【陰陽師】尋世香行ストーリーまとめ【ネタバレ注意】
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『陰陽師』の尋世香行イベント(超鬼王)のストーリー(シナリオ/エピソード)をまとめて紹介。メインストーリー(香燼拾遺)と欠片ストーリー(御夢星海)それぞれ分けて記載しているので参考にどうぞ。
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御夢星海ストーリー
凡香の祝福
凡香の祝福ストーリー |
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私は長年香行域を旅している。この世界の隅々を踏破し、ありとあらゆる香りを探し求めてきた。 しかし異変は突然起きた。一夜にして、天変地異が起こり、御香山は崩壊寸前となった。裂け目を補修するため、私は魂香を捧げ、塔の礎となった。 御香一族は香を器とし、様々な変化を生み出す。私は一族の中で最も凡庸な存在だ。 母は私にこう言った。御香の煙は御香一族の敬虔な祈りであり、鼻の中に入り込み、心に染みる香りを放つ煙は、神が答えてくれている証なのだと。 だが……今回ばかりは、答えを待つ時間すら残されていないようだ。 通りかかった旅人よ、もし残り香を嗅いだら、それは私が世界に与えた最後の祝福だと知ってほしい。 |
枯れゆく花
枯れゆく花ストーリー |
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香行域は他の世界とは違う。ここの草木、植物はどれも一風変わった香りを放っている。 以前、この場所には花の海があった。私はその花の匂いを全て憶えている。その香りから、花がいつ咲き、いつ枯れ、いつ眠りにつき、いつになれば再び咲くのかを知ることができた。しかしある日、世界の匂いが変わった。花々は香りを出さなくなった。萎んだ花々は、何かに怯えているようだった。私は花々を助けようと試みたが、最後には荒れ果てた大地しか残らなかった。 花よ、怯えることはない。私は既に神に魂香を捧げ、礎となった。君達はいつか再び咲き誇り、世界に香りを届けるだろう。 |
無我の夢
無我の夢ストーリー |
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最近物騒になってきたわ。あなたはいつも方々を旅して、身寄りのない孤児達を助けているから、くれぐれも気をつけてね。 いいえ、私のことは心配しないで。一緒にいることよりも、あなたがより多くの人々を助けることの方が大切だから。 でも残念なことに、今日は癒神香を切らしてしまったの。睡眠補助の香料しかない。私がお香を焚くから、ここで横になって。お香が燃え尽きる時、あなたは安らかな眠りにつき、辛さから解放されるわ。 おやすみなさい、愛しいあなた。今夜は安らかな夢と共に眠れますように。あなたが目覚め、新しい旅に出ても、私は再会の日まで、ここであなたを待ち続ける。 |
香契奇縁
香契奇縁ストーリー |
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ここ数日、小白は香行域で異郷の景色をたくさん見てきました。 たまにきつい香りに困ったり、眠たくなったりもしましたけど、夢を見ている時はいつも幸せでした! ここには変わった味がする辛い鍋の料理があります。でも鍋にたくさん入っている「パクチー」という植物は、とても印象深いものです。 熙様は無口な方のようですけど、一緒に鍋を食べる時はだいぶ優しくなります。辛いのが苦手そうに見えますが、実は結構お好きみたいです。 お喋りしていた時、小白に御香の作り方を教えてくれると仰っていました。そういえば、熙様は腰に菩提花の模様が入った匂い袋をつけています。誰かからもらったものだそうです。 御香一族は自由奔放で、縛られるのが大嫌い。そして親しい人にしか送らない特別な御香があると聞きました。その御香を焚くと、まるで本人に会えたような気分になるそうです。熙様の匂い袋は誰からの贈り物でしょう。懐かしくて、どこかで嗅いだことがあるような匂いがしますけど。 |
御香昔話
御香昔話ストーリー |
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世界を見回る旅は心身共に疲弊する。しかし傷だらけになった香行域を目にするほうがもっと悲しい。無数の人の形の石碑が大地に聳え立ち、世界の果てまで続いている。そしてある石碑の近くで、僕は一人の休憩中の女性に出会った。 女性の涙はまだ乾いていない。僕を見て、石碑に手を添えゆっくりと立ち上がった彼女は、小声で頼んできた。「我が一族の未来の長、御香を焚いてくださいませんか?」彼女は優しい眼差しで隣の石碑を見ている。「私の記憶を……使ってください。」 記憶をもとに、僕は彼女に代わって思い出の詰まった御香を焚いた。 香りが漂い、遠くに運ばれていく。大地の裂け目が補修されていく。ぼんやりと御香を見つめる彼女は、声を出さずに笑い出した。 「この世界は、御香一族の努力によって息を吹き返す。」 彼女はそう思っていた。僕もそう思っていた。 寄り添う二人のような石碑に触れてみたけれど、周囲と同じ死の匂いしか漂っていない。 でも僕は挫けない。冷たい石碑の中に眠っている魂がいることを、僕は知っているから。夢の中では、香行域の大地に花が咲き、傍には大切な人達がいる。 本当に素敵な夢だ。 |
流離う帰途
流離う帰途ストーリー |
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旅人は真っ暗な道を歩き続けている。やがて疲れ切った彼は、透き通った浅い湖にたどり着いた。旅人はそこで長い旅の中でたまった疲れを取り、香炉に伏せて眠りについた。 僕は慌てて御香の部屋から出た。服は所々に香料がついているけれど、僕は楽しくなって、走って家に帰った。 才能が消えた今、昔のように御香を正しく作ることはできなくなったが、嬉しい誤算として、様々な効果を持つできそこないの新しい御香がたくさん手に入った。 元の効用とはかけ離れたものになったけれど、同時に面白い「間違い」が起きるから、今日のように生活を彩る新しい御香が手に入るとつい嬉しくなってしまう。 家の中にいた熙を捕まえて外に連れ出した。驚いた顔をする彼をよそに、僕は笑って香炉の中の新しい御香を焚いた。 僕達は立ち昇る煙に乗って空を歩く。そして歩くたびに、足元の煙が花火になる。轟音と共に空に咲く花火は、御香山の鳥獣達を驚かせた。 「この浮空香はどうだった?」 「……浮空花火と言うべきだろう。」熙は呆れたようだ。 「それも悪くないね。目立つし元気になる。今度見回りに行く時は、これを作ってあげようか?」 「……」 足元の煙が消え、派手な花火も暗闇の中に消えた。美しい世界は夢に帰した。 恍惚の中、闇の中で目覚めた。服に昔の残り香が染み付いているような気がしたが、風の中にそんな匂いは少しも漂っていなかった。 昔の夢を見たのか……懐かしいな。 感慨を漏らし、手探りで香杖を取り出すと、僕は再び旅に出た。 旅に出る前、遠くに何か見つけたような気がした。ゆっくり手を差し伸べてみたが、やっぱり何もつかめなかった。 なんとなく……あそこから夢に似た気配を感じる。 でもやっぱり、気のせいかもしれないな。 |
香燼拾遺ストーリー
香拾・一
香拾・一ストーリー |
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【晴明】 「うっ……何だ……何かあったようだが、だめだ……目眩がして、何も思い出せない……ここは……どこだ?」旅人は辛そうに立ち上がったが、意識はまだぼんやりしていて、自分がどこにいるのか思い出せずにいる。どこからともなく耳元で囁きが聞こえた。その声が優しく呼び掛けると、旅人の意識は再びぼんやりとした。【幻影】 「おいで……こっちにおいで……彷徨う旅人よ、帰る場所は見つかったか?あなたも……故郷が恋しいのか?」【晴明】 「何かが……私を呼んでいるようだ……」霧に包まれた暗闇の中、彼はおぼつかない足取りで囁き声を追いかけている。【晴明】 「私は……どこに向かえばいいのだろう……あそこは……」耳元で響く囁きはさらに優しくなり、何度も同じ名前を呟く。【幻影】 「御香山……あの場所は、我らが故郷、御香山……」【晴明】 「私の故郷……御……」【黒晴明】 「晴明!」旅人の魂の奥から、彼を急き立てるような呼びかけが聞こえ、稲妻が突然闇を引き裂いた。【???】 「ん?これは……おかしな……異邦者?」周囲には霧が漂い、暗闇は素早く消えていく。【晴明】 「……違う!私の故郷は!」過去の欠片が、光のように目の前を掠めていく。彼は少しだけそれを捉えた。【平民甲】 「助けて!!!」【平民乙】 「どうか助けてください、陰陽師様!!!」【晴明】 「私が必ず、平安京を守り抜く!」歴史の残照の中、巨大な火の海が現れ、消えた。町を行き交う人々、移り変わる庭院の季節。旅人はその中に巻き込まれたが、意識は少しずつ冴えてきた。【晴明】 「ここが、私の故郷……平安京。」突然灼熱感に襲われ、彼は目を覚ました。【神楽】 「…………晴明!晴明、起きて!」【鈴彦姫】 「起きて……おい……起きろ!あたしの炎で炙られているのに、なぜ目を覚まさない?」【神楽】 「鈴彦姫様、やっぱりそれは……」【鈴彦姫】 「あたしの火加減を信じて。毛の一本も焦がさないから。それにきっと、彼はもうすぐ目覚める。消えかけていた彼の魂の炎も、また勢いを取り戻したし、だいぶ安定してきた。あたしの手助けはもう必要なさそうだ。」【晴明】 「…………」【神楽】 「!!晴明!起きたのね!」【晴明】 「ああ、心配はいらない。私はただ……長い夢を見ていた。助けてくれてありがとう、鈴彦姫様。だがもう目は覚めた、これ以上はもう……」【鈴彦姫】 「え?ああ!悪いね、火を消すのを忘れていた、はは。あたしは何もできなかった。あんたの炎が勝手に明るくなったんだ。何か思い出したのか、それとも何かに呼び起こされたのか。」【晴明】 「(考え込む)そうか……さっきの夢の中で、黒晴明の声を聞いた気がした。それから、平安京に関する記憶を見た。目覚めたら、ここに皆がいたんだ。」【神楽】 「!!!」【鈴彦姫】 「!!!」【晴明】 「どうやら、神楽達もよく似た経験をしたようだ。それはさておき、二つ聞きたいことがある。ここはどこだ?そして……我々は、なぜここにいる?」平安京……【蝉氷雪女】 「黒晴明様、悩み事ですか?」【黒晴明】 「(眉をしかめる)さっき霊視を通じて、晴明のことを見た気がする。」【蝉氷雪女】 「……晴明様ですか?晴明様は六道の扉に入ったはずですが……どうして黒晴明様の前に現れたのでしょう。」【黒晴明】 「言い方を変えるべきかもな。私はさっき突然、晴明の存在を感じた。」【蝉氷雪女】 「!!!もしかして、お二人の魂が互いに呼び掛けているのでしょうか……こんなこと、今までなかったはずですが……これは何を意味するのでしょう?」【黒晴明】 「……私にも分からない。しかし六道の扉の中は、未知の世界だ。何かあったのかもしれない。彼は困惑したような顔をしていたが……まさか六道の扉に入ってから自分を見失い、何か忘れてしまったのか?一度、あの武神様のところに行ってみるべきかもしれないな。」野営地の中……【晴明】 「つまり、あなた達も自分がなぜここにいるのか、どうやってここに来たのか覚えていないのか。確か、私と神楽は都に戻っている途中に、何かに出くわした。そして迸る妖気に巻き込まれ、意識を失った。」【神楽】 「多分……そうだった気がする!思い出した!お兄ちゃんと小白、それに八百比丘尼もいた!でも、皆いなくなっちゃった……」【晴明】 「もしかしたら、他の場所に送られたのかもしれない。」【鈴彦姫】 「あたしは雪山一族を避難させた後、妖気の源を追っていた。それで……その後何があったかは分からない。大方、縁結神も同じような状況だろう。」【晴明】 「縁結神?彼女もここにいるのか?」【神楽】 「うん……でも、縁結神様は、何か調子がおかしいみたいで……」その時、誰かが突然暖簾をくぐってずかずか入ってきた。【縁結神】 「おや!同郷の者、目を覚ましたか!」【晴明】 「…………同郷の者?」【縁結神】 「なんじゃ、われらは皆、故郷に戻る途中の御香一族じゃろう?こんなところで同郷の者に出会えるなんて、本当に嬉しいのう。ここはずっと真っ白じゃから、一人では退屈でな。お主らに会えてよかった。同郷の誼じゃ、われという仲間が増えても嫌ではなかろう?退屈しのぎに色んなものを持ち歩いておるのじゃ!お菓子に、話本に、お芝居に使う道具……何でもあるぞ!」【晴明】 「…………御香一族?」【縁結神】 「そうじゃ、なぜ神妙な顔をする?」【晴明】 「覚えているか?我々が誰で、自分が誰なのか。」【縁結神】 「大陰陽師晴明、神楽、鈴彦姫じゃろう。そしてわれこそが、御香山で最も有名で、最もお金持ちの大神、縁結神じゃ!とにかく、先に休んでおれ。われが荷物をまとめておく!明日は早起きするのじゃ!」【鈴彦姫】 「…………(小声)この状態でも……お金のことはしっかり覚えているんだな……まあいい、これ以上聞いても無駄だ。何を聞いても、彼女は今言ったことを繰り返すだけだ。」【神楽】 「うん……縁結神様は私達のことを覚えてはいるけど、なぜか故郷という考えにすごく拘ってる。平安京のことを話しても、頭の中で御香山に置き換えられるみたい。そして私達のことは、御香山に帰る途中の御香一族だと思ってる。」【晴明】 「御香山……さっきの夢の中でも、同じ名前を聞いたような気がする。」【鈴彦姫】 「その通り。夢の中で誰かがずっと耳元で囁いていた。故郷、故郷って。でも、あたしが見たのは昔の雪国と、何か変な光景だった。なんていうか……空で日向ぼっこする、みたいな。よくわからないけど。」【神楽】 「うーん……神楽はお父様とお兄ちゃん、それに……源氏の巫女のお姉さん達に会った。私は、巫女のお姉さん達に起こされた気がする。」【晴明】 「…………なるほど、分かった。鈴彦姫様、これは私の推測だが、あなたを呼び起こしたのは「大司祭」では?」【鈴彦姫】 「!!」【晴明】 「いくつか推測できることはあるが、まだ確証を得ていない。おそらく、博雅達を見つければ全て明らかになるだろう。目下の急務は、やはり状況把握だ。まずはこの辺りを調べてみよう。」【神楽】 「うん!」【鈴彦姫】 「あたし達は今、小さな野営地にいるんだと思う。目が覚めたらここにいたけど、ここにはあんた達以外誰もいない。」晴明は周囲を見回し、思案に耽る。【晴明】 「机の上に、埃がたまっている。つまりここは、長い間使われていなかったはずだ。野営地の天幕は簡単な作りで、備蓄物資も少ない。一時休憩用の仮宿といったところだろう。おそらく、この野営地を建てた人達は、随分前にここを去ったのだろう。……これは?」「最近、麓はますます物騒になってきた。凶暴な迷獣の大群が出現し、一族の者達は非常に心配している。世界の裂け目は増える一方だ。裂け目の深淵は命を奪い、凶暴で猛毒を持つ迷獣を無数に生み出す。神が目覚めるまで、御香一族は……どれだけの代償を払うのだろう?……」【阿立】 「…………」【山陽】 「見回りから帰ってきてから、ずっと一人でここにいるな。何を考えてるんだ、明子のことか?」【阿立】 「いや、ち……違う、癒神香を作っていて……今日は大変な一日だった。けが人も出たし、迷獣の毒はなかなか厄介だから、皆苦しむことになるだろう。癒神香にも、大した効果は期待できないかもしれない……」【山陽】 「…………まあ、仕方のないことさ。迷獣の大群と遭遇したんだ、まだ生きているだけでも奇跡みたいなもんだ。」【阿立】 「こんな生活が、いつまで続くんだろうな。昔の香行域がどんな場所だったか、思い出せなくなりそうだ。今はどこに行っても深淵、迷獣ばかりで……」【山陽】 「…………あまり深く考えるな。少なくとも、俺達にはまだ希望がある。ここの裂け目は既に熙様が直してくれたから、もう香域を構築できるぞ。これで、この地はもうひどい目に遭わずに済む。そういえば、あそこの裏山にはいいものがある。お前のために残しておいたぞ。」【阿立】 「ん?何があるんだ?」【山陽】 「はは、教えてやるもんか!」【阿立】 「おい!早く教えろ!」【山陽】 「はは、やなこった。こういうのは自分で確かめるものさ!俺は用事があるから先に行く。裏山に行くのを忘れるなよ。」「阿立の言う通りだ。険しい道だとしても、御香一族の未来はそこに広がっている。このまま歩いていけばいいんだ。故郷のために、皆頑張っているんだから。この裏山には明子が好きな霧落花がたくさん生えている。そういうことなら、ここに俺の香域を構築しよう。見回りの本拠地からそう離れていないし、危ない目に遭うことは心配しなくてもいいだろう。御香山に戻ったら、彼女の笑顔が見たいな。帰るのがますます楽しみになってきた。」【晴明】 「どうやらこれは、以前の御香一族が残した手記のようだ。この世界は一見平和な場所のように見えるが、実は……ここも危機に晒されているのか……」【神楽】 「晴明、他の場所は全部確認した!人が泊まってた痕跡を見つけたけど、これ以上の手掛かりはなさそう。」【鈴彦姫】 「でもあたしはこれを見つけた。香り玉のようだけど、何に使うかは分からない。」【縁結神】 「これは、案内香じゃ!」【鈴彦姫】 「!!!急に後ろに現れるな。案内香について、皆に説明してくれるか?」【縁結神】 「こほん……お主らは集中しておるようじゃから、邪魔したくないが……案内香がなければ、家に帰ることが困難になるのじゃ!御香山は空に浮かんでおるから、一旦山を降りたら帰り道は中々見つからぬ。御香山で神香を焚くと、故郷の声が皆の魂に呼び掛けるのじゃ。そして案内香を辿っていけば、御香山に帰る道が見つけかるのじゃ。」【鈴彦姫】 「……故郷を誤認してるのは良くないけど、御香のことに詳しくなったのは良かった!」【晴明】 「縁結神様はだいぶ前から山を降りていた。今、故郷に帰るということは、案内香を持っているのか?」【縁結神】 「もちろんあるぞ……え?案内香がな、ない……!?あれれ、おかしいのう。どうして案内香がないのじゃ?」【神楽】 「それは多分、縁結神様は本当の御香一族じゃないから……」【晴明】 「どうやら一部の認識は改ざんされたが、残りの部分はあまり影響を受けていないようだ。おそらく我々と同時にここに入ったのだろう。」【神楽】 「うん……それに、潜在意識では、本当の自分と私達のことも覚えてるし。」【鈴彦姫】 「ただ故郷を変えただけか……」【縁結神】 「案内香がないとは!ならばお主らに会えたのは不幸中の幸いじゃ……でなければ、帰りたくても帰ることができぬところじゃった。」【晴明】 「縁結神様、御香山というのは、一体どんな場所なんだ?」【縁結神】 「そんなことまで忘れたか、やはり長い間留守にしすぎたのじゃな!この世界の果てに浮かんでいる御香山は、この世界の皆の帰るべき場所じゃ。もちろん!一番重要なことは!あそこには大小さまざまな縁結神の神社があるのじゃ。金銭香、ご縁香りが漂い、縁結びの赤い糸が山中張り巡らされている!へへ、あそこに戻って神社でお香を焚けば、われは寝ながら無数の信者を待てばいいのじゃ。」【神楽】 「う……晴明……」【晴明】 「ああ、わかっている。」【鈴彦姫】 「……恋しい故郷というより、理想郷といったほうが妥当じゃないか?そもそもそんな胡散臭い御香が本当に存在するのか?」【縁結神】 「どれもわれが得意とする御香じゃ!(うきうきしながら荷物を背負い込む)とにかく、早く出発するぞ。皆、もう感じたじゃろう!故郷からの呼び掛けを!」【晴明】 「そういうことなら、今すぐ出発しよう。ここがどんな場所なのか、私も見ておきたい。ここは、我々がこれまで訪れた場所とは全く異なっている。」【鈴彦姫】 「そうね、ここの雲や霧は空をも覆い隠している。地面にいても、雲の上を歩いているかのように錯覚してしまう。本当に、今までのどんな場所とも違うな。」【晴明】 「いたるところに草花が生えているが、活力や霊力は驚くほど少ない。」【神楽】 「それだけじゃない。晴明、見て。」神楽は煙に包まれた草花に触ろうと手を差し伸べるが、色鮮やかな風しか掴めなかった。【神楽】 「この匂い、本当の草花と分別がつかないくらい、似てる。ここでは……風さえもが形を持つ煙で、他のものの匂いを運ぶことができるみたい。」【鈴彦姫】 「ここでは確かに方向が分かりづらい。」【晴明】 「やはり案内香に案内してもらおうか。」晴明の手の中に出現した霊力の炎が、香り玉に火をつけた。すると煙がゆらゆら立ち昇り、ぼんやりとした人の姿になった。【神楽】 「これは……」煙で形作られた人影はその場で少し立ち止まると、すぐに崩れた。そして一筋の煙となって、ある方向へと広がっていく。」【縁結神】 「こっちじゃ!」【晴明】 「よし、ついて行ってみよう。」一同は不思議な煙の後を追って、濃い霧の中を進み続けている。【鈴彦姫】 「この匂い、分かるか……?」【晴明】 「外の世界と比べると、ここではあらゆる匂いが濃くなっている。目には見えないが、色々な物の横を通り過ぎた実感がある。花々、落ち葉、まぶしい日差しが青い草に降り注ぐ匂い……」【神楽】 「私達の嗅覚が、強化されたの?」【縁結神】 「御香一族は、文字通り御香に関わる一族じゃ。嗅覚が優れておるのは当然じゃ!」【鈴彦姫】 「いや、それだけじゃない。この先に何かいるみたい……冷たくて湿っぽい匂いがする何か……あれは……凍ってしまった命の炎?」【神楽】 「危ない!!!」霧の中から突然獣の咆哮が聞こえた。現実か幻か定かではない獣が霧の中から飛び出し、煙を辿って一同に襲いかかる。【鈴彦姫】 「ふん、生きているのか?死んでいるのか?」【縁結神】 「迷獣!?」【晴明】 「迎撃準備を!」皆、警戒を高めて迎撃した。しかし恐ろしい力を持つ奇怪な獣は、まるで実体を持たないようだ。【鈴彦姫】 「この迷獣とやらは厄介だ。本当に存在しているのか?でも怒っているようだ。ふん、感情があるなら、あたしが火をつけてやる!」灼熱の炎が掠めた後、炎に包まれた迷獣は散ると同時に、黒い煙となって膨張し、香り玉を持つ晴明に襲いかかった。【神楽】 「晴明!!!」紫色の閃光が光り、長い杖を持った厳めしい人影が現れた。【熙】 「……ちっ。」その時、晴明の手のひらで雷光が光った。痺れに襲われた後、彼は無意識に迸る魂を握り締めた。そして次の瞬間、闇に囚われた。【山陽】 「迷獣の群れが突然侵入してきた!裂け目はもう塞いだはずだ、こいつらは一体どこから現れたんだ?!早く!脱出するぞ!」【阿立】 「皆……」【山陽】 「皆があっちに集まってる、早く!」【阿立】 「……逃げるぞ!」……【山陽】 「くそ!いつの間にか、前に深淵が!」【成員】 「でも今さら引き返すこともできないぞ!迷獣の群れが迫ってきた!」【山陽】 「……俺に任せろ、この裂け目は俺の香域で塞いでみせる。」【阿立】 「いや……俺がやる。お前ほど強くはないが、この裂け目を塞ぐには十分だ。」【山陽】 「お前……」【阿立】 「皆を連れてここを脱出し、御香山に戻るんだ。御香山に帰った後……もし明子に会ったら、この御香を彼女に渡してくれ。……行け!」青年の持つ香炉が光を放ち、彼は深淵の中に飛び込んだ。体が煙になっていくが、それでも彼はある方向を見続けていた。濃い煙に包まれて深淵は消えさり、大地が現れた。人形の石碑がゆっくりと出来上がる。その中には誰かの魂が眠っているようだ。【晴明】 「これは、御香一族の記憶……」【御香碑】 「…………御香……」【???】 「願いは聞き届けた。」……晴明は立ち上がったが、意識はまだぼんやりとしていた。どこからともなく耳元で囁きが聞こえた。その声は彼に優しく呼び掛けている。【晴明】 「う……聞き覚えのある、これは……最初のあの夢のようだ。」【幻影】 「おいで……こっちにおいで……彷徨う旅人よ……帰る場所は見つかったか?あなたも……故郷が恋しいのか?」【晴明】 「私の故郷?」疑問を口にすると、闇は再び消え去り、光に包まれた大地が出現した。この瞬間、ようやく霧が晴れ、明媚で不思議な香行域が目の前に広がった。【晴明】 「ここは……」【尋香行】 「僕達の故郷、御香山。君の雷光が、僕の夢を掻き乱した。異邦者よ、君は何のためにここに来たんだ?」【晴明】 「私の……雷光?」【尋香行】 「ふふ、たくさん悩みを抱えているようだね。もっと君の話を聞きたいけど。でも……時間がない。いつかきっとまた会える。」【晴明】 「……待ってくれ、これは一体!」目の前の少年は微笑み、一歩前に出て晴明を見つめる。彼の目の中に映っているのは晴明の顔ではなく、このがらんとした世界だった。彼は世界全体を、その目の中に収めているようだ。【晴明】 「………………………………」【神楽】 「……晴明!」【鈴彦姫】 「ちょっと、何ぼんやりしてるの!」【晴明】 「……なんだ?」【縁結神】 「顔色が変じゃ、さっきの迷獣の力には触れておらぬはずじゃが?」【晴明】 「(これは……どういうことだ?私はさっき、誰かの目の中に入っていたのか?)」【熙】 「…………手を。」【晴明】 「え?」突然目の前に現れた厳めしい少年は説明する代わりに、香杖で彼の手のひらを軽く叩いた。【熙】 「…………侵食は受けていない。なら、ついてきてくれ。」【晴明】 「……すまない、侵食とは何のことだ?」【鈴彦姫】 「ほら、あそこ。迷獣はあそこから出てきたらしい。」晴明がその場所を見ると、そこには見たことのある石碑の残骸があった。【晴明】 「これは……(これはあの御香一族が犠牲になってできたものか……)」【熙】 「これは深淵の侵食を受けた御香碑だ。中の魂も侵食されてしまった。これに触れたら、簡単に侵食される。」【晴明】 「……侵食されたら、どうなる?」熙は足を止め、晴明をじっと見た。【熙】 「その魂は、暗闇の中で悪意に呑み込まれる。一度侵食されたら、もう逃げられない。変な幻が、はっきりと見えるようになる。もしお前が侵食されたら。俺が必ず、お前を浄化してやる。」【鈴彦姫】 「……それはまともな人間が口にするような言葉じゃない。」【晴明】 「分かった。そういえば、この方は……」【熙】 「熙だ。」【晴明】 「熙様、我々は、どこに向かっているんだ?」【熙】 「俺はこの辺りを見回っている。はぐれてしまった一族の者を見つけたら、拠点に連れ帰るに決まっている。」【晴明】 「拠点には他に誰かいるのか?」【熙】 「もちろんだ。」【縁結神】 「よかった、やっと皆に会えるぞ!」【晴明】 「では出発しよう。」【熙】 「待て。」袋を取り出した熙は、地面に散らばっている石碑の欠片を丁寧に集めて袋の中に入れた。【鈴彦姫】 「この石碑には……強い生命力があるようね。まるで魂が取り憑いているみたい。」【晴明】 「本当にそうかもしれないぞ。」【神楽】 「晴明……さっき……」【晴明】 「心配するな、神楽。私は大丈夫だ。」【神楽】 「ならよかった!お兄ちゃんと小白達に、拠点で会えたらいいな!私達も早く行こう!」神楽が鈴彦姫に追いついたのを見届けると、晴明は足早に追いかけることなく、わざと皆と距離を置いた。「本当に威勢がいいね……」【晴明】 「…………」「あまり驚いていないようだね。」【晴明】 「君か。隠さなくてもいい、とっくに気づいている……熙様の言っていた通り、私は既に侵食されている。君の名前を、教えてくれないか。」【尋香行】 「僕のことなら、尋……香行と呼んで。念のため、しばらく僕のことは秘密にしておいてね、晴明さん。でなければ、今の彼はきっと……容赦なく、僕を排除するから。」 |
