【陰陽師】妙筆絵世ストーリーまとめ【ネタバレ注意】
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『陰陽師』の妙筆絵世ベントのストーリー(シナリオ)をまとめて紹介。
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画筆記事
巻物物語・一
巻物物語・一 |
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【浮世青行燈】 「渡し場はすぐ先だ、もうすぐ着くよ。」【晴明】 「旅の途中、空と川の色が融け合う光景を拝見した。こういう景色は、私でも初めて見たな。しかし、謎に包まれる画町は一体どこにあるかな。」【浮世青行燈】 「まだこの質問にお答えできないわ。なんせ開催者の役目を奪うようなことになりかねないよ。」【晴明】 「ふふ、それならこれ以上聞かずに、不鳴箋を送った人の答えを待つさ。さっき博雅は向こう側に行ってみると言ったけど、一体いつになったら帰ってくるかな。」【浮世青行燈】 「もう帰って来たじゃないか?」【晴明】 「ん?何かあったようだな。」(ずぶ濡れになった源博雅は疲れ切った表情で乗ってた船を下り、晴明と青行燈を乗せた船に乗った。)【源博雅】 「ふう…もう…本当に危なかったんだ。」【晴明】 「博雅、一体何があった?」【浮世青行燈】 「あたいも気になるわ。一体どうすればそんな格好になるのかね。」【晴明】 「さっきは向こう側に行ってみると言ったけど、そこで何かあったか?」【源博雅】 「あったようで…なかったような。」【浮世青行燈】 「こういう返し方はちょっと意外だったね。」【源博雅】 「さっきお前たちと別れた後、あそこに向かって進んでたさ。しかしいくら船を動かしても、距離は全然縮まらないんだ。例えるなら、「遠山」は何があっても遠くに見える山。見えるが、決して近づけない。」【浮世青行燈】 「「遠山は遠いところにあるから遠山でいられる、近づけた途端は近い山に成り下がる」か、面白い。」【晴明】 「近づけない彼方か。美しいところだが、不思議なところでもあるんだな。じゃあどうして川に落ちた?」【源博雅】 「何をしても向こう側には近づけないと気づき、帰り支度をしたんだ。しかし途中にある浅瀬を通りかかる時、水の流れは急に激しくなったせいで、船が転覆してしまったんだ!幸い不鳴箋が化した船は普通のと違い、中に込められた妖力が助けてくれたんだ。」【浮世青行燈】 「何もおかしくない。あの人が直接贈った招待状だから、客人が危ない目に遭うのは許されるはずもない。」【晴明】 「百画展の主催者とやらに、そしてここへの興味が湧いてきたな。」【浮世青行燈】 「渡し場に着いたよ。あんた達は初めてでしょう。先に彼女に会いに行くよ。」画町の中、賑やかな大通りを通り抜け、晴明一行は青行燈にある物静かな路地裏に案内された。【晴明】 「ここが画町だな。大通りのどこもかしこも絵を掲げているから、具体的にどんな町かは拝見できなかったね。」【源博雅】 「町中に墨の匂いが漂うな。軒並みに絵を掲げ、画塾は町中に点在する。こんな環境下で生活するなら、画町の住民達はさぞ全員絵がうまいんだな。」【晴明】 「世に名を轟かせる絵師もたくさん抱えているのでは?」【浮世青行燈】 「あたいの知る限り、名人と言えるのは二人もいる。しかし世に知られているかは分からないわ。そしてその中の一人は、ちょうどこの画館の中にいるよ。」【絵世花鳥風月】 「お褒めに与かり、恐縮でございます。わたくしのような未熟者には、とても過ぎた評価でございます。」【源博雅】 「!!!晴明!俺達の陰口が全部聞かれちまった!」【晴明】 「……ゴホンッ。」【絵世花鳥風月】 「あらまあ、他にもお客様がいるのですね!ご機嫌よう。急に話に割り込んできて、本当に申し訳ありませんでした。どうか気を悪くしないでほしいです。」三人は花鳥風月と画館の中に入った。画館の中にはたくさんの絵が飾られていて、墨と花の香りの混じった強烈な匂いが漂う。【浮世青行燈】 「あんたが未熟者ならば。画町にいる絵師は全員恥じ入って絵師と名乗るのをやめるべきだわ。彼女が花鳥風月、今回の百画展の主催者だよ。この二人は、都から来た陰陽師、名前は晴明と源博雅。」【絵世花鳥風月】 「今回の百画展の場をお借りして、御二方に会えて光栄です。」【浮世青行燈】 「彼らは二人とも百画展が初めてだから。それにあんたのことにも興味があるから、こうして連れてきた。」【絵世花鳥風月】 「わたくしにですか?恐縮ですが嬉しいです。」【晴明】 「世に向けて絵師や絵を愛でる人に招待状を送り、百画展を開催するだけでも、とても立派なことじゃないか。」【絵世花鳥風月】 「恐縮ですが、それは買い被りじゃないでしょうか。百画展は画町の由緒正しい行事ですもの。わたくしはあくまでもそれを引き継いだだけです。それも自分なりの理由があってからのことです。でも山奥で暮らすわたくしにも、晴明様と博雅様の武勇伝を伝え聞くことができました。そのため、わざわざと知り合いの妖怪にお頼みして、招待状を贈った次第です。招待に応じて頂き、誠に嬉しゅうございます。それでとても申し上げにくいですが、陰陽師様に引き受けてほしい依頼があります。」【晴明】 「依頼とは?詳しく聞かせてくれないか?」【絵世花鳥風月】 「お二人の陰陽師様には、今回の百画展で、真相の絵を見つけ出してほしいのです。しかしお恥ずかしいのですが、その真相の絵とはどういうものなのか、わたくしにも分かりませんので、ご自分の目で判断してほしいのです。」【晴明】 「真相の絵か……難しそうだが、とても面白そうだ。」【源博雅】 「この依頼、引き受けた!」【絵世花鳥風月】 「まあ、嬉しゅうございます。依頼が完了した時、きっちりお礼させて頂きます!」【源博雅】 「しかし百画展というのは、一体どんな催し物かな?」【絵世花鳥風月】 「百画展を開催する時、各地の絵師はここに集まり、それぞれ画館を見繕います。そして支度を終えたら、今度は自分の絵を画館の外で展示します。それで通りかかる人や絵師達に鑑賞してもらい、皆で交流を深めて競争します。展示会は七日間続くので、画町中を巡り、絵を堪能するのに支障はないはずです。本来ならば直接ご案内申し上げたいのですが……」【浮世青行燈】 「あんたの展示用の絵は、もう準備できた?招待状をもらった時から、ずっと楽しみにしているよ。」【絵世花鳥風月】 「完成に近い状態ですけれど、やはりもう少し磨きをかけたい所存でございます……」【源博雅】 「ははは、お手を煩わせなくても結構さ、絵に集中していいんだよ。俺と晴明は足に任せて見て回るさ。」【晴明】 「一理あるな、ついでに依頼の条件に合う絵があるかも確認できる。」【絵世花鳥風月】 「そういうことですか。でしたらお好きなようになさってください。ついでなのですが…この墨をもらってほしいです。」一丁の精巧な墨を取り出した花鳥風月はそれを晴明に手渡した。墨には本物とも見違えるほど生き生きとしている花枝や鳥が刻まれる。【絵世花鳥風月】 「わたくしの妖力が生み出した墨ですから、水をかけるとすぐに溶けます。水に溶けた墨を不鳴箋に塗れば、わたくしの画影を呼び出せます。もし何か困ったことが起きたら、いつでもわたくしに連絡してください。今回の百画展に来てくださった客人が想像よりも多いため、不本意ですが、何か行き届かないところがあるやもしれません。お粗末なことがあった場合は、どうか大目に見てほしいです。」【晴明】 「気を遣わせてしまって、本当にすみません。」【浮世青行燈】 「あたいにはまだ用事があるから、これからはお付き合いできないよ。」【晴明】 「はい、今まで道案内して頂き、本当にありがとう。」【浮世青行燈】 「これくらい、安い御用だよ。」【晴明】 「行こう、博雅、画町の絵を拝見しに行こうではないか。」【源博雅】 「おお!待ちわびたぜ!」【浮世青行燈】 「確か、狐と蛙の妖怪の使いは二人いるはずだけど?いつもは彼たちが案内役を務めていたが、今年はなぜあんたが苦労しているの?」【絵世花鳥風月】 「……暇な時は別にいつもわたくしの画館に留まらなくてもいいって、「煙」と「鏡」に言いました。彼らも絵師達から外の世界のことを聞き、もう少しそれに詳しくなることができます。そうすれば、今度わたくしが旅に出る時、彼らも共に世界の景色を堪能できるじゃないかって思ったのです。画町しか世界を知らなければ、心の世界も窮屈なものになってしまいますよ。」【浮世青行燈】 「浮世の中、一時の静けさを求め、絵巻の世界に入りたがる人は数えきれないほどいる。しかしあんたは逆に彼らを浮世に行かせたいか。」【絵世花鳥風月】 「あの…、違いますけど。昔聞いたことがあります、「世事を知りながら世情に疎い」ってね。」【浮世青行燈】 「これは少し含蓄あるね。」【絵世花鳥風月】 「やはりですか!やはり青行燈様には理解できるでしょうね。わたくしは絵より生まれた妖怪ですから、天地山水の広さや鳥獣草木の霊を本能として知っています。それでも、一つだけ全然分からないことがありました。そしてあの絵の中で、わたくしはようやく全てを理解できたのです……それでわたくしは思ったのです。浮世に近づければ、生まれたばかりの画霊はもっと真に迫ることができるかもしれません。」【浮世青行燈】 「こういう風に考えているのか。あんたの例を考えると、ありえないとは断言できないね。そういえば、招待状を送ってた時、あたいとの約束にも触れて、この世の終わりを見に来てくださいと誘ったね。手間をかけて晴明達を誘い、「真相の絵」を探させるってことは、準備はもう整ったのか?」花鳥風月は青行燈にお茶目な表情を見せるだけで、すぐ筆を執り、再び完成間近の絵に集中した。【絵世花鳥風月】 「それはね、まだ申し上げられませんわ。青行燈様にはどうか気長に待ってほしいです。」【晴明】 「やはりさっきの渡し場で見たことが気になるな。絵を見に行く前に、ひとまず町の外に行ってみよう。」【源博雅】 「俺も気になるさ!そこに行ってみよう。運が良ければ出発が遅れた神楽達にも出会えるかもな。」晴明と源博雅が画町を後にし、遠くの景色を見ながら少し変な気分になった。