くと、その顔は月読そっくりだった。【小白】 「これは……月読なんですか?性別変わってますよ!」【月読女神】 「太陽の神である天照が女神としてこの世に顕現するように。月光を司る、彼女の最後の分身である私が、女神になれたとしてもおかしくはないだろう?」【晴明】 「天照最後の分身……まさか?」【須佐之男】 「そうだ、彼女こそ、七悪神の最後の一人。かつてヤマタノオロチは高天原の神獄で六つの罪を解放した。そして彼女こそ、神獄にいなかった……天照最後の罪、最後の分身。」【月読女神】 「今の私は、世に現れた最初の悪神というわけだ。ヤマタノオロチは執念深い。神獄で悪神を六人しか見つけなかった彼が、最後の一人を手放すとでも思ったか?」【須佐之男】 「お前が彼と繋がっているのには見当がつくが、六悪神だけでなく、お前もヤマタノオロチの盟友だったとはな。」【月読女神】 「世界には世界の運命がある。天照は光、世界を導く神王。私は影、世界を運命から外れないようにする暗流。世界は滅びる、これこそが天命だ。私はそれに従うまで。ヤマタノオロチが世界を滅ぼす神であるなら、私は力を貸す。予言の神たる私の天命が、世界をあるべき真実……「虚無」へと導くことだからな。」【小白】 「ということは、あなたの真実は……女ですか?」【月読女神】 「女?男?ふふ、高天原三貴子は性別を超えた神なのだ。皆それぞれ求める真実はあるが、皆が見ているのは自身の欲望が織り成す幻想にすぎない。世界は本当に実在するのか…ただの幻想かもしれないぞ? 私は本当にここにいるのか?」やがて弦月が降臨し、月海が世界を包み込み、皆が見ている世界が少しずつ変化していく。妖魔たちが狂気に駆られ、人間を容赦なく虐殺し、新たな王の降臨を祝う。漆黒の空に天照の巨大な天秤が顕現し、神王ヤマタノオロチが玉座の頂点に現れた。【神堕オロチ】 「我が自由な民よ、愛しい世界よ、お前達の最後の枷を断ち切ろう。墜ちるがいい、最後の偽善の神。これで人の崇敬は、私だけのもの。」天羽々斬が風前の灯火の太陽を刺した。撃墜された太陽がマグマとなって地面に垂れ、世界が火の海と化した。【妖魔】 「燃えろ、燃えろ!」【人間】 「神様、どうか私たちを救ってください!どこにいるのですか?私たちの祈りが届いていないのですか?」【神堕オロチ】 「聞こえているよ、見えているよ。お前達の痛切な祈り、悲惨な足掻きは決して忘れない。それは新世界の礎となるのだから。」無数の星々が徐々に消え、流星となって落下する。空を覆う巨大な白い光の中、須佐之男が目を開いた。男姿の月読が月の前に浮かび、月海に飲み込まれた都を見下ろす。【須佐之男】 「俺は何千年もの間、運命の奔流を見てきた。お前の月海幻境は効かない。」【月読】 「どうかな。世界はとっくに崩壊し、あなたはヤマタノオロチに一度も勝ったこともないかもしれないよ。ここは私の慈悲で君に与えた最後の夢にすぎない。だが気が変わった…悪夢の中で消えなさい。」月読が手を上げ、雲を召喚し星々を遮る。数千の神兵が再び空中に現れ、地上にいる須佐之男に向けて弓を構える。【月読】 「反逆者の首を取った者には、神将の位を授けよう。」無数の矢が一瞬にして放たれ、須佐之男、そして彼の背後の都へと飛んでいく。神族の鉄騎が都に到達しようとしている。【須佐之男】 「雷の檻よ、嵐の海よ、人々を守りたまえ。」嵐が黒い龍のように、雲の上から落ちてきた。身に纏った嵐が無数の矢を跳ね返し、烈風で千軍万馬をなぎ倒す。万雷の中心、嵐の目で黄金の巨獣が巨大な口を開いた。空を覆う口が皆を呑み込む。その腹の中には別の空間があった。月読と神の軍勢を嵐の牢獄に転移させると、戦が都から遠ざかった。【月読】 「これは……」【須佐之男】 「お前が月海でくるなら、蒼海で返すまでだ。ここが雷と嵐の神の戦場、滄海原という俺の故郷だ。周囲の海域には雷と嵐が荒れ狂う。生憎ここも現実じゃなく、嵐で具現化した場所だ。ここなら都を人質に取るのも、誰かを脅かすこともできないぞ。この嵐の中心で、お前を葬ってやる。」そう言い終わると、須佐之男は雷槍を掲げて飛び上がり、嵐の黒龍に乗って月読に襲いかかる。【月読】 「身の程知らずが。だが面白い。」月読の指揮の下、神軍がすぐに立て直す。月読を厳重に囲み、前衛部隊が馬を駆って須佐之男を迎え撃つ。【神軍】 「月読様を守り、反逆者を捉えろ!」【須佐之男】 「俺のかつて亡くなった将兵達、戦死した部下達よ!この嵐の結界で、再び戦える体を授けよう。戦意のある者よ、俺の呼びかけに応えろ!」一筋の轟雷が嵐の集う海面で炸裂する。しばしの静寂の後、荒れ狂う波が起こった。波の中、無数の金色の亡霊が現れた。その体は黒い嵐と金色の雷でできている。彼が叫び、唸り、須佐之男に従い、一瞬の間に神の軍団に匹敵する雷の軍団へと変貌した。【神軍亡霊】 「まだ戦えるぞ!我々は人の剣、人間界の盾なり!戦わずして何が神か!」雷の軍団が破竹の勢いで神軍の先頭を叩きのめし、進軍の道を開いた。須佐之男が黒龍を駆け、月読へと突っ込んでいく。彼に続き、亡霊たちが鱗のように雷龍に張り付き、雷光の鎧が漆黒の龍を金色の雷龍に武装した。その通り道では神兵が雷に打たれ、雲の中に落ちていく。【須佐之男】 「神軍達よ、俺に続き悪神を討て!」【神軍亡霊】 「はっ!」【月読】 「ふふ、そうはさせない。」嵐の結界の中、静かな海面に突然無限の夜空が展開され、禍々しい弦月が浮かび上がった。 ……月海幻境の中 世を滅ぼす烈火の中、ゆらめく海水が湧き出て、この不安定な世界を覆い尽くす。閉じ込められた晴明は誰かに引っ張られ、海の中へと沈んでいく。しかし、水中には呼吸の苦しさを感じることなく、満天の星空が広がっていた。 【晴明】 「荒か?ここは?」【荒】 「星海で月海の幻境に入り、君を探しにきた。君たちは都の平民と一緒に幻境に囚われている。」【晴明】 「これが月読のやり方か?直接殺さず、代わりに絶望を味わわせて死を求めるよう仕向ける。」【荒】 「私は彼の弟子だからな、彼のやり方はよく知っている。早く目を覚まさないと、永遠に出られなくなるぞ。須佐之男様が月読を引き受けているうちに、幻境を解除し、皆を助け出さなければ。」二人は浮上し、月海と星海の狭間を歩く。頭上と足元にはゆらめく海面が広がっている。二人は星海の光を頼りに幻境を破る方法を探す。道の先に冷たい光がきらめく滝が現れた。頭上から、騒がしい月海が穏やかな月海へと流れ、二人の行く手を阻んだ。【荒】 「このまま見逃すつもりはないようだ。」そう言い終わると、冷たい滝を触った荒は、幻境の中に引き込まれた。幻境の中、彼は神使の少年になり、数千年前、自分と星の子達が生まれた月海にいた。【晴明】 「荒、その姿は……まさか終焉審判の日、ヤマタノオロチが我々に見せたあの神使の少年は……」【少年】 「そうだ。数千年前、神々の前で月読様のために事実でもないことを証言し、須佐之男を誣告した神使少年が私だ。」【晴明】 「なぜ千年後の今、私たちを助け、師に刃を向ける? 」【少年】 「すべては、星の子誕生の秘話から始まる。」……数千年前、月の海 当時まだ若かった月読は、高天原唯一の予言神として月海の絶対的な支配権を手に入れた。膝まで海水に浸かり、明るい月を見上げる彼は戸惑っているのか、それとも覚悟を決めたのか。しばらくして、彼が杖を振ると、残月を取り巻く雲が消え、世界の運命を示す星々が見えた。星の子達が星々を映す月海から浮かび上がり、無知と期待の眼差しで月読を見る。月読はそれを見て、笑った。その笑顔は嬉しさと寂しさを併せ持ち、まるで少年少女の悲しい運命を見透かしているかのようだった。【月読】 「私は君達の父親であり、母親でもある。君達を育てる土であり、戒める杖でもある。君達は生涯私の月海で「運命の星」を探し続けるが、それを見つけることは永遠にない。世界の運命のために数え切れない予言をするが、運命を変えることはできない。」こうして、月海を掌握した月読が数え切れないほどの星の子を育てた。成長した星の子は月読の配下で予言の神使となり、神王天照が天地の始まりに誕生した蛇神に対抗するために予言をする。時が流れ、長い月日が経った。ある日、月海からまた新たな星の子が生まれた。彼は星々に囲まれ、煌めく月光を放っていた。彼がつまずきながら月読の前に歩いてきた。【少年】 「教えてください。運命って何?予言って?」【月読】 「運命とは、限られた時間の中で、命が残す軌跡のことだ。常に変化しているように見えるが、すべては元から決まっている。一晩で山に降り注ぐ雨のように、やがて低い川の底に流れ落ちる。予言とは、未来がどこに向かっているのかを事前に見分けることだ。我々予言神の肉体は、他の生者と共に「世界」に生まれたが、運命を覗く目は「世界」の外に生まれた。未来を覗き探す場所は、「運命の海」と呼ばれる。その海は私たちの「世界」に存在せず、本当の海は「世界」の果てのどこかにある。「世界」のすべての命は星々のように海に広がり、広い夜空にいるように自らの軌跡を辿る。種族は星の群れとなり、点滅する。世界はその中にありながら、その真実を知らない。我々は運命の行き先を垣間見ることができるが、全体を知ることはできない。運命の道へと人々を導くために、我々はそうやって予言する。」【少年】 「それが星の子の運命なの?」【月読】 「ああ。」【少年】 「月海で自分を生んだ星を探しても見つからないのも、僕達の運命?」【月読】 「そうだ。周りは見えても、自分の目を見ることはできないのと同じことだ。運命のために生まれた我々は、自分の運命を覗くことはできない。それが定めさ。」【少年】 「見つからないとわかっているのに、なぜ一生かけて探すの?それも運命?」【月読】 「違うと言ったら、探すのを諦めるのか?」【少年】 「……ううん。」【月読】 「それが運命だと言ったら、君は探し続けるのか?」【少年】 「……わからない。」【月読】 「ほう?」【少年】 「真実を見つける日まで探したい。自分の運命を予言するのではなく、運命を掴みたい。教えてください、この執念は愚かなことなの?それとも無知?」【月読】 「苦しいか?」【少年】 「はい。苦しいし、混乱する。」【月読】 「ならここで眠りなさい。あなたたちに無知を与えよう…さすれば、もがいても手に入らないものに苦しまずに済む。今から君の名前は荒だ。」無知な神使達は、月読の子であるかのように彼に奉仕し、彼に従い、予言の方法を学ぶ。幼い彼らはしばしば月海を渡って人間界に忍び込み、人間に予言を伝え、困難を乗り越える手助けをする。月読は彼らが自分の子供であるかのように接する。いつも笑顔の月読は、一人になると無表情で弦月を眺める。月海の予言を漏らした者は、厳罰に処される。彼の愛弟子である荒には、ずっと見えていた。【少年荒】 「予めすべてを知り、人の運命を知った月読様は、人に失望したのですか?」【月読】 「最初から人に希望など持っていないさ。私の希望は君達だ。できることならいつか、君達の中の誰かが、私の見ている未来を見てくれればいい。」【少年荒】 「それはきっととても悲しい未来なんだね。でないとあなた様はそんな顔しないもん。」【月読】 「そうだな、荒。その未来は絶望だ、だから人に知られたくない。」これを聞いて、荒は月読の前にひざまずいた。【少年荒】 「私は遠くの未来を見ることもできなければ、月読様の寂しさを知ることもできない。しかしたとえその未来が訪れたとしても、私は必ず月読様のそばにいます。だから、悲しまないでください。失望しないでください。どんな運命だろうと、私は月読様の月海から生まれたことを後悔しません。」その言葉を聞いて、長い沈黙の後、月読が口を開いた。【月読】 「毎月この日を神賜の日とし、人間に予言を伝えることを許可する。護衛に稲荷神御饌津、使者として霊狐を遣わそう。」月読が懐中から月鏡を取り出した。【月読】 「これは君を危険から救ってくれるものだ。月読の名を世に示せ。」こうして、荒と御饌津は人間界に行き、予言で人を導き、災いから遠ざけた。人々は豊かになるにつれ、高天原の神々を祀る寺院を建て、人間界と神界を結びつけてくれた神々に感謝するようになった。少年神使が人々の笑顔を見てきた。【少年荒】 「これが私の願い、未熟な私が描いた未来。」【荒】 「そして、私が失ってしまった過去だ。」 |
月海
月海ストーリー |
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……月海の外、風雷結界 須佐之男の攻勢を前にして、月読は間一髪で月海を召喚した。一瞬して、周囲は暗く危険な静けさに包まれた。金色の巨龍が闇の中で姿を消した月読を探すが、なかなか見つからない。闇の中、月読の声が聞こえてきた。【月読】 「神は世界の創造者、構築者であり、私たちは人の監視者、裁決者である。須佐之男、あなたは処刑の神でありながら、監視者としての役目を忘れていた。守護者として人に溶け込もうとした。」【須佐之男】 「あの時、俺は処刑の神、そしてお前は予言の神に任命された。俺たちはヤマタノオロチを討ち、人のために戦うはずだった。なのにお前は裁決者の役目を忘れ、天命に溺れていた。」【月読】 「任命がなくても、私が予言の神であることに変わりはない。これは私の生まれ持った役目であり、天命を持って生まれた人が理解できるはずもない。」【須佐之男】 「たしかに俺には理解できない。俺の運命は俺の手中にある。すべては本心に従った行動だ。俺はこの道を選び、人を選んだ。振り返らないし、後悔もしない。」【月読】 「ふふ、あなたがどんな許すまじことをしたのか、私が知らないとでも思ったか。禁術を使って、時空を越えたよな?天命に逆らったことをして、世界が代価を払わずに済むと思ってるのか?」【須佐之男】 「代償は俺が払う。この世界と人々は、お前の思うほど弱くはない。月読よ、世界に必要なのは天命じゃない、未来なんだ。お前とヤマタノオロチには無縁のものだ。」しばらくの沈黙の後、突然闇の中から数本の矢が放たれた。矢が亡霊の軍団が集結した巨龍に命中し、龍から数体の亡霊が剥がれ落ちた。続いて、矢が次から次へと巨龍に向かって放たれる。龍に取り巻く金色の雷が闇の中であがく。足と尻尾を振っても、見えない敵を捕らえることはできない。【須佐之男】 「動くな、落ち着け。」巨龍がもがくのをやめると、亡霊軍団は沈黙し、無数の矢が襲いかかる中でも動じない。龍頭に立つ須佐之男は目を閉じ、しばらくすると、突然身体を傾けた。月形の刀が頬と髪の間を飛んできて、血の跡を残した。刀が一周旋回し、彼の後方から再び襲ってくる。彼はその刃の柄を掴み、雷槍と融合させた。そして金色の弓となり、闇のある方向に向けた。【須佐之男】 「矢を構え。」巨龍の金色鱗が一瞬にして散開し、空は弓を構えた亡霊軍団に覆い尽くされた。【須佐之男】 「矢を放て。」無数の矢が放たれ、金色の稲妻が集結した。矢の行く先を照らし、隠れていた神兵の居場所を照らし出した。闇の中の神軍が矢に撃たれ倒れていく。稲妻が繋がっていき、網のように落下し敵を一網打尽にする。鱗が剥がれ、龍が再び嵐の身体を露出し、龍の矢に変化して須佐之男の手に飛んでいった。須佐之男は矢を構え、一気に放った。【須佐之男】 「月読、出てきたまえ。」風雷の矢が漆黒の海と空を切り裂いた。その光は暗闇を白昼のように照らし、その場にいる全員の目を焼き、月読をまっすぐに射抜いた…………一方、月海幻境の中体を取り戻した荒と晴明は、星月滝の水幕を辛くも進み、出口を探す。【荒】 「若い頃、自分の予言が人々に笑顔と繁栄をもたらすと思っていた。古神伊邪那岐様がいなくなった後、神々の戦争が人間界を巻き込み、私の甘い幻想を打ち砕いた。」【月読】 「人間界が七悪神の手に陥た。神王天照がヤマタノオロチをはじめとする七悪神を討つように命じた。あなたたちの誕生は星々の予言を借り、戦をあるべき結末へと導くためだった。荒、私は天照のそばから離れるわけにはいかない。あなたが須佐之男の軍師を務めるのだ。須佐之男は残虐横暴で有名だ。くれぐれも気をつけよ。」しかし、少年荒は戦場で暴虐と言われた須佐之男と出会い、本当の彼は礼儀正しく、頑固な男であることがわかった。【須佐之男】 「予言の神ってのはいつも天命だの運命だのばかり。俺が勝つ天命なら戦うが、負けると言われても最後まで戦うさ。わずかな可能性でも掴み取る。何もせずに後悔するのはまっぴらごめんだ。」この頑固な男の主張は強烈で、荒はいろいろ苦労した。実際彼の決意は勝利をもたらし、予言の限界を越えた時もいくつかあった。その間、少年荒が成長し、予言の力が増々強くなり、敵情を正確に予言してきた。軍師である少年荒と武神の長須佐之男が共に戦い、次々と勝利を収め、二人は生死を共にした戦友になった。荒が大戦後の焼け野原に立ち、妖魔大軍の死骸を見渡し、遠方で家族と再会を果たした人間たちを眺める。このとき初めて、彼らの笑顔は荒を満足させるものではなく、困惑させるものとなった。【少年荒】 「私は天命を守っているの?それとも人を守っているの?」それから、少年荒は何度も人間界を巡り、村々を助け、人間のために予言し続けた。かつて自分が弱いと思っていた人間の中にも、運命に屈しない人が数多くいることを知った。【少年荒】 「いいや、月読様の月海を頼るだけでは、天命の本当の意味に辿ることはできない。私だけの予言の海が必要だ。私の海よ、永遠に照らし続ける月光がない君は、運命の海の星空を乗せる。月のない海のように、いつも瞬く星の光を映す……君を星海と呼ぶことにしよう。冷たい海…君に沿って歩き続ければ、ずっと探し求めている答えにたどり着けるだろうか?」少年神使が冷たい海を歩く。潮が飲み込もうとしても、背後から運命の叫び声が聞こえたとしても、彼は止まらない。何度も何度も海で探した彼は、激動の運命を再度見てみた。ようやく彼は海で星の軌道の変化を見出し、その星々が無数の支流と無限の可能性に向かうことを知った。【少年荒】 「運命に目をくらまされていた者が、運命を観測できる予言の神だったとは。私たちが予言した運命は、結末なんかじゃない。未来は、運命に抗う者が変えるのだ。」【荒】 「そして本当の変化は、高天原が悪神を封印した戦いの後に訪れた。」天変地異の中、ついに高天原と悪神の決戦が幕を閉じた。須佐之男が七悪神を鎮圧し、天照は六悪神を六道異界に封印した。悪神の頭目ヤマタノオロチが高天原に押送され、神獄で審判を待つ。【天照】 「月読、教えるが良い。ヤマタノオロチが待ち受けるのはどのような裁きか、世界がどうのような結末を迎えるのか。」それを聞いた月読は笑った。【月読】 「残念ながら、今回も月海は答えを教えてくれなかった。「裏切る神有れば、高天原は墜ち、一瞬にして灰と化す」、私が知っているのはそれだけだ。」月読のそばにいた荒はすべてを見ていた。この異様な事態を前にして、神々も混乱と困惑に陥った。少年荒と須佐之男は星海で裁きの結末を覗こうとしたが、さらに恐ろしい未来が見えた。ヤマタノオロチが自分と須佐之男の神格を入れ替え、須佐之男が身代わりになった。そしてヤマタノオロチが天羽々斬を奪い取り、神を殺し、高天原を斬り落す。【天照】 「ヤマタノオロチ、あなたの思い通りにはさせない。私は神力を剥ぎ取って太陽となり、再び世界を照らす。」【神堕オロチ】 「太陽だろうが月だろうが、お前の死は決まっていた。」天照が神力を纏い、太陽となって昇り、ヤマタノオロチが巨大な蛇に変身し追撃する。太陽が雲の上に昇ろうとしている瞬間、それを噛み砕いた。【妖魔】 「やった!やったぞ!神王ヤマタノオロチ様バンザイ!世界はあなた様のものだ!落ちた太陽はマグマになり、炎の奔流が人間界を襲う。あちこち火の海…これが新たな世界の始りだよな!燃やせ、全てを焼き払え!神の庭を燃やし尽くして灰燼に帰せ!」火の海から六道の扉が出口が現れ、悪神が再び人間界に集い、生き残った生き物たちを悲惨な末路へ導く。星海で予言を見た荒と須佐之男は、この絶望的な光景に驚愕した。【少年荒】 「どんなに予言したとしても、この審判の結末は変わらない。高天原が崩壊し、神族が虐殺され、天照様が落ちる。世界が火の海になり、ヤマタノオロチが世界滅亡の始まりになる。天命は変えることができないけど、選んだ道によって結末は変えられる。他の未来の可能性を探してみたが、今回だけはどう試しても別の可能性を見出せなかった。須佐之男様、恐らくこれは私たちのいる「世界」の天命ではなく、すべての「世界」が直面せざるを得ない惨禍なのだ。」【須佐之男】 「……他の時空を行き来した人物なら知ってる。この世で未来を変える方法がなければ、その答えは別の時空にあるはずだ。」【少年荒】 「噂に聞く高天原のいにしえの秘術のことか…… 」【須佐之男】 「別時空の「世界」に行けたら、運命を変える方法を見つけられる。」【少年荒】 「しかし時空の扉を開く秘術は最古の神のみぞ知る。扉を開く星辰の力があったとしても、あの法陣がどんなものなのかまるでわからないぞ。」【須佐之男】 「古の神…俺の師匠伊邪那岐は、その秘術を使ったことがある。」【少年荒】 「その方は今どこに……」【須佐之男】 「ついて来い。」須佐之男が胸のある三枚の嵐の勾玉を外した。それは古神族の至高な証であった。漆黒の嵐が須佐之男の詠唱によって顕現し、吹き荒れる暴風から屹立する扉が出現した。扉が開き、あたりが漆黒の夜空に変わっていき、星々がめぐり、道が開かれた。道の先は嵐が止むことのない場所で、背の高い黒き姿が現れる。それが古神伊邪那岐だった。荒はにわかに信じられないような顔をした。はたして目の前の人物が幻影なのか、それとも本物なのか。【伊邪那岐】 「須佐之男、ついに我を忘れた世界で我を呼んだな。それに自分のためではなく、人の安否と世界の運命のためとは。」【須佐之男】 「伊邪那岐様、どうしてそれを?」【伊邪那岐】 「知らないはずはなかろう。それにしてもお前、滄海原にいた頃は父と呼んでいたのに、後輩の前では様呼びか?」【須佐之男】 「……父上。」【伊邪那岐】 「これまで天照のもとで修行していたのに、人への頼み方がなっていないぞ。戦場で何回か勝っただけで浮かれて、私が教えた礼儀作法を忘れてしまったのか。」【須佐之男】 「礼儀作法を教えてくれたのは神社門番の狛犬だ。博識で人当たりがよく、父上の師匠としては十分すぎるくらいだよ。」【伊邪那岐】 「強者は束縛されず、弱者は儀礼を重んじる。我が弟子にする第一の条件だ。弟子として自覚があるのなら、我が神威の前で自分を律し、師の命令に従っていればいい。」【須佐之男】 「……あなた様のご配慮、痛み入ります。」【伊邪那岐】 「お前ほどではないさ。世のために尽くしてきたではないか。」【須佐之男】 「……勘弁してください、父上。子が困った時は親が助ける。かつてあなた様は神々の軍勢を統率し、向かうところ敵なしだった。人と世界が危機に瀕している今、俺の呼びかけがなくても、黙って見過ごすわけにはいかないだろう。」【伊邪那岐】 「その通りだが、時空の禁術を使うには代償が必要だぞ。運命に逆らう者もまた運命に呪われる。たった一人の弟子に、棘だらけで呪われた道を行かせると? 」【須佐之男】 「これは俺の選択だ。どれだけばかげたことをやろうとしても、あなた様は俺の選択を軽んじたことはなかった。」しばらく考え込んだ後、伊邪那岐は突然大笑いした。【伊邪那岐】 「実に甘いな…乾坤一擲のつもりか?その執念の深さ、死ぬ覚悟もできているようだな。良かろう、法陣のことを教えてやる。馬鹿弟子よ、時空の扉をくぐったら、お前は危機に瀕し、救いを求める世界をどれだけ体験することになるだろうか。人が苦しむのを見過ごせないお前は、何度も自身を犠牲にするのか。救いとは何か、平和とは何か…時が流れる限り、世界から一歩離れたところに必ず滅びがある。お前はもう後戻りのできない道に足を踏み入れたのだ。」【須佐之男】 「生きた者は生まれた時から死が近づいている。私もその中の一人なのだ。これは絶望の理由でも、諦める言い訳でもない。まだ前進できる限り、俺は世界を諦めたり、自分を諦めたりしない。」二人は長い間見つめ合った。伊邪那岐は須佐之男を見た。そして、大戦後の傷だらけの世界、嵐の前の静けさの中にいる高天原に目を向けた。しばらくして、これ以上は見るまいと目を閉じた。【伊邪那岐】 「時空を越える秘術は、予言の力を持つ神が法陣の構築を担わなければならない。時空の扉の先には、数え切れない可能性の世界がある。「世界」は無数の支流をなし、お前の望む未来もあれば、衰退や滅亡より恐ろしい結末もある。