【陰陽師】天魔の帰還ストーリーまとめ【ネタバレ注意】
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『陰陽師』の天魔の帰還イベントのストーリー(シナリオ)をまとめて紹介。
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「浮光片影」のストーリー
浮光片影・一
浮光片影・一 |
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【迦楼羅】 「天魔様、あいつらが勝手に深淵を調べることを許した上、精神力まで提供しました…彼らの目的が心配です。」【阿修羅】 「深淵の底は日の光を浴びることなく、たくさんの魔神が殺し合っている地獄だ。それに対抗する精神力が足りなければ、すぐ正気を失い、いかれ狂ってしまう。」【迦楼羅】 「天魔様は相変わらず「気前がいい」ですね。しかし、深淵と比べても、天魔様の精神力を受け入れることの方が遥かに難しいです。」【阿修羅】 「この程度の試練すら乗り越えられないなら、さっさとこの遊びをやめて降参したほうがいいぞ。だが、うち二人はまだ俺の贈り物を受け取っていない。」【迦楼羅】 「一体誰がそんな失礼なことを?」【阿修羅】 「早まるな、俺はむしろ面白いと思うぞ。」【迦楼羅】 「阿修羅様の加護を断り、深淵の中で冷静さを保ち続けるなんて、注意する必要がありますね。もしよろしければ、俺が先に確かめてみましょう。」【阿修羅】 「相手はただの人間だが、お前が勝てる保証はどこにもない。」【迦楼羅】 「この迦楼羅は仮にも翼族の長たる存在、人間如きに負けるはずはないですが?鬼王二人はともかく、たかが人間、この地獄のような深淵に挑むど、笑止千万!」【阿修羅】 「文句を言う暇があったら、早く仕事しろ。」【迦楼羅】 「……天魔様は、俺の実力を信じていないのでは?」澄んだ音がすると、迦楼羅は感電したかのようにビシッと背筋を伸ばし、いつも誇りらしく広げている翼をたたんだ……」【迦楼羅】 「す、すみませんでした、あれを使わないでください……今すぐ仕事しますから!今すぐに!」【阿修羅】 「隠れて観察するだけでいい、やつらに干渉するな。」【迦楼羅】 「例え彼らの生命が脅かされてもですか?」【阿修羅】 「「冷酷無比」な悪魔迦楼羅はいつからこんなに優柔不断になった?」【迦楼羅】 「お褒めに預かり光栄です。客に礼儀を尽くすことは、阿修羅様から学びました。」阿修羅は大声で笑った。後ろの触手が一瞬で迦楼羅の目の前まで来たが、彼を貫く寸前にまた急に止まった。迦楼羅は避けようとしたが、それでも余波を食らって、危うく吹き飛ばされるところだった。【迦楼羅】 「今すぐ向かいます。」 |
浮光片影・二
浮光片影・一 |
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善見塔、帝釈天の宮殿。【毘瑠璃】 「陛下、すっかり夜も更けました、そろそろお休みになってください。」【帝释天】 「大丈夫だ、毘瑠璃、もう下がっていいよ。」【毘瑠璃】 「しかし、陛下、よそ者達は皆深淵に追放されましたが、私の知る限りでは…」【帝释天】 「その話はするな、分かっている。もう下がりなさい。」帝釈天は毘瑠璃の報告を遮り、少し乱暴に目の前にある本をめくる。【毘瑠璃】 「はい、陛下。」毘瑠璃は一礼すると、すぐに部屋を出ていなくなった。毘瑠璃が離れたことを確認すると、帝釈天は足早に聖蓮池に来て、全身を水に浸した。【帝释天】 「うう……うん……」【阿修羅霊神体】 「さっきまで余裕ぶっていたが、やつが消えるとすぐにこんな表情になるんだな。」【帝释天】 「……阿修羅、いい加減にしろ。」【阿修羅霊神体】 「いい加減に?お前もこの「記念品」の効用を分かっているだろうが。」【帝释天】 「あなたが思っているほど、私はやわではない、阿修羅。」【阿修羅霊神体】 「もちろんお前がこんなにやわなわけないよな、「陛下」。この地獄たる深淵は、お前の紅蓮に埋め尽くされた。どうやら俺の客人達に興味津々のようだな。」【帝释天】 「はは、その客人も、私があなたのところに送ったのだが。」【阿修羅霊神体】 「噂通り「慈悲深い」な、「陛下」。彼らを深淵の外に逃すつもりはないようだな。」【帝释天】 「深淵の存在意義は、弱き者を強き者に、強き者をさらに強き者にすることだ。私のこの両手は、一度も他人の血に染まっていない。もし彼らが深淵の「試練」を乗り越えられなかったら、それはただ、その旅は間違っていたと証明されただけだ。うっ……阿修羅!」帝釈天は反射的に胸を押さえた。怪しい赤い光が、彼の体内で一瞬光った。【阿修羅霊神体】 「お前が疲れているようだから、元気づけようとしただけだ。」【帝释天】 「ふふ、あなたがそばにいてくれれば、疲れなど感じないよ。阿修羅、あなたは地獄に長居しすぎたようだ。鬼神のような気配が、百倍強くなった。」しかし蓮の池は静寂に包まれている。いつの間にか阿修羅はすでに消えていなくなり、残された帝釈天は蓮に向けて独り言を呟いた。【帝释天】 「阿修羅、本当の再会の日は……もうすぐだ。」 |
浮光片影・三
浮光片影・三 |
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深淵の深部……【天剣刃心鬼切】 「ここに入った途端、ある良からぬ気配を感知しました。深淵の深部まで来た今、この感じはますます強くなっています。手に持つ刀まで、ここと共鳴しているようです。」【源頼光】 「共鳴を起こしたのは刀ではない、刀に宿る「精神力」だ。」【天剣刃心鬼切】 「途方もない悲しみと絶望を感じました……まるで俺自身が体験したかのように……(待て、この暴虐な気配は…)鬼切は刀を抜き素早く振り返って、後ろから襲ってきた触手の攻撃を間一髪で受け止めた。阿修羅……!」【迦楼羅】 「昨日会ったばかりのような気がするな。ここは善見城ほど広くはないが、それでも皆をもてなすのには十分すぎる。ちなみに、天魔様の一撃を受け止めきれるやつはそうそういない。その手に持っている刀がとても気になるな。」【源頼光】 「まだ天魔と正式に面会していないが、このように客を迎えるのは礼儀に反するのでは?」【迦楼羅】 「陰陽師、図に乗るな、善見城の時は……」言葉が途中で途切れたあと、迦楼羅は反射的に首を押さえた。陰陽道の光が一瞬見えたことを、鬼切は見逃さなかった。【源頼光】 「深淵の魔王はちゃんとしつけをしていないようだな。」「言葉を奪う術」をかけられた迦楼羅は「うう」という音しか出せないが、その目はしっかりと源頼光と鬼切を睨んでいる。【阿修羅】 「勝手に深淵の鷹に手を出すようじゃ、都の陰陽師とやらも礼儀正しいとはいえないな。」【源頼光】 「飼っている鷹なら、ちゃんとしつけるべきだ。」傍らにいる迦楼羅がそれを耳にすると、「うう」と異議を唱える声がより一層大きくなり、黒い翼は激しく羽ばたきして、小さな旋風を起こした。その時、旋風の中から一本の触手が姿を現し、そのまま源頼光に襲いかかった。鬼切はすかさず刀を抜いたが、それでも間に合わない……【天剣刃心鬼切】 「源頼光!」焦る鬼切とは対照的に、触手に襲われている張本人は一歩も動かず、触手の攻撃を興味津々に眺めてさえいた。その時、凄まじい勢いを見せた触手は最後になると、急に方向を変え、源頼光の後ろにある巨石にぶつかった。轟音が鳴り響くと、巨大な岩石は砕けた。その下に隠れて待ち伏せしていた悪鬼どもは、例外なく石の欠片の下敷きになった。【阿修羅】 「危険な目に遭っても全く動じない。面白い人間だな、お前は。」【源頼光】 「ご覧の通り、都よりこの地に訪れた人間の陰陽師です。身を守る程度の陰陽道しか嗜んでいません。」傍らにいる迦楼羅が、また分かりづらい呟きをもらした。彼が持つ薙刀は近くの闇を指していて、微かに聞こえる話し声が少しずつはっきりしていく。【阿修羅】 「新しい客が来たか?この地獄も、いよいよ賑やかになるな。」 |
浮光片影・四
浮光片影・四 |
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数百年前、竜巣。【迦楼羅】 「お嬢ちゃん、頼むから、何か食べてくれ。」【毘瑠璃】 「……消えて。例えここで死ぬことになっても、鬼族の食べ物など決して口にしない。」【迦楼羅】 「これは善見城で買った蓮花酥だ、一口食べてみないか?」【毘瑠璃】 「買った?奪ったの間違いでは。」【迦楼羅】 「この迦楼羅は仮にも竜巣の主だ、たかが蓮花酥を奪う必要がどこにある?」【毘瑠璃】 「どうせ良からぬことを企んでいるのでしょう。あなたの手下どもは今でも瑠璃城で狼藉を働いているに違いない。」【迦楼羅】 「……蘇摩、人の好意を無駄にするな!」【毘瑠璃】 「何を言われても食べないってば、あなたは…迦楼羅との対決で体力を消耗しすぎた蘇摩は、急にめまいに襲われた。それでも倒れなかったのは、全て精神力のおかげだ。」【迦楼羅】 「どうだ、蘇摩、もう限界だろう。もし瑠璃城に戻って毘瑠璃と合流するつもりなら、体力を温存した方がいい。」【毘瑠璃】 「あなたのような卑怯者に襲われなければ、私はこんな目に…」【迦楼羅】 「おいおい、何でも俺のせいにするな。瑠璃城を手に入れたがっているのは、竜巣だけだと思っているのか?十天衆も昔からお前達姉妹を狙っている。ただ理由がないから、行動に移せなかっただけだ。それに、十天衆は「翼の団」のことも目の敵にしている。お前たちが結託していると託けてまとめて捉えてしまえば、やつらにとっては願ったり叶ったりだろう?」【毘瑠璃】 「……」【迦楼羅】 「しかし十天衆は愚かでせっかちだから、俺に付け込む隙を与えた。うまい汁を吸えるなら、それを見逃す手はない。蘇摩、もうじき大きな戦争が起こる。せめてこの竜巣の主が、翼の団を完膚なきまでに打ちのめす日まで生き残れ。」【毘瑠璃】 「すごい自信ね。でも勘違いしてないかしら、あなた達が翼の団に完膚なきまでに打ちのめされるのでは?」蘇摩に嗤われたが、迦楼羅は怒る様子もなく、ただ食事を彼女の前に置き、高笑いしてすぐ離れた。 |
浮光片影・五
浮光片影・五 |
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ある日、帝釈天は一般人に変装して善見城を見回っていた。【帝釈天】 「ずっと蓮池を眺めているようだが、何か悩みでもあるのか?」【天人の少年】 「なんでもありません。」【帝釈天】 「私の霊神体は、他人の気持ちを感知できる。あなたはとても「悲しい」みたいだ。」【天人の少年】 「お前は誰だ?」【帝釈天】 「私は軍医だ。戦いは終わった、皆これ以上悲しまないでほしい。」【天人の少年】 「……」【帝釈天】 「あなたはとても強くて、実戦向けの霊神体を持っているが、軍に入ったことはあるか?」【天人の少年】 「いいえ、ただ軍人に憧れています。」【天人の少年】 「でも、僕の憧れの「翼の団」は……もう以前とは違うものになってしまいました。」【帝釈天】 「天域に偉大な功績を残した、あの自警団か。私は素晴らしい組織だと思うが。」【天人の少年】 「戦争は徐々に収まりました。新王が実行した「十善業道」は、弱きものを深淵に追放し、殺し合いによる成長を強いています。もしもう一人の闘神がいれば……多分、こんなことにはならなかったと思います。」【帝釈天】 「たしかに、もし阿修羅がいれば、きっと私のやり方には賛成しない……」【天人の少年】 「すみません、何か言いましたか?」【帝釈天】 「いや、私はかつて「翼の団」と接触して、あの無二の友人達のことを聞いたことがある。あなたも聞いたことがあるなら、黒き闘神の伝説を知っているはずだ。しかし、鬼族との戦争はもう終わった。この蓮をあなたにあげよう。今日出会った記念として。」 |
浮光片影・六
浮光片影・六 |
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数百年前、伊吹山の寺院。【少年茨木童子】 「ご、ごめんなさい、うっかり迷い込んだの……すぐ出ていくから。」【神の子】 「ここが寺院だと知って、なぜ出ていく?ここは人々が敬い慕う聖域だ、毎日数え切れないほどの信者が長い旅路に耐えて、神の子の顔を拝むためにやって来る。……」相手が急に黙ったので、茨木童子は慌てて説明した。【少年茨木童子】 「でも神の子が本当に神の子なら、簡単に姿を現したり、顔を見せたりはしないと思う。」【神の子】 「……」沈黙が長く続いたせいで、茨木童子は好奇心をそそられ、目の前にいる人をよく観察し始めた……着ているのは間違いなく法衣だが、今まで見てきたどれとも違う。その余裕溢れる顔といい、一風変わった行動といい、全部彼が考えていた神とはかけ離れている。【少年茨木童子】 「もしかして……神の子なの?」【神の子】 「小僧、それは人々が勝手に呼ぶ名前に過ぎん。今日は他人を守ったから神の子と呼ばれている。明日悪を働いたら鬼王と呼ばれるかもしれない。お前は一人で流離の生活を送っている。今日この寺院に来たのは、安息の地を探すためだ。寺院はお前を受け入れた。だから私のことを神の子と呼んでもいいぞ。」【少年茨木童子】 「神の子ってただの名前なの?でもやはり鬼王のほうが格好いいよ。僕もいつかあんな風に呼ばれたいんだ。そうだ、ありがとう、神の子様。」 |
浮光片影・七
浮光片影・七 |
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【雷公鬼】 「深淵にたくさん「客人」が来たな。あいつらを食べたくて仕方がない。」【金翅鳥】 「迦楼羅様は仰った、深淵に来たあの者達は、まだ食べてはいけないと。」【雷公鬼】 「お前みたいな小鳥の分際で何がわかる?その肉付きの悪い体じゃ、全部食べても全然満足できないな!」【金翅鳥】 「き……貴様!」【雷公鬼】 「お前の羽を抜いて鍋にし、足を乾燥手羽先にして、魔王に捧げれば、もしかしたらお酒がもらえるかもな。」【迦楼羅】 「浅はかすぎるぞ。」背後から迦楼羅の声が聞こえた途端、言い争っていた二人は急に沈黙し、体を動かして道を作った。【迦楼羅】 「天魔様は見た目だけの食べ物が大嫌いなんだ。天魔様のご機嫌を取るつもりなら、贈り物にぴったりのものを選ばなければ。」【雷公鬼】 「天魔様の大好物の激辛唐辛子ならどこにでも生えているが、それを使った魔神の肉の料理を魔王様に捧げるのは、さすがにまずいのでは?」【迦楼羅】 「何がまずい?」金翅鳥の恐怖に囚われた顔を見て、迦楼羅は笑い出した……【迦楼羅】 「新しい「客人」をどう食べるか企むより、早く心を決めて力を蓄え、天魔様と共に深淵を突破すべきだ。その時、「客人」どころか、天域は全てお前達の物になる。」 |
浮光片影・八
浮光片影・八 |
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【天剣刃心鬼切】 「善見城にいた時、阿修羅は如何にも真面目そうに振る舞っていたが、深淵では暴虐な気配を全く隠しませんね。」【源頼光】 「ほう?違うと思うぞ、彼は一度も暴虐な本性を隠していない。ただ善見城にいた時は、もう一つの力によって中和され、少し軽減されていたんだ。」【天剣刃心鬼切】 「もう一つの力……それは帝釈天のことですか?ふん、帝釈天はいつも優しく親しみやすそうに見せかけて、最後は阿修羅を裏切りました。彼は阿修羅を慰めながら、一体何を考えていたのでしょう。」【源頼光】 「あまり気にする必要はない。阿修羅も隙をついて、自分の霊神体を帝釈天の体内に入れた。他人の精神力に監視、ひいては支配されるのは……いやなものだ。」【天剣刃心鬼切】 「阿修羅が少し怒っただけで、深淵の魔神達も発狂してしまう……彼の精神力は他の天人よりも遥かに恐ろしいものです。それなのに、なぜ帝釈天を徹底的に支配しないのでしょう?」【源頼光】 「この二人の駆け引きは、そう簡単に誰が優位だと言えるものではない。ひょっとしたら、二人はその過程を楽しんでいるのかもしれない。」【天剣刃心鬼切】 「……(こんなことすら「楽しめる」のか?)源頼光、気付きましたか。我々は深淵の深部についてから、ずっと誰かに見張られています。」【源頼光】 「先客がいるからね。」【天剣刃心鬼切】 「ここは日の光を浴びることのない場所、しかし隅に紅蓮が生えています。つまり……」【源頼光】 「鬼切、本体の刀の周りにある霊符を勝手に剥がすな。自分のものではない精神力を感じても、簡単に惑わされるな。」【天剣刃心鬼切】 「源頼光、俺をなめるな!俺の身の安全を心配するより、血肉の体の人間であるご自身の心配をすべきでは?」【源頼光】 「先に潜む未知なるものを恐れるな、前に進もう。」 |
浮光片影・九
浮光片影・九 |
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【金翅鳥】 「天魔様を相手にここまで落ち着いていられるやつは初めてだ。」【雷公鬼】 「都から来た陰陽師だそうだ、陰陽道に詳しいらしい。ふん、古来より、鬼域の秘密を探しに来る陰陽師は跡を絶たなかった。しかしほとんどの連中は深淵の入り口でくたばっちまう。極わずかな連中は深淵を越えて天域に辿りつけるが、生きて帰るやつは、一万人に一人ってとこか。以前も陰陽師が深淵に落ちたことは何度かあった。最初は抵抗するが、少し経つとすぐ深淵の圧力に負けて狂っちまう。しかしやつに関しては、それらしい痕跡は一つもない。」【金翅鳥】 「こんなに強いやつなのに、天魔様はどうしてまだ放っておくんだ?」【雷公鬼】 「天魔様が連中と面会しているところを見た。あの陰陽師は自分なりの方法で試練を乗り越えたんだろう。」【金翅鳥】 「それはどうかな、天魔様にとって何かしら利益があるから、連中が深淵を探索することを許したのかもしれないぞ。あの陰陽師は深淵を半日程度見回っただけで、全ての法陣の在処を見抜いた。天魔様の加護もないのに、やつらに襲いかかった魔神を何度も撃退した。その隣にいるやつもかなり変だ。なぜだかわからないが、天人に似た気配を放っている。しかしやはりどこかが欠けている。やつの命は手に持つ刀と一体化している、これは天人の霊神体に似ている。」【雷公鬼】 「しかしその刀は俗世の物で、妖怪の殺気に侵されている。もし主が強い意志を持つやつでなければ、とっくに呑み込まれている。しかし、あの刀には加護の代わりに霊符が貼りつけてある。興味が湧いてきた。深淵の中で自分と仲間を守るために、やつはどこまでできるだろうか。」 |
浮光片影・十
浮光片影・十 |
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【金翅鳥】 「昨日見回りをしていると、妙なことがあった…」【雷公鬼】 「妙なこと?言ってみろ。」【金翅鳥】 「天魔様が……誰かと話しているようだった……」【雷公鬼】 「それのどこが妙なんだ、迦楼羅様と話していたのかもしれない。」【金翅鳥】 「いや、そいつは真っ白な服を着ていて、花がいっぱい生えていたんだ……!」【雷公鬼】 「深淵は日の光が差し込むことはない。一体ここにどんな花が生えるというんだ?」【金翅鳥】 「あの時、蓮の香りがした。あの匂いを間違えるはずはない。」【雷公鬼】 「蓮?まさか……しかしなぜ彼はここに現れたんだ?」【金翅鳥】 「天魔様の触手は花弁には触れたが、あの人影には触れなかった。きっと何者かが使う伝言の術だ。」【雷公鬼】 「お前が推測した通り、昨日の夜に見たのは、あの天人の王の幻影に違いないだろう。蓮の香りがしたのは、きっと天魔様を油断させるためだ。」【金翅鳥】 「蓮の香りなんかで天魔様を油断させるつもりか?あまいな!」【雷公鬼】 「……確かにあまいな。だが……昨日の件についてはここまでだ、誰にも言うな。天人の王と天魔様のことには、あまり踏み込まないほうがいい。」二人の話が終わった途端、一輪の紅蓮が片隅で花開き、爽やかな香りを放った。」 |
浮光片影・十一
浮光片影・十一 |
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【少年源頼光】 「これをきちんと包んで、あとで源氏の車に運んで。ほら、財布とお金をあげるから、今度また人間の世界に来たら、買い物する時はちゃんと金を払ってね。」源頼光は賑やかな市場の前に立っている。まるであの火事は最初から起きなかったかのように、記憶の中の建物が目の前に再現された。しかし目の前に現れた二人の少年の姿は、時間が巻き戻されたのだという事実を告げる。二人が遠くに行くと、源頼光は姿を隠す術を使い、足早に追いかけた。二人は隊商の後ろに来ると、少年は幼い白髪の妖怪を守りながら急いで車に乗った。二人は何かを話しているようだったが、最後には幼い妖怪の眉間から何かが現れ、少年の腰に差す刀に入り込んだ。その後少年はようやく隊商の車を降りた。幼い妖怪が隠れている場所を守る術を唱えると、車が城を出て遠くへ行く光景を見送った。【少年源頼光】 「おい、いつまで覗き続けるつもりだ?」【源頼光】 「 私は通りすがりの陰陽師にすぎない。たまたま夜中に出かける源氏の若様の姿が目に入ったから、少し様子を見ていたまで。」【少年源頼光】 「通りすがりの陰陽師というなら、なぜ正体を隠すようなまねを?」【源頼光】 「さすがは源氏の若様。一族に黙って正体の知れないの人間もどきと付き合うのに、若様も人目につかない深夜を選んだのだろう?」【少年源頼光】 「人間もどき?面白い言い方だ。」【源頼光】 「もし純粋な妖怪だったら……頼光様は容赦なく切り捨てるだろう。相手は人間ではない、にも関わらず、彼と契約を結んだ。今は人を殺めるような真似をしていないが、これからはどうだろうか。」【少年源頼光】 「全て見られたんだ、この際はっきりと言っておこう……この僕が見込んだ者だから、心配はいらない。」源頼光は自分と同じ赤い目を見つめた。まだ少し幼さの残る少年だが、おかげで真摯で嘘偽りのない目に見える。【通りすがりの人】 「助けて……助けてくれ……か、火事だ、火事だぞ……」【少年源頼光】 「 火の中に大妖怪の力が込められている……おい、陰陽師、あなたは……」少年が側にいた人に話しかけた時、その大きな人影はすでに遠くに消えていた。時を同じくして、遠くの妖火は広がり続け、世界を丸ごと呑み込んだ。 |
浮光片影・十二
浮光片影・十二 |
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【堕落した天人甲】 「お前、最近ますます大胆な真似をするようになったな。深淵の酒場が天魔様に捧げるための酒まで横領しやがって。」【堕落した天人乙】 「ふん、近頃深淵の酒場は勝手に値段を上げたりするから、もう長い間行ってない。深淵は他の場所と違い、色んな物資が乏しいんだ。外で高値で売れる品物は、逆に価値のないもんになっちまう。黄金など食い物にも酒にもならない。常に闇に覆われた深淵では、生き残ることこそが一番重要なんだ。」【堕落した天人甲】 「しかし天魔様がここを支配されてから、この地獄にも少し活気がわいてきた。酒場、商店、農場、南側には蓮の池まであるぞ……天域に存在するもんは、ここにだってある。それに南側の蓮池の隣にある激辛唐辛子の畑、あそこを通りかかるたび、辛さに涙を流す羽目になる。深淵での生活は大変だが、俺は例え飢え死にしても、絶対に激辛唐辛子だけは食べない!はあ、天域の蓮の吸い物や蓮花酥が懐かしい……しかし……」【堕落した天人乙】 「追放された身なんだ、贅沢を言うな。」【堕落した天人甲】 「俺達は罪に問われたが、悪いことはしていない。天魔様はこんなにも強い、彼についていけば、いつかきっと深淵を脱出できる。」【堕落した天人乙】 「お前は本当に前向きだな。その日が来る前に、我々はもう魔神の餌になっているかもしれない。それに長い時間が経った、例え外に出られても、どんな光景が広がっているかわからない。結局一人ぼっちで、孤独の中で最後を迎える可能性だってある。」【堕落した天人甲】 「しかしそれでも、力を蓄え、脱出の機会を待つんだ。深淵での生活は苦しいが、我々の魂が壊れない限り、いつか必ず変化を迎えられる。無事にここを出られたら、また一緒に酒を飲もう。」【堕落した天人乙】 「もちろんだ、もしその日を迎えられたらな。」 |
浮光片影・十三
浮光片影・十三 |
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数百年前、瑠璃城。【天人の少女】 「毎年この季節になると、善見城にある蓮池は全て咲き誇る蓮に埋め尽くされる。城中に咲く汚れを知らない白蓮は、絶景とも言える。」【天人の少年】 「どうして浮かない顔をしているの?」【天人の少女】 「天域で流れている噂を急に思い出して、思わず悲しくなったの。」【天人の少年】 「……戦争は終わったし、天人一族もようやく平和な生活を手に入れた。ただの噂で元気をなくすなんて、精神力が弱い証になるぞ。」【天人の少女】 「天人だって悲しむよ。昔、あそこで、あの無二の友人達は…」少女が言葉を全て言い終える前に、遠くの高い建物から鐘音が届いた。その瞬間、世界中は静寂に包まれ、聞こえるのはいつまでも続く鐘音だけになった。言い争いかけた二人は立ち止まった。同時に、町中の皆が足を止め息を殺し、厳かな鐘音に耳を傾けた。【天人の少女】 「残念だけど、天域中に響き渡る鐘音でも、深淵に届くことはないでしょう。心に思うことを悼むというより、あの過去を偲ぶというべきね。」【天人の少年】 「天人の王は、本当に妙なところに拘る。その中に込められる気持ちは、とても重いな……」 |
浮光片影・十四
浮光片影・十四 |
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【源頼光】 「浮かない顔をしているが、深淵の圧力が重すぎるからか?」【天剣刃心鬼切】 「……いいえ、ただ真っ黒な場所に長居し過ぎたので、時間の感覚がおかしくなったと思っていただけです。」【源頼光】 「この前の幻境では、日夜の変化はあったが、それでも現実の時間の流れとはかけ離れていた。ここはいつも暗闇に覆われているが、少なくとも全て偽りのない真実だ。」【天剣刃心鬼切】 「先ほどの幻境もですか?」【源頼光】 「あの幻境は私達の記憶を基に作られたもの、全てかつて本当に起きたことだ。往々にして、幻境を作る者は目標にとって一番大切なこと、または一番悔しい時を繋ぎ目にする。おそらく我々の誰かが幻境に溺れることを望んでいるのだろう。」【天剣刃心鬼切】 「過去に溺れると……立ち直れなくなる?源頼光、先ほどの幻境の中で、あなたは一体何を見たのですか?」【源頼光】 「些細なことにすぎない。あなたも体験したことだ、気に病む必要はない。かつて契約によって失われた記憶は、全て戻ってきたはずだ。」【天剣刃心鬼切】 「……取るに足りないこと、例え思い出してもさほど変わりません。ところで、源頼光、わざと幻境の人に成りすましたのは、また俺をからかうためですか?」【源頼光】 「「成りすます」も何も、元々私の姿では?だがあの最後の一撃がなければ、こうも簡単に幻境を破ることはできなかったかもしれない。天人の王の目的はまだ分からないが、明らかにここに現れた全員を警戒している。一触即発のこの戦争だが、これは天魔と天界との戦いだけではない、この世の災いにもなりかねない。」【天剣刃心鬼切】 「しかし俺達は深淵に囚われている、どうすればそれを阻止できるのです?」【源頼光】 「天人の計画が最終的にどうやって実行されるとしても、それは必ず阿修羅が深淵を出た後になる。私達を閉じ込めることよりも、帝釈天にとっては阿修羅が彼の計画通りに動いてくれるかどうかの方が大切だ。しかし言うまでもなく、阿修羅が彼の計画に乗るはずはない。この二人の対決と駆け引きは、そうそう見られないほど素晴らしいものだ。」 |
浮光片影・十五
浮光片影・十五 |
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数百年前、善見城の牢獄。【囚人】 「よ、迦楼羅じゃねえか?まさかあんたもこうなっちまうとはな。」【迦楼羅】 「お前は誰だ?」瑠璃城の護衛さ、翼の団を助けたおかげで十天衆に牢にぶち込まれた。【迦楼羅】 「ほう?また瑠璃城か。」【牢獄衛兵】 「静かにしろ、瑠璃城出身の者はいるか?見舞いが来たぞ。」【囚人】 「見舞い?家族も持たない俺に?」瑠璃城出身の囚人達は皆前に出て、見舞いに来た者の顔を確かめようとした。【迦楼羅】 「(蘇、蘇摩?!)」入ってきた女性は顔に薄布を巻いていたが、それでも迦楼羅は一目で彼女の正体を見抜いた。」【囚人】 「城主様?本当に城主様ですか?」【迦楼羅】 「声を抑えろ。外の連中に聞かれでもしたら、お前らの城主様もここを出られなくなるぞ。」【蘇摩】 「「竜巣の主」を煩わせるなんて、恐れ多いです。無実の罪で閉じ込められた皆さん。今日私は皆さんに安心していただくため、皆さんはもうすぐ釈放されると伝えに来ました。盗み聞きされる恐れがあるので、詳しくは話せません。せめてもの償いとして、この食べ物や服を受け取ってください。」瑠璃城の皆は品物を選び始めたが、遠くにいる迦楼羅はただそれを眺めている。【迦楼羅】 「ふん、無意味なことばかり。すぐに看守に没収されるのに。」【蘇摩】 「ほら、あなたの分。」【迦楼羅】 「飴?俺の好物を知っているのか?」【蘇摩】 「たまたま作ってみたものを持ってきただけ。」迦楼羅は勢いよく空から降りて、飴を一つ口に入れた。【迦楼羅】 「これは俺の大…ううう、辛っ!これは飴ではないのか?どうして辛いんだ!」【蘇摩】 「私達姉妹は飴を作る時、いつも一つだけ特別な味の飴を作るの。そして誰がその一番くじを引き当てるか楽しみにしてる。今回はあなたのようね、迦楼羅。」【迦楼羅】 「貴様……!絶対にわざとだろう!」【毘瑠璃】 「激辛唐辛子を入れたのは、本当に一つだけ。疑うなら他のも食べてみたら?」迦楼羅が文句を言う前に、看守が入ってきたので、蘇摩は再びいつもの慎ましい姿に戻った。【牢獄衛兵】 「時間だ、ここを出ろ。」蘇摩は迦楼羅を一瞥したが、すぐ目線を逸らし、看守と共に離れた。 |