香拾・二
香拾・二ストーリー |
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六道の扉に入り、悪神を討伐するつもりだった晴明一行は、霧が立ち込める平原に迷い込み、元の目的を忘れてしまった。平原で突然襲撃された一行は、見回りに来ていた熙に助けられた。熙は彼らをはぐれた一族の者だとみなし、拠点に連れ帰った。 ……平原 皆熙についていくが、後方の晴明だけは彼らと距離を置き、目的の分からない思念と交流している。【晴明】 「尋香行……様。ずっと傍で様子を見ているようだが、私の疑問に答えてくれないだろうか?」【尋香行】 「言ってみて?」【晴明】 「ここは一体どこなんだ?そして我々はなぜここに迷い込んだ?」【尋香行】 「ここは香行域、僕達御香一族の住む地だ。君達については……異邦の旅人よ、来た道すらも忘れてしまったのかい?てっきり、君達は自らの意志でここに入ってきたんだと思っていたよ。」【晴明】 「なんだと?」【尋香行】 「君達がいつ現れたのかは知らない。知らない人の匂いがしたから、僕は君達の存在に気づいたんだ。……もう長い間、君達みたいに生き生きとした人には会っていなかった。」【晴明】 「…………」【尋香行】 「緊張してる?ん……人を喰らう悪霊……?ああ……そういうことか。(我慢できずに笑う)心配しないで、そういう意味じゃないから。君達に対して悪意はないよ。」【晴明】 「……私は何も言っていないが。」【尋香行】 「聞いたんじゃなくて、君の考えを嗅いだんだ。」【晴明】 「…………」【尋香行】 「へえ、君は自分の故郷でも人の心を読める……妖怪に出会ったんだね?ああ、なるほど……すごく不思議な人生を送っているんだね、晴明さんは。」【晴明】 「……尋香行様。やはり私は、考えを口に出して交流する方がしっくりくる。」【尋香行】 「……ごめんね。思念で交流しているから、今の僕には、君の心の声と実際に口にした言葉がちょっと判別しにくいんだ。でも君は、他にも多くの疑問を抱えているような匂いがするね。でも君達の目的地は、もうすぐそこだよ。わけあって、僕はしばらくそこに行くわけにはいかない。だから手短に話をまとめよう。この世界には、確実に危険が潜んでいる。よそ者の君達は、思いもよらない厄介事に巻き込まれるかもしれない。君から特別な気配を感じた。それがずっとここの力を掻き乱しているようだ。」何か思いついたように手を握り締めた晴明は、あの一瞬だけ光を発した雷光を思い出した。【尋香行】 「厄介事に巻き込まれたくなければ……御香山に関わることには一切近づかないほうがいい。」【晴明】 「なぜだ?」【尋香行】 「あそこはとうの昔に闇に堕ち、御香一族の二度と帰ることのない故郷となった。」【晴明】 「それが本当なら、さっき熙が言っていたことは……」【尋香行】 「彼の言葉を信じるか、それとも正体不明の怪しい僕を信じるか。それは君次第だよ。」【晴明】 「……そこまではっきり言われると、返事に困るな。」【尋香行】 「はは、焦らないで。様子を見てから、どっちを信じるか決めてもいいよ。御香一族の拠点は、この先にある。僕はここで失礼するよ。くれぐれも気をつけてね、晴明さん。」【晴明】 「…………あの不思議な思念体は、消えたのか?これは一体……来た時も消えた時も痕跡を残さなかったようだ。おそらく神楽達も何も気づいていない。亡霊ではないが、普通の妖鬼神魔の類でもないのだろう。まるで短い間の投影のような……まさかあの夢の中に隠れているのか?」【神楽】 「晴明!着いたみたい!」丘を越えた一行は、とある断崖の近くに巨大な拠点を見つけた。しかし思っていたような賑やかな場所ではなかった。むしろ人が少なく、寂しそうな場所だった。【熙】 「着いたぞ。好きな天幕で休むといい。水や食べ物なら、真ん中の天幕でもらえる。」【小白】 「セイメイ様!!!」【源博雅】 「神楽、晴明!」【御饌津】 「晴明様、神楽様、ようやくお会いできました。」【八百比丘尼】 「やはり晴明さん達でしたか。ここでは何かに私の感覚が遮られていて、晴明さん達の気配は薄々感じられたのですが、詳しい方向まではわかりませんでした。」【熙】 「…………知り合いがいるのか。そういうことなら、何かあれば彼らに聞け。俺は引き続き見回りに行くから、これで失礼する。」熙は皆に軽く頭を下げると、すぐにどこかへ行ってしまった。【八百比丘尼】 「晴明さん達も、彼に連れて来られたんですね……」【小白】 「セイメイ様!御香山を出てから、小白はもう長い間セイメイ様にお会いしていなかったような気がします!」【源博雅】 「俺も久しぶりだ……あの時、犬っころについて行くべきじゃなかった。道が分からないくせに知ったふうな口を利くから、散々回り道をするはめになった。」【小白】 「博雅様だって、一度も正しい道を見つけられなかったじゃないですか。」【源博雅】 「なんだと!この犬っころ!」【八百比丘尼】 「こういう状況に陥るのは、おそらく初めてではありませんよね?」【鈴彦姫】 「盛り上がってるね。何だか見覚えがある気がするけど……この前雪国に来た時も、同じ感じじゃなかった?」【神楽】 「…………お兄ちゃん!」【源博雅】 「次は必ず……ん?神楽?ど……どうしたんだ!今にも泣き出しそうな顔して!」【神楽】 「あ、あの、お父様とお母様のこと、私達の家のこと、それに源氏のことを覚えてる?」【源博雅】 「もちろんさ!俺達は御香の源氏じゃ……」【神楽】 「……どうして御香なんて言うの……」【源博雅】 「いや、ち、違う、御香じゃない!神楽が正しい!神楽が違うと言うなら、俺も違うと思うぞ!」【御饌津】 「…………私と会った時には、もうこの状態でした。自分は御香一族の一員なのだと信じ込んでいます。神力を使って術を解こうとしても、何の手応えもありませんでした。だからここであなた達を待っていたんです。」【鈴彦姫】 「ん?あんたは……?不思議だ。初めて会ったのに、どこか懐かしく感じる。」【御饌津】 「……鈴彦姫様、何を仰っているのですか?平安京でお会いしていますよ。」【鈴彦姫】 「???それはいつのことだ!?」【晴明】 「御饌津様はいつここに来たんだ?」【御饌津】 「え?私達は、邪神ヤマタノオロチが審判を始めた時に、一緒にこの地に落ちてきましたよね?」【鈴彦姫】 「!!!」【神楽】 「!!!」【御饌津】 「私は荒様の命令に従い、都を守る皆さんに力を貸すためにやって来ました。しかし、最終的にヤマタノオロチはやはり封印を破り、邪神として平安京に降臨しました。その後……えっと……その後は……」【晴明】 「その後は、ここに来てしまった。だが私の推測通りであれば、どうやってここに来たのかは、誰も覚えていないだろう。」【八百比丘尼】 「ええ、それだけではありません。もしかしたら、私達がここに入った時間も、違っているかもしれません。私はヤマタノオロチが封印を破る前に、妖気の襲撃を受けてここに入ったと記憶しています……これは御饌津様が仰っていたことと、明らかに食い違っています。」【晴明】 「ああ、我々の記憶には明らかに時間の齟齬があるな。博雅と小白、そして縁結神が自分は御香一族の者だと思い込んでいる理由は、記憶を書き換えられたからだろう。全ては、我々が目覚める前に見たおかしな夢の中で起きたことだ。」【八百比丘尼】 「あら?ではどうして私達は、そう思い込んでいないのでしょう?」【晴明】 「……おそらく、魂が欠けているからだろう。私は黒晴明に呼び起こされたおかげで、あの夢に惑わされずに済んだ。神楽と鈴彦姫も、同じような経験をしている。あの夢に入り込めなかったから、目覚めた時には記憶の一部を失っていた。だが代わりに自我を保つことができた。」【神楽】 「それも不幸中の幸い?」【晴明】 「そうかもしれない。御饌津様の話によれば、この件は邪神の降臨後に起きたことらしい……であれば、全ての根源は彼かもしれない。あるいは、それは間違っていて、我々は皆何かを忘れているのかもしれない。だが答えを見つける前に、まずは目下の問題に集中しよう。この地には謎が多く、危険が潜んでいるが、我々が知っていることは極わずかだ。」【八百比丘尼】 「私達が知っていることを整理してみましょう。ここには御香一族が住んでいます。彼らは何か重大な災害に見舞われ、大地のあちこちに散ってしまったようです。あの神出鬼没の熙様は、一族の未来の長です。各地で一族の者を探しています。私達も、彼に連れられてここに来ました。」【晴明】 「災害か……そういえば以前あの野営地で、御香一族の者が残した手記を見つけたことがある。」「世界の裂け目は増える一方だ。裂け目の深淵は命を奪い、凶暴で猛毒を持つ迷獣を無数に生み出す。神が目覚めるまで、御香一族は……どれだけの代償を払うのだろう?」【八百比丘尼】 「世界の裂け目、凶暴な迷獣……不穏な言葉ばかりですね。」【晴明】 「ああ。ここに来る途中で群れからはぐれた迷獣と遭遇したが、侮ってはならない。群れで現れれば、大きな脅威になる。」【鈴彦姫】 「縁結神はその迷獣とやらに詳しそうだったけど。彼女に聞いてみたらどう?……あれ?縁結神は!?」【縁結神】 「最新の話本、珍しい画集、そして異邦の精巧な玩具。何でも揃っておるぞ。どうじゃ、欲しいものはないか?」【御香一族の男】 「…………」【御香一族の女】 「…………」【縁結神】 「…ああ、こういったものには興味がないか。他にもあるぞ、新鮮な食材と果物!そして一流の料理人が作った秘伝の煮干し!一度食べればやみつきになる味じゃ!どうじゃ?何か欲しいものはないか?!」【御香一族の男】 「…………」【御香一族の女】 「…………」【縁結神】 「は、はは、何にも興味がないか。そういうことなら……われの一番得意な物語を聞かせてあげよう!御香山異聞録!」【御香一族の男】 「御香……山……」【御香一族の女】 「御香山……異聞録?」【縁結神】 「そうじゃ。早速始めるぞ!御香山のあちこちにある縁結び神社で、こんなことが起きた……」【御香一族の男】 「御香山に、縁結び神社はないぞ。」【御香一族の女】 「御香山はただ一人の神様、偉大なる持国天様しか祀らない。」【御香一族の男】 「持国天様の栄光への冒涜は許されない。」【御香一族の女】 「そして私達もいつか神様に見守られながら、平和な御香山に帰るの。」【縁結神】 「えっ?!な……なんじゃと?!われの神社じゃから、間違えるはずはないのじゃ!」【鈴彦姫】 「(縁結神を引き寄せる)……そうそう、とてもとてもすごい神社だ。縁結神様、すごい神社の主なんだから、ここは大目に見て。」【御饌津】 「…………縁結神は一体……」【鈴彦姫】 「御香山で素敵な夢を見ただけだから、心配しないで。そういえば、すごい神社があるのに、どうして行商人のようなことをしているの?」【縁結神】 「へへ、いつもの癖じゃ。それにお主も聞いたことがあるじゃろう?塵も積もれば山となる。だから一日たりとも怠ってはならぬのじゃ!」【鈴彦姫】 「……一理あるね。でも皆興味なさそうよ、縁結金持大神。」【八百比丘尼】 「御香一族の皆さんの様子が、なんだかおかしいですね。」【晴明】 「私が聞いてみよう。御香一族の皆さん、我々は遠い地からやってきた旅人だ。初めて来たので、ここのことはよく分からない。もしよければ、ここがどういう場所なのか教えてくれないか?」【御香一族の男】 「…………」【御香一族の女】 「…………」【神楽】 「反応がないみたい。」【晴明】 「もしかしたら……聞き方を変えるべきかもしれないな。あなた方は御香山を探していると聞いたが、その御香山は一体どこにあるんだ?」言った傍から、目の前の御香一族は突然興奮し始めた。」【御香一族の男】 「!!!」【御香一族の女】 「!!!」【御香一族の男】 「御香山!御香山は俺達の故郷だ!」【御香一族の女】 「御香山は我が一族が待ち望む約束の地、平和な眠りの地。」【御香一族の男】 「我らの魂が、神の見守る平和の地に帰ることができますように。」【御香一族の女】 「我らの魂が、神の見守る平和の地に帰ることができますように。」【晴明】 「……これ以上は、何も聞き出せないようだ。」【御饌津】 「彼らの反応は、少し熱狂的すぎる気がします。」【鈴彦姫】 「熱狂的すぎてちょっと不気味だけど、故郷が恋しすぎるとこうなるの?興奮しているようには見えるけど、感情の変化はあまり感じられない……感情の変化がないというより、感情がないみたい。この世に……本当に感情がない人なんている?」【縁結神】 「うーん……デカ氷とか?」【鈴彦姫】 「…………冷たかったり、人の心が分からないのも、あくまで頑固さの表現の一つよ。それに彼は……」【縁結神】 「ふふ、彼はなんじゃ?」【鈴彦姫】 「……とにかく、こんな人達、今まで一度も見たことなかった。心があってこそ、生きていると言える。彼らは……本当に生きているの?」【晴明】 「…………今は状況が分からないし、手がかりも少ない。少しやり辛いな。別行動をとって拠点を調べれば、何か見つかるかもしれない。」【小白】 「小白はセイメイ様について行きます!」【鈴彦姫】 「あたしは縁結神といる。誰かが見張っておかないと、迷子になるかもしれないから。」【源博雅】 「何を言っているのかよくわからないが、俺は神楽といるぞ!」【八百比丘尼】 「では私は御饌津様と共に。」【神楽】 「うん!うまくいきますように!」【晴明】 「では早速出発しよう。」皆がそれぞれ、拠点のあちこちを調べる。【晴明】 「皆拠点の中を調べているが、私は拠点の外が少し気になる。先に拠点の外を調べてみよう。」【小白】 「小白もちょっと気になります!ここに来る時、霧の中から変な匂いが漂っていた気がします。大勢の人に見られているような感じがしましたが、いざ探してみても誰もいませんでした!」【晴明】 「大勢の人か……それは石だったかもしれないな。」晴明と小白は拠点を出て、再び霧の中に足を踏み入れた。その時、彼らは近くで迷獣の咆哮と、激しい戦いの音を聞いた。急いで駆けつけると、迷獣の群れに囲まれた見覚えのある人影が目に入った。【小白】 「セイメイ様!見てください!あそこに熙様がいるみたいです!」【晴明】 「厄介なことに巻き込まれたようだ。行くぞ、彼を助けるんだ!」【熙】 「……うーん……」【小白】 「熙様、ご無事ですか?」【熙】 「……大丈夫だ、ありがとう。」【晴明】 「外はこれほど危険なのに、なぜ仲間を連れず、一人で見回りに行くんだ?」【熙】 「……だめだ。拠点を離れれば、彼らはすぐに再び侵食を受け、霧から抜け出せなくなる。」【晴明】 「再び侵食を受ける?」【熙】 「…………ついてこい。」熙と共に拠点の下の山崖に来た晴明と小白は、そこで隠れた洞窟を見つけた。洞窟の中には、砕けた石碑がいくつか大切に置かれている。星のような光を放つ石碑は、宝石のように透き通っている。【小白】 「うう、セイメイ様、とても強烈な、命の匂いがします!」【晴明】 「これは君が集めた……」【熙】 「侵食を受けてしまった石碑だ。この中には、魂が眠っている。目覚めれば、彼らは終わりのない苦痛に苛まれる。」彼が持つ香炉に突然火がつく。そこから溢れ出た煙が砕けた御香碑を包み込み、その中の魂を解放した。【御香碑】 「うう……ああ……うう……苦しい……死……苦しい……」【熙】 「浄化でしか、苦痛から彼らを解放することはできない。」押し寄せる黒い霧が潮のように引いていき、中から透き通った魂が現れた。【熙】 「持国の名において、汝らに永遠の安息を与えん。我らは、いつか必ず神が見守る平和な地に帰る。」煙が立ち昇る中、黒い霧がゆっくりと香炉の中に吸い込まれていく。熙が手を差し伸べ、魂達の眉間に優しく触れた。すると鮮やかな色が咲き誇り、彼の手の中で無垢の菩提の花となると、すぐに消えてなくなった。恐ろしい形相だった魂が静になる。色褪せ、青白くなった魂は地に落ち、すぐに息を吹き返した。【小白】 「……わあ!セイメイ様、蘇生です!」【熙】 「彼らは呼び起こされただけだ。ゴホゴホ……」【晴明】 「体調が良くないようだな。」【熙】 「なんてことない。浄化で大量に力を消費して、少し息ができなかっただけだ。」【晴明】 「おや、あの方とはどこかでお会いしたことがあるようだ。」【熙】 「ああ、お前達と共に連れて帰ってきた一族の者だ。」【阿立】 「…………」【晴明】 「私のことを、覚えているか?質問を変えよう……山陽と、御香山にいる明子のことを、覚えているか?」【阿立】 「…………御香……御香山……」【晴明】 「……どうやら彼は、忘れてしまったようだ。」【熙】 「これが浄化の代償だ。一時的に執念となった汚れた感情を抽出すると、御香山への未練と期待だけが残る。神様が目覚めれば、俺達は御香山に帰る。そうなれば、全ての困難は自然に解決に導かれる。しかしもし再び侵食を受けてしまったら、彼らは永遠に御香山の外で彷徨い続ける。拠点の中にいれば、俺の力が彼らを守ることができる。俺が神様を呼び起こすまで待っていればいい。これは未来の長である俺が、背負わねばならない責任だ。」【晴明】 「御香一族の中には、その重荷を共に背負ってくれる者はいないのか?」【熙】 「…………彼とはとっくの昔にはぐれてしまった。」【小白】 「なるほど……もうこの世に……」【熙】 「!そうじゃない。」【小白】 「うわ、すみません!小白の勘違いでした……!」【熙】 「……気にするな。彼を見つけることはできなかったが、無事だということは分かっている。…………このまま会わないほうが、安全かもしれない……」【晴明】 「すまない、何か言ったか?」【熙】 「何でもない。行こう、彼らを全員連れて帰るんだ。」【小白】 「あれ、壊れた御香碑も持ち帰るんですか?」【熙】 「ああ、他に使い道があるんだ。迷獣と戦えるだけの力を持っているお前達に……一つだけ頼みがある。近頃拠点の近くで、迷獣が頻繁に出現するようになった。一人では手が回らない時もあるかもしれない。」【晴明】 「我々にも見張ってほしいということか、お安い御用だ。小白と共に、この辺りをもう少し調べてみたい。ここからは別行動になる。」【熙】 「ああ、それなら気をつけろ。もし途中で御香碑を見かけたら、彼らも連れて帰ってきてくれ。俺は先に、彼らを拠点に連れて帰る。」【小白】 「拠点の皆さんは、こうやってあそこに来たんですね……つまり、熙様と小白達だけが正気を保っているということですか?本当に荷が重いですね。しかし全ての苦しみを忘れることも、一種の解脱になるのでしょうか?」【晴明】 「御香山以外、全てを忘れることは、本当にいいことなのか?七情六欲はなくなり、かつての記憶は全て失われた。残った執念は、その起源すら分からない。ならば彼らは、一体何に拘っている?執念に囚われた存在は、本当に彼ら自身だと言えるのか?私は、違うと思う。」【小白】 「もし小白が選ぶとしたら、例え御香山のことを忘れても、セイメイ様のことは絶対に忘れません!」【晴明】 「…………ああ、心配はいらない。我々は必ず帰る道を見つける、約束だ。」【小白】 「小白はいつだってセイメイ様を信じています!」【晴明】 「さっきの彼の発言で、一つだけ分からないことがある。神を呼び起こす……一体どうやって?(それにあの不思議な幻は、御香山はとうの昔に闇に堕ちたと言っていた。それは……神が眠りについたことを言っているのか?なんだか、そんなに簡単なことではない気がするが。)」朦朧とする夢の中、ある人影が手の中ではしゃぐ香霊をいじっている。しかし突然、いくつかの香霊が砕け、消えてしまった。【尋香行】 「………………夢から目覚めたんだね。目覚めても、現実に戻ることはできずに、さらに暗い夢の中に落ちてしまった。熙。彼らの目に映っているのは、本当に『君』なのかな?」 |
香拾・三
香拾・三ストーリー |
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【神楽】 「晴明、ここにいたのね!」【八百比丘尼】 「やはり私の推測通り、小白と共に拠点の外を調べていたんですね。」【小白】 「神楽様!どうして拠点を出たんですか?!小白達がここに来る前、神楽様達は拠点の奥に向かっていたのに!たしか博雅様は、誰かの天幕の前でこそこそ何かを探していました……」【源博雅】 「!!!おい、なんて言い草だ!隠された手がかりがないか、調べていたんだ。」【小白】 「なるほど、小白の勘違いだったんですね。とはいえ、博雅様のあの動きは、小白が隠したお菓子をこそこそ探していた時にそっくりでしたよ。」【源博雅】 「俺がいつお前のお菓子をこそこそ探した?!あれはお前が神楽のお菓子を隠したんだったよな!」【御饌津】 「記憶が書き換えられているようですが、相変わらず仲良しですね。」【神楽】 「うん……でも、今まで知らなかったことを、今になって色々知ったみたい……」【晴明】 「もういいだろう、小白、博雅。そろそろ本題に戻そう。何か見つかったか?」【八百比丘尼】 「私と御饌津様は、拠点で御香一族の方々に話しかけてみましたが、皆さん同じような状態でした。」【御饌津】 「まるで意識を取り除かれた亡霊のようで、御香山に関わる執念しか残っていません。そして……持国天への信仰心はとても厚いですが、それ以上は何も教えてくれません。」【小白】 「皆、「我らは、いつか必ず神が見守る平和な地に帰る。」と唱えていませんでしたか?」【八百比丘尼】 「……その通りです。」【小白】 「それって、熙様が彼らを浄化する時に言っていた言葉ですよね?」【八百比丘尼】 「あら?浄化ですか?」【小白】 「はい!さっき小白とセイメイ様は拠点の外で熙様に出くわして、一緒に迷獣を追い払ったんです!その後、熙様は小白達をある場所に連れて行って、侵食を受けた御香碑を浄化するところを見せてくれました。御香一族の人達は、魂を浄化されていたんです!その代償は、他の感情や記憶を分離されて、御香山への執念しか残らないことなんです。」【八百比丘尼】 「なるほど……最初から、御香一族の気配はおかしいと思っていました。生きているような、死んでいるような。煙のように儚くて……つまり、全て魂が不完全な状態になったせいです。鈴彦姫様が仰っていた、感情がないというのも、同じ原因でしょうね。でも熙様は、小白の話を聞く限り、正気を保っているようです。どうしてでしょう……彼の気配も、他の人々とあまり変わらないのですが。」【晴明】 「彼と他の御香一族の人々は、実は同じなのかもしれない。」【八百比丘尼】 「どういう意味ですか?」【晴明】 「御香山に帰りたいと繰り返しているが、実のところ、浄化された御香一族が求めているのは、御香山の神の見守りなのかもしれない。あの持国天という神がそこにいるから、彼らは強い執念を抱いている。」【神楽】 「でも……お兄ちゃん達は御香山に関する記憶はあるけど、その神様に関する記憶はないみたい。」【源博雅】 「何だ?持国天?」【晴明】 「我々の記憶を書き換えた夢は、おそらくわざと持国天に関することを避けたのだろう。理由は分からないが、必ずしも悪いことだとも言い切れない。御香一族の状態は、少しおかしい。そしてあの熙様は、神に仕えているようだ。あの浄化には、我々が見た以上の何かがあるのかもしれない。真相を知るにはまだまだ調査が必要だ。」【御饌津】 「皆集まったことですし、一緒に周辺を調べてみましょう。そういえば、鈴彦姫と縁結神は一体どこに……」【源博雅】 「!!あれは……!?」近くで突然埃が舞い上がり、迷獣の咆哮と共に、よく知っている二つの人影がこちらに向かって走ってくる。【縁結神】 「うわああ!!!!!!」【鈴彦姫】 「やばいやばいやばい!!!!」【縁結神】 「早く!早く!助けてえええ!!!」【鈴彦姫】 「あたしでは倒せなかったの!!傍観してないで!!早く助けなさい!!!」【源博雅】 「迷獣の根城でも襲ったのか?なんでこんなに迷獣がいるんだ!?」【小白】 「セイメイ様!!!」【晴明】 「……迎撃準備!」一行は迷獣を迎え撃ち、激戦を繰り広げた。【神楽】 「晴明!これ以上は……もうもたない!」【晴明】 「拠点を危険に晒すわけにはいかない。左の方が、迷獣の数が少ないようだ。そこから包囲網を突破する!」【源博雅】 「しんがりは俺がやるから、先に行け!」【御饌津】 「私が道を切り開きましょう。」強い力が宿った矢が両端から放たれ、太陽をも貫く勢いで真ん中から迷獣の群れを切り崩した。強く優しい神力の結界が次第に展開し、皆に早く離れるよう促している。【御饌津】 「私の矢に続いて、素早く離れて。」【神楽】 「迷獣は……もう……もう追ってこないみたい!」【御饌津】 「そうね、また霧の中に戻ったみたい。」【八百比丘尼】 「……縁結神様、鈴彦姫様、一体何があったのですか?たくさんの迷獣に追われていましたが。」【縁結神】 「す……鈴……鈴彦姫に……聞いてくれ、われは疲れてもうだめじゃ……」【鈴彦姫】 「本当に災難だった……縁結神と一緒に拠点を一通り調べてみたけど、何も見つけられなかった。彼女の商品も、何も買ってもらえなかった。だから外も調べてみることにした。拠点を出た後、あたし達は隣の丘の方に行った。霧は濃くなる一方で、縁結神は突然何かに躓いた。しゃがんで確認してみたら、それは砕けた石碑だった。よく見えなかったから、あたしは火をつけた。そしたらそこにはたくさん石碑があった。どうしてかは分からないけど、石碑は突然全部砕けてしまっていた。その後、鬱陶しい迷獣の群れがどこかから現れて、ずっとあたし達を追いかけてきたの。」【縁結神】 「われらは、拠点が見つからぬよう、拠点を中心に大回りしておった。そしたらお主らに出くわしたのじゃ……本当についておった……でも走り回って、もうへとへとじゃ……」【小白】 「……実に複雑で、危険な体験ですね。」