お前の体験した未来は、「その世界」の真実になることを忘れるな。数え切れない「世界」を体験したお前が、たとえ運命を変える答えを見つけたとしても、「この世界」に戻ってから実現するんだ。「この世界」で時空を越えるには、過去と未来に出入り口となる法陣を作り、千年一度の星辰の力で発動しなければならない。極めて危険な術だが、扱いが正しければ人を未来に送り、まだ起こっていない出来事を変え、運命の流れを変えることができる。または過去に送り、すでに起こった出来事を変え、新たな運命を生み出すことも可能だ。後者の方が簡単そうに聞こえるが、扱いが危険すぎる故、素人が為せることではない。どんなに頼まれたとしてもその方法を教えるつもりはない。教えるのは前者だ。この制御不能な未知と永遠の不安定な希望が、天命に逆らう代償となる。どんな世界に行こうと、常にお前と共にあるのだ。」【須佐之男】 「お前もその代償を払ったことがあるのか?この禁術を作った者は一体誰だ?」【伊邪那岐】 「長い旅路の先にあるのは「世界」と「虚無」の境目…いつかそこでお前と再会するだろう。その日まで、お互いの答えを見つけられるよう願おう。」月海の滝で、荒が目を閉じる。再度冷たい海に触れたが、何の反応もなかった。【晴明】 「つまりあなたは古の神伊邪那岐から時空の扉を開く禁術を教わったのか?」【荒】 「そうだ。それから、時空の扉の入口を作り、星辰の力を注入し時空の扉を開き、須佐之男を無数の可能性のある異界へ送り込んだ。私は法陣の外で世界の壊滅と救済、そしてあの人の犠牲を数え切れないほど見た。他の世界では、須佐之男が審判で逆転し蛇神を撃退したが、世界は湧き出る瘴気によって滅びた。次はヤマタノオロチを封印するために犠牲にしたが、数千年後封印が解かれ、再び現れた蛇神は戦神がいなくなった世界を壊した。その次はヤマタノオロチが天照を倒し神王になった世界。深い絶望の中でも、人を救おうとする意志を持ち、太陽を落とそうとした蛇神と相打ちになった。星海ですべてを見た私は、不安と悲しみを抱えながら、数々の壮絶な物語を最後まで見てきた。絶望的な状況に追い込まれ、私がほとんどの力を使い果たしたその時、救いの答えを見つけた彼が時空の彼方から戻ってきた。その答えは、どうしよもなく悲しかった。」【少年荒】 「須佐之男様、あなたの選んだ未来、確かに見た。あなたは未来の高天原審判でヤマタノオロチを封印した。その命と引き換えに。しかし千年後、再び蘇ったヤマタノオロチがまた世を滅そうとする。」【須佐之男】 「させないさ。俺は審判の前に千年後の未来へ行き、ヤマタノオロチを消す。そして高天原に戻り、審判を執り行い、死ぬ。千年後にも時空の扉を開けてくれる人が必要だ。今の俺をこの時代に帰すためにな。荒、俺の若き軍師、世間知らずの友人よ、天命に逆らって協力してくれるか?この崩れゆく世界で棘の千年を孤独に歩み、千年後の末世前夜に、時空の扉を開けてくれるか?」【少年荒】 「……どんな手を使っても、どんなに心を曲げたとしても私は生きる。生きて千年後あなたと再会する。必ず守る、この千年の約束を……」月海の中、すべてを知った晴明は時空法陣の真実に驚きを隠せなかった。【晴明】 「私たちが庭院で描いた法陣が、古の神伊邪那岐の法陣だったのか?」【荒】 「ああ。」【晴明】 「まさかこんなことが…今の須佐之男が時空を越えて、審判前から来た方だったとは。この時代に属さない彼の居場所はどこにある。本当に元の時代に戻るしかないのか?あの審判の結末はあまりにも悲壮だった。」【荒】 「彼の目的はこの時代のヤマタノオロチを消すこと。目的を果たし、人間界に平和を取り戻した暁には戻るさ。彼の結末は、君の知っている通りだ。」【晴明】 「あなた様は…荒様、あの審判の後……あなた様はどうなった?」月海の水面にさざ波が立ち、若い荒が現れた。荒の予言通り、ヤマタノオロチを封印した須佐之男が朝日の光の中に消えていった。神主の座を引き継いだ月読は事情を知る神を抹殺し、須佐之男に反逆の罪を着せるよう荒に命じた。【月読】 「高天原を束ねる者が必要で、世界の運命は決まっていた。私が人を定められた道へと導くのだ。」月読の冷たい手が荒の頬を撫で、危険な気配が彼の全身に行き渡った。【月読】 「荒、我が愛しい自慢の子よ。私の見た遠くて絶望的な未来は見えないけれど、ずっと私のそばにいて、月海に生まれたことを決して後悔しないと言ったよな。」荒は座り、幼い頃のように月読の膝に顔を埋めた。【少年荒】 「月読師匠、私は月海に生まれたことを後悔したり、あなた様のそばから離れたりしないよ。」【月読】 「ならなぜ、あの茶番みたいな審判以来、私と距離を置いたの?神々にあれを言わせたからか?」【少年荒】 「いいえ……月読様、あの審判以来、私の予言の力は弱まる一方で、あなた様の一番弟子じゃいられなくなった……私は自分の限界を悟った。だから人間界に行って修行したい。」【月読】 「それはならん。人間は貪欲で、悪神から悪行を学んだ。未来を予見できるあなたをむやみに利用するぞ。」月読の指はますます軽く、声はますます優しくなった。【月読】 「この話はこのくらいにしよう。二度あなたを人に見せないようにするために、時々あなたを閉じ込めしたいと思うことがある。」それを聞いた荒は立ち上がり、月読に背を向けて星海を召喚し、遠くの海を見つめる。彼はどんな表情をしているだろう。【少年荒】 「月読様、絶対後悔しないと約束するよ。いつか月海に…あなた様の元に戻るから。」そう言い終わると、彼は両手を広げ、波を起こし星を飲み込んだ。星は砕け散り、海は燃え、星海はやがて黒い海に変わった。荒がいままで築き上げてきた星海を、自らの手で粉砕した。【少年荒】 「……行かせてください。ただの神使として人々に祝福をもたらすために。」月読は長く沈黙した。冷たい指で彼の頭を撫で、荒は何もせずに待っていた。【月読】 「これを持っていけ。私の月光が常にあなたと共にあることを忘れるなよ。」月読は妥協したらしく、月鏡を彼に返した。それは暗い神賜の夜だった。天照大神と須佐之男を失った高天原で、荒は月鏡を抱いて徐々に月海へと沈んでいった。月読は彼に別れを告げた。【月読】 「高天原は大きな変革を迎える。高天原の神威を世に示し、運命には逆えないと戒めるのだ。」海と空の向こう側、煌めく星が水平線から昇り、荒が進みにつれて明るくなり、やがて生まれたての満月へと姿を変えていく。少年の体は翼の折れた鳥のように海に沈み、星や雲を通り抜け、波の音が静寂を破った。人間界の海は凍りつく寒さで彼を迎えた。月海とは違う波が立っていて、海水は塩辛く粘り気がある。そして少年荒が海辺の村に降臨した。頭上の夜空には、生まれたての満月。記憶がここで途切れ、滝が散開し、徐々に澄んでいく月海に吸い込まれたみんなが浮かび上がった。【晴明】 「そういうことだったのか……予言の神の一人だったあなたは須佐之男様との約束を守るため、月読に疑われないよう、すべてを捨てて人間界に行くことを選んだ。」【荒】 「ああ、人の世に生まれ変わった時、私は自慢の星海を失った。月読から離れたから、昔みたいに月海で予言することもできない。星の子とは所詮運命の星々が水に映す影。星がある限り、何度でも再建できるさ。そして私は自分を生んだ主星を見つけた。」【晴明】 「主星?」【荒】 「「真実の月」だ。月読の言う通り、月海では自分を生んだ星は一生見つかれない。なぜなら私は星の倒影ではなく、月の光。月読が月宮を乗っ取るよう月人を誘導し、かぐや姫を抑えたわけだ。「真実の月」を「偽りの月」に変えないと、私が星海の導きに辿ってしまうからな。」【晴明】 「それで予言が一度失敗したわけか……」【荒】 「千年前初めて人間界に向かい、海辺の村に降り立った時には、星海は消滅していた。私は真実の月の光を目に隠して人間界に来た。それ以来須佐之男の帰還に備えていたが、月読の邪魔が入った。まるで運命に導かれたように、人間界に来た私は追放された月宮の姫と出会った。かぐや姫は私たちの力を借りて月人を倒し、月の暗面を浄化し、偽りを消し去り、真実を取り戻した。星海の力も私の元に戻った。すべてが天命なのかもしれない。」【晴明】 「あなたが真実の月であれば、月の光を持つ月読は何者だ?あなたが彼の影だというのか?」【荒】 「月の光など太陽の残光にすぎない。海と空、どちらも真実だ。人々は明るく輝くほうを真実だと賞賛し、暗いほうを影だと決めつける。あれから私は時空の陣の発動に備えていた。しかしその発動条件はかなり厳しい。十分な星辰の力を集めるのになかなか骨が折れる。ヤマタノオロチが六道の扉を開き、「虚無」が大地に満ちたおかげで、その力を借りてようやく法陣を発動できた。そして終着点の時空の陣を駆動するために、君を訪ねた。」【晴明】 「須佐之男が現世に来れて、計画は成功だな。次はどうする?」【荒】 「付近に月読を感じる…そろそろか。気合を入れろ、晴明。私たちが今なすべきことは、彼を徹底的に倒すことだ。」 |
うそ
うそストーリー |
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……都上空 須佐之男が嵐の結界を支えている。嵐に巻き込まれた神兵の一部は雷に撃たれ月海に落ち、一部は戦意を喪失してこの異様な戦いに困惑した。一本の矢が放たれ、月読によって召喚された闇が潮のように引いていく。嵐の結界の中、荒れる滄海原と弦月の夜空が向かい合い、膠着状態になっている。【神軍】 「数千の神軍を前にしても動じない。これが武神の長の力なのか。今のは…確かに命中した。なのに月読様はなんともなかった。一体どういうことだ?この戦争、本当に私たちの出る幕はあるのか?」神と亡霊の軍勢が沈黙し対峙している。須佐之男は追撃せず、兵を後ろに控えさせ、雷槍を持って先陣に立った。【月読】 「なぜ攻めてこない?」【須佐之男】 「勝敗が決まったからだ。」【月読】 「勝敗だと?神軍はほぼ無傷、戦力は落ちていない。かつての部下相手に遠慮してるのか、相変わらず甘いな。都の結界を支えてる神格はあとどのくらい持つかな?」【須佐之男】 「戦力と戦意、戦にはいずれも必要不可欠だ。月読よ、この戦い、お前に大義名分はない。関係のない人を巻き込むのは正義とは言えない。軍の士気が落ちてる今、話にならん。お前の軍勢には正義もなければ戦意もない。退却すれば追撃はしない。戦うというのなら、応戦するまで。今ここに立っているのは、攻めたり守ったりするためじゃない。お前が降伏するのを待っているのさ。」須佐之男の力強い言葉に圧倒され、彼を恐れていた神兵たちの士気をさらに挫いた。ばらばらの陣形がさらに崩れていく。敗北寸前、月読は半笑いの声が響いた。【月読】 「大義名分がないだと?須佐之男よ、千年前の審判で天照様が大罪を言い渡した。罪人であるあなたが神軍の前に立つ資格などない。」その言葉を聞いた途端、神兵たちの須佐之男を見る目が、同情と疑惑から怒りと決意へ変わった。心の乱れを整え、立て直した。【須佐之男】 「人が俺を支え、俺がこの世に立つ。月読、善悪天命の檻に囚われ、世界を見て見ぬ振りするお前に降伏以外の選択肢はない。相手を見る勇気すらないのだからな。」【月読】 「降伏?笑わせるな。私は負けていない、負けるはずがない。」須佐之男は無言で先陣に立ち、凄まじい気迫を放ち、月読と見つめ合う。突然手を上げ、かつて神力を封じるための鎖が腕に現れ、背後の亡霊軍勢が神力の封印とともに突然消滅した。滄海原の波が岩礁と島々に打ち寄せ、須佐之男が一人で千軍万馬の前に立つ。まるで大波に動じない岩のように。【須佐之男】 「月読、お前たちの負けだ。千軍万馬も陣地も神格も武神の名もいらない。俺を支えるのは人の信仰と祈り、希望と未来だ。もう一度言う、降伏しろ。」その瞬間、恐ろしい静寂が戦場を飲み込んだ。たった一人で大軍と対峙する須佐之男から千軍万馬にも劣らぬ気迫が感じられ、見ただけで恐ろしくなる。すべての兵士が息を止め、戦馬が止まり、すべての武器がこの瞬間に崩れ落ちた。しばらくして、月読が冷たい声で命じた。【月読】 「彼を殺せ。」……月海幻境の中 月海に囚われていた都の平民たちが解放され、都に戻った。【荒】 「月読は須佐之男様の挑発に完全に気を取られたようだな。幻境を維持できず、おかげで人質が解放された。あの月読のことだ、笑っているようだが、実は怒っているのだろう。気を引き締めろ、晴明。彼の本体は近い。」二人は月光を追いかけ、無限に続くように見える月海で月の下まで来た。水面に揺れる巨大な影が二人を飲み込まれるかのようだったが、荒が夢の欠片を取り出して光に変え、水に沈めた。しばらくすると、水中の月が浮光によって満月に変わり、空の月よりも輝いた。海と空が逆転し、二人は水に落ち、全身びしょ濡れになり、自分が月海を進んでいたことに気づいた。月の女神は再び二人の前に現れ、空で荒を見下ろす。【月読女神】 「私の愛しい、最も信頼する弟子よ。楽しかったこと、嬉しかったこと、期待していたのになくなったことすべて。荒よ、なぜ眠るのを拒む。なぜこうまでして私の前に現れる。」【荒】 「私は歪んだ正義を正すため、濡れ衣を着せられた友人のため、太陽女神が落ちた高天原のために来た。あなた様の手から高天原を取り戻し、この世界を救う。数千年前から今日まで雌伏していたのは、今この瞬間のためだ。」それを聞くと、月の女神は悲しく微笑み、その瞳は切なさを帯びた。海に微風が吹き、彼女の月明かりが暗くなった。【月読女神】 「私は天命に従って生まれ、天命に従って行動し、この世界の天命は終わりを迎えようとしている。私が間違っていたら、私の誕生も間違いだったな。ならどうして天照が私を生み、私だけそばにおいた。分かっているさ。命の意味は運命に従うのではなく、抗うことをな。だから悪神として生まれた私が天命に逆らった。あの悲しい天命から解放してくれたから、天照には誰よりも感謝してるよ。しかし天照は嘘をついた。私の結末は悪神の宿命から逃れられぬ……あの夜、月海で高天原の結末を見た。バラバラになった高天原、あなたに葬られ偽りの月になった自分を。そうさ、私は月読なんかじゃない。数千年前の予言に示されたのは、本当の月読は覚醒しておらず、世界の天命によれば、本当の月読が覚醒するまであと数千年かかる。なら私は一体誰だ?」【荒】 「……」【月読女神】 「私が「偽りの月」なのさ。数千年間「真実の月」の代わりとなった影、神王天照最後の罪悪、初めてついた嘘だよ。私は世の「嘘」を象徴する悪神なのだ。嘘を司る私の神格は空っぽの器、世間万物になるのを待っていた。それに必要なのは一つのきっかけだった。数千年前、天地の始まり、蛇神が世の秩序を乱し、高天原と蛇神が激突する定めだった。天照には最強の予言の力を持つ月読が必要だが、月読の誕生を待つ余裕はなかった。そこで彼女が私に、私の背負う世の悪に許されざる願いをかけた。彼女の祈りによって、形のなかった神格は月読の神格になり、体が予言の力を宿した神器になった。私の月海が「真実の月」の器を生み出した。無数の星の子が月海に生まれ、やがて本当の月読が覚醒した。彼の運命が実現するまで、私が彼を導き、育てる。これが私の生きる意味、ただただ天照の嘆かわしい嘘と悲しい願望のため。夢の中では何でも作れるが、夢のすべてもまた夢を見る人自分自身にすぎない。彼女の願望と融合し、彼女の神力を得た私は月読であり、天照でもあるが、どちらも本物ではない。私を賛美せよ、慈悲を与えよ。私は神王が世界のために残した嘘であり、希望を載せた幻影なのだから。荒、こんな私を、あなたまで唾棄するのか?荒、私の足掻きは尊敬に値しないのか?荒、私と共に絶望的な未来へ歩んでいくと約束したよな…あれも「嘘」だったのか?」【荒】 「……あなた様の足掻き、間違いなく真実であり崇高であろう。悪神として生まれたあなた様が私を育ててくれた。あなた様の願いが今日の世界の礎となった。自分の運命を知ってどれほど失望したことや、天照様の欺瞞への怒りは私には想像もできない。それでも……あなた様を放っておくわけにはいかないし、己の怒りに任せて世界を毀させるわけにもいかないんだ。あなた様の無情が、かつての自分、天照様、須佐之男様が守っていた世を破滅の縁に追い込でいるんだ。」【月読女神】 「破滅か。荒よ、蛇神が太陽女神の法則を破った世界、運命に囚われぬ世界が……運命を変えようとするあなたが実現しようとする理想郷じゃないか?」【荒】 「月読師匠、若い頃の私ならその願いを叶えるためにあなた様につき従うだろう。絶望とは何か…千年後の私は熟知した。ヤマタノオロチと今のあなたが世界にもたらすものは、決して希望などではないと断言できる。命とは、結果がどうであれ、一生かけて運命と戦うものだ。あなたが破壊で運命を嘆くことを選択した瞬間から、すでに運命に負けていた。」【月読女神】 「ならば、私はもう一度不公平な運命に抗う。荒、天命の子よ、力を示せ。あなたが正しいということを示すが良い!」月は再び輝きを放ち、その光が全てを包み込み、二人の目を眩ませた。【荒】 「今の私はもう、偽りの輝きは屈しない。」星々が星海から飛び出し、流星のように空と月光を横切る。その太陽光にも匹敵する輝きが、さらにまばゆい星を照らし、月読の体を通り抜け、背後の月に直撃する…… ……都上空の嵐の結界 神軍に包囲されながらも、須佐之男が攻撃を器用に躱し、神力を封じられたとはいえ、相手にとって不足はない。月読を見上げた瞬間、流星が白き月を通り抜け、穏やかな水面に波紋が広がった。流星が都に向かい、その光はますます眩しくなった。そして空を横切った瞬間、月の幻境を打ち破った。割れた鏡のように夜空が引き裂かれ、晴明たちは割れ目から落ちた。【須佐之男】 「墓守り!」【墓守り】 「ふん、陰陽師ってのは忙しないな。」墓守りが背中でみんなを受け止めた。【晴明】 「荒はまだあの中に。」【墓守り】 「あれは師弟の問題だ、彼らに任せてやれ。」……月海幻境の中【月読女神】 「成長したわね。昔のあなただったら月海の中心をこうも容易く見つけられなかった。」【荒】 「月海から追放してくれたおかげさ。」【月読女神】 「荒、私の月海は幻境の源とは限らないぞ。あなたが幻境を突破できたとしても、あなたの友人たちはどうする?」【荒】 「やはりこの幻境は二重だったのか?」都では、陰陽師たちが目覚めた。須佐之男は嵐の結界で数千神軍を引き留め、地上に降下し陰陽師たちと合流した。【晴明】 「都全体が第二層の幻境となると、恐らくあの月読も本体じゃないな。どうやって出口を探すべきか…」【須佐之男】 「今のは荒が俺の軍師でいた頃に決めていた、離れ離れになった時の連絡手段だな。流星が陣の中心の方角を示した。」須佐之男は流星が横切った頭上の月を指差した。【須佐之男】 「陣の中心を破壊するには、お前らの協力がいる。俺が隙を見て、神軍の包囲を突破して道を作る。」【???】 「それなら簡単さ。」【晴明】 「あなたたちは…?」【鈴彦姫】 「道を作って月を燃くんだろう?あたしに任せな。縁結神が言っていた財神須佐之男か。初対面だが、友達の友達もまた友達ってわけだ。」【縁結神】 「そうそう、千年前大戦の頃はまだ生まれてないけど、新時代の神々の戦いに参加しないわけにはいかないね!」【御饌津】 「密林で鈴彦姫と縁結神と協力し、平民を救助するよう荒様に言われたけど……月読様の月海が現れたので、みんなを連れて幻境に突入することにした。」【須佐之男】 「……千年前と違って神の堅苦しさが見る影もないな。俺も後輩たちに負けてられないね。みんな、結界が消えた後、俺と一緒に突撃するぞ。あの陣の中心を叩き落とすんだ。それにしても、財神だってか?呼び名ってのは常に変わるものなのか? 」【八百比丘尼】 「神の方々、人間を忘れていませんか?」【神楽】 「人間はもう千年前のような神頼みしかできない弱い種族じゃないよ……私たちも手伝う。」【源博雅】 「どう考えても、月を落とすのには弓が一番だろ。」【晴明】 「今や誰よりも実感できたんじゃないかな。最後まで戦い抜く、それが命の本質だ。今回はしぶとく弱い私たちが、神の戦いに参戦させてもらうぞ。」【須佐之男】 「俺が間違ってたんだな。」須佐之男は高天の彼方を眺める。【須佐之男】 「時空を超え、人を救えるのは俺だけだと思ってた。しかし、どんな時代にも償いの道がある。どんな世界にも戦う英雄たちがいる。ならば、千年後の世界よ。俺を連れて、共にあなた方が抗おうとする運命を破り、望んでいる未来へ向かおう……都の英雄たち。」 |
天命
天命ストーリー |
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【月読】 「星の子たちよ、おいで、汝らの光を捧げる時が来た。」【星の子】 「はい、月読様、星々の輝きはいつでもあなた様と共にいます。」星の子たちは月読の傍に集い、呪文を唱え始め、弦月しか見えない夜空に少しずつ星々の光が点された。真っ黒な夜空に現れた星々は、次第に流星となり、平安京に向かって落ちてくる。刹那の間、数本の破魔矢は夜空を切り裂き流星を迎え撃った。夜空でぶつかった流星と破魔矢は爆発して塵の雲を作った。御饌津は絶え間なく矢を番え、流星を目掛けて正確に矢を放っている。【御饌津】 「月読様、これは私の記憶を奪ったお礼です。」鈴彦姫は城壁の上で舞い踊っている。平安京の防御線を点し、夜空の下で燃え盛る炎は、近づこうとする神の軍勢を震撼させた。【月読】 「高天原を裏切り、人間界で徒党を組むようであれば、我々も手加減する必要はない。皆の衆、城を攻め落とせ!神を裏切った町を焼き払え!」攻撃は雨の如く降り注ぐ中、晴明は結界を展開して城門を守り抜く。【晴明】 「縁結神、神楽!」【縁結神】 「今行く!」墓守りの背中に飛び上がった縁結神と白蔵主の首に抱きついた神楽は、巨獣に乗って町中を駆け回り、怪我を負った一般人を助ける。彼女たちは空から落ちてくる攻撃に巻き込まれないよう、一般人を安全な場所に送り届けた。監視塔の上で、八百比丘尼は孔雀の尾で作られた矢を源博雅に手渡した。【八百比丘尼】 「孔雀の尾は予言の力を持つ貴重品、月読の力とは相性が抜群です。月海を駆け巡るこの矢は、最後の最後になるまで、すぐには星の子たちに気づかれることはありません。しかしまさか占い師として長い年月を過ごしてきましたのに、予言の神に刃向かうことになる日が来るとは。」【源博雅】 「ふん、もし後悔してるなら、矢を放ったのは私じゃありませんと星々に謝ればいいじゃねえか!」源博雅は月に向けて弓をいっぱいに引き絞った。しかし月海の波濤は再び空から降り注ぎ、平安京に押し寄せてくる。波濤の上に立つのは、紛れもない月読だ。【月読】 「天照は蒼穹の上に立つ。私もまたしかり、術陣を壊すのは簡単なことではないぞ。」【須佐之男】 「確かに日月は雲の上に御座す。しかし、飛ぶことに関してはやはり嵐のほうが一枚上だ。」嵐は波乱を起こし、海水を吸い上げて巨竜となる。巨竜は空に立ち昇り、月読のほうへと襲っていく。【月読】 「天命の前では、万物は地に平伏すべき。」数本の湾刀は水竜を切り立った。迸るしぶきの中で、須佐之男は正面から雷の槍を打ち下ろす。【須佐之男】 「絶対に人の世の地を傷つけさせない。」【月読】 「まだまだだね。」雷の槍が月読の首まで迫ってきた瞬間、三本の湾刀は回転して須佐之男の後ろより襲ってきた。【源博雅】 「喰らえ!」孔雀の尾で作られる三本の矢はすかさず飛んできて、三本の湾刀を全て撃ち落とし、須佐之男の雷の槍はまっすぐに月読のほうへと突き出す。【月読】 「当たったところでどうってことはない……」しかし雷の槍は月読の幻影を貫き、まっすぐ彼の後ろにある月のほうへと飛んでいく……幻境の中、傷だらけの荒は膝をつき、目の前の月読女神を見上げる。荒の両肩を突き刺さった湾刀は空中で一回りして、再び月読女神の傍に戻ってきた。【月読女神】 「無意味なことを…月海は最初からこの世のものではない。故に現世を離れた私はここでは絶対優位を持つ。星海を展開できないあなたに勝ち目はない。」しかしその瞬間、一本の輝かしい光を纏う雷の槍はなんと月海を貫き、海の中より現れた。雷の槍は偽りの世界を打ち貫き、完璧だった幻境に未知なる変化をもたらした。【月読女神】 「小賢しい。」【荒】 「星海よ、偽りなる天命を呑み込め。」【月読女神】 「荒、あなたを生んだ海を汚す気か?」【荒】 「月海を汚したのは私の星海ではなく、おまえの欲望だ。」