浮光片影・十六
浮光片影・十六 |
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数百年前、伊吹山。【神の子】 「小僧、この山に入ってから数ヶ月が経ったな。伊吹山の居心地が良いから、ここに残るつもりか?それとも、寺院の精進料理が美味しすぎて、離れたくないか?」【少年茨木童子】 「寺院と言うけど、まさか神の子も酒を飲むなんて。人間のことにはあまり詳しくないけど、坊さんは酒を飲んではいけないと聞いた。」【神の子】 「小僧、戒律は何のために定められたと思う?」【少年茨木童子】 「……わからない。」【神の子】 「人は善念を持つ存在だが、同時に悪念も持っている。ほしいものがあれば、欲望も存在する。もし神仏に近い存在になりたければ、自分は何かを捨てるべきだと考えた。しかし私は生まれながらの神の子だ。凡人を縛るための戒律など、最初から眼中にない。だから食べ物に拘る必要はない。自由に酒を飲んでもいい。」【少年茨木童子】 「もし僕が神仏に近い存在になりたければ、人と同じように戒律を守り、欲望を捨てる必要があるの?」【神の子】 「……山に生まれし妖怪は、もとより神道に属する者ではない。しかし魔と仏とは一念の間、いつか私も伊吹山を捨てて、どこかで鬼を統べ、鬼王に鞍替えするかもしれない。小僧、修行に励め。妖怪の信条は弱肉強食だ。鬼王になれなければ、いつ殺されてもおかしくない。」【少年茨木童子】 「それぐらい楽勝だ、僕は殺されたりしないよ!」神の子は大笑いしながら消え、茨木童子はその場でぼうっと立ち尽くした。そして気づくとすでに伊吹山の麓まで来ていた。いつの間にか、神の子は彼にそろそろ旅に出るべきだと伝えるために、彼を麓に送ったのだ。しかし颯爽と消える神の子の後ろ姿を見て、なぜか、茨木童子はいつか必ず再会できると確信した。その時、二人はどんな身分や姿になっているのか、茨木童子は考えたくない。しかしそれはきっと、今日とは全く違うものになるのだろう。 |
浮光片影・十七
浮光片影・十七 |
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数百年前、深淵の深部。【金翅鳥】 「迦楼羅様、その翼はどうして傷だらけに?」【迦楼羅】 「うるさい、酒を持ってこい!」【金翅鳥】 「迦楼羅様、もし翼が傷ついたのなら、深淵の酒を飲むのは傷の回復によくありません。」【迦楼羅】 「なら天魔様のお気に入りのあれを持ってこい。」【金翅鳥】 「本当に天魔様がいつも飲んでいる、強い酒を飲むんですか?」【迦楼羅】 「俺は翼族の長だ、毎日天魔様のために働いているし、少し酒を飲むくらい別にいいだろう?」金翅鳥が酒をなみなみと注いだ金の杯を持ってくると、迦楼羅は杯の中の薄紅色の液体を見つめて、一気に飲み干した。【迦楼羅】 「うううあああああああ……な、なんだこれは……金翅鳥、お、お前、酒に何を入れた……内臓がまるで火に焼かれているようだ、喉も溶岩が過ぎたかのように熱い……」迦楼羅は内臓の痛みに苛まれ、のたうちながら縮こまった。無意識に背中の翼をばたばたさせたあげく、残りの酒をこぼしてしまった。【迦楼羅】 「翼が……翼が……痛い……痛い……痛すぎて死んでしまう……」【阿修羅】 「何の騒ぎだ?」【金翅鳥】 「て……天魔様!」その声がした瞬間、金翅鳥は阿修羅の姿を確認する前に石の隙間に入り込んで、翼で己を覆い隠した。迦楼羅はまだ飲んだばかりの酒のせいで苦しんでいるが、それでも地面に跪いて苦痛に耐えるしかない。【阿修羅】 「何の騒ぎかと思ったが、俺の酒を飲んだだけか。この酒は強い酒ではないが、原料として深淵の激辛唐辛子を使っている。一口で飲み干すとは、さすがは翼族の長だな。もう一杯飲むか?」【迦楼羅】 「いいえ……いいえ……天魔様……俺が悪かったです……俺が悪かったです……」【阿修羅】 「激辛唐辛子は味こそ刺激的だが、体に悪い影響を与えることはない。」【金翅鳥】 「迦楼羅様……少しは……よくなりましたか?」【迦楼羅】 「激辛唐辛子の酒を飲んだだけだ、死にはしない。今日の見回りを続けるぞ。」 |
浮光片影・十八
浮光片影・十八 |
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【阿修羅】 「邪神は、こうも頻繁に深淵と天界を出入りしているが、まだ本腰を入れたわけでもない。神とやらは本当に呑気な存在だな。」【ヤマタノオロチ】 「深淵には多くの秘密が隠されている。お前に会うたびに、全く違う斬新さに出会える。上の天界といい、この無限の地獄といい、本当に面白くて、わくわくするな。」【阿修羅】 「邪神、お前はまだ一度も自分の計画を口にしたことがなかったな。いつまでも気まぐれに動くだけじゃ、こっちが信じたくてもなかなか難しい。」【ヤマタノオロチ】 「阿修羅、長年経ったが、お前は全然変わっていないな。長い月日は多くのものを変化させる。しかし天人の王とお前に関しては、私の目に映るのは…………私の目に映るのは、時間が残した烙印だけだ。天魔がいつまでも深淵に囚われるなどありえない。お前が数百年もここに残り続けたのは……ある「目的」のためだ。お前にとって、月日はそんなに虚ろなものなのか?」【阿修羅】 「邪神、儚い計画のために千年もこもり続けたお前の方こそ、時間がよっぽど虚ろに見えているのでは?」【ヤマタノオロチ】 「お前と同じだ。私もまた光を浴びることなく、暗闇の中に囚われていた。そして全ての終焉を見届けるべく、光の世界に戻ってきた。」【阿修羅】 「邪神、協力してほしいなら、まだその時ではない。だがその日はすぐ訪れるかもしれない。」 |
浮光片影・十九
浮光片影・十九 |
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【煉獄茨木童子】 「友よ!さっき我々は、幻境に迷い込んだのか?待て、彼は…」【鬼王酒呑童子】 「邪神、まさかここで会うとはな。あの夢は、まさか貴様の仕業か?」【ヤマタノオロチ】 「冗談はやめてくれ、私はただここを通りかかっただけだ。」【煉獄茨木童子】 「邪神め、深淵の深部には数え切れぬほどの危険が潜んでいると知りながら、まだ私と友を嵌めようとする、卑怯だぞ!」【ヤマタノオロチ】 「私が仕掛けたとは言っていない。この辺りを埋め尽くしている紅蓮を見て、それでも私の仕業だと言い張るのか?」【鬼王酒呑童子】 「問答無用、貴様と帝釈天との取引なんぞに興味はねえ。しかしこの全ては、必ず貴様らと何らかの関わりを持っている。」【煉獄茨木童子】 「地獄の手!」地面が揺れ、轟音が鳴り響き、深淵の上にある岩石まで落ちてきた。しかし鬼手が殴ったのはただの幻だった。【鬼王酒呑童子】 「ヤマタノオロチは滅多に本体を見せない。さっきも邪神の威圧を感じなかった。」【煉獄茨木童子】 「友よ、さっき夢の中で……一体何を見たんだ?」【鬼王酒呑童子】 「はははは、茨木童子、お前も話をそらす方法を学んだのか?俺様はごく稀にしか夢を見ない、さっきは少し眠っただけだ。お前はどうだ?まだ夢の中のことを覚えているか?」【煉獄茨木童子】 「……子供の頃の出来事のようだったが、はっきり思い出せない。前に進もう。さっきの一撃のおかげで、上の石が崩れたようだ。」【鬼王酒呑童子】 「茨木童子、さすがだな。早くここを離れて、他のやつと合流しよう。」 |
浮光片影・二十
浮光片影・二十 |
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【天人の少年】 「なんとか陛下のお帰りに間に合った。」【毘瑠璃】 「見慣れない顔だけど、今日初めて来たの?」【天人の少年】 「うん、そんな感じ、今まではいつも人混みの一番後ろにいたけど、今日はなんとか前に来れました。お姉さんはとても格好いいですね。もしかして陛下に仕える将軍様ですか?」【毘瑠璃】 「少し判断力を備えているようね。私は毘瑠璃、陛下に仕える護衛。護衛と言っても、ただの武将じゃない。陛下が処理しきれない仕事を、私達姉妹が代わりに処理することもある。」【天人の少年】 「そうなんですか。じゃあ毘瑠璃お姉さんは、きっと陛下のことにとても詳しいですよね。」【毘瑠璃】 「陛下のことを放したら、とても一日では終わらないわ。それでも聞きたい?」【天人の少年】 「もちろんです!僕は子供の時から陛下に憧れていました。いつか陛下にお仕えしたいと思っています。」【毘瑠璃】 「立派な志ね。まだ時間があるから、少しだけ教えてあげましょう。」善見城のゆったりとした鐘音の中で、毘瑠璃は語り始めた…… 天人と鬼族の千年続いた戦争の中、天域は神託を受け、本当の聖なる子供、即ち陛下を迎え入れた。陛下は若くして驚異的な才能を持ち、人の心を汲み取ることができて、誰に対しても平等に接する。成人すると、陛下は危険を顧みず、霊神体が戦闘に向かないにも関わらず、毅然と軍に入った。その後翼の団を立ち上げ、鬼族との戦いに身を投じ、天域を守るために全力を尽くした。最初、翼の団は軍需品を輸送することしかできなかった。でも陛下は有能な者を採用し、翼の団は日に日に実力を伸ばし、すぐに天域の精鋭部隊の一つになた。そして私達は大役を任され、深淵の竜巣を突破して、鬼王迦楼羅を始めとする金翅鳥一族を討伐することになった。それは翼の団が成立して以来、一番厳しい戦闘だった。幸い、陛下が奇策を巡らせ、翼族の弱点をついた。おかげで最後は勝利を勝ち取り、見事に凱旋を果たすことができた。この戦いの後、聖なる子供である陛下に異を唱える者はいなくなり、皆口々に陛下は天人一族を救う英雄だと称えた。竜巣の戦いであげた功績と聖なる子の名が相まって、十天衆は陛下を新王に任命すると宣言した。陛下が即位してから、天人を評価するのは出自ではなくなり、力のある平民は再評価され、相応な待遇を獲得した。天域に希望がようやく降臨したと思っていらけれど、私達は想像もしなかった。迦楼羅との戦いは単なる始まりで、その裏には、天魔阿修羅の勢力が隠れているなんて。天魔は闇と罪の中から生まれる。彼が従える魔神は彼が定めた法を守り、深淵で殺し合いながら、進化を繰り返している。そしてそに過程の中で、また新たな闇と罪が生み出される。彼は魔神を集結しながら、邪神とも共謀した。故に都の陰陽師と鬼王は真相を探すべく、長旅を経て善見城を訪れた。その時、天魔が企んでた戦いは火蓋を切った。彼は魔神を統べ侵攻を始め、私達を善見城の中に閉じ込めた。しかし陛下は異族の客人の協力のもと、城を守り抜き、善見塔にて天魔と死闘を繰り広げた。天域をも揺さぶる対決の間、私に見えたのは雲上で輝く眩しい金色の光だけだった。そして最後に、白と黒の二つの人影が光の中から深淵に堕落した。私と姉の蘇摩は、直ちに深淵に向かい捜索を始めた。そして柔らかい草むらで、気を失った陛下を見つけた。陛下の姿は乱れていたけれど、外傷は一つも見当たらなかった。きっと慈悲深いトウ利天神が、陛下を守ってくださったのだと思う。戦いが終わった後、天域は陛下の願い通りに鬼域の楽土となった。天魔は深淵に封印され、天人と鬼族との争いはなくなり、平和に商売をするようになった。あの大戦での勝利を祝う鐘音が鳴り響く中、陛下は一人で深淵に向かった。陛下は記憶を失くしたと仰っていた。それにいつも天魔のことをお聞きになる。きっと陛下はあの日の出来事を思い出したいのでしょう。でも私はこう思う。聖なる子である陛下の体内には、いかなる罪悪もきっと入ることができない。深淵天魔に纏わる罪の思い出は、本当に陛下の頭を侵すことができるのかしら?そもそも、例え陛下が覚えていなくても、あの大戦を経験した天域の人々が全て覚えている。そして聖なる子の伝説は、天域で永遠に受け継がれる。【毘瑠璃】 「はい、今日はここまでね。あの馬車を見て、陛下のお戻りよ。」【天人の少年】 「以前何度も遠くから見たけど、今日は近くで陛下の顔を拝むことができた。やはり特別なお方ですね。」【毘瑠璃】 「あなたも、これから頑張れ、いつか将軍になれるかもしれないわよ。」【天人の少年】 「お褒めに預かり光栄です、ご期待に応えられるように頑張ります。」 |
「地獄挽歌」のストーリー
深淵
深淵ストーリー |
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……深淵の獄【小白】 「やっと幻境から出られたようですね。幻術から逃れられたのは良いんですけど…更に危険な場所に来てしまったじゃないですか!危険だらけで、周りが暗くてほとんど光がありません。道がよく見えないのはさておき、耳をすませば、悲鳴や絶叫がいろんな方角から聞こえてきます。まるで戦場の真っ只中、妖怪に囲まれているかのようです。一歩も進めない魔物の闘技場にいる気分です!帝釈天が我々をこんなところに放り込むなんて…優しい方だと思っていた小白が馬鹿でした…」【迦楼羅】 「ふん。偽善的な天人が、優しいわけがない。」【小白】 「って、真っ二つに切られた迦楼羅の霊までいるじゃないですか!」【迦楼羅】 「霊も何も、あれは幻に過ぎん。俺はずっとここにいる。」【晴明】 「帝釈天は幻術で、過去の出来事を私達に見せた。帝釈天を除いて、幻境に入り、幻影に成り済ましたのは阿修羅様だけのはず。」【小白】 「でも、過去の出来事なら実際に起きたことなのでは…」【迦楼羅】 「だから霊じゃないと言っただろう。犬っころ、それ以上余計なことを言ったら岩壁に吊るすぞ。」【小白】 「小白は狐です!このカラス目、それ以上言ったら羽を抜いてやりますよ!」【迦楼羅】 「よくも…よくもそんな暴言を!」【鬼王酒呑童子】 「俺様は迦楼羅より、阿修羅がどうやって生き残ったのかが気になるな。過去の出来事である以上、善見城のあの光景は、実際に起きていた筈だ。」【阿修羅】 「当時、俺は確かに善見城下まで攻め込み、帝釈天と一戦交えようとした。だが彼は俺と正面から戦うことを避け、周りの者を退け、俺が彼を信頼した過去を利用した。奴の幻影に惑わされた俺は、霊神体で己の肉身を攻撃し重傷を負った。以来、帝釈天は王として君臨し、深淵を罪人を監禁する牢獄にした。そればかりか、貴族を殺し、十善業道で天神を格付けした。十善業道の格付けで低く評価された天人は討ち取られた魔神、捕虜になった鬼族、そして破れた反乱軍とともに帝釈天によって天域の辺境にある深淵に入れられた。彼らは数百年の間、ずっとこの暗闇の中で生きながらえてきた。反乱軍を率いた俺も含めてな。」【煉獄茨木童子】 「しかし、牢獄のわりに、霊力に満ちあふれている。となると…」【阿修羅】 「肉体が滅んでも、魂は死なずにいるのか?ふん、やつは軟弱そうな顔をしているが、やり方は実に容赦ない。帝釈天は善見城を無垢天国と称し、王になってから一度も死刑を行ったことはない。ところが、有罪と決められた人は例外なく、深淵に入れられた。深淵の獄は天人一族を処刑する場ではない。処刑場なら、振り下ろされる刀とともに、罪も命も消えて終わるが、ここでの戦いは永遠に続く。命を落としても、深淵の獄から逃れることは決してない。肉体が滅んでも、魂は霊力によって生きたままにされてしまう。霊神体を持つ天人一族にとって、ここにいる以上、戦いで滅びと再生を繰り返すほかなく、逃げ場はない。こここそが本当の天人の地獄だ。そしてこの地獄で生じる罪業は、帝釈天が王座にいる以上、断ち切られることはないだろう。」【燼天玉藻前】 「罪人と捕虜に、弱き者と反乱軍か。天神の未来のために戦うと言いながら、一族によくもこんな残忍なことができるな。」【煉獄茨木童子】 「弱肉強食、勝ったものが王になること自体は非難するほどでもないが、こんなやり方は、流石に見過ごせない。」【鬼王酒呑童子】 「深淵の獄は危険極まりない場所のようだな。ならお前らはどうやって封印を破ったんだ?」【迦楼羅】 「阿修羅様が封印の弱点を見つけた。帝釈天の封印は天人のために作り出されたもので、肉体を制限することはないが、鎖の結界で霊神体を封印する。それに気づいた阿修羅様は、わざと魔神どもに自身の触手を喰わせ、霊神体を封印の外にいた百体の魔神の中に入れた。そして魔神どもの体内の触手を操り、外側から結界の封印を破った。封印が破られることによって、深淵の法則も変わり、ここから抜け出すことが可能になった。これをきっかけに、多くの魔神が阿修羅様についてくるようになった。魔物達は殺し合いをやめ、ここを出て帝釈天を倒す方法を探すようになった。」【燼天玉藻前】 「だが、もし阿修羅の霊神体が欠片になったのなら、帝釈天の討伐がより難しくなるのでは?」【迦楼羅】 「それは心配いらない。阿修羅様のお力は噴火する火山のように、未来永劫尽きることはない。この数百年の間、阿修羅様は既に九十九体の、欠片が入れられた魔神を狩った。やつらを呑み込み、九十九枚の欠片を回収した。」【燼天玉藻前】 「ほう?では、残りの一枚は?」【鬼王酒呑童子】 「魔神だの欠片だの、そんなこと今はどうでもいい。それより、ここの霊力の流れに何らかの法則性があるようだ。」【源頼光】 「そのとおり。皆が幻境の中で天人の王と一緒にいた時、鬼切と千羽鶴に乗り、空から深淵の霊力の流れを突き止めた。深淵の中の霊力は六つの術陣に沿って流れている。その中で、六道輪廻の如く、輪廻を繰り返している。術陣の上方から深淵を離れ、一旦善見城の方向に流れてから、またここに戻って、循環を繰り返している。」【小白】 「ここの生死と同じように、何度も何度も繰り返すんですね……」【天剣刃心鬼切】 「ではこんな理不尽な輪廻を仕掛けたのはなぜだ。単に罪人を苦しめるためか?」【阿修羅】 「むしろ、俺達にこの輪廻を断ち切らせるよう仕向けたのかもしれない。」【天剣刃心鬼切】 「何だと?」【煉獄茨木童子】 「ふん、もしお前が強いやつに負け、死ぬことも叶わなかったら、どうする?」【天剣刃心鬼切】 「心身を鍛錬し、更に強くなって一矢報いる。」【源頼光】 「そのとおり。ここにいる罪人達もそう思っているに違いない。長い年月にわたりここで争い、相食み、なのに死ねない。その結果、多くの強者が生まれた。このまま行けば、一人では無理でも、皆で力を合わせれば、いつか輪廻を断ち切ることができるだろう。」【阿修羅】 「この深淵の輪廻そは、生と死だけではない。」【晴明】 「確かに。深淵の出口はすぐそこにあって、明るい方に行けば良さそうなものだが、この輪廻の力で…さっきから、いくら進んでも、最初の場所に戻ってしまう。実に巧妙なからくりだ。」【小白】 「セイメイ様、感心している場合じゃないですよ!」【晴明】 「そう慌てるな。どんなに強い術にも必ず隙がある。均衡と調和を拠り所にした術は、特に外力に影響されやすい。」【天剣刃心鬼切】 「外力、強者、力を合わせる…鬼兵部、出口の方へ矢を放て!」源家の鬼兵部がたちまち陣形を組み、深淵の出口を目がけて一斉に矢を放った。だが放たれた矢は出口を通過することができず、全て深淵に返ってきてしまった。【煉獄茨木童子】 「地獄の手!」茨木童子の地獄の手が地面から現れ、矢の雨を遮り、出口に向かって伸びたが、元の場所に飛ばされてしまった。」【煉獄茨木童子】 「どうやら実態あるもののみならず、霊体すらもここから離れることができないようだ。」【小白】 「出口のない深淵で不死身になってしまった皆さんは、この数百年の間、一体どうやって暮らしていたのでしょう?走り続けたら、お腹が空いてきました。」【迦楼羅】 「ふん、暮らすも何も。空腹になれば人の肉を喰み、喉が渇いたら人の血を飲むだけだ。」【小白】 「ええ!」【迦楼羅】 「霊神体は最高のご馳走だ。他のやつを呑み込むことが、強くなるための一番手っ取り早い方法だ。だが気をつけなければいけない。霊神体を呑み込むと、我を失いやすい。油断すると魔神に堕ちてしまう恐れもある。呑み込まれた者の無数の肉体の固まり、呑み込まれた者の怨念の集合体。それが深淵の魔神の正体だ。」【小白】 「では、数百体の魔神を呑み込んだ阿修羅は…」【迦楼羅】 「精神がしっかりしている限り、魔神もただの獲物だ。己の力だけで封印を破った阿修羅様なら尚更だ。それだけじゃない、この深淵には激辛唐辛子がたくさん生えている。阿修羅様が時々召し上がっているが、その威力は凄まじく、まだ試した者はいない。小狐、試してみるか?」【小白】 「いいえ、結構です。迦楼羅様は随分収穫があったようですね。小白は早くこんなところから出たいです…」【煉獄茨木童子】 「ここから出たら、この茨木童子、必ずもう一度挑戦する。」【阿修羅】 「深淵を出るには、帝釈天の術を解かねばならない。そして奴の術を解くには二つ条件がある。一つは霊力の流れを絶つこと。もう一つは輪廻の六つの術陣の「眼」を無効化させることだ。以前、鬼手の中の欠片の力で帝釈天の幻境に潜り込み、やつとヤマタノオロチの霊力の繋がりを断った。だがこの術は帝釈天のように狡猾で、一旦輪廻が始まると、全て最初の状態に戻ってしまう。」【源頼光】 「つまり、輪廻を絶つには、六つの「眼」をまとめて潰す必要がある。でなければ、全ての努力が無に帰してしまうということか。」【阿修羅】 「いかにも。」【晴明】 「我々はそれぞれの思惑でこの場所に集まったが、目下、深淵の獄を出ることが共通の目標のようだ。だが、阿修羅様。一点だけ解せないことがある。幻境の中で、過去から来た帝釈天は、自分のしてきたことは全て天人一族の未来のためだと、はっきり言っていた。昔、心の通いあった友だった阿修羅様に伺いたい。今の天界の状況は、帝釈天が望んだ一族の未来だろうか?」【阿修羅】 「帝釈天が言う一族の未来とは、人々が互いを理解し、争い事がなく、永久に平和の続く楽園だ。」【晴明】 「では、過去の帝釈天は嘘をついていると思うか?それとも王になって、性分が変わったのだろうか?」【阿修羅】 「ふん、あいつは酔狂なやつだが、嘘は言わない。それにあんな頑固者が簡単に変わるわけがない。彼が口にした願いは本物だ。今さら変わるとは思えない。偽っているのは帝釈天ではない。あいつが夢見る光に満ちた、純粋で絶対的な理想郷こそが偽りなんだ。どんな手でそんな天国を実現する気か分からないが、真相を突き止めてやる。そして、この出口のない牢獄は、この手でぶち壊してやる。六道の陣がまた発動するようだ。ではみんな、手分けして行動しよう。阿修羅が言い終わるなり、六道の陣が再び発動し、深淵の獄の地面が機械のように動き出した。」術陣の働きで、空間が散り散りになり、皆を無理やり引き離した。 |
過去
過去ストーリー |
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……深淵の獄 術陣が発動した後、小白、晴明、阿修羅、迦楼羅の四人は、他の人達とはぐれてしまった。【小白】 「術陣が発動してわずか一瞬で、酒吞童子様や源頼光様達が消えてしまいました!」【晴明】 「実に手の込んだ術陣だ。機会があれば、ぜひこの陣を作った者と手合わせしたいものだ。」【小白】 「セイメイ様、これ以上この陣を褒めるのと、危険なことを口にするのはやめてください…小白は絶対、セイメイ様に帝釈天様と手合わせなんかさせませんから!」【阿修羅】 「陣の輪廻が既に始まっている。輪廻が終わるまでに六つの「眼」を壊さなければ。迦楼羅、皆に地図を配れ。皆がここに残った以上、俺と共に地獄道の眼へ向かってくれ。」【迦楼羅】 「はっ!」【小白】 「阿修羅様は人に有無を言わせない、嵐のような方ですね…そういえば、迦楼羅様はどんな経緯で阿修羅様に仕えるようになったんですか?幻境の中では、迦楼羅様が阿修羅様に片腕を切り落とされ、真っ二つになったところまでしか見えませんでした…」【迦楼羅】 「口うるさい狐だな。」【小白】 「小白は狐では…あれ?言われてすぐに言い方を直してくれたのは、迦楼羅様が初めてです。ご自身の羽が大事なんですね。」【迦楼羅】 「ふん。翼族として、羽を大事にするのは当然のことだろう。そして阿修羅様に仕えることになったのも、突き詰めれば、羽を大切にしているからだ。」……数百年前、善見城の監獄【迦楼羅】 「ふん、一回勝ったからって思い上がるな。この迦楼羅が生きている限り、翼族は何度でも立ち直ってみせる!」【雷公鬼】 「迦楼羅様、これからどうすれば良いでしょうか。」【迦楼羅】 「安心しろ。翼団はでしゃばりすぎている。破城するなりすぐ手柄を横取りしようとする光明天を見てみろ。そのうち阿修羅の運も尽きるだろう。私が手を出すまでもない。十天衆が翼団を潰すだろう。それより、脱出用の地下通路はどうなっている?」【雷公鬼】 「今夜行けます。」【迦楼羅】 「よし。仲間たちに知らせろ、今夜逃げるぞ。」……その夜【牢獄衛兵】 「全員起きろ!新王が即位した。お前達の判決も下された。全員深淵に追放だ!」【迦楼羅】 「新王だと?何だ、阿修羅が我慢できずに、帝釈天を殺めて自ら王になったのか?」【牢獄衛兵】 「黙れ!この罪人め、反乱軍の首領阿修羅なら、とうに新王である帝釈天様に処刑された!お前らがまだ生きているのは、ひとえに帝釈天様の御慈悲のおかげだ。さあ、さっさと起きて、深淵に行け!」【迦楼羅】 「なに?!」【雷公鬼】 「迦楼羅様、どうすれば?」【迦楼羅】 「慌てるな。地下通路は使えなくなったが、彼らに従って外に行くのも同じことだ。外に出たら、隙を見て逃げれば良い。」しかし道中の警備は想像以上に厳重だった。逃げる隙を見つけられず、迦楼羅と鬼族は深淵の獄まで送られてしまった。【迦楼羅】 「卑怯な天人め。深い傷を負っていた一族が、収監された時に既にたくさん死んだ。追放することになっても、こんな忌々しい檻に入れて、我々の翼を封印する。なぜ我々翼族をこうも辱めるのか!」【牢獄衛兵】 「忌々しい檻だと?確かに頑丈な檻だが、お前達のために作ったものじゃない。今回護送しているのは反乱軍翼団の連中だ。頭領だった阿修羅もいる。この檻はやつのために考案されたものだ。阿修羅が脱獄しないように、見張りを強化し、絶対に隙をつかれるなと命じられたからな。お前達のような禿烏はそのついでに過ぎん。」【迦楼羅】 「何だと?!阿修羅も流刑になったのか?」【牢獄衛兵】 「檻を開けろ。全員、深淵に放り込め!」【迦楼羅】 「うわああああ!!」深淵に入れられた後、その並々ならぬ力のおかげで、迦楼羅は残った部下を率いてなんとか生き残った。【迦楼羅】 「策士策に溺れるといったところか。阿修羅は残虐無類なやつだと思っていたら、まさか帝釈天にこんな日の当たらぬ場所に閉じ込められるとは。実に狡猾極まりない奴だ。」【金翅鳥】 「迦楼羅様、これからどうすれば良いでしょうか?」【迦楼羅】 「我々は翼の一族、檻になど閉じ込められてたまるものか!頑丈なやつを何人か呼んでこい。今夜上の入り口を調べるんだ。」夜になると、迦楼羅は金翅烏を何名か率いて、深淵の入り口を調べた。【迦楼羅】 「入口にもこんなに強力な結界が張られている。崖の上には砦や詰め所があり、深淵から脱しようとする者は全員殺される。正面突破では、かなり難しいだろう。」【金翅鳥】 「我々は一生ここに閉じ込められることになるのでしょうか?」【雷公鬼】 「実に悔しい。龍巣城は迦楼羅様が私共を率いて、様々な苦労をなめ尽くして建てたものです。なのにあの天人どもに奪われ、我々がこんなところで囚われの身になってしまった!」【迦楼羅】 「もちろんこのまま諦めるつもりはない。お前らは南の方を調べてこい。残りのやつは俺と共に北へ向かい、地形を探るんだ。砦にできそうな高台や、使えそうな鉱石も探せ。」金翅鳥は空から見下ろすことで、すぐに深淵の獄の構造を把握することができた。【金翅鳥】 「迦楼羅様、深淵の獄では六箇所に大変強力な結界が張られていて、近づけませんでした。南の岩壁に枯れた木の根があり、薪として使えそうです。南西の方角には、火薬の材料にできる硝石、硫黄がたくさんありました。」【雷公鬼】 「迦楼羅様、深淵の底で阿修羅を監禁している結界を見つけました。彼は封印に拘束され身動きできませんが、霊神体が深淵の中の霊力を吸収し、ますます力が強くなっています。この辺りの魔神は皆狩りをやめ、阿修羅の触手を糧にしています! 」【迦楼羅】 「ふん!それは好都合だ。すぐに俺を阿修羅のところへ連れて行け。そして硝石と硫黄を採掘するよう一族の者に伝えてこい。掘り出した物は全部火薬にして、彼の近くに隠すんだ。彼がいれば、毎日魔神を相手にする手間も省ける。」砦を阿修羅の封印の近くに設置した後、迦楼羅はかつて自分を倒した阿修羅と再会した。結界の中には、阿修羅に殺された魔神の残骸があちこちに散らばっている。ただ静かに座っている阿修羅とは対照的に、複数の触手が立て続けに周囲の封印に攻撃を仕掛けている。【迦楼羅】 「おい、阿修羅!俺のこと、覚えてるか?俺に勝ったお前はこうして檻の中、お前に負けた俺は外を自由に動き回っている。世の中何が起こるかわからないもんだな。」屍の上に鎮座し目を閉じている阿修羅は、迦楼羅の挑発にも全く反応しない。【迦楼羅】 「俺の読みどおりだ。十天衆は必ず翼団に手を出すと思っていた。