彼らが来た時に比べて、画町の外の世界はもう全く違うものに変わり果てていた。【源博雅】 「晴明、画町の外の様子はかなり変だぞ。」【晴明】 「うん、周りの景色は現世のと全然違うな。簡単な形の中にも風雅を心得ている。恐らく、私達が足を踏み入れたこの画町は、現世に含まれていない。」【???】 「陰陽師様、こんにちは、お困りのようですね!」【源博雅】 「(ぎくっと驚く)!!!誰だお前?一体どこから現れたんだ!」【???】 「これはこれは、大変失礼いたしました。お二人の陰陽師様は初めて百画展に参加するので、まだおいらのことを知らないですよね!」【煙】 「まずは自己紹介させてください。おいらの名前は煙といい、花鳥風月様に仕える妖怪の一人です。そして今回の百画展の案内役も務めています。困る客人を助けるのが仕事ですから、疑問があれば遠慮なく聞いてください。ただし、その…少しだけ手数料を頂きます。ほんの少しだけですもの…取るに足りませんよ。」【晴明】 「その手数料というのは、一体何なんだ?」【煙】 「おや、慎み深い客人ですね!単刀直入に言うと、陰陽師様の画影がほしいです。」【源博雅】 「画影?なんだそりゃ?」【煙】 「つまるところ、おいらが陰陽師様達の肖像画を描くことになります。ここに遊びに来た記念として……」【鏡】 「ここにいたか、煙。」【源博雅】 「!!!」【煙】 「!!!」【源博雅】 「今度は誰だよ!!!一体どこから湧いてきたんだ!!!」【晴明】 「今度ははっきりと見えた。風の中から姿を現したようだな。」【源博雅】 「お前らは風も操れるのか?」【鏡】 「違います。おいら達は花鳥風月様が気まぐれに書いた絵の霊に過ぎません。この世の中だからそれができただけです。なんせこの世界もまた花鳥風月様が描いた絵ですもの。」【煙】 「花鳥風月様が気まぐれに描いたのはあんただけだ。おいらは花鳥風月様が丹念に描いた最初の絵の霊だよ。」【鏡】 「……うん、その通りだ。」【晴明】 「そうだったか、画町は現世に含まれていないと睨んでたが、実はこの世界自体が絵だったのか。」【源博雅】 「それなら、どうしてこんな荒れ果てた世界になったのかな?もっと絵に色を付けるとかを考えなかったのか?」【煙】 「それは違いますよ。おいらと鏡から見れば、この絵巻の世界は荒れ果てるどころか、むしろぎゅっと詰まっています。」【源博雅】 「……もしかして厳島の時の目の怪我が治ったのは俺の勘違いで、やはり何か後遺症が残っているのか?くそー、藤原のやつは綺麗事をほざいたが、やはり卑怯な真似をやりやがったな!」【晴明】 「たぶん本当の原因はそれじゃないよ。じゃあ続きを聞かせてください。」【煙】 「はは、ご心配には及びませんよ、博雅様。これは花鳥風月様の妖力が為せる技です。絵巻の千相は心に浮かぶ森羅万象に呼応します。絵巻の全ては陰陽師様の心によって決まりますよ。つまりですね、絵巻にあるものは、陰陽師様が描きたいものに左右されます。描いた途端に真になり、つまり陰陽師様だけの絵巻の世界が生まれるのです。 例えば、おいらの絵巻の世界の話ですが、数えきれない客人や画影がいますよ。鏡のはね、木陰の下に寝椅子がぎっしり並んでいますよ。」【源博雅】 「分かったぞ!俺が描いてみるよ!」煙から筆を受け取った源博雅はしばらく目を閉じて考えてから、何もないところで風の中で揺蕩う竹を描き出した。【源博雅】 「本当に……できたんだ。」【晴明】 「思い浮かべるものは即ち実現し、筆をもって虚実を超え世界を創り出す。本当にすごいよ。」【源博雅】 「このような絵師は、生まれて一度も見なかったんだ。やはり青行燈の言う通りだ。しかし彼女が言ってたもう一人の名人絵師は、一体どんな人かな?」【煙】 「陰陽師様にたくさんの情報を教えたことに免じて、もしよければ画影を…」【鏡】 「花鳥風月様は仰ったよ。花鳥風月様に無断で客人達に無理な願いを押しつけてはいけないって。」【煙】 「もう、皆が黙っていればいいじゃないか。バレなきゃ規定違反にもならないし……」【源博雅】 「で、画影とはなんだよ?」【鏡】 「普通の画影はただ動けるだけの影です。でも煙にかかれば話は違いますよ。彼は異なる画影の姿に成りすまし、人を騙して遊ぶのです。」【煙】 「おいらはちょっと好奇心に駆られ、適材適所という言葉を実践したまでですよ。」【源博雅】 「???そんなのだめに決まっているだろう!」【晴明】 「話を聞く限り、紙人形の使い方に似通うところがあるな。」【鏡】 「さて、花鳥風月様に客人の案内を任されているし、渡し場にまた何人かの絵師が着てるから、早く仕事に戻るよ。」【煙】 「そうか、ひとまず諦めるしかないですね。もしおいらの画影に興味がありましたら、後でおいらのところに来てください!」二体の妖怪が離れると、晴明は源博雅が描いた竹を見て考え込み、ぱっと扇子をたたんだ。」【源博雅】 「晴明、どうしたんだ?何か思いついたようだが?まさか本当に画影に興味があるのか!他のやつが自分に成りすますんだぞ。絶対におかしいよ。(躊躇げ)もしあの煙という妖怪が何か変な趣味を持っていれば……」【晴明】 「違う、画影というのに興味があるのは事実だけど。さっきはただ花鳥風月が言ってた真相の絵のことを考えてた。あれは一体どんなものなんだろう。彼女にとって、一体何が真相と言えるのか?」【源博雅】 「真相とやらはさておき、彼女が探しているものは、結局絵以外の何ものでもないでしょ?だから世界中から集まってきた絵師達が展示する絵を見に行くよ!」【晴明】 「うん、行こう。」 |
巻物物語・二
巻物物語・二 |
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画町の中…【絵師甲】 「霧に覆い隠される山水の絵か…実に素晴らしいですよ!」【絵師乙】 「違う!たかが山水程度で、春の森の景色に敵うはずがない。画力が足りないし、迫力がないんだよ!」【絵師甲】 「それは違いますけど……」【源博雅】 「やはり百画展に参加した絵師は皆普通のとは違うな。この二つの絵だけど、一つは山水の趣を伝え、もう一つは生き生きとする森の春景色を再現してる。それぞれ違うけども、二つとも素晴らしいよ。なぜ優劣をつけねばならないんだ。」【絵師甲】 「あんたに何が分かる!」【絵師乙】 「あんたに何が分かる!」【源博雅】 「…………わかったわかった、二人とも落ち着いてよ!」【晴明】 「さすがは絵師だけの百画展だな。画町はまるで各地より集まった絵師達に占領されてしまったよ。」【源博雅】 「そうだな、しかし長旅した後の状態にしては少し元気過ぎだよ……」【晴明】 「でも見たところ、大抵は山水画か、肖像画ばかりだね。こういうものなら、花鳥風月はもう見慣れたはずだから、彼女がほしいという真相の絵とは違うだろう。しかし真相の絵と言うのは、一体どんな真相かな。」【源博雅】 「判断基準すら曖昧なんだから、こいつは困るぜ。」【晴明】 「それ以外にも、一つ気になることがある。画町には、昔から住んでいる人がいるのか?やはり変だと感じるから、詳しい人に説明してほしいところだよ。」【子供甲】 「あそこあそこ!」【子供乙】 「早く!彼を見たんだよ!」【子供丙】 「秀一、遠山秀一…どこに隠れてんだよ!」【源博雅】 「町人は現れなかったけど、子供ならたくさんいるな。こんな入り組んだところでかくれんぼをやっているのか。本当に羨ましいぐらい元気な子供達だぜ。」【晴明】 「彼らと一緒に遊びたいと言うなら、別にいいよ……」【源博雅】 「止せ!もう子供みたいにかくれんぼではしゃぐ年頃じゃないんだよ俺は!」【晴明】 「ふふ、そうか、じゃ絵探しを再開しよう。」二人が町中を探し回り、絵と言う絵を漏れなく確認した。山水画も、肖像画も、ありのままの浮世の絵も、そして奇天烈な絵も。しかしどの絵もお眼鏡にかなうことができなかった。かといって手ぶらで帰るのもあれだから、源博雅はお金を払って一部の絵を持ち帰った。【晴明】 「絵をたくさん買ったね。例えこの中に花鳥風月の条件を満たすものがあっても、残ったのはどうするつもりだ?」【源博雅】 「家に持ち帰っても、お土産として誰かに贈ってもいいじゃないか。それだけの価値がある絵だし、全部家に飾っても全然問題ないよ!むしろ阿堵物で買えるだけで、とてもついてるんだよ!」【晴明】 「…………」晴明は呆れた様子で頭を横に振った。そして素っ気なく隣の壁に目をやった時、違和感を覚えた。彼は壁に近付き、腰をかがめた後、その上には子供が大人の手を繋ぐ落書きみたいな絵に気付いた。【晴明】 「うん?これは?博雅、この壁にある絵は、強烈な霊気を帯びている。しかし、本当に懐かしい気配だな。何だか……変わった秘境の入り口に思える。」手を伸ばした晴明の指が絵に触れると、すぐさま眩しく光り、そして次の瞬間、晴明は源博雅の目の前で消えてしまった。【源博雅】 「晴明!!!」目の前で晴明が消えたことを見せらせ、考える暇すらない源博雅はすかさず晴明が触れた場所に触り、同じく町の通りから消えてしまった。それは通りかかる人々に認識されることはなかった。地面に落ちた絵はいつまでもそのままだった。その頃、渡し場では……【小白】 「はあ!やっと着きましたね!セイメイ様達はどこにいるのです…小白は少しの間お出かけしただけなのに、帰った時、セイメイ様も博雅様も小白を置き去りにして出発しましたよ!」【神楽】 「私と八百比丘尼も置き去りにされたよ。だからそんなに怒らないでください、小白。」【小白】 「こ、小白は全然怒っていません。さっきのはただ文句を言ってみただけです!神楽様は真に受けないでください!」【八百比丘尼】 「ふふ、彼らは青行燈について来たはずです。いつまでも彼女を待たせるのはよくありませんね。」【神楽】 「うん、晴明は手紙や不鳴箋を残して、ここに来る方法を教えてくれた。でも……渡し場についた後のことは書いてないね。」【八百比丘尼】 「この先に人の気配がします。町のようだけど、とりあえず行ってみましょうか。」二人と一匹の狐は画町に入った。【小白】 「わあ、不思議そうなところですね!こんなにたくさんの絵巻を飾った場所、小白は今まで一度も見たことありません。まるで、絵巻だけで作られた世界みたいですね!」【神楽】 「ここは絵師達の祭りだからね。