【縁結神】 「全くじゃ。」【鈴彦姫】 「……縁結神、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」【縁結神】 「ん?なんじゃ、おかしな顔をして。」【鈴彦姫】 「あそこの石ころに、見覚えがあると思わない?」【縁結神】 「…………?!!!ここは最初に石碑を見つけたあの場所じゃったのか?!は、早く逃げねば!」【晴明】 「いや……今は迷獣はいないようだ。」晴明が注意深く前に進んでいく。ここはやけに広く、死のような静寂に包まれている。彼の手の中にある霊符が光ると、霊力の炎が現れ、目の前の大きな山崖を照らした。【神楽】 「ここは……石碑がいっぱい。」【小白】 「それに、全部砕けてしまっています。でも石碑にまだ気配が残っていて、完全には消えていないみたいです。」【八百比丘尼】 「鈴彦姫様、迷獣と遭遇したのは、ここで間違いありませんか?」【鈴彦姫】 「そう、ここ。御香碑が砕けた後……霧が一瞬だけ黒くなったような気がして、その後たくさんの迷獣が現れた。おかしいな……どこに消えたんだろう。」【源博雅】 「どの道、いないに越したことはない。あんなにたくさん迷獣がいたら、片付けようにも時間がかかりすぎる。」【御饌津】 「ここの石碑は……おそらく全て、眠っている御香一族の魂なのでしょう。侵食を受けて、砕けてしまったの?」【縁結神】 「……それはないじゃろう。同じ御香一族なのに、われを見た途端に侵食されたなんて、ひどすぎぬか!?」【晴明】 「理由はまだよく分からないが、きっと違うだろう。だが、迷獣と遭遇するたびに、このような御香碑が現れる。何らかの関係はあるのかもしれない。」【八百比丘尼】 「石碑と共生しているみたい、ですか?」【尋香行】 「その通り。」【晴明】 「!!!」【尋香行】 「でも共生なんて生ぬるい関係じゃないよ。」【縁結神】 「共生?それはないじゃろう。あの迷獣どもは、どこから来たかも分からない悪獣じゃったように記憶しておる。でもいつ現れたのかは……うーん……思い出せぬ……」【小白】 「……うーん……小白も思い出せません。」【源博雅】 「……こっちを見るな、俺にも分からない。」【尋香行】 「そんなに頑張って思い出そうとする必要はないよ……迷獣のことは、彼らの記憶から省いておいたんだ。」【晴明】 「あっさり認めるのか。」【尋香行】 「晴明さんは、きっともう気づいてるよね?最初から君達を利用するなんてことは考えてないから。それに晴明さんが真相に気づいた以上、このまま隠し通そうとしたら、きっと逆効果になるからね。例えば、すぐに……う-ん、あの元気いっぱいの神様が言ってた、敵役?に認定されたりね。」【晴明】 「ではこんなことをする本当の理由は?」【尋香行】 「まだ覚えてるかな、僕が言ったこと。晴明さんからは、特別な気配を感じるって。それに気づいたのは、僕だけじゃなかった。」【晴明】 「つまり……他にも我々を観察している者がいるということか?」【尋香行】 「心配しないで、もう終わったことだから。御香一族の記憶と気配が君達の力を隠した。そして君達は、この世界の一員となった。でも君が持つ雷の力だけは、精一杯隠してみたけど、完全に隠すことはできなかった。彼に近づきすぎたら、きっと気づかれてしまう。」【晴明】 「彼?持国天のことか?だが彼は、眠っているのではなかったのか?」【尋香行】 「そうだけど、そうじゃないんだ……ただ、まだ準備ができていないなら、彼のことにはあまり触れない方がいい。でないと、彼に惑わされてしまうかもしれない。だから彼に関する記憶を消してあげたんだ。君の仲間達も、急に知らない神様の信者になるなんて嫌だと思うし。ん?雷の力について聞きたいの?それについては……僕もあまり詳しくないんだ。勝手に記憶を改竄しただけでもすごく失礼だと思ったから、記憶を詳しく確認したりはしなかったんだ。」【晴明】 「失礼と言いながら、私の考えを読んでいるが……」【尋香行】 「…………こほん。」【神楽】 「晴明は、どう思う?」【晴明】 「……ん?すまない、少し考え事をしていた。」【神楽】 「さっき皆で話し合ったんだけど、ちょうどいい機会だから御香碑を調べてみないかって!」霧の中から再び迷獣の咆哮が聞こえたかと思うと、ゆっくりと姿を現した獣達が皆を囲んだ。【源博雅】 「これは……まずい!」【鈴彦姫】 「……拾うって話じゃなかったっけ?」【神楽】 「また現れた!でもここだと、戦いに不利……!」【小白】 「セイメイ様!!!」【尋香行】 「…………本当に無謀だね……」尋香行の軽い溜息が、晴明の耳元で聞こえた。その時どこかから風が吹いてきて、良い香りを運んできた。香りは周りの霧に融け込み、巨大な煙の竜となった。煙の竜のおかげで、闇の中に隠れていた迷獣は音も立てずに消えていった。巨大な煙がこの地の闇を追い払った。煙は勢いよく晴明達に向かってきたが、晴明の目の前まで来ると突然消え去り、無数の光の玉になって地面に散らばっている御香碑の中に入っていった。【御饌津】 「本当に強い生命力!この力、一体どこから現れたの?」【小白】 「み、見てください!御香碑に変化が!」【御香碑】 「……………………………………御香……山……」御香碑が光を放ち、黒い濃霧は消え去った。中に眠っていた魂が、ゆっくりと目覚める。【御香一族の男】 「……ここは……」【御香一族の女】 「……私……目覚めたの?」【小白】 「!!!セイメイ様!彼らは今までの御香一族とは違うようです!」【晴明】 「彼らは……はっきりした自我と記憶を持っているようだ。何か覚えているか?」【御香一族の男】 「俺は……御香一族の山陽……」【御香一族の女】 「……私は宗雪……私達は……御香一族の見回り隊、丙隊に属していて……」【晴明】 「我々は遠い地からやってきた旅人だ。私のことは、晴明と呼んでくれ。」【宗雪】 「遠い地からやってきた旅人……初めて出会った……」【山陽】 「御香一族は……神と共に目覚めたのか……?」【晴明】 「神?持国天のことか?御香一族に、一体何があったんだ?」【山陽】 「御香?何があった…?」彼らは突然恍惚とし、まるで答えを考えているようだった。しかしその後、なぜか辛そうな表情になった。【山陽】 「うう……ああ……御香山……」【宗雪】 「私達の……過去……」彼らが纏う光が突然不安定になる。まるで苦痛に呼応しているようだ。そして突然、眩しい光を放った。昔の香行域……【宗雪】 「行きましょう。今回はいつもよりもっと多くの場所を見回らなくてはいけない。危険な旅になるから、しっかり準備を整えて。今回も、全員無事に帰れますように。」【山陽】 「はは、宗雪さん。出発前には縁起のいいことを言わなくちゃ。」【阿立】 「……宗雪、俺は別にいいと思うぞ。」【山陽】 「おいおい、せめて、例え石碑になっても皆と一緒にいたいとか、言うべきじゃないのか?」【宗雪】 「……無駄口を叩くのに時間を費やすくらいなら、ちゃんと準備を整えて、癒神香を多めに用意した方がいいわよ。出発。」彼らは暗く、いつ裂け目が出現してもおかしくない傷だらけの大地を歩いている。一人また一人と覚悟を決めて暗闇に飛び込み、世界の傷を治すため、大地に聳える塔となった。小隊の皆は悲しみに暮れてはいたが、一度も迷うことはなかった。涙ぐむ彼らは眠りについた仲間達に別れを告げ、動揺することなく、己の使命を果たすために前に進む。最後に生き残ったのは、二人だけだった……【山陽】 「うう……」【宗雪】 「山陽……もう少しだけ、もう少しだけ堪えて。」【山陽】 「……はは。宗雪さん、俺はきっともう、宗雪さんと御香山に帰ることはできないだろう。」【宗雪】 「……もう喋らないで、癒神香ならまだ少しあるから……」【山陽】 「無駄だよ、迷獣の毒がもう体の奥まで入り込んでる……癒神香も、もう効かない。今回の見回り……あと一箇所残ってる……最後まで付き合うよ。」二人はゆっくり前に進む。突然、天変地異が起こり、悪臭を放つ深淵が二人の目の前に出現した。【山陽】 「はは……なんだか、俺のために現れたようなものだな。少なくとも、今回の任務は、ちゃんと達成した!もうサボったなんて言わせないぞ。」【宗雪】 「…………」【山陽】 「いいんだよ、皆、後ろで俺を待ってるから。残念だが、阿立の物を持ち帰るという約束は、俺には果たせない。あいつ、こっそりたくさん霧落香を作ってた。はは、明子はきっと気に入るだろうな。今となっては、宗雪さんにしか頼めない。」【宗雪】 「……じゃあ、あなたは?何か持ち帰ってほしいものはない?」【山陽】 「うーん……俺の家族は、とっくにこの大地で眠りについた。丙隊も俺達を除けば…………宗雪さんは無事に御香山に帰って、もう一度御香山の夕日を楽しんでくれ。まだ覚えてる……太陽が沈む時、御香山が夕日を浴びる時。神殿で照夢香を焚いて……眠りについた人々を、神様が御香一族のために用意した美しい夢の中に送り込む……宗雪さん、泣きそうな顔をしないでくれ……俺がこの裂け目を直したら、丙隊は任務を達成し、この大地は再び平和を取り戻すことができる。ここは……以前は桜の森だったな。今は跡形もないが。来年は俺の隣に、また生えてくるといいな。ただ眠りに落ちるだけさ。神様が目覚めれば、俺達は全員呼び起こされる……その時が来たら、皆と共に、御香山に帰るんだ。考えるだけで、楽しみだ。忘れないでくれ……御香山の夕日を……薫る山の夢……ここで眠る俺も、そんな夢が見れたらいい……」御香一族の山陽は、徐々に石碑になっていく。魂が放つ香りが波のように深淵に押し寄せ、大地の裂け目が薄い香りの雲に包まれて、次第に消えていく。しかし闇は、大人しく地底に帰りたくはないようだ。咆哮する闇は、今にも薄い香りの雲を突破しそうだ。【宗雪】 「あなたの願いは……叶わなさそうね。でも、いつも縁起でもないことを口にするあなたが山を出る前に言っていたことは、まだ叶うかもしれない。大地が平和を取り戻す時、神様は目覚める。その時、私達は咲き誇る桜の中で目を覚ます。そして……御香山に帰って、何度も何度も夕日を楽しむ。」彼女は来た道を振り返り、じっと見つめると、身を翻し、闇の中に飛び込んだ。闇が光を呑み込んだ。目まいを覚えた晴明の前では、皆がぼんやりとその場に立っていた。そして御香一族の二つの魂は、前よりさらに透明になっている。清風が彼らの目の前を通り抜け、霧を振り払った。遥かなる大地には、人の形の石碑が並んで立っている。それは世界を見守る、孤独な人々だ。【晴明】 「これは……彼らの過去の記憶か?」【御饌津】 「深淵を埋めるため、魂を御香として大地の中で眠りにつく……」【八百比丘尼】 「終わりのない眠り。絶望に満ちていても、呼び起こされる日を待ち続ける。それが、御香一族の選択ですか?」【尋香行】 「彼らの魂は非常に弱っていて、少しの間しか自我を保てない。晴明さん、他にも疑問があるなら、後で僕が説明するから。だから今は……しばらく休ませてあげて……彼らが本当に目覚める、その時まで。」尋香行の手の中に小さな香炉が現れた。蓋が開くと、中は空っぽだった。二人の霊体は音もなく煙になると、そのまま香炉の中に入り、消えた。しかし皆は、何も気づいていない。小さな香炉は、喜ぶように二回震えた。」【尋香行】 「うん……僕も嬉しいよ。しばらく休ませてあげよう。」御香一族の透き通った魂はいつの間にか消えて、漂う香りだけが彼らの存在を証明していた。それに気づいた皆が驚く。【八百比丘尼】 「あら、彼らは……突然消えたようですね。」【小白】 「……え?!!どこに行ったんでしょう!」【熙】 「どういうことだ?」【小白】 「!!!びっくりしました!熙様、いつの間に?!」【熙】 「さっき通りかかった時に、迷獣の気配を感じたから、様子を見に来た。まさかお前達もここにいるとは。さっきの迷獣は、お前達が倒したのか?」【晴明】 「……ああ、我々が倒した。」【熙】 「ならよかった。迷獣が退治されたなら、ここにも砕けた石碑がたくさんあるだろう。」【晴明】 「御香碑と迷獣は……一体どういう関係なんだ?」【熙】 「迷獣は汚れた闇から生まれる。命の気配に引きつけられて、よく御香碑の近くで出没する。」【八百比丘尼】 「生きている者も、迷獣を引きつけるのでしょうか?」【熙】 「その通りだ。拠点の中なら俺の力で迷獣を追い払うことができるが、拠点の外にいる時は気をつけてくれ。御香碑に侵食の跡がついている。うっかり触れると侵食を受けてしまうかもしれない。だから俺が持って帰る。」熙は前に出て、砕けた御香碑を丁寧に一箇所にまとめた。【熙】 「ん?この二つは?魂が消えているようだ……」【小白】 「え?魂が消えるなんて、なかなかないことなんですか?」【熙】 「……そうでもない。御香一族の魂は、数え切れないほど消えていった。でもここの痕跡はまだ新しい……もしかしたら……眠っている間に呑み込まれたのかもしれない。よし、これで全部だ。俺は拠点に戻り、浄化の準備をする。お前達は……」【晴明】 「我々も一緒に帰ろう。」【神楽】 「うん、さっきの戦いで皆疲れてる。帰って休もう。」【縁結神】 「よかった!」一行は崖を降りていく。遠くに行った皆の後ろ姿を見て、熙はゆっくりと手を開いた。幻のような菩提花が目の前に現れる。【熙】 「…………お前……か?」俯いてしばらく思案した後、彼はおくびにも出さずにその痕跡を消し、何事もなかったかのように晴明達に追いついた。皆の傍にいる晴明は、敢えて皆と距離を置いていた。【晴明】 「尋香行様。さっきのあれは、わざとか?」【尋香行】 「え?」【晴明】 「……二つの御香碑に残っていた、力のことだ。さっき、熙様は誰かを探しているように、しばらく周囲を見渡していた。きっともう気づいているだろう。」【尋香行】 「…………はは、晴明さんは僕が思っていたよりも鋭いね。そうだよ、わざとやった。」 |
香拾・四
香拾・四ストーリー |
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……香行域 一行は霧の中を歩いている。晴明の傍で、他の人には見えない幻影が彼らと共に進んでいく。【晴明】 「熙様と尋香行様は、互いにとって特別な存在なんだろう。」【尋香行】 「へえ?どうして?」【晴明】 「ずっと前から疑問に思っていた。でも尋香行様は、あまり教えたくないようだった。だが熙様の反応を見て、私はおおよその答えを見つけた。彼は大切な人とはぐれてしまったが、相手が無事だと知って、あえて探さなかったと言っていた。つまり彼、または彼とはぐれた人は……こうなることは望んでいないが、選択の余地がないのだろう。最初は、選択の余地がないのは尋香行様だと思っていた。今振り返ると、どうやら違うようだ。」【尋香行】 「その通り。熙は僕の大切な双子の弟だ。彼は僕の大切な家族。でも今は、おいそれと彼に近づくこともできない。今の彼は、家族であり、同時に敵でもある。痕跡を残したのは、彼を試すため。そして誘き出すためでもある。もっと深い理由もあるけど……」【晴明】 「懸念があるようだな。全ての問題は元を辿れば、以前言ってた神、持国天に関わりがあるのだろう?今まで誠実で気さくに接してくれてはいたが、肝心なことは何も教えてくれなかった。知りすぎると神の注意を引くことになるかもしれないが、我々はもう引き返せない。尋香行様、互いに誠意を示し、我々に何をしてほしいのか包み隠さず教えてくれないか。」【尋香行】 「……全部お見通しだね。それなら、晴明さん、取引をしよう。一つだけ協力して。その後、全部説明する。心配しないで、難しいことじゃない。ここを見ている持国天の注意を逸らすだけさ。晴明さんは……ちょっとした騒ぎを起こしてくれればいい。熙がしばらく余裕をなくすように。」【晴明】 「分かった。どうすればいい?」【尋香行】 「簡単なことだよ。ただ……この線香が燃え尽きるまで待っていればいい。それ以外、何もしなくていい。」いつの間にか、尋香行の手の中に小さな菩提線香が現れた。彼が指先で火をつけると、軽やかな香りが地面まで沈んでいく。香りを嗅ぐと、人は悩みを忘れ、眠気に襲われる。香りが吹き抜け、大地が突然息を吹き返した。そして霧の奥に隠れている何かが、目を光らせた。【小白】 「どうしてでしょう……小白は急に、眠くなってきました……疲れたからでしょうか?でも……体は楽になった気がします……」【源博雅】 「空気中の何かが変わったようだ。この匂いは……」【御饌津】 「感じる……大地が活力を取り戻してる!」【鈴彦姫】 「不気味な迷獣の気配がまた近くなってる!何があったの!?」熙は突然足を止めた。彼は煙を掴み、指を鼻に当てて匂いを嗅いだ。【熙】 「ふん、捕まえたぞ。」【小白】 「え!熙様、どこへ……」香杖を握り締めた熙は、しばらく目を閉じて空気中の何かを探すように感覚を研ぎ澄ませると、香りを辿り、霧の中に消えていった。【小白】 「セイメイ様!ついて行きますか?!」【晴明】 「……迷獣が近くにいるようだ、あまり分散しないほうがいい。もし霧の中で皆とはぐれたら、面倒なことになる。」【縁結神】 「迷獣が来たぞ!」【晴明】 「……」【尋香行】 「心配しないで、君達を傷つけさせはしないよ。」無数の迷獣が霧の中から飛び出そうとしていたが、一匹残らず見えない細い糸で作られた網に捕らえられた。先ほど地面に沈んだ香りが、いつの間にか迷獣を囲む巨大な網を作り上げ、獣達を捕縛してその力を吸収している。悪意から生まれた悪獣は音なき咆哮を上げたものの、すぐに香りと共に消えてしまった。【鈴彦姫】 「……おかしいな、どうして急に消えたの?」【小白】 「小白は戦う覚悟を決めたのに、敵は姿も見せずに消えてしまいました……」【八百比丘尼】 「ここは不思議な場所です。迷獣が霧の中で何をしているのかも分かりませんし、何もおかしくはないでしょう。」【小白】 「そうですね……熙様も神出鬼没ですし。また急にいなくなりましたよ。セイメイ様、追いかけますか?」【御饌津】 「迷獣の気配が熙が残した痕跡を覆い隠してしまったと、霊狐が言っています。今は追いかけることは不可能でしょう。」【晴明】 「……痕跡が見つからない以上、当てもなくほっつき歩けばまた危険な目に遭うかもしれない。先に拠点に戻って、彼を待つとしよう。」【神楽】 「うん!」一行は再び拠点に向かって歩き出した。【晴明】 「熙は誘き出された。ということは、さっき言っていた、我々を見つめる視線も消えたか?」【尋香行】 「そうだね。ご協力に感謝するよ、晴明さん。」【晴明】 「……私が同意しなくても、おそらく結果は同じだっただろう。」【尋香行】 「僕はこの協力関係が気に入ってるし、この方が交流しやすくないかな?」【晴明】 「不完全な情報をもとに動く以上、最初から最後まで私に決定権はない。全て、尋香行様の予想通りに進んでいるのだろう。」【尋香行】 「……全てを知ることに拘るんだね。この件は晴明さん達に直接関係があるわけではないし、晴明さんの予想以上に厄介なことになるかもしれない。正直、あまり晴明さん達を巻き込みたくないんだ。御香一族が千年かけても抜け出せなかった問題に、どうして晴明さん達は自ら首を突っ込もうとするの?」【晴明】 「その言葉が正しいなら、持国天という神は、御香一族が言っていたような優しい神ではないはずだ。熙は彼の代理者で、君は彼と対抗しているのか……」【尋香行】 「……晴明さん。」【晴明】 「尋香行様、我々を心配する必要はない。私はただの凡人だが、危険を恐れたりはしない。それに、困っている人、苦しんでいる人を見捨てることは、私の信条に反している。今は一時的にここに来た理由を忘れているが、避けては通れない道だ。道の先に立ち込める霧や困難を恐れて、立ち止まるわけにはいかない。」【尋香行】 「…………」【晴明】 「そもそも、我々はここに迷い込んだのではなく、明確な目標を持ってやって来た可能性もある。」【尋香行】 「晴明さん……頭が切れるだけでなく、弁舌も達者なんだね……」【晴明】 「本音を言っただけだ。では、尋香行様。持国天と御香一族との確執について、教えてくれないか?」【尋香行】 「わかった……御香一族の過去について、全て話そう。」彼の手の中に炎が現れた。御香の香りが漂い、香りを嗅いだ晴明は過去の記憶を見た。【晴明】 「これは……」【尋香行】 「これは香行域と呼ばれる世界、その大地の千年間の記憶だ。香行域は千年前、神の大いなる力によって生み出された世界なんだ。当時……大地はひび割れ、命は絶滅に瀕していた。神が残した大いなる力から生まれた御香一族は、荒れ果てた大地で、生き残るために足掻いていた……やがて世界の果てまでやって来た御香一族は、御香を持った神像を見つけた。神力で大地を支え、命を守る神を御香一族は崇め、敬意を込めてその神を持国と呼んだ。神は御香一族に御香を操る力を分け与え、世界を祝福した。無数の御香一族が風に乗り、大地を旅した。世界に命を吹き込み、自由で平和な生活を送っていた。しかし千年の時が過ぎ、神の神力は次第に弱まっていった。強い結界を維持して世界を守ることができなくなった神は、眠りについた。」神が眠りについた日、世界は暗闇に覆われた。不安に襲われ御香山を出た御香一族は、暗闇の中で崩れゆく遠方の世界を見た。【御香一族】 「あ……あれは!空と大地が割れた!……神だ、神が眠りにつかれた……神様はこれ以上世界を支えることができない。では御香一族は……これからどうなる?早く!早く族長を呼びに行け。一族の者に、御香山に戻るよう伝えるんだ!」慌てふためく人々が大地を奔走していた。次の瞬間、ひび割れた深淵に捉えられ、闇の中に消えてしまった。闇の中で蠢く無数の悪獣が深淵から這い出してきて、世の中を跋扈し、全ての命を喰らい尽くそうとしていた。【尋香行】 「千年前の災いが再び世界に舞い降りた。御香一族は御香山に集まり、どうすれば災難を乗り越えられるか議論を重ねた。最後に、彼らは決断を下した。御香一族は神力が染みついた魂を御香とし、香域となって砕けた大地を補修し、闇と深淵を食いとめる。空に浮かぶ御香山は門を開き、生き残った命を受け入れる。」彼らは無数の御香一族が大地を奔走し、世界を見回りながら、次々と裂け目を補修していくのを見た。御香一族は闇に潜む危険に襲われ、満身創痍になったが、疲れることを知らないかのように進み続けた。御香一族の多くは、いつの間にか足が動かなくなり、力尽きて倒れ、石碑となっていった。【晴明】 「御香碑は、こうしてできたのか……」【尋香行】 「人の力には限りがある。魂香が尽きる時、彼らは塔となり、補修した大地を守る。永遠の平和をもたらすため、彼らは自ら礎となり、永遠の眠りにつく。皆、世界が再び平和を取り戻す時、神も必ず目覚め、眠っている御香一族を再び呼び起こし、昔のような平和を与えてくれると信じている。」【晴明】 「神はもう目覚めた、違うか?」【尋香行】 「…………うん、神は目覚めた。でも彼らが待ち望んだ平和をもたらしてはくれなかった。代わりに、御香一族に終焉をもたらした。」世界が再び平和を取り戻した時、大地には石碑が並び立ち、ひび割れた深淵は全て消え去っていた。その時、御香山の神殿が微かに震えた。眩しい神光は次第に明るくなり、再び御香山をくまなく照らした。【御香一族】 「!!!神様だ!神様が……ようやくお目覚めになった!我が御香一族は、とうとう神が目覚める日を迎えることができた……眠っている一族の皆も、御香碑の中で目覚めるでしょう!神様、どうか今一度、御香一族にお恵みを。大地は再び平和を取り戻しました。お願いです、再び御香一族を導き、平和を授けてください。」【持国天】 「……永遠の平和がほしいのか?ならば望みを叶えてやろう。」神が微笑むと、巨大な神像は粉々に砕け、中からどす黒い神力が溢れ出した。【御香一族】 「ぐああ……!神……様……なぜ……どうして……うう……苦しい……苦しい……」【持国天】 「これこそまさに、そなた達が望む永遠の平和であろう?天照は神香の力を操り、千年に渡ってわれを大地の下に封印していた。そなた達には感謝している。神魂の力をわれに捧げてくれたおかげで、こうして封印を壊すことができた。」持国天は笑いながら脱出を果たし、空をも覆い隠す黒い煙となって御香一族を呑み込んだ。【晴明】 「つまり……御香一族は、とっくに持国天に呑み込まれたのか……」【尋香行】 「……いや、まだ終わってない。」その時、誰かが神殿に駆け込んできた。【尋】 「!!!これは!!……熙!父さん!母さん!皆!」彼の持っている香炉が、突然光を放った。竜の形をした煙が広がり、持国天の濃煙を振り払い、神力と争っている。彼は何とか歩を進め、神殿の中に入った。【晴明】 「……彼は?」【尋香行】 「彼は……僕だ。」神の力が大波のように少年を巻き込んだ。彼は足掻きながら手を伸ばし、目の前にいる御香一族を掴もうとしたが、空振りに終わった。【持国天】 「おやおや、これはわれらが神の子、驚きの才能を持つ未来の長、尋ではないか?天照はわれを分離し、われから全ての力を奪った。しかしそなたは生まれた時から世界に愛されている。実に羨ましい。神香炉は人の手を借りてそなたに生を授けようとした。われも、神の子は罪を受け入れることができるのかどうか、見てみたいと思った。そうして、われの力によって、熙がそなたと共に生まれたのだ。どうだ、面白いと思わないか。大切な家族が、実は自分とは相容れない罪だなんて。今この世界はわれの支配下にある。本来はそなたまで呑み込むつもりだったが、このままでは少々味気ない。われと一つになり、この世界を出るがいい。」持国天が煙の中で姿を変えていく、やがて懐かしい姿になり、小声で蠱惑的な言葉を口にする。【幻影・熙】 「俺と一つになろう。昔、俺達は一心同体だっただろう、兄さん。」【尋】 「…………」【持国天】 「あがくのはやめて、俺と一つになろう。」少年は暗闇の中で足掻く。しかし全力を尽くしても、やはり神の大いなる力には抗えず、呑み込まれてしまった。尋は迸る罪の奔流に巻き込まれ、神殿の上から落ちた。呑み込まれた無数の御香一族の魂が、彼の傍にやって来る。【御香一族】 「尋……尋ちゃん……こっち……」【熙】 「兄さん……」【尋】 「……熙……皆……」【熙】 「諦めろ、尋。俺達は悪神に呑み込まれたんだ。もう逃げられない。俺達は死にもしないが、逃げることもできない……」【尋】 「…………いやだ、僕は皆を諦めない。このまま生きて囚われ続けるくらいなら、自由な魂となり、大地に還ろう。その前に、一つだけ願い事をして……そして待っていてほしい……僕が必ず皆を見つけ出すから。」尋は懐の香炉を掴み、心臓に当てると、目を閉じた。彼の手の中から眩しい光が放たれる。香りの雲が広がり、巨大な手のように皆を抱え、全てを呑み込んだ。過去の断片は煙のように消え去り、その中に巻き込まれていた魂は目覚めた。