お前と帝釈天が仲違いするよう仕向けるだろうし、それで二人が敵同士に変わり、決裂する。しかし、まさかお前が帝釈天に、あの偽善者に負けるとは、実に情けない。天人一族は卑劣で偽善者ばかり、貴族はなおさらだ。あの時龍巣城で何度もやつを殺そうと試みたが、お前が邪魔に入って計画は破綻した。あの日俺が成功していたら、今頃俺達は友人として、共に炎に呑まれる善見城を見物していたかもしれん。」阿修羅は一人で話し続ける迦楼羅を無視した。ようやく気力を十分に蓄えたのか、触手で結界の天辺の封印を攻撃し始めた。【迦楼羅】 「ふん、つまらんやつだな。この期に及んでまだ諦めないのか。」阿修羅の触手が結界の外に伸びるたびに、待ち構えていた魔神達がすぐに噛みつく。触手に貫通されても放さない。それでも阿修羅は諦めずに、結界の封印を攻撃し続けた。阿修羅の不幸を見て喜んでいた迦楼羅だが、阿修羅の力を吸収したせいで体内から肉体を散り裂かれた時のことを思い出すと、思わず慄いた。【迦楼羅】 「皆に知らせろ。俺の率いる鬼族は、餓死しそうでもこいつの霊神体だけは喰うな。違反する者は魔神の餌にする。あんな物を喰ってしまったら、腹を壊すだけでは済まない。」数ヶ月後、迦楼羅の残りの部下は大量の火薬を用意した。【迦楼羅】 「時が来た。今夜こそ岩壁に爆発で穴を開け、深淵の獄から出て行こう。」【雷公鬼】 「はっ!」ちょうどその時、阿修羅の結界の方から天地を揺るがすほどの轟音が聞こえた。結界の封印が破壊されただけでなく、近くに貯蔵されていた火薬まで点火されてしまった。爆発の連鎖の後、阿修羅を拘束していた鎖の牢が木っ端微塵になった。目の前の出来事に、迦楼羅と金翅鳥一族はあっけにとられた。【迦楼羅】 「お前達……ここを動くな。俺が様子を見てくる。」爆発後の赤い霧の中を降りた迦楼羅は、阿修羅が結界から出てくる瞬間に遭遇した。【魔神】 「た…頼む…命だけは助けてくれ!」【阿修羅】 「ふっ、体が歪み、正気もとっくに失っている。それでも生きていると言えるのか。俺の手で解脱させてもらえるんだ、ありがたく思え。」【魔神】 「うわああああ!」阿修羅の霊神体を飲み込んだ魔神の口から真っ赤な触手が飛び出して、腹を引き裂き、魔神は血水と化した。阿修羅はそのまま、血の華が咲き乱れる殺戮の饗宴を始めた。【迦楼羅】 「結界の外から封印を破るために、己の霊神体を砕き、わざと魔神どもに霊神体を喰わせたわけか!己の体を八つ裂きにする人間と変わらない。こいつ、気が狂ってる!狂人には話が通じない。阿修羅は再び自由になった……早く逃げねば!」【阿修羅】 「そこにいるのは誰だ。」【迦楼羅】 「……し、しまった……」迦楼羅はすぐさま石柱の陰に隠れ、黒い翼で体を覆い、陰影に紛れて逃げようとした。しかし阿修羅に見つかってしまい、触手に引っ張り出された。【阿修羅】 「おお、お前か。昔から弱者をいじめ、不利になったらすぐ逃げる卑怯者だった。少しも変わらないな。金翅鳥一族と天域の外れで長年悪事を働き、数え切れないほどの女子供を深淵に放り込み、魔神の餌した。そんなお前がここに入れられてしまった。魔神からかろうじて生き延びる生活はどうだ?」【迦楼羅】 「その言葉、そのまま返してやる。猫かぶりの天人どもに手助けし妖鬼と戦ったあげく、戦争が終わるなりすぐここに蹴り落とされた!そして俺達のような、お前が軽蔑していた妖鬼と一緒にいるしかない。貴族と和睦したお前は、帝釈天に裏切られた。いい気味……」話を遮るように、阿修羅が迦楼羅の翼を掴んで力強く引っ張り、結界の爆発でできた大きな穴に強く叩きつけた。立ち上がろうとすると、一対の翼が日本の触手に刺され、地面に固定された。【迦楼羅】 「殺したいならさっさと殺せ、俺の翼と羽根を折るな!」すると、もう一対の翼まで触手に釘付けされてしまった。【迦楼羅】 「うわああああ!!冗談が通じないようだな、もっと言ってやる!俺は生きるために、数回魔神に貢物をしただけで悪鬼と呼ばれた。それなのに、深淵の魔神の生みの親たる帝釈天は、新王として君臨した!阿修羅よ、この迦楼羅こそ、権力者に反旗を掲げ下剋上する第一人者だ!城を攻略し王座を盗むのもこの俺だ!十天衆を殺し、天域の王になる。天人の手を借り、貴族と組むなど言語道断!阿修羅よ、お前は負けて当然だ!」【阿修羅】 「あの時龍巣城で、お前を深淵に落とすと言った。もっと早く実行すべきだった。お前ごときが好き勝手にほざいていいと錯覚させたのは俺の過ちだ。大好きな魔神の餌食になるが良い。」触手が迦楼羅を高く持ち上げ、暗闇に潜んでいる魔神達の方へ伸びる。爆発に巻き込まれ、体の一部を失った魔神は力を補填しようと、醜い体を蠢かせながら迦楼羅に近づいてくる。【迦楼羅】 「や、やめろ……!阿修羅様!大英雄阿修羅様!俺の負けだ、勘弁してくれ!せっかく建てた龍巣城をお前に乗っ取られ、石橋を壊され……やっとできた地下通路に、お前のせいで入りそこね、用意した火薬もお前が起こした爆発で全部台無しだ……金翅鳥一族にはもう老いぼれしか残っていない。安心して住める場所すらない。飛べる翼がなかったら、とっくに魔神に食い尽くされていた。俺がいなくなったら、翼族はどう生きていけばいいんだ!」【阿修羅】 「安心しろ。一族を滅ぼし、道連れにしてやる。」阿修羅は言い終わると、触手を更に少し下げた。焦った迦楼羅は思わず阿修羅の触手を掴んだ。【迦楼羅】 「俺を殺すのは得策じゃないぞ!阿修羅、お前はこの深淵から出て、帝釈天に復讐したくないのか?ここの地形、結界の「眼」の場所、出口の崖にある番所の数、警備の人数や場所!俺を見逃してくれれば、全部教えてやる。この深淵で飛べるのは我が一族だけ、役に立てるのも我が一族だけだ!帝釈天は敵情偵察が得意なんだろう?俺だって負けていない!」【阿修羅】 「帝釈天にも負けないと?お前ごときが?」【迦楼羅】 「いやいやいや……!天人の王には敵うものか!敵わない敵わない!だが忠誠心だけはある。昔から怖くてお前に楯突くことすらできなかったし、今は尚更だ。裏で悪知恵を働かせたりするものか。」【阿修羅】 「いやに饒舌だな。俺より、深淵の亡霊に聞いたらどうだ。お前の約束が命に値するかどうか。ふん、お前が裏切ったところでどうなる。」突然、翼を貫通していた触手が伸び、迦楼羅の霊神体を貫き、双翼を拘束した。【阿修羅】 「これから俺の触手がお前の黒翼を操る。俺の命令がない限り、飛ぶことは許されない。さもなければ、体が炸裂して死ぬというのはどんなものか味わわせてやる。そして一族も道連れだ。」【迦楼羅】 「阿修羅様の仰せのままに!」……現在、深淵の獄【迦楼羅】 「……砦も火薬もなくなった俺は、一族を率いて阿修羅様の配下となった。以来、阿修羅様についてくる魔神がどんどん増え、深淵から脱出するために知恵を出し合うようになった。」【小白】 「迦楼羅様も大変ですね……でも、石橋が崩れたことを阿修羅様のせいにするのはいかがなものかと。小白は迦楼羅様が自ら破壊したと記憶していますが。」【迦楼羅】 「この狐め!」【阿修羅】 「静かに。」迦楼羅と小白はすぐ口をつぐんだ。【阿修羅】 「着いたぞ。ここが六つの「眼」の一つ、地獄道だ。」【晴明】 「強力な精神力を眼から感じる。帝釈天の精神に直結しているはずだ。帝釈天が精神操作の手練と考えると、軽率に入ると再び幻境を見る恐れがある。」【阿修羅】 「幻と夢は紙一重。あいつの体に入れた霊神体の欠片には俺とあいつの力が融合していて、俺が主導権を持って行動することを可能にした。あいつの夢に入り、どんな秘密を抱えているのか見てくる。迦楼羅、客人二人は任せた。俺が夢の中を探索している間、誰にも邪魔もさせるな。」【迦楼羅】 「はっ!」 |
聖蓮
聖蓮 |
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【阿修羅】 「ここは…」帝釈天の夢の中。深淵の獄を連想させる一面の暗闇が広がる中、遠くに点々と光る灯火が見え、まるで阿修羅を導いているようだ。灯火を頼りにしばらく前へ進むと、突然開けた景色が目の前に広がった。【阿修羅】 「ここは善見城の神殿。夜なのに明かりが煌々と照らし、無数の蝋燭が本殿前の祭祀の広場を照らした。夜中に天を祭る儀式を行うのか?」【十天衆神主甲】 「降神の儀がいよいよ始まる。今回はうまくいくでしょうか。」【十天衆神主乙】 「今の貴族の霊神体はかなり弱っている。神の力を操れるものか。今回もおそらく…今まで生贄として捧げた女は皆…」【善法天】 「静粛に!貴族の娘には忉利天のご加護がある。必ず無事であろう。たとえ今回失敗したとしても、また次がある。この家系が駄目だったら、次の家系に移ればいい。千回失敗したら、もう千回試せばいい。神諭が天域に伝わるまで、この儀式を続けるのだ。儀式を始めろ!」【祭司】 「はっ!」祭司達は本殿前の池の周りに並び、呪文を唱え始めた。善法天が杖を高く挙げ、忉利天の名を呼んだ。阿修羅は彼らの幻を避けながら、前へ進む。【阿修羅】 「池の中には、気を失った女性がいる。自分の妻子を生贄にするほど、貴族どもは堕ちていたのか。」やがて詠唱が止まり、祭司と神官達は互いに顔を見合わせた。【十天衆神主甲】 「やはり何も起きなない。今回の生贄も余命長くないだろう。早く家族に引き取らせよう。」【十天衆神主乙】 「いや違う、見ろ!」何もなかった水面から蓮の葉が生え、その後綻びそうな蓮の蕾がいくつか伸びてきた。蕾は水面から出ると花を咲かせ、瞬く間に、無数の蓮が池一面を占めた。【祭司】 「これが神の奇跡!千年もの間繰り返された儀式が、今日成功したのというのか?忉利天の神諭が言っていた。純粋な心を持つ聖なる子の誕生だけが、あの予言を阻止できると。この純白な蓮は、神諭の示した通りではないか。」【善法天】 「神諭を妄りに語るな!こんな女が聖なる子を生むなど、ありえない話だ。今夜のことは口外無用だ。さっさとこの女の家族を呼んでこい。」【祭司】 「では儀式は……」【善法天】 「通例通り、次の生贄を選ぶ。降神の式は今まで通りに続く。」阿修羅は池の端へ行き、咲き誇る蓮を一輪摘んだ。【阿修羅】 「この蓮花からは、よく知っている匂いがする。」【???】 「あなたは誰ですか?どうして僕の蓮を摘んでいるのですか?」声のする方角を振り向くと、本殿前ではなく、どこかの貴族の華やかな寝室にいることに気づいた。後ろには帝釈天とよく似た子供が、好奇心に満ちた顔で阿修羅を見ている。【少年帝釈天】 「蓮を返してもらえますか?蓮を誰かに渡したと勘違いされたら、父上に怒られてしまいます。」【阿修羅】 「お前は誰だ?」【少年帝釈天】 「帝釈天といいます。まだまだ未熟者ですが、ここの主でもあります。父上は家長で、今夜僕に会いに来ると従者達から聞きました。もうすぐ着く頃でしょう。約束します。蓮を返してくだされば、あなたのことは父上には内緒にします。知らなければ、怒ることもありません。」【阿修羅】 「父親は怒ると怖いのか?」【少年帝釈天】 「恐くはありません。父上は僕に優しいです。二人の兄と接する時よりも、遥かに。一族に栄光をもたらしたと、どんな願いも叶えてくれました。ただ、父上は怒ると、僕の周りの人を罰するのです。父上にあなたを罰してほしくない。」【阿修羅】 「はははは。帝釈天よ、お前の父親に俺を罰することはできないぞ。」【少年帝釈天】 「どうしてですか?」【阿修羅】 「俺はお前が呼んだ、地獄から来た鬼神だ。お前以外、誰も俺のことが見えないんだ。信じられないのも無理はない、父親が来たらわかる。」【帝釈天の父】 「帝釈天、わざわざ会いに来たのに、なぜ独り言を言っているのだ?」【少年帝釈天】 「独り言……?でも……あ、父上が来ると聞いて、父上に献上しようと今朝咲いた蓮を摘んできました。」【帝釈天の父】 「さすがは私の自慢の息子だ、二人の兄より物分かりがいい。あの子達はとても忙しいんだ。顔を出すこともできないが、悪く思わないでくれ。」【少年帝釈天】 「とんでもない!兄上達がお忙しい中僕のことを気にかけてくださって、嬉しいです。」【帝釈天の父】 「お前が生まれてから、この家は十天衆様に重用されるようになった。私が今の地位に立っていられるのも、お前のおかげだ。将来お前の兄が神殿で官職に就く時にも、お前の力が必要だ。」【少年帝釈天】 「はい、父上。父上と兄上達の期待を裏切らないよう頑張ります。それに、母上にも頼れられる人になりたいです。」【帝釈天の父】 「母上?なぜ母上の話をする?」【少年帝釈天】 「母上は病気で人に会えないと父上からお聞きしましたが、どうしても会いたくて。僕が降神の儀で授かり、忉利天の祝福を受けている者だというなら、僕が母上に会えば、病気を治せるのではないでしょうか?そのために純白無垢な蓮花を用意したんです、母上に渡そうと思って。母上は蓮花が大好きなんですよね。僕の花も気に入ってくれるでしょうか?」【帝釈天の父】 「もちろんだ。母さんは聖なる子供であるお前の神の力に耐えられなくて、病にかかってしまったんだ。それでも、母さんはお前のことを恨まずに愛している。十天衆様が言っていた、お前は天人一族の運命を変えられるかもしれないと。だから余計なことは考えなくていい、母さんもわかっている。蓮花は私が預かろう、母さんに渡しておく。」【少年帝釈天】 「ありがとうございます、父上!」帝釈天は、笑顔で父を見送った。父の姿が見えなくなると、帝釈天は家の前の石段に座った。【阿修羅】 「ほらな、言った通りだろ?」【少年帝釈天】 「……」【阿修羅】 「浮かない顔だな。」【少年帝釈天】 「別に。父上は忙しい中会いに来てくれた。兄上達に替わって僕のことを気にかけてくれたし、母上に蓮花を渡してくれる。僕はこれで満足だし、嬉しい。」【阿修羅】 「お前が言いたくないなら、俺が言おう。お前が浮かない顔してるのは、他人の心の声が聞こえるお前には、本当のことがわかっているからだ。兄が来ないのはお前が嫌いだからだ。父は蓮花のことを口実に、お前の霊神体を強くさせたいだけだ。何が聖なる子供だ。皆十天衆に近づくために、お前を利用しているだけだ。ここに座っているのは、お前が母親に渡すつもりだった蓮花を、父親が道端に捨てようとしているからだ。母親に会いに行くつもりなどはなからなかった。」【少年帝釈天】 「本当に地獄から来た鬼なんですね。こんな残酷な話、聞きたくないのに……」【阿修羅】 「自分を騙しても仕方ない。いずれわかることだ。」【少年帝釈天】 「皆自分を騙し、目を背けています。でも僕は、目を背けることができない…代わりにこの手で皆の目を隠すことしか。」【阿修羅】 「お前はどうなる?」【少年帝釈天】 「皆が目を瞑っていたら、僕のことは見えないでしょう?」阿修羅は帝釈天の腕を掴み、幼い彼を引っ張り上げた。【阿修羅】 「お前の手は、そんな事をするためにあるのか?手に入れたいものを、知りたい真実を、この手で掴み取れ。それともあいつらが言うように、聖なる子供とやらを気取って、誰かに献上してもらうのか?」【少年帝釈天】 「違う!僕はただ、家族やここにいる従者達を傷つけたくないだけです。」【阿修羅】 「目を開けて、よく見ろ。俺はお前の家族でもなく、従者でもない。俺はお前の鬼神、お前の地獄から来た。」帝釈天は驚いた。彼の目の中に、一瞬子供らしい悩みが見えた。その後目の中にはまた希望が燃え上がり、彼は顔を上げて阿修羅の手を掴んだ。【少年帝釈天】 「鬼神様、母上のところに連れていってくれませんか?」阿修羅は記憶を頼りに、帝釈天を善見城外の療養地に連れてきた。【阿修羅】 「ここが貴族専用の療養地だ。お前の母が本当に病にかかっているなら、ここで静養しているはずだ。」【少年帝釈天】 「あそこにうちの紋章があります。母上はきっとここにいます。でもどうして……扉と窓に鍵がかかっているのでしょう?」【阿修羅】 「どいてくれ。」阿修羅が霊神体を使って扉の錠を壊すと、帝釈天は礼を言うのも忘れて中に入っていった。【少年帝釈天】 「母上、ここにいるのですか?」【帝釈天の母】 「……誰?誰がそこにいるの?」【少年帝釈天】 「母上、帝釈天です。覚えていますか?あなたの息子です。今朝咲いた蓮花を採ってきました。母上は蓮花が大好きだと、父上から聞きました。」【帝釈天の母】 「蓮花……蓮花?ああああああああ!来ないで!来ないで!悪魔め!産んであげたじゃない!どうして私につきまとうの!」【医師】 「何だ、誰が帝釈天を中に入れたんだ?」【帝釈天の母】 「ああああ!私の頭の中で喋らないで!出ていけ!私の頭の中から出ていけ!」【医師】 「早く薬を!」【少年帝釈天】 「お医者様、母上は一体?」【医師】 「彼女は狂っている。神の力は、常人には耐えられないものだ。ましてや体内に宿すなど。これは聖なる子供を産んだ証拠だ、誇っていいことだ。」【少年帝釈天】 「そんな……母上は僕のことを誇りに思っていると、父上が言っていたのに。僕はずっと母上を思って、待っていたのに。狂うことが母上の誇りなら、一族の誇りだと言われている僕は、一体何なんだ?」【阿修羅】 「お前はとっくにわかってるいるんだろう?お前の父親は、お前を母親に会わせることを拒んでいた。お前はとっくに父親の噓を見抜き、本当のことを知っていた。とぼけるにもほどがある。帝釈天、現実を見ろ。」【少年帝釈天】 「いいえ、きっと方法はあります。僕はこの力を失ってもいい。命をかけてもいい。愛する人を救う方法は、きっとあるはずです。」帝釈天は諦めず、療養地に数日間留まり、母親が寝ている間だけ様子を見に行った。【少年帝釈天】 「母上は常に狂っているわけじゃない。少しだけ正気に戻る時がある。狂っている時の母上の狂気、苦しみが、僕にはわかる。この檻から抜け出したくても、どうにもできないんだ。母上の苦しみをの苦しみを感じられるのに、どうして僕が代わりに背負うことはできないんだろう?苦しみや狂気を肩代わりできれば、僕の愛する人は解放される。」【阿修羅】 「……帝釈天、お前はここに長居しすぎだ。今日こそ連れて帰るぞ。」【少年帝釈天】 「鬼神様、付き合ってくれてありがとうございました。今日で最後にします。最後に母上と散歩に行かせてください。すぐ戻ります。」【阿修羅】 「勝手にしろ。」日が落ちても、帝釈天は戻ってこなかった。二人の行方を捜すために療養地を出た阿修羅は、近くの森で鬼族の気配を感じた。気配を追っていくと、金細工と戦いの痕跡を見つけた。【阿修羅】 「当時、鬼族が善見城近くの天人貴族の領地に潜伏して、帝釈天親子を攫ったというのか?……とんでもない裏がありそうだ。帝釈天、母親を連れて、お前はどうやって生き延びたんだ?」痕跡を辿り、阿修羅は鬼族が隠れる洞窟を見つけた。洞窟の入り口には鬼の死骸が散乱している。鬼は惨い殺され方をし、妙な姿勢のまま倒れている。地面に伏せ右手を伸ばし、己の心臓を貫いている。【阿修羅】 「?!帝釈天!どこにいる!」阿修羅が洞窟に飛び込むと、奥で血にまみれた帝釈天と彼の母親を見つけた。帝釈天の母親は気絶している。帝釈天は傷を負っているが、致命傷ではない。阿修羅は二人を療養地に運んだ。一夜が明けて、先に目を覚めたのは帝釈天の母親だった。【帝釈天の母】 「ここは……私は一体、何を?そうだ、あの子は、あの子はどこ?」正気を取り戻した女は隣で眠っている帝釈天を見ると、彼を抱きしめて泣き崩れた。意識が朦朧とした帝釈天が、驚いて目を覚ました。【少年帝釈天】 「母上……ご無事ですか?」【帝釈天の母】 「今までずっと、何がどうなってるのか分からなくて。もうこんなに大きくなったのね。私のせい。私が悪かった。愛しい我が子よ、これからは一緒にいましょう。」【少年帝釈天】 「母上、治ったのですか?本当に良かった、家に帰りましょう。父上と兄上達もきっと喜びます。これからは家族皆一緒です。」【帝釈天の母】 「そうね、帝釈天、家に帰りましょう。」【阿修羅】 「これは一体……どういうことだ。」夢の中の親子二人は、阿修羅のことを無視する。白い蓮花が咲くはずだった帝釈天の背後には、血の色の蓮花が咲いた。その光景を見ていた阿修羅は、思わず赤い蓮花に手を伸ばした。花びらに触れた瞬間、夢は鏡のように砕け散った。 ……深淵の獄、地獄道の陣眼前【小白】 「阿修羅様、戻ってきましたか!」【晴明】 「陣眼は解き放たれた。夢の中で何か分かったか?」【阿修羅】 「不思議で悲しい夢だった。ある程度見当はついている。」 |
夢
夢 |
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【燼天玉藻前】 「晴明、ようやく見つけた。法陣の発動が急すぎて、茨木童子、酒呑童子達と一緒に飛ばされてしまった。あれからずっと探していたよ。法陣の影響で方向を見失っていたが、さっきから法陣が弱くなっているようだ。」【晴明】 「阿修羅が地獄道の陣眼を破壊してくれたおかげで、この近くの空間は正常に戻った。」【鬼王酒呑童子】 「いっそのこと、他の陣眼もまとめて破壊して、鬼切達と合流しようぜ。」【阿修羅】 「そのつもりだ。迦楼羅、案内しろ。」【迦楼羅】 「はっ!」【小白】 「阿修羅様は有言実行ですね……迦楼羅様、次の陣眼はどこにあるんですか?」【迦楼羅】 「一番近い陣眼は十寒獄にある。さっき通った八火獄合わせて、十八層の地獄だ。」【小白】 「どうりで寒くなってきました。」【迦楼羅】 「寒いのはいいことだ。もしこの極寒地獄で急に暖かく感じたら、それはもう寒さにやられている。手遅れだ。凍死した死体が見えるか?凍死しそうになると、体が熱くなり、服を脱ぎ捨てて、皮膚を掻きむしってしまう者もいる。」【小白】 「うう、あんな風になるのは嫌です。酒呑童子様がいますから、妖火をお借りして暖を取りましょう!」【煉獄茨木童子】 「友の妖火は暖を取るためのものではない。何なら私の黒炎を貸そう!」【小白】 「……遠慮します。茨木童子様の黒炎は持ち主と同じで乱暴ですから。酒呑童子様の妖火のほうが落ち着きます。」【煉獄茨木童子】 「もちろん友の方がいいに決まっている!」【小白】 「つっこむところ、そこですか……あれ?」阿修羅が小白を持ち上げ、自分の肩に乗せ、指を鳴らして火を点した。【燼天玉藻前】 「ふふ、地獄の天魔様にもそんな一面があるんだね。」【阿修羅】 「珍しいと思っただけだ。猫も犬も、俺を見た途端すぐ逃げてしまう。」【小白】 「でも小白は違います。今日から阿修羅様の広い肩が小白の家です!」一行は十寒獄の陣眼に着いたが、八火獄と違って陣眼が二つある。【小白】 「また幻境でしょうか。二つあるうちの、どちらかが本物ということですか?」【晴明】 「幻ではなさそうだ。恐らく十寒獄の陣眼は、二人同時でないと破壊できないのだろう。阿修羅様、前の陣眼では、どうやって幻像を解いたんだ?」【阿修羅】 「帝釈天の夢の中で血の色の蓮花を見つけて、それに触れたら陣眼が破られた。あの特殊な蓮花が、法陣を破壊する鍵かもしれない。」【燼天玉藻前】 「二人必要なら、阿修羅と、もう一人は誰に行かせる?この中で、あの天人の王をよく知る者と言えば、阿修羅と迦楼羅だけだ。」【迦楼羅】 「俺?俺はだめだ、天人は生理的に受け付けない。王様なんて尚更だ。勘弁してくれ!」【鬼王酒呑童子】 「俺様が行こう。この前の幻境もそうだが、帝釈天の幻術には感服している。それを解く方法を学ぶせっかくの機会なんだ。簡単に手放すにはいかねえ。」【晴明】 「しかし、夢というのは、夢に入った者の意識によって影響されるもの。今まで酒呑童子と阿修羅の間には関わりがなかった。夢の時空を混乱させ、出られなくなる可能性を高めてしまうかもしれない。」【煉獄茨木童子】 「もしそうなったら、この茨木童子が必ず友を幻境から連れ戻してみせる。」【阿修羅】 「所詮は帝釈天の夢なんだ。あいつの夢である以上、俺が終わらせ、あいつを現実と向き合わせてやる。」そして、阿修羅と酒呑童子の二人が同時に二つの陣眼に入った。夢に入った二人は、広い山道に立っている。【鬼王酒呑童子】 「ここは、大江山か?雪だ……」雪が視界を遮る。山の上をよく見ると、戦争の狼煙が上がっている。【阿修羅】 「大江山はお前の縄張りだな。この戦争に覚えはあるか?」【鬼王酒呑童子】 「人と鬼の間で悪戦を繰り広げたことはあるが。今もはっきり覚えている。あの時は妖火が広がっていて、真っ赤な空だった。大雪なんかじゃねえ。」【阿修羅】 「ここは時間と空間が歪んでいるな。あの山頂を見ろ。天人一族の神殿がある。帝釈天はあそこで待っている。山に登る近道は覚えているか?」【鬼王酒呑童子】 「こっちだ。」戦争は膠着状態で、二人は途中で混戦中の兵士に遭遇した。【鬼王酒呑童子】 「こいつら囲んできやがった。俺達を敵だと思ってるな。」【阿修羅】 「そっちがその気なら、容赦はしない。お前の知り合いがいるかもな、悪く思うなよ。」【鬼王酒呑童子】 「ふん、俺様は気の小さい男じゃねえ。どうせ幻だろう。」二人は殺戮を続け、山上への道には戦死した鬼族と人間の死体が並んだ。兵士達の装いは不自然であり、武器の形も色々だ。一族の紋章はあるものの、酒呑童子の記憶の中の大江山の鬼と源氏の侍とは異なっている。疑問に思った酒呑童子は、野良の鬼を捕まえた。【鬼王酒呑童子】 「ここは大江山なのか?お前らは誰と戦っている?大江山の酒呑童子と茨木童子はどこに居る?」【鬼族】 「あなたは……!お……大江山は攻められている。茨木童子様が山を降りて迎え撃てと。」【鬼王酒呑童子】 「相手は源氏か?」【鬼族】 「源氏はあいつらを追って大江山に来たんだ。あいつらと源氏は水と油なんだ。どちらも大江山に踏み入れさせるなって茨木童子様の命令が。だから今は三つの勢力が戦ってるんだ。」【鬼王酒呑童子】 「この状況で、鬼王は何をしている?」【鬼族】 「鬼王茨木童子様は負傷している。でも皆に黙っていて、大江山のために踏ん張っている。今は山頂で精鋭を集め、決戦の準備をしている!」【鬼王酒呑童子】 「なんだと?!」酒呑童子が質問を続ける前に、突然空から炎が降ってきて、酒呑童子の目の前に居た鬼族は焼かれて灰と化した。炎が来た方向を見ると、鬼族の軍隊が山の下から山頂へ向かって進軍している。【鬼王酒呑童子】 「大江山の軍隊じゃねえが、まとまっているな。あの紫の炎、俺は知っている……行って確かめねえと。」【阿修羅】 「よせ、忘れたか?ここは帝釈天の夢の中だ。あいつは大江山に来たことがない。お前が関与したせいで、混乱した時空を作っただけだ。お前が首を突っ込んだら、あいつに気づかれてしまう。誰か来る。」阿修羅はそう言うと、酒呑童子を引っ張って木の後ろに隠れた。白髪の大妖が軍を率いて山頂から降りてきて、紫の炎を纏う鬼族の軍隊とぶつかった。【鬼王酒呑童子】 「茨木童子だ。この軍隊は、我が大江山の精鋭部隊だ。海国の一戦の後、俺様が選んだやつらだ。これは俺様の記憶にある戦いではなく、未来の戦いだというのか?茨木童子の相手が源氏ではないなら、一体誰なんだ?」【煉獄茨木童子】 「我々は同じ鬼族同士だ。源氏が追ってきている。我々が争えば源氏が漁夫の利を得る。この茨木童子がいる限り、大江山を汚す真似は許さん!今ならまだ間に合う、軍を引け!」【???】 「お前を仕留めてから、源氏の相手すればいい。それに大江山は元々俺様のもの。自分のものを取り返す、当たり前のことだろ?」茨木童子側が押されつつある。見ていられない酒呑童子は、姿を変えて助けに出た。その一撃で、酒呑童子はようやく敵の顔が見た。それは自分自身だった。【鬼王酒呑童子】 「どうりで茨木童子が鬼王と呼ばれているわけだ。人も鬼も、俺を殺そうとしている。将来大江山を滅ぼそうとしているのは、俺様自身なのか?ふん、だったらなんだ。この酒呑童子のものは、例えばもう一人の自分にでも、手出しはさせねえ!」酒呑童子が妖火を召喚し、目の前の己の幻影を叩き潰した。【鬼王酒呑童子】 「茨木童子、大江山の鬼王ならしっかりしろ。俺様に負けるな。」酒呑童子の姿が一瞬現れ、消えた。【煉獄茨木童子】 「この気配、まさか……友?ありえない。」大江山のことを片付け、二人はようやく山頂の善見城に到着した。相変わらず、静かで穏やかな善見城。しかし帝釈天の宮殿の付近に、人の気配は少ない。【鬼王酒呑童子】 「この前は外で止められた。中に入ってみると、なかなかなもんだな。」【毘瑠璃】 「お二方、お待ちください。陛下は天域のために尽力してきました。しかし戦争には犠牲を伴うもの。戦争が終わった今、陛下は悲しみのあまり、病に倒れ、聖蓮池で休養中です。陛下の許可なしに、神殿へ立ち入ることは禁止されています。」【阿修羅】 「毘瑠璃、俺がわかるか?」【毘瑠璃】 「あなたが誰であれ、帝釈天様の神殿にはお立ち寄りできません。」【阿修羅】 「前回の夢では、帝釈天にしか俺の姿が見えなかった。今回は少し違って、俺のことを知らないようだ。それはそれで好都合、このまま突入させてもらおう。」二人は毘瑠璃の警告を無視し、門を開けて帝釈天の神殿に入った。神殿の中は薄暗くて道がよく見えない。蝋燭の灯りに、甘い香りが漂っている。【鬼王酒呑童子】 「前に来た時も、こんな感じだったのか?」【阿修羅】 「聖蓮池は祭祀の地だ、こんな場所ではない。」聖蓮池は薄暗い蝋燭の灯りに照らされている。目を凝らすと、澄んでいた池水は血の色に染まっている。池からは水の音が聞こえる。池の端にあった白蓮も、血蓮に変わっている。 |
記憶
記憶 |