でも、世界中の絵師達をここに招くことができるし、百画展の主催者は、きっととてもとてもすごい絵師よね!一度会ってみたいよ!」【八百比丘尼】 「もし青行燈様に出会えたら、その願いは叶うかもしれませんよ。なにしろ、青行燈様とあの方は、昔からの知り合いですから。青行燈様に同行してここに来た晴明さんと博雅さんなら、もうあの方にお会いできたんじゃありませんか。」【小白】 「そうですか!じゃあ早くセイメイ様に会いに行きましょう!小白はこの前見た夢のことをセイメイ様に教えたくて我慢できませんよ!」【神楽】 「え?小白は夢の中で何を見たの?私達にも教えなかったみたいね。」【小白】 「あ……それはとても素敵でとても嫌な夢です。小白はセイメイ様と博雅様に会ってから皆さまに教えるつもりですから、まだしばらく内緒ですよ!だって、とてもとても長い夢ですもの。」【神楽】 「じゃ晴明とお兄ちゃんを探しましょう。八百比丘尼、彼らがどこにいるかが分かるの?」【八百比丘尼】 「少し探してみましょう。あら?おかしいですね……」【神楽】 「どうしたの?八百比丘尼。」【八百比丘尼】 「この画町に入ってから、私が感知できる彼らの居場所は急に曖昧になっていき、時に感知できたり、時に感知できなかったりして……でも、最終的に見つけましたよ。彼らの居場所は……」【神楽】 「え!小白、気をつけなさい!」突然としてある小柄の男の子は小白にぶつかって、八百比丘尼の話の腰を折った。」【小白】 「うわあ!!!誰だよ!小白の尻尾を踏んだのは!痛いよ!」【幼い秀一】 「う!痛っ!!」【小白】 「早く起きなさい!このままじゃ小白は押し潰されるよ!!一体いつまで座り続けるつもりだ!!!」【幼い秀一】 「うわ!ごめんなさい、さっきは急いでいたから狐が見えなかったんだ。」【神楽】 「小白、大丈夫なの?」【小白】 「(立ち上がって尻尾を振ってみる)小白は大丈夫です!でも毛は何本も落ちてしまいました……」【八百比丘尼】 「この子こそ無事でしょうか。さっきは誤って石にこすって傷ができたようです。」【幼い秀一】 「僕は平気です。このくらいの擦り傷なら気にしなくても平気です!」【小白】 「ぶつかられたのは小白だけど、怪我させてしまってごめんなさい……」急に遠くから慌ただしい足音、そして子供達の叫びが聞こえ始めた。【子供甲】 「やつはあそこにいるぞ!誰かに止められたんだ!」【子供乙】 「へへへ、追いついたぜ!秀一、なぜ逃げるんだよ。父親に会いに行くのか?」【子供丙】 「へへ、拾われた化け物に父親なんかないだろ。」【小白】 「誰だ急に現れて、どうしてこういう酷いことを言うのですか!」【幼い秀一】 「まずい…もうすぐ追いつかれる!」秀一は器用に彼らを避け、ある路地裏に駆け込んだ。そのあと、彼らも後を追って中に入った。【小白】 「小白の目の前でいじめするなんて、許せないですよ!」【神楽】 「早く様子を見に行こう。」路地裏に入る前、突如として何かがドンと地面に叩きつけられる音や悲鳴が聞こえた。【子供乙】 「……うう!痛っ!」【子供丙】 「うわ!痛っ!何かが落ちてきた!」【子供甲】 「屋根の上から木が落ちた!あいつが前もって仕掛けた罠に違いねえ!くそ!待ってろよ!」【八百比丘尼】 「どうやら、私達の助けはいらないみたいですね。」秀一は遠くのもう一つの路地裏から出てきて、服に付いた埃を振り落とした。【幼い秀一】 「(独り言)本当に馬鹿ばかりだな……毎日性懲りなく、同じことを繰り返す。」【神楽】 「あの…秀一?名前は秀一で合ってるよね、怪我はないか?」【小白】 「あの悪ガキ達にいじめられたか!もしいじめられたら、小白に教えて!小白が代わりに懲らしめてやる。」【幼い秀一】 「まだそこにいたのか、お気遣いありがとう。僕は大丈夫だよ。」【小白】 「よかったよかった、さっき小白にぶつかった時にできた傷はどう?お医者さんのところに行ってみる?」【幼い秀一】 「あ、平気平気、擦り傷だし、すぐ治るよ!」【八百比丘尼】 「ちょっと話を小耳に挟んだけど……もしかして、いつもさっきの子供達にいじめられているの?」【小白】 「そうよですよ、口も悪いし、小白は聞いただけでカンカンになったよ!化け物とはなんですか!妖怪を見下しているの?それにあなたを見る限り、小白は別に妖気を感じていない、むしろ別の何かが……」【幼い秀一】 「うん?」【小白】 「(あれ?どういうことだ……さっき感じた気配はまた消えてしまった。まさか小白の気のせいなのか?でもさっきは確かに彼から何か変な気配を感じたはずだ。妖気でも、普通の人の気配でもない、濃い匂いで……)一体何の匂いなんでしょう……?」【神楽】 「小白、何か言った?匂いがなんとか…」【小白】 「……ん?別に、何でもありませんよ。あはは、小白は、小白はいい匂いを嗅いで腹が減ったせいか、ついつい口に出してしまいました。」【神楽】 「でも、出発する前にご飯を食べたばかりじゃないか?」【小白】 「そ、その、ずっと歩いているから、腹が減っても別におかしくありませんよ!小白はまだまだ成長期ですもの!」【幼い秀一】 「えっ、小白さんはお腹減ったの?じゃうちに来ないか、うちにはお母さんが作った餅があるよ。ちょうどそれで皆さんをもてなせる。」【神楽】 「ご迷惑にならないか?」【幼い秀一】 「いいの、小白さんにぶつかってしまったお礼と思ってください。僕について来て。」【小白】 「はい、お言葉に甘えて。(さっきの匂いは気のせいかもしれない…神楽様達には一旦黙っておこう、小白がちゃんと確認してから話そう)」絵巻の世界…… 不思議な秘境の入り口に飛び込み通り抜けた源博雅は、厚く積もった雪に足を取られてしまった。焦った彼は不安げに周囲を見渡し、晴明の姿を探している。幸い、すぐそこの枯木の下で、彼は晴明の姿を確認できた。」【源博雅】 「晴明!!!まったくもう…なんで話の途中で訳も分かんない秘境の入り口に触るんだよ。俺にかける言葉の一つもなく、急に消えちまったんだ!」【晴明】 「君なら絶対に探しに来ると信じているからだよ、博雅。君を信じている。」【源博雅】 「そうかもしれんが、突然そんなことされたら誰でもひやひやするだろ!この町でもう何度もひやひやする思いを体験したから、マジで勘弁してほしいんだ。」【晴明】 「そうか、悪い、今度はちゃんと声をかける。」【源博雅】 「先ほど中に入った時は少しも躊躇しなかったが、いつもの用心深いお前らしくねえな。」【晴明】 「言ったはずだ、あの絵からは強い霊力を感じた。しかも懐かしい気配がした。一度しか会ってないが、それでも私は何となく分かった…あれは花鳥風月の霊力なんだ。」【源博雅】 「花鳥風月の霊力?まさか壁にあるあの絵は彼女が描いたのか?」【晴明】 「それは分からない。でも、私達がたまたま見つけたあの絵は、彼女が私達に黙っている秘密の一つかと睨んでいる。あの絵が彼女が言った「真相の絵」を見つける手がかりになるんじゃないか。」【源博雅】 「そういうことか、じゃあこの妙ちくりんな絵巻の秘境を探索してやるぜ。ここの時の流れは外と違うみたい。あっちは真夏なのに、こっちは雪に覆われているんだ。見たところ真冬のはずだが、妙に寒くないな……」【晴明】 「目の前に灯りらしいものが見える、様子を見に行こう。」秀一の家……【幼い秀一】 「ここが僕の家だよ!お好きな席にどうぞ、僕はお茶を持ってくるね。」小白、神楽、八百比丘尼は秀一に勧められて席に座った。ここは裕福な家ではなさそうだが、家事を切り盛りする人は綺麗に片付けている。周りの壁には稚拙な絵、そして上手な絵がたくさん掛けられており、どうやら二人の手によるものらしい。【神楽】 「壁に掛けているのは、秀一と彼の家族の絵でしょう。本当に絵が好きな家族だね。」【小白】 「小白は絵の専門家ではないですが、それでも秀一の家の絵は全部思いを込められた絵だと感じられるます!」【神楽】 「そういえば、八百比丘尼はまだ晴明とお兄ちゃんの位置を感じられるの?途中で秀一について行ったけど、あまり長くは待ってくれないよ。」【小白】 「(少し後ろめたい気分)う、あはは、そうですね。いくら待っても小白達の姿が見えないし、セイメイ様はきっと変だと思うはずです。」【八百比丘尼】 「(集中する)うん……今は彼らの居場所を精確に感じられません。距離が遠すぎるせいか、居場所は曖昧になってしまいました。でもなぜか急に近くにいたり、遠くに離れたりするようです……でも心配しないで、彼らが画町に来たなら、別に急いで私達と合流しなくても、町を探索するとかができますよ。少しだけ道草を食っても、きっと問題ありません。」【神楽】 「八百比丘尼の言う通り、この町は外の世界と違い、斬新なことがいっぱいあるね。もしかしたら、お兄ちゃんはもう蒐集品として絵をたくさん買ったかも。」【小白】 「よかった、これで小白も安心できますよ。秀一はお茶を持ってきました!小白がお手伝いします!」小白は立ち上がり秀一のほうに向かって歩き出したが、二つの懐かしい人影が小白の後ろにある雪の絵の中に加わったことに誰も気づかなかった。絵の中にいるのは、間違いなく晴明と源博雅だった。しかし風が吹き、彼らは再び消えてしまった。遠くの画館の中、筆を手に執る花鳥風月の動きは一瞬だけ止まった。その光景はちょうどつまらなさそうに彼女を眺めている青行燈の目に映った。【浮世青行燈】 「どうやら何かあったみたいね。あんたにとっても予想外のことだったか?」【絵世花鳥風月】 「違います。ただ新しい客人が来て、その中の白狐の子がとても可愛くて、一瞬気を取られただけです。」【浮世青行燈】 「白狐?新しい客人というのは想像できたわ。であれば、彼も現れたはずだし、晴明達は、もうあんたの絵を見つけたんじゃないか。面白い、あんたはまだ意地を張って最後の答えを教えてくれないけど、想像もできない答えぐらいは予想できるよ。画館で待つのはやめよう、先に知り合いに会って昔話でもするか。案外、途中で答えを見つけられるかもね。」 |
巻物物語・三
巻物物語・三 |