そしてこの時、尋香行は何かに気づいたように遠くを眺めていた。 ……香行域、霧の中。 熙はどこから現れたかもわからない香りを辿り、霧の中を走っていた。姿こそ見えないが、この香りがどこから来たのか、誰の匂いなのか、彼は確信を持っている。手の中の香炉が彼の複雑な気持ちに呼応するように、周囲に力を拡散させている。目に見えない煙が、彼の弱まっている精神力に気づいたようだ。突然戻ってきて、彼を懐かしい夢に引きずり込んだ。熙は賑やかな市場にいた。周囲ではたくさんの人々が行き交っている。通りかかる人々が、にこにこして彼に挨拶する。」【御香一族】 「熙、久しぶり。熙ちゃん、帰ってきたか。」しかし冷たい表情の熙は返事をせずに、夢の主が残した痕跡を探すべく辺りを見渡している。【尋香行】 「皆が挨拶してるのに、返事すらしないなんて失礼だよ、熙。」【熙】 「出てこい、ここにいることは分かっているんだ。」【尋香行】 「久しぶりの再会なのに、冷たいね。」【熙】 「……今までずっと隠れていて、俺が香行域を探し回っても見つけられなかったのに、なぜ急に姿を現した?」【尋香行】 「もちろん、君に会うためだよ。今の君は意識がはっきりしていて、持国天に操られてはいない。そうだろう?熙。じゃなきゃ、僕が残した力の痕跡を隠したりしないよね?」【熙】 「……」【尋香行】 「やっと……幻じゃない、本当の君に会えた。」彼がそう言うと、夢の中で煙が重なり、雅で年季の入った庭になった。庭には菩提の花が咲いている。木の下にある机の横では、人が行ったり来たりしている。幼い双子は母親の傍で香料をすり潰したり、木の周りをぐるぐる回ってはしゃいだりしている。楽しそうな笑い声が風に溶け、時間の流れと共に過ぎ去っていく。木の下に立っている彼らは、次第に記憶の影と一つになり、穏やかで平和な家に帰った。【尋香行】 「長い長い旅だった。それなのに、孤独を紛らわすことができなくて……僕は夢の中で、繰り返し過去の時間に浸っていた。夢の中の君はいくら本物のようでも、触れることすら叶わない幻に過ぎなかった。僕は長い長い間、ずっと君を探していた。やっと、見つけた……もう、眠っていいよ。君の夢は僕が守るから。もう一度目覚める時は、自由な新生を迎える時だよ。」尋香行は近づいていって、ぼんやりしている熙に向かって手を差し伸べた。懐かしい気配が熙を包み込み、美しい夢の中に優しく連れていって、その魂に入り込んだ。その中に隠れていた汚れた神力が祓われ、彼の眉間から消えていく。同時に、苦しみも少しずつ慰められていくようだ。【熙】 「……兄さんは、目覚めたら、この夢に残るのか?俺は直接会いに来たが、兄さんは本当どうかも分からない夢の中で俺と会うことを選んだ。兄さんは、目の前に現れた熙が本物だとは、一度も信じなかった。そうでなければ……儚い幻として現れたりはしないだろう。」俯いて自分を掴む尋香行の手を見つめていた熙が、突然意味ありげな冷たい笑顔を見せた。彼が握りしめる香杖の先端に突然火がついた。分散していた神力が再び集い、鋭い刃にも劣らないような香しい風を巻き起こし、尋香行の心臓を貫いた。尋香行の体は煙のように消え去り、夢の中で吹いている風に溶けた。そしてため息と共に、尋香行が近くで再び姿を現した。【尋香行】 「……はあ。」【熙】 「全く……その偽善っぷりは昔のままだな、尋。」【尋香行】 「持国天様ほどではないさ。」【熙】 「違うよ、兄さん。熙は俺、俺は熙なのさ。」彼は雷にも劣らない速さで前に飛び出し、夢の中で瞬間移動を利用して攻撃を避けている尋香行を攻撃し続ける。隠し切れない殺意が、平和だった夢を切り裂いていく。【熙】 「残念だな、長い時間をかけて世界中を探しても、取り戻せた御香の夢はこれだけか。当ててやろう、熙をここに誘き出したのは、一体何のためか……」熙は突然足を止め、腰に付けている御香碑を入れた小袋の方に向かって手刀を切り、いつの間にか網となっていた煙を断ち切った。【熙】 「まさか、彼らのためか?笑えるな、まだそんなことを夢見ているのか。悪意に満ちた無数の夢を取り込んで、とっくに気づいたものだと思っていた。ただの御香一族のそなたは、われの神力に耐えられない。良き物は他者に与え、苦痛は自分が背負うか。さすがはお優しい神の子だ!本当のそなたは、もう弱りきっていて、姿を現すこともできないのだろう。」【尋香行】 「…………」【熙】 「そなたのいう救いは、御香一族の結末をほんのわずかに変えただけだ。そしてそなた達は、宿命から逃れられたと思っているのか?」【尋香行】 「……僕はそうは思わない。香行域はまだ存在しているし、僕の夢も残っている。御香一族には、まだ希望がある。そして僕は、決して立ち止まらない。」【熙】 「ほう?ならばどうやって進むつもりだ?その滑稽な執念と共に、目覚めたばかりのたった数人の、少し特殊な能力を持った御香一族に頼るのか?」【尋香行】 「……」【熙】 「ここでそなたが永遠の眠りに落ちれば、もう誰もわれを止められない。ここは夢だが、そなたが隠れている夢でもある。ならばそなたの本体もここにいるはずだ。この夢さえ壊してしまえば、もう逃げることもできないだろう!」熙の攻撃が益々激しくなる。荒ぶる力が一瞬で広がり、夢の主が隠れられないように、全てを壊していく。尋香行の姿がますます朧げになり、最後に残った薄い煙だけが彼の存在を維持している。夢が粉々に崩れ、濃厚な闇が裂け目の中から溢れ出て、尋香行の本源の力をもとに作られた夢を侵食していく。彼は辛そうに倒れた。熙がゆっくりと彼の頭に手を当てると、その手のひらで何かが光り出した。【熙】 「諦めろ、悪足掻きはよせ……兄さん。執念を諦めれば、全ての苦痛を消してやる。俺と共に安らぎを手に入れることができる。」【尋香行】 「……うう……」【熙】 「一人の寂しさ、果てのない闇。辛いと思わないか?苦しみに満ちた無数の夢、何度も繰り返す選択。怖くはないか?俺のことは……どうでもいいのか、兄さん。」【尋香行】 「……熙……」【熙】 「……無意味に意地を張るのはやめて、このまま眠れ。ここが旅の終着点だ。御香一族も、死の果てで待っている。」尋香行はこれ以上、広い夢を維持できなくなった。足元の大地がひび割れ、本来の荒れ果てた大地が現れた。尋香行も空中で消えた。彼が残した煙は熙の手の中で漂い、やがて小さな菩提心香となった。【熙】 「……ぐあああ……」彼は倒れ、魂に突然走った激痛に耐えている。【熙】 「(この明香境を維持していたのも偽物だったか。分身と本体を置き換えるなんて、大胆なことを。本体が夢の外で危険な目に遭ってもいいというのか。ふん、だがここまで衰弱しているなら、何を企んでいようと、所詮は悪足掻きに過ぎない。)……ゴホゴホ、お前は……ゴホ……(われか?ふはは、そなたは即ちわれ、われは即ちそなたなのだ。今になっても、まだ認めたくないか?われの目を盗んで、彼の行方を隠そうとしたな。まさかまだ期待しているのか?あの優しい神の子が、まだそなたのことを家族だと思っていて、助けてくれることを期待しているのか?われがとっくにその夢を握りつぶしたというのに、本当に……おめでたいやつだ。彼は本体すらも見せようとはしなかった。そなたをここに誘き出したのも、何か企んでいるからだ。そしてそなたは……そなたはわれによって生を得、我が半身となった。そなたの生死はわれが決める、永遠に逃げられない。)…………(立ち上がれ。無力な存在とはいえ、捉えない限り、後顧の憂いになりかねない。)」熙は辛そうに立ち上がった。腰につけた袋に入っている御香碑の力が、持国天の力に応えて光っている。まるで神を呼んでいるようだ。【熙】 「(そなたがわれの神像を作り直す時、われは再び世界に降臨し、今一度香行域の支配者となる。その時、我が目は全てを見通すだろう。そしてわれはそなた達に、約束の永遠の平和を授ける。でもその前に、あのおかしな御香一族を試してみよう。彼らが目覚めた時、懐かしく疎ましい気配を……われは確かに感じた。しかしそれは一瞬で消えた。あの神の子が、何か小細工をしたのかもしれない。)」……香行域、拠点の近く。 晴明が目を覚ますと、既に御香山の記憶から解放されていた。そして他の皆は、何も気づいていないようだ。【晴明】 「さっきはなぜか……天照に関する記憶は、妙に懐かしく感じたが……そしてどこからともなく現れた雷の力が、少し暴走したようだ……」【尋香行】 「おかしな顔をしてるけど、何かあった?」【晴明】 「……いや。ただ手が少し痺れた。力が勝手に動いたようだ。私が取り乱したせいかもしれない。……それで、最後はどうなったんだ?」【尋香行】 「僕は持国天の力と繋がり、隙をついて彼らと持国天との繋がりを断ち切って、持国天の企みを阻止した。でも持国天はまだ、御香一族を呑み込むことを諦めてはいない。御香一族はまだ持国天の監視下にある。彼は再び御香一族を支配しようと企んでいる。そして熙こそが、この地で動いている持国天の代理者だ。彼は自ら地上に降臨することができない。同時に僕も制限を受けている。明香から生み出される夢の中でしか分身を出現させることができない。持国天がここに残した印を壊さない限り、現状を打破することはできない。そして、試す理由は……御香碑の中で眠る魂が目覚めると、石碑にはかつて持国天が彼らを呑み込む時に残した力の残滓しか残らない。その残滓には、使い道などないはずだ。なのに、熙は残った石碑を集めている。一体何をするつもりだろう?」【晴明】 「ひょっとすると……彼が言ったように、神を呼び起こす気かもしれない。」【尋香行】 「石碑に印を残しておいた。この後の調査は、晴明さんにお願いしたい。」【晴明】 「調査を通じて、持国天の痕跡を見つけられるかもしれない。だが……印を残した理由は、それだけではないだろう?」【尋香行】 「……」【晴明】 「例えば、熙が本当に自我を持っているのかどうか、確かめたいとか……」【小白】 「セイメイ様!」【晴明】 「……ん?」【小白】 「セイメイ様、小白が何度も声をかけたのに、全く気づきませんでしたか?」【晴明】 「すまない、考え事をしていて、気づかなかった……」【小白】 「セイメイ様はいつも上の空ですね……あれ、この匂いは?」【晴明】 「……」【源博雅】 「犬っころ、晴明の隣で何を嗅ぎ回ってるんだ?」【小白】 「……おかしいです。ここの匂いはどこか変わっている気がします。セイメイ様に、知らない匂いが染みついています!」【晴明】 「何かの拍子で、どこかで染みついた匂いだろう。」【小白】 「……そうでしょうか?でもこの匂いはなかなか消えませんし、匂いの元はセイメイ様のお隣にあるみたいですけど……」【神楽】 「やめて、小白。晴明の匂い袋かもしれないでしょう。それにそんな風に質問攻めにしたら、晴明も困っちゃうよ……」【晴明】 「……」【小白】 「……そ……そういうことですか!そういうことなら、小白はもう何も聞きません。でもセイメイ様、帰ったら小白にも匂い袋を分けてください!」【鈴彦姫】 「そんなにいい匂いなの?あたしもちょっと興味がわいてきた。」【小白】 「ふふ、セイメイ様のお気に入りの物なら、小白は何でも欲しいです!」【尋香行】 「……」【晴明】 「なぜかはわからないが、尋香行様の生命力がより強くなったようだな。小白は薄々気づいているようだ。」【尋香行】 「やれやれ。晴明さんの小さいお友達は、本当に鋭いね。」【晴明】 「生命力が強くなったことに関しては、触れないのか……小白は、尋香行様よりも長生きしているはずだ。」【尋香行】 「……長い月日を重ねても、魂は相変わらず透き通っていて、憂いを知らないようだ。本当に羨ましいね。でも、それは晴明さんの傍にいる時だけなんじゃないかな?生臭い匂いも隠れているからね……遥か昔の記憶のようだけど。帰る場所を見つけたから、灰色の過去は記憶の片隅に封印された。よほどのことがなければ、それに触れることはないはずだ。あの博雅様も、同じなのかな。やっぱり君達は、別の記憶を植え付けられても、あまり影響を受けないんだね。」【晴明】 「御香山に関する記憶のことか?確かに認知が少しずれただけで、特に困ってはいないようだ。」【尋香行】 「明香で夢を紡いだ時、御香一族の執念を使ったから、自然と御香山に導かれるようになっている。でも御香山は、君達が追い求める安息の地じゃない。晴明様と神楽様が側にいれば、彼らは御香山の記憶の影響から少しずつ抜け出せるかもしれない。」【晴明】 「なるほど。あとは、縁結神もあまり変化がないようだが。」【尋香行】 「あの神様は、自由で執着がないからね。」【晴明】 「執着がないから、どこかに帰ることに拘ったりしない。だから影響を受けないのか、彼女らしいな。」【尋香行】 「晴明さんのお友達は、皆面白い人達だね。もし機会があれば、実際に会って話してみたいな。」【晴明】 「機会なら、きっとあるさ。」 |
香拾・五
香拾・五ストーリー |
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……平安京 つい先日苦戦を強いられたが、陰陽寮を始めとする多くの勢力の協力により、平安京は落ち着きを取り戻していた。一方、平安京の外、封印されている六道の扉は、須佐之男の神格に抑えつけられながらも止まることなく蠢いていた。【黒晴明】 「六道の扉か……あの武神様は、今日もここにいるのだろうか。」言った傍から、雷光が空から落ちてきた。雷鳴の轟音の中、暴れる伊吹を抱えて須佐之男が現れた。【須佐之男】 「君だったか、晴明の半身。此度は何をしに来た?平安京に新しい異変でも?」【伊吹】 「早く手を放せにゃん!このままだとニャンの威厳が台無しにゃん!」【須佐之男】 「手を放したら、君はまたどこかに逃げて昼寝するだろう。君は触り心地のいい体をしているが、先日魚を食べながら言っていただろう。このまま好き放題に食べていたら、墓守りとしての威厳を保てないかもしれないと。だから君の願い通り、運動量を増やしてあげているんだ。」【伊吹】 「……あれはお前の料理の腕を褒めたのにゃん、分かってるくせに!黒晴明、早く用件を言うにゃん。そうすればこの意地悪な処刑の神もニャンに構ってられなくなるにゃん。」【黒晴明】 「……平安京には特に異変はない。私は晴明のためにここに来た。彼は数日前に六道の扉の中に入ったが、さっき一瞬だけ彼の存在を感じた。彼は様子がおかしかった。どうやら道に迷っているようだ。」【須佐之男】 「道に迷っている?六道に入る時、法陣の力の奔流に巻き込まれた彼がどこに行くのか、俺にも分からなかったが。天羽々斬がある限り、危険な目に遭うことはない。一時的に迷うことはあっても、悪神に支配されることは絶対にありえない。天羽々斬は処刑の剣だ。処刑すべき対象を見つけたら、力を放ち所有者に知らせる。そして天羽々斬には俺の力の一部が宿っている。肝心な時に、一度だけ敵の攻撃を防いでくれる。そうなれば、俺もその状況に気づき、彼らに力を貸すことができる。」【黒晴明】 「須佐之男様、天羽々斬には須佐之男様の力が宿っているのか?つまり、悪神に気づかれやすくなるのでは?」【須佐之男】 「それこそが晴明の望みだ。」少し前……【晴明】 「六道の中は全く未知なる世界だ。もし悪神が隠れたまま姿を見せたがらなければ、どれだけ時間がかかるだろうか?ならばいっそ最初から彼らの注意を引いて、短期決戦を決め込むべきではないだろうか。私のような弱い人間が神器と武神様の神力を持っていれば、きっと暗闇の中で光る蛍のように目立ち、悪神の餌食となるだろう。」【須佐之男】 「未知の悪神の力が怖くないのか?」【晴明】 「戦う前に恐れをなしたら、神殺しなんて芸当はできないだろう?」【須佐之男】 「君に天羽々斬を渡したのは、やはり正しい判断だったな。だが心配はいらない。何があっても、天羽々斬が必ず君達を守る。」【伊吹】 「これは罠にゃん。お前を利用して、悪神を誘き出そうとしているにゃん。」それを聞いた須佐之男は笑って、伊吹を肩に乗せると、空に浮かぶ六道の扉に目を向けた。瞳の中で煌く雷光は、戦意高揚する彼の気持ちを代弁している。【須佐之男】 「しかし君はこれほど早く晴明の異常を感じたか。罪の眼差しも、既に彼を見つめているかもしれないな。どうやら、彼らは嗅覚が非常に優れた「旧友」に出会ったようだ。もう少ししたら、天羽々斬が動き出だろう。」……香行域【尋香行】 「晴明さん、ここには僕を炙り出すための結界が張られている。侵入したら、熙に気づかれるかもしれない。さっき別の場所に誘き出したから、彼は晴明さん達のことを疑っているかもしれない。どうかお気をつけて。彼が戻ってくるまで、拠点をもう一度詳しく調べてみてもいいかもしれない。彼が回収した御香碑も、きっとどこかに隠されている。」【晴明】 「ああ、ちょうど同じことを考えていた。」【尋香行】 「それじゃ、うまくいくことを祈ってるよ。」【縁結神】 「到着到着、やっと拠点に戻ってきたぞ!疲れた……もうへとへとじゃ。」縁結神が真っ先に走り出し、皆も彼女に続いて拠点に入った。ここに属さない力は、風の中に消えた。【八百比丘尼】 「拠点は出発前と何も変わっていませんね。熙様はまだ戻られていないようです。」【小白】 「え……熙様は、どこに行ったんですか?」【源博雅】 「たしか……捕まえた、と呟いて、霧の中に消えていったはずだ。あの時、確かに変な気配を感じた。おまけに迷獣の群れも現れた。だがこっちが迎え撃とうとしていると、また突然いなくなった。わけがわからない……」【鈴彦姫】 「あのさ……今まで黙ってたけど、一つ聞きたいことがあるの。さっき山崖で目覚めた、あの二つの魂はどうなってるの?今までの御香一族とは、全然違うみたいだけど。」【御饌津】 「拠点の御香一族は浄化された魂だとのことですが……あの二人の魂の方がもっと清く澄んでいる感じがしました。」【小白】 「そして彼らを呼び起こした力……熙様のものとは、全然違いましたね。小白は、懐かしい匂いがすると思いました……なんだか、夢の中で嗅いだことがあるような……」【神楽】 「そう、最初の夢で感じた気配みたいだった……もしかして、皆の記憶を書き変えた夢も、実は一種の浄化で、皆を守ってくれてるの?お兄ちゃん達が御香一族にされたのは、お兄ちゃん達を守るため?それでもやっぱり腑に落ちないけど……」【鈴彦姫】 「……そもそもここで起きること、全部おかしくない?」【神楽】 「!!そういえば!晴明!この前拠点で手がかりを探した時、何も見つけられなかったけど。でも、拠点の最奥に、何か隠れてる気がした。すごく嫌な気配がして……」【晴明】 「拠点の最奥に?」【神楽】 「うん。でもお兄ちゃんと一緒に気配を辿ってみたら、拠点の中じゃなくて、拠点の後ろの断崖の下にあったの。そこに行きたかったら、拠点の外で大回りする必要がある。お兄ちゃんと一緒に拠点を出たのも、そこを調べに行きたかったから。でもその後すぐ皆に出くわしたの。それから……事故に巻き込まれて、しばらくこのことを忘れてた。」【晴明】 「まさかあそこに……?小白もまだまだ元気のようだし、一緒に調べに行こう。」【神楽】 「私とお兄ちゃんも行く!この前調査しようとしたけど、結局できなかったから。それに、皆を案内することもできる。」【八百比丘尼】 「では私は御饌津様と鈴彦姫様、そして縁結神様と共に、拠点に残りましょう。」【鈴彦姫】 「分かった!」【御饌津】 「うまくいくよう、願っています。」……拠点の外。 晴明達は神楽に案内されて拠点を出ると、大回りしながら拠点の後ろにある断崖に向かった。【神楽】 「うん……多分こっちだと思う。あそこに近づけば近づくほど、生命力が乏しくなるから、見つけやすいの。でもただの不毛な土地じゃない……むしろ、生贄を捧げる場所に似てると思う。」【源博雅】 「生贄を捧げる……誰に捧げる生贄だ?拠点のすぐ近くにあるんだから、あの熙様は絶対に何か知っているはずだ!」【晴明】 「調べれば、すぐに分かるだろう。」【小白】 「うーん……待ってください!また迷獣が現れたようです!」【源博雅】 「ちっ、神楽、気をつけろ!」力いっぱい弓を引いて放たれた破魔の矢が霧の中を抜けて、近くの迷獣を射抜いた。一行は再び戦いに引き込まれた。扇子と霊符を手にした晴明が霧を払う。神楽と源博雅は最後の数匹の迷獣を退治すると、そのまましばらく周囲を観察してから、ようやく武器をしまった。【源博雅】 「これでこの辺りの迷獣はいなくなったか?」【神楽】 「気配が全部消えた……もういないと思う。」【源博雅】 「全くきりがないな……いつもこんな獣に襲われているから、世界はこんな風になってしまった。」【神楽】 「……香行域は……本来、活気あふれる世界なんだと思う。大地には不思議な草花が生えて、空には無数の島が浮かんでいる。どこに行っても平安京にはない不思議な景色を楽しめる。でも災いに見舞われて、こんな風になってしまった…」【小白】 「そうですね。世界の安定を維持するために、御香一族があれだけ大きな代償を払ったのに……意識のない石碑になって、本当に目覚めるかも分からない長い眠りにつくなんて、小白は考えただけでも怖くなりました。」【神楽】 「目覚めの代償は、全ての記憶を失うこと……お兄ちゃんがこの記憶から目覚めたら、神楽のことも忘れちゃうの?」【源博雅】 「神楽……」【晴明】 「……静かに、何かおかしい。」【小白】 「え?」【晴明】 「この地の影響を受けて、自分の気分が沈んでいることに気づかなかったか?」【神楽】 「……」【源博雅】 「言われてみればそうみたいだな!神楽を忘れるなんて、そんなこと絶対にありえない、絶対にだ!」【神楽】 「お兄ちゃん……うう……頭が……急に痛くなって……」【源博雅】 「神楽!」神楽が頭を抱え、辛そうに地面に座り込んだ。源博雅が慌てて神楽を支える。背後から突然咆哮が聞こえたが、源博雅は振り返ることなく、神楽を抱えて素早く避けた。立ち込める霧の中、隠れていた無数の目が光る。咆哮を上げる獣が放つ悪臭が漂ってくる。」【小白】 「また現れました!」【晴明】 「博雅、後ろに下がれ!」晴明が霊力で体を守り、撤退する博雅と神楽を援護する。一時的に獣の群れを食い止めはしたものの、彼の霊力はすぐに汚れた力に侵食された。【晴明】 「だめだ、数が多すぎる。長くは持たない!」【源博雅】 「……くそ、神楽は万全の状態じゃない。早くここを離れねば!」【小白】 「セイメイ様!小白達の背後は、敵が比較的少ないです。小白が皆さんを援護します!」突然大量の妖力を纏った白蔵主は、巨大な白狐になると目の前の獣達に飛びかかり、敵を薙ぎ倒し、晴明達のために少しだけ時間を稼いだ。強い力を帯びた矢が彼らの背後に飛んでいく。神楽を背負った源博雅はそこから包囲網を突破した。【源博雅】 「早くついてこい!」【晴明】 「小白!」【白藏主】 「はい!セイメイ様!」晴明達が迷獣の群れを通り抜けると、次々と現れた霊符が、少しの間周囲の迷獣の動きを止めた。そして次の瞬間、金色の矢と白狐の爪が獣を切り裂いた。しかし無限に現れる迷獣は、立ち止まることなく彼らを追いかける。【源博雅】 「……晴明!この先は……」【晴明】 「……ここは拠点の後ろの断崖の下だ。我々はいつの間にかここに来ていたのか……いや、さっきから迷獣の攻撃の勢いが弱まっている。やつらは……わざと我々をここに追い込んだのか!」【源博雅】 「神楽の状態がますます悪化している。」【小白】 「セイメイ様!あそこに建物があるようです!」【晴明】 「……他に行き場はない。一旦そこに行ってみよう。迷獣は何かに怯えているようだ。」晴明達は断崖の中に入ったが、迷獣は追ってこなかった。しかし撤退する様子もない。断崖を囲んだ迷獣の群れが、虎視眈々と彼らを狙っている。【源博雅】 「迷獣はここを囲んでいるが、ここに近づきたくはないようだ!ここで一休みしよう。神楽、具合はどうだ?」【神楽】 「……うう、お兄ちゃん……」【小白】 「……神楽様は意識が朦朧としているようです……」【晴明】 「……ここの気配は……何かおかしい。霊視で見れば死のような静寂に包まれているのに、私の五感は活力溢れる場所だと感じている。」【小白】 「それって、御香碑に似ていませんか!」【晴明】 「外にいても仕方がない、中に入ってみよう。博雅、神楽を任せる。くれぐれも気をつけてくれ。」【源博雅】 「ああ、分かった。」晴明が霊符を使うと、皆の周りに霊力の盾が出現した。その後、彼らは少し荒廃している建物の中に入った。先頭に立つ小白がそこに足を踏み入れた瞬間、後ろの迷獣の群れは突然何かを祝うかのように咆哮した。【熙】 「彼らは全員中に入った、もう行っていいぞ。」熙が持つ目に見えない煙の鎖が空に消え、束縛から解き放たれた迷獣の群れが津波のように押し寄せてきた。【源博雅】 「どういうことだ?!」【小白】 「うわあああ!どうしてまた急に襲ってくるんですか!」【晴明】 「……数が多すぎる!先に中に入っていてくれ、扉に結界を張って獣を食い止める!」襲いかかる大量の迷獣に押されて、彼らは撤退せざるをえなかった。そのまま建物の奥まで撤退し、彼らはなんとか迷獣を食い止めることができた。【小白】 「セイメイ様、あそこを見てください!」小白に言われて頭を上げた晴明と源博雅は、壊れた巨大な神像が後ろに座っているのを見た。神像は神々しく慈悲深い顔をしているが、その胸から伸びる手足が不気味な雰囲気を醸し出している。【小白】 「こ……これは……」【源博雅】 「この神像はなんだ?見るからに不気味だが。」【晴明】 「この神像はまだ完成していないようだ。そして神像に使われている石材は……御香碑か?」晴明が前に出る。地面に散らばっている砕けた御香碑が放つ気配は、神像に呼応しているようだ。その中でも、二つの御香碑にやけに見覚えがあった。そしてその気配も他の御香碑とは異なり、まるで普通の石材のように傍に捨てられている。【晴明】 「これは、あの御香碑だ……どうやら熙は一度ここに戻ってきたようだ。」【熙】 「俺を探しているのか?」【小白】 「!!!」足音が響き、熙が影の中から出てきた。【小白】 「熙様?いや、違います。姿は同じですけど、気配は全然違います!この気配は……さっき神楽様が急に倒れた時に漂っていた匂いと同じです! |