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聖蓮池には結界が張られているようだ。暗い血の池から水の音が聞こえるが、池の底は見えない。【鬼王酒呑童子】 「陣眼を破壊するには蓮花が必要だと言ってたな。いくつもあるが、どれにする?」【阿修羅】 「物は試しだ。」阿修羅は池の端へ行き、血蓮を摘もうとした。花びらに触れる前に、眩しい光に遮られた。光が消えると、阿修羅はまだ聖蓮池の前に立っていたが、時間が昼に切り替わっていた。聖蓮池の水は透き通っており、池の端に白い蓮花が咲いている。しかし酒呑童子の姿はない。【阿修羅】 「陣眼はまだ破壊されていない。別の夢に飛ばされたのか。昼の神殿は神々しく、善見城は平和だな。王になったあいつの目に、城はこんな風に映っているのか?肝心の蓮花は恐らく、前と同じ、帝釈天のところにあるはずだ。」……聖蓮池の北、帝釈天の玉座前【毘瑠璃】 「お待ちください。あなたは何者ですか?」【阿修羅】 「俺に名はない。」【毘瑠璃】 「なぜ帝釈天様の玉座に?」【阿修羅】 「辺境にあった家が、戦に巻き込まれてなくなった後、俺は帝釈天に拾われた。」【毘瑠璃】 「帝釈天様は慈悲深く、助けた人は数多くいます。恩返しするおつもりなら、お引き取りください。家をなくした民のために、帝釈天様は家を再建する資金を用意しております。」【阿修羅】 「帝釈天は数え切れないほどの人々に恩恵を施している、誰に施したかなんて一々覚えていない。でも俺は違う。戦場だろうと拠点だろうと、俺はあいつとずっと一緒だった。王になったとは言え、俺を拒むわけがない。信じられないなら、あいつに確かめてもらおう。」【毘瑠璃】 「……天域復興のために、王は尽力なさっています。些細なことで邪魔するわけにはいきません。」【阿修羅】 「そうだな。毘瑠璃様がここいるってことは、報告があるんだよな。急いだほうがいいだろう、新王のところへ案内しよう。」二人は王宮に入った。帝釈天は政務に没頭していて、毘瑠璃が目の前に跪いても顔を上げることはなかった。【毘瑠璃】 「帝釈天様、ご報告があります。」【帝釈天】 「なんだ。」【毘瑠璃】 「瑠璃城は鬼族の侵略を受けており、城主蘇摩が支援を求めています。」【帝釈天】 「数は。」【毘瑠璃】 「姉様の話によると、前回の侵入に比べて数は劣っていますが、あの時の相手とは違うようです。きちんとまとまっていて、口数少なく、それに……死を全く恐れていないようです。」帝釈天がついに顔を上げた。阿修羅は俯いて後退し、衛兵の列に紛れる。帝釈天は彼に気づいていない。【帝釈天】 「天域辺境の鬼族は粛清されたばかりだ。もしこんな軍隊が瑠璃城外に潜伏していたのなら、私が知らないわけがない。情報は確かなのか?」【毘瑠璃】 「姉様と帝釈天様の間には誤解がありましたが、嘘の情報を流したりはしません。」【帝釈天】 「それもそうだな。あなたは瑠璃城城主の座を捨てて、善見城に来たんだ。彼女も馬鹿な真似はしないだろう。善見城の兵を集めてくれ、私が兵を連れて瑠璃城に向かう。」帝釈天が命令を下した後、阿修羅は王宮を出た。将兵達に紛れ込み、軍と共に瑠璃城へ向かった。【天人の将士甲】 「終わったばかりなのに、また戦争か。鬼族は一体どれだけいるんだ?」【天人の将士乙】 「鬼族との戦争で、既に多くの兵士が死んだ。我々は今回、勝つことができるだろうか。」【毘瑠璃】 「帝釈天様を信じましょう、きっと勝てます。」【天人の将士甲】 「帝釈天様、瑠璃城の近くに到着しました。」【帝釈天】 「脇道を使おう。森をゆっくり抜けて、気づかれないように瑠璃城へ進軍する。」【天人の将士甲】 「はっ!」軍は脇道経由で瑠璃城の外に到着し、森の中に潜伏している。鬼族の軍が瑠璃城を囲んでおり、城壁を攻撃し、侵入しようとしている。【帝釈天】 「蘇摩が言っていたのは事実のようだ。」【毘瑠璃】 「姉様は嘘をついたりなんかしません。強がりの姉様が助けを求めるくらいです。きっと苦戦しているのでしょう……城の民達は大丈夫かしら。」【帝釈天】 「大丈夫だろう。前回の陥落を経て、瑠璃城の壁は強化された。やつらがまだ外にいるということは、城内はまだ無事だ。少なくとも、食料が残っているうちは。しかしこの鬼族達は、鬼爪がとっくに血まみれになっているのに、城壁への攻撃を止めない。城壁に付いてる血から察するに、こうしている鬼は少なくないのだろう。力尽きて死んでしまったやつもいる……」【阿修羅】 「気まぐれに生きているはずだった鬼族が、一体誰のために必死になってるのか、考えているんだろう?」【帝釈天】 「あなたは?」【阿修羅】 「お前も俺がわからないのか。」【帝釈天】 「すまない、配下の将兵が多くてね、全員の顔を覚えているわけではないんだ。」【阿修羅】 「お前に関わったやつは大勢いる。俺のことを覚えていないのも当然だ。」【帝釈天】 「何か言ったか?」【阿修羅】 「今思い出せなくても、いつか思い出してくれればいい。今一番重要なのは、こいつらの心を読んで、裏に隠れているやつを調べることだ、そうだろう?」【帝釈天】 「……その通りだ。」帝釈天は精神感応を使って敵の考えを読んでみた。【帝釈天】 「どういうことだ?やつらの頭は空っぽで、自我すら持っていない。まだ呼吸していることを除けば、死体とほぼ同じだ。それだけじゃない、この鬼族達は思考できないが、士気は妙に高くて、戦闘欲が高い上に痛みを感じない、まるで……まるで玉醸を飲んでいるようだ……」【天人の将士甲】 「帝釈天様、城を攻めるはずの鬼族がここに向かって来ました。気づかれたようです!」【毘瑠璃】 「まさか、誰かが私達の行動を漏らした?」【帝釈天】 「いや、鬼族が何かの情報を得たと言うより、全員でこっちに向かっている。誰かが情報を漏らした場合、先に一部の精鋭を派遣するはずだ。あの様子は、明らかに誰かに操られている。」【毘瑠璃】 「しかしやつらの兵力は我々の五倍以上、到底敵わない!私が正体を明かし、瑠璃城の城門を開かせ、一旦城に入ってから対策を練りましょう!」【帝釈天】 「だめだ、瑠璃城が城門を開くと、鬼族の軍隊は必ず瑠璃城へと向かう。それでは城の中にいる民たちが危ない。私達は援軍としてここに来た。例え戦死することになっても、決して城門を開いてはならない。」【毘瑠璃】 「ではどうしましょう?」【帝釈天】 「やつらが傀儡である以上、きっと策略で勝てるはずだ。誰かが操っているということは、私にも操ることができるはずだ。全員、鬼族を迎え撃て!」【天人の将士甲】 「はっ!」帝釈天は、自分達を迎え撃つべく現れた小人数の鬼族の部隊を避け、そのまま瑠璃城の近くにいる本隊を討つようにと全軍に命じた。瑠璃城の近くの本隊は急に攻撃を受けたせいで一時的に痛手を被ったが、兵力で圧倒的に有利な鬼族は、すぐに天人の軍隊に反撃を仕掛けた。【天人の将士甲】 「やつらは数が多すぎる、それに全く命を惜しんでいないようだ。例え手が骨だけになってもまだ戦う気だ、これでは片時も持ちこたえられない!」【天人の将士乙】 「うわあああああああ!胸が!」【天人の将士甲】 「毘瑠璃様!どうか彼を助けてください!」【帝釈天】 「毘瑠璃、動くな。」【毘瑠璃】 「帝釈天様!」【天人の将士甲】 「しまった、向こう側の鬼族の軍隊もこっちに向かってきた、囲まれてしまう!帝釈天様、早く撤退の命令を!このままでは手遅れになります!」【帝釈天】 「誰も撤退するな、最後まで戦え、脱走する者は容赦なく殺せ!」【天人の将士乙】 「助けて……」【毘瑠璃】 「鬼族が合流し、挟み撃ちにされてしまった……帝釈天様を守れ!」【天人の将士甲】 「うわあああああああ!」帝釈天が振り切ってきた鬼族の軍隊が引き返して、後方から天人の軍隊を襲い、城下の軍隊と共に天人の軍隊を囲んだ。天人の軍隊は敵うはずもなく、大打撃を受けた。四方から天人の兵士の悲鳴が聞こえる。【毘瑠璃】 「全員……戦死しました……帝釈天様、あなたの命令を守って、兵士達は全員瑠璃城の下で戦死しました…しかし鬼族にとってこの戦いは、痛くも痒くもないでしょう。これで、本当に瑠璃城を守れたのでしょうか?いいえ、この毘瑠璃は瑠璃城の前城主として、城にいる民のために、姉蘇摩のために、最後まで戦い抜いてみせます!」【帝釈天】 「私は蘇摩の要請に応じて援軍を送り込んだ、あとはあなた一人で戦えばいい。」【毘瑠璃】 「瑠璃城に攻め入ろうと企む鬼族ども!この瑠璃城の前城主毘瑠璃がいる限り、民を傷つけることは許さない!うわあああああああ!」毘瑠璃は胸を鬼族の矛に貫かれ、無念に倒れ、狂暴化した鬼族に囲まれた。【毘瑠璃】 「帝釈天様!助けて!」しかし帝釈天は、振り返ることなく消えた。【毘瑠璃】 「やはり姉様の言う通りなのですか、本当に……私が間違っていたのか……え?どういうこと?私は怪我をしていない?戦死したはずの兵士達も、まだ生きている……しかしさっき我々は確かに……」【阿修羅】 「さっきお前達は、帝釈天と共に襲ってきた鬼族の軍隊を避け、城門の下にいる攻城を任された軍隊を襲った。しかしすぐに攻撃を止めた。肩透かしを食らった鬼族の軍隊が引き返してきたのを見て、すぐに撤退したんだ。だが鬼族の二つの軍隊はそれを見なかったかのように、そのまま進んでぶつかり、敵を見つけたかのように殺し合いを始めた。互角の実力を持つ鬼族の二つの軍隊は戦い続け、すぐに全滅した。」【天人の将士甲】 「しかし帝釈天様が撤退するなと命じたはず…」【天人の将士乙】 「俺も戦死したはずだが、まだこうして生きている。」【帝釈天】 「それは私が悪夢を見せたせいだ。あなた達は兵士だから、戦闘状況の読みが私よりも上だった。夢が限りなく現実に近かったから、鬼族を容易く騙すことができた。しかし夢の中とはいえ、皆に辛い思いさせたことは事実だ。私の策は犠牲者を出さなかったが、それでも皆を傷つけてしまった。皆に謝りたい。瑠璃城を守るために仕方なくとった、私の軽率な行動を許してほしい。」【天人の将士乙】 「とんでもないです!我々は結局無事なんです!一人も死なずに、夢を見ただけで勝てたなんて、むしろ喜ぶべきです。」【天人の将士甲】 「俺達が悪かったんです。帝釈天様を誤解した。俺達こそ、謝るべきです。」【毘瑠璃】 「私もです…帝釈天様を誤解した上、あんなことまで言ってしまった。どうか許してください!」【帝釈天】 「あんなのはただの寝言だ、全く気にしてない。」【毘瑠璃】 「城を囲んでいた鬼族は消えました。今すぐ姉様に手紙を出しますから、まもなく城内に迎え入れ、労ってもらえるはずです!」瑠璃城は城門を開いたが、城外に残っている鬼族はまだ殺し合いを続けている。彼らには城に入る天人の軍隊や開けっ放しの城門が全く見えないようで、仲間の死体を踏みにじりながら、敵を殺す夢を見続けている。【阿修羅】 「片付け役として、ここに数人残したらどうだ?敵は数人しか残っていない。我々の敵ではないが、鬼族の血肉は瘴気を放つから、このまま放っておくと、瑠璃城は汚染されてしまうぞ。」【帝釈天】 「いいだろう。」そうして阿修羅は城外に残り、鬼族の死体を確認し始めた。【阿修羅】 「血まで玉醸の匂いを放っている、玉醸を飲んだのは間違いないな。一体いくら飲んだんだ?本当に自分で飲んだのか?」【天人の将士甲】 「数こそ多いが、装備は貧相なものばかりだな。俺に言わせりゃ、こいつらは元々敗軍か脱走兵かもしれない。帝釈天様によって故郷に追い返されたが、玉醸を飲まされて再び前線に送り込まれたんじゃないか?」【阿修羅】 「お前は善見城の兵士のようだが、玉醸のことを知っているか?」【天人の将士甲】 「知っていますとも。玉醸は最初辺境の軍隊だけが使うものでしたが、すぐ善見城にも伝わってきました。貴族の中でも一時的に流行りました。」【阿修羅】 「貴族の連中の霊神体はちっとも役に立たないし、玉醸を飲んでも意味ないけどな。」【天人の将士甲】 「しかし帝釈天様が即位してから、玉醸はどこにも見当たらなくなりました。それなのに鬼族はまだそれを持っている。つまり玉醸は元々鬼族が作ったものだったのですね。」【阿修羅】 「それはおそらく違う。あの鬼王迦楼羅でさえも、玉醸がどこから来たのか知らない。ただ儲かると思って、天人に売って金を稼いでいただけだ。しかしやつが持っているこの瑠璃心は、気配も効用も玉醸に似ているな。しかしどこで手に入れたかと聞いても、やつは口籠ってばかりで答えないんだ。過去のことはよく覚えていない、ただ昔から持っていると言うだけだ。」【天人の将士甲】 「迦楼羅、瑠璃心?なぜそこまで知っているのです?」【阿修羅】 「俺はまだ夢の中にいる、これは全てただの寝言だ。」【天人の将士甲】 「そういえば俺もまだ夢を見ている気分です。早くここを片付けて、帰って酒でも飲みましょう。」【阿修羅】 「どうやらこの鬼域で、天域を我が物にしたいと思っているのは、迦楼羅だけではないようだ。」戦場を片付けると、阿修羅は残りの天人の軍隊と共に城の中に入った。【阿修羅】 「おい、帝釈天はどこにいる?」【天人の将士乙】 「帝釈天様は今日幻術を使って大変お疲れですから、宴を欠席して休まれるそうです。おそらく自室にいらっしゃるのでは。」阿修羅は帝釈天の部屋の前まで来たが、すぐ帝釈天が中にいないことに気づいた。しかし毘瑠璃はそこで部屋の警備をしているようだ。【毘瑠璃】 「報告なら明日にしなさい、帝釈天様はすでにお休みになれました。」【阿修羅】 「誤解だ。帝釈天が部屋の中にいないことはすでに本人の口から聞いた。ただ心配で、帰ってきたか確認しに来ただけだ。」【毘瑠璃】 「……帝釈天様はまだお帰りではありません。」【阿修羅】 「一体どこに行ったんだ、危険な場所か?」【毘瑠璃】 「鬼族はもういません。帝釈天様なら、例え一人になっても危険な目に遭うことはありえません。」【阿修羅】 「そいつはどうかな、瑠璃城の城主蘇摩様と帝釈天の仲はあまりよくないという噂がある。それに瑠璃城は、今もまだ新王に忠誠を誓っていない。彼が瑠璃城で一人になると、何をされてもおかしくない。」【毘瑠璃】 「姉様はそんな恩義知らずの人ではありません。今日帝釈天様に助けてもらったばかりですし、決して恩を仇で返すようなことはいたしません!そもそも帝釈天様は瑠璃城の中にはいません。外にいる客人に会いに行ったのです。すぐに帰ってきます。」【阿修羅】 「それなら俺もここで彼を待つ。」【天人の将士乙】 「毘瑠璃様!早く帝釈天様に報告してください!兵営が大変です。皆が二つの陣営に分かれて争っています。反乱を起こすつもりではないでしょうか?」【毘瑠璃】 「何ですって?!しかし帝釈天様は……」【阿修羅】 「ただ酒を飲みすぎんだろう。帝釈天の手を煩わせることはない、俺が様子を見にいく。」 |
罪喰い
罪喰い |
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阿修羅が案内人について兵営まで来ると、出会った兵士達は皆逃げた。人の一番多いところに来ると、兵士達は二つの陣営に分かれて殺し合っている。【阿修羅】 「昼間、敵との戦いでもこんなに頑張っていなかっただろう。仲間割れとなるとそんなに頑張るのか、滑稽だな!全員、退け!」阿修羅は霊神体の触手を使って皆を引き離したあと、全員を気絶させ、騒乱に終止符を打った。【毘瑠璃】 「全員仮設の医務室に運びなさい、私が手当するから。」【天人の将士乙】 「はっ!」騒乱は早い段階で止まったため、皆それほど深い傷を負っていなかった。そのおかげで、多くの兵士はすぐ目を覚ました。【天人の将士甲】 「俺は……一体どうなってるんだ?」【阿修羅】 「何があったんだ?さっき城に戻ったばかりだろう。なぜ急に他のやつと戦うことになった?」【天人の将士甲】 「俺にもわかりません。今日の昼間、帝釈天様の幻術の中で全滅する夢を見ました。起きた時にはもう勝利していました。皆も無事だったけれど、どうしてもまだ夢の中にいる気分でした。そして兵営に帰ったら、急に眠くなりました。酒を飲みたい気分でもなく、無性に休みたかった。でもどういうわけか、天幕に入った途端皆と殺し合いをはじめました。詳しいことは覚えていませんが、あの時はただ目の前のやつらを皆殺しにすることだけを考えていました。まるで……まるで昼間の鬼族のように。」【阿修羅】 「(帝釈天も城に入った途端休みたいと言ったが、部屋の中にいなかった。やつの幻術は思っていたほど完璧ではないようだ。術を使う時は大丈夫でも、その後危ない目に遭うのか。まさかやつの術は代償が伴うだけではなく、その代償は、先に蓄積してから一気に爆発するのか?)」負傷した兵士たちを休ませると、阿修羅は帝釈天の部屋の前で一夜待ち続けた。翌日の明け方になって、帝釈天はようやく戻ってきた。【帝釈天】 「どうしてあなたがここに、毘瑠璃は?」【阿修羅】 「昨日の夜、お前が留守だった時、兵営の中で暴乱が起きた。兵士達が二つの陣営に分かれて殺し合ったんだ。毘瑠璃は負傷者の手当に当たっている。だから代わりに俺がここにいる。」【帝釈天】 「……ご苦労様。毘瑠璃に伝えてくれ。私はもう無事に戻った。取引もできたから、心配はいらない。負傷者の救助に集中しなさいと。」【阿修羅】 「取引?ヤマタノオロチとの?」【帝釈天】 「ヤマタノオロチ?いや、ヤマタノオロチとの取引はこれからすべきことだ。堕神との話がついたから、次は都に向かい、ヤマタノオロチと取引する。どちらの話もまとまれば、私の計画もいよいよ正式に動き出す。私はどうしてあなたにこんな話を?まあいい、忘れてくれ。」帝釈天が振り返ると、そこには誰もいなかった。【帝釈天】 「寝不足のせいかな……」しばらくして、帝釈天は軍を率いて善見城に戻った。そして重病を患ったため、神殿で休むと偽った。裏では人知れずに都に赴き、ヤマタノオロチとの取引を成立させた。都か戻ってまもなく、帝釈天は新しい命令を下した。【帝釈天】 「天域は死刑を廃止し、最高刑を流刑に変更する。そして流刑の地は深淵となる。流刑に処せられた罪人を見張るべく、崖の上に監視塔や兵営を作る。さらに、神殿や王宮の他に、王宮の後ろに祭祀用の巨塔、善見塔を建てる。善見塔は天域の結界の中心で、深淵の獄と対になっている。二つは表裏一体とも言える。」深淵の獄と善見塔の見通しが立つと、帝釈天は毘瑠璃に警備を任せ、再び病に託けて引きこもった。【帝釈天】 「これまでは、全てうまくいったと思う。ヤマタノオロチは狡賢いが、珍しく約束を守って、深淵の獄に霊力を送り続けている。霊力のおかげで罪人は死なずに、永生によって強くなることを強いられ、少しずつ天人一族のあるべき姿に進化していく。次は、善見塔が落成するのを待ち、深淵で精錬した霊力を忉利天に送り込むだけだ。我らが故郷忉利天は鬼域に降臨し、楽園が人々の元に現れる。しかし果たして、私の霊神体はその時まで耐えられるだろうか。瑠璃城の時のように、私の能力が暴走して他人の精神に干渉するなんてことは、二度とあってはならない。はあ……私が心置きなく全てを話せる相手は、語ることのできない蓮花だけだ。」王宮の聖蓮池の水は透き通っていて、池の中で咲き誇る白蓮が風に揺れている。全ては帝釈天が即位したあの日と同じだ。帝釈天は階段を降り、透き通る池水に向かっていく。【帝釈天】 「これからも、こうして私のそばにいて、話を聞いてほしい。聞いてもらいたい話はたくさんある。今後はもっと、もっとたくさんの話を、聞かせるつもりだ。」しかし帝釈天が足を踏み入れた途端、透き通っていた池水は次第に赤く染まった。【帝釈天】 「私の秘密を教えてあげよう。この世に浄化できる悪なんて、一つもない。あるのは、分担できる悪だけだ。水の中の白蓮よ、私は皆の悪を分担した。だからどうか、私の悪も少し分担してくれ。」池のほとりにある白蓮は彩られたように、鮮血の如き池水を吸い上げ、鮮やかな血色の蓮に生まれ変わった。帝釈天が蓮を手折ると、折れた蓮の茎から血のような液体が流れ出た。【帝釈天】 「私の悪も、この世の皆に負けていないようだ。」帝釈天はそう言いながら折れた蓮花を石の階段に捨てて、蓮池の奥に向かって歩き出した。裏に隠れていた阿修羅は表に出て、捨てられた蓮花を拾った。【阿修羅】 「帝釈天、お前は一体何をした?そして一体何がしたいんだ。」阿修羅が頭を下げて血色の蓮に触れた瞬間、全てが再び眩しい光に包まれた。今回も、陣眼は解除された。【迦楼羅】 「阿修羅様、ようやく戻られましたか!陣眼が二つとも解除されました!」【阿修羅】 「酒呑童子は一足先に出て来たのか?」【鬼王酒呑童子】 「まさか。お前が池の近くにある蓮に触れた瞬間、夢は歪んでしまった。気がつくと、俺様はもう別のところに送られていた。お前の居場所が分からなかったから、随分探したぞ。お前が陣眼を解除したおかげで、俺様とお前は脱出できた。」【小白】 「あれ?陣眼は二つとも阿修羅様が解除したのですか?」【燼天玉藻前】 「酒呑童子がそう言うなら、そういうことにしておこう。」【煉獄茨木童子】 「なんだと、狐め、友が嘘をついたとでも言いたいか?」【燼天玉藻前】 「ふふ、そこまでは言ってないよ。」【鬼王酒呑童子】 「どうでもいいだろう。何か隠すのは、別に恥ずかしいことじゃねえよな?むしろもしそいつが最後まで皆を騙し通せたら、逆に感心すべきじゃねえか?そうだろう、茨木童子?」【煉獄茨木童子】 「もちろん、友の言う通りだ。」【晴明】 「十寒獄の法陣を解除した、次は第三階層の無間獄だ。迦楼羅様、今度も道案内を頼む。」【迦楼羅】 「今度は、案内しなくてもいいはずだ。」【源頼光】 「皆本当にいい趣味をしているね。悪鬼がうろつく深淵の獄の中でも楽しそうで何より。妖怪だから似たところがあるのだろうか。」【小白】 「この回りくどくて人の神経を逆なでする言い方、やはり源頼光様だったのですね。」【阿修羅】 「さっき六つの法陣が弱くなったのを感じたが、それはお前の仕業か?」【源頼光】 「とんでもない。たまたま法陣に無間獄に送られて、鬼切とはぐれてしまっただけ。そして偶然にも三つの法陣を見つけ、一つずつその力を弱らせたにすぎない。しかし幻術を解くのは簡単だが、陰陽道で法陣を破壊するのは少々難しいな。鬼切一人だけでは無理がある、そこで皆さんにお願いする次第です。」【鬼王酒呑童子】 「源頼光に恩を売る機会はそうそう訪れない、この酒呑童子が恩を売ってやろうじゃねえか。さっさと案内しろ。」一行は源頼光について無間獄に行くと、鬼兵部を率いる鬼切と合流した。【天剣刃心鬼切】 「遅かったですね、道にでも迷いましたか?」【源頼光】 「道に迷ったということにしておこう。」【阿修羅】 「三つの法陣は相当近いようだ。衝突する二つの力を利用し、まとめて壊すのはどうだ?酒呑童子、俺が力を解き放つ時、きついなんて言うなよ。」【鬼王酒呑童子】 「はははは、かかってこい!」二人は同時に三つの法陣に力を注ぎ始めた。すると二つの力が衝突し争いはじめ、陣眼にも共鳴を起こした。まもなく、三つの法陣は一斉に爆発音を立て、粉々に砕けてしまった。【燼天玉藻前】 「深淵の空間は完全に正常に戻った。これで終わったのか?」【小白】 「終わったんということは、小白達は自由になったんでしょうか?」【阿修羅】 「確かに自由だ。深淵の獄を監視する砦を、生きて突破できればな。」 |
絶望
絶望 |
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【阿修羅】 「深淵の獄の崖には、五里ごとに拠点が一つ建てられている。そして本拠点は、六道輪廻法陣の中心線の上にある崖に建てられた。法陣は解除されたとはいえ、深淵の獄を突破したければ、この砦を何とかしなければいけない。本拠点は崖の上に建てられていて、三方が崖に囲まれているうえに、警備兵がいる。文字通りに抜け目なく深淵の獄を監視しているんだ。深淵を出ようとする者は全て止めることができる。やつらの目を掻い潜るのは、決して容易ではない。」【鬼王酒呑童子】 「本拠点なら、当然大勢の兵士に守られている。なぜよりによってここを選んだ?他の場所から深淵を出るのはどうだ、その方が少しは楽だろう?」【迦楼羅】 「言うだけなら簡単だ。ここに本拠点が建てられたのは、ここの壁が一番登りやすいからだ。深淵の獄の壁は非常に滑りやすい、そうでなければすぐに砕けてしまう。我が翼族は飛べるから構わないが、魔神の大軍は墜落して死んでしまうだろう。」【煉獄茨木童子】 「仮にここを登るとしたら、本拠点の三つの方向は崖になっている、よって死角になる両側から登るだろう。真っ黒な夜なら気づかれにくいし、奇襲を仕掛けるのに向いているのではないか?」【阿修羅】 「帝釈天は深淵の獄の監視に相当な手間をかけた。本拠点にいるのは全員選りすぐりの強者だ。兵士だけじゃない、術に長けた術士まで揃えた。彼は幻術や精神操作が得意で、部下の術士もそれに詳しい者ばかりだ。術士達はその場から一歩も動かずに、生き物が近づくと、すぐ感知して、城壁にいる兵士に知らせる。」【天剣刃心鬼切】 「例え気づかれても、弓兵の射程距離には限界がある。もし金翅鳥が同時に空で攪乱させれば、勝てる可能性もあるのでは?」【阿修羅】 「かつて小隊を派遣して、術士達の腕を試したことがある。一人だけなら、術士といえども偵察兵とほぼ変わらない。しかしやつらが力を合わせると、帝釈天のような大規模な精神操作も可能になってしまう。近づくだけでも精神的な混乱に陥る、相当厄介だ。」【晴明】 「それなら、本拠点を陥落させるには、先に術士を何とかするべきだな。迦楼羅様が金翅鳥一族を率いて、一足先に術士達を排除することは可能だろうか?」【迦楼羅】 「俺も同じ策を思いついたが、二度ほど上を飛んで調べてみた結果、術士達も弓兵の格好をしていることがわかった。おまけに散らばって兵士の中に隠れている。しかも本拠点だけではなく、周囲の拠点にも分散している。やつらを排除するには、先にやつらを見つけなければいけない。しかしそうなると、人手が足りない。」【燼天玉藻前】 「となると、術士の居場所を突き止めるための部隊を、手配する必要があるな。あれは天人を想定して編み出された術だが、我々は天人ではない。それに人を惑わす幻術なら、少しだけ心得がある。偵察は私に任せてくれ。」【阿修羅】 「術士の居場所を突き止めるために、俺が先陣を切る。」【天剣刃心鬼切】 「ここには人が大勢いる。皆に意見を聞き、策を検討すべきでは?」【源頼光】 「よく言った。彼を知り己を知れば百戦殆からずと言うだろう。「天域の闘神」は敵にかなり詳しいだろう。なぜ仲間達のことを知ろうとしなかった?」【阿修羅】 「「何の変哲もない」と自称する陰陽師に、何かいい考えがあるのか?」【源頼光】 「我が源氏が作った鬼兵部軍団は、自我というものを持たない。忠実に主の命令に従う上に、幻術の影響も受けない。」【迦楼羅】 「阿修羅様、これは予想外の奇兵です!」しばし考えた後、阿修羅は作戦を練り直した。【阿修羅】 「迦楼羅、お前は一足先に金翅鳥を率いて深淵を出ろ。その後、空から爆弾を投げて、本拠点と周囲の拠点を攪乱し、術士に呪文を唱えさせろ。酒呑童子、茨木童子、玉藻前、お前らは俺と先頭部隊と共に裏道から崖に登る。そして術士達の居場所を突き止め、全員抹殺する。鬼兵部は幻術に影響されないが、足が遅いため、先陣を切るのには向いていない。だから正面から本拠点を攻撃して、陽動作戦を展開し、魔神の大軍のために時間を稼ぐ。残りの者は、無事に深淵を出たら、すぐに鬼兵部と合流し、本拠点を攻め落として周囲の拠点を破壊する。一人たりとも生きて帰すな!」【魔神の将校】 「はっ!」【天剣刃心鬼切】 「鬼兵部は幻術の影響を受けないが、指示を出す俺と源頼光様が天人の精神操作に干渉される可能性はまだ残っている。」【小白】 「それなら小白とセイメイ様に任せてください。小白にセイメイ様の結界が加われば、必ず皆さんを守り抜くことができます!」……深夜【迦楼羅】 「我が同胞よ、俺についてこい!今夜さえ生き延びれば、お前達は晴れて自由の身だ!」【天人の兵士甲】 「おい、あそこから飛んできたのは何だ?」【天人の兵士乙】 「金翅鳥?あいつらまだ生き残っていたのか!弓兵、前に出ろ!一人残さず射落とせ!」【金翅鳥】 「喰らえ!」【天人の兵士甲】 「うわああああ!!」【天人の将校】 「爆弾だ、あいつら下でこんなもんまで作ってやがったのか!早くのろしを上げて、術士達に術を使えと伝えろ!一人も逃がすな!」のろしが上がると、周囲の拠点が忽ち松明を点した。おかげで深淵の獄の境界は隈なく照らされた。空から呪文を唱える声が聞こえる。術士達が術を唱え始めた。【燼天玉藻前】 「南に五里、そして北に十里の拠点に火がついた。それ以外にも数人が本拠点の後ろに隠れているようだ。」【阿修羅】 「お前ら、酒呑童子と茨木童子についていけ。拠点に隠れている術士を仕留めるんだ。残りの者は俺と共に本拠点に向かう。」【魔神の将校】 「はっ!」【煉獄茨木童子】 「私は北に向かう、友は南に行くといい。後でここに戻って合流しよう。」【鬼王酒呑童子】 「夜は暗い、道に迷うなよ。」皆夜陰に乗じて姿を隠し、別行動をとる。阿修羅と玉藻前は本拠点の後ろに回り込んだ」【燼天玉藻前】 「術を使う者があそこの拠点にいる、今攻め入るか?」【阿修羅】 「その必要はない。この本拠点は帝釈天が自ら建てたものだ、全て翼の団の仕来りを踏襲している。兵糧は北に、武器庫は東に、衛兵は西に、警備兵は南に、今夜の風は後ろから前の城壁に吹いている、つまり追い風だ。武器庫と穀倉を燃やせ、そうすれば城壁にいる連中は逃げ道も、食い物も、使える矢も全て失う。」……深淵の崖の下【小白】 「南北の二つの拠点の火が消えました。上手くいったのでしょうか?」【源頼光】 「鬼切、気分はどうだ?」【天剣刃心鬼切】 「耳の中で聞こえる術の音が大分小さくなりました。そして頭も冴えています。いつでも戦えます。」【源頼光】 「鬼兵部、列を作れ、崖に行くぞ!」……本拠点の城壁の上【天人の将校】 「金翅鳥の連中は攪乱するだけで全く近くに来ない、一体何を企んでいる?」【天人の兵士甲】 「報告です、矢がなくなりました。」【天人の将校】 「予備の矢をここに運べ!」