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絵巻の世界……【源博雅】 「晴明、周りの景色は何だか懐かしいと思わないか。ここって俺達が先までいてた画町じゃねえか…少し古く、ぼろぼろになったけど。にしても一人もいねえな……」【晴明】 「雪が激しく降っているから、人影が見当たらなくても別におかしくない。灯りはすぐ先みたいだ、もうすぐ町の人に会えるだろう。」【源博雅】 「じゃもっと早く歩くよ!ここじゃ暗すぎる。別に寒くないけど、それでもやはり明るい場所がいいんだ。おかしいぞ!晴明、灯りは今まで以上の速さで近寄ってきてないか。まるで、動いているのは俺達だけじゃなく、向こうの灯りもこっちに向かっているみたい。」【晴明】 「確かにそうみたい、向こうから誰かが来たようだ……」【源博雅】 「じゃあ行ってみよう。この変ちくりんな絵の中で、一体誰に出会えるかな……ん!さっき何か踏んだみたい。」【朱】 「うああ……」【侯】 「朱、なんで突然喚くよ、寝るじゃなかったの。」【朱】 「さっき誰かに踏まれたみたいだったから、激痛が走った。」【源博雅】 「げっ!本当にすまん、全然気づかなかったんだ!でもなぜ雪の中で寝るんだよ。寒くないとはいえ、やはりまずいだろう……」【侯】 「踏まれたって一々騒ぐな。俺まで起きてしまったじゃないか、寒くてなかなか寝付けないのに。」【朱】 「でも……侯のほうがもっと騒がしいと思うけど……」【侯】 「ふん、俺がうるさいって思ってるなら、そっちの木の下にでも行けよ。寒さに我慢できればの話だけど。」【源博雅】 「間違いなく俺は失礼なことをしたが、何も無視することはないよな…(手を振ってみた)どうも?俺の声が聞こえるか?ん?全然反応ねえじゃん…晴明、どうやら彼らには俺達の姿が見えないから、声が聞こえないんだ。」源博雅はもう一度手を伸ばし、侯の頭から一本の毛をむしった。」【侯】 「うう!痛いじゃねえか!!!なんで俺の残り少ない毛をむしるんだよ!」【朱】 「何の話だ!どういう意味だ。」【源博雅】 「しかし俺達がしたことにはちゃんと反応する…一体どういう仕組みかな?」【晴明】 「たぶんだけど…絵巻の世界が何らかの制限をかけたじゃないか?もう少し様子を見よう。例の灯りは近づいてきて、かすかに見えてきた。灯りを手に持つ人らしい。」【源博雅】 「女性と見受ける。」灯りを持っているのは成人の女性のようだ。やや焦る表情をしいたが、雪の中の二人の姿を確認できた途端和らいだ。【秀一の母】 「こんにちは、まさかここでお会いできるとは。」【侯】 「こんにちは。」【朱】 「こんにちは、もう遅いですが、一体どこに行くのでしょう?」【秀一の母】 「うちの秀一は病を患ったの。しかし炭も薬も使い切ってしまったので、こうして炭や薬を探すために家を出たのです。でもお医者さんはもう終わってしまって、他の人達も全然私の言うことを聞いてくれないので…それでその……」【侯】 「そうか…本当に大変だったな。今年は何もうまくいかず、町の皆だって困っている……無理もない話だよ。俺達だって困り果てて借金まで作っちまった。そして帰れる場所すらなくしたんだ。それに町の人達は……以前からお宅をよく思ってねえさ。」【秀一の母】 「私だけなら平気ですけど、しかし秀一は……ううん、きっと何とかなりますよ。」秀一の母は小声で言い終えると、顔に満ちた迷いは次第に消えていき、最後は揺るぎのない表情に変わった。同時に、晴明と源博雅は世界が軽く震えた思いをした。まるでこの世界に何かが人知れずに変わったようだ。そして目の前にいる秀一の母は、突然懐かしい気配を放ち始めた。【晴明】 「ん?」【源博雅】 「どうしたんだ、晴明?」【晴明】 「何でもない、あくまでも勘だけど、彼女が懐かしいと思わないか?」【源博雅】 「言われてみりゃーそうだな……しかし一度も彼女に会ってないはずだが。ただし懐かしいというのは顔じゃなくて……もっと根本的に違う何かが。!!!思い出した!花鳥風月の画館を出る前に、彼女からもらったあの墨だよ!」晴明が墨を取り出すと、二人は墨が絵巻の世界で柔らかい光を放っていることに気づいた。【晴明】 「花鳥風月は言ってた、何か困ることが起きたら、水に溶けた墨を不鳴箋に塗れば、彼女の画影を呼び出せるって。不思議と言っていいぐらい絵巻の世界、そしてここでは時々彼女の霊力の気配を感じ取れる……やはり、この墨を使ってみるべきだ。」晴明は積もる雪を一握り掴み取り、霊力の火で雪を溶かし、墨に水を注ぎ、不鳴箋に塗ってみた。不鳴箋は少しの間だけ震えて光り続けた。光が消えると、不鳴箋はもう一度晴明の手のひらに落ちた。【源博雅】 「…………」【晴明】 「…………」【源博雅】 「ん?それでなに?花鳥風月の画影を呼び出せるって話じゃなかったのか。少し言いにくいが、この不鳴箋は…不発に終わっちまったじゃねえか。」【秀一の母】 「え?あなた達は?」質問を投げられた晴明と源博雅が振り向くと、秀一の母は不思議そうに彼らを見ている。今度はいままでと違い、彼らが見えるようで驚いた顔をしている。【晴明】 「私達が見えるのか?」【秀一の母】 「おかしいことを仰るのですね、もちろんはっきりと見えます。しかしさっきまではここにいなかったようですけど、一体いつ来たのでしょうか…全然気付きませんでした。」【朱】 「あの…誰と話してるんだ?」【侯】 「そうだよ、ついさっきまで秀一の話をしてたじゃねえか、なんで急に独り言を言うんだ!」【朱】 「暗くて寒い夜じゃ、ちょっと不気味だな……」【秀一の母】 「あれ?もしかしてあなた達は………………いいえ、何でもありません。必要なものはどうせ見つけられないし、秀一が待っているので、私はもう帰るしかありません。こんな大雪の中、残るのはお体によくありません。もしよければうちに来てください。ぼろぼろの家ですけど、風や雪を凌ぐくらいはできるので、少しは温かくなるのでしょう。」【朱】 「これはありがてえ話だぜ、悪いがお邪魔させてください。ここじゃ寒すぎんだよ。」【侯】 「お邪魔します。できるだけ薪を見つけてやるぜ、あまん見つけられんだろうが、ないよりはましだな。」【秀一の母】 「(小声で晴明達に話しかける)あの……お二人も雪を凌げる場所を探してみるほうがいいですよ、私はこれで失礼します。」【源博雅】 「晴明……花鳥風月の墨を使ってみたんだが、何の動きもないようだ。ただ秀一の母という人が突然俺達のことを見えただけだ。彼女からは墨と同じ気配を感じ取れる。そして墨は花鳥風月の画影と繋がっている……」【晴明】 「ああ、私も薄々気付いた。恐らく、この絵は花鳥風月が残したものだろう。彼らの後について行こう。花鳥風月が画町に隠した秘密の一つは間違いなくここにあるんだ。あくまでも推測だけど、ここでなら彼女が言ってた絵を見つけることはできるかもな。」晴明と源博雅は三人の後について行った。途中、最近画町では有名な絵師が現れなくようになった嘆きを小耳に挟んだ。百画展に来るお客がめっきり減り、凶作が続くと、皆の生活は大変な思いをしている。同時に、暗くて雪の止まない画町を観察し続けている二人は、もう一つ異常なことに気づいた。【晴明】 「絵巻の世界は不完全な世界で、本当の画町の一部しか再現できなかった。遠くから見ると、欠けた部分には境目らしいものが見える。」【源博雅】 「境目は黒い霧に覆われているようだ……この絵巻の世界は単なる幻境じゃないだろう。」【晴明】 「しかしいざという時はどうやってここを出るのかな。やはり「秀一の家」が要だと考えるべきか。着いたようだ。」秀一の母は皆を庭の中に案内したが、扉の鍵を閉めなかった。源博雅は一瞬躊躇った後、晴明の後を追うように中に入った。庭の中には葉が全て落ちた枯れた大樹が生え、部屋の中からは咳き込み音が聞こえる。【秀一の母】 「秀一、お母さん帰って来たよ、少しは元気になったかい?」【幼い秀一】 「お母さん……少し元気になったと思う…さっき出かけたばかりで、寒くないの?」【秀一の母】 「ううん、全然寒くないよ。少し元気になったようでよかったね。お腹空いたかい、お母さんがあなたの好物の餅を作ってあげようか。」【幼い秀一】 「ありがとう、最近お母さんの手作りの餅を全然食べてないからね、ゴホゴホ。」【秀一の母】 「じゃあちゃんと寝てね、すぐ戻ってくるからね。」秀一の母は厨房に入り、不器用に鍋などをいじり始め。しかしひたすら時間が経つだけで最後までうまく餅を作れなかった。【秀一の母】 「ああ…これ結構難しいわね…何度見よう見まねで練習したけど、餅の一つも作れなかった……今頃お腹を空かせてるから、早く餅を持ち帰ってあの子を喜ばせないと。」誰も見てないところで、筆を取り出した彼女は餅の上で軽く筆を振ると、歪な形の餅はすぐ上出来な餅に変わった。重箱を持って厨房から現れた秀一の母は、中の一段を侯と朱に分け与え、そして人知れずに晴明と源博雅にも分け与えた。【源博雅】 「晴明……この餅の味は何だか変だぞ。」【晴明】 「中に込められた霊力は、墨の匂いを帯びているが、朱と侯には感じられないようだ。」【秀一の母】 「秀一、できたよ。さあ、餅を食べて。」【幼い秀一】 「うん!美味しい!ゴホンッ、久しぶりに餅を食べた、美味しいよ。ゴホッ、ゴホンゴホン!!!」【秀一の母】 「秀一!」【幼い秀一】 「大丈夫、ゴホゴホッ、お母さん、僕は平気だよ……」体はますます熱くなっていき、秀一はすぐ意識を失った。すると食べきれなかった餅はボトッと地面に落ちた。我が子を触って確かめた後、秀一の母は庭に降り注ぐ大雪を見尽してから、覚悟を決めて庭に出た。【秀一の母】 「秀一、大丈夫だよ。もう少し耐えてね、お母さんが今助けてあげるよ。」【源博雅】 「彼女は筆や墨を持って外に出たぞ。これは庭で絵を描くつもりかな?どこも雪に覆われてるんじゃねえか。なんでその上で絵を描くんだよ……えっ?おいおい???なんじゃこりゃ!!!」【朱】 「これは……これは奇跡なんじゃ……」【侯】 「これは春じゃねえかよ……」万物に息吹を吹き込む春は秀一の母の筆に描かれて蘇った。青々とした若葉は積もる雪の中から芽生え、雪は溶け水になって土の中に入り込み、枯れた大樹も再び芽吹いた。次の瞬間、木は紫の花が咲く枝を垂らした。大樹は蘇った春に呼び起こされ、花を咲かせた。病にかかった秀一も奇跡的に回復した。庭の中、春は蘇ったが、庭の外の闇はより一層深まった。広がる悪意や恐怖が集い、漆黒の人影をたくさん産み落とした。」