星々は雨の如く降り注ぐ中、月読女神は星々を避けるべく真っ黒な夜空を飛び回らざるを得ない。 しかし突然彼女の体の動きが止まった。振り返ると、彼女は自分の足首は鎖に繋がれたのに気づいた。その青い鎖は流星が紡いだものだ。【月読女神】 「なんだと?あなたまで私を縛るのか?」【荒】 「あなたが構築した世界は、既に崩壊の寸前まで来た。」荒が鎖を引くと、月読は月海の中に落ち、幻境は崩壊し始めた。空と海は再び逆転した。瀑布が消えたあと、二人は平安京の城門前に戻ってきた。【神軍】 「これは……どういうことだ?なぜ月読様が二人もいるのですか?おまけに一人が悪神の気配を放って…」【星の子】 「荒、月読様に一体何をした?見よ、空の月相を!」流星と戦火の消えた空は再び暗くなった。偽りの月が砕けたあと、空は真っ黒に染まった。この瞬間、全ての者は攻撃を止めた。そして真っ黒な夜空の中で、星々が次々と光りを放つ。まるで千百年に渡り囚われ続けていたように解き放たれて自由を手に入れた星々は、我が先に真っ黒な夜空に出現し、この世に光を注ぐ。最後に、万物の運命を示す完全なる星図は人々の頭上に現れた。遠くからやってきた風は潮の息吹をもたらし、空にて煌く星々は、波立つ海のように見える。【月読女神】 「これが、あなたの星海だと……?しかし月光のない星夜は、本当にあなたの望み通りに高天原を救えるのか?」【荒】 「月光は、私が持っている。」それを聞いた驚いた月読は、慌てて荒のほうを見上げた。そして揺るがない信念を持つ目の中で、彼女は立ち昇る月を見付けた。後ろに振り返ると、金色の満月は夜空にゆっくりと立ち昇り、暖かくて柔らかい光は、世界を優しく包み込んだ。荒は手を上げると、真の月の光は炎に如く夜空に入り込み、偽りの月の欠片を燃やし尽くして灰に変えさせた。【神啓荒】 「これから、真の光は偽りに覆い隠されることはない。浮世の運命も嘘から解放される。」かつての予言の神使いの体は、月のように暖かくて優しい光を放っている。荒の後ろに真の月の投影が浮かび上がり回転し続けている。暗い光は彼の体を包み込み、星図は彼の中心を巡っている。【神啓荒】 「私は天命の化身となる。運命に選ばれる者ではなく、自ら運命を選ぶ者なり。」星図は運命そのもののように、荒の周りにはゆっくりと重々しく巡っている。その光景を目した人は、巡り回る星月は一体誰を選んだかを悟ってしまう。【神啓荒】 「荒、これは月読様が名付けてくれた名前です。月海より生まれ、冷たい運命の海より月読様の傍にやってきたあの日から…名付けてもらった瞬間から…私は自分の運命を手に入れました。月読様の言う通り、運命の結末は悲しみや絶望に溢れています。ここで誓おう…新たなる高天原は決して悲劇を繰り返さない。私は人々に伝える…本当の運命は命の意味であることを、偽りなく逃げられないように。私は荒、天命を敬うが従わない予言の神なり、あなたの天命なり。」月読は黙り込んで全てを見つめる。真の月の光を浴びる中で月読の罪はもうこれ以上隠れない。荒は彼女に向かって手を差し伸べた。そして彼女の神格、弦月の欠片は彼女の胸からゆっくりと宙に浮かび上がる。【月読女神】 「あなたはそれをようやく見付けた。望み通りに自分の運命を掴んだ。」【神啓荒】 「それは元々私の一部だったが、私が探し求める答えではない。私はあなたの運命を掴んだが、まだまだ自分の運命を掴んでいない。」【月読女神】 「探し続けるのか?」【神啓荒】 「はい、しかしもう答えを見付けられないことを嘆いたり、辛くなったりはしない。私は分かっている。人々は結末を知っててなお探し求め続ける旅路を愛している。そして私は、祀られても追い払われても、そんな彼らのことが憎めない。私の旅路は、まだ運命の流れの中で同じように無謀に突き進んでいるから、私は時に私欲まみれで時に親切な彼らと、やがて同じ場所に辿り着く。」一方、三日月の神格は明星のように、絢爛たる星空に立ち昇る。神格は荒の傍に飛んできた。荒は手を上げ、神格と月鏡を融合させた。【月読】 「……」彼の意図に気づいたあと、もう一人の月読は瞬く間に荒の後ろに出現した。彼が無防備になった瞬間を狙い、背後から荒の首筋を目掛けて湾刀を投げた……【須佐之男】 「荒、後ろだ!」【神楽】 「早く止めて!」【白蔵主】 「もう間に合いません……」切羽詰まった荒は避けることもできず、思わず手で胸を守ろうとした。しかしその時、月鏡は自ら飛び出し、彼の代わりに命取りの一撃を受け止めた。そして砕けて欠片になってしまった。急な出来事を見届けた皆は呆気を取られた。その中で一番驚いたのは、荒と月読だった。【月読】 「知っていた、いつかこうなると……」それを口にしたあと、彼は突然すっきりしたように、力が抜けて倒れ込んだ。その体は最後の月海の水と変えた。天照が捏造した偽神の神格が崩れ、海水は次第に本来の姿に戻っていく。漆黒の虚無は嘘の神の体を再構築し、月読と呼ばれる魂は少しずつ最後の運命を辿る。【神啓荒】 「本来の姿に戻られるのですか?最も尊い予言の神であるあなた様の正体が、実は嘘だなんて。」【月読】 「実現しなかった予言は全て嘘だと思われ、あの夜に漁民達に海に突き落とされたあなたなら、とっくにご存じでしょう。」【神啓荒】 「やはり見ていましたか……」【月読】 「ああ、それこそは嘘の力だ。私の一生は嘘から始まり、そして嘘で終わる。時には私の嘘、時には他人の嘘、嘘は罪なり。しかし稀に「願い」と呼ばれる時もある。」【神啓荒】 「だからこそ、偽りの月の月宮に祈念の力が集っているのでしょう……」【月読】 「祈念の力がなければ、私は堕神に堕ちずに千年生き長らえることは叶わない。最初から最後まで、私はずっと運命の操り人形だった。」【神啓荒】 「それでも、私を育てることをお選びになりました。自ら自分の運命を選んだあなた様は決して運命の操り人形ではありません。悪神であろうと、天津神であろうと、それを否定できません。」【月読】 「そうかもしれない……もしかしたら私は許せないだけかもしれない。数千年前の高天原で、月影も星々もない夜空の下、冷たい海の中で一人で生まれてきた自分を…」偽りの月は宵の明星となって、明け方と黄昏が入り混じる海の境界線に現れ、空に浮かぶ月とお互いに照り映えている。数千年の時を経て、宵の明星、星々、月海、そして月人たちの全ての欠片は運命という巨大な絵巻に溶け込み、新生の予言の神月読の主星となった。荒の背後で、金色の須佐之男は背中に光を受けて地面に降り立った。稲妻は彼の手の中に集い、天羽々斬は光の中より顕現した。しかし今回は処刑の剣が処刑を執り行わなかった。剣は聖なる金色の光を放ち、神格を取り出された「嘘」の罪を剣の中に封印した。封印が始まるにつれて、月読女神の体も浄化されるように、罪は彼女の体から分離され、光の中で風に溶け込み、やがて天羽々斬の中に吸い込まれた。光が少しずつ収まったあと、女神も光と共に消えた。そのあと、天羽々斬の柄に月読の模様が浮かび上がった。そしてもう一人の月読もようやく眠りにつき、彼の体は漆黒の月海に溶け込んだ。満月の隣で輝く宵の明星は全ての終わりを告げ、荒は集めた月鏡の欠片を掲げる。【神啓荒】 「嘘の神よ、あなたは一度たりとも私に嘘をつかず、あなたの印は私を守ってくれた。これから、あなたの輝きは私と共にあらん。」【小白】 「全て終わりましたか…二人の月読はどこに行かれましたか?」【須佐之男】 「天羽々斬が作られた時、悪神の神格を断ち切る力だけでなく、悪神を浄化、封印する力も与えられた。俺は彼の罪を一旦剣の中に封印した。」漆黒の海水は最後にもう一度世界を呑み込み、幻境を徹底的に壊して「虚無」の中に送り込んだ。本当の夜空を見上げ、災難を乗り越えた都に目を向ける皆は少々祝うべきか、それとも感慨を漏らすべきか分からなくなった。【小白】 「よかったです、危機はようやく消え去りました。これでお家に帰れますね!」【須佐之男】 「早まるな、危機はまだ去っていない。」幻境が消え去り、須佐之男の結界によって守られる平安京はどこも壊されていない。しかし平安京の外の世界は幻境で見たように火の海と変えた。【妖魔】 「燃やせ、全てを焼き払え!世の中を燃やし尽くして灰燼に帰せ!ついに太陽が落ちた!この炎は新たな世界の始りだぜ!」【源博雅】 「月海幻境の中で見た世の終わりと同じじゃねえか?まさか俺達はまだ幻境の中にいるのか?」【須佐之男】 「緊急事態だ、晴明、荒。二人は俺と共に六道の扉に行くんだ。」【源博雅】 「一体なんだよ、なんでお前まで慌ててるんだ?」【晴明】 「博雅、神楽は縁結神達と合流せよ。源氏の本家に行って人手を借り、まだ目を覚ましていない一般人達を落ち着かせるんだ。」【神楽】 「でも晴明は…」【須佐之男】 「心配無用、すぐ戻ってくるさ。お兄ちゃんは傷を負っただろう…問題を起こさないようにお兄ちゃんの面倒を見てて。」【神楽】 「うん……」三人はすぐ六道の扉の近くに駆け付けた。「虚無」が流れる隙間の隣で、歪んだ時空を観察しながら、須佐之男は自分の推測を口にした。【須佐之男】 「恐らく時空を越えて世界の運命を変えようとするのは、俺一人だけじゃない。時空の扉の中、無数の異世界の隙間の中で、虚無の潮と共に千年以上の時間を過ごしてきた俺は、元の世界に帰れる道を見付け出すために虚無の潮を観測する方法をまとめた。虚無の潮は無秩序で漆黒のように見えるが、実は常に同じ方向へと流れてゆく。しかしここの虚無は違うんだ。乱流のような方向性はない。これは誰かが時空の運命を掻き乱した証だ。」【晴明】 「しかし時空の禁術の使い方を知る人は限られている。荒を除けば、一体誰が時空の扉を開けるのか…」【神啓荒】 「私は最初から月読様が現れる時間は偶然が過ぎると思っている。勝ちたい意欲がない上、休戦に同意した。どう考えてもおかしい。」【須佐之男】 「彼は時間稼ぎのために、俺達を邪魔しに来ただけと言いたいか。俺達にやつらの企みが分からないように?」【神啓荒】 「あなたが……亡くなったあと、裏切った月読様のことを一人で調べてた。その時にようやく気づいた…彼はとっくにヤマタノオロチと出会い、裏で協力関係を築いた。恐らく、月読様はとっくに審判場の激戦を予言できた。高天原が七悪神を鎮圧する戦いの中で、少し戦ってみただけですぐ投降したヤマタノオロチの行動も、月読様と何らかの関係があるはずだ。彼は千年前の全てを見通したでしょう。だから異常なほど順調に天照様とヤマタノオロチを排除した上、お前を陥れ、神々の王まで上り詰めた。一方、審判の直前になってようやく全てを予言できた私には全く打つ手がない。だから禁術を頼ってお前の運命を変えることしかできない。しかし私にはどうしても理解できないことがある。それは誇り高きあの二人がなぜ協力関係を築いたのか。千年前に共謀してたのはまだ理解できるが、しかし千年も封印されたヤマタノオロチと千年に渡り神々の王として君臨し続けてきた彼なら、すでに協力する理由はないはずだ。」【須佐之男】 「答えは一つだろう。月読は同じく時空の扉を開く資格を持っている。」【晴明】 「もし月読が時空の扉を開くとすると、なぜそのような……まさか……」【須佐之男】 「おそらく月読がヤマタノオロチを時空の扉に入れたのだろう。」【晴明】 「では、今の私達の目の前に広がる終焉の景色は…時空を越えたヤマタノオロチが変えたのは未来ではなく、まさか…」【須佐之男】 「千年前にそのまま過去を変えた。」【晴明】 「もし伊邪那岐様の言う通り、未来に向かうのだって危険だとしたら、過去に溯り、過去を変えることで未来を変えるのは本当に可能でしょうか?」【神啓荒】 「天羽々斬は既に月読の罪を吸収して封印した。星海の中でそれを再現させよう。もしかしたら、月読様の記憶の中で真相を見付けられるかもしれない。」天羽々斬を媒介として、荒は月読の記憶の欠片を召喚し、星海の中で幻境を展開した。 ……かつての月海幻境の中【月読】 「さすがは私の自慢の弟子と言うべきか…まさか時空を越える禁術を利用して世界の運命を変えるのを考え出したか。しかし旧き世界の結末は既に決まっている。そして新しい世界の希望を他人に譲るような私ではない。」【???】 「ほお?あの審判の裏には、まさかそんな面白いことがあるのか?」【月読】 「ヤマタノオロチ、やはり封印の力は弱まった。陰陽師の栄光も旧き世界の衰退と共に滅びるであろう。」【神堕オロチ】 「私の本体は狭間の中に封印されている。しかし月海は幻に溢れる世界だから、こうして蛇魔を遣わして会話することだって難しくはない。本来は昔の同盟者に終焉審判を楽しむ準備をしておきなさいと伝えるつもりだったが、まさかこんなに面白い話が耳に入るとは。」【月読】 「七悪神の長よ、今はあの時の私はあなたを利用していなかったと信じてくれるか。私が予言した未来は必ず訪れる。あなたの勝利も既に決まっている。ただし、須佐之男は時間の順序を、そしてあなたの計画を掻き乱した。」【神堕オロチ】 「世界の終焉に予言などいらない。咲き誇る桜は真夏まで咲き続けてきた。花は自然と枯れゆき、果実も自然と実る。春は消え冬は訪れ、木の下にいる私はいつか手を差し伸べて枯れ枝を愛でる…私が愛さなければ、一体誰が命の枯骨を愛せるかな。しかし私は違う…虚無の中から生まれてきた私は万物の終焉にて世の中の全てを守る。それらが全て私の傍に戻るまでは。月読よ、私を拒み兄妹たちを拒んだお前も、いつかその一員となる。」【月読】 「清々しいね。けれど全ての可能性を探し求めるあなたは一度たりとも後悔しなかったか?一度たりとも過去を変えたいと思わなかったか?」それを聞いたヤマタノオロチはしばらく黙り込んだ。【神堕オロチ】 「面白い、言ってみろ。」月読はヤマタノオロチの代わりに時空の扉の入口へと通じる法陣を構築し、ヤマタノオロチに天羽々斬の封印の在処を教えた。【月読】 「審判の日、私は力を温存する。そして天羽々斬が時空を切り裂く瞬間に、予言の力と六道から溢れ出る虚無の潮を使って法陣を起動させ、あなたが千年前の審判に戻れるように異世界への道を見付け出す。あなたが離れたあと、私は自ら時空を越えてやってきた須佐之男達の相手をする。あらゆる手段を尽くして千年後にやってきた彼は、あなたはとっくにこの時代にいなかったことに気づいた瞬間、きっと最高の表情を見せてくれるだろう。心配無用。あなたが歴史を変える時間を確保できるよう、私は彼らを月海の中に閉じ込めてやる。彼らを始末してから、あなたがこの世界に戻って神々の王になるよう、今度は私が時空の扉の出口を開く。」【神堕オロチ】 「強がりはよくないぞ。一人であの頑固な処刑の神の相手をすると大口を叩くとは…まさか自慢の弟子が私にいじめられるのが嫌だったりして?」【月読】 「長い間狭間に封印されて、冗談を言うようになったね。私はあくまでもまだ時空の扉の出口の法陣を知らないだけだ。弟子はどこぞの誰かから邪法を学んだようだから、師匠としてその邪法とやらを管理下に置くのは当然でしょう?」【神堕オロチ】 「さすがは嘘の神…神々の王として君臨するより、屁理屈を捏ねるほうがよっぽどしっくりくる。」【月読】 「…私は二つ目の法陣を起動しない。あなたを永遠に歴史の中に閉じ込めるのは怖くないか?」【神堕オロチ】 「月読よ、全ての可能性を待ち望む私は、一つの世界に惚れ込むはずがなかろう?世界を滅ぼす無数の方法を考えると、もうじっとしていられない。例えお前が時空の扉を二度と開いてくれなくても、私はそれらを全て実践した遥かなる未来にて、私たちはいつか必ず再会する。」記憶の欠片はそこで途絶えた。【神啓荒】 「伊邪那岐様から法陣を学んだ私達と違い、あの時の月読はまだ完全なる法陣を知らなかった。神々が禁術をみだりに使うのを恐れる伊邪那岐様は制限を加えた。法陣を習得できるのはそれを目にした者だけだ。千年前、恐らく彼は私が法陣を起動した痕跡を通じて、時空の扉の入口の法陣を習得した。しかし時空の扉の出口については、千年後の私がそれを描き出すまで、彼は永遠に習得できない。」【晴明】 「前回の終焉審判の際、月読がヤマタノオロチのために開いた時空の扉は、あの時の六道の扉の内部に隠されているのか?六道の中にいる悪神を探すと嘯いたのは、私達を油断させるためのヤマタノオロチの口実だったか。そして私はみすみす彼がその中に入るのを許してしまった…」【須佐之男】 「今は嘆き喚く時じゃない。ヤマタノオロチは世界の行方を改ざんしているが、まだ挽回の余地はある。」【晴明】 「この地獄のような光景を目にして、一体どうすればこの悲惨極まりない景色を変えられるか全く思いつかないが。」【須佐之男】 「簡単だろう。月読は時空の陣を手に入れ出口を開いた傍から俺達に討たれた。ヤマタノオロチはまだ時空の隙間の中から帰っていない。手遅れになる前に過去に向かったヤマタノオロチを阻止できれば、目の前に広がる地獄のような光景は自然と幻となって消え去る。」三人はすぐに平安京に戻った。須佐之男は一人で城壁に登り、城門の前に集まっている迷いや驚きを隠し切れない神の軍勢と星の子たちを見下ろす。【須佐之男】 「高天原の神々の兵士たちよ、月海の神使いたちよ、月読の言う通り、俺は天照大神に直に裁判を下された罪深き神。先ほど君たちの目の前で神々の王の務めを代行する月読を倒した俺は、君たちに裏切り者と罵られても、何も言い返せない。しかしご覧の通り、この世界は絶滅の危機を瀕している。この結界の外に一歩でも踏み出せば目の前に地獄が広がる。生きるか死ぬかの瀬戸際だが、君達は指導者を失った。そして俺もこれ以上戦いたくない。だから俺は城門を開くと決めた。俺に従い、この世を救わんと願うならば、中に入れ!」言った傍から平安京の城門は開かれ、墓守りは偉そうに中から出てきて、城門の前で止まった。彼の背中を降りた御饌津は、疲労困憊の人々に向かって両手を広げた。【御饌津】 「城内で皆が休める場所を用意しております。もしよければ、何とか生き残った城の人々を助けて上げてほしいです。」生き残った神の兵士たちと神使いたちが次々と城の中に入り、城内の民たちを助け始めた。そんな彼らを見て、須佐之男は何かを思いついたようだ。【須佐之男】 「被災者の救助が終わったら、彼らを全員下げるんだ。俺が出発した後、城門を出て城を守るように命じなさい。」【神啓荒】 「また一人で時空の扉に入るつもりか?」【須佐之男】 「荒、今の俺はもう一人じゃない、一人で危険を冒すつもりはない。そして同行者については、既に考えがあった。」晴明の庭院にある桜の木の下。閉ざされていない時空の扉は怪しい光を放っている。荒と共にここに来た一行は法陣の隣で須佐之男の提案を考えている。【須佐之男】 「幸い虚無は星辰万物の力を強化してくれた。おかげで法陣は開いたままでいる。」【神啓荒】 「時空の中で方向を示してあげるから、善は急げ。 」嘘の罪を封印した天羽々斬を抜き出した須佐之男は、晴明の前に来て剣を横に置いた。【須佐之男】 「晴明、これを受け取れ。」【晴明】 「天羽々斬は強い神格を持つ神のみが使える神器…私は使えないんじゃないか?」【須佐之男】 「試してみないと分からないだろう。」少し躊躇った末、晴明はようやく手を差し伸べた。剣の柄を握ると彼は容易く神器を持ち上げた。真っ白な羽のような天羽々斬は、羽ように軽い。【晴明】 「これは?」【須佐之男】 「数千年前、天羽々斬を作る時、天照様は既に災害の兆しを薄々感じていた。だから天照様は世で最も矛盾する二つのものを神器の素材にした。その一つは俺の骨で、もう一つは蛇神の血。剣は白き鏡のようで、世の不正を映し出すことができる。刃は鋼の如く、使用者が抱く大義は決して揺るがないことを示し、故に人々に称えられている。しかし剣は無数の命を屠った。その罪は蛇の毒血のように、人々から蔑ろにされている。剣を持つ者は同時に二つの覚悟を備えるべきだ。人々に称えられると同時に蔑ろにされている生涯を送る上、決して揺るがない心を持つ。それこそが剣が探している守護者の心。天羽々斬を駆使できるのは神格だけでなく、君の心のほうが最も重要なのだ。どうやらすでに神器に認められたようだ。俺の剣を受け取れ、晴明。これは高天原の神々が人に贈る最初の神器となる。」晴明の霊力に触れた神器は微かに震え始めた。柄にある月の模様は柔らかい光を放ち、その中に封印されている月の女神の幻影が二人の前に現れた。【月読女神】 「悲しき、弱き人間よ、こうも早く私を呼び起こしたか?さらなる嘘を、嘘に秘められる神力を求めているか?」【晴明】 「この絶望的な未来を前にして、私は紛れもなくあなたの力を求めている。ただしそれは嘘ではなく、祈念だ。私達は弱者だけれども、それでも実現せねばならない願いを持っている。」【月読女神】 「身の程知らずの人間よ、あなたの運命を最後まで見届けさせてもらおう。」【晴明】 「…月読の様子からすると、荒様のことが分からないようですけど。」【神啓荒】 「月読は罪を封印され、天羽々斬の中で眠っている。浄化されるまでは解放されない。現在のは天羽々斬が彼女の幻影を映し出しただけ、戦ってくれるのは彼女本人ではない。」【須佐之男】 「そういえば…荒、君は昔の神使いの荒じゃなくなった。子供扱いするのは悪いかも…今後は呼び方を変えるべきかな?」【神啓荒】 「私から見れば、月読はただの称号にすぎない。荒であることに変わりはない。昔嘘の神が名付けてくれた名前だが、今は何よりも私の真実を示している。新しい法陣の準備は整った。やはり早く出発すべきだ。忘れるな、法陣の内部と外部の時間の流れは違う。中で千百年を過ごしても、ここは一日しか経っていないことだってある。」【須佐之男】 「では荒よ、さようなら。」【神啓荒】 「我が友須佐之男よ、千年前で再会を果たそう。」 |
奔流
奔流ストーリー |