【天人の兵士乙】 「大変です!武器庫が燃えています!」【天人の将校】 「何?衛兵に火を消せと伝えろ!矢がなければどうやって戦うんだ!」【天人の兵士乙】 「裏門にいる衛兵はすでに武器庫に向かいました、しかし今度は穀倉が燃え始めました!拠点に隠れていた術士は火の海に呑み込まれました。今夜は風が強いです、おかげで火の勢いが強く、城壁にも迫ってきています!」【天人の兵士甲】 「報告です!前方に敵が現れました!何者かが深淵から這い出てきました。今度現れたのは、侍のような姿をした戦士です。術士の精神操作は全く効かないようです!」【天人の将校】 「前には敵、後ろには火、金翅鳥どもは陽動だったんだ。はめられた!くそっ、それどころではない、撃て!」……城壁の下【晴明】 「結界・守!」【小白】 「危ない!やつら、やけくそになっています!」【晴明】 「魔神達よ、結界の後ろに隠れて、今のうちに崖を登れ!」【源頼光】 「鬼兵部は一列に並び、私と鬼切を守りながら、前に進め。」【源頼光】 「鬼切、連中が矢を放った隙を見計らって、鬼兵部の力を借りて城壁に上り、敵の大将を殺せ。」【天剣刃心鬼切】 「言われなくても、そのつもりです!」そう言うと、鬼切は鬼兵部の手の上に飛び上がり、そのまま走って肩まで駆け抜けると一飛びで城壁を飛びこえた。【天剣刃心鬼切】 「死ね!」【小白】 「鬼切様、待ってください!」【天人の将校】 「術士を何人か殺せば、こっちを絶体絶命の危機に追い込めると思ったか?帝釈天様が我々に重要な役割を任せたのは、我々が全員王の術を心得ているからだ!つまり、ここにいる全員が術士なのだ!矢を使い切ったやつは、呪文を唱えろ!」【天剣刃心鬼切】 「しまった、彼らの声が頭の中で響き続けるせいで、方向感覚がおかしくなってきた。」【天人の将校】 「くたばりやがれ!」【小白】 「狐影・守!危ない!鬼切様はご無事ですか!」【天人の将校】 「陛下の命令に従い、深淵の獄に入った者は出るべからず、それを破った者には死を!汝らがまだ生きている理由は、陛下の慈…」それを言い終える前に、一本の折れた矢が飛んできて、彼の喉を射抜いた。将軍は喉を押さえながら跪いた。」【阿修羅】 「俺のことを覚えているか?」【天人の将校】 「あ……あなたは……」【阿修羅】 「この名を胸に刻め。あの世に行っても、生まれ変わっても、決してこの名を忘れるな。」【天人の将校】 「阿……修羅……」将軍は喉を押さえながら崖から落ち、忽ち魔神達に食いちぎられた。【魔神】 「天魔阿修羅!天魔阿修羅!」【阿修羅】 「我が姿を目に焼き付けろ、我が名を叫べ!これこそが破滅と闇をもたらす者の姿だ、今後口に出すことすら憚られるようになる名だ!だがお前らがくたばる前に、我が名を呼ぶ名誉を与えよう!」【魔神】 「天魔阿修羅!天魔阿修羅!」【阿修羅】 「この砦にいるやつらは皆殺しだ、一人たりとも生きて帰すな!」魔神の大軍は城壁を粉々に壊した。上の天人の兵士達は急いで撤退しようとしたが、後ろは燃えているため、彼らには逃げ場すらなかった。【天人の兵士丙】 「うわあああ、壁が崩れた、落ちてしまう!」【魔神】 「はははは、空からご馳走が降ってきた!遠慮なく頂くぞ!」【天人の兵士丙】 「助けて、あああああ!」【魔神】 「貴様らにも霊神体が砕かれ繋ぎ合わせられる気持ちを味わわせてやる!全員ひき肉にしてやる!」城壁が崩れ落ち、砦は炎に包まれて崩壊した。拠点を守る衛兵達は魔神の魔の手に落ち、引き裂かれ、踏みつぶされ、食いちぎられた。ひっきりなしに悲鳴が上がる。空にそびえる本拠点は、深淵の獄よりも地獄らしい場所に変えられた。【魔神の将校】 「進め!やつらを皆殺しにするぞ、そうすれば自由になれるんだ!」【魔神】 「天魔様に続け、再び自由を!」【阿修羅】 「天魔の名を聞きながら死んでいけ。今夜から、この名を聞いた者は皆、恐怖に支配される。」【魔神】 「天魔阿修羅!天魔阿修羅!」【天人の兵士甲】 「皆、この命を帝釈天様に捧げる時が来たぞ!全員将軍の命令に従え。武器を捨てて呪文を唱えろ、例え灰燼に帰しても、絶対にやめるな。例えこの身が滅んでも、この聖なる天域で魔物の狼藉を許すな!」【天人の兵士丙】 「偉大なり、偉大なり、偉大なりし者。狂人は欲望に耽る、罪人は奈落に帰す。」生き残った天人の兵士の霊神体が一体化して、巨大な白い網を編み出した。巨大な法陣が呪文を唱える声と共に空から迫ってきて、まだ深淵を出ていなかった魔神、鬼兵部、鬼族、金翅鳥達を再び崖の底へと叩き落とした。そして次の瞬間、皆に迫ってきた。危機一髪で、阿修羅は炎に包まれている、いつ崩れてもおかしくない城壁に飛び上がり、両手で法陣を受け止めた。【鬼王酒呑童子】 「まったく予想外だったな、肝心な時に、とんでもないものを見せられちまった。」【煉獄茨木童子】 「友よ!助けてやるべきか?」【鬼王酒呑童子】 「それに触るな。この法陣は全てを破壊しようとしているように見えるが、実のところ、目標はあいつだけだ。」城壁が圧力に耐えられず、崩壊寸前になった時、一歩も引かなかった阿修羅の前に、突然帝釈天の幻影が現れた。【阿修羅】 「ずっとお前を待っていた。」【帝釈天】 「阿修羅、やはり来たか。どうして帰ってきた?深淵もなかなかいい場所だろう?あなたが一番好きな獲物を用意してあげたのに。金翅鳥、魔神、鬼族、そしてあなたが一番好きな遊び……終わりなき殺戮まで用意してあげたのに。それでも足りないのか?」【阿修羅】 「ふん、お前の力がちゃんと回復したか見せてくれ。全力を出すことすらできないようでは、あまりにもつまらない。」【帝釈天】 「分かった、私がいないからだろう?あなたはいつもそうだった。殺している時、私が側にいなければ落ち着けないんだ。」【阿修羅】 「ああ、お前らがいないからだ。殺戮がいくら楽しくても、一番重要な獲物がいなければ、白けてしまう。いつまで待っても、お前が全然来ないから、仕方なく会いに来た。お前は苦労して一番偉い場所へと上り詰めたが、俺が来たと聞いた途端、慌てて様子を確かめに来た。この阿修羅がいない善見城での生活は、さぞかし辛かったようだな?」【帝釈天】 「ふふふ、よく言ったね。私は片時も、私の阿修羅のことを忘れていないよ。私の言いなりになる姿を、私を信じてくれた愚かさを、私に負けた時の悔しい表情を。ああ、もし時間を巻き戻せるなら、もう一度見たいものだ!しかし残念ながら、あなたはもう私の知っている阿修羅ではない。英雄の名を失い、堕落に甘んじた上、天魔を名乗り、天人とも言えなくなった。我が友阿修羅は鬼でも神でもない怪物だが、そんな彼にすら劣るあなたは、一体何だ?」【阿修羅】 「俺が何かは、俺がお前の前に立ったら、すぐに分かるさ。その時、俺の姿を隅々までお前の全ての目に焼き付けてやる。忘れられないほどにな、帝釈天!」阿修羅の手は帝釈天の幻影を突き抜け、法陣の中心を掴むと、真っ二つに引き裂いた。【天人の兵士甲】 「うわあああ!呑み込まれてしまう、法陣が壊された、皆死ぬぞ!」阿修羅が作った裂け目は法陣の両端に広がり、急に二つになった。そしてまるで目を見開くように、巨大な目を形作った。それは深遠なる宇宙を白目に、懐かしい紺碧の目を瞳に持つ眼だった。漆黒の深淵の上で、眼は静かに全てを見ている。次の瞬間、眼は眩い光を放った。光が届くところでは、魔物が忽ち灰燼と化す。天人の兵士もそれに耐えられず、目を押さえて倒れた。阿修羅が目を開けると、そこは光の中だった。【阿修羅】 「この法陣の中は、また幻術になっているのか。帝釈天、出てこい。」【帝釈天】 「やはり阿修羅には隠せないね。さっきは皆の前だったから、仕方なくあんなことを言ったけど、怒っていないかい?天人の王になった今、私はなかなか本音を言えないんだ。ここにいるのは私達二人だけだ。謝るから、許してくれないか?あなたは全然変わっていない、ずっと昔のままだ。変わったのは私の方だ。私には分かる、私が変わったから、あなたは怒っている。でも少し考えてみてほしい、私達はいつも最後には、必ず仲直りするだろう?あなたは私がついに見つけ出した奇跡、私はあなたがようやく出会った友。これこそが、私達にとって永遠に変わらない真実なんだ。私達の争いは、無駄な犠牲しかもたらさない。こっちに来るんだ、阿修羅。ここは無垢なる天国。全てを背負う必要はない。あなたはあなたがなりたい人になれるんだ。」幻境の中の帝釈天が、阿修羅に手を伸ばした。【阿修羅】 「帝釈天、俺がなりたい人を、お前は本当に知っているのか?」【帝釈天】 「自分で確かめずに、私が間違っていると断言できるのか?」【阿修羅】 「お前が言う天国がどれほど素晴らしいものなのか、見てやろう。」阿修羅が力強く帝釈天の手を掴むと、二人の姿は白い光に呑み込まれ、すぐに消えてなくなった。【小白】 「どういうことです?阿修羅様は幻術に惑わされたんですか?どうして帝釈天について行くんですか!小白にはもう何が何だか分かりません……」【晴明】 「今度こそ、阿修羅がほしい答えを手に入れられるといいが。」虚無の中で、阿修羅は再び目を開けた。【帝釈天】 「阿修羅、案内するからちゃんと見届けてくれ、私の終わりなき天国を。」 |
楽園
楽園 |
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虚空の中、眩しい白色だけが阿修羅の目に映っている。そして次の瞬間、帝釈天の声が聞こえた。【帝釈天】 「阿修羅、私を変えたものについて考えたことはあるか?あなたは、私が求める純粋な世界は嘘だと言った。私はそれが嘘ではないことを証明したい。私達の故郷、トウ利天を自分の目で確かめたいと思わないか?あれを見て。」純白の中、帝釈天が姿を現し、虚空の地面に降り立った。阿修羅が帝釈天の手を掴んで、二人は共に前に進む。帝釈天が歩くと、地面には細波のような痕跡が広がっていく。細波は湖を形作り、いつの間にか阿修羅の前に一隻の小船が現れた。帝釈天は船に乗ると、頭を上げて阿修羅に向かって手を伸ばした。【阿修羅】 「お前は一体どこへ行くんだ。」【帝釈天】 「私だけじゃない、阿修羅も一緒に行くんだ。阿修羅、一緒に家に帰ろう。」二人を乗せた小船が岸を離れていく。水面は夜空に変わり、櫂を漕ぐと輝かしい星空が揺れ、宇宙の銀河に姿を変えた。漆黒の長い長い夜、ときたま白い蓮が星々の中に漂い、暖かい光を放って、二人を導く。【阿修羅】 「あの明星は、私達が出発した時、まだ星屑に過ぎなかった。」【帝釈天】 「星雲は星になり、星はまた星雲に戻る。変わらないように見えるけれど、実際はとめどなく変化している。」【阿修羅】 「まさか、この流転する星海がお前を変えたと言いたいのか?俺達が船に乗ってからどれくらい経った?」【帝釈天】 「時間は流れてゆくけれど、私達の時間はまだ始まっていない。あれを見て、我が一族の故郷トウ利天は、まもなくあの幼い星雲の中に生まれる。全ての物語は、あそこから始まる。」彼らは星海に浮かびながら、数多の輪廻や生死を見届けた。種は盛え、また衰える。星々は輝き、また灰燼に帰す。長い船旅の間に、トウ利天はようやく混沌と虚無の中からあるべき姿に生まれ変わり、未熟な浄土となった。そして彼らの船も、いよいよ岸を見つけた。【帝釈天】 「家についたよ。」【阿修羅】 「ここが伝説のトウ利天か?空っぽで、生き物の気配すら感じられない。こんな場所が本当に天人の楽園になりえるのか?」ここには何もない、全ては混沌と虚無だと阿修羅は思った。この虚無の中に一人でいると、生死の境すら曖昧になるだろう。一瞬とも、永遠とも分からない時間が経ったあと、彼らは巨大な廃墟を見つけた。廃墟の中には澄み切った水があった。帝釈天は前に出て、手を伸ばして水面に触れる。帝釈天が触れた瞬間、虚無と混沌の世界に、天変地異が起こった。光が混沌の世界を切り開く。【帝釈天】 「阿修羅、見て、トウ利天が生まれた!だが生まれたばかりのトウ利天の中には、最初の住民、トウ利天神しかいない。トウ利天神は混沌から生まれた。彼の肉体と精神は明確な区別を持たず、二つは混ざり合っている。彼は天であり、地でもある。光でもあり、闇でもある。創造でもあり、破壊でもある。しかし全てを擁するトウ利天神は思わず、そんな自分は、孤独な存在だと思った。」【トウ利天神】 「神魔の戦いは終わりを告げ、私は最初の罪を犯した。喜びはこの命から消え去った。一体何であれば、この寂しい心を埋めることができるだろうか?私は石でできた山を、土でできた平原を、水でできた海を作った。それは無限に広がるものだ。しかし我が魂の欠けた部分は取り戻せなかった。相変わらず虚ろなままだ。一体何であれば、我が精神を補うことができるだろうか?」【帝釈天】 「心を補えるのは、やはり他の誰かの心だ。形あるもので魂を補うことは叶わない。魂は生まれた時から他の魂に飢えている。」【トウ利天神】 「ならば、我が精神から新たなる魂を分かち、新しい命を作る。我が精神より生まれる生きとし生けるものは、私が残した寂しさを生まれ持っている。互いを求めあい、全知全能より抉り出された時に生まれる寂しさを補うことを望む。彼らはいつか私に倣って創造を、融合を、分離を行う。そして新たな魂が誕生し、また全てを繰り返す。私の孤独は、代々受け継がれる。」【帝釈天】 「その孤独で賑やかな命達こそが、天人なんだ。創造主の期待通りに、彼らは形にとらわれず、憂うことなくお互いの魂を求めあう。」【阿修羅】 「違う。それは違う、トウ利天神の期待は外れた。天人は肉体を持たないが、その渇望は純粋とは程遠いものだ。彼らの弱点は孤独だけではない。欲望は肉体に宿るものではない。いつかきっと彼らの魂を蝕む。トウ利天神の眷属も、他の生き物と同じように貪欲だ。肉体を持たなければ欲望は生まれないと言うなら、なぜトウ利天神は最初の罪を犯し、孤独に苛まれている?」【帝釈天】 「そうだね。天人は天神の精神より生まれた後、互いを理解しなくなり、矛盾や衝突が絶えなかった。しかしそのおかげで、トウ利天に時空、昼夜、知恵と無知、喜びと苦しみ、正義と悪が生まれた……」【トウ利天神】 「我が民よ、なぜ互いを否定し争う?我が精神にいた頃は、あんなに平和だったのに。もともと一つだったのに、どうして争うんだ。一体何のために?」【天人】 「トウ利天神よ、あなたは私達を作った時…なぜ知恵と無知を、喜びと苦しみを、正義と悪をそれぞれ私達に分け与えたのですか?」【トウ利天神】 「あなた達は分離され、完全ではなくなった。それは互いを求めあい、互いの魂を補い合うためだ。」【天人】 「私達はこんなにも違うのに、どうやって共存しろと?我々を作った神よ、どうして私達に不平等を与えたのです?私達は争うしかありません。この不平等がなくなるまで。」それを聞いたトウ利天神は、涙をこぼし、自分の腕を切り裂いた。そこから血が流れ出る。【トウ利天神】 「違う、我が子よ、あなた達は生まれながらにして平等なんだ。あなた達はただそれを忘れているだけだ…」トウ利天神の涙と血がトウ利天の土地を全て呑み込み、精神の海となった。精神の海の中は、天神の体の中と変わらなかった。全能のトウ利天神は精神感応の力を通じて、全ての天人の精神を繋げ、再び理解し合うことを可能にした。精神の海と精神感応によって浄化され、トウ利天は苦しみ、罪悪、無知のない楽園と化した。【天人】 「トウ利天神を謳えよ、我らに命を与えたあと、再び我らを浄化し、理解し合うことを可能にした。これより苦しみと孤独は消え去り、人々は皆無垢なる心を持つ。トウ利天の精神の海、それこそが天人一族の唯一の理想郷なり!」【帝釈天】 「そう、トウ利天神は慈悲深く、トウ利天こそが天人一族の理想郷だ。全てを見届けた私にも、次第に理解できた。純粋な理想の世界は、実在するものだと。この場所が私を変えた。理想郷の姿を目にしてから、阿修羅、私はずっとあなたをここに連れて来て、全てを分かち合いたかった。全ての戦争を忘れ、私と共にここに残ろう。これはあなたの願いではなかったか?」【阿修羅】 「俺の願いは自分の手で全てを作り上げること。何でも叶えてくれる天神など、邪魔でしかない。」【帝釈天】 「しかし例え全力を尽くしても、手に入らないものがある。でもこの無垢の天国に残れば、あなたはほしいものを全て手に入れられる。」【阿修羅】 「ほしいものを全て……か。」【阿修羅の母】 「阿修羅?あなたなの?やっと帰ってきたのね、皆長い間待っていたのよ。」【阿修羅】 「母上?」【阿修羅の母】 「帝釈天も一緒に来たの?ちょうどよかった、あなたのお母さんとお兄さん達もあなたに会いたがっているわ。さっき、帝釈天がまだ帰って来ないなら、探しに行くと言っていたところなの。」【帝釈天】 「心配かけてごめんなさい。さっき、私と阿修羅は蓮池で船に乗って、蓮を取りに行っていたんです。」二人の後ろの星海は、いつの間にか蓮池に姿を変えていた。【阿修羅の母】 「この子ったら、私は花が好きだって阿修羅から聞いたのかしら?」【帝釈天】 「私の母も、花が好きだから。蓮をあげるたびに、笑顔を見せてくれる。」【阿修羅】 「……確かに、これは俺達が全力を尽くしても手に入れられないものだ。」【阿修羅の母】 「どうしたの、阿修羅?どうしてこっちを見てくれないの?まだ何か急用が残っているの?それなら、阿修羅は先に自分の用事をしてきて。お母さんは、ここで待っているから。」【阿修羅】 「母上、俺は……別に急用なんてない、ただ少し暑いだけだ。帝釈天、向こうの涼しいところに行こう。」阿修羅はろくに説明もせず、帝釈天を引っ張って歩き出した。【阿修羅】 「帝釈天、また同じ手を使いやがって、一体何を企んでいる。」【帝釈天】 「私は何もしていない。言っただろう、トウ利天の精神の海には、生死や夢現の区別が存在しない。あなたは自分の手で、あなただけの世界を作り上げたい。そしてこここそが、あなたが作り上げた世界なんだ。」【阿修羅】 「ふざけるな、俺はお前の家族なんて知らない。どうして俺の世界にお前の母親と兄がいるんだ?」【帝釈天】 「でも、あなたの世界には私がいる。阿修羅、見て。ここは私達が出会った時のあの丘に似てないか?」【阿修羅】 「ん?そういえば、確かに少し似ているな。しかしあの時の丘は死体に埋め尽くされていたし、こんなに大きい蓮池もなかった。」【帝釈天】 「活気あふれる景色のほうがいいじゃないか。それに私は蓮池が好きなんだ。もしここに家を建てることができるなら、この美しい場所で一生を過ごしたい。」【阿修羅】 「家を建てる?お前が?昔翼の団が行軍して野営していた時、お前は天幕を張ることすらできなかったのに。」【帝釈天】 「そこまで言われたら、阿修羅に私の本気を見せなければいけないね。」帝釈天がそう言い終わった途端、野営用の天幕が唐突に草地に現れた。」【阿修羅】 「……」【帝釈天】 「ここはトウ利天の精神の海だから、欲しいものは何でも現れる。そして願いは何でも叶う。阿修羅も願い事をしてみたら?」【阿修羅】 「長年経ったが、お前は天幕を張るのが精一杯だったか。本気を出せば、木造の家でも、全く問題ない。」あっという間に、阿修羅が子供の頃に住んでいた家と同じの木造の家が、天幕に代わって現れた。【阿修羅】 「ガチョウも飼いたい。」すると十匹以上のガチョウが柵と共に庭に現れた。阿修羅は驚いたが、すぐにそれを受け入れた。【帝釈天】 「阿修羅はどうしてガチョウを飼いたいの?」【阿修羅】 「家を守ってくれるし、水田の虫も食べてくれる。」【帝釈天】 「あはは、阿修羅、この精神の海では、花は永遠に枯れないよ。万物は流転して、降ってくる雨まで甘い味がする。太陽は沈まない。作物は勝手に成長する。山に流れる川は美味しい酒だ。だから盗みを働く者なんていないよ。」【阿修羅】 「それもそうだな。」【帝釈天】 「家も庭も現れたし、阿修羅、ここに泊まろうか?ずっと船を漕いでたから、お腹が空いたね。こんな形のかまどは初めて見たよ、火を起こす場所はここかな?」【阿修羅】 「あれはかまどじゃない、ふいごだ、早く離せ!」【帝釈天】 「じゃあ火起こしは阿修羅に任せる。私は阿修羅に、新しく覚えた料理を振る舞おう。【阿修羅】 「お前は料理ができるのか?」【帝釈天】 「ここに来る前に、わざわざ王宮の料理人に蓮の吸い物の作り方を聞いたんだ。簡単な料理だって言うから、彼の本音を確かめてみたけど、本当のようだった。」【阿修羅】 「で、どこで蓮を手に入れるつもりだ。」【帝釈天】 「扉の前には大きな蓮池があるじゃないか。あそこに蓮がたくさん生えている。きっと美味しい料理を作れるよ。」【阿修羅】 「お前は船を漕げるのか?」【帝釈天】 「ここに来る時、星海の中で船を漕いだだろう。蓮池は少し違うけど、ほとんど同じだと思う。」【阿修羅】 「……帝釈天、俺がレンコンを採りに行くから、お前はここに残れ。そして覚えておけ、今後一人の時は、絶対にさっきみたいな小船に乗るな。」阿修羅が扉の前の蓮池まで来て、船を漕いでレンコンを採った。帰ってきた時、厨房から煙が立つ光景、そして慌てて中から出てきた帝釈天の姿が阿修羅の目に映った。【帝釈天】 「あなたがいつ帰ってきても料理を作れるように、火を起こすつもりだった。しかしなぜか…」【阿修羅】 「俺が家を出た時、薪などなかったが、一体何を使った?」阿修羅は急いで厨房に入った。そして火を消すと、かまどの下で半分燃えかけた木製のふいごを見付けた。【帝釈天】 「軍にいた時はいつも篝火を使っていた。ふいごを使うと火の勢いがこんなにも強くなるなんて知らなかった。」【阿修羅】 「厨房にお前を残した俺が甘かった。お前は部屋を出て庭に行け。」しかし阿修羅が薪を採って戻ると、今度はガチョウに追いかけ回される帝釈天の姿が目に入った。【ガチョウ】 「ガーガー!」【帝釈天】 「うわあああ!食べないで!私の蓮を食べないで!阿修羅、早く助けて!」阿修羅は霊神体を召喚して帝釈天を高く掲げ、屋上に置いた。その後鳴いているガチョウを再び小屋の中に入れて、鍵をかけた。【阿修羅】 「なんであいつらを外に出したんだ?」【帝釈天】 「ずっと鳴いていて可哀想だったから、お腹が減ってるんじゃないかって思って。だから鍵を外して餌をあげるつもりだった。それなのに、私の蓮を食べるなんて!」【阿修羅】 「お前もあいつらに食わせるべきだったな。」【帝釈天】 「どこに行くんだ、早く下ろしてくれ!」【阿修羅】 「そこでじっとしてろ。 |
」帝釈天は屋上で大人しく座っていることしかできない。下にいるガチョウはそんな彼に向かって、ガーガーと叫んでいる。裏庭からは薪を割る音が聞こえる。一体どれだけの時間が経ったのだろう。阿修羅はできたての蓮の料理を持って外に出てくると、帝釈天を屋上から下ろした。」【阿修羅】 「お前ほど面倒臭いやつは見たことがない。一日にどれだけ面倒を起こす気だ。」【帝釈天】 「阿修羅が作る蓮の料理はこんなにも美味しいのか!善見城の宮廷料理人でもこんな味のものは作れない!」【阿修羅】 「お前は普段飢えることなく、贅沢なものばかり食べてるせいだろう。今日はひもじい思いをしたから、こんな庶民の料理も美味しいと思っただけじゃないか?」【帝釈天】 「しかし阿修羅は辛い料理が好きだろう、どうして蓮の料理も作れるんだ?」【阿修羅】 「俺は辛口が好きだが、母上は普通の天人ようにあっさりとした甘口の料理が好きなんだ。母上が忙しい時、俺は母上の好みに合わせて料理を作った。そもそも、俺が辛口が好きなのは、血筋が違うせいだ。」【帝釈天】 「ここでは誰もあなたの出身を笑ったりしない。戦争や争いに悩まされる心配もない。死者は蘇り、時間を巻き戻すこともできる。どんな誤解も必ず解ける。悔しい思いは全て報われる。私と一緒に、ここで暮らそう、阿修羅。」【阿修羅】 「ここでずっと追い求めていた世界を見つけ出した、ほしいものは全て手に入れたと言うなら、どうして俺が必要なんだ?」【帝釈天】 「トウ利天神がどうして私達を作ったのか、まだ覚えているかい?天地は広いが、山や海で埋めることができる。しかしトウ利天神の寂しさは、埋めることができなかった。あなたがいなければ、私もいつかトウ利天神のようになってしまう。最初の罪を犯し、己の涙や血でできた海の中に倒れる。だからお願いだ、私の天国に残ってくれ。」【阿修羅】 「わざと馬鹿な真似をして、時間を稼いで、俺をここに残らせるつもりだったんだろう。」【帝釈天】 「ははは、幸い精神の海には昼夜の変化がない。正直に言うと、阿修羅はもう既にとても長い間ここに留まっている。」【帝釈天】 「もし昼夜の変化があったら、阿修羅を誤魔化すことはできなかったよ。」【阿修羅】 「……一体どれだけ経ったんだ?」【帝釈天】 「分からない、でも例え阿修羅が戻りたいと思っても、きっともう遅い。」【阿修羅】 「帝釈天。」【帝釈天】 「うん?」【阿修羅】 「ガチョウは生の蓮を食べない。今度嘘をつく時は忘れるな!」【帝釈天】 「なに?!それだけは嘘じゃない!信じてくれないなら、今すぐ小屋の鍵を外して証明してみせる!」【阿修羅】 「帝釈天!座れ!」【ガチョウ】 「ガーガー!」【帝釈天】 「うわああああ!!」【阿修羅】 「お前は一生屋上で暮らしたらどうだ。」こうして二人は蓮池が見える丘で暮らすようになり、過去の恩讐を全て捨てた。かつての終わりが見えなかった戦争は、別の世界で起こったことのようだった。トウ利天には春夏秋冬、昼夜の区別がない。時間は流れゆくけれど、何も変わらない。どんな素敵な夢もこれに勝ることはない。そしてこの夢は宇宙の終わりまで続く。帝釈天と阿修羅はここで数百年の静かな時を過ごしたが、それでもまだ一度も夕日を見たことはなかった。【阿修羅】 「ここではお前の願いは全て叶うのに、どうして簡単なことができないんだ?ふいごの使い方、蓮池で魚を採ること、レンコンを探すこと、ガチョウと仲良くすること。そして、素直に俺と話すこと。」【帝釈天】 「願いが全て叶うトウ利天にも、人々が想像すらできないことがある。例えば私には素直に話す私の姿が想像できない。トウ利天神には寂しくない自分の姿が想像できない。」【阿修羅】 「ここはトウ利天神の夢みたいなものだ。時々思うが、もし俺達の心にも境目、できない境界線が存在するなら、トウ利天神はどうだろう?天人一族を作り上げた彼の心は、思った通りに満たされたのか。それともまだ苛まれていて、長き月日の中で俺達に失望していくのか。」【帝釈天】 「神の御心は私達が推し量れるようなものではない。私達にできるのは、ただ楽しく生きていくことだけだ。彼が望む夢をできるだけ長く、できるだけ美しく維持し続ける。」阿修羅の言葉を証明するかのように、あっという間に、トウ利天の精神の海にも、次第に邪悪な魔物が出没するようになった。【天人】 「トウ利天神よ、どうして全知全能である神の血と涙が、このような邪悪な魔物を招くのです?」【トウ利天神】 「かつて神魔の戦いで、私は魔竜を殺し、全知全能の力を手に入れた。しかしその戦いの中、私は最初の罪を犯した。そして心が欠け、寂しさに侵された。この後私はトウ利天を創造して、あなた達を創り出した。そして今、戦いに負けた魔物達が再び襲ってきて、我が故郷と民を滅ぼそうとしている。」【阿修羅】 「トウ利天は偉大なる神の力に守られているのに、よそ者に侵された。天人の中に必ず、よそ者に協力する内通者がいるんだ。魔物と繋がっているのは、十天衆に違いない。しかし、魔物の狙いはトウ利天神だ。ならば魔物を打ち倒すことは、天人一族の務めに他ならない。」【帝釈天】 「ならば私達が、魔物を迎え撃とう。」天人一族はすぐに兵を集め、際限なく溢れる魔物との戦いに身を投じた。魔物は不滅の魂を持つ故、トウ利天神による浄化のみが一時の安息をもたらせる。魔物と繋がっている十天衆は罰されたが、海より現れる魔物は日に日に多く、強くなっていく。最後には、精神の海の中に、トウ利天神にも劣らぬ力を持つ魔竜ヴリトラが現れた。【ヴリトラ】 「トウ利天神、平和を偽る卑怯者!神魔の戦いの中、貴様は我が友であるかのように振る舞ったが、最後には裏切った!己が私欲のために、貴様はトウ利天を、天人を創り出し、彼らに偽りの愛を、偽りの平和を教えた!魂が欠けてしまった故、貴様は命に根差す不平等を消せなかった。全てはいつか必ず終わりを迎えるが、貴様は彼らに真相を教えなかった!貴様は気高く振る舞い、真面目くさった様子で全てを見届けた!」【帝釈天】 「邪竜ヴリトラ、トウ利天が今の状況に陥ったのは、全て貴様という邪悪な悪魔のせいだ!今こそトウ利天神に協力して貴様を倒し、トウ利天と精神の海を元の楽土に戻す!阿修羅、共に戦おう!」帝釈天と阿修羅は天人の軍隊を統べ、トウ利天神に加勢してヴリトラと戦った。戦いは百日も続いたあげく、ようやく魔竜を殺すことに成功した。【帝釈天】 「トウ利天神よ、どうか魔竜の魂を浄化し、トウ利天に再び平和をもたらしてください。」【トウ利天神】 「我が民よ、魔竜ヴリトラは私が浄化する最後の魔物になる。私はもうこれ以上浄化できない。ヴリトラの言う通り、私はあなた達を騙した。精神の海は、天人一族の不平等を消し去ることができなかった。善悪美醜は表裏一体だ。二つが一つになり、徹底的に一体化すると、残るのは、全知全能の寂しさのみ。私は最初の罪を犯した。私は友人を殺した。故に孤独に苛まれる。だがあなた達に孤独を味わわせたくはない。故に私は精神の海を創った。精神の海には、永遠の善をもたらすことはできない。ただ皆の悪を私が引き受け、代わりに私が悪に耐えるだけだ。全知全能の神の力を持っていても、我が心、我が魂は、最初から不完全なものなのだ。今となっては、私が引き受けた悪は爆発寸前にまでなってしまった。魔竜ヴリトラの悪念は私が浄化した。彼は私の友だが、彼を殺すのは二度目だ。私のヴリトラは死んでしまった、私に刃向かえる者はこの世からいなくなった。