」【晴明】 「……つまり、我々をここに追い込んだお方か。一体何者だ?」【熙】 「やはりそなた達は面白い、顔を合わせただけで違いが分かるとは。もし試すだけのつもりなら、予想外のことが起きるかもしれないな。幸い、われの準備は完全に整っている……そなた達は神の玉座に来て、なぜ跪かない?」熙がそう言うと、皆頭の中で鐘が轟音で鳴り響いたような衝撃を受けた。魂が揺さぶられ、しばらくの間頭が真っ白になった。背後の神像がゆっくりと笑顔になった。空っぽだった手の中は神力が集い、金色の香炉が出現した。香炉の中から濃密で冷たい香りが漂い、目の前の全てを呑み込んでいく。晴明達をも捕らえ、その魂を奪おうとする。【源博雅】 「お……お前は!持国天!」【小白】 「あれ……小白はなぜか動けません!」【晴明】 「何をする気だ?」【熙】 「悪足掻きはよせ。既にわれの手に落ちたのだ、隠すこともないだろう。そなた達は……一体どこから来た?御香一族の香りがそなた達の魂に染みついているが、それでも元の魂の匂いを完全に覆い隠すことはできない。そなた達の味は、われが味わってやる。」【源博雅】 「神楽から離れろ!」【熙】 「これは……実に素晴らしい!このか弱き魂からは、懐かしい匂いがする。ははは!千年が過ぎ、われは依然としてここに囚われ続けているが、まさかここでヤマタノオロチの力の匂いを嗅ぐことができるとは。われの旧友は、あの戦いの後、どうなったのだろう。」【源博雅】 「はっ、邪神の旧友だと?ということは貴様も邪神か!やはり熙は悪事を働いていたのか。御香一族に何をした?!」【熙】 「邪神?ふん、神王天照の罪は一度も裁かれていないのに、われらを邪神呼ばわりする道理がどこにある?われは不平等な運命に抗っているだけだ!天上にいる神々の王は全てを支配する。なぜわれらは許されない?御香一族は最初からわれの眷属だった。その力をわれに捧げることは理に適っている。しかしあの余計な手出しをしたがる神の子は……」【尋香行】 「「まさか持国天様が、それほどまでに僕のことを気にかけているなんてね。」」その時、熙の背後で人影がゆっくりと浮かび上がり、この場に現れた。【熙】 「なぜそなたが……!ふん、あの分身の菩願心香のおかげで、われの神力を掻い潜り、ここに来ることができたのか。こんな過激なやり方は、そなたらしくないな。そして……そなたが見つけた協力者とは、彼らのことか?」白い光が閃く。熙は離魂香の刃を避けると、神像の上に飛び上がった。【尋香行】 「ごめんね、君が彼の顔でそんな表情をするのが気に食わないんだ。神様は自分の本体があまりにも醜いから、いつまでたっても本体を現さないのかな。」【熙】 「さすがは双子だな。身分というものに拘っているところがそっくりだ。しかし、いつまで経っても現実を受け入れようとしない!……それは感心できないぞ、兄さん!」熙は歪んだ笑顔を見せると神像の上から飛び降り、放たれた矢のごとく尋香行に襲いかかった。尋香行も香境を展開して彼に対抗する。二人の力が颶風のように、少しの間、煙を吹き飛ばした。その後尋香行は無数の巨獣を生み出し、それを操って熙を襲わせた。煙が立ち込め、無限の神力が鎖のように巨獣達を縛り付けた。そして巨獣を呑み込むと、無数の見覚えのある迷獣が現れた。【小白】 「小白は……小白は目が回りそうです。誰と誰が戦ってるのか、全く分かりません!迷獣は持国天に操られていたんですね!数が多すぎます……あのお方は、持ちこたえられるでしょうか?!」【源博雅】 「誰であろうと、このまま見ているわけにはいかない!神楽は今どうなってる?!」【晴明】 「これは一体どんな御香だろう。霊力も使えない、まるで魂が縛られているようだ。」【尋香行】 「これは縛魂香だ。」【晴明】 「尋香行様、あなたはあそこで……」【小白】 「あれ、セイメイ様、誰と話してるんですか?」【尋香行】 「僕は持国天を抑えている。君達の束縛を解くために、分身を遣わした。晴明さん達に、協力してほしい。この世における持国天の力の源は、あの神像にある。僕が彼を抑えておくから、束縛が解けたら、彼の力の源を破壊してほしい。そうすれば、再びこの世界から彼を追い出すことができる。」【晴明】 「あそこは神力に守られているようだ、壊すことは困難だろう。」【尋香行】 「君は僕にもよく分からない強い雷の力を持っている。僕は匂いで分かった。激しく、決して曲がらないその力は、どんな物でも壊すことができる。」【晴明】 「……だが私は何も覚えて……」【尋香行】 「君達の記憶にかかった霧を払っておいた。今なら思い出せるはずだよ、晴明さん。」【晴明】 「!!!」魂を縛り付けていた見えない鎖が消え去った。そして同時に、記憶にかかっていた霧が払われ、忘れられていた時間が再び流れ始めた。【尋香行】 「お願いだ。」尋香行は再び霧の中に消え、戦闘に戻った。【晴明】 「平安京……高天原の審判……六道の扉……我々がここに来た目的が何だったのか、思い出した。我々は悪神を討伐するためにここに来て、人々の未来のために戦っている。」扇子を持った晴明が手をあげ、巨大な神像に目を向ける。手の中で天羽々斬が静かに出現するのを感じる。激しい雷光は、すぐ目の先にいる処刑すべき対象に気づいたかのように閃いている。その時、熙が突然振り返って晴明達の方を見た。【熙】 「この懐かしくも不愉快な気配……ふ、ふふ、まさかそなただったか、須佐之男!……いや!須佐之男本人ではない!ただの人間が処刑の神の神力を持っているだと?こんな滑稽なことがあるのか。思い上がった虫けらよ、われを処刑するつもりか?」【晴明】 「できるかどうか、試してみればすぐ分かる。」空から落ちてきた稲妻が、天羽々斬に導かれて古い神殿を切り裂くと、暗雲が沸き立つ空が見えるようになった。神殿の中の汚れた神力も急に勢いを増した。無数の迷獣が現れ、生臭い悪臭を放ちながら咆哮すると、皆に襲いかかった。しかしその時、鈴の音が鳴り響き、降り注ぐ烈火が正気を取り戻したばかりの源博雅と小白の周囲にいた獣達を全て焼き払った。見上げると、赤い傘を差した鈴彦姫と、腰に赤い糸を付けた縁結神が断崖の上から舞い降りてきた。八百比丘尼と御饌津を乗せた霊狐も、軽やかな足取りで空から歩いて降りてくる。【鈴彦姫】 「ここにいたのか!」【縁結神】 「えへへ、さっき雷が落ちたのを見て、絶対にここにいると思ったのじゃ!」【八百比丘尼】 「先程、迷獣の群れが突然拠点の中に攻めてきました。拠点の中にある印は効果がなくなっていたようで、私達は対抗しながら崖まで撤退しました。」【御饌津】 「拠点の中にいた御香一族の皆さんはなぜか全て彷徨う魂になってしまったので、私は仕方なく、一時的に彼らを鈴彦姫の鈴の中に入れました。ついさっき、色んなことを思い出しました……それはきっと、あなた達がここで根源を見つけたからでしょう。」【鈴彦姫】 「それが悪神か。うわ……匂いを嗅いだだけで気分が悪くなる。」【熙】 「そなた達の人数が増えても、残念だが、全く意味がない。」感染力の強い汚れた神力が香りとなって空を漂い、皆の耳元を徘徊する。【熙】 「神力が衰え、消え去る運命を受け入れざるを得ない……広く信仰される稲荷神を見てみろ、妬ましくはないか?神々の戦いを経て地に落ち、全てを失い、他者の幻影の代わりに成り下がった。怒りを感じないか?長く終わりのない命、親しい者を失う運命が定められた人生に、絶望しないか?地上の人々に期待を寄せられる稲荷神よ、高天原は絶対にそなたを受け入れな…」【鈴彦姫】 「もう、うるさいよ!喧嘩は喧嘩でしょう、いつの時代のことかも分からない昔話を繰り返してどうするの?!ぐだぐだ言ってないで、かかってこい!」迷獣の群れが雲霞のごとく押し寄せてきて、瞬く間に皆を囲んだ。さすがに持ちこたえられず、次第に追い詰められていく。晴明が持つ天羽々斬は、何度も何度も神像に切り裂こうとした。しかしその度に際限なく現れる迷獣に止められ、戦闘は膠着状態に陥った。」【熙】 「ほら、兄さんが頼りにしている彼らも、この程度のようだ。一体何のために意地を張り続ける?そなたの本体は、己の存在を維持できないほど弱まっている。このままでは……」【尋香行】 「それは違うよ。神様、忘れたの?僕こそが御香一族の希望、彼らが待ち望む救済。そして御香一族の夢が存在する限り、僕も決して消えたりしない。」尋香行は召喚した神香炉を掴んだ。滲み出る鮮血が香りと共に零れ、香り漂う巨大な網となって迷獣の群れを縛り付け、その力を吸収していく。【尋香行】 「きっともう忘れたんだね……迷獣がどこからくるのか。神の悪念からくるもの……そして同時に、暗闇の中で眠る御香一族が魘される悪夢からくるものでもある。」【熙】 「その力を己の体内に入れたか……ははは、神の子よ、それは急場しのぎの、自滅を辿る道ではないのか?われの神力にすら耐えらないのに、力を得るために御香一族の悪念に魂を差し出したか。例えわれに勝てたとしても、そなたはいつまで耐えられる?」【尋香行】 「ご心配なく。この旅の終わりまで辿り着ければ、それで十分だ!」巨大な黒煙が網を伝って尋香行の魂の中に流れていく。力を手にした彼が、皆の前で姿を現した。【小白】 「!!あれは!」【尋香行】 「晴明さん、今だ!」尋香行の香炉から、強い力の波動が拡散している。立ち込める香りが神殿中に漂い、一気に持国天の力を抑えた。【熙】 「今、そなたはわれの力と一体化していて、善悪の区別がつかない。処刑の神の剣に触れれば、そなたとて逃げられない。我が本体はここにはない。つまり、滅びることもない。しかし、神の子よ。そなたはどうだ?われは……その瞬間が待ち遠しい。そなたの魂が須佐之男の剣によって滅ぼされる瞬間が!」尋香行は動じずに、少しの隙もなく彼を抑えつけている。晴明が霊力を全て天羽々斬に注ぎ込むと、雷光が眩しく光った。荒々しい処刑の剣が、ようやく本当の姿を現した。【晴明】 「悪を断ち切るため、処刑の力を貸してくれ。」空に浮かび上がった須佐之男の幻影が晴明と共に剣を握り締め、目の前の神像を切った。御香碑でできた巨大な神像は雷光の中で虚影となり、罪の力は正義の前で儚く消えた。一方、衰弱した尋香行は瀕死の重傷を負ったかのように、崩れ落ちた。血を吐き続ける彼は、これ以上耐えられそうにない。【熙】 「実に残念だ……だが、まだ終わりではないぞ、神の子よ。例え須佐之男の力を借りても、そなたにわれを滅ぼすことはできない。そう、彼を見捨てられない限り。」熙は嘲笑に満ちた目で彼を見ている。しかしその手は、尋香行の方に向けて差し伸べられた。【熙】 「本当に仲がいいのだな……自我がなくなっても、彼のことを気にしている。では、彼の代わりに言ってやろう。さようなら、兄さん。」尋香行は、なんとか手を伸ばして彼の手を掴もうとした。しかし相手が目の前で消えるのを見届けた彼は、一筋の儚い残り香しか掴めなかった。【尋香行】 「……ゴホゴホ……」【晴明】 「尋香行様、具合は?」【尋香行】 「大丈夫……ただ、少し休憩しないと。持国天は一時撤退した……皆もお疲れ様、今は少し休もう。」そう言い終わった瞬間、大地が再び揺れ始めた。皆が驚いていると、神殿の外の大地がひび割れ、闇が再び世界を包み込んだ。【晴明】 「どうやら……休憩時間はまだのようだな。」 |
香拾・六
香拾・六ストーリー |
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持国天の神像が崩壊すると、その気配も次第に消えていった。一同はようやく一息つくことができた。しかしその時、大地は再び揺れ始めた。彼らが顔を上げて遠くを見ると、遠くの大地がひび割れ、裂け目から闇が溢れ出していた。【源博雅】 「悪神持国天は、ついさっき切り裂かれて消えたはずだろう?どうなってるんだ……」【小白】 「あの黒い霧はおそらくとても危険です。何か恐ろしいものがたくさん潜んでいるようです!」【晴明】 「この世界を滅ぼす大いなる力か。持国天の力と同じもののようだ。」【尋香行】 「その通り、ゴホゴホ……さっき晴明さんが断ち切ったのは、あくまでも彼が地上に降臨するための神力の分身にすぎない。完全な姿で地上に降臨する企みは叶わなかったが、彼はすでに自分の一部の力を呼び起こした。今、彼の気配が迫ってきただけで、香行域は再び危機に瀕している。何せ……この世界は、最初から罪の上に生まれたものだ。持国天の力とは、切っても切れない関係がある、うっ……ゴホ……」【晴明】 「尋香行様、本当に大丈夫か?」【尋香行】 「大丈夫。僕と持国天は魂が繋がっているから、少しだけ影響を受けた。命取りにはならないよ。」【源博雅】 「晴明!神楽はまだ意識不明のままだ、一体どうなってる!?」【尋香行】 「心配しないで、彼女は魂が普通の人と違うんだ。罪の侵食を受けたことがあるみたい。だから持国天の神力と対峙した時に、それを拒んで意識を失ったんだよ。」尋香行は袖の中から小さな香り玉を取り出した。火をつけると、彼はそれを丁寧に神楽の耳の近くに置いた。【尋香行】 「この癒神香で、彼女は少し楽になると思う。多分すぐに目覚めるよ。」【神楽】 「……お兄ちゃん、私……?体が重い……」【源博雅】 「神楽!やっと目が覚めたか!ほら、もう大丈夫だ。疲れたなら、もう少し休め。」【神楽】 「うう……うん。」源博雅のおかげで落ち着いた神楽は、彼の背中ですぐに安らかな眠りに落ちた。【小白】 「セイメイ様、こ、この方はどなたですか!さっき戦いの最中に突然現れたのに、セイメイ様はこの方のことをよくご存知なんですか?」【晴明】 「この方は尋香行、彼は……」【尋香行】 「……僕は御香一族の最後の長だ。」【小白】 「小白の記憶だと、あの熙様も一族の未来の長だと仰っていました。つまり……」【尋香行】 「彼は僕の弟だ。」【小白】 「!!道理で似ているわけですね!……あれ、この匂いもどこか懐かしい気がします。」【源博雅】 「犬っころ、お前はここに来てから何を嗅いでも懐かしいと言っていないか?」【小白】 「でも小白は本当に……」少し疲れた様子の尋香行はそれを聞いて思わず笑い出し、彼らの話に割り込んだ。【尋香行】 「こほん、ごめんね。最初に君達が香行域に落ちてきた時、持国天から罪のない人を守るため、僕は御香一族の記憶で君達の魂が放つ気配を誤魔化してたんだ。」【縁結神】 「そうだったのか!はあ、惜しいな……いい夢じゃった……」【鈴彦姫】 「……夢だって分かったんだ?」【尋香行】 「君達は特別な気配を放っていて、特別な力を持っているようだったから、ちょっと気になったんだ。それで御香を使って夢を作った僕は、晴明さんについていって、少し話をしてみた。でも小白様がこんなに鋭いとは思わなくて、うっかり僕の気配に気づかれてしまった。」【小白】 「やっぱり小白が正しかったですね!」【晴明】 「さっき尋香行様がここに現れた時、熙は……持国天は少し驚いていたようだ。」【尋香行】 「僕と彼の魂は繋がっているけど、その大本は相反している。ここは彼の神力に守られているから、僕の力はここを見つけることも中に入ることもできない。僕は魂の半分を使って分身を作り、熙を誘き出した。目印となるように御香を残しておいたおかげで、ようやくここを見つけることができた。もともとは持国天の痕跡を見つけ出して、後で晴明さんと共に調査するつもりだったけど、予想外のことに彼は君達をここに追い込んだ。幸い、何とかして遅れずにここに来ることができた。でも、晴明さんが持つ力、これだけは想像もできなかった。それだけじゃない……君達が本当に持国天のためにここに来たということも、予想外だった。でもたとえ知っていても、黙って見過ごすわけにはいかない。持国天は千年もの間、この世界を支配し続けてきた。彼を敵に回すことはとても危険なんだ。」【小白】 「でも尋香行様だって、悪神を敵に回していますよね?」【尋香行】 「……これは僕の責任なんだ。深淵に囚われている御香一族が、僕を待っている。」その時、御饌津と八百比丘尼が神殿の外から走ってきた。【鈴彦姫】 「あれ?いつ外に出たの?」【御饌津】 「皆さん、予想外のことが起きました。どうかご自身の目で見てください!」一同が御饌津と共に外に出ると、神殿の外に御香一族の亡霊達が集まっていた。虚ろな目をした亡霊達は大地に平伏していて、絶え間なく何か呟き続けている。しかし何を言っているのかは聞き取れない。【御饌津】 「さっき天変地異が起きた時、御香一族の亡霊達が宿っている鈴が震えるのを感じました。そして彼らは何かに引っ張られるかのように、全員外の暗闇の方に動いていきました。私と八百比丘尼様が彼らについて外に出ると、暗闇の中で何かが亡霊達の魂に入っていくところでした。」【尋香行】 「……大地の裂け目から溢れ出した罪の気配だ。この世界は嫉妬の悪神である持国天によって生まれた。彼の力は、千年間ずっと大地を侵食している。世界が初めてひび割れた時、香行域の平和を守るため、御香一族は御香碑となって大地を守った。しかし御香一族は、苦痛と罪の上で眠ることになった。彼らの魂も持国天の神力に侵され、危うく神の養分となるところだった。」【八百比丘尼】 「では……彼らは今までどうやって耐えてきたのですか?」【尋香行】 「僕は神香の力を使って彼らの魂を包み込み、大地の中に潜む持国天の力を遮断した。そうしてようやく、神と彼らの魂の繋がりを断ち切ることができた。」【晴明】 「では以前熙が行っていた浄化、あれは一体何だ?」【尋香行】 「……ある意味では、確かに浄化と言えるだろう。持国天の力を完全に分離させた時に、魂に欠陥ができた。だから自我を保つために、執念を必要としているんだ。そして分離された力は、神力を補充するために持国天に捧げられたはず。熙の力が消えた今、彼らは神の侵食から逃れることができなくなった。でも大丈夫……御香山を見つけ出し、夢見る故郷に帰ることはできないけれど、僕は君達を見つけた。夢の中で、美しい故郷に帰ろう。」どこからともなく優しい風が吹いてきて、いつの間にか尋香行の頭上に神香炉が現れた。香炉に火がつき、明香を焚いた。立ち昇る香りが巨大な手のように全ての魂を受け入れる。彼らは次第に落ち着き、風に乗って尋香行の手の中に帰ってきた。何筋もの黒い煙が魂から分離され、同時に帰ってきた力を伝って尋香行の魂に入り込み、彼の耳元で囁く無数の怨嗟の声となった。」【御香碑】 「苦しい……希望が見えない……暗い……」【尋香行】 「くっ……」【御香碑】 「諦めろ……御香……死……」闇の中で響く苦痛に満ちた咆哮が彼の魂にぶつかり、彼の意識を掻き乱す。尋香行は苦しそうにその場で膝をついた。【小白】 「セイメイ様!尋香行様の様子がおかしいです!」【晴明】 「御香一族の魂から悪念を分離した後、彼はそれを取り込んだようだ。」【御饌津】 「持国天の力と彼の魂との繋がりが深すぎて、悪念を全て追い出す方法がないようです!」【鈴彦姫】 「あたしに任せてみない?」【縁結神】 「え、ちょっと待って。悪念は……彼が自力で消化したようじゃな?」力強く香炉を掴む尋香行が、手の中の虹色の香りを香炉の中に送り込んだ。香炉は突然光り出し、彼に付き纏う悪念を祓った。彼はようやく目覚めたかのように、疲れ切った顔で地面に座り込んだ。【尋香行】 「僕は……僕は大丈夫だ。でも悪念は厄介で、少し時間がかかる。神々の悪念は、彼らの魂の奥に根差している。僕が吸収する以外に、徹底的に分離する方法はない。」【晴明】 「しかし悪念の侵食は、同時に君の魂に癒えない傷を残す。このままでは……」【尋香行】 「心配しないで。僕は神香炉の神香から誕生した。香りが消えない限り、僕は何とか耐えられる。今の僕と持国天は、同じ力を持っている。彼の悪念は、あくまでも僕の考えを掻き乱すだけだ。心の拠り所がある限り、僕は決して闇には囚われない。」【源博雅】 「心の拠り所?」【尋香行】 「うん。僕の心が夢見る、御香一族の帰る場所……もしよければ、皆も休憩がてら遊びにおいでよ。でもその前に、やるべきことがまだ残ってる。持国天と香行域との繋がりは再び僕たちが断ち切ったから、彼は降臨して世界を支配することができなくなった。それでも彼が蓄えた力は、地上に残った力に影響を与え、眠っている御香碑を呼び起こすことができる。目覚めた御香碑は罪の力に侵食され、持国天の餌食にされる……」【晴明】 「これからは、できるだけ早く御香碑を見つけ出し、ここに持ち帰って浄化すべき、か。」【鈴彦姫】 「どうして直接持国天のところに行って、彼を倒さないの?」【尋香行】 「熙の体に残しておいた印はまだ消えてないけど、薄々感じるんだ。彼らは……この世界の外側にいるみたい。」【源博雅】 「世界の外側?六道の封印はここにあるんじゃないのか?なんで悪神は世界の外側に行けるんだ?」【晴明】 「おそらく、六道の扉の隙間に気づいて、そこから出ようとしているのだろう……」【鈴彦姫】 「あの財神は、扉の前で獲物を待っていたはず……」【小白】 「……それを聞いて、小白は悪神に幸運を祈りたくなりました。ここでしばらく待っていれば、敵は自ら須佐之男様のところに行って、打ち負かされるかもしれませんね!」【晴明】 「とにかく、準備を怠るわけにはいかない。そもそも、我々は悪神を討伐しに来たんだ。ただ傍観しているわけにはいかない。」【尋香行】 「でも気をつけてね。悪神の神力は世界中にはびこっている。外で長居しすぎると彼の力に侵されてしまう。」【晴明】 「では何組かに分かれて、交代で行動しよう。そうすれば捜索の効率も上がるはずだ。」【尋香行】 「色々あったから、皆疲れてるんじゃない?少し休憩してから出発しよう。」【鈴彦姫】 「あたしはいい!今は精力旺盛で、戦い続けるための力がまだまだ残っているから、先陣を切ってもいいよ。」【御饌津】 「私は鈴彦姫と一緒に行きましょう、外が今どうなっているのか調べてみます。あなた達は霊力が弱まっています。今は休んでください。」【晴明】 「分かった、では鈴彦姫様と御饌津様にお任せしよう。」行くことを決めた後、鈴彦姫と御饌津はまたここに戻ってきて皆と落ち合うと約束すると、すぐに出ていった。【尋香行】 「皆、僕について来て。」【小白】 「はい!どこに行くんですか?」【尋香行】 「僕と……御香一族の夢の中に。」神香炉の中で立ち昇る濃厚な香りが、瞬く間に全員を呑み込んだ。目覚めると、彼らは賑やかな広場にいた。見渡すと、嬉しそうな御香一族が大勢いた。彼らは何かの祭りの準備をしている。黄昏の時、ゆったりとした服を着た御香一族が広場にある市場に集まり、賑わいを呈している。【御香一族甲】 「迷香迷香、出来立ての迷香だよ、一つで丸十日眠れる!」【御香一族乙】 「新鮮な香料があるよ、今まで見たことのない伝説の香料だ。これを使えば唯一無二の御香が作れる!」【御香一族甲】 「嘘つきめ、ただの霧落花じゃないか!」【御香一族乙】 「霧落花がどうした?これは私が採った唯一無二の八重咲きの霧落花だ。約束しよう、これを使えばきっと優れる御香が作れる!それに、未来の長は霧落花を使って神様を喜ばせる御香を作り上げた。神様も認めてくれた御香が、唯一無二の御香ではないと言いたいのか?」【御香一族甲】 「例えが下手だな。二人の未来の長は同じ御香一族だけど、同じものが作れる保証はどこにもないじゃないか。」【御香一族丙】 「ちょっと、突っ立ったないで、邪魔だよ。あら、かっこいいお兄さん。それに今まで一度も見たことのない特別な気配ね。私の匂い袋をもらってくれない?もしもらってくれるなら、月が登る時に霧落平原で会いましょう。」【晴明】 「これは……」【御香一族】 「彼女のがだめだったら、私のはどう?私のも見てください……」【小白】 「セ、セイメイ様、これは一体……」【尋香行】 「やれやれ、やっと君達を見つけた。うーん、ちょっと見ない間にたくさんの人に囲まれちゃったね。」【源博雅】 「これはどういう状況だ!?」【尋香行】 「御香一族は自由奔放で、何にも縛られない。だから得意とする御香も皆違っている。でも、御香一族は誰もが本息香という特別な御香を作っている。その御香を焚くと作った者の気配が漂い、まるで本人に会えたような気分になる。この御香は親しい人にしか贈らない。もちろん、好きな人ができたらその相手にも贈るんだよ。本息香を受け取れば……それは即ち、相手を受け入れたということになる。でも晴明さんは賢いね、何ももらわなかったなんて……しかも霊符を使って、その場から抜け出した。」【晴明】 「……」【尋香行】 「御香山に来たら、一族の皆は等しく君達を歓迎すると思っていたけど。まさか晴明さんが……こんなに人気があるなんて。」【小白】 「(……セイメイ様はどこに行っても人気者です、セイメイ様の注意を引こうとする人は後を絶ちません。)」【源博雅】 「ん?」【晴明】 「(……小白が何か言いましたか?)」【小白】 「あれ?何ですか、小白は何も言っていませんけど!(セイメイ様が突然反応してくださった、まるで小白がこそこそしてるのに気づいたみたいですね……)」【源博雅】 「こそこそ、何だ?」【小白】 「え???(どうして皆小白を見るんですか?小白は何も言っていません!)」【源博雅】 「言った、たくさん言った。だから皆お前を見てるんだよ!(ふん、全く素直じゃない犬っころだ。大声でつっこんでおいて、何も言ってないと言い張るなんて……全く月夜に提灯だな、ここまで馬鹿だとは思わなかった。)」【小白】 「小白は何も言ってませんってば!それに博雅様、どうして小白を馬鹿にするんですか!(本当にひどいです、博雅様はきっとわざとですよ、いつも人をからかってますからね!)」【源博雅】 「何だと?!」【晴明】 「(彼らの心の声が聞こえたようだが。)」【小白】 「心の声?」【源博雅】 「心の声??」【八百比丘尼】 「(面白いことになりましたね。)」【縁結神】 「(ははは、面白いことが起きる予感がするぞ!)」【晴明】 「(おや?全員の心の声が聞こえる……のか?いつの間にはじまったんだろう。兆しすらなかったようだが。)」【尋香行】 「(やっぱり予想通り、皆の心の声はとても面白いね。)」【小白】 「(え?)」【尋香行】 「ごめん、今まで皆みたいな生きた人を連れていくことがなかったから……皆しばらく僕と心が通じ合っている状態になったみたい。簡単に言えば、僕に聞こえる心の声が、皆にも聞こえるようになったんだ。」【源博雅】 「(お前、心の声が聞こえるのか?)」【小白】 「(つまり尋香行様はずっと皆の心の声を聞いているんですか!?)」【尋香行】 「(聞かないように特別に注意を払っているので、普段はあえて聞いたりはしない。)」【源博雅】 「(つまり聞こえるんだよな!)」【小白】 「(しまった…ってことはさっき皆に聞こえたんじゃありませんか。小白はセイメイ様のことを……だめ!これ以上考えたらだめです!)」【源博雅】 「(ははは、そうだよ、皆に聞こえたさ。犬っころはセイメイ様は完璧な人だが、完璧すぎるからどこに行ってもモテモテで困りますってやきもちしてることがな。)」【晴明】 「博雅、よせ、そのくらいに……」【源博雅】 「(でも考えてみれば当たり前だな。縁結神が毎年運営してたあの店、名前はチョコ屋だったか。晴明はいつも庭院の玄関を埋め尽くすほどのお菓子がもらえるんだ。)」【小白】 「(ふん、そうですね、セイメイ様は人気者ですから。でも結局ほとんどは博雅様が食べてるではありませんか!)」【源博雅】 「(お前が食べたんだろう?