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星辰の力を注入すると法陣が動き出し、荒の星海が三人のいる空間を覆い尽くした。星海の中から世界の最期の光景が次々と浮かび上がった。天地崩壊、火災と洪水、疫病と災難。人々がその中に巻き込まれ、悲鳴とともに消滅した。【神啓荒】 「時が迫っている…急がねば。我々のいる世界が滅びるのも時間の問題だ。他の時空に行って運命を変えるといっても、たどり着くのは元の世界の「過去」や「未来」ではない。時空の扉をくぐる瞬間、運命の海の流れから枝分かれした無数の並行世界なのだ。須佐之男様はあの審判が始まる前、審判後の世界に幾度となく行ったが、他の世界の結末を変えることで最善の方法を探ることしかできなかった。手にした方法を元の世界で実行して初めて、元の世界が救われることになる。今のヤマタノオロチも同じ難題に直面している。時空の扉が開く瞬間から、既に起きたあらゆる事象は法陣が発動するための土台となり、大樹の揺るがない根幹となる。扉をくぐる旅人が向かうのは、頑丈な大樹の枝に過ぎない。これは未来への旅が叶っても、過去を遡ることが困難な由縁でもある。少しでも間違いがあれば、幹が揺るがされ、全ての世界が一斉に崩壊する危機に瀕してしまう。彼が行った世界は、我々を含む千年後の平和な世界の根幹だ。もし彼にその根幹を断ち切られたら、我々はおろか彼自身まで無に帰する可能性もある。これは本来至難の業。過去に戻ろうとする人が法陣に踏み入れると、瞬時に塵となってもおかしくないのだ。だが、千年前の私により時空の扉が一度開かれたため、時代の基盤が緩くなった。そして彼がその隙に付け込んだ。しかし今の世界がまだ滅んでいないことからすると、千年前の世界を変えるのも、そう容易なことではないようだ。須佐之男様が無数の世界に赴き、蛇神の手から世界の根幹を守ったからこそ、彼が成功を収められないでいる。」【晴明】 「つまり、須佐之男様の働きによって、「過去」においてヤマタノオロチの審判を阻止した無数の世界ができた。そして「過去」に向かったヤマタノオロチがこれらの世界に囚われてしまい、これらを一つずつ破れようとしているのですか?」【神啓荒】 「その通り。しかも、時を超える者にはほとんど時間の制約がない。ヤマタノオロチは早晩世界の根幹を揺るがし、取り返しのつかない結末を引き起こすだろう。そしてお前たちがやるべきことは、過去に戻ったヤマタノオロチが存在する世界を見つけ出し、法陣により不安定になった時代の根を断つ奴の企みを食い止めることだ。」【晴明】 「ならば、ヤマタノオロチが須佐之男が創った数々の世界を破り、元の世界の「過去」にたどり着く前に、奴を見つけ出し阻止せねばなりません。」【須佐之男】 「行く末ただならぬ危険が待っているだろう。今まで無数の世界を訪れてきたが、このような事態は初めてだ。ヤマタノオロチは今まで敗北しようが、王位に就こうが、世界を滅ぼそうが、千年間封印されようが、時空を超えることなど一度もなかった。晴明よ、それでも俺と共に行くのか?」【晴明】 「千年前の世界は荒様の時代だった。しかし今の世界は、私の家でもある。己の家を守るのに他人を孤軍奮闘させるなんて、私には到底できることではありません。」【須佐之男】 「この世界に来た以上、ここは俺の家でもある。ましてや人の世を守ることは、神として当然の務めだ。人間は昔のように神に頼らなくなったとはいえ、神に抗える力を手に入れたわけではない。」【晴明】 「須佐之男様、あなたは私のことを守護者と呼び、天羽々斬を渡してくれました。しかし、この世界を守る者は私以外にも大勢います。」【須佐之男】 「ほう?」【晴明】 「過去数年の間、人間界の真珠と讃えられる都は幾度となく壊滅の危機に瀕してきました。陰陽が逆転し、結界が壊され、妖魔が人の世を横行した。大勢の陰陽師が石像になることと引き換えに、結界を修復しました。邪神が現れたこともありました。生贄にされた巫女の怨念から生まれた巫女オロチが都を襲いました。荒様の導きと冥界の方々のご助力のおかげで、草薙剣を見つけ、巫女オロチを退治し災いを鎮めました。海国の反乱の時、鬼船に乗る海妖たちが都を水没させ、霊力を奪って故郷を救おうとしました。我が国を守るべく、種族の異なる妖怪や鬼たちが奮って参戦し、雲外鏡の力添えも得た上で、人間とともに都を守り抜きました。その後の鬼王の宴では、鬼王たちが配下を率いて都と盟約締結のために集まり、また雲外鏡を浄化すべく各地を奔走しました。そして終焉審判に迫られた時、人間と妖怪ばかりか、遠い邦に暮らす天人まで都の守護者となってくれました。そのおかげで、都は今日まで存続することができ、住民たちが平和な暮らしを送り、常に街の繁盛を保ちました。おっしゃる通り、確かに人間は昔ほど神に頼らなくなりましたが、神に匹敵するほど強くなったわけではありません。しかし、この世で生き続ける上で人間が抗う相手は神ではなく、むしろ人間自身なのです。私は都と言う名の家を守り、己の定めに抗ってみたい。よって、あなたのお力が必要です。」【須佐之男】 「俺を助けるのではなく、俺に助けてほしいというのか。お前の言う通りかもしれない。神々の時代は既に終わっている。この時代の人からすれば、俺の武勇伝は過去のものであり、今時語るものではないだろう。そろそろ世界を新たな英雄に渡す時だ。」【晴明】 「お力添えに感謝します。」【神啓荒】 「晴明、これだけは忘れるな。お前はあくまで人間の身であり、本来ならば、異なる時空に現れてはいけない存在だ。昔の世界にお前は実在しないが、須佐之男、私、そしてヤマタノオロチは実在している。特に今回は時空の流れを左右するほどの節目を選択する以上、我々の過去を変えることのないよう気をつけねばならない。」【晴明】 「承知しました。」晴明は須佐之男とともに時空の扉に入った。泥沼のような漆黒の空間を暫く進んだ後、開けた場所が忽然目の前に広がった。それは星々が瞬く宇宙だった。二人は文字通り宙に浮かび、星々の動きを眺めた。数多の星辰が光の河になり、急な流れが二人の足元で静々と遠方へ流れていった。時に細い支流が光の河から溢れ出ては、ひとりでに宇宙の更に遠い彼方へと進んだ。僅かだが明るい光の流れが交錯しながら、無限の光の海を創った。【晴明】 「ここはどこですか?この海はどこへ流れるのでしょう?」【須佐之男】 「ここは幾多の世界の狭間だ。そしてこの「海」は運命の奔流と呼ばれる。相違する数々の世界の間で唯一不変のもの……時間の象徴として存在する。その中を流れる星々それぞれが活気溢れる世界なのだ。海は「過去」という場所から来て、「未来」を目指し流れている。何もない時空の狭間の中で、世界が輝く星であり、そしてありとあらゆる運命が顧みることなく未来へと赴く。」晴明は遠く眺めた。彼は「未来」を見た後、「過去」に目を向けた。【晴明】 「流れが枝分かれし、絡み合っているが、全ての流れが同じ場所から生まれている。そして全ての運命も流れとともに同じ場所へ向かっている。全ての世界が同じ場所から旅立ち、果てしない海の中でいくら翻弄されようが、如何なる運命を選ぼうが、最終的には同じ結末にたどり着く。栄華は束の間に終わり、衰亡こそ未来永劫変わらぬもの。歩んできた道こそ違えど、世界は同じ帰結を迎える。不変の衰亡に導く道で合流する……我々の世界の破滅は、海流の気まぐれな転向か、避けれられない終焉か…」【須佐之男】 「晴明、俺たちは今あらゆる世界の外側、運命の奔流の中にいる。ここでなら流れに乗じて下り、世界の結末を覗くことも、流れを遡り、世界の運命を変えることも可能だ。この世界はいずれ滅びるとしても、今ここでヤマタノオロチの手によって滅びることはない。須佐之男は懐から嵐の勾玉を取り出し、神力を注いだ。すると、勾玉の姿が一変して嵐の結界となり、二人を優しく包み込んだ。」【晴明】 「これは?」【須佐之男】 「時空を旅するうちに、我を忘れ、ここに来た目的を忘れてしまう。もし法陣の中で死んだら、虚無に堕ち、時空の狭間を永遠に彷徨うことになる。前回来た時、俺は方角が分からなくなり、元の場所に戻れなくなるところだった。この勾玉は、大切な者から貰った形見なのだ。運命の奔流を逆走することは禁術中の禁術。少しでも油断したら一気に迷い込んでしまうから絶対にしてはならないと、昔その人から重ねて念を押されたものだ。……今度会った時、怒られないことを祈ろう。」【晴明】 「その方とは、もしかして……」【須佐之男】 「しっかり踏ん張るんだぞ。」須佐之男は雷の槍を召喚し海に投げ、運命の奔流に逆らって前進し始めた。雷の槍は鋭い刃と化し、眩しくて不遜な光を真ん中から切り裂いた。奔流が結界を掠れ、激突した。神である須佐之男ですら前進に苦労した。後ろにつく晴明は一歩一歩の前進に渾身の力を要した。【晴明】 「お待ちください、この海水…今までのものと違うのでは?」光の中から突如現れたのは暗紫色の海水だった。そして須佐之男の近くまで来た瞬間に蛇の姿となり跳ね上がった。しかし晴明の先導に集中している須佐之男は異変に全く気づかなかった。【晴明】 「まさかヤマタノオロチが仕掛けた罠か?須佐之男様、お下がりください!」咄嗟の間、晴明は身を以て水流に紛れる蛇魔を止めたが、そのまま波に巻き込まれてしまった。【須佐之男】 「晴明、私の手を掴め!」押し寄せた大きな波により、二人は完全にはぐれてしまった。気絶した晴明が目覚めた時には、既にどこか懐かしい場所にいた。【晴明】 「ここは……高天原審判場?」ちょうどその時、審判場に鐘の音が響き渡った。まるで神々に集うよう言っているようだ。【晴明】 「もしかして運命の奔流を遡る方法が功を奏し、千年前のあの審判の最中に来たのか?」晴明は鐘の音を頼りに審判場の外まで来ると、そこには須佐之男がいた。【晴明】 「須佐之男様、どうやら無事過去に戻れたようですね。」【須佐之男】 「お前、何者だ。人間でありながら、何故高天原にいる…そして何故俺の名を知っている?」【晴明】 「……時空を遡って過去に戻った後遺症なのか。」【須佐之男】 「時空を?過去に戻る?いや、確かに俺は荒くんに助けてもらって時空の扉に入ったが、過去ではなく、未来に行ったはず……そうだ、ここは高天原の審判場だ。そして俺は……世界が滅びるさだめを変えるべく、時空の扉をくぐり未来に来たのだ。俺がやるべきことは……ヤマタノオロチが審判場で陰謀を実行するのを阻止することだ。」【晴明】 「まさか、目の前のこの方は私とともに過去に戻った須佐之男様ではなく、数千年前、まだ少年だった荒様の助力のもとで未来に向かった須佐之男様なのか。改めて見れば、確かに私の知っているあの方ほど冷静沈着ではないようだ。その言動に青年の未熟さすら感じさせる。」【須佐之男】 「まだここにいたのか。早く離れるんだ。ここはまもなく、血なまぐさい嵐が吹き荒れる。ひょっとして道に迷って、帰り道が分からなくなったのか?」須佐之男は片方の雷電の耳飾りを外し、晴明から扇子を取り、それを扇子に掛けた。【須佐之男】 「これを持って行くがよい。雷光がお前の姿を見えなくするゆえ、他の神や衛兵から査問されなくて済む。そして心の中で願いを思い描くのだ。そうすれば、行きたい場所に行き、会いたい人に会えるだろう。」言い終わるや否や、須佐之男は踵を返し去り、晴明だけがその場に残った。【晴明】 「軽率に過去を変えると、裏目に出る恐れがあると荒様が言っていた。この須佐之男様は間違いなく過去の住人だ。そっとした方が良いでしょう。この耳飾りが、こっそりあなたのそばに案内してくれると祈ろう。」晴明と別れた後、須佐之男は即座に審判場にいる神使たちを解散させ、精鋭部隊に審判場の守りを固めるよう指示した。その采配のおかげで神格をすり替え、天羽々斬を盗んだヤマタノオロチはなかなか神々の包囲を突破できず、審判場から出られないでいた。【神堕オロチ】 「処刑の神がそこまで私を警戒するとは、恐れ入った。私は世間のあらゆる罪を称えるゆえ、両手が血に染まったあなたを敵として見なかった。結局、あなたも私を殺しに来たのか。ならば、私も一か八か…一つ命を賭けてみようではないか。」ヤマタノオロチは蛇の姿となり、天照の玉座に突進した。しかし、この展開を見越した須佐之男は剣を振り上げ、大蛇の体を切り裂いた。蛇神の巨体は高天原から墜落し、驚天動地の轟音とともに人間界に激突した。そして大地が亀裂し、蛇の血が迸った。毒のある血はなんと腐海と化し、周囲を飲み込み、災厄も次から次へと訪れた。【平民】 「何なんだこれは……村の者が落ちてきたあやかしのせいで、怪病に罹ってしまった。神様、どうか我が子をお助け下さい!草木が枯れ、作物は田んぼで腐り、鳥や獣が化け物と化した。私たちはどう生きていけばいいんだ。」腐海の侵食と災厄に苦しむ人間界を目にした須佐之男は大いに驚いた。【須佐之男】 「……蛇神を倒したのに、人の世の平和を守れなかったのか?」人間の悲しい訴えを受け、天照は己の力を分離し太陽となり、ひれ伏す民衆の前で徐々に天に昇った。【須佐之男】 「俺は人間を救うためにここへ来た。だが結果が変わらぬのなら、俺は何のために戦ったのか。どうか行かないで下さい。必ずこの世界の生気を取り戻します。」【天照】 「これはお主のせいではない。世界には各々天命があるもの。天に逆らって定めを変えるものなら、必ず誰かが代償を払うことになる。須佐之男よ。いつかお主が願いを叶え、世界の果てでお主が望む安らぎを得ることを祈ろう。」須佐之男が追いかけようとしたが、天照は既に太陽に変貌した。【天照】 「暗闇にある世界よ。わらわの力で汝を照らし、衆生の新な楽園を創ろう。」だが、暗紫色の瘴気が光の中で霧散し、腐血の海がかえって太陽の光を糧にした。人間の生きる陸地が世界の一隅まで縮小した。虚無の海の上の最後の生還者たちはまるで、心許なく揺れる小舟のようだ。【須佐之男】 「結局、この世界を救えなかった……人間、あらゆる生き物、天照様…俺はここで誓う。必ず万物が助かる方法を見つけ出すことを。」須佐之男は既に孤島となった世界を離れた。再度目を覚ますと、なんとそこは審判場の中にだった。慌てて辺りをうかがうと、審判場の座席が全て埋まっていた。天照が玉座から見下ろし、罪神であるヤマタノオロチが跪いていた。【須佐之男】 「これは、また別の世界なのか?」【天照】 「蛇神は罪深き行いをした故、死刑に処するべし。直ちに処刑を始め……」【須佐之男】 「待て……」天羽々斬は彼の声に反応し動き出した。ところが縛られているヤマタノオロチの口角が上がり、次の瞬間神格がすり替えられる。ところが須佐之男は神格が入れ替えられる前に出て、一本の天羽々斬を奪い返した。【須佐之男】 「蛇神め、好きにはさせないぞ。」手中の天羽々斬がヤマタノオロチの体を貫くと同時に、背後にある残りの五本が須佐之男の体を貫いた。【須佐之男】 「蛇の血で……精神を蝕むのか……」ヤマタノオロチは重傷の須佐之男を押しのけ、鎖の束縛から抜け出した。そして天羽々斬を抜け出し、玉座に鎮座する天照を指した。【神堕オロチ】 「お前の処刑の神は先に逝ったようだ。神王よ、次はお前の番だ。」それを聞いた須佐之男は立とうとするが、その動きで毒の進行が早まってしまい、とうとう耐えきれず血だまりの中に倒れ込んだ。再び目覚めた時、また別の世界にいた。【晴明】 「私の存在は今までの二つの世界の先行きに影響を及ぼさなかった。偶に中の住人と話しても、すぐに忘れてしまう。まさか、運命の奔流に入った時、ヤマタノオロチの罠によって前進が中断されたせいで、運命に影響しにくく、数々の世界に行くことができても傍観しかできない存在になったのか?急いで本当の須佐之男様を見つけねば。だが千年前、一人で無数の世界を訪れ救世の方法を探す須佐之男は、このように千年もの時を過ごした。次々と旅する世界、終わりのない決戦。それらが彼を壊しては作り直し、成長させ続けた。時空の檻に閉じ込められた彼は永遠に初々しい青年の姿のままになっていた。」晴明を前に、過去の時間の中で世界の崩壊をもう一度目にした後、次の世界に入った須佐之男が現れた。土砂降りの中現れた。金色の体が血にまみれ、濡れた金色の髪が額にかかっていた。彼は高天原の雷が轟く方向を見上げ、何も言わずに審判を知らせる鐘に耳を傾けた。これ以上見ていられなくなった晴明は扇子を閉じ、彼の前に姿を現わした。【晴明】 「須佐之男様……私のこと、まだ覚えていますか?」【須佐之男】 「お前は……」雷と嵐の神は疲労困憊の顔で晴明を見て、戸惑った。雨に打たれ続けるまま暫く立った後、彼は口を開いた。【須佐之男】 「お前が誰であろうとも、俺の民であり、俺が守るべき存在だ。早くここから離れるんだ。ここはまもなく、血なまぐさい嵐が吹き荒れる。ひょっとして道に迷って、帰り道が分からなくなったのか?こんな大雨では、無理もないな……」彼は体をまさぐり、何かを探した。【須佐之男】 「確かお前は……姿を見えなくする物を持っているはずだ。そして心の中で願いを思い描けば、行きたい場所に行き、会いたい人に会える。」だが、晴明は彼の動きを止めた。【晴明】 「その必要はありません。帰り道なら覚えています。それに私が探している方は、本当はずっと私のそばにいました。こんな大雨の中でも、私を守り続けました。」【須佐之男】 「そうか。それなら良かった。」須佐之男は晴明に別れを告げ、もう一度審判場への道を辿った。【天照】 「蛇神は罪深き行いをした故、死刑に処するべし。直ちに処刑を始め……」何もかもが今まで何度も繰り返されてきた通りに進んでいる。だが今回において、天照が献身を決心した時……【天照】 「この世を救うため、私は神力を剥ぎ取って太陽になり、暗闇を人間界から追いやる。そしてこれから千年の間、暗闇を追い続けよう。」【神堕オロチ】 「新生の光よ、雲の上まで昇らせるものか。この世界は罪の楽園であり、人間は自由であるべきなのだ!」ヤマタノオロチは大蛇となって高く飛び上がり、徐々に昇る太陽を追いかけた。だが今回は、須佐之男は剣を振り下ろさず、身を挺して天照の前を立ちはだかった。【神堕オロチ】 「退け、処刑の神。」【須佐之男】 「ヤマタノオロチ、自由だの、罪だの、世界滅亡のさだめだの…そこまで望むのなら、いっそこの俺とともに貴様が求める滅亡に赴き、貴様が称える虚無に堕ちようではないか。」【神堕オロチ】 「未熟な処刑の神よ。人間は今も求め、世界は今も前進している。私は人間とともに万物の終焉を甘受するのだ。」須佐之男は雷を鎖に変え、邪神を縛って地底に引きずり、共に災厄が煮えたぎる虚無の波に墜落した。希望が須佐之男の胸を充満した。ついに世界を救う方法を見つけたのだ。【須佐之男】 「今まで蛇に勝っても負けても、嘆かわしい結末を変えることはできなかった。共倒れが唯一の正解だったのか……」しかし千年の時を経て、果てしない虚無の海から、封印された大蛇がゆっくりと這い出る姿が浮かんだ。しかしその時の須佐之男は千年もの間虚無の中にいたせいで、体が完全に融かされ、魂もほとんど侵食されていた。僅か残っている意識が泥沼の中でもがき始めた。その意識はまるで幽霊の如く、既に両足、神力も全て失い、虚無の海で波風を立たせることは到底不可能だった。しかし、ヤマタノオロチはまるで彼のもがきが聞こえたかのように、振り向いて彼を見た。【神堕オロチ】 「須佐之男、人間はああいう生き物だ。正義を求める一方、罪をも尚待ち望んでいる。彼らは英雄に救われるより、自ら英雄として歌えられたい。悪事を働くより、誰かが代りに手を汚すことを望んでいる。だから千年万年経っても、私は必ず人間界に再び召喚される。そしてお前は、続出する新たな英雄に取って代わられるのだ。」【須佐之男】 「取って代わられようが、忘れられようが…ヤマタノオロチ…必ず貴様から俺の世界を救って見せる。」神力が凝縮し、波が荒れ狂った。須佐之男の不完全な神格が崩壊ぎりぎりまで力を振り絞った。【神堕オロチ】 「楽しみにしているよ。」虚無の海の中で、恐ろしい怒涛が咆哮した。だがそれは去っていくヤマタノオロチを止めることはできなかった。もがくうちに、彼の最後の光まで汚泥に沈み込み、僅かな希望をも食いつくされてしまった。気が付けば、また新しい世界に来た。今回も雨が降っている。【晴明】 「須佐之男様。」【須佐之男】 「お前は……早く離れたほうがいい。ここはまもなく、血なまぐさい嵐が吹き荒れる……だが心配するな。俺が必ず奴を止め、この悲劇に終止符を打って見せる……もしかして…道に迷ったのか?ならばこれを……」晴明は、泥まみれの須佐之男に紙傘を差し出した。そして彼の手首を握った。暫く逡巡した後、一つの雷電の耳飾りを須佐之男の掌に置いた。冷たい指先だが、握られていた耳飾りから温もりが伝わった。【晴明】 「この耳飾りはあなたの姿を見えなくします。そして心の中で願いを思い描けば、行きたい場所に行き、会いたい人に会うことができます。あなたの願いが叶い、行きたい場所……私の故郷にたどり着きますように…帰り道のことは覚えています。すぐ目の前にあるので。あなたもどうか、お忘れにならないように。」豪雨が二人の頭上の傘を打ち続けた。【須佐之男】 「……うむ。」 |
海原
海原ストーリー |
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須佐之男が今一度新しい世界で目覚めると、過去に起きた無数の失敗が悪夢のように彼に付き纏っていた。そのせいで彼は恍惚として、二度と目覚められないような気がした。【妖魔甲】 「こいつまた目覚めやがって、妖魔よりも恐ろしい生命力だ。」【妖魔乙】 「目覚めたら、楽しませてもらおう。」須佐之男は周囲を見渡したが、妖魔だらけだった。たった数人、酷く痩せた人間が檻の中に閉じ込められていた。そして自身も鎖に繋がれ、妖魔達に囲まれている。【須佐之男】 「ここはどこだ?神王天照はどこにいる?」【妖魔甲】 「はははは、聞いたか?神王天照だってよ!」【妖魔乙】 「さっきの衝撃で頭がおかしくなったんじゃねえか?」【須佐之男】 「妖魔、答えろ。」【妖魔甲】 「ここは人間界だ。天照は数百年前にいなくなった。蛇神様を恐れて太陽となり空に逃げた天照は、降りる勇気を失ったってさ。」【須佐之男】 「まさか審判は終わったのか。ここは荒が言っていた、ヤマタノオロチが神王に取って代わった世界なのか?いや、他の世界に向かう時、俺は行きたい時間を選べる。そして俺が目覚める時、審判はまだ始まっていないはずだ。もしこの世界で審判が終わっているのなら、なぜ俺はまだ生きている?まさか俺はもうすぐ道を見失い、法陣を制御する力を失うのか?今は一体どんな時代だ……俺は……一体どうなったんだ……」【妖魔乙】 「あの時お前は自ら、高天原と人の世を統べる蛇神様の前に立ちはだかった。だから昔は軍神と呼ばれたお前も、最後には囚人になってしまった。今は神王ヤマタノオロチ様が高天原を司っている。お前のような負け犬に構っている暇はない。」【須佐之男】 「人の世を統べるだと?ならば人は今どこにいるんだ?」【妖魔甲】 「まだ生きているのは、せいぜい海島の村に隠れているやつらだけだろう。お前の嵐の結界のおかげで、やつらは今日まで生き残ることができた。今となっては、お前も俺達の手に落ちた。じきに我々魔の軍勢が世界を支配する!」【須佐之男】 「そんなこと、俺が絶対に許さない。」須佐之男は神力を集結させ、己を束縛する鎖を壊そうとした。しかし体に力が入らず、神力は鎖を伝って消えていく。それを見た妖魔達が一斉に押し寄せてきて、彼の力を啜り始めた。そのせいで彼はますます衰弱し、立っていることすら辛くなってきた。【須佐之男】 「一体……なぜだ……」【妖魔甲】 「先日お前は漁民達を助けるため、身を挺して渦巻く激流の中で海魔と戦っていた。おかげで漁民達は何とか助かったが、お前は俺達の手に落ちた。妖魔の手に落ちても、閉じ込められることはないと思っていたのか?」【妖魔乙】 「もう一度この檻の鉄格子を見てみろ。お前はもう忘れたのかもな。この鎖には、お前の手足につけている神力を封印する枷と同じ材料が使われている。これはお前が守ってきた漁村が直に俺達に献上したものだ。お前はもう逃げられない!」それを聞いて、隅の檻の中に閉じ込められていた貧相な人間が、狂ったかのように須佐之男がいる檻に向かって飛んできた。妖魔達に蹴られ、殴られても、その人間は体を張って檻を守った。妖魔達が神力を吸い取れないようしっかりと檻を掴んでいる。【須佐之男】 「何をしている?早く手を放せ!」【人間】 「私は、私の哀れな娘を助けたかっただけなんです。しかし憎き妖魔は、亡くなった娘の姿に化けて私を騙しました……私も、あれはどうせ普通の鎖だから、無くなってもいいと思って……私のせいで須佐之男様が、皆がこんなひどい目に遭いました!」男がそう言い終えた瞬間、振り下ろされた刃が男の喉を貫いた。噴き出す大量の血しぶきを浴びた須佐之男は、全身が赤く染まった。【人間】 「須佐之男……様……どうか……お許しを……」瀕死の彼は手を差し伸べ、何かを掴もうとしているようだった。しかし神鎖に縛られた須佐之男は彼の手を掴むことすらできない。最後に須佐之男はこう言った。【須佐之男】 「許そう。」恐ろしい形相をした男は、最後にゆっくりと赤く染まった目を閉じた。骨ばった指は、力が抜けてそのままぶら下がっている。須佐之男は死ぬまで体を張り、無力な自分を守ってくれた人間の亡骸を見つめていた。囚人達の号泣、祈り、妖魔達の大笑い、嘲笑いが混ざった音が須佐之男の耳に入ってきた。騒音はまだぼんやりとしている彼の頭を掻きまわし、幼い頃の悪夢と重なった。【須佐之男】 「長い月日を重ね、数多の世界を旅したが、俺は無力なままだ。今の俺と幼い時の俺は、一体何が違うというんだ?どうすれば君達を、この世界を……救えるんだ……」【妖魔丙】 「その血の酒を飲め、そうすれば悩みはすぐに消える。たくさん飲め、そうすれば悩みはすぐに消える。自分が誰だったかさえ思い出せなくなる。」須佐之男が杯をひっくり返し、それを見た妖魔が脅しにかかる。【妖魔丙】 「お前が飲まないなら、人間どもに飲ませてやるさ。この一杯で、何人が狂っちまうだろうな!」それを聞いた須佐之男は杯に噛みつき、そのまま顔を上げて中身を飲み干した。あらゆる手を使って彼を脅迫する妖魔達によって、囚われた人間達は次々に須佐之男を脅すための駒となった。屈辱に耐えられず自害した人がいた。檻の前で跪いて彼の許しを乞う人がいた。狂い、妖鬼となり妖魔の軍勢に加わった人がいた。延々と毒を盛られ、終日意識が朦朧としている須佐之男は、度重なる悲劇を目にする時、やはり檻の中から手を差し伸べる。まるで神に祈りを捧げる人々の手を掴もうとするかのように。【須佐之男】 「恐れるな。君達は、いつか必ず許される。すぐに俺が、平和な世界を取り戻す。」飛んできた匕首が檻の中から差し伸べられた彼の手を貫き、そのまま地面に釘づけにした。【妖魔乙】 「まだ譫言を言っているのか。」妖魔が去った後、あまりにも多くの血を失った須佐之男はさらなる疲労感に襲われたが、自分を奮い立たせるしかなかった。【???】 「須佐之男、いつまで自分を見失っているんだ。」首の嵐の勾玉が突然燃え始め、心が追い求める光景を彼に見せた。