私は唯一無二の破壊神と化す。私が狂乱に囚われる前に、早く逃げなさい。」邪竜を退治した後、トウ利天神の悪念はついに爆発した。彼は精神感応の力を利用し、精神の海を汚した。美しい故郷は魔物の楽園と化し、天人一族はトウ利天を離れざるを得なかった。【天人】 「トウ利天は汚され、もう浄化できない!異界に逃げろ、そうすれば生き残れるかもしれない!」【阿修羅】 「精神の海、平和で美しい天国トウ利天には、そんな秘密が隠されているのか。帝釈天、トウ利天神はもうすぐ狂乱に陥る。時間がない、俺がここから連れ出してやる。帝釈天?帝釈天!」天変地異が起こった。暴走したトウ利天神は己が作ったものを全て破壊し、不気味な笑い声を上げた。四方から魔物の咆哮と天人達の悲鳴が聞こえる。全てはかつての戦争、深淵の獄の景色と重なった。混乱の中、焦る阿修羅は帝釈天の姿を探している。【阿修羅】 「帝釈天?帝釈天、どこに行った?答えろ!」しかし魔物は話せない。天人達もとっくに逃げた。ただ破壊神と化し、殺戮を尽くすトウ利天神だけがまだこの世界に残っている。【阿修羅】 「トウ利天神!目を覚ませ!教えろ、我が友は一体どこに向かった!」彼の問いかけを聞いて、トウ利天神は一瞬だけ正気に戻った。【トウ利天神】 「あなたか、まだ生きていたのか。我々の楽園はこんなことになってしまったが、あなたがいるから、まだ少しだけ希望が残っている。我が愛しき一族よ、これが私からあなた達への最後の贈り物だ。」正気を取り戻したトウ利天神は自害した。そして力を全て使い果たして、自分の魂を抉り出した。【トウ利天神】 「ヴリトラを浄化した時、彼の悪念と魂は私の魂と絡み合い、一つになった。今、魂が再び分かれる。」トウ利天神は融合した自分とヴリトラの魂を二つに分かち、間もなく彼の元を去る天人達に贈った。【トウ利天神】 「真っ白な欠片は、浄化の力を持ち、やがて心霊の子となり、平和をもたらす。真っ黒な欠片は、破壊の力を持ち、やがて闇の子となり、争いをもたらす。あなた達はここを離れた後、千年続く戦争に苛まれる。そして闇の子は、永遠の破滅をもたらす。いつか、心霊の子が闇の子に打ち勝ち、再び平和の楽園をもたらすことを願う。」そう言い残すと、トウ利天神は最後の力で故郷を浄化し、精神の海の揺らめく血と涙の中に倒れた。【トウ利天神】 「いつか、我が民が戻ってこれるように。我々は精神の海にて、再び楽園を築く……」いつもの静けさが戻った世界の中、トウ利天神の遺体は天に聳える巨大な座標のようだった。トウ利天の静かな水面で、何かを待っているようだ。阿修羅はそこを離れなかった。広い精神の海の中、帝釈天の姿はどこにも見当たらない。【阿修羅】 「帝釈天、一体どこに行ったんだ?そしてトウ利天神、お前は一体何を伝えたかったんだ?」トウ利天神の遺体に向かって歩き出した阿修羅は、頭を上げた。死んだはずのトウ利天神が突然彼に向かって目を開いた。阿修羅は、それは明らかに帝釈天の顔だということにやっと気づいた。【トウ利天神】 「阿修羅。皆もうここを去った。あなたも私の元から去っていくのか?」【阿修羅】 「帝釈天、先に去ったのは、お前だ。」全ては眩しい光に呑み込まれた。阿修羅はまた純白の虚無の中に戻った。帝釈天の姿のトウ利天神が目の前にいる。【帝釈天】 「阿修羅、ここだ!」【阿修羅】 「!」【帝釈天】 「阿修羅、さっき誰と話していた?あなたの元から去る?私がそんな残酷なことをするなんて、ありえない。阿修羅は乱暴に振る舞うけれど、実はとても繊細で、人を傷つけてしまわないか、いつも心配している。かつて一人だった時、阿修羅はいつも敵を殺すとすぐに去った。だから辺境に住む人々に、伝説だと思われた。翼の団に入った後、訓練の時も打ち上げの時も、阿修羅はいつも一番遠く離れた席に座った。そのせいで兵士達は、阿修羅様は近づき難い人だと言った。そんな阿修羅を、私が放っておくわけないだろう?例えば今のように、皆もう去っていったけれど…トウ利天はもう廃墟と死体しか残っていない場所になったけれど、それでも阿修羅だけは諦めずに、ここに残った。きっと私と同じように、悲劇の中に希望を見つけたんだ。そうだろう?阿修羅、私と共にトウ利天を立て直そう。私と共に再び天人一族にトウ利天を与えよう。かつての天国に戻り、天国の中で再会しよう。どんな絶望的な状況でも、阿修羅だけは絶対に諦めないと、知っているから。」【阿修羅】 「一体何の真似だ。」【帝釈天】 「ははははははは、いい質問だ。少しは勉強したかな、阿修羅?何せ昔のあなただったら、何も疑わず、何も聞かず、私の言うことを、いいことも悪いことも、全て受け入れていた!長年見てきたんだ、愚民どもが跪いて、私がトウ利天神の生まれ変わりだと、天域を救う真の神だと褒めそやす光景を。いつもこう思ってしまうんだ。彼らは本当に阿修羅のように、愚か極まりない虫けらだと。そして思わずこう考えてしまう。あの時、暴虐なあなたが戦場で殺戮を繰り返していた時、私達の姿を目にした瞬間、同じことを考えていたんじゃないかって。道理でいくら止めても、あなたは聞く耳を持たず暴力に溺れていくわけだ。皆を見下すのは、これほど気持ちの良いことだったのか!しかしどんなに素晴らしい芝居でも、観客としての虫けらがいなければだめなんだ。だから鬼域にトウ利天を降臨させよう。あの虫けらたちに、私達の足元に平伏す栄誉を与えよう。その時はあなたがいくら殺しても、止めはしない。むしろあなたと共に、この素晴らしさを噛みしめる!」【阿修羅】 「全ては、最初から、お前の幻境だったのか?」【帝釈天】 「阿修羅……どうしてそんな風に言うんだ?私達の絆は、共に過ごした時間は、全て偽りだったと言いたいのか?私は約束を守ったのに、ずっとあなたのそばにいるのに!そうだと言ったらどうする?こんな私こそが、あなたが最も欲している友人ではないのか?私の嘘は、あなたが最も欲している約束ではないのか?私の幻境は、あなたが最も欲している夢ではないのか?夢を紡ぎ続ける機会を与えたのに、なぜどうしても目を覚まそうとする?」【阿修羅】 「帝釈天、お前は間違った。この夢を必要としているのは、お前の方だ。夢に溺れたがっているのは、いつだってお前の方だった。」【帝釈天】 「阿修羅、許してくれ。私が弱すぎたんだ。あなたのような強さを持たないのに、身の程知らずに夢を叶えようとした。私達は共に夢を叶えると約束した。だからあなたは今回も私を助けてくれる、そうだろう?私の阿修羅よ、本当の私が知りたいんだろう?分もわきまえずに、私の後ろにある鎖を断ち切ると言っただろう?今ならはっきりと見えるか?私を縛る鎖も、あなたを縛る鎖も、天人の手の中にあるんだ!今回は、私達が彼らに罰を与えよう。彼らを蹂躙し、真の天国を築こう!阿修羅、どうか残ってくれ。私と共に、トウ利天の無垢な天国を、今もう一度降臨させよう!」 |
破淵
破淵 |
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……深淵の獄、天人の要塞 阿修羅が帝釈天と共に幻術の中に消えた後、巨大な法陣は止まることなく迫ってきて、石崖を押しつぶし、魔神と天人の軍隊は揃って崖底に叩き落とされた。【小白】 「あの巨大な目のような法陣、恐ろしいです!今も上から小白達を睨んでいます!」【源頼光】 「あれは睨んでいるだけではない。あれが落ちてきてから、私達の移動速度も、攻撃に込められる力も、全て抑えられている。ちょっとでも油断したら、目がかすんで、味方を敵だと思い込んでしまう。」【晴明】 「このままではまずい。小白、源頼光、二人は一旦戻って、私と共にあれに抵抗するための結界を張ってくれ!」【小白】 「はい、セイメイ様!」三人は力を合わせて結界を張ったが、あまり効果がないようだ。魔神も天人も精神操作の干渉を受け、敵味方関係なく殺戮を始めた。【鬼切】 「だめだ、こいつらはもう敵と味方を区別できない!」【小白】 「あれ?鬼切さんはいつ正気を取り戻したんですか!」【鬼切】 「さっき法陣が迫ってきた時、皆を守るために、俺は力を解き放った。しかし、これ以上戦っても意味はない。全ての兵力を、守ることに集中させるべきでは?まだ正気を保てている者は、全員結界の中に入れ!鬼兵部、結界の外で中の人を守れ!」しかし激戦を終えてすでにボロボロの鬼兵部は、あっという間に狂った魔神と天人達に倒され、結界は崩壊寸前になった。【鬼王酒呑童子】 「烈火梵天!」崩壊した結界の境目に烈火の障壁が現れ、倒された鬼兵部の代わりに狂った兵士達を阻んでいる。【鬼王酒呑童子】 「今は俺様の炎に頼るしかねえな。このまま消耗し続けても意味はない。出口は上だ、上に行くしかない。」【燼天玉藻前】 「簡単に言うな、あの目が障壁のように出口を塞いでいる。」【煉獄茨木童子】 「地獄の手!」鬼手が地中から現れ、皆を高く掲げた。【煉獄茨木童子】 「すまない、この高さが限界だ。」【鬼王酒呑童子】 「謝る必要はない。少なくとも当分は安全だ。晴明、もう結界を張る必要はねえ。お前ら、法陣を突破できないかやってみろ!」……その頃、帝釈天の幻境の中【帝釈天】 「阿修羅、一体何をためらっている!これがあなたの欲しかったものではないのか?私達は共にあの丘の上の、扉の前に蓮池がある小さな家に住んでいる。血筋のせいであなたを憎む人はいない。私の弱さをを嘲笑う人もいない。戦争も死も存在しない。私達は家族や友達と共に過ごし、永遠に別れは来ない。そう、永遠に別れなくていいんだ!他人の願いも、要求も、全部無視していい。あなたが望めば、誰でも永遠にあなたのものになる!彼らを殺して何が悪い?彼らを裏切って何が悪い?あなたが望む限り、彼らは必ず蘇って、あなたを許す!何度も何度でも!あなたが私の計画に加わり、私と共にトウ利天と精神の海を繋げ、鬼域に降臨させてくれれば……そうすれば、辛い過去は消える。あなたが望めば、誰にでもなれる。そこに留まれば、いつかきっと、あなたの一番嫌いな魔神に成り下がってしまう!」【阿修羅】 「帝釈天、お前はいつの間に、自分を騙すのが上手くなったんだ?トウ利天にいた時も、天人一族はトウ利天神が望んだような平和を好む者達ではなかった。トウ利天を離れた後、トウ利天神が心配していたように絶滅に瀕したこともなかった。それは、トウ利天神は最初から間違っていたことを証明した。彼は自分の創造物を理解していなかった。精神の海のような揺り籠も、トウ利天神の庇護も、彼らは必要としていない!」【帝釈天】 「神の庇護が必要ないだと?鬼族に、一族の者に、家族に殺された人々に聞いたことはあるか!死にかけている人の精神の中に入り、彼らの考えを聞いたことはあるか?彼らは…皆神に祈りを捧げていた。どうか奇跡を起こし、彼らを守ってくれと祈っていた。あなたは自分こそが彼らの切望する神だと勘違いしていないか?違う!全ての人々を救える英雄など存在しない。あなたは天人一族の英雄、私の英雄だ。しかしあなたも、所詮はただの凡人に過ぎない!でもトウ利天にはできる…精神の海の力を借りれば、私達は一気に天人、鬼族、そして魔神をも浄化し、生きとし生けるものを救うことができる!もちろん、あなたのことも浄化できる。阿修羅、あなたはずっと狂気に苛まれているのだろう?いつも、母親を殺してしまったことを悔んでいるのだろう?その時、狂気に苛まれることはなくなる。その後、一緒にあなたの母上に謝ろう。きっと許してもらえるはずだ!」【阿修羅】 「許して欲しくなどない!彼女の最後の言葉が教えてくれた。彼女は一度たりとも俺を責めたりしていない。俺を許せなかったのは、俺自身だ!しかし長い時間をかけて、俺も自分を許すことを学んだ…お前が俺に、自分を許すことを教えてくれた!帝釈天、分かったか?俺はもう前に向かって歩き出した。お前だけが、そこから動けないでいる。天人一族は既に、トウ利天から遠く離れた。もう引き返す理由はない!」【帝釈天】 「それでも私は引き返すと言ったら?」【阿修羅】 「ならば帝釈天、お前はもうお前の一番嫌いな暴君になってしまった。」【帝釈天】 「ならば、私は暴君になるしかない。」……深淵の獄【晴明】 「だめだ、この法陣に何をしても効果がない。どんな攻撃も吸収されてしまう。」【小白】 「まずいです、さっき吸収された攻撃がそのまま跳ね返されました!セイメイ様、危ない!」【晴明】 「小白!」小白は反射された攻撃を受け、鬼手の上から深淵に落ちてしまった。【煉獄茨木童子】 「鬼手もこれ以上持ちこたえられない。」法陣の突然の反撃を受け、鬼手はついに持ちこたえられなくなり、皆も次々と深淵に落とされた。【燼天玉藻前】 「晴明!どこにいる?」【晴明】 「う!」【燼天玉藻前】 「退け!汚らわしいやつめ!」【鬼切】 「全員くたばれ!」【源頼光】 「目を覚ませ、鬼切!今は仲間割れしているる場合ではない!」【鬼王酒呑童子】 「ごほん、結局、命をかけるしかねえのか?」【煉獄茨木童子】 「少し悔しいけれど、最後まで友と肩を並べて戦うことができた、悔いなどない!」天人の兵士と魔神は殺戮を止めることなく、一挙に押し寄せてきて、皆の姿はすぐに覆い隠された。……帝釈天の幻境の中【帝釈天】 「あなたの軍勢は全滅した。協力者も谷底に落ちてしまった。あなたはもう負けたんだ、阿修羅!暴君の私はどうだ?」【阿修羅】 「何度繰り返されても嘘は嘘でしかない。皆を騙し通すことさえできれば、嘘も真実になるとは思っていないだろうな?」【帝釈天】 「ならば教えてくれ、何が真実なんだ?」【阿修羅】 「真実はいつでも目の前にある。お前はそれを見ようとしなかっただけだ、帝釈天!」激しい黒炎が阿修羅の胸の中で渦巻いている。そしてついに阿修羅の胸から噴き出した。【帝釈天】 「何をする気だ?」【阿修羅】 「この偽りの嘘を燃やし尽くし、お前に世界の本当の姿を見せてやる。はあああ!」阿修羅の額にある天眼が開いた。天眼が注視する中、幻境が崩壊し始め、本当の戦況がようやく白日の下に晒された。【小白】 「一体どういうことです?小白はセイメイ様の身代わりになって、鬼手から落ちたのでは?」【晴明】 「私は小白の後を追って飛び降りたが、魔神に阻まれて皆が火の海に呑み込まれるのを見ていることしかできなかった。」【燼天玉藻前】 「こっちはその真逆だ。晴明は魔神に殺されたが、私は晴明のそばに行くことすらできなかった。」【鬼切】 「俺も皆が死んだ光景を見届けたあと、狂乱に陥って殺戮に身を任せた……」【源頼光】 「皆自分こそが唯一生き残った者だと思い込んで、復讐を始めたが、実はその手で仲間を殺していたのか。緊急状況でなければ、本当にこの幻術を徹底的に分析したいところだ。恐らく、あの法陣の攻撃は跳ね返された陰陽道だけではない。同時に新しい幻術を仕掛けてきたはずだ。我々の防御が弱かったせいで、術にかかってしまった。」【鬼王酒呑童子】 「よく見ると、鬼手はどこも壊れてねえな。」【煉獄茨木童子】 「私にもよく分からない、ただ妖力が揺れて……おそらく、この全ては、現実では一瞬で起きたことだ。」【鬼王酒呑童子】 「どうもこうもねえ、上の阿修羅はやり遂げたはずだ。全員降りろ、殺戮の時間だ。」帝釈天の幻境は崩壊していく。帝釈天の幻影も崩れ始め、形を保てなくなった。漆黒の炎が次第に燃え盛り、聖なる白い光を少しずつ押さえていく。そして最後になると、残ったのは阿修羅を見つめる紺碧の目だけだった。【帝釈天】 「阿修羅、光は全て偽りで、一時的なものだと言いたいのか?果てなき闇こそが真実で、未来永劫まで続くものだと言いたいのか?」【阿修羅】 「光あるところには闇がある。天と地の間には、俺とお前、そして万物があるのだから。帝釈天、お前が認めても認めなくても、これが真実なんだ。」【帝釈天】 「納得できない。阿修羅は帝釈天に背を向けた。炎は彼の後ろでもう一度、懐かしい六本の触手に姿を変えた。二人の上空で、巨大な天眼が烈火に焼き尽くされた。」【阿修羅】 「ならば帝釈天、俺はこの炎を、お前の目の前まで持っていく。」偽りの光は消え、灼熱の闇が押し寄せて来て、帝釈天の法陣を全て呑み込んだ。白い光が消えると、魔神は再び元の世界に戻り、正気を取り戻した。【魔神】 「きっと阿修羅様が勝ったんだ!この絶好の機会を見逃すな、天人どもを殺せ!」【天人の兵士甲】 「例え貴様らと一緒に深淵に落ちることになっても、絶対にここからは出さない!死ね!ぐあ、胸が!これは……」真っ赤な触手が空から伸びてきて、槍のように天人の兵士達の胸を貫いた。阿修羅は幻境を抜け出し、再び空に現れた。【阿修羅】 「もう一度言う、邪魔する者は、皆殺しだ!」【魔神】 「はっ!阿修羅様!殺せ!殺せ!」阿修羅の帰還は士気を大いに鼓舞し、魔神軍は破竹の勢いで天人軍の残党を制圧した。【源頼光】 「何度も繰り返して、もう嫌になった。」【鬼王酒呑童子】 「「源氏の当主」は何かいい考えでもあるのか?」【源頼光】 「晴明が鬼王の宴のあとに「鬼王様」に託した、雲外鏡の欠片はまだ持っているか?」【鬼王酒呑童子】 「茨木童子がなくしたりしていない限りはな。」【源頼光】 「……」【煉獄茨木童子】 「友より託されたものをなくすはずがない!しかし源頼光の言葉に信憑性はあるのか?」【源頼光】 「渡さないならそれはそれでいい。玉藻前、あなたも一つ欠片を持っているはずだが?」【晴明】 「何をするつもりだ?」【源頼光】 「浄化だ。」【晴明】 「もしそんなことができるなら、なぜ今まで使わなかった?」【源頼光】 「分かっているくせに。」【煉獄茨木童子】 「ふん、受け取れ!」【小白】 「茨木童子様、そんなに乱暴に投げてはだめですよ!ヤマタノオロチの妖力に汚染された雲外鏡の欠片は極めて危険です!ちょっとしたことで爆発するかもしれませんよ!」【源頼光】 「そう、あれを爆発させる。」源頼光は三つの欠片を受け取ると、そのまま陰陽道で起爆させ、深淵の敵陣の中に投げ入れた。【源頼光】 「深淵の封印は非常に強いが、だからこそ逆に「浄化」に向いている。皆、崖の上で会おう!次の瞬間、源頼光は折鶴を呼び出し、鬼切を連れて遠くへと飛んで行った。」【鬼切】 「これのどこが……浄化だと言えるんだ………!源頼光……!」【煉獄茨木童子】 「逃げ足が早いな。」【小白】 「冗談を言っている場合じゃありませんよ!ここはもうじき崩れます、早く逃げてください!」【魔神】 「皆、逃げろ!」耳をつんざく爆音がしたあと、数人は魔神の大軍と共に深淵を抜け出し、再び太陽の光を拝んだ。その時、夜はもう既に明けていて、数百年もの間太陽の光を見ることができなかった魔神達は思わず感涙を流した。【魔神】 「深淵では日差しが差し込むことすらない。また太陽が拝めるなんて、思ってもみなかった!やっと自由になったんだ!」【小白】 「あれ、途中いなくなっていた迦楼羅様もここにいらっしゃいますね。」【迦楼羅】 「そんなことはない。ただ高く飛んでいたから、見えなかっただけだ。」暁光の中、阿修羅が何事もなかったかのように皆に近づいてきた。【阿修羅】 「俺はどのくらい消えていた?」【迦楼羅】 「1時間くらいです。」【阿修羅】 「あの平和な百年が、たったの一時間か…」【迦楼羅】 「百年ですか?」【阿修羅】 「帝釈天の幻境の中、俺は伝説の故郷トウ利天を見た。そしてそこで彼と共に百年の時を過ごした。トウ利天の精神の海では、天人一族が戦争や飢饉に悩まされることはない。階級も貧富の差も存在しない。しかし現実では、それも戦争の策略の一つでしかない。帝釈天が敵を粛清するために使った武器と全く変わらない。迦楼羅、教えろ、お前は何度も俺に殺されかけた。死にそうになった時、お前はいつも何を考えた?神の助けがほしいと思うことはあったか?」【迦楼羅】 「それは……おそらく知らず知らずのうちに神に頼んだことはあるかもしれません。しかし冷静になったら、神に頼むより、自分が神になるほうが爽快で気持ちいいと思うようになります。例え神に助けられても、私が感謝するとは考えにくい。むしろ欲張って、神に取って代わろうと企むでしょう。」【阿修羅】 「確かにお前らしいな。」【迦楼羅】 「それに人助けはなかなか難しいです。方法や態度を間違えると、人助けができても、感謝はされません。例えばこの私のように。」【阿修羅】 「お前が人助けするのか?」【迦楼羅】 「例えばの話です!」【阿修羅】 「聞いたか、帝釈天。お前の計画はうまくいかない。そして感謝されることもない。それでも、その度し難い頑固さを以て、人々を救いたいのか?」善見城の王宮、玉座に座る帝釈天は目を閉じたまま笑った。【帝釈天】 「ああ。それでも、私は救うのだ、阿修羅。」阿修羅の名が玉座の下で跪いている天人の将軍達の耳に入ると、彼らは驚いて頭を上げた。【帝釈天】 「これより、善見城の警備を固め、天魔阿修羅軍を迎撃する準備を整える。全員に伝えろ、油断はできないと。」【天人の将士甲】 「準備は全て整いました。必ずや命をかけて善見城を守り抜いてみせます!」【帝釈天】 「ご苦労。蘇摩、近衛兵を連れて善見塔の入り口を守れ。毘瑠璃、善見塔の前にある詰め所に行って、善見塔へ通じる道を守れ。」【毘瑠璃】 「はっ!必ずやご期待を裏切らないよう、使命を果たします!」【蘇摩】 「……はい。」【帝釈天】 「この布陣で問題ないだろう。客人は手厚くもてなさなければ。どうせ最後になったら、あなた達はあの人を止められない。そうだろう、阿修羅。」 |
前夜
前夜 |
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深淵を出ると、魔神軍は士気が高揚して、驚異的な速度で善見城までやってきた。【魔神】 「阿修羅様がいてくだされば、善見城を攻め落とすなんて楽勝だ!一気に中に攻め入るぞ!我々は真の自由を手に入れる!」【阿修羅】 「迦楼羅、何人か選んで、善見城に潜入し善見塔の近くの兵力を調べろ。」【迦楼羅】 「善見塔ですか?神殿ではなく?」【阿修羅】 「善見塔は天域の結界を維持する要だ。霊力が流れつく場所でもある。帝釈天が神殿にいるはずはない。戦争が始まれば、あいつは必ず善見塔の上にある宮殿に現れる。」【迦楼羅】 「深淵の崖からも見えるあの白い塔のことですか?しかしそこまで高く飛ぶと、すぐ気づかれますよ。」【晴明】 「私が金翅鳥一族に姿を隠す術をかけよう。そうすれば、陰陽道に通じる者以外は、君たちを見つけられないはずだ。」【迦楼羅】 「それでは部下と共に様子を確かめてきます。」迦楼羅は金翅鳥の精鋭部隊を連れ、姿をくらませて、善見城の上空に飛んできた。【金翅鳥甲】 「迦楼羅様、城近くにある拠点と軍営は全て、位置も兵力も調べつくしました。」【金翅鳥乙】 「しかし天候があまりよくありません。黒い雲が宮殿を取り巻いています。いつ雷や雨になってもおかしくありません。」【迦楼羅】 「ふん、この様子だと、何が落ちてくるか分かったもんじゃないな。行くぞ、暗雲の中心にある白い塔を調べる。」金翅鳥軍が善見塔の近くまでやって来た。善見塔は美しい白い玉のようで、雲の中心に高く聳えている。【迦楼羅】 「やはり、この善見塔の周りにも結界が張られている。」【金翅鳥甲】 「皆と一回りして調べました。ここは六つの結界に囲まれていて、塔はちょうどその中心に建てられています。」【迦楼羅】 「分かれて六つの結界に向かえ。私が指示を出すと同時に矢を放て。」しかし矢を放っても、術を使っても、善見塔の外にある六つの結界は必ずそれを全て吸収する。【金翅鳥甲】 「迦楼羅様、攻撃を続行しますか?」【迦楼羅】 「……まずい、全員避けろ!」法陣に吸収された矢と術が突如結界の中から跳ね返され、金翅鳥達を襲ってきた。【金翅鳥乙】 「危なかった!」【迦楼羅】 「あの六つの法陣は、攻撃を跳ね返すことができる。深淵の獄のあれと同じだ。全員戻るぞ、これは我々がどうにかできるものではない。」金翅鳥達が陣地に戻った後、迦楼羅は阿修羅に法陣のことを報告した。【迦楼羅】 「この法陣は深淵のものと同じです。空を飛ぶ我々でなければ、恐らく道に迷い、善見塔の入り口に辿り着くことすら叶わないはずです。結界の外には、たくさんの兵士が駐屯しています。数だけなら善見城にも負けません。ど派手に暴れると気づかれる恐れがあるので、一旦戻ることにしました。」【阿修羅】 「善見塔と深淵の獄は表裏一体のようなものだ、同じ法陣を使っていてもおかしくはない。この法陣は既に一度破壊した。もう一度破壊することも、きっとできる。」【鬼切】 「しかしこの六つの法陣の本質は力の輪廻で、深淵とも繋がっている……深淵の法陣が破壊された以上、この輪廻も破綻を迎えるべきでは?」【源頼光】 「トカゲの尻尾切りと同じだ。尻尾を切られても、残りの部分はまだ生きている。もしかするとそれだけではなく、我々が深淵の獄の法陣に注ぎ込んだ力も、この法陣に取り込まれたのかもしれない。法陣の主は手を煩わすことなく、取り込んだ力を使えばいい。」【鬼王酒呑童子】 「今一番肝心なのは、善見城に攻め入ること、その次は善見塔の防衛軍だ。この二つを乗り越えた先には法陣が待ち構えている。善見塔にも仕掛けがたくさんあるだろう。突破するだけなら難しくはないが、頂上に辿りつくのはきっと骨が折れる。」【煉獄茨木童子】 「友が言いたいのは、帝釈天の行動の狙いは、時間稼ぎだということか?彼の善見塔には、我々を全滅させることができるほどの宝物が隠されているのか?」【阿修羅】 「宝物かどうかは分からないが、切り札であることは間違いないだろう。」【晴明】 「阿修羅様はすでに心を決めたようだ。では帝釈天とその切り札と対決するとなれば、阿修羅様に勝ち目はどのくらいある?」【阿修羅】 「十割だ。俺が勝てないなら、この世にやつに勝てる者はいない。」【晴明】 「では、敵軍を撃破する役目は私と鬼王達に任せて、阿修羅様は力を温存してくれ。善見塔の頂上へ通じる道は私達が切り開く。」【煉獄茨木童子】 「陰陽師、我々を巻き込む気満々だな。」【鬼王酒呑童子】 「異議はねえが、条件はある。」【阿修羅】 「何の条件だ?」【鬼王酒呑童子】 「一緒にここまで戦ってきて、それなりに苦労した。で、お前の口から聞きたい。帝釈天は、一体何のために霊力を集めている?」【阿修羅】 「……帝釈天の本当の目的は、異界にある天人一族の故郷トウ利天を召喚し、この世界に降臨させることだ。トウ利天が一度降臨すれば、この世界に生きるありとあらゆる生き物、人間も天人も鬼族も、全てトウ利天に浄化される。悪念は消え去り、肉体は捨てられ、皆の精神は精神の海で繋がり、一つになる。まさに、池の水に揺蕩う、同じ根を持つ蓮のように。」【燼天玉藻前】 「ふふ、これは協力するしかないな。人を殺したくても殺せず、逆に人間と一つになるのはまっぴらごめんだ。」【小白】 「今回は小白も玉藻前様に賛成します。」【阿修羅】 「ならば法陣を突破する役目はお前らに任せる。全員に伝えろ。今夜は四つの部隊に分かれ、それぞれ善見城の四つの城門の外で夜を過ごす。軍の動きは結界で隠す。夜が明けたら善見城を攻め落とす!」翌日の朝、四つの部隊が善見城の四つの城門の前に集結した。善見城の天人の軍隊も既に城門に集い、静かに交戦を待ち構えている。【阿修羅】 「太鼓が鳴ったら、魔神軍の精鋭は先陣を切って、敵陣に切り込んで天人を蹴散らせ。兵力が分散したら、後ろの部隊は三つの方向から敵を囲め。敵に包囲網を突破させるな。城門を破壊する役目は、鬼兵部に任せる。城に侵入した後、全員城の中心にある善見塔の前で合流する。」【魔神の将校】 「はっ!必ずや阿修羅様のご期待に応えてみせます!」【阿修羅】 「太鼓を鳴らせ!」善見城の四つの方向から太鼓の音が鳴り響く。魔神の前衛軍は、放たれた矢の如く天人の軍隊目掛けて突進し始めた。【天人の将校】 「やつらを止めろ!魔神を城の中に入れるな!」【天人の兵士甲】 「命と引き換えにしても、善見城を守り抜くぞ!」【天人の兵士乙】 「天人一族のために!帝釈天様のために!」【魔神】 「くたばれ!卑怯な天人ども!全部お前らのせいだ、俺達がこんな姿になっちまったのは!」【魔神の将校】 「皆、復讐の時間だ!善見城を攻め落とせ、やつらに血の罰を与えろ!」【魔神】 「血の罰を!血の罰を!」【天人の兵士甲】 「うわああああ!!」【天人の将校】 「しまった、陣形が崩れた。」【魔神の将校】 「今だ、行け!」隠れていた魔神が一斉に結界に押し寄せ、天人軍を中に追い込む。【天人の将校】 「敵軍がこんなにも多いとは……囲まれてしまった。逃げる場所は後ろにある城門だけか。これは我々の手で城門を開かせる気だ。さもなくば死ぬことになる、か?ふん、させんぞ!例え今日ここで戦死しても、城門は決して開かぬ!うわあああ!」鬼兵部が混乱に乗じて敵陣に切り込んだ。彼らにぶつかると、周囲の魔神も天人も例外なく吹き飛ばされる。侍の姿の鬼兵部達が、真っ直ぐに城門に迫ってきた。【源頼光】 「意地だけはあるようだ。しかしそれに見合う実力が備わっていないと、ただの虚言でしかない。」【天人の将校】 「打て!全員弓を構えろ、下に向かって矢を打て!」【魔神】 「うわ!矢が!おのれ、天人め、俺様の盾となり、仲間の矢に打たれて死ぬがいい!」【天人の兵士乙】 「たす……けて……」魔神軍は皆盾代わりに天人の兵士を掲げ、攻撃を防いだ。【天人の兵士丙】 「うわあああ!」【魔神の将校】 「城門の閂はもう破壊した!しかしなぜ開かない!」【源頼光】 「鬼切!中に入って様子を確かめなさい。」鬼切は城門の内部に飛び降りると、城門のところで光を放つ巨大な封印を見つけた。」【天人の兵士丁】 「これは結界閂だ、帝釈天様の手によるものだぞ。貴様らのような悪鬼には、絶対に解けない!」【鬼切】 「解けないと言うなら、断ち切るまでだ!」鬼切は全力で本体の刀を振り下ろし、扉の封印を断ち切った。すると結界が粉々に砕け、同時に城門も鬼兵部に突破された。