責任転嫁すんな。はは、確かにあんなにたくさんのチョコレートは、いつも俺達が分けてもらってて、晴明はあまり食べないけど…)」【晴明】 「(…博雅、やめなさい。ちょっと自分の考えを抑えてくれ。)」【源博雅】 「(ん?実のところ、お前がお菓子が大好きなことを皆に知られたくないか?)」【八百比丘尼】 「(あらら、晴明さん、遅かったようですね。)」【縁結神】 「(!!!そうだったの、晴明は毎年皆と親睦を深めるためにたくさんのチョコをお買い上げすると思ってたぞ!)」【晴明】 「(本当は…皆と親睦を深めるために…)」【源博雅】 「(あれは本当だよ。こいつは甘いものが好きだけど、ちょっと恥ずかしいみたいだ。だから毎回晴明の目の前で犬っころと二人でお菓子を分けるのがとても面白いんだ。何度も何か言おうとしたが、結局何も言わなかった…)」【小白】 「(博雅様は本当に意地悪です…でも実のところ、小白は毎回自分がもらった分をセイメイ様と半分っこしています!最後は全部博雅様に横取りされますけど!)」【源博雅】 「(それは本当に誤解だった。俺は別にそこまで甘いものが好きなわけじゃないし、ほとんどは神楽にあげるし…)」【小白】 「(博雅様じゃないなら一体誰の仕業なのですか!)」【源博雅】 「(そりゃ…お前からチョコをもらったあいつが……)」【晴明】 「(博雅、その辺にしとけ。)」【源博雅】 「(……はいはい、俺だよ。全く素直じゃないな…俺は何も考えてない、何も考えてないぞ。)」【尋香行】 「(道理で晴明さんの気配は…いつも竹林の中で吹き出す爽やかな風に似ていながら、同時に果実のような甘さが帯びている。)」【小白】 「(セイメイ様はそのような匂いをしていますか!?小白には全然分からないです!小白はどんな匂いをしているでしょうか。)」【尋香行】 「(冬の暖かい日差しでしょう。博雅様は燃える木材のような匂いで、八百比丘尼様は重くて神秘的、激しい波濤のような匂いがする。そして縁結神様は…まあ、とてもとても甘い匂いだね。)」【源博雅】 「(…お前、そんな匂いを嗅いだか!?というか、ー燃える木材の匂いってなんだよ!)」【尋香行】 「(でも本当に賑やかだね、晴明さん。たくさんの友達は家族のように親しくて、それに住んでいる場所も近いようで…)」【八百比丘尼】 「(お恥ずかしい話ですが、実のところ、皆は晴明さんの庭院で家を借りて住んでいます。賑やかですけど、晴明さんは本当はとても苦労しています。家計を支えるのは本当に疲れますから。)」【晴明】 「(うーん…確かに…何人もの成長期の子供が、それに式神達も…やめなさい。)」【縁結神】 「(えへ、最近須佐之男も晴明の家に泊まっていると聞いたのじゃ。彼は太っ腹な神じゃないか!)」【源博雅】 「(太っ腹すぎるからそんな人からお金をもらうのはちょっと気が引けるんだよ。それに家事をさせるわけにもいかないし、食費とか入用が多いし。それは清廉潔白な大陰陽師、晴明様の流儀じゃないぞ。)」【晴明】 「(…職人に新調してもらった弓の話は無しにしよう、金欠だから節約しないと。)」【源博雅】 「(なになに、聞こえたぞ!無しにするなんてひどくない!?)」【小白】 「(はは、博雅様、いい気味です。)」【縁結神】 「(ぐへへ、賑やかじゃ、真に賑やかじゃ。これで新しい話本が作れそうじゃ。『冷たい大陰陽師の秘め事』、これなら、平安京でも、大江山でも、そして天域でも、必ず売りに売れるはずじゃ!これからは寝てお金を待てばいいのじゃ……こんなすごい能力があるのにもったいないよ。もし縁結びのために使われれば、恥しがったり、素直になれなかったりする人の心を打ち明けさせるのに良い方法じゃ!一件落着したら、尋香行はわれと共に平安京を巡ってくれないか?絶対に儲かるのじゃ!含みのある言い方をする人に対する専門家にはなれる。例えば大狐とか、荒様とか、デカ氷とか…)」【尋香行】 「彼らは?仲が悪いのか?」【縁結神】 「(いいや、むしろ仲がいいんだから困るのじゃ!実は晴明も同じじゃが。)」【尋香行】 「晴明さんは面白い人よ。どうしてそんな風に考えているの?」【縁結神】 「(心の声が聞こえるから面白いと思えるのじゃ!あのね、彼はね、小白と博雅とは真逆なんじゃ…)」【晴明】 「縁結神様、ちょっと待て…一旦落ち着いて。(…はぁ、面白がっているから、他人を誘導して皆の考えを出そうとしていますか?本当に厄介な能力ですね、尋香行様。) |
」【八百比丘尼】 「確かにそうですね。尋香行様はあまり質問していませんけど、ずっと皆の考えを誘導しています。(悪気はないですけど、面白がって少し生き生きしたのも事実です。でもこれこそこの年頃の少年に相応しい心情ですね…)」【小白】 「え?(つまり尋香行様はわざとだったのですか!?)」【源博雅】 「(何か俺はまた気付くのが遅かったな!好奇心は悪くない。でもこういう好奇心は絶対にだめだろう!)」【尋香行】 「…あはは、すみません、皆さん。僕が久しぶりに出会ったあなた達は、こんなにも生き生きしているからつい。僕はかつて一人で無音な暗闇の中を歩き続けていた…この夢を作れる力を手に入れてから、僕はようやく嗅覚を通じて再び活力や色彩を取り戻した。」【小白】 「つまり、尋香行様はちょっと寂しがっていますね?(なんか…もし小白が同じ立場に置かれたら、やっぱり我慢できずに斬新で面白い物語が聞きたいですね。)」【尋香行】 「たぶん、僕はあなた達のような波乱に満ちていて面白い世界を憧れているんだ。」【縁結神】 「(それならますますわれについて行くべきじゃ。われは隠したいことがないし、たくさんの秘密を知っているから、われの仲間になってくれれば、絶対にうまくいくはずじゃ!)」【尋香行】 「縁結神様は本当に面白い人ね。でも、僕の旅はまだ終わってないから、今は約束できない。心の声が聞こえる精神感応自体は仕方ないけど、あなた達にお互いの声が聞こえないようにしてあげることはできる。」【晴明】 「ではお願いします。」【源博雅】 「やっぱ変だと思うんだが…何事もなかったようなふりをすることができる。」【小白】 「あっ、聞こえなくなったみたいです。元に戻りました!」【八百比丘尼】 「うふふ、心の声が聞こえなくなったけど、ちょっと惜しいと感じますね。」【縁結神】 「でもここは人がいっぱいいるじゃないか。つまらないと思ったら彼らと戯れてもいいじゃないか!」【尋香行】 「彼らは…だめだ。」【縁結神】 「なんで?」【尋香行】 「彼らの多くは実は本当の魂じゃない。詰まるところ本物に近い幻にすぎない。」尋香行は前に進み、霧落花を取り扱う店主の傍に行った。【尋香行】 「山さん、久しぶり。最近はどうですか?」【御香一族乙】 「尋ちゃん!帰ってきたか。どう?うちの店にお気に入りのものはないか?最近皆景気はいいぞ。でもうちの商品は御香山中でも一番優れているんだ!」【源博雅】 「普通と思うが?」【尋香行】 「山さん、御香山は今どうなっているか知っていますか?」【御香一族乙】 「尋ちゃん!帰ってきたか。どう?うちの店にお気に入りのものはないか?最近皆景気はいいぞ。でもうちの商品は御香山中でも一番優れているんだ!」【尋香行】 「御香山の皆は眠りにつき、もうここでは香料を買うことはできません。」【御香一族乙】 「尋ちゃん!帰ってきたか。どう?うちの店にお気に入りのものはないか?最近皆景気はいいぞ。でもうちの商品は御香山中でも一番優れているんだ!」【尋香行】 「……うん!確かにここの商品は優れています。でも急いでうちに帰りたいので、これで失礼します。」尋香行が数歩下がってから、同じことを繰り返すことしかできない店主は正気を取り戻したみたいに、隣にいる友人と冗談を言い合いながら謳い文句を言い始めた。【八百比丘尼】 「ここは、本当にただの夢ですか?」【尋香行】 「あながち間違っていない。ここの全ては僕の記憶と願いをもとに作られていて、眠っている魂を収めている。まだ僕の夢に帰ってこない一族は、こんな幻でしかない。この事実はいつも僕を気付かせてくれる。まだ全員が帰ってきたわけじゃないと。彼らがこの夢に帰ってくる時、幻は本当の魂になる。辛い記憶を忘れた彼らは、永遠に美しい御香山に残る。」【源博雅】 「この夢は、あなただけが目覚めているか。」【小白】 「確かに寂しいですね…」【尋香行】 「いいんだよ、これは僕が彼らに与えた希望と慰めだから。同時に僕の心の拠り所で、闇の中で見失わないように、進むべき方向を導てくれている。」【神楽】 「…うう?ここは?」【源博雅】 「神楽、目覚めたか。どうだ、どこか気分が悪いか?」【神楽】 「もう大丈夫よ、博雅お兄ちゃん。さっきから夢が楽になった気がして、疲れなくなったの。」【晴明】 「この夢の気配は魂を癒してくれて、人を楽にさせることができる。だからこそ、神楽は早く元気を取り戻せたはず。」【源博雅】 「さっきは色んなことが起きたぞ。神楽は知らないけど、あとでお兄ちゃんが教えてあげる!」【神楽】 「うん。」源博雅は丁寧に神楽を背中から下ろし、彼女の頭をなでてから、嬉しそうに頭を上げた。」【尋香行】 「うん、確かに可愛いね。兄は普通弟や妹のことを可愛いと思うでしょう。」【源博雅】 「……」【尋香行】 「すみません、またつい……」【神楽】 「え?お兄ちゃん、変な顔をしているけど、何かあったの?」【源博雅】 「大丈夫、俺は大丈夫だ。神楽は今目覚めてよかったって考えてただけ。」【神楽】 「どうして急に変なことを言い出したの…私達はこれからどうするの?」【尋香行】 「鈴彦姫様たちはもう戻ってきたようだ。一緒に彼女たちを迎えましょう。」……香行域 鈴彦姫は後ろから襲ってきた一匹の迷獣を追い払ってから、軽く七支刀を振ってみた。すると彼女は自分の体力を消耗しすぎたと気付いた。【鈴彦姫】 「なんだよこの獣、最初に落ちてきた時はこんなに多くなかったはずだが。今はどこに行っても群れで現れるじゃないか。しかも少しずつ強くなってないか?」【御饌津】 「悪神の力が強くなったのが原因か。獣も影響を受けて頻繁に活動し始めるだろう。空気中で漂う罪の気配はますます濃くなっています…死の気配も重くなってて、この大地の活力は著しい速度で消えています。来年になったら、生い茂る草花も消えるのではありませんか。」【鈴彦姫】 「全ての命は消えてしまう、やはり極悪だよ。行きましょう、そろそろ帰るべきだ。あたしたちの体にはひどい何かがたくさんついている気がする。」【御饌津】 「うん、行きましょう。」……臨時拠点【鈴彦姫】 「帰ってきたよ!ほら、東側で見付けたもんを全部持ち帰ってきた!」【御饌津】 「あそこのは全部見つかったと思います。」【尋香行】 「お疲れ様です。」【鈴彦姫】 「少し疲れたね。悪神の気配は増えている。いくら焼き払ってもきりがない気がするので、いっそのこと帰ってきた。」【御饌津】 「そして、気のせいかもしれないですけど、砕けた御香碑は増えているような。おまけにその隣は迷獣が待ち伏せしています。迷獣の力は強くなっています。皆さん、やはり気をつけるべきです。」【鈴彦姫】 「はいはい、あたしたちは休むよ。今度は誰が行く?」【神楽】 「御香碑を集めているの。お兄ちゃん、私はお兄ちゃんと一緒に行きたい!」【源博雅】 「でもお前は……」【神楽】 「今はもう元気になったの!皆頑張っているから、神楽も負けていられない!」【源博雅】 「いいだろう。ちょうど晴明と一緒にいる時はちょっと気まずいから…」【神楽】 「うん?なに?」【源博雅】 「あっ、何でもない。お兄ちゃんも一緒に行くぞ!」【八百比丘尼】 「では、博雅と神楽の次は私と縁結神が行きましょう。」【縁結神】 「いいよ!」【尋香行】 「もし悪念の侵食に耐えられなくなったと感じたら、早めに帰ってきてください。鈴彦姫様、御饌津様、ちょっと待っててください。」御香碑を地面に並べたあと、香炉の中から香りが立ち昇り、御香碑を全部包み込んで染みついて汚染を洗い落として、その中で眠っている魂を呼び起こした。【尋香行】 「安らかな夢を見てください。これからはもう闇に苛まれることはない。」懐かしい痛みは再び走り出し、尋香行の意識を呑み込んだ。彼はもう一度果てのない闇に包まれる夢に落ちた。【御香碑】 「諦めろ…諦めろ…世界はもう死んだ…未来はないんだ…」【尋香行】 「ぐっ…道先を照らす光はますます暗くなっている。譫言はよりはっきりと聞こえてきた…」【御香碑】 「見つからない…帰り道が見つからない…」【尋香行】 「いいえ……僕の帰るべき場所はこの先にあるのだ。希望がある限り、僕は決してここで道を見失わない!」彼は頑張って暗闇の中で立ち上がり、おぼつかない足取りで探りながら進んでいる。無数の悪念は形を持つ霊体となり、進み続ける彼を邪魔して、彼の魂を引き裂こうとしている。【尋香行】 「まだだ…まだここで倒れるわけにはいかない。」揺るがない強い信念は彼が進み続けるように突き動かしてくれている。やがて、彼は再び夢見る気配を見付け出した。その時、同時にまぶしい光が現れた。彼は闇を振り払い、光の中に飛び込んだ。【尋香行】 「うぅ…ここは?」【晴明】 「今度は前回に比べると、目覚めるのが大変になっているようです。悪念はほぼ尋香行様の体を全部包み込みました。待ちに待ってようやく目を覚ましてくれました。」【尋香行】 「ごめん、持国天の力が強くなったせいで、それと対抗するのが難しくなったみたい。でも僕は感じた。今の彼は世界から離れていくではなく、逆に近づいていることを。」【小白】 「あっ、これって須佐之男様にしばかれましたか!?」【尋香行】 「それはよく分からない。でも御香碑を取り返すことは、ますますできるだけ早く済ましておくべき。僕にとっても、持国天にとっても、彼らはみんなとても重要な存在だ。彼らの魂が帰ってきたら、かつて彼らを守っていた僕の力を取り戻すことができる。」【鈴彦姫】 「それは本当でしょう。辛そうだけど、あんたの力はだいぶ強くなったみたい。でも次第に持国天に似てきてないか?」【尋香行】 「彼の神力から力の源を抽出しているから、似たような気配がついても仕方ない。」【晴明】 「尋香行様、あなたの心と意志は決して折れないと信じています。それでも自分のことを大切にしてください。尋香行様が決して道を見失わないように祈ります。」【尋香行】 「分かった。心配しないで、晴明さん。希望が消えない限り、旅がまだ終わっていない限り、僕は決して立ち止まらない。では鈴彦姫様、御饌津様、あなた達も明香境に来て休んでください。そして一緒に見ててください。あなた達がまだ見たこともない、御香一族の故郷、御香山を。」 |
香拾・七
香拾・七ストーリー |
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……明香境 鈴彦姫は山積みの匂い袋や御香を抱えて市場から出てきた。彼女に続いて後ろの御饌津もいくつかの包みを携えて現れた。【鈴彦姫】 「うふ、ここって本当にいいところね。皆は優しく接してくれるし、いいことを言ってくれるし、雪山一族とは気が合いそう!」【御饌津】 「ここの香料はいくつかの特別な穀物を使っています。たくさん収穫できそうだから、持ち帰ってちゃんと研究すべきです。」【小白】 「す、鈴彦姫様!御饌津様!どうしてそんなにたくさんの匂い袋をもらったんですか!?あなた達の恋愛関係は、少し複雑すぎませんか?」【縁結神】 「あれ…お主…彼女…これよくないってば!」【鈴彦姫】 「何を言ってるの?全然わかんないけど。」【尋香行】 「ふふ、たぶん小白は勘違いした。これらは別に本息香じゃない。御香一族だけが作れる特別な御香に過ぎない。」【鈴彦姫】 「それにもらったんじゃなくて、ちゃんと買ったの。まあおまけしてくれたけど、店主は皆優しいんだよ!」【尋香行】 「鈴彦姫様の活発で情熱的な心に気付いたから、彼らは喜んでいるかもしれない。御香一族はみんな、自由奔放な人が好きだから。」【晴明】 「この夢は尋香行様の記憶や感情をもとに作られたもの。つまり尋香行様の潜在意識からも影響を受けるはずです。」【尋香行】 「ある程度は影響されるかも。」【小白】 「…じゃあ、セイメイ様は最初の時に大勢の人に囲まれたのも、実は尋香行様の悪趣味なのですよね!」【尋香行】 「まさか?」【小白】 「口では否定したけど、実は笑いをこらえているじゃありませんか!」【晴明】 「……」【八百比丘尼】 「晴明さんがそんな顔をするなんて滅多に見れません。少し尋香行様に感心しましたわ。」【御饌津】 「ここにいる時、尋香行様はそんなに張り詰めていませんね。でもここは景色が綺麗だし、優しい気配に包まれているし、確かに思わず気が緩んでしまいます。」【尋香行】 「御香山は空に浮かんでいる。各地は御香一族の心象を表しているため、それぞれ異なっている。もし興味があったら、見に行くこともできる。僕は山頂にいるので、何かあったら山頂に来ればいい。博雅様たちが戻ってきたら、皆さんにも知らせてあげるから。」【縁結神】 「よし、解散解散、自由時間じゃ!」【鈴彦姫】 「どうしてそんなに嬉しいの?」【縁結神】 「せっかくの異世界の旅じゃから、できるだけ色々見ないと、損するじゃないか。」【鈴彦姫】 「本当に意義のある旅じゃないか。あんたの閃きって無限に湧いてくるの?」【縁結神】 「えへへ、夢を抱えている限り、無限に湧いてくるのじゃ!」しばらくして、皆はすでにここを離れた。尋香行もいつの間にかいなくなった。【小白】 「セイメイ様、小白達は……あれ?尋香行様を探していますか?」【晴明】 「うん、よく考えてみたら、分からないことはまだまだ残っているので、もう一度彼に聞いてみたい。」【小白】 「尋香行様はさっきあっちの方に行ったのを見ました!」【晴明】 「では私達もついていくとしよう。」晴明と小白は尋香行が通った道を辿って山を昇っている。【小白】 「ここの木々や草花はよく茂っています。木に咲いている花は尋香行様に似たような気配を放っていますね!でも何の木か小白にはよく分かりません…」【晴明】 「たぶん…菩提樹だろう。以前見たことがある。よく憶えてないけど、とても似ている。噂によると、菩提樹の木の下で瞑想すれば、不思議な術を会得できるという。不思議な術とは一体どんな術なのか、私にも分からないけど、人を落ち着かせる効用はあるはず。」【小白】 「セイメイ様、見てください!あそこに屋敷があります!」道の突き当りは年季の入った雅のある庭が見える。庭の周りは外部の影響を拒むように、見えない力に守られている。【晴明】 「ここは、昔、尋香行様が住んでた家じゃないか。」【小白】 「セイメイ様、中に入って見てみましょう。」【晴明】 「彼は丁寧に自分の家を守る結界を張ったので、このまま侵入しようとしたら、もしかしたら拒まれるかも……」【小白】 「押してみたら扉は開きましたけど、セイメイ様。」【晴明】 「……次はそんな無鉄砲な行動は控えなさい。中は誰もいないようだ、入って様子を見てみましょう。」晴明は庭の中に入った。見えない結界を通り抜ける時、目の前の庭は何かが変わったようだった。何かの映像は彼の目の前に浮かび上がったが、はっきりとは見えない。【御香一族】 「生まれた生まれた!族長家に双子が生まれてきた!神様が授けてくれた双子の神子…本当に感謝いたします!神が授けてくれた神子は、きっと驚くべき才能を持っているはず!」興奮している御香一族の声は遠のいていく。【晴明】 「双子の神子?それは…尋香行様と熙様のことか?目の前に浮かんでいる景色は、黄ばんでいて、人の姿もよく見えない。このぼんやりした感じは懐かしいね…もしかしてこれは庭で起きた昔の記憶なのか?」風は庭を吹き抜けていき、瞬く間に数年が過ぎた。そして庭の中に再び二人の姿が映し出された。【族】 「どうしてこんなことに…双子なのに、どうして才能の差があるのか。」【族長の妻】 「私はこの子達に唯一無二の才能などは求めない。彼らは元気に育っていけばいいの。」【族】 「しかし…一族の皆は違うんだ。御香一族は優秀な後継者が必要だから、彼らはどうしても比較されてしまう。これは避けられない未来と責任なのだ。やはり…熙には納得してもらわないと、彼らの関係にあまり影響を受けないといいんだが。」族長夫婦は一年中嘆いている。御香山は夢見る昏い時間を迎えた時、部屋の中から二人の囁きが聞こえた。【族長の妻】 「どうしてまだ寝ないの、熙ちゃん?どこか具合悪いの?」「…お母さん、これらの香料…僕にはやはり違いが分からないよ。でも尋は目を閉じても、違いをはっきり言い当てられる。」【族長の妻】 「……尋はこういう才能を持っているから、習得するのが速いだけだわ。気にしないでね。」「じゃあ僕は?」【族長の妻】 「熙は他の才能を持っているかもしれないわ。だからお兄ちゃんのことを一切気にしないで。お母さんは君たち二人とも楽しく生きてほしいのよ。」「でも楽しく生きるにも、尋のような才能が必要かもしれないけど。」族長の妻は何も言い返せなかった。我が子を慰めてあげたものの、彼女には打つ手がない。【晴明】 「なるほど、神が授けてくれた双子は才能があまりにも違うから、将来は険しい道を辿ることになるか。親はできるだけ慰めてあげたけど、人の不満は本当にそれだけで消えるものか?しかし、二人の姿が映し出される時、熙の姿はよく見えなかった…この記憶の主は彼なのか?」晴明はまだ答えを出さなかったが、記憶はもう再び変わり始めた。彼は仕方なく考えるのをやめ新たな記憶に目を向けた。【族】 「熙と、今日喧嘩したか?」少年の声が響き出した。顔はよく見えないが、声はとても落ち着ている。「やってないよ。今日僕と熙は他の人と喧嘩した。」【族】 「清々しく言ってくれたな、理由を言ってごらん?」「礼儀が分からない人がいるの。他人の汚点しか見えなくて、自分を顧みようともしない。僕は皆に教えてあげただけだよ。いつも他人の汚点だけ見てないで、自分を顧みることだって大切って。」【族】 「……熙のためだろう。」「やはりお父さんも知っている。でも一度もそれを止めはしなかった。」【族】 「他人の不満や見比べは永遠に止められない。熙は神子だから、もちろん避けられないんだ。」「だからって他人の無責任な発言を許すのか?」【族】 「…全ては神の思し召し、私達は何もできないじゃないか?彼には才能がない。そこまで拘る必要は本当にあるのか?もし執着を諦めたら、それで楽になれるやもしれない。」「本当にそうなのか?僕は違うと思う。僕と熙は実はそんなに違わないのかもしれない。皆が気長に彼を見守りさえすれば、それで十分なのかもしれない。」【族】 「それでもだめだったらどうするんだ、一生彼を守り続けるのか?」「そうだよ、それは長の努めじゃないけど、兄ならできるんだ。ご心配なく、僕は彼を守ってあげるから。」【族】 「君は考えたことがあるか。ずっと君に対する劣等感を持つ熙が喜ぶと思うか?」「……いいんだよ。どうであれ、僕たちは双子でお互いにとっては大切な存在だから、違うか?」彼がそれを口にした瞬間、時間は再び動き出し、静かでまだ冷えた初春にやってきた。強烈な薬の匂いと癒神香の香りが混じった匂いは庭で漂っている。族長の妻は重病にかかったようだ。【族長の妻】 「ごほんごほんっ……」「……お母さん!」【族長の妻】 「大丈夫だよ、尋ちゃん。だいぶ楽になったから…ごほん。」「僕の…力が足りなかったから、お母さんを守ってあげられなかった。」焦燥感に駆られる少年の気持ちは香りを伝って広がっている。なぜか一瞬だけ晴明は少年と心が通じ合い、彼の心の声が聞こえた。「皆を守れるぐらい、強くなりたい…それが本来僕の務めなんだ…もし……もし僕がまだ力を持っていたら、結果は違っていたのか?あんなことを願っていなければ……才能を熙に譲っていなければ…全ては起きなかったのか?力を持つ僕だったら……熙よりも上手くできたんじゃないか?」晴明は鋭く気付いた。この時庭に漂っているある気配は一瞬だけ重くなり、御香山をも揺らした。彼は何かに気付いたように、霧に包まれた御香山の山頂を見上げた。【晴明】 「これは持国天の神力の気配ではないか?」しかし彼は考える時間を与えられなかった。大地はますます激しく揺れて、御香山の永遠に消えないはずの神光は突然に消えた。その代わりに暗闇が漂っている。傲慢な哄笑が聞こえる中、濃厚でドス黒い神力は御香山を呑み込み、全ての魂を食い散らかしている。【御香一族】 「いや……ぐああ……!」浪のように押し寄せる神力の中、族長は妻を庇いその力に対抗しながら、遠くにいる自分の子供を探そうとしている。【族】 「尋……!熙……!」【族長の妻】 「あの子たちは…あの子たちは…」【族】 「くっ……早く…早く離れろ!」「お父さん!お母さん!」遠くから誰かの叫びが聞こえ、彼らのところまで届いた。しかしその時、既に闇の中に巻き込まれた彼らは、尋の目の前で消えた。最後の瞬間、族長は妻と抱き合いながら前に向かって手を差し伸べて、何かを掴もうとしているようだった。そしてそのまま闇の中で眠りについた。結界の力はようやくそよ風となり晴明の顔を撫でてくれた。すると彼は突然途切れた記憶の中から目覚めた。【小白】 「セイメイ様?どうしました!?」【晴明】 「小白、君はさっき見えてなかったか……」【小白】 「あ!中に入った時に小白も記憶の断片を見ました。でも人の姿がよく見えないので、何の話かさっぱり分かりません。」【晴明】 「君も見たんだな。それはたぶん、この屋敷の主がここに隠している過去の記憶じゃないか。空に変化はなさそうだが、さっきので一体どれだけの時間が過ぎたのか。やはり先に中に入って、尋香行様に会いに行こう。」庭に入ると、二人の姿が見えた。一人は草花の世話をしていて、もう一人は廊下で座っていてのんびりとしている。」【族長の妻】 「あそこの拾心草がちょっと傾いている。隣の草花と近すぎるかもしれない。場所を変えてあげましょう。草花の世話をする時はもっと丁寧に扱わないと、私が頑張って世話をしている畑をわざとだめにしようとしているの?」【族】 「…全部あなたの言う通りにやっているけど、一体どこがだめなんだよ!?ああ、全く…悪ガキたちはどこで何をしてるんだ。こっちは手伝ってほしいんだよ。」【族長の妻】 「彼らは普段忙しいから、少しぐらい休ませてあげてもいいんじゃない?あなたは父親なんだから今こそ腕の見せ所だわ。」【族】 「……」【族長の妻】 「あれ、あなた達は?」【晴明】 「お邪魔します。私達は尋……尋様に会いに来ました。尋様は今ご在宅ですか?」【族長の妻】 「尋ちゃんに会いに来たね。彼らはこの後ろに住んでいるわ。この先の畑を越えれば、すぐ会えるはず。」【晴明】 「分かりました、ありがとうございます。」晴明と小白は言われた通りに裏庭にやってきたが、ここは静かで誰もいないようだ。」【小白】 「あれ?