【黑い影】 「ぐあああ……化け物……いけ好かない親子……不吉……出ていけ……」【源博雅】 「晴明!」【朱】 「物好きな連中がまた来やがった!」【侯】 「まったくいい迷惑だぜ!自分の生活がうまくいかないからって、他人に言いがかりをつけてどうすんだよ!客寄せができないのは、自分の家が有名な絵師になれないせいにした方がいいのかよ。」朱と候はまるで妖気が見えないかのように振る舞った。彼らの目には、退屈でちょっかいを出しに来た住民にしか映らなかった。【侯】 「まったく、やる気なら相手してやろうじゃないか!」二人は庭院の外で蠢く暗い影に飛び込み、二匹の猛獣と化した。そして影を引き裂くと、みるみる黒い墨となり、外の世界を覆った。【源博雅】 「おい晴明、わずか残ってる区域まで墨に飲み込まれたぞ。絵巻の世界ではこの庭院しか残っていない。墨に飲まれるのも時間の問題だろう。」しかし墨の流れが突如止まり、部屋の中から男の子の躊躇う声がした。【幼い秀一】 「…母さん?」【秀一の母】 「うん?どうしたの秀一、少し体調よくなった?」【幼い秀一】 「うん!完全に治った気がする!母さんがそばにいてくれれば、僕はきっと大丈夫だよ。」【秀一の母】 「…ええ!なら母さんはずっと、秀一と一緒にいるわよ。」抱き合う二人の身から微かな光を放った。秀一の母親は隣にいる晴明と博雅の方を向き、慣れ親しんだ微笑みを見せ、姿を消した。止まっていた墨の流れが再び動き出し、ゆっくりと庭院の中へ流れ込んだ。【源博雅】 「あの二人、なぜ消えたんだ?」【晴明】 「恐らくこの絵における物語が終わったからだろう。」【源博雅】 「じゃあ、俺たちどうやって出ればいいんだ!このまま墨に溺れろというのか?」【晴明】 「ここから出るには、この物語の真実を見つける必要があるだろう。」【源博雅】 「物語の真実?どういう意味だ?」【晴明】 「多分、この紫藤の木の下に何かがある。」晴明は一面に落ちている紫藤の花をかき分けると、一枚の絵が現れた。何の絵なのかまだ分からないうちに、博雅が晴明に手を引っ張られ、絵の中へと消えた。画町の中…【源博雅】 「もっ…戻ってきた?晴明、俺たち戻ってきたぞ!さっき忘れた絵もそこにある!あれ、晴明、その手に持っているのは?」【晴明】 「先ほどの世界で見つけたものだ。花鳥風月が言う、「真相の絵」の一部だろう。」【源博雅】 「一部だと?これは完全な絵ではないのか?言われてみれば、さっきの世界の秀一の母親は…」【晴明】 「ああ。花鳥風月の「画影」だろう。あんな風に不鳴箋越しに俺たちを見ているんだ。その時にふと思った。もしかしてこの物語は花鳥風月が持っている絵であって、実際に起きたことではないかと。彼女の画影はこの物語で、自らの力によって冬に春を呼んだ。つまり、物語そのものを変えたのだ。そして、この物語の本来の姿が、この世界で最も真相を映した絵に違いない。だが、この絵はまだ完成されていない。これは絵の欠片に過ぎないのだ。」晴明は絵を広げた。母親がわが子を優しく抱きしめている絵だが、絵の端が破れている。【晴明】 「引き続き、探さねばならんようだな。絵ではなく、花鳥風月がこの町に残した手がかりを。行こう。この先の橋を通って、東の方を調べてみよう。」その頃、秀一の家では…【幼い秀一】 「母さんの手作りお菓子を食べてみてください!この餅は母さんの十八番なんだ。」【小白】 「ではお言葉に甘えて、頂きます!こっこれは、うまいです!!!秀一くんのお母さまはお料理上手ですね。」【神楽】 「うん。香ばしくてまろやかな甘味だ。神楽も気に入った。」【八百比丘尼】 「本当に美味しいですね。」【幼い秀一】 「あはは、気に入ってくれてよかった。皆運がいいね。今回は美味しいほうだよ。」【小白】 「え?美味しくない時もあるということですか?これはお母様の十八番ではないんですか?」【幼い秀一】 「それはね…失敗する時もあるよ。母さんの餅は、ぱさぱさする時があるんだ。でも美味しくないのは、僕が全部食べたはずだから大丈夫。」【小白】 「どうして美味しくないのを全部食べたんですか!まさか美味しいのを全部客人にと…だとしたら、小白はこれ以上食べられません!」【幼い秀一】 「違うよ。パサパサするけど、不器用な「母さんの愛」がいっぱい入っているから食べたんだよ。母さんの想いを全部大切にしたいんだ。」【小白】 「神楽様、小白…小白は感動しました。秀一くんとお母さまの絆は本当に素敵ですね。」【神楽】 「そうだね…私もお兄ちゃんのことが恋しくなってきたな。お兄ちゃんが作ったお菓子は見た目がいまいちだけど、気持ちを大切にしている。やっぱり、早く晴明とお兄ちゃんを探しに行こう。」【八百比丘尼】 「ちょうど晴明さんと博雅さんの居場所を探知できたところです。後で東のほうへ向かいましょう。」【幼い秀一】 「お茶を飲んだら出発しようか。外まで見送るよ。」【神楽】 「うん!」一行が席を立ち、外へ向かった。途中、猛獣の絵を通りかかると、八百比丘尼は何か思うところがあるように、絵の中の二匹の獣を見た。【八百比丘尼】 「こちらも秀一くんの作品ですか?」【幼い秀一】 「そうだよ!母に教えてもらいながら描いたんだ。なかなかいいでしょう。」【小白】 「確かに…(あれ?またあの渋い匂いがしました。この匂い、どこかで嗅いだことがある気がします。何の匂いでしょう…)」【幼い秀一】 「うん?何で僕をじっと見つめるの。この絵が気に入ったなら、あげてもいいよ。そうすれば小白もこの絵のように、威風堂々とした大狐になるかもしれない!」【小白】 「要りません!小白はもう大狐です!(匂いが消えました。画町に来て、小白の鼻が効かなくなったのでしょうか。まあいいか。そんなことより、晴明様と早く合流して、小白の困惑を打ち明けましょう!)」【神楽】 「よし、早く行こう。じゃないと、晴明とお兄ちゃんを見つからなくなるかもしれない。」【幼い秀一】 「そうだね。神楽さん、小白、八百比丘尼さん、さよなら!」【神楽】 「さよなら、秀一!ご馳走してくれてありがとう!」一行が庭院から出た。小白が振り向くと、秀一が笑顔で手を振り続けている。【小白】 「ええ、そんなに見送らなくてもいいのに。小白まで恥ずかしくなりますよ…え?小白の目がおかしくなったんでしょうか。秀一くんの左腕に墨がついているような…」【神楽】 「左腕?よく覚えていないけど、この前秀一が小白にぶつかった時、確か左腕を擦りむいたと思う。」 |
巻物物語・四
巻物物語・四 |
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画町の中…【小白】 「ん???擦りむいたのは左腕で間違いないですか?神楽様、冗談はおやめください!擦りむいたところに墨がつくなんて…!!!思い出しました!」【神楽】 「何を思い出したの?小白の言っていることが分からないよ?」【小白】 「あの渋い匂いの正体を思い出しました!あれは墨の香りです!この画町には墨の香りが漂っていますが、秀一だけ少し違って、墨の匂いに花の香りが混ざっているので、ずっと分かりませんでした!」【神楽】 「秀一の体から墨の匂いがするというの?でも…どこかで墨に触れたかもしれないよ?あんなに多くの絵を家中に置いているから、かなり絵描きが好きだろうし、絵師として墨の匂いがしてもおかしくないでしょう。」【小白】 「神楽様、違います。小白は妖怪の妖気を感じるように、生霊の気配も感じることができます。秀一くんの気配は、神楽様や八百比丘尼様、そしてこの町の住民の気配とは少し違います。(小白は目を閉じて匂いを嗅ぎまわる)秀一くんの匂いは…そうですね…こちらの匂いとよく似ています。(目を開ける)ええ!あっあなた、狐でしたか!狐なのに、小白が知っている狐の匂いと全然違います!」【朱狐】 「おや、こんにちは。何をおっしゃっているのか分かりませんけど。小生の日差しを遮らないように、少しそちらに行っていただけますか。」【小白】 「…………分かりました。そちらに行けばいいんですね。でも、どうしてあなたから全然妖気がしないのか、教えてくれませんか?」【朱狐】 「ん?それは小生が妖怪ではないからですよ。小生はこの画町に棲むごく普通の画霊ですよ。」【小白】 「画霊ですと?」【朱狐】 「ええ。小生は花鳥風月様が気まぐれで書いた絵の霊であるゆえ、妖怪ではないかもしれません。」【小白】 「なるほどです!その花鳥風月様があなたの絵師ですか?絵に霊を宿すなんて、さぞ素晴らしい絵師でしょうね!」【八百比丘尼】 「花鳥風月様は、この百画展の主催者で、青行燈様の古くからの友人でもあります。」【小白】 「え?八百比丘尼様が言っていた絵師のことでしたか!あなたは花鳥風月様が書いた画霊で、妖怪ではない。だとすると、秀一くんも…?でも秀一くんからは通常の人間の生気もしましたよ!」【朱狐】 「(うとうとする)そんなこと小生には分かりません。分かっているのは、こんな爽やかな天気で、騒ぐより、昼寝するほうがいいということです…」【侯兎】 「朱!!!朱狐!!!」【小白】 「わあああ!!!誰ですか!大声出して!小白の耳がつんざかれそうですよ!!」【神楽】 「本当に大きい声だね…神楽もびっくりしたよ。」【朱狐】 「…………何の用ですか!何で何度も小生の邪魔をするのです!一回くらいゆっくり寝かせてくださいよ!え?何で「何度も」と言ったんでしょう。まあどうでもいい。とにかく、これ以上小生を煩わせないでください!」【侯兎】 「花鳥風月様から仕事を頼まれたのに、ここでさぼっているなんて話にならない!早く行くよ!」【朱狐】 「はいはい。では皆さん、小生はこれで失礼します。知りたいことがあるなら、花鳥風月様に直接お聞きになればどうですか。ここから東の方へずっと向かうと、あの方の画館にたどり着くはずです!」【小白】 「え?もう行っちゃいますか。でもあの花を担いでいる兎、本当に声が大きいですね…さっきの声でびっくり仰天でしたよ!」【八百比丘尼】 「ただの画霊とはいえ、色々と謎めいているようですね。行きましょう。花鳥風月様の画館はちょうど晴明さんと博雅さんの居場所と同じ方角にあります。ひょっとして途中でばったり会うかもしれません。」橋のたもと、河岸沿いに…【源博雅】 「晴明、あの灯篭を見ろ。