四つの城壁の結界閂が同時に壊れ、魔神軍は善見城の中に侵入することに成功した。【迦楼羅】 「長年を経て、まさかもう一度この善見城を目にすることができるとは。」【阿修羅】 「迦楼羅、計画通りに動け。」【迦楼羅】 「はっ!」阿修羅が軍を率いて、合流するために善見塔に向かっている時、迦楼羅は金翅鳥部隊を連れて一足先に善見塔の下にある護衛所まで飛んできた。【迦楼羅】 「火薬に火をつけて投げるぞ!」【金翅鳥】 「はっ!」【天人の兵士甲】 「うわあああ!空から攻撃が!」【天人の兵士乙】 「上だ!金翅鳥一族はまだ生き残っていたのか?」【迦楼羅】 「はははは!驚いたか、貴様らの法陣は地面にいる兵士を阻むことはできるが、空を飛ぶ我々には効かない!」【蘇摩】 「うろたえるな!これは金翅鳥がよく使う攪乱の策に過ぎない、火薬が尽きればすぐに撤退する!歩兵隊は列に並び、騎兵隊は馬に乗れ!魔神軍を迎え撃つ用意を!」【迦楼羅】 「お前だったのか。昨日はちっとも気づかなかった。知っていたら挨拶だけでもしていたのだがな。」【蘇摩】 「魔神軍は善見城の守備に詳しいようだけれど、それはあなたが調べたからでしょう。やはり阿修羅様に帰順したのね。」【迦楼羅】 「そんなに怖がるな。既に話を通してある、阿修羅様は今日は手出ししない。」【蘇摩】 「仮に阿修羅様が自ら先頭に立っても、今日は簡単に見逃すことはできない。妹の毘瑠璃が塔を守っている。誰が来ようと決して塔には近づかせない!」【迦楼羅】 「はははははは!お前たち姉妹は、相変わらず騙しやすいな!お前の言う通りだ、この迦楼羅は確かに命令に従い攪乱しに来た。でも気が変わった。阿修羅様は乱暴者だし、お前と戦わせるのは忍びない。やはりここはこの迦楼羅が相手をしてやる!」迦楼羅が率いる金翅鳥の部隊は、急に進行方向を変え、蘇摩の騎兵隊に襲い掛かった。【蘇摩】 「矢を放て!」善見城の軍隊と比べ、瑠璃城の軍隊の弓術は段違いに上で、同時に三本の矢を放つことができる。瞬く間に、数人の金翅鳥が矢を受け、空から落ちた。【金翅鳥】 「迦楼羅様はなぜ急に考えを変えたのです?我々の少ない人数では、真正面から戦っても勝ち目はありません。」【迦楼羅】 「考えを変えてはいない。彼女が策に乗らないからもう一度カマをかけただけだ。攪乱作戦を続行し、敵を四つの方向に誘導するぞ。主力部隊はもうすぐ来るはずだ。そっちに誘導すれば、法陣を守る者はいなくなる。」【金翅鳥】 「さすがは迦楼羅様です。」【迦楼羅】 「ただし、あの首領は俺の獲物だ。」【金翅鳥】 「はっ!」金翅鳥一族は命令に従い蘇摩軍の上空を飛び交い、わざと目立つように善見塔の周りを三周回った。金翅鳥達は強攻作戦を実行する振りをして、ぎりぎりの距離を維持しながら外に飛んでいく。【迦楼羅】 「どこに行く気だ?お前の相手はこの俺だ。戦わないならお前の妹に会いに行くぞ。」【蘇摩】 「卑怯者!食らえ!」迦楼羅は速度を落とし低空を飛びながら、挑発し続け、蘇摩が追撃するように誘導している。【迦楼羅】 「なぜそんなに私のことを憎んでいる?別に何かしたわけでもないのに。竜巣城と瑠璃城は仲のいい隣人のようなものだ。それなのにどうして挨拶もなしに殺しに来る?」【蘇摩】 「瑠璃城は貴様のような恥知らずの輩を隣人だとは思っていない!」【迦楼羅】 「何だ、それが命の恩人に対する態度か?」【蘇摩】 「命の恩人?瑠璃城を陥落させ、瑠璃城の民を傷つけた輩が恩人だと!そのうえ、私の唯一の妹毘瑠璃に傷を負わせ、私を魔の巣窟のような竜巣城に閉じ込めた。一体何の恩がある!?」【迦楼羅】 「魔の巣窟だと?それは聞き捨てならないな。竜巣城も瑠璃城も、十天衆の命令で建てられた城だ。瑠璃城に劣るはずがない。」【蘇摩】 「出鱈目を!」【迦楼羅】 「信じるかどうかはお前の勝手だが、最初は竜巣城も辺境の拠点の一つに過ぎなかった。向こう側の天人の砦みたいにな。援助もなかったから、色んな場所で頭を下げて食料を分けてもらった。そして最後は天人の貧民や落ちこぼれた鬼族の居場所になった。ある日突然、十天衆から資金を渡されて、竜巣城の修繕を言い渡された。俺はただ言われた通りにしただけだろう?」【蘇摩】 「算盤尽くでしか動かない十天衆があなたに施しを?十天衆に何の得がある?」【迦楼羅】 「十天衆は得しかしない。お前は鬼族が望んで天人と戦っていると思っているのか?瑠璃城だって辺境にある。そこら辺の村や町くらい見たことあるだろう。そこでは天人と鬼族が、平和に暮らしていた。だが十天衆はそんなことは許せない。俺達鬼族に辺境を襲わせ、争いを引き起こした。天人の血を鬼族に汚さないためにな。」【蘇摩】 「天人と鬼族の戦争が、まさかそんな……まさか、あの時瑠璃城にやってきて、私を騙した天人の商人達は……」【迦楼羅】 「そのまさかだ。十天衆はお前と瑠璃城を目の敵にしていた。城主を言いなりになるやつに変えようと企んでいたんだ。お前ら姉妹を裏で始末し、阿修羅のしくじりにする算段だった。あいつらは、ただ伝令として来ただけだった。だが俺は惜しいと思った。お前は綺麗だし、十天衆のせいで死ぬのは勿体ない。幸いあの頃の竜巣城はもう昔と違って、十天衆も簡単には動かせなかった。そこで俺は考えた。お前と組むのはどうかと。瑠璃城と竜巣城は近いし、瑠璃城には城主が二人もいる。俺に嫁がないか?そうすれば俺達三人はもう十天衆の顔色を伺わなくていい。どうだ?」【蘇摩】 「ふざけるな!この蘇摩、例え死んでも、自分がのし上がるために戦争を起こし、同胞を殺すようなゲス野郎になど嫁ぐものか!」【迦楼羅】 「やれやれ、似たようなことを帝釈天がしたら天人の王になれて、阿修羅がしたら瑠璃城の英雄扱いされるのに。十天衆のことすら悪く言わないのに、俺のことだけ悪く言うな。安心しろ、俺はちょっとしくじっただけだ。阿修羅と帝釈天が相討ちになったら、俺は竜巣に戻って仕切り直し、善見城を手中に収める。そしたら部屋を綺麗にして、お前を嫁に迎える!」【蘇摩】 「寝言は寝て言え!くらえ!」蘇摩が弓を構えて黄金の矢を放ち、迦楼羅の翼を撃ちぬいた。矢尻には鉤が、矢筈には須摩の馬に結び付けた糸が付いている。【迦楼羅】 「何だ?」【蘇摩】 「はい!」馬が反対側に走り出し、迦楼羅を引っ張り倒し、地面に引きずる。蘇摩が馬に乗り、矢を三本構えて迦楼羅に向けた。【迦楼羅】 「殺す気か!」【蘇摩】 「あなた相手に、情けは無用!」【迦楼羅】 「この糸はなぜ切れない?このまま引き抜くか。俺の羽はなかなかの代物だ、お前にやろう。」矢は迦楼羅に引き抜かれ、数枚の羽を引っ掛けて、蘇摩の手元に戻った。蘇摩に矢を撃つ余裕を与えず、迦楼羅は再び空に飛んだ。【迦楼羅】 「この迦楼羅様からの愛のしるしだ、ちゃんと受け取れ。身だしなみを整えて、俺が娶るのを待っていろ!」【蘇摩】 「逃がすか!」【源頼光】 「そこまでだ、瑠璃城の城主。」【蘇摩】 「あなたは……」【源頼光】 「金翅鳥は陽動だ。本隊はすでに城で合流した。」【蘇摩】 「あいつ……また騙された。」……善見塔七階、監視塔【毘瑠璃】 「姉様は破れました。今善見城を守ることができるのは、我々だけです。」【阿修羅】 「お前が?身の程知らずが。」【毘瑠璃】 「何だと?衛兵は?私に続け、迎撃だ!」しかし監視塔の衛兵は阿修羅に全く歯が立たず、すぐに霊神体の触手に倒された。【阿修羅】 「帝釈天の居場所を教えろ、そうすれば見逃してやる。」【毘瑠璃】 「教えるものか!帝釈天様は天人一族の救世主。広い心を持つ慈悲深い帝釈天様が、全ての者を救う!」【阿修羅】 「全ての者?お前らが負けると知りながら、ここに残したのに?」【毘瑠璃】 「帝釈天様の計画が成功すれば、トウ利天が降臨し、この世に生死はなくなる。我々はまた再会できる!」【阿修羅】 「死があるからこそ命は尊い。帝釈天はお前を利用しているだけだ。気づいていないのか?」【毘瑠璃】 「阿修羅、気づいていないのは我々ではなく、身勝手なあなただ。あなたのような人には、永遠に帝釈天様のことを理解できない。あなたは帝釈天様のように、他人のために自分の全てを捧げることはできない!」【阿修羅】 「もういい、連れていけ。蘇摩と一緒に閉じ込めろ。姉に人との話し方を教えてもらえ。」毘瑠璃を連れて行った後、阿修羅は再び善見塔の前にやってきた。【阿修羅】 「結界はどうだ?」【燼天玉藻前】 「六つの結界を二人で解くのは無理がある。なので四人でやることに決めた。二手に分かれ、それぞれ三ヶ所の結界に力をぶつけて破壊する。私と晴明の力は相性が良い。南にある三つの陣眼を破壊する。酒呑童子と茨木童子には北の三つを任せた。」【鬼切】 「俺にもやらせてくれ。」【小白】 「二人の力の衝撃を利用して陣眼を破壊するには、力の転換をうまく制御する必要があります。二人の力の相性が良くないと、ぶつかり合ったり、転換しあったして陣眼を破壊することができません。」【鬼切】 「なるほど……」【小白】 「それに今から始めても、結界を破壊するのに早くても明日の朝までかかります。途中で休むことはできませんよ。鬼切様、今日はお疲れでしょう。源頼光様と一緒に休んでください!」【晴明】 「阿修羅様も、今のうちに休んでおいてくれ。明日の戦いは阿修羅様にかかっている。」【阿修羅】 「迦楼羅、皆に伝えろ。今日はここで野営する。明日の朝に最後の一戦を仕掛ける。俺は辺りを散策してくる。」【迦楼羅】 「はっ!」日が落ち、善見城は静寂に包まれて、家々が明かりを落とした。城中から人の気配が消えている。【阿修羅】 「予め平民を移動させ、兵だけ残しておいたのか、帝釈天。お前らしいな。」静寂の中、僅かに鐘の音が聞こえる。阿修羅は気になって、音のする方へ向かった。【阿修羅】 「ここは……墓場か。弔鐘の音だったのか。善見城の人達はとっくに逃げたのに、墓守達が残っている。一体誰のために鐘を鳴らしているのだろう。おい、お前達、魔神軍は今日城まで攻めてきた。負けは決まっている。誰の命令で残っているのか知らないが、逃げるなら今のうちだ。」【祭司】 「私達はここから離れません。私達が管理しているのは普通の墓場ではありません。ここは天人の英雄達の墓場なのです。」【阿修羅】 「英雄か?どれどれ、天人の英雄とやらが、英雄の名に相応しいか見せてもらおう。」墓場には、まるで星のように夜空を駆け巡る、無数の心魂が燃えている。阿修羅は驚いた。墓に刻まれていたのは、翼の団の戦士達の名だった。【阿修羅】 「彼は、翼の団の三人目の軍医。彼は、竜巣城から戻ってくることができなかった。そして彼は……最後まで翼の団を裏切らず、俺と一緒に深淵の地獄に落とされた。苦痛に苛まれ、魔神に墜ちることを拒んでいた。彼に会った時、彼は俺に食ってくれと懇願した。この一番立派な墓は?」【祭司】 「あなたもこの方のために来たのですか?ここに眠っているのは天人一族の大英雄、かつて帝釈天様と共に鬼族を討ち、旧政権を覆しました。もしこの方がまだ帝釈天様のそばにいらっしゃったら、魔神軍が善見城に攻めてきても、返り討ちにしたでしょう。」阿修羅は彼の話を聞きながら、墓石に刻まれた名前を見る。そこにあったのは、自分の名前だった。天人の墓には死者の心魂の欠片が供奉され、不滅の炎のように燃え続ける。この墓には炎がなく、代わりに墓の前に一枚の清らかな蓮花が置かれている。花びらには露が付いて光っている。【阿修羅】 「……」【祭司】 「阿修羅は英雄の名に応しいと思いませんか?」【阿修羅】 「英雄の名?阿修羅は低い身分の出生で、無数の命を奪ってきた。英雄の名には相応しくない。」【祭司】 「これは陛下のお言葉です。血筋で人の価値は決められません。過ちもその人を否定する理由にはなりません。運命のいたずらで、阿修羅が過ちを犯していたとしても、彼はやはり英雄です。」【阿修羅】 「今阿修羅はどこにいるか知っているか?」【祭司】 「陛下が仰っていました。英雄は運命に屈しない、故に運命は彼らを彷徨わせる。だから王は私達に鐘を鳴らさせ、歌を歌わさせるのです。彷徨う英雄達の道しるべになるために。」それ以上聞きたくない阿修羅は、身をかがめて蓮花に触れた。墓石には自分の名前だけではなく、短い墓碑銘も刻まれている。阿修羅はそれを小さい声で読み上げる……【阿修羅】 「「再会に杯を」。」【祭司】 「それは、帝釈天様が自ら刻んだものです。」【阿修羅】 「悪くない出来だ。」【祭司】 「ようやく返事をしてくださいましたね。阿修羅は歴史に残る正真正銘の英雄なのです。」【阿修羅】 「歴史に残る必要はない。歴史はまた動き出す。俺と彼の物語は、まだまだ終わっていない。」 |
晩歌
晩歌 |
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翌日の朝、六つの法陣が解かれた。【蘇摩】 「善見塔は百階あるけれど、衛兵が配置されているのは、最初の三十四階だけ。毘瑠璃がいた七階の外側にある哨戒台以外に、七階から上は、三階ごとに隠し哨戒台がある。あの衛兵達は暗器を得意とする。警戒しなければならない。三十五階の先には階段がない。どうやって登るのかは、私にもわからない。以上が毘瑠璃から聞いた情報。私達姉妹の間に隠し事はないわ。それでも彼女が帝釈天の側に付き、彼の計画を支持するのを止められなかった。」【阿修羅】 「妹と違って達観しているな。」【蘇摩】 「勝てば官軍、負ければ賊軍。しかし帝釈天は十善業道を唱える。私はそれを認めないし、帝釈天の呼び出しに応じたこともない。でもあなたのやり方に賛同しているわけではないわよ、阿修羅様。」【阿修羅】 「別にお前の賛同はいらない。連れていけ。約束通り、妹と一緒に瑠璃城に送ってやれ。」……善見塔の入口【燼天玉藻前】 「一晩かけてようやく入口を開いた。塔内は広くはないようだ。数人しか入れない。」【小白】 「七階から三十四階の間に、三階ごとに隠し哨戒台があるなら、全部で九つの階に隠し哨戒台があることになりますね。我々に阿修羅様を加えて、丁度九人ですね!」【鬼切】 「九人も……いるのか?」【小白】 「そうですよ。大江山の酒呑童子様と茨木童子様、源氏の源頼光様と鬼切様、逢魔の原の玉藻前様に……セイメイ様、阿修羅様、迦楼羅様と小白、合わせて九人です。」【鬼切】 「自分も……頭数に入れているのか。」【迦楼羅】 「その、全員で入ると魔神が暴れだしてしまうだろう。俺は外に残っていたほうがいいのではないか?」【小白】 「しかし三十五階の先には階段がないじゃないですか。迦楼羅様が一緒じゃなきゃ困ります。」【迦楼羅】 「この狐め、この迦楼羅様を階段扱いしやがって!」【阿修羅】 「軍に伝えろ。4割の兵を4つの城門に配備させろ。天人が善見城を取り返しに来るかもしれん。残りは善見城を中心に三里後退し、その場で待機だ。そして見回り隊を編成し、城を見回ってくれ。あやしい者がいたら牢獄にぶち込め。俺が戻ってから処分する。俺が留守の間、命令に逆らうやつは問答無用で殺せ。」【魔神】 「はっ!」【小白】 「阿修羅様は相変わらず手厳しいですね。」阿修羅が善見塔に足を踏み入れ、残りの八人もその後を追って善見塔を登っていく。【鬼切】 「ここが十階、蘇摩が言っていた最初の隠し哨戒台のある階か?」【小白】 「セイメイ様、矢に気をつけてください!矢に毒が塗られています。なんて卑怯な!ここは小白に任せてください!皆様は早く上へ!」【晴明】 「外からは白く明るく見える善見塔だが、中はこんなにも暗い。敵は闇に潜んでいるな。十三階には五行の術が仕掛けられている。術士がいるのだろう。皆は先に行ってくれ、私が陰陽道で相手をする。」【燼天玉藻前】 「では、十六階は私が引き受けよう。もし晴明に何かあったら、すぐに駆けつけられるからな。」十九階で、残った数人は、善見刀を振るう天人の刺客に遭遇した。【鬼切】 「どういうことだ?まるで俺達の誰か一人を相手に想定したような配置だな。俺達の中に情報を漏らしたやつがいるのか?」【源赖光】 「それはどうだろう。これまでは帝釈天の法陣を破ることに成功したが。彼の幻術に囚われるたび、彼は我々について学んだのだろう。私の推測が正しければ、二十二階では私にふさわしい相手が待っているはずだ。」二十二階で待ち受けていたのは、やはり天人の守衛により操られた傀儡侍だった。」【源赖光】 「私の秘術がここまで舐められているとは。本物の威力を見せつけてやろう。」【煉獄茨木童子】 「私相手にどんな手を用意してきたのか、見せてみろ!……地面が……鬼手だらけだと?気味が悪い。」【鬼王酒呑童子】 「はははは!これは間違なくお前の相手だな!」【煉獄茨木童子】 「構わん!さっさとこの偽物を片付けて、友のところへ向かう!」【鬼王酒呑童子】 「ああ、上で待ってるぞ!おい、阿修羅。気づいてんだろ。あいつら、俺達の得意技を真似しただけじゃねえ。」【阿修羅】 「帝釈天は相手の力を利用して相手を倒すのが得意だ。深淵と善見塔の法陣も、お前達の力を注いでから破られた。この塔の仕掛けも、偽物とは言えない。」【鬼王酒呑童子】 「相手が強いほどに、強くなる幻術だろうな。」【阿修羅】 「知っているなら、なぜ彼らに教えなかった?」【鬼王酒呑童子】 「陰陽師の二人はもうわかってるだろうし、他のやつらも心配する必要はねえ。」【阿修羅】 「茨木童子は?お前の友人だろう?」【鬼王酒呑童子】 「茨木童子は俺の一生の親友だ。いつか、あいつは大江山を守る大妖になる。あいつは俺の助けがなくても大丈夫だと信じている。だから恩を押し付けたりはしねえ。阿修羅、ここは俺の階だ。この先は、お前一人で行け。いいか、結末は自分で選ぶもんだ。じゃあな。また再会できたら、お前らに大江山の酒を振る舞ってやる。」【阿修羅】 「大江山鬼王が奢ってくれる酒か、覚えておこう。」……第三十一階【迦楼羅】 「この先は一人で行けと酒呑童子が阿修羅様に言っていましたが……俺の存在も忘れないでほしいです。この階は俺のために用意されたはずなのに、空っぽで何もないですね。」【阿修羅】 「お前は法陣を破ったこともなければ、あいつの幻術に入ったこともない。あいつのお前に対する認識は、まだ竜巣城の時のままだ。」【迦楼羅】 「つまり、俺は舐められているのですか。」【天人の兵士甲】 「悪鬼ごときを、帝釈天様が気にするはずがないだろう!くらえ!」【迦楼羅】 「天魔様!囲まれました!」【阿修羅】 「ただの雑魚だ。上へ飛べ。」阿修羅は触手で迦楼羅を掴み、迦楼羅が阿修羅を引っ張って包囲から抜け出した。二人は階段に沿って飛び、あっという間に階段の終わりにたどり着いた。【迦楼羅】 「三十五階の先には、本当に階段がないようですね。いや、なんだこれは?!」三十四階の哨戒台から、無数の緋色の触手が突然迦楼羅に襲いかかった。【阿修羅】 「帝釈天のやつ、俺の力まで法陣に取り込んで、霊神体触手の模造品を作ってやがったのか。構わずに塔の天辺に向かって飛べ。」【迦楼羅】 「簡単に言いますけど、こいつら速すぎるし、狭いし、振り切れません!」【阿修羅】 「壁に突っ込め。」【迦楼羅】 「え?」阿修羅は霊神体で壁にあった灯台を掴み、それを支点にし壁にぶつかって壊した。阿修羅と迦楼羅は塔の外へ出た。塔内の霊神体触手が追ってくるが、さっきほどの勢いはない。【迦楼羅】 「ははは!さすが阿修羅様!これで、動きづらいのは俺達じゃなくて、あいつらになりました!」【阿修羅】 「いいから飛べ。」【迦楼羅】 「野郎共!上がって来い!」高い鳥の鳴き声と共に、地上にいた金翅鳥が駆けつけ、体で空中階段を作った。阿修羅は空中階段を登り、金翅鳥の体を踏み台にして触手の追撃を避けながら突き進む。そして空の果ての雲の中に飛び込み、消えた……【金翅鳥】 「迦楼羅様……阿修羅様が行ってしまいましたね。我々は何をすれば?」【迦楼羅】 「そんなの決まっている。彼らが決着をつける前に、さっさと戻るぞ。」【金翅鳥】 「戻る?兵営にですか?」【迦楼羅】 「兵営なわけがないだろう、竜巣に戻るんだ!」善見塔の天辺、帝釈天の玉座前。阿修羅が塔から正殿に飛び降りた。【帝釈天】 「やっと来たか、阿修羅。私のおもてなしはどうだい?あなたが新しい友達を連れてきたんだ、しっかりもてなさなくては。」【阿修羅】 「なかなかのもてなしだったぞ。その主がどんなやつなのかよくわかった。」【帝釈天】 「へえ?私はどんなやつなんだ?」【阿修羅】 「蚕繭自縛。」【帝釈天】 「世界は繭、私達は皆蛹だ。重要なのは、誰が蝶になれるかどうかだ。」【阿修羅】 「お前は蝶になれたというのか?」【帝釈天】 「昔天人一族はこの異界に来て、鬼族に実力を見せつけた。怯えた鬼は、この土地を譲ってくれた。しかし傲慢な天人は鬼族の成長に気づいていなかった。長きに渡った殺し合いと戦争を経て、鬼族は我々の強敵となった。鬼族が蝶で、天人が蛹だ。かつて私達は戦友だった。私は王の座を手に入れ、あなたは私に敗れ、牢獄に入れられた。私の統治下で、天域は大きく変わった。私達の理想を実現し、戦争を終わらせたんだ。私が蝶で、あなたが蛹だ。」【阿修羅】 「戦争は終わってない。お前は全ての殺戮と争いを、全て深淵の獄の中に落としただけだ。偽りの夢で、お前を神と信仰する人々を惑わせて。」【帝釈天】 「阿修羅、あなたはまだわかっていない。初めてあなたと会った時から、天人と鬼族の戦争は終わると思っていた。この戦争を終わらせる英雄が、そこにいるのだから。あなたが戦っている時、私は常に考えていた。あなたが戦に勝ち、人々に戦争の終わりを告げる光景を想像していた。そしてそんな平和が訪れる日は来ないと悟った。一つの戦いを終わらせたとしても、未来には無数の戦いが待っている。今度は誰が戦いを終わらせる?あなたか?最初から最後まで、私はあなたの進む道を示してきた。ならば私が戸惑った時、あなたには何ができる?」【阿修羅】 「わかってないのはお前だ、帝釈天。王者たる者、常に勝たなければならない。終わらない戦いが待ち受けていても、身を挺して勝ち続けるんだ。たとえ何万人の屍が目の前にいようとも、その屍を越えて立ち上がる。そうしなければ、敗北の瞬間まで、真の王者であったとは言えない。王であるからには、死ぬまで止まってはいけない。粉骨砕身の覚悟で戦う。だがお前のやっていることはその逆だ!十善業道も、トウ利天降臨も、過去を繰り返しているだけだ。未来に転機が見えないからといって、過去にお前の望む答えがあるというのか?この世に生きる千万の命の運命を、お前一人に決めさせてたまるか!」【帝釈天】 「この世に生きる者は弱者ばかりだ。運命を彼らの手に預けたら、どうなると思う?あなたは辺境の村の出身だ。弱いものが強いものに虐げられるのを、嫌というほど見てきただろう?」【阿修羅】 「お前は一族の王、弱者を守るのがお前の責任だ。そうでなければ十天衆と何の違いがある!」【帝釈天】 「私と世の中全ての人との違いは一つだけ、それは争いの本質を見抜いたことだ!戦争は差別から生まれる。個と個、種族と種族の間に差があるから悲劇は生まれてしまった。もし皆がお互いを理解し合うことができれば、争いを根絶できる。あらゆる生き物の中で、天人一族だけが、本当の意味で互いを理解し合える種族なんだ。私達はトウ利天神の精神から生まれた。故郷トウ利天の精神の海で、私達の精神は繋がり合い、互いの分け隔ては無くなる。故に霊神体こそが私達の命、肉体なんて付属品にすぎない。私は天人の霊神体から、希望を見た。しかし希望だけでは足りない。トウ利天の悲劇を繰り返さないために、天人は進化しなければならない。十善業道で天人を選別し、深淵の獄は天人の進化の戦場となる。この善見塔を造ったのは、進化を遂げた勝者の帰還を待つためだ!阿修羅、共にトウ利天の降臨を迎えよう。トウ利天神は軟弱だったから、自分に負けた。でもあなたは違う!」【阿修羅】 「俺が自分に勝てたとしても、他の人はどうなる?お前の民、鬼域にいる鬼族、陽界の住民。皆俺のように強くなければ、お前の天国には相応しくないというのか?」【帝釈天】 「この百年、私は悪念に浸食される苦痛に耐えてきた。今日のために、幻術の修行を重ねてきた。誰もが幻境で輪廻を繰り返すことで、真に望む人生を見つけ、最終的に自我を浄化し、純粋な魂に生まれ変わることに私は気づいた。トウ利天が降臨した後、鬼域は精神の海となる。私はトウ利天神と同じように、心霊共感で全ての人の意識を繋げる。全ての魂を浄化し、鬼域と陽界の命、その魂の補完と統一を実現する。この数百年の間、私は蓮花の結界を天域に満遍なく張った。トウ利天の降臨とともに、悪念を持つ者は蓮花によって清浄無垢に生まれ変わり、トウ利天で皆と再会を果たす。新しい魂のように、苦痛のない、快楽の精神の海で生きるんだ。」【阿修羅】 「彼らの意思はどうなんだ?お前の民は、生まれ変わることを、再会を望んでるのか?」【帝釈天】 「あなたは私と再会したくないかい?」【阿修羅】 「俺はお前の目の前に立ってる。それが答えじゃないのか?」【帝釈天】 「でも私はここにはいないよ、阿修羅。ここにいるのはあなたが知っいるあの人じゃない。あなたの探している人ここにいない。この世界にいないんだ。あなたの帝釈天は、ずっとトウ利天で待っている。阿修羅、彼に会いたくないのか?」【阿修羅】 「会いたかった。今はもう会えた。俺の目の前にいる。お前は帝釈天だ、何も変わってない。」【帝釈天】 「帝釈天はいないよ。」【阿修羅】 「俺が知ってるあいつは、不撓不屈で世界の人々を救い、何としてでも至善天国をこの世に実現させることを望んでる。あいつは戦火をくぐり抜け、手が血まみれになっても、決して変わることはない。」【帝釈天】 「あなたが言っている人は、私が犯した罪を犯さない。」【阿修羅】 「あいつは犯した。お前が犯した、帝釈天。何千何万の戦いから一族を守り、皆の期待に応えられないことを恐れている。本当の自分が見透かされることが怖い。利用価値があれば家族に愛され、用済みになったら捨てられる自分が……人の影に隠れて自分の無力さを嘆き、他人からの救いを待つしかできない軍医。だからお前はわざと人が失望するような王となり、十善業道を実施し、かつての戦友を追い込んだ。人に恐れられる暴君なら、他人の期待と自分の弱さを背負わずに済む。ただ皆に見捨てられ、自分が取って代わられる日を待つ。」【帝釈天】 「阿修羅、あなたには私の代わりになる資格があるとでもいうのか?」【阿修羅】 「それはお前自身に聞け。帝釈天、なぜ俺がお前の代わりになれると思う?俺が負け知らずだからか?俺が狂暴で残虐だからか?俺がお前の親友だから断らないとでも思ったか?それとも俺が断ると知っていて、わざと敵を演じているのか?こんなものは、お前の独り善がりの天国の計画と同じだ。お前は民の声を聞いてない。民はお前に翻弄され、浄化され、天国の住人になることを望むのか!帝釈天、お前に王になる資格はない!」阿修羅が霊神体の触手を束ね、剣に変えた。その剣を掲げ、玉座にいる帝釈天に襲いかかる。【帝釈天】 「これほどの力とは、本当に待った甲斐があった!」帝釈天が幻術を放ち、王座の下の阿修羅がいた空間は捻じ曲げられ迷宮と化した。迷宮の鏡の中では、以前阿修羅に殺された人達が蓮花から手を伸ばし、彼の手足を掴もうとした。【天人の兵士甲】 「将軍様、私は鬼族に殺されたのではない、あなたに殺された!」【天人の民】 「お前は産まれるべきではなかった!災いをもたらす怪物め!」【魔神】 「何が英雄だ。天人のために鬼族を殺してきたくせに。結局は我々魔物に仲間入りか?」【光明天】 「本当のことを言えるか?卑しい鬼族の混血児め、誰もお前になど従わない。」【阿修羅】 「笑わせるな。」阿修羅は霊神体の剣を振り、襲いかかってくる無数の手を切り落とし、迷宮の鏡を叩き割った。割れた鏡の後ろに、母親の姿が現れた。【阿修羅の母】 「阿修羅、どこへ行くの?」しかしその幻影は阿修羅に切り刻まれた。【阿修羅】 「幻術の修行の成果がこれか、昔の手口と変わらないな。」【帝釈天】 「敵になることであなたを強くさせられるなら、もっと早くそうすべきだった!あなたはいつも、私の想像を上回る!」【阿修羅】 「それはお前が俺のことを理解してないからだ、帝釈天!」【帝釈天】 「あなたも私のことを理解していない、阿修羅!」 |
英雄
英雄 |