尋香行様はどこに行きましたか?」【晴明】 「ここにいるはずだから、探してみましょう。」【小白】 「でもここは…小白が想像してたより、ちょっとごちゃごちゃしていますね。尋香行様は几帳面でちゃんとお片付けする人だと思っていましたけど。でもここは色んな香料、香炉、本などが散らかっていますね。」【晴明】 「さっきのご婦人は彼らと言った。つまり、彼は弟と一緒に住んでいる。もしかしたらこれらは尋香行様のものじゃないかもしれない。」【小白】 「えぇ、確かにそうかもしれません!道理でここの物は全てお揃いでしたね。ブランコだって木の両端にあります…他のは、全て最初に出会った熙様のものでしょう!こちらのきちんと並べられている香り玉は尋香行様が作ったものでしょう。尋香行様は御香を作るのが得意だそうです。一体どんな御香なのでしょうか!」【晴明】 「小白、それ以上近寄るな……」【小白】 「!!」小白が近寄る時に作った気流は一番上にある香り玉を吹き倒した。まずいと思った小白は素早く後ろに下がったが、うっかり一つの香り玉に触れてしまった。地面に落ちた香り玉は少し転がってから突然爆発した。どっかん……耳をつんざくばかりの轟音が響いたあと、桃色の煙は急に小白を包み込んだ。すると刺激の強い匂いを嗅いだ小白は咳き込み始めた。【小白】 「ごほん!!!これはなんですか…ごほん!」【尋香行】 「……はあ。」裏庭の巨大な菩提樹の上からは小さなため息が届いた。木が揺れ出したあと、尋香行は姿を現した。【尋香行】 「人を訪れる時にこんなことを仕出かすとは、感心しないよ、晴明さん。」【晴明】 「すみません、小白が悪いのです。」【尋香行】 「大丈夫、驚いたようだからそれに懲りて改心すればいいよ。」【小白】 「尋香行様、ここにいたんですか!ごほんごほん、何ですかこれは!」【尋香行】 「うーん、媚薬の御香ね。」【小白】 「何ですって!?」【尋香行】 「ははは、焦らないで。ちゃんと僕の話を聞いてください。それは数多くの失敗作の一つだ。派手な騒ぎを起こせるが、それ以外は何もできない。ここを訪れたってことは、何かご用があるのか?」【晴明】 「御香碑について、聞きたいことがまだ残っています。」【尋香行】 「ほう?何が聞きたいのでしょうか?」【晴明】 「迷獣は悪神の神力より生まれ、いつも御香碑の近くに潜んでいて、その中にいる活力のある命を狙っています。悪神は力を取り戻して御香碑を壊したものの、隙に乗じて御香碑に残っている活力を取り込もうとはしていません。それどころか、逆に御饌津様達が言ったように、誰かが御香碑を呼び起こすのを待つかのように近くに隠れています。それはなぜでしょうか、尋香行様。」【尋香行】 「それは…もちろん僕を待っているから。でも晴明さんはあまり驚いていないね。晴明さん、前にも言ったけど、あなたは本当に僕が思ってたよりもずっと鋭い。」【晴明】 「ただ御香碑の力を巡って争っているはずなのに、尋香行様と持国天は妙に認識を共有していて、少々不思議がっているだけです。彼は尋香行様を恐れているようです。」【尋香行】 「恐れていない。彼は千年の間ずっと神香の力を独占しようとしている。しかしそれは彼が持つ力とは相反する力なので、今まで彼は願いを叶えられなかった。僕は御香一族と彼との繋がりを絶つために、彼と力を共有することを選んだ。こうして彼はようやく機会を見出した。だから僕を呑み込み、それをもってこの世界の封印を破ろうとしている。御香碑は彼の神力を含んでいる。彼は隙を見て僕を侵食するつもりだ。」【晴明】 「彼の企みを知っているため、尋香行様はあえてその手に乗ったのですね。もし耐えられないと感じたら、天羽々斬の力を借りて、あなた達の繋がりを断ち切ることができるかもしれません…」【尋香行】 「まだその時ではない。まだ大切な人を取り戻していないから。晴明さん、これが僕が選んだ旅。僕の帰るべき場所、終着点に辿り着くまで僕は決して止まらない。」【小白】 「尋香行様…」【尋香行】 「そんな重い話じゃないよ。今の僕はまだまだ耐えられるから。でもこの後は面倒だが力を貸してほしい。…うん、奇遇だね。博雅様と神楽様も拠点に帰ってきたようだ。晴明さん、小白、お二人はゆっくりしていてもいいよ。僕は一足先に縁結神様と八百比丘尼様と共に彼らを迎えに行く。とはいえ、今度帰ってきた時は散らかされた家を見たくないね…小白様。」【小白】 「分かりました!小白はもう絶対勝手に尋香行様のものに触れたりはしません!」尋香行は笑顔で晴明に向かって一礼してから庭を離れた。【小白】 「セイメイ様、尋香行様が言っていた大切な人って、実は持国天に操られている熙様のことでしょう!熙様と尋香行様は実は仲がいいですね。」【晴明】 「でも、ここでは熙様の幻影に出会えなかったようだ。」【小白】 「あれ、確かにそうです!…まさか、尋香行様は彼をこの記憶の中に入れませんでしたか?」晴明が口を開く直前、誰かの足音が響き出し、族長の妻がお茶を持ってきた。【族長の妻】 「君たち、尋ちゃんの新しい友達でしょう?一度も会ったことがないけど、喋る子犬と変な帽子をかぶっている若者は、確かに面白い人だと彼でも思うでしょう。」【小白】 「……奥様は本当に歯に衣着せませんね。」【族長の妻】 「尋ちゃんはいないの?」【晴明】 「さっき出ていきました。」族長の妻は少しがっかりしたようだ。でもすぐ気を取り直してお茶を出した。【族長の妻】 「すみません…ちょっと取り乱してて。だって母親なのに、最近滅多に尋ちゃんに会えないの。しばらく帰ってきても、あまり私達の前に顔を出さない。ここで一人で過ごすほうが気に入っているみたい。」【小白】 「もし会いたいなら、同じ家で住んでいるから簡単に会えるでしょう!」【族長の妻】 「…そうとはいえ、あの子が抱えている悩みは増えているようで、長い間ずっと何も教えてくれなかった。心配しているけど、対策らしい対策は思いつかなかった。」【小白】 「これって尋香行様の話ですよね。皆の心の声を誘導してた時、小白は尋香行様がとても楽しそうに見えましたけど…」【族長の妻】 「やっぱり変わってないわね。あなた達の前ではゆっくりしていられるから、本性を見せたんじゃないかな?」【晴明】 「本性?」【族長の妻】 「人の前にいる時、尋ちゃんはいつも冷静で真面目な態度をとるの。でも根は悪戯が大好きだから、いつも知らん顔で人をからかっているのよ。」【小白】 「…そうしたら、周りの皆は絶対に文句言いますけど!?」【族長の妻】 「別にそんなことないよ。周りの皆は面白い人と思っていないじゃないかな。でもその分熙ちゃんは大変だったわ…しかしあれ以来、全部変わったわ。」……数年前、御香山。 御香一族は期待と共に御香初詣を迎えた。そして祭典後の御香試しでは、御香一族の少年達は皆自分の御香を神に捧げる。御香試しで驚きの才能を持つ兄に打ち勝ち、頂点を勝ち取るために、熙は修行に励んでいた。【尋】 「それだけの努力や心血を注いだから、努力は必ず報われると証明できるはず。それにおいては、僕の兄はあなたには勝てない。」【熙】 「…そんな正論は間に合っている。とにかく勝負してみるんだ。」人々が見守る中、尋と熙が神殿に現れ、御香に火をつけた。御香の煙が立ち昇り、神殿の中でそれぞれの幻境を展開する。【御香一族】 「こ、これは!熙様と尋様の香域だよ。片方の香域は広々としていて、もう片方からは柔らかな印象を受ける。これは甲乙つけがたいんだ。やっぱり柔らかで芯が強い、せせらぎのように絶えない尋様の力のほうが優れている。でも熙様の力は大地の上にある不動の山や平原のように、そして何よりも熙様はようやく自分の力を使いこなせた。尋は感心しているように熙のほうに向けて頷いた。【尋】 「僕もそう思う、今回の熙は僕よりも輝いている。千日の修行の末、彼はようやく自分の道を見つけたから。」【熙】 「……」熙は何も言わなかった。しかし二人は少し仲直りできたようだ。【持国天】 「……」神が頭を下げ、和気藹々の少年達を見下ろす。少年の期待の眼差しの中、神香炉の中で火が燃えだした。勝者を決める神香は、やはり尋の力に惹かれていて彼の周りで漂っている。【尋】 「そんな…」【持国天】 「本当に驚きの才能だ。」その時、熙が持っていた香炉が突然爆発した。彼は何とか抑えつけていた凶暴な力の制御を失い、手に傷を負った。【尋】 「熙!」【熙】 「…本当に驚きの才能だよ。他人が何をしても決して越えられない……俺の負けだ、兄さん。」熙はそのまま振り返って出ていった。【持国天】 「では、勝者への褒美として、願いを一つ叶えてやる。」横を向いた尋は、壊れた香炉と出ていく熙の寂しそうな後ろ姿を目にして何かを思いついた。【尋】 「どうか、熙が望むものをお与えください。」【持国天】 「ほう?そなたの願いは、他人のためのものか?これは今までなかったことだな。彼の願いは極めて単純だ。そなたのような才能を欲している。そなたのような才能を手に入れることが、どれだけ難しいか理解しているか?」【尋】 「それでも彼と分かち合いたいのです。」【持国天】 「では、もし分かち合うことすらできないなら?」【尋】 「…今の僕が持っている全ては十分すぎるほどの満足や快楽を与えてくれました。才能はもちろん大切だけど、努力すれば追いつかないほどじゃないかもしれません。僕はそう信じています。もし僕の才能を彼に譲って、彼が快楽を知るのなら、別にいいじゃありませんか?彼には今後、不平等な運命を嘆いたりはしなくなり、欲しいものを全て手に入れてほしいのです。」【持国天】 「本当に感動に値する兄弟愛だな。そなたの願いを叶えてあげるよりほかあるまい。その力を、本当に弟のために使うのだな?」【尋】 「はい、迷いはありません。」【持国天】 「ならば、望みを叶えてやろう。」族長の妻はゆっくりと昔のことを教えてくれた。【小白】 「では、持国天は本当に彼らの才能を入れ替えましたか!?」【族長の妻】 「最初は違うの…神様はあの子達に力を分かち合えるようにしてあげただけ。」【晴明】 「つまりそのあと何かが起きて、尋香行様はしばらくの間自分の力を失ったはずです。」【族長の妻】 「…その通りだわ。自慢の才能を失っても、尋ちゃんは何も文句を言わなかった。あの子は強い意志で揺るがない心を持っている。才能を失ったなら、別の形で取り戻せればいい。あそこに置いているのは、その間彼が頑張って作ったものなの。失敗ばかりだけど、それでもあの子はめげずに新しい楽しみをを見付け出し、変な御香をたくさん作ってはいつも騒ぎを起こしている…さっきの騒ぎも、あの子がそこに置いている御香が引き起こしたものじゃないか?」【小白】 「あはは…小白は、小白はわざとじゃありません。」【族長の妻】 「大丈夫、私達はとっくに慣れてるから。」【小白】 「でもそういう話でしたら、尋香行様は前向きで、気晴らしができる方のようです。それはそれでいいじゃありませんか?」【族長の妻】 「実はちょっと違うの。気にしないように振る舞っている理由は、尋ちゃんはそれはまだ取り戻せると考えているからなの。でも…そこが心配なのよ。もし私達を、熙を、全てを失って、自分は何もできないなら、あの子はどう思うかしら。何をするかしら?」【小白】 「!!!」【晴明】 「やっぱり…奥様は記憶を持っていて、魂は眠りについていないでしょう。」【族長の妻】 「……」【晴明】 「たぶん尋香行様もそれに気付いたはずです。」【小白】 「じゃ…じゃあ尋香行様はどうしてわざと自分の母を避けているのですか?」【族長の妻】 「たぶん…申し訳ないと思っているからだわ。あの子は自ら全ての責任を背負い込んだけど、誰一人も助けられなかった。今の御香山は賑やかな場所に見えるけど、実はとても寂しい場所なの。例えるなら、あの子が心に刻んでいる、独り芝居みたいなものだわ。でもあの子にとっての慰みはこれしかない。今の尋ちゃんは御香一族全員の運命を、熙の運命を、そして彼自身の運命を全部掴み取って、その未来を決めたいの。でもそれはあの子にとって最も残酷な方法なの。暗闇の中で一人だけ目覚めていて、夢の光で道先を照らしている。」【晴明】 「慰みがあるなら、心の拠り所もあります。それは別に悪いことじゃないかもしれません。」【族長の妻】 「…でもこの全ては所詮鏡花水月みたいなものだわ。もし壊れたら、あの子は一体どうすればいいの?」【晴明】 「この問題の答えは、私にも分かりません。でも尋香行様は私が出会った人の中でも極わずかしかいない、強い信念を持っていて、自分の進むべき道を見つけた人です。だから、彼を信じてあげてください。彼は必ず動揺せずに自分が決めた結末までたどり着きます。そして私達は、ずっと彼の傍で支えます。」【族長の妻】 「……そうね、尋ちゃんは面白くて、気が合う友達を見つけたようだ。あなた達はここで休憩しているようね。これ以上邪魔はしないわ。でも、今度あの子に会った時、母は尋ちゃんに会いたいと伝えてほしい。」【小白】 「はい!分かりました!」【晴明】 「そういえば、一つ伺いたいことがあります。この夢は尋香行様の記憶でしたら、どうして熙様の姿は見当たらないのでしょう?」【族長の妻】 「尋ちゃんはあなた達と記憶と快楽を分かち合ったけど、やはり一番大切な部分を隠したの。熙ちゃんはずっといるわよ。もう日が暮れるようね。あなた達と尋ちゃんは、日が暮れる前に帰り道を見つけたらいいわ。」晴明と小白に向かって少し頷くと、族長の妻は茶盤を持って離れた。【小白】 「…変ですね。確かに急に少し暗くなったようですね。小白はてっきり、ここの時間は止まっていると思っていました。」【晴明】 「うん、やっぱり尋香行様の母は私達に何かを伝えようとしている気がする。」【小白】 「え?でも小白が一番知りたいことは、尋香行様は熙様を一体どこに隠したかです!」【晴明】 「大切なことは記憶の中で一番好きな場所に隠れているんじゃないか。もしかしたら……」巨大な菩提樹に目を向けた晴明は何かを思いついたかのように、突然木の傍までやってきた。巨大な樹冠は霊符が呼び起こした風に吹かれて傾き、木の枝で何かが光っているのが見えた。【小白】 「あっ、これは!」彼らの視線に気づいたように、光る何かは小さくて細長い香霊になり、不思議そうに彼らを眺めている。」【小白】 「…セイメイ様、何ですかこれは。意外と可愛いですね。」【晴明】 「これは…香鼬じゃないか?」【小白】 「香鼬?小白は熙様が隠れているんじゃないかと推測しましたけど、実は尋香行様が飼っている小動物ですか?」【晴明】 「それはどうかな。」少し考えると、晴明は何かを思いついたようにこの前尋香行からもらった御香を取り出した。御香に火をつけると、彼はそれで香霊を軽くつっついてみた。煙は香霊の周りで漂い、そしてすぐ香霊の体の中に入り込んだ。立ち昇る煙はやがて人の姿に変わった。【熙】 「……」【小白】 「うわああ……!急に出てきました!」【晴明】 「やはりか。」【小白】 「…でも尋香行様は兄として悪趣味すぎませんか!もし熙様に知られたら、兄弟関係の危機になるじゃありませんか?熙様はどう思いますか?」【熙】 「…ずっと待っていたよ、兄さん。」【小白】 「え?小白と尋香行様は全然似ていませんけど。」【熙】 「ずっと待っていたよ、兄さん。」【晴明】 「……この幻は、これを繰り返すことしかできないかも。」【小白】 「尋香行様はわざと…」【晴明】 「私にも分からない。これは彼だけの執念だから。私達もそろそろ失礼するか。」晴明は手を上げて立ち込める煙を振り払った。形を無にした香霊はゆらゆらと木の上に戻り、再び呼び起こされるのを静かに待っている。【尋香行】 「ただいま、あなた達はここで何してた?」【小白】 「びっくりしました!」【尋香行】 「この反応、何かやましいことでもした?」【小白】 「してないです!さっきここで尋香行様のお母様とお茶を飲んだだけです!」【尋香行】 「…お母さんか。」【小白】 「そうですよ。尋香行様のお母様が出ていく前、小白に伝言を頼んできました。尋香行様に会いたいって。」【尋香行】 「……わかった、少し休んだら……お母さんに会いに行く。」【晴明】 「尋香行様は、この前よりも疲れているようですけど。」【尋香行】 「今回はたくさんの御香碑を取り戻したから、少し消耗しただけ。でも大したことないさ。」【晴明】 「お邪魔したら悪いので私達はこれで失礼します。私達が見回りする番になった時、また会いに来ます。」【尋香行】 「大丈夫、まだ御香山にいるのなら、どこにいようと僕は必ず見つけることができる。」晴明と小白は尋香行家の庭を出て、御香山を見回り始めた。そして八百比丘尼と縁結神が戻ってきたら、尋香行はやはり御香山の山頂で晴明と小白を見つけた。【尋香行】 「出発しよう。八百比丘尼様と縁結神様は拠点に帰ってきた。しかし、あなた達はどうやってここに…僕は山頂へ通じる道を隠しているから、普通はここに来れないはずだが。」【晴明】 「私は隠されたある気配を辿っていった末、ここに辿り着いたのです。ここは、かつての御香一族の神殿じゃありませんか。しかし神殿の中にあるはず神像は消えてしまい、代わりに尋香行様の力の源が鎮座しているようです。」【尋香行】 「ああ、その通りだ。御香山は神光が照らしてくれるはずだが、神様が…になる以前、一度も闇に落ちなかった。でも今は僕の力がここに光を与えている。」【晴明】 「しかし私は持国天の神力の気配を感じました。彼による侵食は光を包み込みつつあります。だから暗くなったのでは?たぶん、尋香行様のお母様もそれを伝えたいのでしょう。」【尋香行】 「まさか…お母さんに気づかれるとは。」【晴明】 「お母様の直感の鋭さを侮らないでください。今持国天は尋香行様の力を取り込もうと躍起になっていますから、急がねばなりません。」【尋香行】 「うん、出発しましょう。」香りの煙は再び彼らを包み込み、夢の中から彼らを再び拠点の中に連れ戻ってきた。【縁結神】 「ゼー!ゼー!ハー!ハー!ものすごく疲れたのじゃ!」【八百比丘尼】 「御香碑を探すため、私達は長時間大地の上で探し続けていました。残りはそう多くないはずです。最後に残っているものは、世界の果てに近いところにあります。あそこは持国天の神力が活発になっていますので、くれぐれも気をつけてください。」【尋香行】 「それなら、今回も僕も同行する。ここで、全ての幕を下ろしましょう。」……香行域の果て。 尋香行と晴明は慎重に砕けてた大地を歩き、残っている御香碑の痕跡を探している。【尋香行】 「ここは多くの見えない深淵が潜んでいる。裂け目は大地のすぐ下にあるかもしれないので、気をつけて。」【小白】 「尋香行様のほうこそ慎重に行動すべきです…小白は前から気になっていますけど、尋香行様の靴は歩きづらそうですよ。」【尋香行】 「高足駄の後ろは浮空香が焚いているので、御香一族が簡単に風に乗るのを助けてくれる。歩きづらそうに見えるかもしれないけど、実は体が軽くなっている。」【小白】 「そんなことを言われたら、小白も試してみたくなってきました…あっ!あそこです!尋香行様、あの崖の下にはたくさんの御香碑があるようです!」【晴明】 「でもあそこは半分闇包み込まれています…たくさんの迷獣が潜んでいるかもしれません。小白、戦闘準備を。あそこに行って様子を確かめてみよう。」霊符を持つ晴明は先頭に立ち、皆はいつ闇の中から現れてもおかしくない迷獣に備えて警戒を高めているが、結局何も起こらなかった。【小白】 「おかしいですね…迷獣はどこにいるのでしょう。全然襲ってこないですね。」香杖をついている尋香行は崖に登った。すると崖底に並び立つ御香碑の群れが見えた。石碑はほこりまみれで闇の中で眠っている。【晴明】 「ここの御香碑は、まだ砕けていないようです。彼らは、皆目覚めていないみたいです。」【尋香行】 「……世界の果ての御香碑は、香行域が崩壊し始めた最初の時、裂け目を補修するためにここで眠りにつくのを選んだ一族でしょう。ここの大地は持国天の神力にここまで侵食されているけど、裂け目の隣にある御香碑は少しも砕けていない。」【小白】 「つまり、これは罠ですか!?」【尋香行】 「そうかもしれない。でもこれは見過ごせない罠だ。たぶん、ここが最後の終着点でしょう。さあ、晴明さん、共にここの御香碑を呼び起こしましょう。」【晴明】 「周りのほうから一つずつゆっくり呼び覚ましましょう。私達は何とか耐えられるはずです。」尋香行は神香炉を取り出し、神香に火をつけた。平和な柔らかな気配は埃を拭き取り、御香碑を包み込んだ。粉々に砕けたあと、御香碑の力は尋香行に吸収されていく。そして懐かしい暗闇と痛みは再び現れた。尋香行は痛みに耐えながら譫言を呟いている魂を抱き込み、侵食を浄化している。【尋香行】 「怖がら…ないで…眠りにさえつけば、御香山に戻れる…」純粋で透き通る魂は彼の手の中からゆっくりと浮かび上がっている。彼らを夢の中に送れば、今回の浄化はこのまま終わる。沈黙を貫いていた暗闇は優しい光に呼び起こされた。しかしその中で眠っている影も同時に目覚めたようだ。沸き立つ悪念のせいで闇ははちきれそうになった。【小白】 「!!!!!気をつけてください、セイメイ様!」悪念が化した巨獣は闇の中から出てきて、貪欲に満ちた軽蔑の眼差しで三人を睨みつけ、どんどんと音を立てて近寄ってくる。そしてその足元にある無数の御香碑は音を立てずに砕けてしまった。悪念の中で目覚めた魂は黒い霧を纏い、悲鳴をあげながら彼らに襲い掛かってきた。【晴明】 「彼らが皆呼び起こされた。何とかして食い止めないと!」しかし闇の中から悪念は溢れ続けていて、潮のように全てを呑み込み、力を強めながら迫ってくる。そして巨獣も無限に湧いてくる力を吸収し、ますます大きくなっている。口から悪臭を放つ獣は晴明が作った霊力の盾に噛み付き、もう少しで彼らを飲み込みそうになった。晴明の手のひらからは天羽々斬が浮かび上がり、煌く雷光は巨獣を切り裂き、三人のために少しばかり時間を稼いだ。しかし御香一族の魂たちは動じることなく、雷光を避けてからそのまま苦痛に耐える尋香行のほうに向かってきて、三人は瞬く間に呑み込まれた。危機一髪の時、尋香行は晴明と小白を掴み、何とか彼らを明香境の中に送り込んだ。次の瞬間、無数の御香一族は彼の魂の中に入り込んだ。【御香碑】 「希望がない…希望が全然見えない……道先は暗闇しかない……」【尋香行】 「…いいや、違う!」彼は苦しみながら立ち上がった。魂の侵食は絶え間なく彼の意識に痛みを与え続けている。痛みに耐えながらも倒れることはなかった。【御香碑】 「私達は光を、未来を待ち望んでいる。しかし私達は忘れた。今の未来の行く先は死だけだ…絶望、痛み、私達の魂は、夢はそれらが溢れ返っている…御香一族は、永遠に解放されない……尋ちゃん、苦しいよ。本当に誰か助けてくれるのか?尋ちゃん、静寂の闇の中は一体何がある?何も!何も!何もないんだ!」狂乱的で悲しい咆哮はごった返していて、鋭い刃のように尋香行の魂に傷を残し、彼の心の中で響き続けている。重傷を負ったものの、彼は歩みをやめなかった。頑張って手を差し伸べた彼は、御香一族の魂を掴んだ。【尋香行】 「いいや、希望はまだ残っている…まだだ。僕は御香一族の未来を切り開くのだ。」無限の痛みの中、彼は苦しそうに手の中の虹色の香りを香炉の中に送り込み、そして神香に火をつけた。暗闇の中、彼は軽やかな香りを嗅いだ。彼の記憶は光っていて懐に沈んでいく。平和で長閑な空に浮かぶ山から、皆の笑い声が次第に聞こえる。そして立ち昇る朝日のように、少しずつ道先を照らしてくれた。道の突き当りは、彼が探し続けている一族の皆がいる。【尋香行】 「僕の傍で平和を取り戻してください。これは僕が約束したことだから。帰りましょう、僕達の故郷に帰りましょう。」【御香碑】 「故郷…御香山…私達の故郷、もう帰れない…」【尋香行】 「大丈夫よ…例え…故郷が…手の届かない場所にあっても、僕は…御香一族の帰るべき場所となってあげるから…そしていつの日か、僕が必ず、本当の御香山に連れ帰ってあげる。」神像の周りで漂う気配の中、遥かなる故郷の気配は魂達を慰め続けている。恍惚としている魂は無意識に尋香行に近寄り、彼に触れたいかのように手を差し伸べた。一方、闇の中から嗤い声が聞こえた。【???】 「本当に立派な大願だったな。あろうことか、一族の未来の長はそんな偽りの夢にすがり、自分が紡ぎ出した嘘を頼ってここまで歩んで来たとはな。御香山に帰りたいだと?ふははは……しかし御香山はとっくにこの世から消えた。御香一族もいなくなった。そなただって分かりきっているじゃないか?そなたはいつだって自分の終着点を知っている。死んだ者は魂として故郷に帰る。それは例えただの夢でもいい。しかしそなたはどうだった。神子よ、そなたはとっくに帰るべき場所を失った。【持国天】 「そして感謝を伝えてやる。そなたはこんな御香一族のために自ら魂を差し出し、われの力による侵食を受け入れたからな。今、われはようやくそなたが一番奥のところに隠している夢に触れた。それを砕けば、そなたは心の拠り所を失い、われの支配を受け入れざるを得ない。」……明香境 夢は相変わらず暗いままだった。ある人影は次第に山頂で現れた。賑わう御香山を眺めている彼は嘲笑った。【熙】 「そなたは彼らにこんなに素晴らしい夢をあげたが、われにあげるのを拒んでいる。仕方なく、われは直に掴み取りに来た。今回は…捕らえたぞ。」彼は尋香行が神殿に残した力の源を打ち砕くと、御香山は山頂から崩れていく。驚いた人々の叫びや悲鳴は再び平和だった地に響き渡った。数年前呑み込まれたあの日のように。儚い夢の世界は壊れ、皆は闇の中に落ちた。」 |
香拾・八
香拾・八ストーリー |