目を閉じれば見える海原、永遠の平和を手に入れた寂しい小島は運命の残酷な奔流の中で揺蕩う。【須佐之男】 「……夢か?そうか……この世で最も美しい夢は俺の故郷、海と空が繋がる場所、友人と家族に囲まれる中にある。俺はこの美しい夢を人々に届けたい、彼らにも自由に生きてほしい。俺の手を掴んでくれ……俺は必ず……君達を夢の中にある、あの自由で美しい場所に連れていくんだ……」その時、誰かが彼の手を貫いた匕首を抜いてくれた。【須佐之男】 「君は?」【???】 「私も時空の旅人で、異世界からの来訪者だ。本当なら、こうして会うべきでも、この先の道の険しさを教えるべきでもないのだが。しかしやはりそうせずにはいられなかった。教えてくれ、どうすれば君を救える?」【須佐之男】 「この檻の鎖は俺の神鎖でできている。だが俺の左手と両足には、それぞれ別の鎖がつけられている。もし君が鎖から解き放ってくれたら、俺はこの牢獄から脱することができる。」【???】 「過去千年に渡って、神力が全て解放されたことはほとんどなかった。もしそんなことをしたら、君はどうなる?」雲の上から審判の鐘音が聞こえてきて、空の頂きには金色の天秤の輪郭が見える。それは運命の終焉を告げているようだった。【須佐之男】 「俺の望みが叶う。」……高天原、終焉審判の審判場【神堕オロチ】 「天照よ、私は今世界の全てを手中に収めた。人々も我が足元にて平伏している。しかしお前の枷は、まだ空で輝いている。 私は今日審判を再開し、刑具天羽々斬を集め、この枷を断ち切り、自由を人々に返してやる。落ちろ、太陽。これから、この世界は神々の箱庭ではなく、罪人の楽土と化す。」天羽々斬が次々と起動し、六本の刃は暗雲に囲まれた太陽に向かって飛んでいく。しかしその時、一本の稲妻が天羽々斬を撃ち落とした。光が消え、黄金の巨獣が玉座にいるヤマタノオロチに飛び掛かる。【神堕オロチ】 「全く諦めが悪いな、須佐之男。この黄金の獣の姿は、お前のような頑固な愚者にはぴったりだ。しかし運命の奔流は既に最果てに達した。逆流すれば破滅の一途だ。」【須佐之男】 「例え破滅の道を辿ることになっても、俺は必ずこの頑固な運命を、お前という諸悪の根源を道連れにしてやる。」【神堕オロチ】 「滅びろ、雷鳴嵐の子よ、お前の光は一時の幻にすぎん!」【須佐之男】 「落ちろ、ヤマタノオロチ、お前の闇は自業自得の愚行だ!」ヤマタノオロチは大蛇となり、審判場で黄金の獣と激戦を繰り広げる。二匹の獣は数日間に渡って戦いを続け、天変地異を引き起こし、高天原を丸ごと壊した。ヤマタノオロチは決着をつけようと、一度に全ての天羽々斬を操り、空に浮かぶ太陽を襲わせた。それを目にした黄金の獣は追いかけて空に登り、灼熱の太陽を受け止めた。後を追ってきた大蛇が口を開けて噛み付く。黄金の獣は手足を太陽の炎に焼かれたが、それでも下がらなかった。獣は神力を分離して人型の巨神となり、太陽を持ち上げて空に昇っていく。」【須佐之男】 「俺は我が身をもって天地を開闢し、人と神の世を繋ぐ最後の一筋の弱光とならん。」金色の巨躯は大地を貫く稲妻のように見える。彼の肩の上の太陽は、まぶしい光を迸らせ、闇を追い払い、妖魔を追放し、大地に再び降り注ぐ。万物が蘇り、世界に再び命の息吹が吹き込まれた瞬間、石碑のような金色の巨神の体がひび割れ始め、最後に無数の金色の砂となって崩壊した。全てを見届けた晴明は、最初から最後まで巨神の足元に突っ立ったまま、悲しい光景を見ていることしかできなかった。やがて彼もその中に巻き込まれた。【晴明】 「須佐之男様!早く手を!」時空の奔流の中で須佐之男はぼんやりと彼を見ていた。金色の渦巻きの中、晴明は一瞬、確かに彼の手を掴んだ。方向を示してくれる稲妻の耳飾りは弱々しい光を放ち、二人を導いている。はっとした須佐之男は、再び運命の奔流の中に身を投じ、その姿はすぐに見えなくなった。【晴明】 「過去の須佐之男様が、平安京へ通じる道をすぐに見つけることができますように。」支えを失った晴明は、力強く迷いのない手に突然掴まれた。【???】 「晴明、やっと見つけた。危ない!」【晴明】 「なんだと?」天変地異の中、誰かの力強い手が晴明を掴んだ。世界の中から彼を連れ出し奔流を遡り、嵐に囲まれた結界の中に連れて行った。【須佐之男】 「君は蛇毒を盛られた。ヤマタノオロチが激流を溯る道の中に仕掛けた罠だ。それが何度も君を原点に戻し、いつまで経っても彼がいる世界には辿りつけないようになっている。俺はずっと君を探していて、ようやくあの危うく滅ぼされるところだった世界で見つけることができた。」【晴明】 「私が今まで旅してきた世界は、全て須佐之男様が経験してきた世界なのか?」須佐之男はしばらく考えてから、話題を逸らした。【須佐之男】 「遡る道は使えなくなったが、回り込んで千年前の世界に行く道なら知っている。それは全ての運命が交差する終着点、黄泉の国と呼ばれる世界だ。」【晴明】 「そういうことなら、ぜひ連れて行ってくれ。だが忘れないでほしい、道中何が起きても、私は必ず傍にいる。」嵐の勾玉に導かれ、二人は様々な危険を乗り越えていく。やがて、漆黒の虚無の海の中、彼らは時空の果てで漂う世界を見つけた。その世界こそ、須佐之男が言っていた黄泉の国だった。【晴明】 「無数の世界を離れ、この世界から見上げれば、大河のようでもあり、海原のようでもある運命の奔流は、銀河のように空に漂っているのか。空を飾る星々の海は、荒様が召喚した星海に映し出される景色に似ている。」【須佐之男】 「星海と月海は、元々黄泉の国の夜空の氷山の一角を映し出すものに過ぎないからな。予言の神々の天命は黄泉の国と繋がっている。数多の世界に身を置く彼らは、目を閉じて未来を覗く時、いつもここの星々を見ている。何かの縁でここにやってきた俺達は、星海の海水の向こう側にいる荒と同じ星空を見ているはずだ。」無限に広がる黄泉の国の星空はとても美しいが、人の世のような活気溢れる大地や海は存在していない。代わりに押し寄せる漆黒の虚無の海が全てを包み込んでいる。真っ黒な海面の上に、金色の宮殿が建っている。空にそびえる宮殿は、灰色の雲に囲まれている。古の神の古く強靭な体によく似た宮殿は、虚無の海の境目を守りながら、繁栄と衰退を隔てている。宮殿の前には、平和な小島がある。永久の凪を得た小島は、俗世から離れた桃源郷のようだ。小島は巨神のような宮殿に守られる子供のように、静寂の中で安らかに眠っている。【晴明】 「島には、子供がいるのか?全身に包帯を巻いている、まさかここに迷い込んで重傷を負ったのか?須佐之男様、結界の外に出してくれ。あの子を助けなければ。」【須佐之男】 「その必要はない。ここは黄泉の国、時空の果てにある荒れ果てた地。時間も空間も存在しない。別の世界の異なる時代に起きたことが、幻のように映し出される。あの子供は、幼い頃の俺だ。」……数千年前、滄海原 人間を屠る妖魔達が引き起こした悲劇に巻き込まれた幼い須佐之男は、伊邪那岐に助けられた後、滄海原に連れてこられ、そこで静養していた。【少年須佐之男】 「俺が生まれた時、雷を伴った嵐が高天原の神殿を破壊した。一族の者はいつも俺に冷たい眼差しを向け、俺のことを嘲笑っている。月日が流れ、神々は俺を孤立した神殿の中に閉じ込め、俺のことを忘れた。人間の友達だけが家族のように接してくれた。俺達が妖魔の手に落ちた時も、最後まで俺を守ってくれた。そんな俺は、彼らに守られて、妖魔の牢獄で最後まで生き延びた。肉体を破壊され、神格を侵されたが、俺は片時も彼らのことを忘れなかった。そしてまた、一度も信じたことはなかった……高天原の誰かが俺のことを思い出し、助けに来ると信じたことは……伊邪那岐様、あなたは一体何のためにここに来たのですか?一体誰のために?」【伊邪那岐】 「口を開けば疑問を漏らすのは弱者だけだ。強者はいつも気ままに暴れる。私は古の神、天地すらも従わせる強者。私は自分のために、自分の願いのためにここにやってきた。」【少年須佐之男】 「伊邪那岐様には一体どんな願いが?」【伊邪那岐】 「大人になったら分かるさ。」【少年須佐之男】 「……流れる時間よ、早く俺を大人にしてください。俺が人々を守れるように。俺の目の前で、悲劇が二度と起こらないように。」しばらくして、桃源郷のような小島の崖際で、伊邪那岐に倣い、傷がまだ治っていない少年は見様見真似で自分よりも大きい雷の槍の練習に励み始めた。【伊邪那岐】 「須佐之男、君は本当に落ち着きがないな。この間妖魔から君を助けてあげたばかりだぞ。傷も全然治っていない、そんなに急いで練習する必要があるのか?」【少年須佐之男】 「伊邪那岐様、この島は静かで、よそ者がいません。俺は……俺は早く強くなりたい。」【伊邪那岐】 「よそ者がいないのに、伊邪那岐様と呼ぶのか?」【少年須佐之男】 「師匠。」【伊邪那岐】 「違うな。」【少年須佐之男】 「……父上。」伊邪那岐はようやく満足したように頷いた。【伊邪那岐】 「君を引き取った以上、親として育てるつもりだ。以前は私が油断したせいで、危うく取り返しのつかないことになるところだった。今後について、しっかり考えた。決して今までのような無謀なことはさせない。そして今までのような寂しい思いもさせない。」数日後、伊邪那岐は海に出て高天原に戻り、命令を受けて戦場に出た。そして帰ってきたのは二ヶ月後のことだった。【伊邪那岐】 「須佐之男、よく考えてみたら、やはりこの島は寂しすぎる。私がいない時はきっと寂しいだろう。この子達は皆賢い、きっと君の寂しさを紛らわせてくれる。」【少年須佐之男】 「父上……これは?」【伊邪那岐】 「南の密林に生える人喰い花だ。」【少年須佐之男】 「それは?」【伊邪那岐】 「北の雪山にだけ生えている人を殴る木だ。」【少年須佐之男】 「……じゃあこれは?」【伊邪那岐】 「それは名高い東の岩窟の人喰い鳥だ。」【少年須佐之男】 「……分かった、最後のこれはきっと西の人喰い獣だ。」【伊邪那岐】 「こいつは先月歯が生えてきたばかりの、幼い墓守りだ。」【少年須佐之男】 「こいつは人を喰わないってこと?」【伊邪那岐】 「もちろんこいつも人を喰う。幸いこの島に人間はいない。喰うとしたら、君を喰うだろう。」【少年須佐之男】 「父上。」【伊邪那岐】 「ん?」【少年須佐之男】 「もし今度帰ってきた時に俺の姿が見当たらなかったら、彼らの腹の中を確認してみてください。墓なら崖の上に建ててください。」【伊邪那岐】 「言語道断、崖は私のものだ。そこに君の墓なんか建てたら、毎日目に入ってきて悲しくなるじゃないか。」【少年須佐之男】 「父上も同じ墓に入りたいのか?」【伊邪那岐】 「そうだと言ったら驚くか?でも君のような殺風景なことはしない。墓場にするとしたら、崖の下の、いつも潮を楽しめる場所がいい。しかし残念ながら、生きるにしろ死ぬにしろ、私の願いが叶う日は永遠に訪れないだろう。」時が流れ、伊邪那岐が戦場と島を行き来する中、島の鳥獣達はますます増えていった。【少年須佐之男】 「父上は俺が寂しくないか案じているのか?それとも単に自分が寂しいだけなのか……」【伊邪那岐】 「もちろん、君に寂しい思いをさせたくないのさ。君がこの島にいるから、私は全然寂しくない。君が朝、人喰い花の口の中から這い出してきて、部屋の掃除をしたり。午前中には、人を殴る木の攻撃を避けながら槍術を練習したり。昼になったら襲ってくる岩鷹をかわしながら昼食を作ったり。午後には狛犬のもとで勉強したり、立たされたり。夜には墓守りにひき肉を入れた粥を作ったりするのを見ていたら、長年の孤独も消えていったよ。」【少年須佐之男】 「父上、今度島に帰ってくる時にまたどこかの獣の子供を勝手に連れて帰ってきたりしたら、その日から父上の酒のつまみは墓守りが食べ残した煮干しです。」一ヶ月後、弟子をからかうことを人生の楽しみの一つにしている伊邪那岐が、再び島に帰ってきた。彼は神鳥八咫烏の卵を服の中に隠していた。 しかし今日の島はやけに静かで、須佐之男が一人で庭の手入れをしていた。【伊邪那岐】 「須佐之男、どうしたんだ?神獣達は?」【少年須佐之男】 「岩鷹達は魚を捕りに海に出た。狛犬さんは人喰い花や人を殴る木達に礼儀作法を教えている。墓守り達は薪を集めるために林に行った。俺は火を起こして飯を作った。庭の手入れが終わったら、牡蠣料理を作るつもりだ。」【伊邪那岐】 「いつの間に神獣達を手懐けたんだ?まさかあいつらと力を合わせて私をここから追い出す気か?」【少年須佐之男】 「父上、今回の戦いで大分お疲れのようですね。わけのわからないことを言い出すほどに。机に魚の吸い物を用意しておいたから、早く部屋で寛いでください。まさか、また何か珍しい獣でも連れて帰ってきたのか?」【伊邪那岐】 「……今回は忙しかったから、神獣を集める暇がなかった。だが滋養のある食材をもらったぞ。この三色の卵を料理に使ってくれ。」【少年須佐之男】 「お父様……やはり父上には煮干しで十分だ。」月日が流れ、伊邪那岐が好き放題しすぎたせいか、須佐之男は彼のような傲慢不遜な神ではなく、控えめな少年へと成長した。天と地の間で鳥獣達を仲間とする須佐之男は、日々伊邪那岐が教えてくれた術を練習し、一日も修行を怠らなかった。【伊邪那岐】 「須佐之男、君は努力を惜しまず、真面目で人々のことを思っている。しかし本当の強さというものを、君は理解しているか?」【少年須佐之男】 「強さとは、世界を作り直すことのできる神力。そして力を使いこなすことのできる慎重さからくるものだ。」【伊邪那岐】 「なぜそう思う?」【少年須佐之男】 「生まれたばかりの時、俺は神力を制御できず、高天原に嫌われ疎遠にされた。そして幼い頃の俺には慎重さが欠けていたから、人間の友人を巻き込んでしまった。しかし父上は違う。あの日、父上は海を切り裂いて魔を屠った。まさに天下無双だった。父上はこの世で至高にして究極の神力を持っているが、片時も制御を緩めなかった。だから畏れられず、人々から慕われる。これほど素直ではない俺すらも……その一人だ。」それを聞いた伊邪那岐は崖の岩に腰を下ろし、岩礁に波打つ海の方に目を向けた。【伊邪那岐】 「あの日、私は誰のために、何のために海を切り裂き、魔を屠ったと思う?」【少年須佐之男】 「……俺のためか?」【伊邪那岐】 「違う、私自身のためだ。」【少年須佐之男】 「え?」【伊邪那岐】 「君を助けたのは、君を助けたかったからだ。もし私が殺戮に溺れたら、それは殺戮に溺れたかったからだ。もしいつか自分を犠牲にしたら、それは生きるのに退屈したからに過ぎない。須佐之男、覚えておけ。神は人々を思うが、人々のために存在しているわけではない。逆もまた然りだ。もし人々のために殺戮に手を染めるなら、命を奪った業は己にあると知れ。もし人々のために命を落とすなら、罪は己にあると知れ。もし人々のために全てを捧げるなら、いつか人々に忘れられると知れ。他の命のために生きる命は一つもない。それは命への冒涜だ。絶対にそんな馬鹿になってはいけない。」【少年須佐之男】 「もし俺の喜怒哀楽が俺だけのもので、俺の命を他人に捧げることができないなら、命は生まれた日からずっと寂しい思いをするしかないのか?万物衆生は、永遠にこの孤独の螺旋から逃れられないのか?」【伊邪那岐】 「いや。あの日妖魔を屠り君を助けたが、殺戮の業は全て私が背負うもので君とは関係ない。でも一つだけ、確かに君に伝わった。例え君がいらないと言っても、それを捨てることはできない。それは私の独断が背負うべき責任、傲慢な命が払わざるを得ない代償だ。天照の言葉を借りれば、それは所謂「愛」ではないだろうか。」【少年須佐之男】 「ならば俺はきっと多くの人々を、様々なことを愛している。世界の隅々から、世界の隅々で生きている命まで愛している。だから俺は決して寂しがらない。辛いとも思わない。ただより広い土地を、より多くの人々を守りたい。もしこれが運命の導きならば、この運命に、俺は感謝しかない。」それを聞いた伊邪那岐は黙り込んだ。最後に、彼は三つの嵐の勾玉で作られた首飾りを須佐之男に渡した」【伊邪那岐】 「もしいつか運命の中で道を見失ったら、これに向かって我が名を呼べ。」翌日、七悪神が兵を挙げたと、高天原から戦況の報告があった。伊邪那岐は一人で戦場に赴き、そして行方不明になった。【少年須佐之男】 「父上、今回は長い間留守にするんだな。帰ってきたら、美味しい料理をたくさん作るんだ。」【墓守り】 「このまま帰ってこないほうがいい。帰ってくるたびに、島中の神獣を毛が抜けるほど撫で回すから。」【少年須佐之男】 「どうせ毛が抜ける時期だ、俺が服を作ってやろう。」【???】 「ご報告いたします。」【少年須佐之男】 「あなたは?」【神使】 「私は高天原の使者です。天照様の命令に従い、伊邪那岐様の遺物をお届けいたします。」【少年須佐之男】 「……なんだと?」【神使】 「神軍の総帥伊邪那岐様は、先月戦死されました。ご愁傷様です。」神使いは壊れた鎧を置くなり、すぐに踵を返した。残された須佐之男は、一人でその場に立ち尽くした。神使いが去ったのを見て、鳥獣達が次々と彼の足元に集まり、足にすり寄ってくる。【少年須佐之男】 「……父上は……あの崖の下を墓場にしたいと言っていた。俺はあそこで父上を待つ。」須佐之男は神獣達の傍から去り、一人で崖に向かった。彼は強く握り締めた高天原からの密書を何度も読み返した。まるで何かを探しているようだった。日が暮れる頃には、彼の涙に濡らされた手紙に書かれている字はぼやけてしまっていた。【少年須佐之男】 「父上は以前、崖の上に墓を建てるのは殺風景だからやめておけと言っていた。もし今日止めに来なかったら、ここに父上の遺物を納める墓を建ててやる。」【???】 「全く親不孝な子だな。」【少年須佐之男】 「父上?」【伊邪那岐】 「普段何か教える時には必ず言い返してくるのに、今回はあっさりと高天原の言うことを鵜呑みにしたのか。私がそんなに簡単に戦死すると思うか?」須佐之男は慌てて涙を拭いて頭を上げた。【少年須佐之男】 「そんなはずない。父上は天下無双の強者、誰であろうと父上には敵わない。」【伊邪那岐】 「その通り。私に敵わない君は、からかわれて当然だ。今回も同じさ。強者は束縛されず、弱者は儀礼を重んじる。我が弟子にする第一の条件だ。」夜中、ぐっすり眠っていた墓守りは、興奮している須佐之男に揺り起こされた。【少年須佐之男】 「父上が帰ってきた!父上は密林の中で傷を治している。高天原に黙って帰ってきたから、秘密にしなければいけない。」【墓守り】 「密林のどこにいるって?あそこには小屋なんかないはずだが?」【少年須佐之男】 「密林の崖に近いほうだ。静養すると言っていたから、近くに行って邪魔したりするなよ。」【墓守り】 「金髪野郎……何を言ってるんだ?」須佐之男は顔を墓守りの柔らかい毛の中に埋めると、呟いた。【少年須佐之男】 「今度は俺が父上を失望させない、寂しい思いをさせない番だ。」墓守りは彼の頭の上に爪を優しく置いた。【墓守り】 「馬鹿だな。失望して、寂しがっているのはお前じゃないか。」時が過ぎ、俗世と離れた小島に住む須佐之男は日に日に成長した。一方、伊邪那岐はそれから一度も崖を離れなかった。伊邪那岐が寂しがらないよう、須佐之男はいつも崖にいる彼を訪れた。【須佐之男】 「父上から教わった槍術を会得した。そして自由に自分の神力を操れるようになった。」【伊邪那岐】 「よくやった。しかし私を倒すには、まだまだ足りないぞ。」【須佐之男】 「今日、岩鷹が外から情報を持ってきた。悪神が再び兵を挙げ、人の世をあちこち陥落させた。戦火は間もなく高天原まで広がるだろう。人々を、高天原を救いたければ、兵を統べる新しい武神が必要となる。……俺は高天原に戻り、父上の武神の名を継ぎたいと言おうと思う。」崖に立っていた伊邪那岐が、それを聞いて振り返った。【伊邪那岐】 「一度槍を手に取れば、もうそれを捨てることはできない。ここを離れ一歩外に踏み出せば、もう後戻りはできない。君は大きくなった。幼い獣のように勇敢で、鳥のように自由になった。もうどこにでも行ける。それでも君が選ぶのは、やはり戦場なのか?」【須佐之男】 「悪神に打ち勝ち、人の世に平和をもたらす。それは神である俺の務めだ。そして父上の弟子である俺が背負うべき責任であり、まだ叶っていない願いでもある。」【須佐之男】 「でも俺にも個人的な願いや大切な場所、気になっている物語があるし、会いたい人もいる。いつか、俺はこの海に戻る。その時の俺は神将でも処刑人でもなく、ただの須佐之男だ。そしてこの崖で、潮音と風音の中で、いつか必ず父上と再会する。」幼い須佐之男が戦装束に着替えて島を出ると、島の様々な幻も同時に消え去った。空に異変が起こり、太陽と月が同時に現れた。全てを見通す目が、黄泉の国の入口にいる二人を見つめる。【???】 「神のみ中に入ることが許される。人間は島に留まれ。」【須佐之男】 「伊邪那岐様。」【???】 「違う。」【須佐之男】 「……父上。俺は帰ってきた。」 |
世界
世界ストーリー |