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二人の霊神体が空中でぶつかり合う。阿修羅の破壊力は凄まじい。しかし素早さは帝釈天のほうが勝っている。帝釈天は剣の攻撃を全て受け止めた。【帝釈天】 「強さには色んな形があると、あなたが教えてくれた。」【阿修羅】 「十善業道を実施した瞬間から、お前は最も大切な強さを失った!」阿修羅の剣が再び触手に変化し、六本の触手が帝釈天に襲いかかる。【阿修羅】 「俺の知っている帝釈天は、最後の瞬間まで、誰一人見捨てないやつだ。なのにお前はトウ利天のために、全ての人の自由を奪おうとした!」帝釈天の蓮花から無数の鋭い鬼手が現れ、阿修羅の触手に対抗する。【帝釈天】 「私はもう誰かに理解してもらう必要はないんだ、阿修羅。私に必要なのは、あなた達の服従なんだ!」蓮花の鬼手が阿修羅の霊神体を引っ張り、阿修羅を善見塔の外に投げ出そうとしている。【阿修羅】 「振り切れない?」鬼手の気配は阿修羅の霊神体と極めて近く、ほとんど一つになっている。阿修羅は仕方なく触手の末端を切り落とした。束縛から解放された阿修羅は、塔の天辺の宮殿の端に立っていて、危うく塔から振り落とされるところだった。阿修羅は顔を上げ、帝釈天は彼を見下ろす。最初に出会った時と同じように、眩しい光に包まれた帝釈天は、阿修羅に向かって微笑んだ。【帝釈天】 「あなたの言葉を借りよう。服従か、それとも死か。」二人の頭上、雲の彼方から金色の光が放たれ、トウ利天が雲の影から現れ始めた。【阿修羅】 「帝釈天。お前にその言葉を発する資格はない。」阿修羅が突然飛び上がった。帝釈天は目で追ったが、トウ利天の光が阿修羅の姿を隠した。帝釈天は急いで蓮花を召喚し、迎撃に備える。光の中から黒き影が現れ、襲ってきたのは損傷した霊神体触手ではなく、傷だらけの剣だった。【帝釈天】 「何?」慌てて後ろに後退した帝釈天は、阿修羅の渾身の一撃をすんでのところで躱したが、剣に胸を擦った。帝釈天は無意識に心魂のある左胸を抑え、血を吐いて更に後退した。【阿修羅】 「お前は逃げられない。」阿修羅が左手に持っていた剣は帝釈天に落とされ、右手が突然動く。阿修羅の右手が帝釈天の胸を貫いた。【帝釈天】 「ゲホッ!ゲホッ……はは、はははは……阿修羅、狙いを外していないか?」帝釈天は右手で、自分の左胸を貫いた阿修羅の腕を掴んだ。そして自分の胸に突き刺し、阿修羅の手を掴んで己の心魂を引き抜いた。【帝釈天】 「これがほしいんだろう?」帝釈天の左手は阿修羅の指を握り締め、拍動する心魂を握らせた。しかしそれは帝釈天の心魂ではなかった……【阿修羅】 「俺の最後の心魂の欠片が、なぜお前の体の中に?まさか……」【帝釈天】 「阿修羅、なぜトウ利天神がトウ利天を滅ぼしたのか覚えているか?邪竜ヴリトラを倒し、殺したからだ。彼は勝った。でも私は……勝ちたくない。やっと、自分の執念に勝つことができた。あなたと一緒に。」帝釈天の構えていた霊神体が突然消えた。阿修羅が脱力した彼を受け止める。」【帝釈天】 「阿修羅、この心魂を食し、最強の天人となり、私を殺せ!」【阿修羅】 「これで負けたつもりか?帝釈天、勝負はまだついていない。」【帝釈天】 「勝負?はははは!阿修羅、私はあなたとの勝負を待っていたわけではない。私は死の判決書を待ち焦がれる罪人だ。あなたという執行人を待っていた。」【阿修羅】 「やはりお前は死を求めてる……」【帝釈天】 「死を?いいえ、私が求めているのは私だけの公正さだ。あなたに悔いなく、この世の全ての不公平を断ち切ってほしい。私の罪を暴き、私という暴君を世間に曝せ!あなたは王となり、敬われ、英雄と称えられる!この全ては、あなたが手にするべきものだった。あなたに返す。」【阿修羅】 「いらない。」【帝釈天】 「何?」【阿修羅】 「お前はのし上がって、賢明な王となり、暴君となり、亡国の王となった。このざまになってまで、俺を天人の王に仕立てるというなら、俺は王になどなりたくない!帝釈天、お前は何もかも計算済みだったが、俺が英雄になりたいかどうかを聞き忘れたな。」【帝釈天】 「私が間違っていたというのか、阿修羅?英雄にしか人々を救うことはできない、その英雄になれるのはあなただけだ。私は人々を、あなたを……手放したくないんだ。」阿修羅はゆっくりと帝釈天を地面に寝かせた。頭上の暗雲は消え去り、金色のトウ利天がよりはっきりと見える。金色の光が二人を照らした。【阿修羅】 「俺達は、どうしてこんなことになった。」【帝釈天】 「薄々気づいていると思うが、私の能力は本当の意味の浄化ではない。昔のトウ利天神と同じ、心の共感を通じて悪念を吸収する力だ……」【阿修羅】 「俺の悪念がお前を苦しませ、お前を狂わせたのか?」【帝釈天】 「違う。乱世に生きる人々は、多かれ少なかれ、誰もが狂った欲望を抱えているものだ。貴族の強欲、平民の欲望、十天衆の我欲……貧しい村人、来るはずのない救援を待つ兵士……全ての悪念、全ての屈辱と悔しさが私の元に集まる。私には選ぶ権利も選ぶ意思もなく、全てを受け留めた。あなたが私に選ぶ権利を与えてくれたんだ、阿修羅。私があなたを選んだんだ。しかし人の狂気はとどまることを知らない。あなたの果てしない強さがその証拠だ。なのに私の命には限りがある……私は王になった後、ずっと答えを探していた。トウ利天に行き、精神の海でトウ利天神が残した残留思念を見た。死んで千年たった今も、私達と再会し、私達の魂をありのままの姿に浄化することを望んでいる。トウ利天神はもういないが、彼と同じ能力を持つ私はここにいる。私がトウ利天神に代わって、一族の人々の悪念を吸収する。それだけではない、天人、鬼族、人間、陽界に生きる者の悪念もすべて受け止める。トウ利天神のように人を側に束縛し、魂の自由を奪って己の孤独を埋めるようなことはしたくない……トウ利天神の浄化は不完全だ。悪念を人々から切り離せば、人はもう欲望に抗わなくていい。だから、人々がトウ利天で再会を果たした時、私はそこへ行かない。私は人々の悪念を取り込んだトウ利天神以上の破壊神となり、最強の天人に倒されるんだ。そしてその最強の天人は阿修羅、あなただ。阿修羅、知っているか?蓮の実は泥の中で千年以上眠ることができる。意識がなければ命もない。ただ咲く夢を見ているだけだ。私の人生は、もう十分なほど蓮花を咲かせた。泥の底へ戻り、永遠の眠りにつくべきだ。」【阿修羅】 「帝釈天、寝るな。俺に言っただろう、トウ利天で待ってるって。」【帝釈天】 「夢の中のあの丘の上の、扉の前に蓮池がある小さな家で。あなたの帝釈天は、そこで待っている。」トウ利天が完全に姿を現わした。暗雲は消え去り、天域上空に金色の光が溢れた。地上と善見城の人々は、目の前の光景に仰天した。その時、トウ利天が突然空から落下し始め、善見塔にぶつかろうとした。善見塔はその圧迫を感じたかのように、崩壊し始めた。宮殿の地面はひび割れ、壁は砕け散り、破片が落下していく。善見塔の天辺で、阿修羅は帝釈天を見ている。【阿修羅】 「俺達は親友だが、俺はお前のために自分が歩みたくない、歩むべきではない道を選んだりはしない。トウ利天と融合して、新たなトウ利天神になるなんて、俺が許さない。俺がヴリトラとなり、伝説の戦いのように勝つこともない。俺は歴史を書き換える。そしてお前を追い詰めたこれを、捨てる。」阿修羅が二人の血にまみれた心魂を握り潰した。心魂の欠片は去るのを惜しむかのように、二人の周りを舞う。【阿修羅】 「俺は天人ではなくなった。善見城に攻め込み、お前と敵対したあの日から、いいや、生まれた時から天人ではない。だから俺が、お前に用意された道を歩むことはない、帝釈天。それは俺が、阿修羅だからだ。」阿修羅の答えを聞いて、帝釈天は笑った。【帝釈天】 「あなたはいつだって、私が思うよりも強い。強者の頂点に達したと思った矢先に、あなたは更なる高みへと飛んで行く。この世に本物の強者などいないのかもしれない。皆運命の風に逆らって飛び、より高い場所を目指す小鳥なのかもしれないな。そして私は、随分と高いところまで来た。さようなら、私の阿修羅。」善見塔はトウ利天の引力によって完全に崩壊した。轟音が空に響き渡り、雲の上で白い鳥が鳴く。帝釈天は昏睡状態になり、深い眠りに落ちていく。トウ利天は帝釈天を喰らおうとする巨竜のように、急速に落下してくる。巨塔が崩れる瞬間、阿修羅は落下してくるトウ利天に逆らって、更なる高みへと飛んた。金色のトウ利天は、金色の幻境をもって彼を迎えた。精神の海が心魂の欠片と共鳴を起こし、阿修羅が追い求め続けた真実を見せた。瑠璃城で、深淵の戦いの後、帝釈天は一歩も離れず深手を負った阿修羅を看護し続けた。軍医がいなくなると、彼は自分の心魂を傷だらけの阿修羅の胸の中に入れた。そして阿修羅の傷だらけの心魂は、帝釈天の体内に入れられた。【帝釈天】 「あなたは言っていた、自分は強靭な体持っているが、私には強い心があると。だから今、私の心をあなたに贈ろう。いつでも、どこでも、私に会いたければ、振り返らなくても、私はずっとここで待っている。」真実を知った阿修羅は二人分の力を込めて、思い切りトウ利天の偽りの光にぶつかった……【阿修羅】 「最強の体は、最強の心の勇気を胸に抱く。俺は絶対に勝つぞ、帝釈天。待ってろ。」衝撃の後、トウ利天神の残留思念は昔帝釈天を迎え入れた時のように、阿修羅の来訪を受け入れた。本当のトウ利天神は帝釈天に似ているが、同時に阿修羅にも似ている。天人に似ているが、天人以外の万物にも似ている。【阿修羅】 「慈悲深いと自惚れるトウ利天神よ、何と残酷なんだ!闇の子供として生まれたというだけで、俺の全てを奪うのか?善悪は元々表裏一体のものだ。善人の心にも悪念が生まれる。悪人も気まぐれに善をなす。人は傷付くと苦しみ、勘違いされると怒り出す。怒りに支配されると破壊に手を染めたり、何も考えずに他人の所有物を奪ったりする。誰もが悪念を抱いている。悪念はどこにでもある。神とて例外ではない。天国とて免れることはできない!お前は全ての天人を創り出し、彼を創り出し、そして俺をも創り出した。しかしなぜなんだ、なぜ俺の存在を恐れるあまり、彼に生涯をかけて、どちらかが死ぬまで俺と戦い続ける使命を与えた?トウ利天神は慈悲深い眼差しで阿修羅を見つめているが、一言も発さなかった。ならば、俺は闇と化し、破壊神と化し、お前に押し付けられた運命に抗う!この俺が彼の代わりに、全ての罪悪を背負う!」トウ利天が降臨する寸前に、阿修羅の霊神体が帝釈天の代わりに精神の海に溶け込んで、鬼域中の悪念を吸収し始めた。【阿修羅】 「足りない、全然足りないぞ!たかがこの程度の悪念でこの阿修羅を押し潰す気か?俺はお前らの新しい神だ!全ての魂は俺にひれ伏し、全ての精神は俺好みに生まれ変わるべきだ!俺の願いは全て、この鬼域にて真実となる!天人の聖なる子供である帝釈天は、神託を受け世に生まれ、若くして軍に入り、鬼族の侵攻を挫き、唯一無二の才能を見せて人々に敬われ、やがて将軍となった。その後翼の団を立ち上げ、天人と鬼族の和解のために辺境を駆け回り、最後には平和をもたらした。しかしそれを拒んだ金翅鳥一族は竜巣城に巣食い、天域を攻め落とすことを企んだ。帝釈天は自ら兵を率いて討伐に当たり、見事に勝利を収めた。城に戻った帝釈天は、人々に推薦され戴冠を果たした。彼は民を愛する王として、強者も弱者も、老若男女に平等に接し、良き政策を実行した。しかしそれは天域の辺境にいる魔神一族に妬まれる種となった。魔神に唆された竜巣城が敗れたあと、魔神一族は百年蟄伏したが、やがて大軍を率いて善見城まで攻めてきた。天人の王帝釈天は城の民を避難させ、善見塔の頂にて自ら魔神の王阿修羅を迎撃した。しかし魔王は礼儀知らずで残酷非道な上、悪事の限りを尽くし、天域と鬼域を諸共破壊すると嘯いた。故に帝釈天は魔王の命を絶つと決めた。二人の戦いは丸一日続いた。翌日の朝、帝釈天はようやく阿修羅に打ち勝ち、魔神軍を撃退して、深淵の底に追い払った。これにより、天域と鬼域は平和を取り戻し、善見城の民も無事に故郷に戻ることができた。深手を負った帝釈天は姿を消したが、三日後の朝に帰還を果たし、はぐれてしまった家族と城門で再会して、感動の涙を流した。民は歓声をあげて彼を出迎え、花束を贈った。人々の笑い声は王宮まで聞こえてくる。帝釈天はそこで皆に囲まれて再び玉座についた。天域と鬼域は、それで永遠の平和を手に入れ、戦乱をもたらす者は一人も残らずに消えた。しっかりと胸に刻め。偽りの不平等な世界よ!新たな神の名をもって、服従を命ずる!この阿修羅の欲望に、従え!」トウ利天は最後に空中で、万物を金色に染め尽くす眩しい光を放った。そして鳥すら辿りつけない、一番高い空に消えた……【源頼光】 「結局こうなったか。まあ、こんな結末も悪くないだろう。」【鬼王酒呑童子】 「阿修羅、お前は一体どんな結末を選んだ。」最後の神と対峙したあと、狂気と暴虐にまみれた破壊の欲望に侵されながら、阿修羅は必死に自我を保ち、帝釈天が墜落する前に彼を受け止めることに成功した。【阿修羅】 「帝釈天……俺は闇の子供として生まれたが、お前は俺に光を見せ、人情を感じさせてくれた。お前は光の中で生き続けるべきだ。闇に落ちる怪物は、永遠に俺でいい。もうすぐ瑠璃城の近くに着く、そこで一旦休もう。起きたか、帝釈天。」【帝釈天】 「ゴホ、なぜあなたがここに、私はどうして……?」【阿修羅】 「別れを告げに来た。俺はじきに理性を悪念に蝕まれ、正真正銘の破壊神と化す。そしてお前は俺達が追い求めた世界の中で目覚める。」【帝釈天】 「悪念、破壊神?違う、それは私がやるべきことだ、あなたがやるべきことではない。あなたには…」【阿修羅】 「結局のところ、俺達は同じぐらい頑固だな。しかし今だけは、お前の執念も少し理解できた気がする。だが残念だ、最後になっても、俺はお前のように優しくはなれなかった。以前、俺が欲しいのは自分が創り出した世界、この手で奪い取った全てと言ったことがあるよな。俺にとって、人々の自由など、俺の執念と比べたら取るに足りないものだ。」【帝釈天】 「……一体何をした?」【阿修羅】 「我が名は阿修羅、魔神一族を統べる者で、天人と鬼族との戦争を引き起こした張本人。そして天域を狙う悪者で、お前の宿敵だ。俺達は善見塔で雌雄を決するために、今日初めて出会った。俺が破れたから、もう二度と会えない。」【帝釈天】 「違う、阿修羅は昔からの知り合いだ。今日初めて会ったのではない。私達は辺境の村で出会った。阿修羅は鬼族に襲われていた私達を救ってくれた。阿修羅は魔神を統べる者などではない、天人一族の英雄だ。」【阿修羅】 「それは記憶違いだ。」【帝釈天】 「記憶違いではない。阿修羅は強い霊神体を持っているが、ずっと狂気に苛まれている。私は精神感応の力を通じて彼の痛みを分かち、仲間になった。私は彼と共に戦場に赴き、数々の功績をあげた。」【阿修羅】 「そうか、一体どんな功績をあげた?」【帝釈天】 「瑠璃城で大勝利を得た。彼が鬼族に成りすまし、私を敵の首領に捧げたあと、私達は力を合わせてその首領を殺し、城の民を救った。竜巣城でも大勝利を得た。私は彼と二手に分かれた。彼は城の中に潜入し、太鼓を鳴らして偽の情報を流し、私は兵を率いて後門から城の中に攻め入った。善見城で、私は新しく王に任命され、反乱軍が城門下まで攻めてきた。阿修羅は…阿修羅は……どこへ行った?」【阿修羅】 「それは記憶違いだ、帝釈天。」【帝釈天】 「記憶違いではない、後生だから教えてくれ、彼は一体どこへ行った?」【阿修羅】 「彼は敵の情報を探りに行った。お前はまだ寝ていたから起こさなかった。そして俺は伝言を預かった。英気を養い、明日になったら竜巣城を攻めるようお前に伝えてくれと言っていた。」【帝釈天】 「竜巣城を攻める…」【阿修羅】 「そうだ。竜巣城を攻め落とすのはお前の宿願だと知っているから、彼はお前と共にそれをなし遂げたいと言っていた。もう少し寝ろ。目が覚めたら、彼は帰ってくるだろう。」【帝釈天】 「そうかな。」【阿修羅】 「そうだ。目が覚めたら、戦争はもうお前の手で終止符が打たれていて、二度と起こらない。鬼族と天人は互いを理解し合い、敵対することはない。そしてお前は凱旋する。民が歓声をあげて出迎え、花束を贈る。ずっとお前のことをよく思っていなかった家族も城を出て、善見城の下で、お前の帰りを待っている。夢の中には、かつての戦友がいる。そして目覚めると、また今の友人に会える。」【帝釈天】 「そんな日が本当に来るのか。」【阿修羅】 「お前が望みさえすればな。」阿修羅が子供の頃母親がよく歌っていた小唄を口ずさむと、帝釈天はあっという間に眠りについた。【阿修羅】 「できることなら、俺もこの世界に残って全てをこの目で見たい。だがどんな願いにも対価が必要だ。トウ利天神の過ちは、対価を払わなくても願いが叶う世界を創り出したことだ。だが俺は、二度とその過ちを犯さない。俺達の理想は実現できた。今度は俺が対価を払う番だ。俺が全ての悪念を背負い、深淵に持ち込む。そうすれば二度と悪が光に触れることはない。お前の世界に残るのは、美しさと喜びだけだ。誰もが闘神阿修羅のことを忘れる。これからは深淵天魔しか存在しない。そして人々はお前の名を称える。お前は人々に慕われる慈悲深い王だ。だから前に進め。過去を振り返るな。もう誰かのために足を止めるな。そして俺も、歩みを止めることはない。」阿修羅は最後の力を振り絞って、自分と共に無数の悪念を深淵に送り込み、再び深淵を封印した。これをもって、阿修羅は永遠に闇に堕ち、光の世界に踏み込めぬ唯一の魔王となった。…数日後の朝、善見城【雷公鬼】 「この戦いもようやく終わった。仲間の商人達と共に天域の辺境で何日も待って、今日ようやく中に入ることができた。」【赤潮鬼】 「これは善見城が先日注文した品だ。いつもの品物以外に、天人の王が注文した善見城復興用の物資もたくさんある。」【天人の兵士甲】 「本当にご苦労様です。」【赤潮鬼】 「いいえいいえ、天人の王はあの天魔様を追い払ってくれたんだ、我々は感謝するべきです。」【雷公鬼】 「本当に帝釈天様のおかげだ。百年前には、天人と鬼族が商売するなど、誰も想像だにしなかっただろう。そういえば、帝釈天様は今日の朝善見城に戻るのか?」【天人の平民甲】 「そうだ、帝釈天様は今日の朝に城に戻ってくる。皆、準備はできているか?」【天人の平民乙】 「花束も酒も用意した!」【天人の平民甲】 「しかし帝釈天様が必ず今日の朝帰ってくると、一体誰が言い出したんだ?」【天人の平民乙】 「俺も分からない、きっと衛兵か誰かが言っていたんだろう!」【天人の平民丙】 「私は帝釈天様の凱旋を祝うために、この三日間ずっと歌を練習していた!だから帝釈天様は、必ず今日お帰りになる!」帝釈天は起きたばかりで、まだぼんやりとしている。しかし自分が馬車に乗って、善見城に向かっていることに気づいた。」【帝釈天】 「ん…ここは?」【毘瑠璃】 「帝釈天様、お目覚めですか!」【帝釈天】 「私は……一体何が……」【蘇摩】 「私達が帝釈天様を発見した時、帝釈天様は重い怪我を負って瑠璃城近くの崖に倒れていました。今は善見城に向かっている途中です。」【毘瑠璃】 「帝釈天様はあの深渊天魔に打ち勝ち、再び天域に光を与えました。しかしご自身も重傷を負って、意識を失いました。だからあそこに倒れていたのです。幸い姉様がすぐ帝釈天様を見つけました。帝釈天様の心魂はひどい状態でしたが、トウ利天神のご加護か、数日のうちにすっかり回復しました。」【帝釈天】 「深淵……魔王?」【毘瑠璃】 「覚えていらっしゃいませんか?天人一族は鬼域に落とされてから、ずっと深淵の魔神一族と戦っていました。この戦争は千年間ずっと続いています。そしてあなたが翼の団を結成し、鬼族という外敵との紛争を終わらせ、魔神一族をも怯えさせ、天域に平和をもたらしたのです。しかしそれでも深淵天魔は諦めず、兵を挙げて善見城を攻め落とそうと企みました。その時、帝釈天様は城の民を避難させ、一人で天魔に挑んだのです。」【帝釈天】 「私が覚えているのは、高いところから落ちて、誰かに助けられ、命の恩人の顔を確認したいと思っていたのに、また眠り込んでしまったということだけだ。」【毘瑠璃】 「恐らくは決戦で深手を負い、一時的な記憶障害が生じているのでしょう。なにはともあれ、天人一族は一日たりとも王を欠くわけにはいきません。よって独断ですが、先に帝釈天様を善見城に送り返すことに決めました。どうかお許しを。」【帝釈天】 「あなたの言う通りだ。善見城は未だ復興問題に悩まされている。急いで戻らなければ。蘇摩、毘瑠璃、あなた達は魔神一族の王……深淵天魔の……名前を知らないか?」【蘇摩】 「分かりません。かの者の名前は禁忌中の禁忌です。噂では、その名前を口にしただけでも、死を招くと。だから天域でも鬼域でも、その名前を口に出す者は一人もいません……」【帝釈天】 「そうか……」【天人の兵士甲】 「あそこを見ろ!蘇摩様の側近の部隊だ!馬車に乗っているのは、帝釈天様だ!よかった!帝釈天様が無事に戻られました!」【天人の平民乙】 「帝釈天様が戻られました!帝釈天様、万歳!早く花を撒け!」【天人の平民丙】 「皆!早く帝釈天様に歌を捧げましょう!」【帝釈天】 「これは?」【毘瑠璃】 「一族は帝釈天様を迎えるため、帝釈天様のお帰りを祝うため、歌を歌っています。」優美で高らかな歌は、天域と鬼域との境目にある村で暮らす子供にすら歌える旋律だ。歌は翼の団のおかげで辺境から善見城に伝わった。そして今、善見城からまた他の場所へ伝わっていく。【帝釈天】 「この歌を知っている。これは白い羽を持つ小鳥の歌だ。小鳥は雷雨の朝に雲と風を越え、少しずつ飛び方を学んでいる。物語の最後、小鳥は雲の彼方に辿りつく。そして雨の降らない、いつも晴れているあの場所に残った。」【蘇摩】 「雷雲の中では、小鳥は飛ぶこともできないでしょう?歌の最後の部分は、小鳥が嵐の中で死んだことをほのめかしているかもしれません。」【帝釈天】 「そうかもしれないな。それでも、小鳥は一所懸命に飛んだ。」深淵の下、天人の歌は阿修羅の耳にも届いたようで、彼は一瞬だけ頭を上げ、上から差し込む一縷の光を見上げた。深淵の中で、笑い声と断末魔が響き渡った。阿修羅の手の中で引き裂かれた魔神は、まだ謳うように彼の名前を繰り返している。【魔神】 「阿修羅……阿修羅……」【阿修羅】 「生きとし生けるものの心に生まれる闇、その全てを取り込んでも、俺の心を埋めることはできない。我が心は光の中にある、故に我が身は永遠に闇に堕ちない。いつかきっと、俺は再び帰還を果たし、追い求める光の中に帰る……帝釈天。」ぼろぼろになった魔神は地に捨てられ、頭も阿修羅に踏みつぶされたが、それでも魔神はまだ彼の名を称え続けている。【魔神】 「阿修羅……阿修羅!……破壊神……阿修羅!」……後日談 数ヶ月後、鬼域の平原の中を、都に戻る馬車が走っている。【鬼切】 「鬼域の鬼族から聞いた話だが、あの天魔の名前は阿修羅というらしい。深淵の魔神はいつも彼の名を称えていて、夜中に崖に行くとその声が聞こえるらしい。あいつらはもったいぶっていて、まるでその名を口に出したら誰かに殺されるようだった。俺が刀を抜いて脅したら、ようやく聞き出せた。」【煉獄茨木童子】 「阿修羅……帝釈天に協力してあいつを撃退したが、連中はいつも天魔様と叫んでいたから、名前は初めて知ったな。友は昔鬼域を訪れたことがあるだろう。その名前を耳にしたことはあるか?」【鬼王酒呑童子】 「あるとも、あいつは俺様の酒友達だ。」【煉獄茨木童子】 「なに?!」【鬼王酒呑童子】 「冗談さ。」【小白】 「酒呑童子様の冗談は、恐ろしいですね……幸い天人の王帝釈天に協力して魔神一族を撃退したから……その後は快く雲外鏡の欠片を浄化してくださいました。つまりめでたしめでたしですよね。」【鬼王酒呑童子】 「そうか?これはあいつが最後に選んだ結末だから、俺様も喜ぶしかない。」【晴明】 「あの英雄の犠牲のおかげで、都と鈴鹿山の霊力の一部が戻った。我々が旅に出た甲斐があった。都の復興にはまだまだ時間がかかるが、全てが好転していることだけは事実だ。」【源頼光】 「人々があの英雄の存在を忘れても、深淵天魔の伝説は、必ず受け継がれていく。」【鬼王酒呑童子】 「あいつはお前に覚えていてほしくはないだろう、源頼光。」【源頼光】 「そうかな?もしいつかまた会うことができたら、彼に聞いてみようか。その日はそう遠くないはずだ。」……善見城宮殿内部【帝釈天】 「城に戻った民の生活がようやく落ち着き、鬼域の外から訪れた客人を送り返すこともできた。善見城の復興も軌道に乗った。ここ数日は本当に疲れた、休みたくて仕方がない。」【毘瑠璃】 「帝釈天様は遠慮なくお休みになってください。残りの仕事は私にお任せを。夜はご家族とお食事されるご予定ですよね?」【帝釈天】 「そうだ。母上の手料理を食べるのはいつぶりだろう。兄上達は辺境へ行ってからずっと会っていなかったから、私のことが分かるだろうか。十善業道を施行してから……ん?十善業道とは一体……」【毘瑠璃】 「帝釈天様はきっと大変お疲れなのです、どうかお休みになってください。私は先に失礼いたします。」毘瑠璃が去り、帝釈天はやっと一息ついた。彼は城外へ行き、木の下で腰を下ろした。見上げると、木の上に立っている白い鳥が、興味津々に自分を見つめている。【帝釈天】 「時々鳥であるあなた達が羨ましくなる。いつも自由で、何か言いたいことがあれば、空高く飛んで、風や雲に教えることができる。私はかつて自分の部隊を翼の団と名付けた。その名前には皆を連れて束縛を破り、空を飛び、自由になるという願いが込められていた。しかし結局私は、憧れていた強く特別な戦士になることはできなかった。もしかしたら、世界のどこかには、鳥のように身の危険を顧みない人がいるのかもしれない。でも彼はあまりにも高く遠くへ飛んで行って、永遠に止まらないから、私と出会うことはない。彼女を心配させたくないから、ずっと毘瑠璃には黙っていた。だが天魔との戦いには何か大事なことが隠されている。私が重傷を負って記憶をなくしただけではないはずだ。理由は分からないが、私の体内には他人の霊神体の欠片がある。しかも取り出すことができない。この欠片は明らかに私と天魔の霊神体が融合したものだが、どうしてそんなものが私の体内に?」小鳥がつまらなさそうに羽をばたばたさせる。帝釈天の独り言は退屈だと思っているのかもしれない。そして最後には飛んで行ってしまった。あっという間に、小鳥の姿は雲の中に消えてなくなった。一枚の白い羽が、ゆっくりと舞い落ちる。帝釈天が手を伸ばしてその羽を受け止める。羽に触れた瞬間、馴染みがないのに同時に懐かしく感じる思い出が彼の頭の中をよぎった…… 帝釈天は驚いて目を覚ました。【帝釈天】 「今のは一体?」鬼域と天域の境目にある深淵の一角では、深淵の冷たい風が深淵の中から声を運んでくる。風の中の声は阿修羅という名前を繰り返している。【ヤマタノオロチ】 「取引は失敗した。結局、帝釈天は負けただけではなく、約束を守るどころか、約束自体を忘れてしまった。本当に悲しいことだ。だがしかし、盛大な芝居を見ることができた。それに免じて許してやろう。それに彼には感謝しなければ。彼のおかげで、お前は私の願いどおりこの世に降臨した。破壊神……阿修羅。」……数ヶ月後、深淵の近く【帝釈天】 「私が王になってから、翼の団の皆と一緒に城を出るのは初めてだな……もうそんなに経ったのか?」【翼の団の戦士甲】 「そうですよ、帝釈天様は王になられてから、いつも善見城にいらっしゃる!」【翼の団の将校】 「今でも時々辺境の皆に聞かれますよ、帝釈天様はどうしていらっしゃらないのかって。」【帝釈天】 「こうして来たじゃないか。善見城のことが落ち着いたから、皆と共に辺境の新しく出来た町の様子を見に来た。」【翼の団の戦士甲】 「心配いりません、帝釈天様が善見城に転任された後、すぐに辺境を建て直すお金や物資を調達できました。故郷を離れていた皆も、ほとんど帰ってきました。」【帝釈天】 「それなら一安心だ。」【翼の団の戦士甲】 「帝釈天様、見てください!あの丘はかつて翼の団が食糧を運ぶ時、いつも通っていた場所ですよ!」【翼の団の将校】 「そうだな。昔はよく夜に食糧を運んでいた。幸い鬼族に襲われたことは一度もなかったが、今思い返せば本当に運がよかった。」【帝釈天】 「あの時は薄気味悪い場所でしたが、今ではすっかり綺麗になりました。花がたくさん咲いていて、丘の上には小さな家まであります。これは……蓮池か?」【翼の団の戦士甲】 「この蓮池がどうかしましたか、帝釈天様?」【帝釈天】 「……何でもない、ただ蓮池があるなら、もしガチョウが数羽いれば、もっと活気あふれる光景になると思っただけだ。」【翼の団の将校】 「帝釈天様はガチョウがお好きなのですか?」【帝釈天】 「まさか!ガチョウはとても苦手だ、ただ友達の……友達の……?誰だ……?」その時、一行は突然襲われた。【翼の団の戦士甲】 「おそらく山賊だ!帝釈天様は傷がまだ治ってないから戦えない、早く帝釈天様を守れ!」【帝釈天】 「こいつら……気配が変だな、鬼族に似ているが、全く生気がない。それに動きがぎこちない、普通の山賊ではなさそうだ。」【翼の団の将校】 「しまった!我々は人数が少ない、囲まれてしまった!」【帝釈天】 「やめろ!ここの食糧、物資、私の命を狙っているなら、喜んで差し上げよう。だが私の仲間達には手を出すな!」【翼の団の将校】 「そんなこと仰らないでください!例えこの命にかえても、帝釈天様を見捨てることなんてできません!」【翼の団の戦士甲】 「うわあああ、お前ら、逃げろ!」危ういところで、帝釈天がまだ回復していない霊神体を召喚した。しかし蓮花は出現してまもなく、すぐに切り裂かれてしまった。霊神体が直撃された痛みに苛まれ、帝釈天は地面に膝をついた。」【帝釈天】 「皆私を守るために死んでいる、どうしてよりによってこんな時だけ、私は何の役にも立てないんだ!私は戦わねばならない!」【怪しげな鬼族甲】 「お前にできるのは、ここで死ぬことだけだ。」【帝釈天】 「私が来ないことに気付けば、私を待つ人々がすぐに援軍を派遣する。あなた達は例え目標を達成できても、生きて帰ることはできない。」【怪しげな鬼族甲】 「援軍が来る前に、お前は死ぬ。」その時、遠くから鬼族の悲鳴が聞こえた。【怪しげな鬼族乙】 「ぐああああ!」漆黒の人影が空から舞い降り、鬼族を一人、また一人と切り刻んだ。彼は帝釈天に向かって突進してきた。途中にバラバラになった死体とたくさんの悲鳴を残して。【帝釈天】 「援軍か……?よかった。」帝釈天の目の前にいる鬼族は逃げる様子もなく、ただ急いで手に持つ石槌を高く掲げ、帝釈天を狙って振り下ろした。一本の真っ赤な触手が後ろから彼の体を貫いた。噴き出した鮮血が帝釈天の顔を赤く染める。一部が欠けた死体は横に捨てられた。その後ろにいる漆黒の、血に染まった人影が現れる。帝釈天は目を見張り、目の前にいる彼を見つめる……【帝釈天】 「あなたは……」………………………………………… 天域の千年戦争は終わりを告げたが、彼らの物語はまだ始まったばかりだ…… ……天域篇・天魔の帰還・完 |
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