灯篭の中に、三輪の花が書かれているように見える…この間の壁で見かけた絵と同じようだ。」【晴明】 「確かに、灯篭から花鳥風月の霊力を感じる。どうやら、二枚目の欠片を見つけたようだ。行こう、今回はどんな物語か確かめてみよう。」晴明と博雅は見つめ合うと同時に、灯篭に触れ、絵の中の世界に入った。 しかし今回は、周りの環境は特に変わらず、時間が昼間から夕方になっただけであった。」【源博雅】 「河岸に人が大勢いるけど…どれも顔がよく見えないのはなぜだ?」【晴明】 「恐らく絵師は、主人公ではない彼らを精緻に描かなかったからだろう。この絵の謎を解くには、最も綺麗に描かれた人を探す必要があるようだ。」【源博雅】 「それにしても、この画町の風景はなかなかいいものだ。小川が何本も流れ、川岸に並ぶ木に咲いている白い花は透き通る色をしていて、今まで見たことがない。そういえば、まだこの画町の景色をゆっくり眺めていないな。」【晴明】 「ならば、少し息抜きして、絵の中の町を見てみよう。」【源博雅】 「町の住民たちは皆灯篭流しをしている。皆灯篭に素敵な願いを託したんだろうな。俺は久しく灯篭流しをしていない。前回灯篭を流したのは、神楽と一緒だった…今頃、彼らはこの画町に来ているだろうか。」【晴明】 「では、皆と合流したら、神楽、小白、そして八百比丘尼と一緒に、灯篭流しをしようか。」【源博雅】 「それはいい!あれ?あれは…晴明!この真相の絵の鍵を見つけたぞ!あそこの子供を連れている夫婦を見ろ。」【晴明】 「俺たちもついて行こう。」【幼い知花】 「お父さん、知花飴食べたい!」【遠山秀一】 「今日は甘いものを沢山食べただろう。これ以上食べると、歯が痛くなるぞ。」【幼い知花】 「でも食べたいもん!」【遠山秀一】 「しょうがないな。家に帰ったら、飴あげるからな。」【立花子】 「秀一さん、だめよ、子供を甘やかしちゃ。今度は絶対だめだからね。」【遠山秀一】 「あはは、たまにはいいじゃないか。」【源博雅】 「ん?秀一って、たまたま同じ名前か…それともあの秀一なのか?もしあの秀一だとしたら、今回の秀一にどんな出来事があるだろうか。」和む雰囲気の中、若い夫婦は娘と共に家路につくが、彼らの家の前に既に招かれざる客がいた。」【召使い】 「遠山殿、殿様は今夜御屋敷で画会を開催されます。遠山殿にはぜひご参加いただきたいとのことです。」【遠山秀一】 「ああ…いきなりだな。分かりました。遠山が参加すると、殿様にお伝えください。」【幼い知花】 「嫌だ、お父さん、知花と遊ぶって約束したでしょう!」【遠山秀一】 「仕方がないだろう。帰ったら、たくさん遊んでやる。」【立花子】 「秀一さん、早く帰ってきてね。」【遠山秀一】 「分かった。できるだけ早く帰るから。」遠山秀一は知花の髪を優しく撫でて、慰めるようにしゃがんで娘を抱いた。その後、彼は大名の使用人と共に家を後にした。幼い知花はお母さんに手を引かれたまま、父親の背中が見えなくなるまで、ずっと見送った。【幼い知花】 「お父さん、早く帰ってね。知花、ずっと待ってるからね!」晴明と博雅は近くから様子を見ていた。だが立花子と知花が家の中に消え、長い間待っていても、何も起きなかった。【源博雅】 「秀一が目指した大名屋敷の方は厚い霧がかかっている。どうやらこの絵の範囲は、川岸から秀一の家までのようだ。つまり、これからの展開もこの範囲を出ないことを意味する。」【晴明】 「ならば、そっちの茶屋で少し待とう。」晴明と博雅は茶屋に入った。絵の住民に彼らのことが見えないゆえ、二人はもてなしを受けず腰を掛けた。茶屋には客が少ない。晴明と博雅に最も近い席に、扇を持っている講談師が座っており、茶屋の主人にお茶を出すように気取って命令した。【茶屋の主】 「お茶はあるけどよ。お茶代くらい出してほしいね、興さん。」【語り人の興】 「お茶代なんて野暮なもの。なんならお茶代の代わりに、物語を一つ語ってあげよう。」【茶屋の主】 「何の物語だい、言ってみろ。」【語り人の興】 「それはわが町ご高名の絵師、遠山秀一殿の物語だ!」【茶屋の主】 「…ったく!少し期待して損したよ。遠山秀一殿のことならこの町じゃみんな知っとるわい。あっち行け、あっちに!」【源博雅】 「俺は聞きたいけど。でもここの住民たちは皆興味なさそうだな。」【晴明】 「彼の何が特別なのかを知りたいな。何度も花鳥風月の絵に姿を現しているのはなぜだ?一体どんな繋がりがあるのだろう。」【源博雅】 「ん?あの家から抜け出してきた子は、知花ではないか。なんで一人で出てきたんだ?」【幼い知花】 「お父さんの馬鹿、約束を破ったわね。知花は一人でも遊べるもん。」知花は川岸に近づき、泳いでいる魚の群れを木の枝でいたずらしては、上から落ちてくる風花を見上げた。【幼い知花】 「知花との約束を守ってくれなかったけど、やっぱり、お父さんを許してあげよう。お父さんが大好きな風花を持って、お父さんの帰りを待とう!えい!やった!え…!」【源博雅】 「危ない!!!」【語り人の興】 「あ!女の子が!」【茶屋の主】 「落ちたぞ!女の子が川に落ちたぞ!」【源博雅】 「晴明!!」【晴明】 「俺の呪符じゃ彼女を助けられない!これはこの絵で決まった筋書であり、彼女が川に落ちることは変えられない!これでやってみるしかない!」晴明は花鳥風月から貰った墨を川で溶かした。溶かされた墨が大きな手となり、川から知花を支えた。ちょうどこの時、晴明の横から誰かが手を伸ばし、知花掴み、岸に引き上げた。【立花子】 「知花!知花!しっかりして、母さんを驚かさないで!」【幼い知花】 「ゴホッゴホゴホ…ゴホ…」川の中の墨から化した大きな手は無数にからみあって川に溶け込んだ。前の絵にあった墨の川が、川岸の近くから高波を巻き起こし、あらゆるものを飲み込んだ。晴明と博雅が暗闇から再び気が付いた頃には、既に一軒の画室にいた。幼い子供を抱きながらすすり泣いている遠山秀一と対照的に、立花子が筆を握って机の前に座っている。【遠山秀一】 「可哀想な知花。全部父さんのせいだ…君をちゃんと守れなかった…」【立花子】 「まだ諦めちゃだめよ!秀一さん、私を信じて下さい。この幸せを必ず守って見せる。この子を絶対手放したりはしない!」涙ぐむ立花子は目の前の知花を描いている。一筆描くたびに、微かな風が知花の顔を吹いているように見えた。」【立花子】 「この子は絶対…絶対あなたから離さないから。うっ…」立花子が緋色を入れると、知花の絵がたちまち生きているように鮮明になった。そして不思議なことに、横の知花の顔色もだんだん良くなった。【幼い知花】 「お父さん…お母さん…」【遠山秀一】 「知花!約束だ。二度と父さんと母さんから離れないで!」【幼い知花】 「うん…知花は、知花はもう一人で離れない。ずっと、ずっとお父さんのそばにいるから。」【源博雅】 「…………」【晴明】 「どうした、博雅。少し悲しんでるように見えるが。」【源博雅】 「何でもない。行こう。暫く三人をそっとしておこう。」晴明と博雅は秀一の家を出て、先ほどの墨に飲まれた茶屋の場所に戻り、無言のまま座った。暫くすると、三人が秀一の家から出て、知花が一番前をはしゃぎながら歩いた。博雅の前を通る時、彼女は止まった。しかし後ろを歩いている両親はまるで何も気づいていないかのように、話しながら歩き続けた。【幼い知花】 「お兄さん、どうして悲しい顔しているの。知花を見てから、何かが落ちそうになってるよ。知花のせいで、機嫌が悪くなったの?」【源博雅】 「違う…知花ちゃんは可愛くて、俺も知花ちゃんのことが好きなんだ。だけど知花ちゃんを見ていると、妹のことを思い出すんだ。お父さんも、知花のことが大好きだから、知花を失うのが怖いんだ。俺も妹のことが大好きだよ。だけど…一度失ったことがある。」【幼い知花】 「ええ!何があったの!」【源博雅】 「そうだな…何があったんだろう、兄なのにね……でも幸い、妹を見つけることができた。今の彼女は毎日楽しく、幸せに暮らしてるよ。幸せな妹を見ていると、兄の俺も幸せな気分になる。だから,知花ちゃんが幸せなら、お父さんもお母さんも幸せを感じると思う。」【幼い知花】 「うん!分かった!お兄さん、お父さんから貰った飴をあげるから、もう悲しまないで!飴を食べて、機嫌を直してね。」【遠山秀一】 「知花…そろそろ行くよ。父さんと一緒に帰ろう!」【幼い知花】 「もう行かないと!お兄さん、さよなら!」【源博雅】 「さよなら、知花ちゃん。」博雅は知花がくれた飴の包みを開けると、包み紙にある三人の絵が目に入った。三人とも幸せそうに笑っているが、色は灰色がかっている。【源博雅】 「これが、この絵における「真相の絵」の欠片だったのか。」【晴明】 「幻から見出した幸せに包まれると、苦味も少し和らげる…花鳥風月がやっているのは、こういうことか。」【源博雅】 「甘い飴だ。残る分は全部神楽のために取っておく。」【晴明】 「きっと喜んでくれるだろう。早くここから出よう。」【源博雅】 「ああ!行こう!」画町の中…【浮世青行燈】 「その様子だと、よく捗っているようだね。」【源博雅】 「!!!青行燈、お前も来ていたのか。」【浮世青行燈】 「私がここにいることにそんなに驚くことか?」【源博雅】 「いや、そうでもない。前回会った時から大分経っている気がするから、一瞬反応できなかっただけだ。」【浮世青行燈】 「大分経っている…か。で、答えは既に見つけたようだね。」【晴明】 「まだ一部だけどね。だがどうしても解せないことがあるゆえ、ぜひ青行燈様から示唆をいただきたい。遠山秀一は…一体何者だ。」【浮世青行燈】 「その答えは間もなく知ることになるだろうから、野暮な口出しはしないよ。別に教え惜しみしてるわけではない。お二人が自ら答えを見つけることを望む誰かがいるからね。」【晴明】 「なるほど。では引き続きその答えを探しに参るので、俺たちはこれで失礼する。でももし小白たちと会ったら、心配させないように、俺と博雅の行方を教えてもらいたい。差支えがなければ、花鳥風月の画館で俺たちを待つように、彼らを案内してくれると助かる。」【浮世青行燈】 「どうということはない。彼らと会えば、きちんと伝言するよ。」その頃、遠くない場所では…【茗蛙】 「わしの茶を飲んだ以上、お茶代をくれないと困る。」