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人の体では虚無に溢れる黄泉の国に入ることができない。須佐之男は一時的に晴明と別れ、一人で中に入った。黄泉の国の巨大でがらんとした廊下の中、須佐之男の足音だけが響いている。彼が進んでいく中、扉の裏にある黄泉の国が次第に異様な姿を現した。それは上下が逆さまになった城だった。数百棟の巨大な神殿が鋭い刃の如く、空から地の底までぶら下がっている。地の底は真っ黒な夜空のようだ。星々の光に飾られる底なしの深淵はどこか別の場所に通じている。目の前には手を伸ばしたら掴めそうな千万を超える星々が広がる。巨大な天体が夜空に浮かび、例外なく城を中心に巡り続けている。重なる天体の集まりは星系となり、やがて宇宙を構成する。そして絶え間なく、永遠の軌跡を辿り続ける。【須佐之男】 「古の神伊邪那岐よ、ここは伊邪那岐様の世界か?深淵に広がる夜空は本物ではなく、「運命の海」の本体だと知っているぞ。全ての世界の可能性、あらゆる時間と空間がここで交差し、運命を織りなす。」星々は答えなかった。逆さの城もまた黙っている。千万を超える世界の中には誰もいないようだ。伊邪那岐自身も彼の問いに答えなかった。【須佐之男】 「千万の世界を支配するあなたは、無数の可能性を抱えている。運命はあなたの手の中で荒れ狂い、生死すらもその目が捉えた刹那に過ぎない。御身は星辰が巡る中心に御座す。その存在は虚無のようで捉えられない。しかし俺はあなたの弟子、伊邪那岐様が手塩をかけて育てた神。その目が見続けている旅人、千万の世界の中で最も身の程知らずの英雄。」星々の頂き、夜空の奥、虚無に覆い隠された太陽と月が姿を現した。神はようやく彼の言葉に耳を傾けてくれるようだ。【須佐之男】 「人の世の英雄達は俺が時空を越え、無数の世界の中で人の世を救える可能性を見つけたことしか知らない。彼らは知らない。俺が無数の世界を経験した後自我を見失い、運命の奔流に巻き込まれて時空の果てにある黄泉の国の近くに流れ着いたことを。あの時の俺は虚無の海を滄海原の海と、幻境の中の小島をかつての故郷と勘違いした。理性を失った俺は己の責任を忘れ、危機に晒されている世界を忘れ、ようやく故郷滄海原に戻ったと思い込んでいた。人々は俺のことを雷神、裏切りの神、処刑の神と呼ぶ。しかし父上だけは、俺の弱さを知っている。父上は見ていた。俺が自分を騙し、養父が奇跡的に帰ってきたという幻想に溺れ、美しい思い出の中に逃げて目を覚まさないのを。しかし父上は俺を見捨てることなく、いつも黄泉の国から俺を見守っていた。俺が時空の果ての幻で自我を見失った時には暴走した俺を抑えつけ、狂気に囚われた俺を呼び起こした。父上、俺はとっくに父上の望み通りに父上の鎧を崖の下に埋めたが、甘い自分を過去に葬ることはどうしてもできない。だから、俺は禁忌を破り、遡って歪められた過去に向かい、危機に晒される世界を助けねばならない。」彼の声はがらんとした神殿の前で木霊し、星辰と夜空の海の中で響き続ける。やがて城へ通じる道が開かれた。海水は引き、星々が道を譲ってくれた。まるで城の主が無言で彼を招いているようだ。須佐之男は古の冷たい階段を降りていく。無限の夜空が彼の足元に広がり、星辰が彼の頭上を巡る。【須佐之男】 「時空の果てには、これほど美しい夜空があるのか。中に飛び込んで、そのまま一つになりたい。永遠に離れることのない……」【???】 「そこから一歩でも踏み出したら、君の願いは叶うぞ。」伊邪那岐が姿を現し、須佐之男を引き留めた。慌てて足を止めた須佐之男は、知らない間に夜空に見惚れ、危うく足を踏み外して深淵に落ちそうになっていたことに気づいた。【須佐之男】 「……父上、久しぶりだな。」【伊邪那岐】 「とっくに気づくべきだった。君は止められたらかえってそれをやりたがる。未来に向かう時にも散々な目に遭っていたが、今は身の程知らずに遡って過去に向かおうとしている。」【須佐之男】 「黄泉の国で世界の全ての流れを見ているあなたなら、きっととっくに俺の選択を見通しただろう。むしろ父上の教えがあったからこそ、俺はこのように動いている。」【伊邪那岐】 「それがなんだ。君を手に負えない馬鹿な子に育てた私には、どうしようもない君を笑う権利がないのか?分かるか、やりたい放題暴れるのは……」【須佐之男】 「……強者の特権か?」【伊邪那岐】 「君は強者と呼ばれるにはまだまだ足りないが、やりたい放題暴れることだけはできるようになった。」【須佐之男】 「ひとえに父上のご指導のおかげです。」目を細めて彼を見つめていた伊邪那岐は、突然口の端を吊り上げて嘲笑った。【伊邪那岐】 「しかし私に比べればまだまだだぞ。」そう口にすると、伊邪那岐は突然須佐之男を突き放した。星辰が流れ、虚無の海が目の前に迫ってきた。須佐之男は手を伸ばして何かを掴もうとしたが、無駄骨に終わり、そのまま押し寄せる虚無の中に落ちた。真っ黒な虚無が彼の視界を埋め尽くし、口や鼻を通じて体の中に入り込み、逃げられない須佐之男を包み込んだ。しかし驚いた彼が再び目を開けると、海水の中で次第に形作られる世界が目に入ってきた。【須佐之男】 「これは……」【伊邪那岐】 「これは世界の最初の姿だ。そして世界の始まりの神、「生」を象徴する私が「死」の中から誕生した後に迎えた最初の日夜でもある。」伊邪那岐が話すにつれて、悠久無限の死の中から、世界が誕生した。生まれたばかりの大地の上で、太陽と月が順を守って昇っていく。太陽と月は世界に光を与え、人々を導いている。そして原初の世界に誕生した伊邪那岐は、最初の生者であり、不死の神でもあった。広大で美しい世界の中、若い伊邪那岐は人々に知識を与えた。人々が世界を理解できるよう、世界を変えられるよう、世界と共に成長できるよう導き、災いに打ち勝って繁栄の時代を築き上げた。【伊邪那岐】 「探索せよ。創造せよ。心と両手を使って私が見たことのない繁栄をもたらし、絢爛たる文明を私に捧げよ。なぜならば、私は君達の神、命の源、永遠にして不滅の生者だからだ。」【少年須佐之男】 「伊邪那岐様が永遠にして不滅の神なら、なぜ俺を育てて自分の意志を継ぐ者とした?」【伊邪那岐】 「どうした、嫌か?」【少年須佐之男】 「いや。俺はただ、花は枯れても、来年になったらまた咲くことについて考えていた。もしこの世に不滅の「生」が存在するなら、生き返る「死」も存在するのか?」伊邪那岐は、少年神がこの前の戦争の中で人間の友人を失ったことを思い出した。彼は膝をつき、摘んだ花を須佐之男に握らせた。【伊邪那岐】 「枯れた花は翌年再び咲き誇るが、以前と同じ花ではない。同じ花ではないが、同じ美しさを持っている。世界には、永遠に複製できない唯一無二の美しさがある。それは命と呼ばれる奇跡だ。」【少年須佐之男】 「もし俺がいつか死んでも、誰かに取って代わられることは、永遠にないのか?」【伊邪那岐】 「永遠にない。」その後すぐ、少年神は鬼族との戦いで戦死した。伊邪那岐は破損した死体の強張った指の間に、枯れる寸前の野花を見つけた。その瞬間、不滅の神は今まで感じたことのない気持ちを感じた。【伊邪那岐】 「私は「生」を象徴する不滅の神だ。私の全ては一度も衰えることも、老いることもなかった。しかしなぜだろう、突然体の中の何かがこの瞬間に死んだと感じた。ならば、須佐之男よ。私の夜を補う星辰になれ。君の残った魂で、君と共に死んだ私の欠損を潤わせ、私と一つになり、この世における不滅の永遠となれ。いつしか、砂や泥まみれの大地に、同じ花が生えてくるかもしれない。真っ黒な夜空も私の体の一部だ。太陽も月もない時の君は今、星々の光を浴びている。ならば、君にも名前を授けよう。君の名は、「運命の海」。」枯れた花が須佐之男の魂と一つになった。二つの意識は空に登り、星のような輝きを放つ。彼らは伊邪那岐の体に溶け込み、運命の海の最初の星となった。数百年後、洪水が立て続けに起こり、広大な土地が次第に海に呑み込まれ、人々が暮らせる地は狭くなる一方だった。【伊邪那岐】 「人の世は私の庭、人々は例外なく私の民だ。「虚無」の潮よ、私のものを奪うことは断じて許さない。」伊邪那岐は神力で海水を割り、流離う人々に新しい居場所を与えた。そして人々に船の作り方を教え、人が作った巨大な船を繋ぎ止め、海を漂う都市とした。【人間】 「神様、今の我々は根無し草のようです。いつになったら陸にある故郷に帰れるのでしょうか?津波に攫われた人々は一体どこにいるのですか?また彼らに会うことはできるでしょうか?」黙り込んだ伊邪那岐は答えられなかった。しかし彼はなぜか、昔若き神が自分に聞いたことを思い出した。彼は亡くなった命を全て自分と融合させた。命の意識は星辰となり、流れる「運命の海」に送り込まれた。それから彼らは須佐之男と共に、海の中で流転する人の世に光を与え始めた。【伊邪那岐】 「嘆く必要はない。立ち止まってはならない。君達が失ったものは、君達の道先を照らす光となった。この世に永遠の命が存在するなら、永遠の命を持つ私は自らの力を使い、絶滅の危機に瀕する万物を助け、不滅の国を作ることができるはずだ。人よ、私は君達に神力を分け与える。これより、君達は千年に渡り海を漂い続け、「虚無」という浪と争い、「衰退」という猛獣と戦う。忘れるな、洪水はいつか必ず収まり、海はいつか必ず枯れ果てる。しかし私はやがて、君達を未来へと導く。」神力の欠片を手に入れた人は海上に町を作り、繁栄を極めた。人々は千年もの間、虚無の海と戦い続けてきた。そしてようやく海水が消える時を迎えた。【人間】 「神様、あなたの言うとおり、私達はかつて失った、陸の故郷に帰ることができました。しかしそれはもう昔の故郷ではありませんでした。私達は神様が言う未来を信じています。それでも私達は、過去を諦めることができません。」船は座礁し、漂流の城は止まった。人々が新たな大地で楽土を立て直そうとする。しかし人々は気づいた。干ばつは、洪水よりも恐ろしかった。【人間】 「神様、この無毛の地で、私達はどうすればいいのでしょうか?」伊邪那岐は空に目を向け、空に浮かぶ太陽と月と星を指さす。【伊邪那岐】 「君達の新しい楽土は、無限に広がる空にある。」伊邪那岐は人々に大地を離れる力を与え、人々が太陽に、月に、空の星々に向かうよう導いた。その長く壮大な旅の中、新しい命が次から次へと生まれたが、古い命も失われ続けていた。伊邪那岐は亡くなった命を己の体に融合させ、消えた彼らを記念する。【伊邪那岐】 「今の私は創世時のように完璧ではない。人に神力を分け与えた後、私の体には無数の傷ができてしまった。しかし私はかつてないほどの高ぶりを感じた。何かを取り戻した喜びが込み上げてくる。だがその喜びを掴もうとするたびに、虚しい悲しさに襲われる。須佐之男、私のかけがえのない子よ。私はかつて君に、命の意味は自分で探せと教えた。しかし今の私はかつての君と同じように迷っている。無邪気で頑固な君には、その答えが分かるのか?」人間と共に長い時を過ごした伊邪那岐は、さらに深い知恵を得た。彼は人間、妖鬼、神を問わず、全ての命を記録する。命が終わりを迎える時、伊邪那岐は彼らの意識を受け止め、自分の体に融合させる。【人間】 「洪水が大地を呑み込み、私達が伊邪那岐様に神力を分け与えられてから、既に一万年を超える月日が過ぎました。今の私達は相変わらず凡人ですが、永遠の命の意味を悟ることができました。伊邪那岐様、私達はあなたを敬い、あなたに感謝しています。あなたに導かれ、私達は災いに打ち勝ち、星々を踏破しました。そして今私達は、命の意味は授けられた不朽の体ではなく、生涯が残した軌跡、体験したことにこそあることに気づきました。それこそが私達の不滅の宝です。今、私達は不朽の体を捨て、本当の命を、不滅の宝物を、体験した全てをあなたに捧げます。」人々は次々と肉体から離脱し、長い間彼らを導き続けてきた伊邪那岐に意識を渡した。そして彼らの意識を取り込んだ伊邪那岐は、残りの命を連れて星々を巡り続けていた。やがて星々も光を失い、死を迎えた。【人間】 「伊邪那岐様、死を迎えた星は、いつかまた輝きを放つでしょうか?」【伊邪那岐】 「遥か昔、同じことを聞かれたことがある。」【人間】 「伊邪那岐様の答えを教えていただけませんか?」【伊邪那岐】 「命は唯一無二のものだから、亡くなったら蘇ることはない。彼にはそう伝えた。今でもそう思っているが……今、ようやく分かった。そう聞いた時、彼がどんな悲しい希望を抱いていたのか。」さらに長い月日が流れ、かつて伊邪那岐の元で繁栄を極めた万物は次々と消え去った。かつて咲き誇った花、生い茂っていた草、繁栄を誇った城、覇を唱えた帝国……老人達、子供達、妖魔達、神々、賢者達、愚者達……それらは全て残留意識となり、伊邪那岐と一つになった。一人ぼっちになった伊邪那岐は世界の果てに腰を下ろし、広大で真っ黒な世界を見やる。かつて星々の光が輝いていた世界は、がらんとした夜空に成り果てた。かつての運命の海は、全て伊邪那岐の体と融合した。彼は太陽と月の輝きを見上げた。【伊邪那岐】 「残ったのは、私達だけか。」さらに億万年が過ぎると、最後の星もついに落ち、月光は失われた。死にかけの太陽も、やがて消滅する。太陽と月が死んだ日、伊邪那岐は死んだ太陽と月を取り込んだ。太陽と月は彼の両目となり、彼の体の中で永遠に生き続ける。【伊邪那岐】 「永遠の命を持つ私でも、衰滅する宇宙に再び輝きを与えること、亡くなった命を蘇らせることはできない。されど君達は何の痕跡も残さずに消え去ったわけではない。君達の全ては私の心に、魂に刻まれ、私と一つになった。我が不滅こそが、この宇宙の最後の記念碑なり。私は時空の果てに、黄泉の国を建てよう。黄泉の国は私の墓場となる。私は崖のような高台から、衰滅する世界が跡形もなく消えるまで、どれだけ長い時間がかかっても見届ける。」世界の最初で最後の生者はようやく虚無の境目に腰を下ろし、がらんとする世界に向き合ったまま、目を閉じた。あれからどのくらい時間が経ったのだろう。時間すら無意味になった世界だから、数億万年かもしれないが、一瞬だったかもしれない。【???】 「花は枯れても、来年になったらまた咲き誇る。もしこの世に不滅の「生」が存在するなら、生き返る「死」も存在するのか?」【伊邪那岐】 「誰だ?」その瞬間、伊邪那岐は様々なことを思い出した。かつて色鮮やかに生きていた全ての命。彼の体の中に刻んだ全ての意識。人々が宝物と呼ぶ生い立ち、そして繁栄していた世界で過ごした全ての時間。【伊邪那岐】 「万物の意識が一つになり、静まり返る黄泉の国で全てを知る賢者となった。まるで新たに生まれた神のようだ。世界そのものの意志であるようにも思える。世界よ、君は私に「生」の可能性を願っているのか?」世界の意志は黙っている。しかし沈黙の中には何か言いようのない躊躇いが隠されているようだ。誕生の決断の重さは死の運命に勝るとも劣らない。一度始まれば、もう誰にも止められない。伊邪那岐は大いに笑った。数千年、数万年、数億万年という時間の中で、こんな愉快な気分になったのは何時ぶりだろう。希望と嘲笑が同時に込み上げてきた。【伊邪那岐】 「私は君の神であり、君の新生の鍵であり、君を導く光である。世界よ、君に願われたら、その無知な甘さを、子供のような残忍さを断れるわけがなかろう!」こうして、伊邪那岐は世界の万物のあらゆる意識が織りなす膨大な記憶を行き交い始めた。彼は経験した全てを偲びながら、怪物のように巨大で繊細な命の意識の集合体の中でついに世界を蘇らせる方法を見つけ出した。【伊邪那岐】 「世界の意志は私の意志でもある。衰滅する世界よ、私に平伏し、私に服従せよ。私は君に不滅を、永遠を、無限の輪廻を授ける。」最後に、彼は死んだ世界に手を差し伸べた。【伊邪那岐】 「目覚めよ、世界。」伊邪那岐は目を開けた。彼の左目は新生の太陽に、右目は月になった。彼の指先から創造された星々が、漆黒の宇宙に向かって飛んでいく。彼の体は虚無の境目にある崖にそびえ立つ。体躯は広大な大地になり、髪は果てのない海となり、枯れた土地を潤す。全てを成し遂げた伊邪那岐は、昇っていく太陽と月に目を向け、新生のそよ風を感じていると、突然何か足りない気がした。【伊邪那岐】 「咲き誇れ。」無限に広がる花の海が大地に現れ、新生の世界と、彼の体を覆い尽くした。光り輝く活気溢れる世界の中、最初の神の一族が気怠そうに目を開け、興味津々に周囲を見渡す。【天照】 「万物よ、私の光は君達に繁栄を、私の愛は君達に喜びを与える。私の体は君達が見上げる太陽であり、私の魂は光へと通じる道となる。世界よ、栄えよ。神々よ、創造せよ。これは創世の神より与えられた崇高なる使命である。」太陽が万物を蘇らせ、月と星が道に迷った者を導き、万物は再び大地にて神々を見上げる。遠くの美しい場所から、あの意識の声が今一度鳴り響く。間もなく生まれ変わる声の主が稚拙な声で聞く。【少年須佐之男】 「もし俺がいつか死んでも、誰かに取って代わられることは、永遠にないのか?」【伊邪那岐】 「永遠にない。」幻はそこで終わった。虚無の海に取り残された須佐之男は、沈黙の中でさっき見たことを思い返している。岸辺の石台に立っていた伊邪那岐が須佐之男を海から引き上げ、ずぶぬれになった彼に毛布を投げ与えた。【伊邪那岐】 「今なら分かるだろう、世界が破滅の運命から逃れられない理由が。世界はとうの昔に死んだ。今の世界は私の神力で作り直したものだ。万物を蘇らせた神力は、輪廻という。私は万物を蘇らせる力を太陽に、予知と導きの力を星月に、止まぬ嵐の力を海に与えた。太陽と月は我が目となる。故に私は全ての世界の進行を観測できる。生まれ変わった世界では、私は全ての時間、空間、可能性を越えた創世の神となった。私はありとあらゆる世界と時空を駆け巡り、均衡を守っていた。しかし無敵の私にもどうしようもない宿命がある。数万年前、ある異世界で起きた大戦が時空の果てにある裂け目を引き裂いた。虚無が裂け目の中から世界に絶え間なく流れ込んできて、運命の海を汚染し、虚無の海に変えた。時空の果てにある黄泉の国も、こんな姿になってしまった。それだけではない。虚無の浪はやがて未来から過去まで溯り、世界の進行を原点に押し返し、全てを再び虚無に帰させる。故に私は逆さの神殿を築き上げ、ここで虚無の侵食を、遡る様々な災いを食い止め、世界を守っている。黄泉の国から世界を見守っている今の私は、世界の流れに干渉することが難しい。だから、私は自分の代わりに様々な世界に向かい、均衡を維持できる神を探していた。その後のことは、君も知っているとおりだ。」【須佐之男】 「……俺は父上に選ばれた守護者なのか?」【伊邪那岐】 「最初は君を選ぶつもりはなかった。ただ今までと違う平和な人生を過ごしてみたかった。しかし君は世界を救うことしか考えていない。私は君の数奇な人生と献身的な意志を見届けた。もしかしたらそれは、運命に選ばれた君が背負わねばならない悲しい宿命なのかもしれない。まだ幼かった君が妖魔に攫われることは、私には阻止できなかった。不死の神として生まれてきた私は、全ての世界で不死の体を持っている。全ての世界が消えるまで、不死の神である私は決して真の死を迎えない。しかし君の世界では、君のおかげで死の可能性を得た。妖魔によって瀕死状態になった君を助けるため、私は不死身を君に譲り、それからは凡人の体で神力を操っていた。そして最後には、君達の世界の戦場で戦死した。私が死んだ世界は、己の法則を守るべく私を追い出す。私を召喚する者がいなければ、私の意志でその世界に帰ることはできない。君と連絡を取るためにわざわざ嵐の勾玉を残しておいたが、君は本当に馬鹿な子だ……いつまで経っても呼んでくれなかった。」それを聞いた須佐之男は俯いて、真っ黒な海を見つめる。【須佐之男】 「……」【伊邪那岐】 「さすが私の最後の弟子と言うべきか。私の助けがなく一人でも、やはり守護者になる道を選んだ。」【須佐之男】 「……それ以来、父上は一人で神殿を守り続けてきたのか?」【伊邪那岐】 「この神殿は私が作り上げた巨大な神器だ。その核は、私の不滅の神格だ。虚無を抑え、全ての世界が侵食されるのを防ぐ。私は神殿から離れられない。君がここに来てくれて、私はとても嬉しい。だが残念だな、君はここで死ぬ。」【須佐之男】 「俺は千年前の審判場で既に死んだ。この時間では、ここでは断じて死なない。」【伊邪那岐】 「自ら世界の守護者と名乗った以上、一つの世界で、一つの時代で犠牲になるだけでは足りないぞ。これから、君の屍の上で、何千何万という世界が繁栄を極める。君が降臨した世界は、例外なく「須佐之男」の祭壇となる。しかし覚えておけ。君の運命を選んだのは私ではない。君の運命を選べるのは君だけだ。私から見れば、君はいつだってあの悪戯好きで天真爛漫な子供だ。もし君が真の強者になれないなら、いっそ死ねばいい。ここで、私の足元で、私の側で、私の目が届く範囲で死ねばいい。世界など、もう一度作り直せば済むことだ。」【須佐之男】 「世界は滅ぼさない。例え相手が父上だとしても、俺は躊躇わない。」【伊邪那岐】 「ならば戦え、須佐之男。君の決意を証明せよ。試練を乗り越えた時、千年前の審判場に通じる道は開かれ、君を悲しい未来と嘆かわしい結末へと導く。」 |
兆し
兆しストーリー |
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虚無の海の上で、二匹の巨竜が互いに噛み付き、激しい戦いを繰り広げる。黒竜は海水と星々の中に現れ、雲の中に入る。白竜は雲と嵐の中から飛び出し、海の中に潜る。時にぶつかり、時に追いかけ、二匹の竜は荒波と嵐を呼び起こし、何もなかった黄泉の国にこの世の終わりかのような異変をもたらした。【伊邪那岐】 「未来に行って少しは強くなったようだな、しかしまだ知恵が足りない。」【須佐之男】 「俺はこの目で守った未来を見届け、その中で真の強さというものに気づいた。今の俺は、誰にも負けない!」嵐の竜は突然消えて微かな光となり、その中から軍隊が現れた。その軍隊はかつて彼らが統べてた神の軍勢に似ている。【須佐之男】 「これでどうだ、父上。」大規模な軍隊が、雷鳴のように四方八方から黒竜に襲いかかる。【伊邪那岐】 「まだまだだね。」黒竜は尾を振り荒波を引き起こした。雨のように降り注ぐ氷の刃が大軍に向かって飛んでいく。嵐と滄海が殺し合う中、二本の槍が火花を散らす。天沼矛の刃が雷の槍の柄を削る。雷の槍の攻撃を天沼矛の柄が防ぐ。【伊邪那岐】 「教えろ、君達の戦いの目的は何だ?」【須佐之男】 「俺が守る世界が、望む未来を迎えることだ。」【伊邪那岐】 「それは世界の願いなのか?それとも君の願いか?」【須佐之男】 「世界は俺に生きる意味を教えてくれた。俺の願いは世界と共にある。」【伊邪那岐】 「世界は神がいてはじめて存在するもの。神は世界を導く者であるべきだ。世界の犠牲になるべきではない。君は既に世界の果てまでやってきた。この何もない静寂と虚無こそ、万物の終焉なのだ。答えろ、それは君の願いなのか?それは君が望むものか?」【須佐之男】 「望んでいない。生者が死を望まないことと同じだ。それでも俺はそれを愛している。旅人が帰り道を愛しているように、渡り鳥が遠方を愛しているように。全ての困難を乗り越えて未来にたどり着く険しい道こそが、光り輝く命の軌跡こそが、生きる意味なんだ。父上が見せてくれた世界の中で、頑張って生き残ろうとしていた人々と、全力を尽くして審判を変えたい俺の、どこが違うと言うんだ?そして俺は既にあの輝きを、千年後の英雄達を見届けた。もしかしたら人々には最初から指導者など必要ないのかもしれない。必要なのは泥沼に落ちた時の縄、暗闇が訪れた時の蝋燭。俺はそんな人になりたい。人々が祈る時に手を差し伸べられる人に。人の世を照らす火種のような人に。例え千年後には俺がもう死んでいたとしても、未来と呼ばれる光は、代々受け継がれる。これこそが俺が見つけた意味、俺が人々に与えたい奇跡だ。俺は千年間世界を駆け巡り、人の世の盛衰を見届けた。神は不変だ、だが人間は違う。いつの日か、人間は俺達を超える。そして浮世の英雄達は、俺達を超えて成長する。」【伊邪那岐】 「その時になったら、君はどこにいる?」【須佐之男】 「俺はあの消えない光の中で、燃え尽きるさ。それはかつて父上が、その手で点した灯りだ。」【伊邪那岐】 「……」【須佐之男】 「父上、神々の時代はもうすぐ終わるかもしれない。俺達はいつか必ず、この世界を未来の英雄達に託す。」伊邪那岐は黙り込んだ。目の前にいる須佐之男をよく観察してから、彼はようやく右手を上げた。氷山は融け、津波は収まり、押し寄せる滄海は一瞬でそよ風の音まではっきり聞こえるほど静まり返った。【伊邪那岐】 「では須佐之男、創世の神の名において命ずる。私を倒し、私に君の意義を示せ。 」【須佐之男】 「……御意。」伊邪那岐は崖の上に立っている。雷の槍を持った須佐之男が上から襲ってきたが、天沼矛は雷の槍を受け止めるとすぐに須佐之男の胸に迫った。天沼矛は雷が織りなす結界に囚われた。雷の槍は突然鎖となって伊邪那岐の動きを封じ込めた。【須佐之男】 「食らえ、父上!」空から雷の轟音が聞こえ、雷雲が二人の頭上に集い始めた。突然雷が落ちてきて、元の場所で縛られている伊邪那岐に向かっていく。しかし伊邪那岐はいとも簡単に雷の鎖を壊した。天沼矛が雷に向かって空に昇り、雷を打ち消そうとする。その瞬間、異変が起きた。【???】 「言霊・縛。」【伊邪那岐】 「なんだと?」一瞬結界術に気を取られた伊邪那岐は、そのまま雷に体を打たれた。しばらくして、雷は収まった。伊邪那岐はまだその場に立っている。あろうことか、彼はその体で攻撃を受け止めていた。【須佐之男】 「晴明?なぜここに?」【晴明】 「後をつけてきたら、案外簡単にここまで来れたんだ。こんな時に、ただ見ているわけにはいかない。」【須佐之男】 「なぜ避けない?神力を使えば、この程度の束縛を解くことなど造作もないはずだが。」【伊邪那岐】 「君の攻撃をかわす道理はないだろう。戦えと命じた以上、とことんまで付き合うべきだ。」【晴明】 「伊邪那岐様、急に押しかけてすまない。でも理解してくれ、私は私の世界を守りたい。」【伊邪那岐】 「人よ、自分の世界を守るために創世の神に手を出したのか、大した度胸だな。そういうことなら今回は私の負けとして、君達を行きたい世界に送ってやろう。」そう口にすると、伊邪那岐は雷の槍が変化した鎖を振り解き、手を振って時空の扉を開いた。晴明と須佐之男は、一瞬でその中に落ちた。目覚めた時、須佐之男は自分一人で高天原に来たことに気がついた。辺りを見渡したが、晴明の姿はなかった。【須佐之男】 「ここは……高天原か?」鐘音が鳴り響き、高天原の神々を呼び集めている。賑わう人々を見て、よく分からない須佐之男はそのままついて行った。なぜか分からないが、周囲の神々は審判の参加者としての厳かな雰囲気を纏っていないどころか、むしろ楽しそうに会話している。さらには彼に話しかける者まで現れた。【神使甲】 「須佐之男様、最近月海の星の子達は人間界の祭りを真似して歌や踊りを覚えました。ここ数日は、月海の近くに行けば、彼らが海の上で歌を歌っているのを見ることができます。天籟とまではいきませんが、大変素晴らしい歌です。聞いたことはありますか?」【須佐之男】 「……」【神使乙】 「須佐之男様は滄海原という遠い地に住んでおられます。大所帯でとてもお忙しく、月海に遊びに行く時間などないでしょう。」【神使甲】 「須佐之男様は高天原にも神殿を建てようと考えたことはありませんか?時間がある時なら、数日くらい泊まってもいいですし。」須佐之男はその話に全く割り込めなかった。【須佐之男】 「今日、審判場では何の審判を執り行うんだ?」【神使甲】 「審判場?会議場のことでしょうか?そういえば、天照様が玉座を天秤風に建て直されましたから、確かに少し審判場に似ているかもしれません。」