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尋香行は闇の波の中に落ち、漲る荒波は全ての音や光を呑み込んだ。彼が抱えている砕けた夢は次第に光の玉に変わっていき、それを掴みたい彼は手を差し伸べた。しかし一度も掴められなかった運命のように、光の玉は砂のように手の隙間から落ち、闇の中に消えた。無限の闇は潮のように世界を洗い落としている。その中に巻き込まれた御香一族の魂は、差し伸べた手の届かないところに連れられて行く。【尋香行】 「くっ……かえ……」彼が口にした言葉は唇のすぐ傍で消えた。誰も聞こえないため、誰も答えてくれない。恍惚の中、彼は再び孤独で音も消えた闇の中に戻ったように、悪念の中でより深いところに沈んでいく。暗闇の中、誰かが突然彼の手を掴んだ。【熙】 「……」【尋香行】 「ぐっ……熙……」熙は複雑な表情で彼を眺めている。しばらくすると、彼は慈悲深い顔を見せた。しかしその眼差しの奥からは嘲笑が窺える。悪念に満ちる神力は繋いだ手を通じて彼の魂に入り込んでいて、悪神の声は尋香行の耳元で響いている。【持国天】 「ほら、神子、やはりわれが言った通りだったな。この「薫る山の夢」は、御香一族が夢見る帰るべき場所を見せているが、それだけじゃない。それは同時にそなたが夢見る帰るべき場所を示している。だからそなたは進むべき道を見失わずにいられる。しかし、そなたは本当に見失わなかったか?そしてそなたは本当に、長い旅路の中でいつも自分の信念を貫いているのか。実のところ、そなただって自分が最終的に嘘を信じ込むように、この夢を利用して自分を騙しているじゃないか?」囁きは尋香行の隣で響き続けている。もし持国天の蠱惑に耳を傾けて信念が動揺したら、彼はより深い闇の中に引きずり下ろされ、二度と目覚めることはできない。しかし誰も助けてくれない状況下でも、尋香行は全く動揺しなかった。【尋香行】 「僕は長い長い間闇の中で歩き続けていた。道は険しく困難がとても多い。そして僕はどこに向かうべきかという絶望に囚われている。あなたが言ったことは否定しない。僕は何度も諦めようと思った。でも何度も倒れたらまた立ち上がり、困難を乗り越えて進み続けてきた。僕は知っている。もしそのまま倒れたら、全ては本当に取り返しがつかなくなるということを。暗闇に囚われる友達、一族の皆、家族達、今度こそ永遠に苦痛の中でもがき続け、永遠に解放されない。」【持国天】 「ふん。それでも、そなたは彼らを諦めようとした。」持国天に質問されているが、尋香行は何かを偲ぶように笑い出した。【尋香行】 「そう、僕は道の突き当りに辿り着いたことがある。でもここで僕はようやく自分の帰るべき場所を教えてくれる心の拠り所を見付けた。数ヶ月の努力は無駄だと分かった瞬間、孤独感に襲われ続けた僕は疲弊した。黒い湖に落ちた時、僕は思った。もしここで眠りについたら、全ての苦痛も消えてなくなると。しかし黒い夢の中で、僕は懐かしい匂いを嗅いだ。僕は夢見る全てに出会えた。夢の中で、僕は御香山に帰った。その夢の中で、僕はもう一度自分の短い人生を振り返った。最期を迎えるのに、不満や未練ばかりが残っている。そんな結末は受け入れられない。だから目覚めたあと、僕は記憶と神香を礎にして、自分のために夢を作り上げた。僕の傍から、そして御香一族の傍から全ての闇が消え去るように。そんな夢を抱いている僕は、帰りたい気持ちは一度も揺らぐことはなかった。」持国天は嗤った。彼の甘さを嘲笑っている。【持国天】 「神子よ、そなたはまだ夢を手放したくない赤子のままだったか。そして、そなたは間違った。われは一度も離れたりはしてない。そなたはずっと自らわれに近寄っている。御香山はとっくにわれに蝕まれ、そなたが墜落したその日から崩壊した。そして今、われと御香山は一つになった。そなたが探し続けているのは、即ちわれなのだ。いわゆる御香山は、御香一族の結末を示す巨大な墓碑にすぎない。そなたの心の拠り所何ぞ全く無意味だ。最初から、香行域はわれの手中にある。われは待っている、そなたを餌食にする瞬間を。御香一族とこの世界はわれにとっては意味がない。われはこの狭い牢獄を抜け出し、神王天照の座を狙っている。」【尋香行】 「……」【持国天】 「なぜならば、われは嫉妬という罪を背負う神だから。神子よ、嫉妬というものをわかっているか?うっかり忘れるところだった、そなたも嫉妬を感じたことがあることを。そなたはわれの分身と共に封印をこじ開ける力を与えてくれた。香行域がどうなっても、そしてそなたの夢がどうなっても、実のところわれとは無関係だった。だが……われは嫌いなんだ。われ以外の生き物が素敵なものを一つでも手に入れるのが嫌いなんだ。われという囚人を閉じ込める牢獄に命や快楽が誕生するのが嫌いなんだ……そなたは神子として生まれ、当然のように全てを手に入れたのが嫌いなんだ……われのように静かな牢獄に囚われるそなたが自分を騙す幻にすがるのが嫌いなんだ……」持国天の不気味な声は突然聞こえてきた。轟音の中で、悪念は巨大な手となって尋香行を掴んだ。彼と熙の姿は次第に重なり、恐ろしい形相で迫ってくる。【熙】 「われらとは魂が同じなのに、そなたは別人のように扱うのが嫌いなんだ……われがいない夢…御香山は、そなたにとっては恋しい場所であるのが嫌いなんだ!神子よ、そなたは夢で全ての人々を庇っているが、全てを思い出すことは望んでない。それだって偽善じゃないか。なぜ彼らに真実と向き合わせないんだ。そなたは逃げるつもりだが、われは弟として見過ごせない。だからそなたを引きずり下ろしてやるんだ。共に現実に直面せよ。」持国天が哄笑をあげる中、真っ黒な悪念の中に囚われる恍惚としている魂も見えない手によって手招かれてきた。【熙】 「神子よ、見るがいい。残酷で辛い現実に直面する時、彼らは一体何を選ぶのかを。」神力の奔流は神の悪意を携えて魂の中に入り込んで通り抜けていき、魂の中にある夢の欠片を取り除いた。彼らは呻き声をあげながら長き眠りから目覚め、そしてやはり苦しみの中でもがく運命を迎えた。【熙】 「御香一族の者よ、長き眠りから目覚め、目の前の真実に直面せよ。世界の真実に、そして自分は亡霊である事実に直面せよ。苦しみたまえ、そして絶望せよ。今、大いなる神はかつての信者に恵みを授ける。来い。本当の御香山に、神の懐に帰りなさい。そうすれば慈悲深い神は長い夜で安眠を授ける。」神の期待と喜びは悪意を増長させ、人々の記憶を弄んで全てを思い出させた。【御香一族】 「…………これは……私達は…目覚めたのか…」恍惚している魂は次第に正気を取り戻している。透き通る魂は暗闇の中で蛍のように一つまた一つ光り出したが、いつまでたっても悪念に侵食されることはなかった。一方、尋香行は辛そうに倒れ込んだ。彼は震えながら悪意に苛まれ、魂が切り刻まれる痛みに耐えている。【熙】 「それは……ふん、これは予想外だった。まさかそなたが全ての苦痛を分離し、一人でそんな痛みを引き受ける道を選んだとは。無数の悪念に蝕まれる痛みはどうだ、神子。意外だったな。そなたもわれと一つになる時を期待して、我慢できずに自らその過程を加速させたか。」【尋香行】 「……はっ、僕は言ったんだ。本当に目覚めるまでは…僕の懐で…平和を楽しみ…暗闇に悩まされることはない…そして例え…故郷が…手の届かない場所にあっても…僕も、御香一族の帰るべき場所となってあげるから…」痛みに耐える彼は、すでに目が霞んでいる。その時、顔からは冷たい感触が伝わってきた。見上げると、母は悲しそうな表情で彼の頬を撫でている。【族長の妻】 「尋ちゃん…私の坊や。」【尋香行】 「…お母さん、ごめんなさい…僕は…僕はこれぐらいしかできない。僕は…皆を本当の御香山に連れて帰れないかもしれない…」【族長の妻】 「…いいの、私達が望んでいるのは、御香山だけじゃないわ。御香一族が気に掛けているのは、いつでも平和な心の拠り所だわ。そここそが本当の故郷だから。皆は見届け、そしてあなたの心を感じた。そしてそこで、失った私達の故郷を見付けた。今は…あなたがしてくれたことに対して私達がお礼をする番だわ。」母は優しく彼を抱き込んだ。その魂は優しい香りとなり、母の気配を帯びる風が自分の魂の中に入り込み、侵食を祓い、最後に彼の香炉の中で心香になったのを彼は感じた。【族】 「尋ちゃん…長い旅路で、きっと疲れただろう。あなたは御香一族の最後の長で、最高の長でもあるんだ。」【御香一族】 「久しぶり、尋ちゃんはやっぱり背が伸びたね。皆を守ってくれるぐらい立派になったね。ありがとう尋ちゃん、あの夢はとても素晴らしかったよ。あそこで最後に見た御香山が一番恋しい。そうだ、薫る山の夢。尋ちゃんは本当にいい夢を見せてくれた。いい夢を見せてくれたお礼として、私達の力を貸してあげる。御香一族の物語は、一番美しい瞬間で止まるべきだ。」無数の魂は彼を囲み、虹色の風となり星屑をまき散らしながら尋香行の体中に落ちてくる。まるで薄い紗のように一族の長の道先を守っている。【尋香行】 「皆……」持国天は鼻で笑った。【持国天】 「此の世から消えたいというなら、われも手を貸してやろうじゃないか。」しかし押し寄せる悪念の渦が尋香行に触れる前、金色の矢と烈火は悪念の帳を貫いた。【持国天】 「そなたたちだと。」【鈴彦姫】 「見付けた!ここにいるよ!」【縁結神】 「ペッ、さっき何かが口の中に入ったようで、変な味がするのじゃ!」【御饌津】 「縁結神様、やはり気をつけたほうがいいですよ。」【縁結神】 「ここは真っ黒で道が分からないじゃないか…」【鈴彦姫】 「探してたよ。さっき突然夢から追い出されて、あんたは悪夢でも見たかって心配しているよ!えっ、彼が持国天なの?こんな格好して、悪夢と言ってもあながち間違いじゃないかも。」【縁結神】 「で、われらがここに落ちてきたのはこの変な神のせいでしょう?」【御饌津】 「うん、ここに押し寄せる神力の気配から考えればそうなります。まだ晴明たちを見付けていないから、やはり早めに戦闘を終わらせるほうがいいです。尋香行様は調子が悪いようです。私達が守ってあげましょう。」【持国天】 「ふん、できるものならやってみるがいい。」【鈴彦姫】 「じゃあ、遠慮なくいくよ!」炎を纏う七支刀は投げ捨てられ、空を飛び回って皆の体に絡みついている悪念を断ち切った。そのあと、七支刀は赤い糸に引っ張られて鈴彦姫のもとに戻ってきた。一方、霊狐と矢は素早く見え隠れする神のほうに襲っていく。【鈴彦姫】 「これいい感じだ、ありがとね!」【縁結神】 「えへへ、どういたしまして。こういうのは得意じゃからな!」彼女達は一時的に悪念を全て祓った。影の中に隠れている熙はおぼつかない足取りで前に出て、恍惚とした表情で自分の手を見ている。見上げると、いつも気に掛けている大切な人は、すぐ傍にいる。彼の目線に気付いたように、尋香行はゆっくりと頭を上げて彼を見詰める。【熙】 「………尋、兄さん…」熙は迷いながら歩き出したものの、尋香行に近付くべきかと躊躇い始めた。俯いて自分の手を見ると、黒い煙が漂っているのが見えたため、彼は自嘲気味に笑った。しかしその時、誰かが優しく彼の手を掴んだ。おそるおそる見上げると、懐かしい、優しい笑顔が見えた。【尋香行】 「どうして会いに来ない?」【熙】 「……俺は…」【尋香行】 「怖がらないで、熙ちゃん。ほら、兄さんがやっと見つけたよ。」【熙】 「…ああ、ようやく会えたんだ。俺は絶対に許されないと知っているけど、まだ俺のことを憶えていてくれて…それでもう十分だ。」【尋香行】 「…どうしてあなたは許されねばならない?あなたと持国天とは違うのだ。どうして自分を責めるのか。」【熙】 「…違う、兄さん。持国天が言ってたことは、全部本当なんだ。俺と彼はもともと一つの存在なんだ。永遠に分離できない。俺だって足掻いてたが、そのうちに気付いてしまったんだ。俺は自分の考えは一体彼によるものか、それとも俺自身のものかすら分からなくなったんだ。無数の悪念は俺の心の中から湧いてきて、記憶がますます曖昧になっていく。でも…まだあなたのことを憶えている。俺はそんな記憶を兄さんからもらった匂い袋の中に大切にしまっている。小さな夢みたいに。まだその匂いを嗅いでいると、俺は兄さんに関する全てを憶えられてて、それで熙としての意識を保てる。ちっぽけなものだろうが、俺は熙としての過去を失っていなかった。でも今は…これをあなたに贈る。これであなたが闇の中で見失わないよう、導いてくれるといいな。」【尋香行】 「熙……」【熙】 「さようなら、兄さん。ありがとう、夢を叶えてくれて。」【尋香行】 「熙!」砕けた光は匂い袋と共に尋香行の手の中に入った。熙の後ろにある闇は恐ろしい巨口を開けて彼を呑み込んだ。暴れる浪は全員を巻き込んだ。【持国天】 「虫けらめ、われに傷を負わせるつもりか。」【御饌津】 「ここは彼の力の源があるので、神力は無限に湧いてきて、同時に私達を侵食しています。ここを離れて晴明と合流すべきです。天羽々斬の力を借りれば彼を滅ぼせます!」【鈴彦姫】 「よし、分かった。この前のように、裂け目を作ってやる!」【尋香行】 「なに?」【鈴彦姫】 「準備はいいか、縁結神!御饌津!」【縁結神】 「いいよ!」【御饌津】 「行け!」神力を矢じりに集中させたあと、彼女達は凄まじい勢いで放たれた御饌津の矢に突進し始めた。尋香行はすかさず結界を張り、先方の危険から皆を守った。彼らは素早く闇の中から飛び出し、ようやく光を見付け、巨大な手の中にいる四人に出会った。【神楽】 「晴明!あそこよ!」【小白】 「鈴彦姫様達です!」【晴明】 「全員集まったから、次は迎撃の準備だ!」【持国天】 「ふん、虫けらめ。我が手に落ちた以上、定められた運命を大人しく受け入れなさい。」 |
香拾・九
香拾・九ストーリー |
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暗雲が沸き立ち、空で漂う持国天の神力は毒霧のように皆を蝕もうとしているが、次々と現れる雷光に打ち砕かれた。天羽々斬の力は彼らを守り続けているが、皆は疲れた顔を隠せない。苦戦の中、皆は力を使い果てしてしまった。そして持国天もそれに気付いたようだ。【持国天】 「処刑の剣は絶大な威力を誇るが、持ち主の力とも関係しているのだな。須佐之男は力をただの人間に与えたが、自ら出ることは叶わない。このままわれに抗い続けても、所詮この程度しかできない。」【源博雅】 「そういう悪神も結構力を消耗しただろう!天羽々斬にほとんどの化身を斬られたのに、まだ減らず口を叩くのかよ!」【持国天】 「ふん、われの神格がある限り、力はいくらでも湧いてくる。しかし虫けらのようなそなた達はどうだ。無闇に天羽々斬を使うことはできない。われは煙から形を得る。そなた達が力尽きてもわれを滅ぼせまい。」会話している間、持国天の攻撃はますます激しくなってきた。そのせいで彼らは耐えるのがやっとだった。尋香行は神香炉を使って晴明の雷盾を守ってくれた。神香は立ち昇り、皆がいる場所を幻に変えた。それでようやく持国天が繰り出した巨大な手を受け止めた。【尋香行】 「晴明さん、彼の言う通りだ。このまま戦い続けても、僕たちには勝ち目はない。彼の神格が存在する力の源を断ち切らねば、持国天を封印できない。」【晴明】 「ああ、その通りです。天羽々斬の処刑の剣としての威力を発揮するにはたくさんの霊力が必要です。しかし今の私は斬撃を放つ余力すらあまり残っていません。皆も結構力を消耗したはずです。時間はあまり残されていませんよ、尋香行様。」【尋香行】 「……大丈夫、彼の力の源を見付ける方法ぐらいは知っている。」【八百比丘尼】 「どんな方法でしょうか?」【尋香行】 「彼はいまだに世界の封印に制限されていて、全ての力を振るうことはできない。だから僕を呑み込む機会は絶対に見逃さない。」【小白】 「……尋香行様!」【尋香行】 「心配しないで。僕は神香に守られているから、少しの間なら彼の侵食を防ぐことができる。今残されている方法はこれしかない。 |
」【晴明】 「仮に尋香行様が彼の力の源の奥に入ったとして、私はどうすればその位置が分かるのですか。」【尋香行】 「これに火をつければいい。」尋香行は手を開くと、神香炉が現れ、蓋がゆっくりと開けられた。彼はその中から小さな御香を取り出した。御香は朦朧としていて、星屑のように綺麗で活力溢れるたくさんの香りを放っている。同時に、彼はたくさんの力を御香の中に注ぎ込んだ。そのせいで御香一族からもらった光も消えてしまった。【尋香行】 「これは御香一族…が化した心香…皆の強い心念の力と僕の力が宿っている。皆は消える前に、僕に祝福を与えてくれて、最後まで僕についてくる。晴明さん、この心香に火をつければ、僕がいる場所まで案内してくれる。あなたが最後の斬撃を放てるように、僕がこの力を貸してあげる。」【晴明】 「……」【尋香行】 「躊躇っているか?」【晴明】 「尋香行様と悪神は元々魂が繋がっていますから、もしそこにいるのなら、天羽々斬の力は同時に尋香行様を斬ってしまうかもしれません…」【尋香行】 「本当は…こんなことがなくても、僕はやはりあそこに行くよ、晴明さん。あそこには、僕が助けるべき人がいる。例え天羽々斬の攻撃に巻き込まれても、僕は絶対に諦めない。僕は約束したんだ。あそこに彼を一人残さないと。彼はとてもわがままだった。頑固で独り言を言ってて、僕の気持ちを完全に無視している。こんな弟は、だめでしょう?」神香炉は再び火をともし、尋香行を包み込んだ。彼は手を振って皆に合図を送ると、躊躇なく仰向けに倒れ、後ろの闇の中に落ちた。しかし今回はとても清々しい気分だった。【尋香行】 「このまま、旅の終着点に向かいましょう。だって、終着点で待っている人がいるから。」見慣れた悪念が湧いてきて、彼を包み込んだ。持国天の意識は彼につきまとい、神力は少しずつ神香の結界の中に侵入してくる。【持国天】 「やはり来たな。神子、尋、そなたの強情にはわれでも辟易する。何度も真相を告げたが、そなたは相変わらず信じ込んでいる。そなたの弟「熙」とわれとは全く違う存在と。なぜだ?なぜそこまで執拗に信じ込むことができる。」しかし尋香行は持国天の話に耳を貸さなかった。彼は目を閉じて感覚を研ぎ澄まし、鋭い嗅覚で周りの気配を感じて、持国天の気配が漂う闇の中で進むべき道を探している。【持国天】 「ちっぽけな約束だけのためにか?約束は破るためにある。そなたの一番の願いは既に叶った。それに拘るのは意味がない。」【尋香行】 「聞けば聞くほど、持国天様は僕のことをよく考えてくれている。危険な目に遭わせたくないようだね。」【持国天】 「はは、気付かなかったか。神香は既に燃え尽きそうで、これ以上そなたを守ってあげられないぞ?今のそなたは、もはやわれの手中にあって、意のままに操れる。しかしその前に、全ての理由を教えてくれないか、兄さん。」【尋香行】 「あなたは僕の弟ではない。僕の弟、熙はとても冷たい人だ。必要がなければ、兄さんとも呼んでくれない。」彼はちょっとだけ違う持国天の気配を辿ってしっかりした足取りで進んでいる。同時にゆっくりと昔のことを語っている。【尋香行】 「彼は問題児ってこと、冷たくて、捻くれているってこと、皆知っている。でも僕は皆よりも詳しい。独断で自分の罪を決めて、僕を避けている。とっても悲しいことを言ってくれたけど、僕の言うことは全然聞かない。ずっと僕を待ってたのに、一緒に帰るのを嫌がっている。仮に僕を信じているとしても、それってきっとなけなしの信頼といえるでしょう。わがままで言うことを聞かない、家に帰りたくない、僕を信じてくれない。どう考えても、問題児でしょう?僕の目に映っている彼は、そんな人だよ。持国天様は本当に、何がなんでもこんな人になりたいか?神様は上に立つ存在で、感情を持たない。だからそんな自分の心を持っていて、悪の本源と乖離する魂になりたいなんて絶対に思わないでしょう?」【持国天】 「ふん、それは嘘だな。」【尋香行】 「違う、全部本当だよ。言うことを聞かない弟だから、兄として、もちろん彼を見つけ出し、そしてちゃんと……しつけてやるべきだ!」尋香行は本当の気持ちを隠しながら進んでいる。持国天が黙り込むと、彼は突然神香の力を使い、ある場所に迫っていく。一番深い闇の中で、彼はずっと探してた人を見つけた。」【尋香行】 「……見つけた。彼はまだ残っている神香を全て焚いて、熙の魂の中に力を注ぎ込んで彼を呼び起こした。」【尋香行】 「全ての枷は消えてなくなる…行け。」遠くに飛んでいく熙の姿を見ている中、悪念は素早く尋香行の魂を蝕んでいる。彼は手を握り締めることすらできなくなった。彼の手から力が抜けた。手の中にある小さな菩願御香は知らない間に燃え尽き、指先には微かな雷光が走り出した。【持国天】 「これは!須佐之男の力……貴様……」持国天が何か言おうとしている時、朝日のように現れた雷光は彼の本源に襲った。彼の結末は嵐と雷鳴の中で告げられた。嫉妬の罪神持国天は刑に処された。【持国天】 「こんな結末など…われは断る!」しかし乱暴な雷光の前では全ての反抗も虚しく消えた。「天羽々斬」と呼ばれる剣は容赦なく彼の本源を貫き、彼の神格を喰らった。そして暗闇を照らし尽した光を浴びると、尋香行は魂の中に存在する力は素早く雷に浄化されて消えた。五感は再び消え、彼の知覚は再び霧がかるようになった。意識がぼんやりとしている中、彼は嵐の上にいる無数の気配が近づいてるくるのを嗅ぎつけ、清々しい風のように、優しい別れを告げるように彼の頬を撫でた。持国天の気配が消える中、昔の御香山は再び現れたようだ。空をも覆い隠す無数の魂は待ち望んだ故郷に帰った。御香山の香鈴は頻りに鳴り響いていて、長い旅から帰ってきた旅人を歓迎している。恍惚の中、尋香行は御香山の扉の下に戻った気がした。無数の一族の皆は彼の傍を通り抜け、夢見る故郷に帰った。彼は霧に包み込まれる御香山を懐かしむように眺めるこれは長い旅路の中で彼がいつも夢見ている故郷、そして…彼が帰られない場所でもある。御香一族は自分の居場所を見つけた。彼の願いは叶った。このまま、眠りましょう。尋香行は落ち着いた表情で御香山から下界へ墜落している。この旅の始まりの時のように、彼は穏やかな気持ちになっている。しかし次の瞬間、誰かが彼を掴んだ。崖の上で尋香行が再び墜落するのを見た熙は、もう一度昔のことを見せられている感覚を覚えた。彼は身の危険も顧みずに飛び降りて、必死に尋香行に近づいている。やがて、彼はやはり尋香行の力が抜けた手を掴んだ。【尋香行】 「熙…」【熙】 「…俺を捨てるつもりか?なぜ、今回も背中を見せている?記憶はとっくに曖昧になってきたけど、それでも鮮明に憶えている。俺はずっとあなたの後ろ姿を追いかけてたことを。最初は、あなたは俺の運命において拭い取れない影だと思ってたが、その影は空で一番輝かしい星となった。俺が体験した様々な感情は全部あなたに関わっている。俺の魂がどんな風になっても、俺達は切っても切れない縁で繋がっている大切な家族なんだ。今度は、星は墜落しない。空に帰るんだ。」熙は目を閉じ、残っている力を全て使って暗雲を吹き飛ばし、尋香行を連れて空に舞い上がっていく。【熙】 「俺は暗闇の中で、黎明の光を眺める夜のように、ずっとあなたを見詰めている。あなたはいつ俺のほうを振り返るのかと考えている。でも俺はあなたと目が合うのを恐れている。その時あなたが見せる表情を恐れている。」尋香行はぼんやりと彼を眺めているが、熙の表情はまだ見えない。しかし持国天は既に消えたため、彼はようやく熙の匂いを嗅いだ。記憶の中の熙の匂いとは同じではないが、それでもとても懐かしい。記憶の奥に隠れている懐かしい気配は、真っ黒な湖の夢の中でひょっこりと現れ、御香山に関する全てを呼び起こしてくれた。【尋香行】 「あなただったか、ずっとあなただったのか、熙。ごめん…兄さんは、あなただと気付かなかった。」しかし熙は笑った。【熙】 「大丈夫、あなたは俺のために長い旅路を踏破してくれた。それだけで十分だった。それに、俺はあなたにここで立ち止まっては欲しくない。」彼の指先は尋香行の眉間に優しく触れ、光が彼の指先を通して尋香行の体に入ると、彼の手はすけていく。【熙】 「俺は感覚を全てあなたに贈り、これからずっとあなたの傍にいる。俺は目を、耳を、声をあなたに贈る。そして俺の残りの力は、持国天の神力と共に香行域の大地に返る。こうして世界は活力を取り戻し、御香山は再興される。あなたは自分のことを旅人と呼んでいる。でも死へ通じる旅路しか知らない旅人ってやっぱり間違っている。俺と香行域は新しい居場所となって、いつでもあなたの帰りを待ち続ける。今は未知が溢れていて、同時に無数の斬新な物語が待っている旅に出ましょう、一族の長、兄さん。これから、あなたは心配なく、自由に旅できるように。」優しい祝福は金色の光となって注いできて、ゆっくりと神香炉の中に入った。尋香行は目を開けた。はっきりと見える世界の中だが、他の姿が見当たらない。大地に舞い降りた彼は、急いで走ってくる皆のほうを見やらなかった。代わりに、彼は神香炉をなぞってその中から心香を一つ取り出した。一筋の香りが立ち昇り、香霊となって彼の肩に現れ、懐いた様子で頬ずりしてくる。懐かしい香鼬を見て、尋香行は我慢できずに笑い出した。【尋香行】 「全く…全部知っているのに。」大地の気配を帯びる風は彼の傍から通り抜け、懐かしい気配はどこにでもいるようで、楽しげに彼を見ている。【熙】 「前からあんたの悪趣味は知ってたよ。」目で幻影を追ってみたものの、広々とした世界だけが目に映っている。まだ荒れ果てているが、無数の強い生命力を持つ命は蘇ろうとしている。いつの日か、遠い旅から戻って来る旅人は、大地に草木が生える光景を、夢見ている光景を目にする。これは彼の心の拠り所から来る約束だから。 数日後、晴明の庭院……【小白】 「ああ…本当に疲れました……」【伊吹】 「お前らは行ったきりで数日も行方不明になってたから、黒晴明は待ちわびて、毎日状況を聞きに来るにゃん。」【小白】 「あれ?黒晴明様?」【黒晴明】 「……」【晴明】 「どうやら、あの時黒晴明も私のことに気付いたようだ。」【小白】 「あれれ?セイメイ様はあれは夢って言いましたよね!?別の世界にいるのに夢の中で会えましたか!尋香行様の力は本当に不思議ですね!」【晴明】 「魂は同じ根源を持っているから、何らかの理由で繋がっているじゃないか。」【黒晴明】 「して、六道の扉の中は一体どうなっている?」【晴明】 「今回六道の扉の中に入る時、嫉妬の悪神持国天を封印している香行域という世界に辿り着いた。私達はあそこの守護神の力を借りて世界を浄化し、彼の神格を天羽々斬の中に封印した。そして既に須佐之男様に引き渡した。」【黒晴明】 「ほう?守護神?白蔵主が口にした、尋香行のことか?」【小白】 「そうですよ!尋香行様は神香から生まれてきたそうです。特別な力を持ってて、セイメイ様だって手こずっていました!」【晴明】 「……」【黒晴明】 「それは気になるな。」【小白】 「えへ、小白達を世界から送り出す時、他の用事があるからって言ってました。でも尋香行様も平安京のことに興味を持っているみたいです。今度はここで新しい旅を始め、ついでに会いに来てくれるかもしれません!もし機会があれば、黒晴明様も会えるはずです。」【黒晴明】 「うん、分かった。でも、六道の扉の中の世界については、少々興味が湧いてきた。」【晴明】 「六道の世界は、それぞれ特別なことがあるのでしょう。悪神は千年も巣食い続けているから、何が起きてもおかしくない。もしその中に入るのなら、気をつけたほうがいい。今回の旅は無事に終わった。しばらく平安京で休息を取ってから、私たちはまたすぐ次の世界に向かうかもしれない。全てうまく行くといいな。」 |
尋香行超鬼王「尋世香行」攻略情報 | |
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