【興猿】 「やれやれ。相変わらず野暮だね、この蛙が。なんなら、お茶代のかわりに、物語を一つ語ってあげようか!」【茗蛙】 「今度は何の物語じゃ?」【興猿】 「それはね、凄腕の絵師の話だ!昔々、この世に希代の絵師がいた。風景、花鳥、人物、あらゆる題材に精通し、完璧な画力を誇る彼だが、その人生は様々な不幸に見舞われ、子供の頃に母親を亡くし、若くして妻子を失った。本来ならば彼の画力をもってすれば、貴族にその腕を買われ、裕福な暮らしができたはずだ。だけど、何度も身内の死を目にした彼は俗世を避けるようになり、人のために絵を描くことを一切やめた。しかしそれが貴族たちの逆鱗に触れてしまい、彼が大事にしてきた絵も全部取り上げられてしまった。しかし彼はそんなことをものともせず、竹汀の中の画室に隠居し、日夜を問わず家族の絵を描き続け、一人で人生の最期を迎えたのである。」【小白】 「…なんて、惨めな人生なんだ。悲しい話を聞いてしまうと、小白まで落ち込んでしまいます。」【茗蛙】 「じゃ、聞くけどよ、その絵師の名は何というのじゃ。」【興猿】 「それは…秘密。」【茗蛙】 「また根も葉もない話でわしのお茶代をごまかしたな。ふん、計算するのも億劫になってきた。とっとと失せろ!」【興猿】 「へへ、せっかくだから、もう一杯いただこうかな。」【茗蛙】 「出ていけ!」【小白】 「…………ひどいです!小白をこんなにも悲しませて、作り話だったんですか!」【神楽】 「私はむしろ、実話じゃなくてよかったと思う。でないと、主人公が可哀そうすぎる。」【浮世青行燈】 「この世に悲惨な物語は千話行かないまでも、八百話はゆうにある。いちいち悲しんだらきりがないわ。」【神楽】 「青行燈様!」【八百比丘尼】 「これはこれは、青行燈様がいらっしゃるとは。」【浮世青行燈】 「まさかあんたが本当に来るとは。ここ、どう思う?」【八百比丘尼】 「景色といい、生活様式といい、いずれも現世と大分異なり、見たこともない奇景ばかりです。」【浮世青行燈】 「そうかもしれないわね。お前らと会えてちょうどよかった。晴明からの伝言だ。博雅と先に済ませたい用事があるから、心配は無用だと。」【神楽】 「晴明とお兄ちゃんはどこにいるか知っているのか?」【浮世青行燈】 「見当は概ねついているが、彼らの所へ行くより、花鳥風月の所へ向かう方が手っ取り早いかもしれない。宜しかったら、私とともに、花鳥風月の画館で待たないか?何にせよ、晴明と博雅の用事も、彼女と関係があるからね。」一行が去ると、一つの影が彼らが立っていた場所に現れ、微笑んで彼らを見送った。【幼い秀一】 「おや、彼女のところに行くのか。もうすぐ、再会できそうだね。ならば、僕もついていこう。今後二度と会えなくなるかもしれないから…」 |
巻物物語・五
巻物物語・五 |
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花鳥風月の画館の外で大勢の人が集まり、何かを見ながら議論しているようだ。【小白】 「ええ、何でこんなに大勢の人がいるんですか!青行燈様が言う画館がどこにあるか全然分からないよ!」【浮世青行燈】 「この人だかりの向こうにあるわ。通りぬければ良い。」【小白】 「あの、すみません、小白を通らせてください!神楽様、小白についきてください!」【絵世花鳥風月】 「皆様、少し道をお開け下さい。新しいお客様がいらっしゃいました。」【神楽】 「小白!もういいよ。こっちの人が道を開けてくれた!」人々は花鳥風月の言う通り、小白たちのために一本の道を開けてくれ、一行がようやく抜け出ることができた。【小白】 「ふう…人が多すぎますよ…小白はもう少しで窒息するところでした。」【神楽】 「小白、大丈夫か?」【小白】 「はい、小白は大丈夫です!」【八百比丘尼】 「あなた様が花鳥風月様だと見受けますが、道を開けて下さるように采配してくれて、ありがとうございます。」【絵世花鳥風月】 「お気になさらないでください。私を訪ねてきたお客様なのに、うまく中へ通せず、申し訳ございませんでした。大事なお客様がいらっしゃいましたので、今日の画会はこれでお開きにしましょう。皆様、本日は私の絵をご覧いただきまして、誠にありがとうございます。今日の展示会はこれで終了させていただきたく存じます。改めて御礼申し上げます。」その後、小白たちは絵を片づけた花鳥風月とともに画館に入った。【絵世花鳥風月】 「まさか、こんなに早くいらっしゃるとは思いませんでした。」【浮世青行燈】 「途中で晴明と博雅と会ってね、二人の行方をこの方々に教えるよう頼まれたの。そのあとすぐ彼らと遭遇したし、早晩、ここで再会するのだから、いっそ連れて来てあげたわ。しかし、さきほど少し回ってみたら、馴染みのある画霊を何体も見かけた。まさか、彼らまであの時の記憶や絵から受け入れたというのか?」【絵世花鳥風月】 「どれも大変面白い方ですもの。この場所を気に入って下さったし、これも何かのご縁だと思って、ここに棲むように誘わせいていただきました。」【浮世青行燈】 「確かに娑婆から離れているここなら、彼らを傷つけるような事柄からも離れている。彼らにとってはある意味幸いかもしれない。」【小白】 「え?とおっしゃいますと、さっき出会った動物の画霊たちは、昔は人間だったというのですか?だけど彼らからは鬼の気配も、妖気も感じませんでした。それはなぜでしょうか!」【絵世花鳥風月】 「それは、彼らは妖怪でも、霊でもなく、私の筆の霊力と生前の記憶から生まれた画霊だからですよ。或いは、特別な形で私の絵に留めている魂といったところでしょうか。」【小白】 「なるほどです!では、彼らには生前の記憶はありますか?」【絵世花鳥風月】 「あるかもしれないし、ないかもしれません。生前の話はほとんど口にしませんから、私にもよく分かりません。」【八百比丘尼】 「絵を離れたくない魂に居場所を提供しているのか…やはり青行燈様のおっしゃる通り、花鳥風月様は心優しいお方ですね。」【浮世青行燈】 「そんなことを言っていません。」【八百比丘尼】 「でも青行燈様が親交を持つのは、こういう温かい方ではありませんか。」【浮世青行燈】 「…………好きに言ってろ。」小白が不意に横を見ると、花鳥風月が展画台から回収した絵が目に入った。絵の中の竹林から何かを気づいたらしく、思わず声を上げた。【小白】 「え?この絵!」【神楽】 「小白、どうしたの。この絵がどうかしたの?」【小白】 「この絵から…セイメイ様が見えた気がします!これはセイメイ様ですよね!遠くて小さいけど、セイメイ様の容姿がはっきりと見えます!」【神楽】 「本当だ…間違いないよ!しかも晴明だけでなく、お兄ちゃんもいる!晴明とお兄ちゃんはこの絵の中にいる!」【八百比丘尼】 「そういうことでしたか。どうりであのお二人の気配が途切れ途切れのはずです。絵の中に入っていましたか。この絵は私の探知を途絶えさせる力がありますね。このお二人は前進する構えですけど、恐らく絵の中はもう一つの世界が存在するでしょう。」【小白】 「一体どういうことですか、青行燈様!どうしてセイメイ様と博雅様が花鳥風月様の絵の中にいるんですか!」【浮世青行燈】 「もう竹汀にたどり着いたのか。晴明と博雅にはまだ用事があるとさっきから言ってるでしょう。それは、絵の中でしか遂行できないことなのよ。」【小白】 「ならば小白もセイメイ様の元へ行けないでしょうか!セイメイ様のお力になりたいです!」【神楽】 「私も晴明とお兄ちゃんと一緒に、この竹汀を見てみたい。駄目かな?」【八百比丘尼】 「お二人がそう言うなら、私も同行させてもらいます。」【浮世青行燈】 「そうなると思ったわ。晴明もそれを見越して、あえて伝言を頼んたんでしょう。」竹汀の中…【源博雅】 「晴明よ、この絵巻の世界は何故か今までの二枚と違う気がする。濃い霧で示される境目がなく、一望できない竹林が広がっている。それに、道はこの一本しかないじゃないか。」【晴明】 「では、暫く周辺を調べながら、少し待ってみようかな。」【源博雅】 「待つ?何を…」【小白】 「セイメイ様…セイメイ様…!!!」【神楽】 「お兄ちゃん…晴明…!」【源博雅】 「!!!神楽!犬っころ!八百比丘尼まで?!」【八百比丘尼】 「お久しぶりです。晴明さん、博雅さん。」【小白】 「セイメイ様!やっとセイメイ様を見つけました!なんだか、セイメイ様と久しぶりに会った気がします!」【晴明】 「そうだな、俺も小白と久しぶりのような気がするよ。」【小白】 「御用があるなら、なぜ小白を同行させないんですか!何で博雅様とお二人でお出かけになったのですか!」【源博雅】 「ふん。お前が書簡を届けに出かけたきり、どこかで油を売って一向に戻らないせいだろうが。」【小白】 「違います!博雅様!小白は書簡を届ける途中、黒晴明様たちを見かけました。また何か企んでるんじゃないかと懸念した故、こっそり尾行したのです。尾行した結果、「殺戮芝居」という奇妙な場所に連れ込まれてしまい、そこに面霊気さんがいて…しかも、そこにあるお面は自在に姿を変化できて、小白まで騙されるところでした!今でも思い返せばぞっとします!でも、セイメイ様がいなかったとしても、小白は頑張って立ち向かうことができました!」【晴明】 「なるほど。小白は面霊気と遭遇したんだな。」【源博雅】 「「殺戮芝居」とは、面白そうだな!で、黒晴明たちはどうなったんだ?」【小白】 「黒晴明様と大天狗たちは、雪女様のお体を治すために来たらしいのですが、小白と分かれる時、雪女様は既に治っていました!そんなことより、セイメイ様と博雅様はここで何をしていますか?青行燈様には一応聞いてみましたけど、いつもの「知っているけど教えない」顔で誤魔化されました。」【八百比丘尼】 「うふふ、その表現はぴったりだと思います。」【源博雅】 「お前らこそどうやって入ってきたんだ?竹汀の外にある枯れ竹から入ったのか?」【小白】 「え?枯れ竹とは何のことですか。僕たちは花鳥風月様の絵からセイメイ様と博雅様を見つけたのです!」【源博雅】 「花鳥風月の絵からだと?」【小白】 「そうです。小白は花鳥風月様が新しく書いた絵から、竹汀を歩いているセイメイ様と博雅様を見かけたので、花鳥風月様にお願いして、ここまで送っていただきました!」