【須佐之男】 「天照様は変わらず元気か?」【神使乙】 「今日はどうされたんですか?もしやまた人間界で、騙されて変なものを食べてしまったんですか?」それを聞いた神使達が、同情の目で須佐之男を見てくる。【須佐之男】 「……用事があるから、先に失礼する。」須佐之男は足早に神々が言ってた会議場にやってきた。途中、多くの神々が恭しく挨拶をしてくれた。生まれた時から高天原に、冷たい神だと決めつけられていた須佐之男は、こういう状況を経験したことがなかった。仕方なく、彼は人の気配がない裏道に入り込んだ。しばらく歩くと、彼はようやく懐かしい人に出会った。【須佐之男】 「荒!よかった、やっと見つけた。」【神啓荒】 「須佐之男か?久しぶりだな。」【須佐之男】 「この世界でいったい何が起きた?何か知らないか?」【神啓荒】 「どういうことだ?」【須佐之男】 「なっ……予言の神使は通常審判には参加しないはずだが、どうして……」【神使丙】 「これは予言の神、荒様ではありませんか。お久しぶりです。予言の神は普段、顔を出すのを嫌がっているはずです。いつも策士の立場で単独で謁見されていますが、今日は何か皆と相談すべきことでもあるのですか?」【神啓荒】 「月海は豊作を予言した。人間は感謝を伝えるため、特別に使者を遣わしてこの夏の花を届け、天照様のお席の前に飾るように頼まれた。月読先生は先月私が人間界から持ち帰った梅を食べたのだが、今日になってもう少し買ってこいと言って私を人間界に遣わした。そのついでだ。」二人は人間界の話を始めた。荒は須佐之男が見たことのないような柔らかな表情をしている。しかし月読の話になると、彼は少々困ったような表情を見せた。須佐之男はついに会話を諦め、そのまま荒と共に先に進む。かつての審判場は神々で賑わっている。しかし須佐之男はどうしてもゆったりとした雰囲気にはなれない。彼と荒は天照の天秤の両側に腰を下ろし、人間界の近況を報告する神々の言葉に耳を傾ける。【思金神】 「人々は築土構木の研究を重ね、神社や宮殿を建てております。そしてまた科挙を設けて有能な者を選抜したり、灌漑工事を行ったり、堤を作って水を引いたりしています。神使いを遣わし、船の作り方を教えてやってもよろしいでしょうか。」【天照】 「許す。」【思金神】 「もう一つご報告があります。」【天照】 「言ってごらん。」【思金神】 「天鈿女命が天照様に舞を献上したいと申しております。」【天照】 「よかろう。」白と赤の服をまとい、片足に玉を付けた天鈿女命は神楽鈴を手に持ち、会議場の前に現れた。天鈿女命は清らかな鈴の音色の中、軽やかな足取りで舞を披露した。それは白雪の中で舞い踊る炎のような美しい舞だった。【天女】 「お気に召しましたか?」神々は拍手と称賛を送った。いつも厳かな雰囲気を纏っている天照ですらも微笑んだ。【天照】 「どこでこのような軽快な舞を覚えたのだ?」【天女】 「浮世の巫女は太陽の輝きの加護を得るために、私の真似をして林の中で舞い踊り、神々の恵みを祈っています。代々受け継がれる舞は神楽舞と呼ばれています。たまたま巫女達が舞を練習するのを見たので、この舞を作りました。」それを聞いた神々は皆微笑んだ。同時に須佐之男は見た。驚いたことに、荒が言ってた人間界の使者とは晴明だった。【晴明】 「悪神が反乱を起こし封印されてから、既に千年の時が過ぎました。今、人間界は再びかつての繁栄を築き上げました。人々は天照様、そして神々に深く感謝しています。故に無邪気な子供達が摘んだ花を献上するため、私を遣わしました。人の世が毎年、このような美しい景色を迎えられることを祈ります。そして我々人間は、光の輝きを見逃しません。どんな結末を迎えようと、授けられた命の意味を実現できるよう、浮世で歩み続ける所存です。」天鈿女命の舞を除けば、会議は滞りなく進んでいった。ヤマタノオロチと何度も対決したこの場所で、須佐之男は少しぼんやりしていた。しばらくして、会議はもうお開きになった。【神啓荒】 「須佐之男、今日も急いで帰るつもりか?」【須佐之男】 「俺は……」【神啓荒】 「無理もない、滄海原は遠い。それに島で隠居するあの方は、人をからかうのを趣味にしているからな。悪神が封印され、人の世が太平の世を迎えてから、あの方は滅多に姿を見せない。天照様に呼ばれても、いつもお前を遣わすだけ。」【月読】 「どれどれ、私の悪口を言っているのは誰かな?」【神啓荒】 「月読様、なぜここに?」【稲荷御饌津】 「荒様が人の世の豊作を予言されたので、今夜荒様と共に人間界に向かいそれを伝えます、と報告したのです。そうしたら、月読様は今夜の祭りでは梅の砂糖漬けを扱う店が出現すると予知できたと仰って、ついてこられました。せっかくだから、私も買っておかないと。」【神啓荒】 「そんな酸っぱいもの、一体どこが美味しいんだ?」【稲荷御饌津】 「天照様も大変気に入られて、彼女の分も確保するようにと仰っていました。」【神啓荒】 「……」【稲荷御饌津】 「奇遇ですね、須佐之男様。ちょうど見回りに行くところでしょうか?もしよければ送っていただけませんか?」【須佐之男】 「いいだろう。」荒達を海辺の漁村に送った後、須佐之男は神兵を連れて人間界の見回りを始めた。今日はちょうど縁日で、軒並みは美しく飾られ、とても賑やかだった。人々は一張羅を着込み、川に船を浮かべ、豊穣を祝う歌を歌い、幸せそうな笑顔を見せている。夏の海は湿っている。花火が屋上から立ち昇り、次々と空に咲く。色とりどりの小さな稲妻のような花火が海の中に、そして須佐之男の目の中に映し出されている。【須佐之男】 「美しい。」【少女】 「神様も花火を打ち上げたいの?この花火を神様に差し上げます、だから楽しんでください。」須佐之男が滄海原に戻った時にはもう、夜明けが近かった。【伊邪那岐】 「なぜこんなに遅くなった?また天照にしつこく何か言われたか?」【須佐之男】 「天照様は父上を高天原に呼び戻すことは既に諦めている。会議中、一度もそんなことは口にしなかった。」【伊邪那岐】 「それはよかった。悪神が滅ぼされた今、武神などお飾りに過ぎない。君が見回りしていれば、それで十分だ。」【須佐之男】 「……」【伊邪那岐】 「どうした、いじめられたか?元気がないぞ。」【須佐之男】 「いや、ただ……一緒に花火をしないか?」滄海原の小島の崖から、小さな金色の花火が次々と空に打ち上がる。星々に見つめられながらその輝きを放ち、花火はやがて真っ黒な海の中に落ちて消えた。【須佐之男】 「父上と最後に手合わせしたのは何時のことだろう?」【伊邪那岐】 「あまりはっきりとは覚えていない。」【須佐之男】 「今夜、今一度挑戦させてくれ。」二人は静かな夜の海で対決を始めた。花火が頭上で咲き続ける中、天沼矛と雷の槍が激しくぶつかり火花を散らしている。激突の音が花火の音にかき消される。真っ黒な夜空に咲く金色の輝きは、海水に映り揺らめく無数の光の玉となる。空から伊邪那岐に叩き落された須佐之男は、花火が昇っていく中、金色の炎のように滄海原の崖に落ちていく。【須佐之男】 「幼い頃の俺はとてもやんちゃだった。勝手に抜け出して人間界に行き、妖魔に捕まった時のことを覚えているか?」【伊邪那岐】 「もちろんだ。もし私がすぐに駆けつけて君と人間達を助けていなければ、どうなっていたか想像するだけでもおぞましい。」【須佐之男】 「この世界では、父上は悲劇が起こる前に駆けつけたのか?」同じく崖に降り立った伊邪那岐が、天沼矛を持ってさらに迫ってくる。槍を振るい、須佐之男を一歩下がらせた。まるで詰問しているようだった。【伊邪那岐】 「なんだ?助けに来られて、迷惑だったか?」【須佐之男】 「もちろん助かったさ。」不利な状況に追い込まれた須佐之男は、防御をやめ攻撃に移った。足場を固めてから、彼は手に力を入れて雷の槍を振るい、そのまま力ずくで伊邪那岐を吹き飛ばした。伊邪那岐が顔を上げると、片手で槍を持つ須佐之男の姿が目に入ってきた。その後ろでは、花火が夜空に咲き続けている。須佐之男が雷の槍を回すと、槍は二つに分かれた。二つになった雷の槍を両手に握りしめ、交差するように構えると、槍が引き起こした嵐が刃のように伊邪那岐を追いかけてきた。風刃をかわすため、伊邪那岐は海面を飛び回っていた。しかし須佐之男の双槍はそれぞれ三つの手裏剣に変わり、伊邪那岐に襲いかかる。【須佐之男】 「あの日駆けつけて、無力な俺と村人達を助けてほしかった。悲劇を最初から存在しなかったことにすれば、俺を助けるために命を落とすこともない。」一つ目の手裏剣が左から襲ってきたが、伊邪那岐はいとも簡単にそれをかわした。【須佐之男】 「悪神はさっさと倒されてほしかった。悪神が倒されれば人の世が暗黒の千年を迎え、絶滅の危機に瀕することもなくなる。」二つ目の手裏剣が右側から襲ってきて、伊邪那岐の顔を掠めていった。【須佐之男】 「荒には運命の悪戯に翻弄されることなく、彼が持つべき全てを手に入れてほしい。誰も見たくない未来のために尊敬する師匠と袂を分かつ必要もない。」三つ目の手裏剣が下から襲ってきたが、伊邪那岐は天沼矛でそれを撃ち落とした。【須佐之男】 「天照様には生きてほしい。高い玉座の上で人々を心配したり、喜んだりして、たまに友人と一緒に梅の砂糖漬けを楽しんでほしい。」四つ目の手裏剣が頭上から落ちてきて、伊邪那岐の髪を数本削いだ。【須佐之男】 「父上には無敵でいてほしい。俺を助けたのは自分のためだと言い張り、世界をもう一度作り直すという大ぼらを吹きながら、荒れ果てた黄泉の国で千年万年の寂しさを噛みしめる守護の神でいてほしい。未来永劫……」五つ目の手裏剣が正面から飛んできて、伊邪那岐の鎧を打ち砕いた。【須佐之男】 「未来永劫まで俺の父上でいてほしい。俺に父上の責任を分けて、寂しさを取り払わせてほしい。神楽には生贄の巫女に選ばれることなく、完全な魂を持ってほしい。彼女もいつか大きくなり、両親と兄と団欒を楽しめるように。俺が辿りつけない未来の中で、晴明にはずっと平安京の守護者でいてほしい。人々の楽土が、永遠に罪に侵されることがないように。」突然伊邪那岐の後ろに現れた須佐之男は、手の中の剣を彼の背中に向けた。【須佐之男】 「本当にありがとう、こんなに美しい夢を見せてくれて。でも俺は、人々のために金色の夢へと通じる道を切り開く運命だ。」花火の輝きが次第に消えていく。小さな金色の欠片達が、優しい夜に融けていく。まだ残っている光が二人の体を照らし、須佐之男の目の中に柔らかく儚い影を落とす。【須佐之男】 「それは俺の夢でありながら、彼らの夢でもある。例えこの世界で実現しなかったとしても、俺達がとっくに結末を知っていたとしても……それでも全力で生きていきたい、自分の運命に抗いたい。俺は生のために、より生き生きと人生を送るために、より多くの人々がそんな未来に辿り着けるように戦う。」六つ目の手裏剣が、黎明と共に闇夜を照らし、時空の扉をこじ開け、元の世界に通じる隙間をこじ開けた。光は消え、虚無の海が揺らめいている。荒れ果ててがらんとした岩礁の小島に、晴明と須佐之男と伊邪那岐が立っている。しばらく沈黙が続いた。【伊邪那岐】 「君達は本当の試練を乗り越えた。須佐之男、君はもう、憧れていた不動の心を手に入れた。さすが私に似ても似つかない馬鹿弟子、この世界が生んだ最も大胆不敵で最も短い雷鳴だ。」【晴明】 「伊邪那岐様が仰る世界は、まぶしい輝きを一瞬限りの絶景には決してさせない。」【伊邪那岐】 「そうかな。しかし人間よ、君も世界の終焉を知った。荒れ果て衰退した万物は、いつか必ず君が言う故郷の未来となる。これは宇宙の揺るがない法則だ。それでも、変わらず未来に憧れるのか?」【晴明】 「命の意味は、結末を知っていてなお、変わらず抗い続ける過程にある。例えそれが愚かで、変えられないことだとしても、最後に何も得られない旅路だとしても。死ぬ時には生まれてきた時と同じように何もない状態になるとしても。それでも、世界が終焉を迎える日に、私は創世の神に言う。私はかつて自由に、悔いが無いように、生き生きと生きた。」それを聞いた須佐之男は微笑み、誇らしげに伊邪那岐のほうを見やる。【須佐之男】 「今回の旅は俺一人のものではなく、未来の、人々の旅でもあるんだ。」【伊邪那岐】 「今さら止めるつもりはない。こんなつまらない黄泉の国で、君達は私を困らせたが、同時に感動も与えてくれた。最後に、君達にこれを渡そう。覚えておけ。一度だけ、そして一瞬だけ、無数の世界が見つめる運命の瞬間を選ぶんだ。」それを手渡すと、伊邪那岐はこれ以上見たくないというように背を向けた。【須佐之男】 「ありがとう、父上。俺達が再会する時、黄泉の国の海も、故郷のような透き通った海になっていますように。」【晴明】 「どうやら、本当の戦いが直に始まるようだ。」 |
光輝
光輝ストーリー |
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晴明と須佐之男は時空の扉を行き交い、すぐにヤマタノオロチが過去に溯った時空を見つけた。それは無数の並行世界の分岐の始まり……千年前の審判の境目にある並行世界だった。目覚めると、二人は再び海の中に落ちてずぶぬれになっていた。しかし目を凝らしてよく見ると、それは海水ではなく幻境で、しかも荒の星海だと気づいた。【少年荒】 「須佐之男、晴明、遅かったな。」【須佐之男】 「荒?その姿は……」【少年荒】 「私は法陣の外側で長い間観察していたが、君達を見つけることができなかった。てっきり何かに巻き込まれたのだと思っていた。私の本体は起動した時空の陣から離れるわけにはいかない。今は法陣の向こう側にいる自分を、千年前の体の中に映して君達と会話している。しかし残念ながらこれも長く持たないだろう。これから私が言うことを、よく聞いてくれ。ここは無数の世界の運命が分岐する時代だ。この時代まで、君達が体験する多くの並行世界は大抵似ている。そう、一つの竹籠に使われている竹ひごのように、ぎっしりと横に並んでいる。しかしこの時代からは、法陣の影響で分かれていく。つまり、ここは私達の世界とは違う並行世界、そして同時に私達の世界の歴史の境目に存在する。それは数多の世界の礎となった。ここから始まる全ての並行世界の流れに影響を与え、些細なことで重大な変化をもたらす。ヤマタノオロチは既にこの並行世界で多くのことを改ざんし、ここを礎とする数多くの並行世界の根幹を揺るがした。それにはもちろん我々の世界も含まれている。しかし、幸いこの時代には当時私が描いた法陣がまだ残っていて、彼の法陣の力を相殺している。それに繋がる星辰の力は、多少なりとも時空の変化がもたらした衝撃を和らげた。そして無数の並行世界にも、何度も何度も時空を越えて彼を阻止した須佐之男がいる。だから今までのヤマタノオロチの行動は、並行世界の同時崩壊を引き起すには至っていない。そして今回の決戦の鍵は、やはり審判場にある。今の彼は千年かけて計画を練り上げてきた。だからきっと念入りに準備している。須佐之男、ヤマタノオロチは我々の世界を破壊するだけでなく、君も殺すつもりだ。だから絶対に油断するな。」【須佐之男】 「今回も、今までの審判とたいして変わらないようだが……おそらく結末も大差ないだろう。」【少年荒】 「……あの審判の結末を覚えているか?」【須佐之男】 「荒、もちろん覚えている。だが心配無用だ。今の俺は、まだ真の審判には到着していない。ここで倒れるわけにはいかない……」【晴明】 「須佐之男様、鐘の音が。」遠くから高天原の鐘の音が聞こえてくる。重々しい鐘の音は何かを訴えているように、厳かに世界に神々の宿命を告げる。審判場にやってきた三人は、異様な光景を目にした……人の姿をしたヤマタノオロチが幾重にも鎖に繋がれ、皆に背を向けて処刑台の上に立っている。一方、神々の死体が聖なる審判場のあちこちに倒れている。神々の血は石の階段を伝って地面に滴り落ちている。神々の血は、巨大な金色の天秤の下に集まっている。一人で処刑台の上に立つヤマタノオロチが、容赦なくそれを踏みにじった。彼の頭上では、新生の太陽がゆっくりと空に昇っていく。天照の体は玉座の上に浮いている。神力を使って高天原を支えている天照は、身動きが取れない。太陽の血色の輝きがまるで傷口から滲み出る鮮血のように、粘稠な液体となって押し寄せている。【神堕オロチ】 「遅かったな、元気だったか?」【須佐之男】 「ヤマタノオロチ。」【神堕オロチ】 「ああ、私だ。今まで私であったように、これからも私であり続ける。世界にここまで拘るのは、私だけだからな。私は世界の全ての分岐点で酔いしれる。それを称えて立ち止まり、次の物語が始まるのを待ち焦がれる。しかし残念だが、須佐之男、お前の物語はここまでだ。」【須佐之男】 「例え俺の物語がここで終わりを迎えても、世界の歩みは、お前のために立ち止まったりはしない。」須佐之男は天羽々斬を召喚すると、処刑台にいるヤマタノオロチの喉元に切っ先を向けた。しかしヤマタノオロチは不動の構えでただ笑っている。刃に貫かれる寸前、彼は須佐之男に向かって手を差し伸べ、その手をぎゅっと握った。【神堕オロチ】 「忘れるな。この時空のお前の体の中にある神格は、誰の支配下にあると思う?残念ながら、当時の若い神使いは、未来を予言するのが遅すぎた。お前は既に私の策にはまり、神獄の中で神格を侵された。だからいくら未来を変えようとしても、お前は絶対に自分の過去を変えられない。幾千万の世界に赴いても、審判場で何人の私と雌雄を決しても同じこと。お前の神格は、既に我が手に落ちている。この世界でも、同じだ。」ぎゅっと手を握り締めた瞬間、須佐之男は体中に激痛が走った。武神の目が霞む。体に重りをつけられ、四肢がとてつもなく重い鎖に繋がれたようだ。【神堕オロチ】 「諦めろ。」【須佐之男】 「させるか。」瘴気に包まれた両手で剣を握り締め、束縛を破り、ヤマタノオロチの白く儚い幻影を切り裂いた。しかし切り裂かれた幻影の中から真っ黒な水が迸り、瞬く間に聖なる審判場を呑み込んだ。【晴明】 「ヤマタノオロチの幻影の中から溢れ出たのは……虚無か?須佐之男様、気をつけて!」【少年荒】 「いや、あれは虚無ではない。あれは……あれは運命の海の水か?まさかヤマタノオロチは、ここの時空を歪ませたのか?」冷たい運命の奔流が須佐之男を巻き込み、世界が潮のように引いて再構築されていく。金色の審判場は耳打ちする神々でいっぱいになった。頭上からは天照の声が聞こえる。【天照】 「蛇神は罪深き行いをした故、直ちに処刑を始め……」【須佐之男】 「待て、やめろ……」天羽々斬がヤマタノオロチに向かって飛んでいく。蛇神は得意げに満面の笑みを浮かべた。ところが須佐之男は神格が入れ替えられる瞬間に飛び出し、ヤマタノオロチの心臓に雷の槍を刺した。胸から大量の血が噴き出したが、蛇神は相変わらず得意げに笑っている。【神堕オロチ】 「世界よ、私を哀れみたまえ!」腐敗の血が人の世に流れ込み、そこから次々と災厄が現れる。【須佐之男】 「世界はお前のものではない、ヤマタノオロチ。」須佐之男は腕を切り裂き、己の神血を腐敗の海にまき散らした。雷に包まれた神血から烈火が噴き出す。金色の炎が確実に、広がる災いを排除していく。最後には世界の果てまで追い返した。しかし次の瞬間、運命の奔流が再び彼を呑み込み、目の前にもう一つの聖なる審判場が出現した。【神堕オロチ】 「須佐之男よ、お前は落ちる太陽を救えない。」先ほどまで重傷を負っていた蛇神が再び無傷のまま現れた。今度は彼が、冷たい光を放つ天羽々斬を持っている。閃光が走り、神力を分離して、まもなく太陽となる天照に襲いかかる。【須佐之男】 「太陽よ、天に昇り、人々に新たな希望をもたらしてくれ。」須佐之男は自分の体で天照を襲う天羽々斬を受け止めた。天羽々斬は彼の体を貫いたが、彼は全く動じることなく、天羽々斬の柄を掴んだ。【須佐之男】 「落ちるのはお前だ、ヤマタノオロチ。」血に染められた刃が邪神を狙い、彼の体を貫いた。どす黒い蛇血が噴き出した瞬間、世界は暗闇に包まれた。暗闇の中で今にも落ちそうなもう一つの夕日が現れた。夕日に照らされた大地は、咆哮をあげる妖魔と慟哭する人間で溢れかえっている。【須佐之男】 「これ以上祈るな、これ以上絶望に囚われるな。俺が必ずこの暗黒の世界を覆してみせる。」玉座に座った神王ヤマタノオロチが彼を見下ろし、意味ありげな笑みを浮かべた。体を縛る鎖はちぎれ、囚人用の牢獄は噛み砕かれた。黄金の獣が玉座にいる神王ヤマタノオロチに襲いかかった。しかし正面から現れた大蛇が彼を庇った。二人は審判場で何日にも渡って殺し合いを続けた。最後に黄金の獣は落ちそうな太陽に飛びかかった。【須佐之男】 「太陽よ、どうか落ちないでくれ。永遠の国は、高い空の上にある。」彼の手足は太陽の炎に焼かれ、骨は蛇神の劇毒に蝕まれている。太陽を雲の上に押し返した黄金の獣はやがて地に落ち、粉々に砕けて金色のくずになった。【須佐之男】 「俺は……勝ったのか?」【神堕オロチ】 「そうだ、お前は勝った。何度も何度も勝った。だから、そろそろ眠るべきだ。須佐之男、終わりなき奔流に、お前が成し遂げた偉業を任せろ。」【須佐之男】 「違う。」【神堕オロチ】 「ほう?」【須佐之男】 「人々は俺のことを覚えてなどいない。運命の奔流は俺を磨いてくれない。俺は止まない嵐、黒い夜に響き渡る雷鳴。俺は決して、静かな長い夜に眠ったりしない……」無数の雷が同時に動き、雷霆の怒りが真っ黒な空間に響き渡る。稲妻が底の見えない暗闇を悉く打ち砕き、眩しい光が憧れの眼に注ぎ込む。陰陽が交差する絶体絶命の窮地の中、天羽々斬が闇を切り裂いた。霊符や扇子を持つはずの陰陽師の手は、今しっかりと天羽々斬を握っている。【晴明】 「須佐之男様、早く、この裂け目に。」天羽々斬が強引に空間の裂け目をこじ開けている。力みすぎた晴明は両手が青ざめ、小刻みに震えている。」【晴明】 「荒様、今だ!」【少年荒】 「運命の星々よ、道に迷う者達の道先を照らすがいい。」星海の水が欠けた一角から流れ込む。柔らかい海水が牢獄を満たし、輝かしい星々が暗闇の世界を照らした。誰かが突然星海の中から手を差し伸べてくれた。湿っていて冷たい手だが、須佐之男の腕を掴んだその手には少しも動揺がなかった。少年の手のはずだが、同時に何千年もの月日が凝縮されているようだった。【少年荒】 「星光について行くんだ。星光は君を行くべき場所まで、私達の傍まで導いてくれる。」星光は、晴明が作った出口まで須佐之男を導いた。眩しい裂け目をくぐり抜け、須佐之男は星海の中に落ちた。見上げると、少年神使いの千年先の未来を見通す目と目が合った。【少年荒】 「この世界こそが、今の君が抗わなければならない運命だ。」目の前に広がるのは相変わらず、屍山血河となった審判場だった。新生の太陽はそのまま空高く輝き、容赦なく全ての罪を照らし出している。【須佐之男】 「ヤマタノオロチ、さっきのはお前が壊した並行世界か?それともお前が作った幻か?」【神堕オロチ】 「並行世界であろうと、幻であろうと、何の違いがある?」【須佐之男】 「お前は分かっているのか?これは幾億の世界、幾億の人々の運命を変え、幾億の命を死なせ、幾億の文明を滅ぼす。」【神堕オロチ】 「全ての命は滅びるために生まれてきた。だからこそ進化する。いわゆる文明とは、生まれながらにして廃墟の中で生まれ変わる亡霊の賛歌なのだ。」【須佐之男】 「人々は賛歌ではなく、生々流転、輪廻転生できる未来を欲しがっている。」【神堕オロチ】 「須佐之男、世界はとっくに滅んだ。まだ滅んでいない世界も、滅びゆく運命にある。傲慢な創世の神は、この答えを隠そうともしなかった。そしてお前がやっていることは、この世界と創世の神のために輪廻を維持し、同じ過ちを繰り返すだけに過ぎない。だが私は違う。私はとうの昔に気づいた。この世界は誕生した時から輪廻の呪いを伴っている。私はとっくに悟った。人々はいくら足掻いても最後はやはり虚無に帰す。私は虚無より現れた。虚無の海が遣わした、最初の先導者だった。我が肉体こそが衰滅を辿る道、我が魂こそが虚無に向かう道標。しかしそれは私の運命ではない。虚無より生まれし私は、天命を与えられたことがない。輪廻に結末を書き記されてもいない。私は運命の奔流の中で世界の希望を、世界の未来を見出した……それは私だけが、世界に授けることができるものだ。繁栄の本質、それは即ちこの上のない欲望だ。だから私は人々の欲望を掻き立て、この上のない繁栄を育てた。しかし繁栄の頂点を迎えたら、自然と衰滅がやってくる。だから私は零れ落ちる世界を、衰滅は必ず訪れると知ってなお白黒はっきりさせようと足掻き続ける人々を称える。万物は栄え、万物は衰え、万物は滅ぶ。そして万物は我が手中にて蘇る。しかし世界の運命はとうの昔に定められた。そんなもので私を楽しませ、満足させることはできない。私は世界が新たな物語を紡ぎ出すところを見たい。人々に新しい伝説を生み出してもらいたい。衰滅が世界に輪廻の道を歩ませるなら、早く滅びが訪れればいい。破滅の烈火こそが涅槃再誕の道標、虚無から世界の種を保存するための妙案なのだ。それは全ての世界が辿らなかった可能性、全ての輪廻が触れなかった禁忌、新世界へと通じる道。終焉は始まりであり、死滅は新生である。死を体験した世界は、やがて我が手中で生まれ変わる。そして生まれ変わった世界は、真に神の枷から解き放たれ、定められた衰滅を辿らず、全ての旧き世界を超える絶景と生気に満ち溢れる。」【須佐之男】 「お前にはできない。」【神堕オロチ】 「なんだと?」【須佐之男】 「お前には、自分の手の中で世界を蘇らせることなど永遠にできない。桜は咲いて枯れるが、誰かに憐れんで欲しくてそうしているのではない。お前が世界の衰滅の枷を解く必要はない。人々は皆自分の運命に抗っている。それこそが命という奇跡。世界は誰のものでもない。ましてや神の私物でもない。親は子を産むが、子は親の所有物ではないのと同じだ。子供は両親の元で歩けるようになったら、いつか必ず両親と離れ、一人で未来に向かって歩み出す。そして世界とはまさに、頑固な子供のようなものだ。そう遠くない未来に、神と呼ばれる両親と離れ、一人で予測できない未来へと歩み出す。命とはもともと、鮮明で予測できないものなんだ。ヤマタノオロチ、お前は口を開けば人々を称えるなどと嘯いているが、世界は人のものだということを忘れたか?神代の終わりに近づくにつれ、俺達のような神はいつか必ず歴史の中に消える。今の世界は、最後まで創世の神の背中を追いかけてた旧い世界とは全く違う道を歩み始めている。いつか、人間と妖鬼はこの世で最も純粋な善と悪を背負う。そして俺達は、人の世の長い歴史の中で忘れられ、遥か昔の伝説となる。命は野草のように成長し、野花のように咲き誇る。衰滅に負けない炎となり、絶体絶命の窮地に立った時の決意となる。俺はそんな息吹のためにやってきて、その決意を背負って戦う。俺はその日を楽しみにしている。子供が大人になるのを楽しみにしている父親のように。そして世界を独り占めし、滅びを趣味にしているお前を、俺は絶対に許さない。」ヤマタノオロチが須佐之男を見下ろし、冷たい目で彼を睨みつける。【神堕オロチ】 「天羽々斬。」数本の天羽々斬が彼の周りに出現した。しかしその切っ先は、須佐之男にも空に浮かぶ太陽にも向けられていない、その先には……【神堕オロチ】 「封印を解け。」審判場で、天羽々斬が次々に地面に突き刺さった。そして貫かれた地面から、六道の扉が浮かび上がってきた。ヤマタノオロチが手を伸ばすと、赤く光る欠片が彼の手の中からゆっくりと空中に浮かんだ。【晴明】 「それは……神楽の魂の欠片か?」【神堕オロチ】 「私は世界の怨敵だと言ったな?しかし残念だが、世界の真の敵は別にいる。最後の巫女よ、先祖を呼び起こせ。彼女から直々に、絶滅の災いというものについて、神々とこの世界に伝えてもらおう。そして私は、彼女が残した灰燼を掬い、愛を注いで新しい世界を潤わせると誓う。」真紅の魂の欠片は不思議な炎を纏い、空で孤独に舞を踊る。太陽の光は舞に呼応するように、明るくなったり、暗くなったりしている。欠片が空間の裂け目の上まで飛んでいった時、六道の扉の中から色とりどりの六つの炎が飛び出し、神楽の魂の欠片を囲んでちらちらと光り出した。少し躊躇ったあと、炎は矢の如く空を昇り、眩しい灼熱の太陽の中に融け込んだ。【須佐之男】 「一体何をした?」【神堕オロチ】 「残酷な彼女が捨てた他の自分を、彼女に返してあげただけさ。」【少年荒】 「まずい、もし今の太陽が他の分身の力を吸収したら、恐らくより強い炎が吹き出してくる。すぐに彼女は人々が憧れる光ではなく、世界を滅ぼす紅蓮となる。」【晴明】 「いつもの天照様だったら、自分の分身を封印できたかもしれない。しかし今の彼女は太陽を孕んでいる。とてもじゃないがそんな余力はないはずだ……」二人の推測通り、まだ人の体を捨てていない今の天照は、神力を分離する中で辛うじて最後の意識を保っていた。侵入してきた六つの神格はすぐに彼女の体に絡みつき、強引に太陽と融合しようとした。六つの神格による衝撃を受け、太陽は突然大量の炎を噴き出した。太陽は巨大化を続け、烈火で世界を焼き尽くそうとするように、地面のあらゆる命に迫ってくる。【神堕オロチ】 「今度はお前自身、そしてお前が貫こうとした正義の手によって、世界を滅ぼそう。」太陽から尋常ではない量の炎が噴き出し、岩漿が瀑布のように空から落ちてくる。烈火が高天原の六道の扉の方に噴き出し、晴明は危うく巻き込まれるところだった。【須佐之男】 「危ない!」須佐之男が体を張って火の海から二人を庇う。星海が高天原を包み込んだ。浅い海が大地を包み込み、太陽の炎を消そうとしたが、太陽の高温に当てられてすぐに蒸発してしまった。荒が海水の中で跪き、予言の力でこの時代の最後の礎を支えている。【少年荒】 「晴明、早く陰陽分離の術を使い、天照様から六悪神の神格を引き剥がせ!」【神堕オロチ】 「ふふ、悪神が元の体を愛すれば愛するほど、彼女の魂を滅ぼしたいという気持ちも大きくなる。晴明よ、お前は私が最も気に入っている子羊ではあるが、まさかそれを止められるとでも?」【須佐之男】 「ヤマタノオロチ、俺はとっくに晴明の守護の心を見た。彼は神である俺達をも震撼させるほど強い意志を持っている。人々が闘志を燃やして成し遂げた奇跡は、神にも後れを取らない。」 |
未来
未来ストーリー |
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【晴明】 「須佐之男様?」【須佐之男】 「さっき君の庭でよく育った魚を見かけたから、水の中に飛び込んで一匹捕まえてきた。」【晴明】 「無事か?」【須佐之男】 「今はな。君達に助けられ、俺は過去に溯ったヤマタノオロチを倒した。そして目覚めた時には、もう荒にここに送り返されていた。」【神楽】 「帰ってきてから、ずっと庭の鯉を見てたの……」【八百比丘尼】 「今日はついに痺れを切らしたようで、一匹捕まえていました。荒様は止めようとしていましたけど、うまくいきませんでしたね。」【源博雅】 「実のところ、俺も同じ意見だ。魚なんて、見るだけで食べなかったら意味がない。」【晴明】 「須佐之男様、さっき夢の中で、私は須佐之男様が審判場で犠牲になったのを見た。」【神啓荒】 「恐らくそれは法陣の残りの力が見せた、この世界の過去だろう。」【晴明】 「しかしあの激戦の中で、我々は確かにヤマタノオロチを倒した。あの世界の時空も人々の希望の力のおかげで逆転し、須佐之男様は再び目覚め、全ての並行世界の崩壊を阻止した。」【須佐之男】 「あれは時空を遡ったヤマタノオロチに改ざんされた世界だ。結局のところ、今の俺達がいる世界とは違う。しかし二重の時空の法陣により、審判場が存在する時点は無数の並行世界に影響を与えられる礎となった。その礎が再構築された今、俺達の世界も元の歴史を取り戻した。おかげで俺の死も復元された。あくまで推測だが……あの世界の俺は、おそらく俺の魂が世界から追い出された後に死んだのだろう。しかしもし君達の力がなければ、あの戦いで、俺は本当に死んでいたかもしれない。結末を変えるのは難しいが、それでも俺達が経験したことはどれも滅多にないことだ。おかげで俺は人々の決意を見ることができた。運命に直面した命の足掻きが引き起こした奇跡を見届けた。そして俺は、より多くの時間を与えられた。再び悪神に対抗し、やつらが人の世に災いをもたらすのを阻止できた。そしてヤマタノオロチだが、俺達が出会った彼は悪知恵を働かせて過去の自分の体を使っていた。彼の本体は、恐らく時空のどこかに隠れているはずだ。俺達は彼を倒したが、その後彼の魂はあの世界に封印されたのか、それともあの世界を離れ、一時的に異界の虚無の海に戻って力を蓄えているのか、それは俺にも分からない。でもやつのことだ、力を蓄えている可能性が高いだろう。」【小白】 「代わりに過去の自分を犠牲にするなんて……本当に……邪神と呼ばれるだけのことはありますね……」【須佐之男】 「それに、彼は過去を改ざんすることに、世界の礎を揺るがすことに完全に失敗したわけではない。」【小白】 「え?」【須佐之男】 「書き換えられた審判の中で、天照様はやはり太陽と化し、六悪神もやはり封印された。しかし六悪神が一時的に解放されたこと、そしてもう少しで天照様と融合しそうになったことは、確実に起きた歴史となった。そんなわけで、六悪神は封印される前に、天照様の力の一部を吸収した。全ての世界で再び姿を現す彼らは、今までにない強敵となるだろう。」【八百比丘尼】 「あなた達が法陣に入った後、六道の扉から噴き出す虚無がより一層激しくなったのはそのせいでしょうか?陰陽寮は夜中に急いで人手を増やし、やっとのことで城門を守り抜きました。」【源博雅】 「平安京はお前が残した金色の巨神の分身に守られた。しかしいつまでもこのままってわけにもいかないな。平安京の未来は人々が自分で切り開くべきだ。災いを神様に丸投げするってのは格好悪い。」【晴明】 「その通り、我々は早く六道の扉に入る準備を整えなければならない。六悪神を見つけ出して一人残らず倒さなければ、運命の奔流から我々の世界を守ることはできない。荒様、これからについて、何か考えは?もしよければ、我々に力を貸してくれないか?」【神啓荒】 「私と須佐之男は虚無が勢いを取り戻した六道の扉の外で封印を守る。でなければ、君達は異界に行ったきり、六道の扉を通って無事に帰って来ることは難しいだろう。今回は運よく生き延びたが、油断は禁物だ。」【須佐之男】 「荒は大人になっても、相変わらず容赦がないな。」【神啓荒】 「……今の高天原には指導者がいないが、決断を要する事項が多い。今の私は予言の神を束ねる立場にある、よって世界の運命を優先せねばならない。」【須佐之男】 「しかし一時的に荒にこの時代に連れ帰ってもらったが、六道の扉が閉ざされていないうえに、六悪神がまもなくこの世に降臨するということは、この時代において俺の使命は、まだ果たされていないのだろう。この世界は君達の故郷だが、俺も必ず協力する。君達が留守にしている間、巨神の分身が虚無の侵食を阻止できるよう、俺が神格で強化しておこう。晴明、天羽々斬はもう君のものだ。その手には悪神を処刑する力が宿っている。もし六道の中に入って窮地に立たされたら、天羽々斬を使って俺を召喚することができる。その時は必ず、全力で助ける。」【神楽】 「じゃあ……その後は?私達が六悪神を封印したら、あなたはどこに行くの?」【須佐之男】 「六悪神を討伐したら、この世界のヤマタノオロチに踏み倒された、千年前の本当の決闘に挑む。俺の旅は、そこで悔い無く終わる。そして最後に……美しい故郷に帰る。でもその前に、しばらく庭院に泊まらせてほしい。泊まらせてもらう代わりに、料理と家事をする。」【八百比丘尼】 「家事をする必要はないと思いますけど……」【神楽】 「私達も、ただでここに泊まってる。考えてみたら、申し訳ないかも……」【源博雅】 「そういえば、お前は料理が得意なのか?」【伊吹】 「大得意にゃん!中でも煮干し料理はニャンのお墨付きにゃ、早く煮干しを作れにゃん!」【小白】 「小白も食べてみたくなってきました……」【源博雅】 「じゃあ決まりだな!」晴明に挨拶すると、皆続々と帰って行った。庭院はようやく静けさを取り戻し、広々とした寝室の中には、須佐之男、晴明、荒の三人だけが残った。【神啓荒】 「君達二人はしっかり休みを取るべきだ。」【須佐之男】 「荒、これからのこと、高天原のことは、どうするつもりだ?代理神王の月読を失った今の高天原は、天照様を必要としている。早く何とかして天照様を呼び起こさなければ。」【神啓荒】 「天照様復活の手掛かりを探すよう、既に神使いを手配した。だが天照様が帰ってくるまでの間、高天原にはやはり神王の代理が必要だ。君は千年間行方不明になっていた。そして私は高天原に帰ってきたばかりだ。皆をまとめるには威信が足りない。それでも私は高天原に戻って予言の神の名を継ぎ、できるだけのことをやってみる。」【荒】 「他の星の子、神使いや神軍も説得しておかねば。」【須佐之男】 「高天原のことはさておき、どうすれば六道の扉を徹底的に閉ざすことができるのか、これについても考える必要がある。」【晴明】 「確かに、六悪神を討伐するには、我々は六道の扉の中に入り、悪神を全て排除しなければならない。しかしこれだけでは、虚無の侵食を止めることはできないだろう。」【神啓荒】 「六道の扉を完全に閉ざすには、最後にやはり神王天照様の力が必要だ。ところで君のことだが、仮に本当に凡人の身で世界の運命を変えられるとしても、君が初心を貫くという保証はどこにある?全てが終わる時、君は我々の知っている晴明のままでいられるか?それとも運命からの解放を求める、外道の鬼に成り下がるのか。」【晴明】 「それはさすがに買い被りすぎだ。私は都で生まれ育ち、最後には故郷の都で土に還るごく普通の陰陽師。霊視ができ、陰陽分離の術を使えるとはいえ、ただの一般人に過ぎない。」【神啓荒】 「一般人?君が?」【須佐之男】 「全ての命は滅びゆく途中で当たり前のように足掻いている。しかし人々はそれぞれ違うことに拘っていて、そこから異なる意味が生まれる。だから命はそれぞれ違っていて、人々は皆唯一無二の存在だ。この視点から考えれば、世の中には一般人など存在せず、幾千万の奇跡が織りなす物語に満ちている。そして晴明、君の物語も、眩しく唯一無二のものだ。」【晴明】 「私は終焉よりも、世の中の無数の物語の方が好きな暇人に過ぎない。それが私、そして何千何万の平凡だが平凡でない人々だ。」【須佐之男】 「もし何千何万人の君がいたら、俺は少し困るかもな。誰でも父上に負けを認めさせられるわけじゃない、白々しい嘘だが……今の人間界には斬新なことが多いな。もしよければ俺に教えてくれ。輪廻の陣を起動した後、嵐の勾玉は黄泉の国に繋がるようになった。たまに帰って、父上を見舞うことができる。」【神啓荒】 「晴明、君は有言実行できる男だと期待している。今日言ったことを忘れるな。これから、君は何度も与えられた運命に逆らうだろう。それでも、世界に与えられた命を裏切ることはないよう願っている。そして私は、広大な星海で君が天命を越えるのを見届ける。」【晴明】 「しかし、須佐之男様のことだが、本当にどうしようもないのか?」【神啓荒】 「過去を溯って辿り着いた世界は、所詮並行世界に過ぎない。我々がいる世界に与えられる影響は限られている。しかし並行世界である以上、そんな可能性も存在するということにはなる。少なくとも、千年前の審判の戦いで、我々は彼を助けることができた。私には、それだけで十分だ。今の私も彼も、もう一人で戦っているわけではない。君達と共に過ごす間に、私は数え切れないほどの奇跡を見届けた。もしかしたら今度こそ、本当に運命を変えられるかもしれない。そして私達は、新しい未来を手に入れる。」 |
星屑欠片ストーリー
星々の秘め事
星々の秘め事ストーリー |
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星の子は月海より生まれ、月海の中で月読様に育てられる。彼は僕らを導き、予言の方法を教えてくれた。月海の星の子は、皆平等だった……彼が現れるまでは。 あの「星の子」は、飛び抜けた才能を持っていて、月読様に大変気に入られている。普通の星の子の予言の力を遙かに上回る力を持つ彼は、月読様と二人きりになるという「特権」を享受していた。 僕達は推測していた。彼は月読様の跡継ぎになるのではないだろうか。僕の予言の力がもう少し強くなったら、この月海で答えを見つけられるかもしれない。 |
桜落ちる庭
桜落ちる庭ストーリー |
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セイメイ様の庭院にある桜の木は、いつも綺麗に咲いています。たまに壁際を通る時、舞い落ちる桜を見ると、思わず見惚れてしまいます。 先日庭院に泊まられた武神様は、桜の木が大変気に入って、まるで大切な人に久しぶりに会えたかのように、木の下の石机の隣で長い間佇んでいたそうです。しかしなぜ、あの方に視線を向ける時……神楽様はいつも悲しそうな目をしているのでしょう? |
虚実の夢
虚実の夢ストーリー |
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予言は往々として星の子達の多くの力を消耗する。彼らは福賜りから戻ると、いつも月海の懐に飛び込む。星の子達にとって、月海は母のような存在だ。そして一番安心できるのは、母の抱擁のような月海の懐で休憩する時間だ。彼らが赤ん坊のようにぐっすり眠れるように、月読様はいつも甘い夢を見せてくれる。 けれど、月海の奥には時折巨大な満月が浮かび上がることは、誰も知らない。そしてその中には、巨大な女神の姿が見える。女神はたまに水の中から出てきて、俯いて星の子達の顔を撫でてくれる…… |
雷光の秘め事
雷光の秘め事ストーリー |
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武神須佐之男といえば、幼い頃はぶっ飛んだ奴で、傲慢な態度をとっていたにゃん。しかしとある「事故」のあと、急に落ち着いた性格になって、人に優しく接することができるようになったにゃん。ニャンの傍に来たら相変わらず乱暴に撫で回してくるけど、雷を使って魚を焼いてくれるのに免じて、ニャンは大目に見てやってるにゃん。 陰陽師、また須佐之男に会ったら、何かもらうといいにゃん。ニャンからのお礼だと思っていいにゃん。 |
古き神の伝説
古き神の伝説ストーリー |
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世間では、高天原の武神須佐之男様に関する様々な噂が流れている。月神の信者はいつも、あの方は恐ろしい破壊の力を持っているとか、嵐や天雷の力をもって高天原の神殿をまるごと壊したとか、生まれてからいつも天照大神に不遜な態度をとっているなどと言っている。しかし蛇神を鎮圧したあの方の功績を称えるために、神社を建てた者もいる。武運や無病息災を願い、祈りを捧げる者もいる。 けれども先日大陰陽師の庭院を訪れた高天原の武神は、人々が作った像とは違って颯爽とした少年だったが、自身の像を見て彼はその斬新さを高く評価してくれたそうだ。 |
高天孤月
高天孤月ストーリー |
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うぱうぱ、「月神」のことを……調べているのか?はは、その顔、どうせ月神の名前を知っているだけで、一度も会ったことはないんだろ。せっかく月海まで来たことに免じて、教えてあげよう。僕に聞いてよかったね。僕こそが「月神」様が最も寵愛する神使いだ。 だけど、頼まれても月神様に会わせることはできないんだ……僕の「月神」様は、夢の中でしか会ってくれない。月神様に会いたがったお客さん達はみんな、最後には月海の暗闇の中に消えてしまった…… |
月巡星帰
月巡星帰ストーリー |
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月読様が最も寵愛する「星の子」は、普段はいつも無口で、話しかけられても返事しない。お高く止まっていて、反吐が出そうになる時もある。しかし共に人間界に向かい福賜りを行う時、彼は急に別人になったように優しい態度をとってくる。あとで知ったことだが、彼はわざと知らないふりをしているわけじゃないらしい。月読様に追いつくために、星辰の理の研鑽に打ち込み、予言の修行に励んでいるそうだ。 しかし月読様は高天原の唯一無二の予言の神だぞ。予言の力で、あの方と肩を並べることなど本当にできるのか? |
旅人の譫言
旅人の譫言ストーリー |
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うぱうぱ、また来たの?君の足音を聞いた時、「あの方」かと思ったよ。しっ……あの方は実は残酷な人なんだ。見た目は優しそうだし、弱そうだけど、裏では悪辣な手を使ってくるぞ。あの方に最も寵愛されているやつのことを知らないか?昔あの方は、そいつにを本当によく世話していた。しかしある「事故」のあと、あの方は長年に渡り、そいつに寂しい思いをさせているんだ。 まずい、喋りすぎた。いけないいけない。お母様は口が軽いやつが嫌いだ。うぱ。……他に何か用はあるか? |
蛇神の記憶
蛇神の記憶ストーリー |
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世の人々は、例外なく蛇神は禍つ神、邪神であり、その行く先には悲鳴が鳴り響き、争いが後を絶たないと決め込んでいる。しかし「禍」は突然現れるものではない。万物は流転を繰り返し、天地開闢の時に生まれた「愛」によって結ばれている。「愛」は人に甘美を教え、愉悦を贈り、未練を引き起こすけれど、同時に人は「愛」によって変化し、騙し合い、絶え間なく罪を孕む。 蛇神が世界に与えたものの中には、その特別な「造物」が含まれている……愛の甘美は、必ず痛みに負ける。愛の輝きは、必ず暗闇の中に消える。しかしその全ては、誰かの罪ではない。それは万物が避けては通れない因果の輪廻だ。 かつて雲の上から衆生を見下ろした蛇神は、このために古き世界の終焉を見届けようとしているのか? |
占いの趣
占いの趣ストーリー |
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ひ、ふ、み……うぱ!幸運の星が三つもある、これから君に幸運が訪れるね。 え?信じてくれよ、この手足をかけて誓う、本当だってば!ちょっと、まだ行かないでよ。これは「月神」様が教えてくれた占術だぞ。「あの方」の自慢の弟子にも負けないくらい当たるんだ!「月神」様は長い間姿を見せていないけど、僕は信じてる。いつか必ず会えるさ。その時、新しく生えてきた手足を見せてあげんだ……十分透き通った手足ではないけど、それでもとても可愛いんだ…… |
孤月昔話
孤月昔話ストーリー |
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およそ千年前、高天原はいつも人間界に神使いを遣わして福賜りを行っていた。ほとんどの神使いの力は、彼らが仕える神には劣っている。人間界に福賜りに行くと言っても、人間界に遊びに行き、一時の休暇を満喫するのが主な目的だった。 高天原で最も多くの神使いを抱える神様は、月読様だ。月読様は広く果てのない月海を持っている。全てを呑み込めそうな水面の下には、無数の星々を孕んでいる。そしてその星々は、皆新たな星の子に生まれ変わる可能性を持っている。 満月の夜、月読様に最も寵愛されるあの弟子は、いつも命令を受け他の星の子達を連れて人間界に福賜りに行く。そしてその頃から、人間界に月神の信者がたくさん増えたようだ。 |
猫語秘話
猫語秘話ストーリー |
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セイメイ様の庭院に須佐之男様が来てくださって以来、伊吹様は態度が大分柔らかくなったみたいです。「陰陽師よ、修行に励め」とか言わなくなりましたし、煮干しをせがむことすらしなくなりました。でも、恐らく原因は須佐之男様が作る煮干しが名だたる墓守りをも手懐けられるほど美味しいからでしょう。この前庭院でのんびりしていた伊吹様が教えてくれました。須佐之男様はお弁当やお菓子を作るのが上手で、子供達のために用意するお菓子の中に稲妻が走る飴を入れてあげることもあるそうですよ。あれほど強い神様なのに、そんな繊細な一面も持ち合わせているんですね…… |
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