【晴明】 「やはりそうだったのか。俺たちの今までの行動も、彼女が全部把握しているだろう。だとすれば、恐らく彼女の本当の狙いは真相の絵ではなく、別の何かにあると考えられる。彼女は一体何を考えているんだろう。」【小白】 「真相の絵?それは何ですか?」【神楽】 「晴明とお兄ちゃんは何をしているか分からないけど、私たちも力になりたい!」【八百比丘尼】 「真相の絵、ですか?青行燈様が言っていた「鏡花水月、絵の如く幻」とは、何か関係があるのでしょうか。お二人は既に絵の一部を手に入れたようですね。」【晴明】 「ああ、この「夢」の土台でもある、遠山秀一という絵師の人生の欠片だ。」【小白】 「!!!」【神楽】 「遠山…秀一?」【源博雅】 「そうだ。どうした?なんだか大変驚いているようだけど。」【神楽】 「お兄ちゃん。この前画町でも、秀一という人と出会ったの。」【八百比丘尼】 「名字までは聞かなかったけど、こんなところで同じ名字の人はそういないでしょう。」【源博雅】 「画町で遠山秀一と出会ったというのか?」【小白】 「秀一くんが遠山秀一なのかどうかは分かりませんけど。でも彼からはかなり特別な気配がしました。画霊の匂いがしながらも、人間の生気もありました。彼は一体何なのか、小白には分かりませんでした。」【源博雅】 「俺たちは逆に遠山秀一から何も感じなかったけど、むしろ彼の母親や妻子から幾分花鳥風月の面影を感じたよ。」【晴明】 「画霊の気配?」【小白】 「花鳥風月様が描いた生霊の気配のことです。画霊についてまだご存じないですね!小白は今まで何体も会ってきました!昼寝が大好きな狐、声を張る兎、物語好きな猿、そして茶屋を営む蛙。」【源博雅】 「なんだか、どれも知っているような気がする…」【晴明】 「…………では、一緒に前へ進んでみよう。謎が増えるばかりだが、最後の答えは、遠山秀一にある予感がする。彼は一体何者で、花鳥風月とどのような関係にあるだろうか。」画館の中…【浮世青行燈】 「案外容易く入らせたわね。晴明に謎を解かれるかもしれないよ。」【絵世花鳥風月】 「それでも構いませんよ。そもそも彼らに来ていただいたのは、絵の中に閉じ込めるためではありませんから。」【浮世青行燈】 「彼らはこの物語の最終巻に差し掛かっているけど、最後の結末を明かせるだろうか。」【絵世花鳥風月】 「あら、青行燈様はご心配なさっているのですか?それにしても、あの晴明という陰陽師様は、真に機転のいい方ですね。青行灯様と玉藻前様のおっしゃる通りでした。最後の欠片を見つけることは、彼にとって造作もないことでしょう。しかし、それは果たして最終の答えになるかどうかは、晴明様の心次第です。私たちも、晴明様の最終の答えを楽しみにしております。」【浮世青行燈】 「「私たち」?まさか…」竹汀の中…【小白】 「あ!見えました!この道はてっきり果てがないと思いましたよ!小白はもうへとへとですよ。何でわざわざこんな山奥に住むのですか?」【神楽】 「ふう…そ…そうだよね。長い道だった。」【源博雅】 「疲れただろう、兄さんがおんぶしてやったのに。」【神楽】 「大丈夫だよ。お兄ちゃんも疲れているだろうから。自分で歩けるよ!それにしても、八百比丘尼と晴明は全然疲れないよね…」【八百比丘尼】 「うふふ。体質がいいからでしょうか。幼い子だから疲れやすいのも無理はありません。」【小白】 「改めて言わせていただきますけど!小白はもう幼くはありません!!」【源博雅】 「確かに。犬っころは犬っころで、それ以上でもそれ以下でもないもんな。」【小白】 「博雅様こそ、大人のくせに今でも倒れそうですね!」【源博雅】 「この犬っころめ!」【神楽】 「はいはい、お兄ちゃんも小白も喧嘩しない。着いたみたいだよ。」【小白】 「この竹屋は中から外まで沢山の掛け軸がかかっていますけど、誰もいないようですね。でも、これらの絵に見覚えがありますね…どこかで見たことがあるような気がします。」【八百比丘尼】 「秀一くんの家で見たことがありますね。私も少し覚えています。」【小白】 「!!!」【晴明】 「画町で出会った秀一の家にも、これらの絵があるというのか?最後の物語はこの竹屋の中にあるとみて間違いないだろう。行こう。」 |
巻物物語・六
巻物物語・六 |
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晴明たちは掛け軸にほとんど覆われる竹屋に入ったが、誰もいなかった。部屋の中に文机が一つあり、その上にまだ未完成の花鳥の絵が置かれている。【源博雅】 「おかしいな…何で誰もいないんだ?」【晴明】 「机の上にある絵具はまだ鮮やかで乾いていない。ここの主人はきっと近くにいるだろう。もう少し先へ進もう。」一行は更に先へ進み、部屋を通り裏庭に出たが、やはり誰もいなかった。【小白】 「晴明様、ここは既に誰も住んでいない気がしてきました。方向を間違えたのではありませんか。」【源博雅】 「絵巻の世界では、その物語が展開する場所のみ開放されるからそんなはずはない。」【小白】 「しかし、これだけ広い竹林ですよ!小白は迷子になるかと思いました!」【神楽】 「お兄ちゃん、小白、晴明、ちょっと静かに…よく聞いて…」神楽は人差し指を唇に軽くあて、皆を静かにした。すると、今歩いた道から声が聞こえてきた。【黑い影】 「お父さん、知花と絵を描き比べないか!」【遠山秀一】 「いいよ!知花は今日、父さんと何を描き比べたいかな?」【黑い影】 「花鳥図を描きたい!」【八百比丘尼】 「竹屋の主人が帰ってきたようですね。」【神楽】 「ちょっと見に行こう!」【小白】 「絵巻の世界は晴明様から聞きましたけど、どんなものか実際に拝見しましょう。そして遠山秀一はあの秀一くんかどうかも確かめましょう…え?」【神楽】 「ん?どうしたの、小白。何で急に止まったの?」【小白】 「神楽様、部屋には一人しかいませんよ。小白は目までおかしくなったのでしょうか。」【神楽】 「あれ?本当だ。部屋に一人しかいない。」【知花】 「知花とお父さんは一斉に描き始めて、描き終わったら誰の絵がいいか比べよう。」遠山秀一は横を振り向き、宙に向いて微笑み、筆を持って机上の花鳥図に色を入れ始めた。【遠山秀一】 「分かった。じゃあ、父さんは知花と一緒に描くね!」【小白】 「ひえ、セイメイ様、この絵巻の世界、不気味すぎますよ。目に見えない人なんて、花鳥風月様の絵にこんな場面があるのですか?」【晴明】 「いや、理由は分からないが、ここは今まで見てきた絵巻の世界と少し様子が違う。何がどう違って、知花が見えなくなっているだろう?」【源博雅】 「…知花ちゃん。晴明よ、この前の物語で、俺たちが流れを変えなかったら、どんな結末を迎えたんだろう。知花ちゃんは…無事に大きくなれただろうか。」【晴明】 「…………」【神楽】 「知花ちゃん?お兄ちゃん、知花ちゃんって遠山秀一の娘なの?前の絵巻の世界で彼女と出会ったの?」【源博雅】 「ああ、そこで彼女が川に落ちてしまったけど…俺たちは改変された結末を見たんだ。だけど、もしそこで知花ちゃんが助からなかったとしたらどうなっていたんだろう。」【八百比丘尼】 「そうなった場合、この世では命が助かって、無事に育った知花が存在しないことになります。」【神楽】 「だとすれば、何で遠山秀一にだけ、知花ちゃんのことが見えるんだろう。」【八百比丘尼】 「それは、私たちが本当の「絵の中の者」ではないからかもしれません。どうしても、傍観者の目では見通せないものがあるのです。例えば…人の妄執とか。」【小白】 「ならどうすれば良いのですか。この不気味な光景にどう対処すればいいか、小白には分かりません。一体どこから欠片を見つければ良いのですか?」【源博雅】 「晴明、この間花鳥風月から貰った墨、まだ残っているだろう。」【晴明】 「ああ、まだ少し残っている。」【源博雅】 「今俺たちに「知花ちゃん」が見えないが、墨を使えば何か変わるかもしれない。それに、一つ考えがある。これが修正された変えられた物語であれば、墨を使えば花鳥風月の画影と繋がるだろう。ならば、遠山秀一に墨を使えば何が起きるだろうか?」【晴明】 「幻の中にいる彼に…幻を見破る力を与えるのか。分かった。」【小白】 「お二人は一体何のお話をしているんですか!小白にはさっぱり分かりません!」【神楽】 「私もよく分からない…幻の中にいる彼に幻を見破る力を与えるとは、どういう意味だろう。」【八百比丘尼】 「私は博雅さんの言っていることを概ね理解したと思います。でも、目の前にあるのは記憶の断片でしかない以上、彼がこの幻の一部である可能性もありますよね。それどころか…」【源博雅】 「記憶の断片ではなく、幻の断片なのかもしれません。この幻は確かに花鳥風月が造ったんだが、この中にある人物や感情は、全て遠山秀一に結びついている。絵巻の世界の主人は、もしかして晴明の読み通り、花鳥風月ではないかもしれない。」【小白】 「ええ???花鳥風月様の絵巻にある世界なのに、主人が花鳥風月様ではないのなら、誰だというのですか?」竹汀の世界に入る前…【晴明】 「博雅よ、絵巻の世界の主人は、誰だと思う?」【源博雅】 「え?そうだな、やはり花鳥風月なんじゃないの。遠山秀一の本当の過去を匿い、美しい幻で包み込む。こんな力は花鳥風月にしかないはずだ。」【晴明】 「だが、これらの全てが遠山秀一を原点に起きている。いろんな景色が墨の海に飲まれたのも、まるで彼の苦難に満ちた人生を無に返し、安らぎを取り戻すためのようにも感じる。そこまでして、優しい記憶で悲しい記憶を差し替えて、絵の中の彼を守ろうとした。それなのに、わざわざ真相の欠片を隠すのは何のためだ。これはどうも彼女の意図と裏腹な気がしてならないんだ。入る前に、一つやっておきたいことがある。」竹屋の中…【源博雅】 「さきほど、画町で秀一と出会ったと言われた時から思ったんだ。もしかして、絵巻の世界の主人は花鳥風月ではないんじゃないかと。或いは、花鳥風月だけではない。遠山秀一もここの主人なのだ…」晴明は秀一の文机に進み、何も気づいていない絵師の前に止まり、彼が描いている花鳥図を見下ろした。そして、花鳥風月からもらった墨を取り出し、机にある硯で摺り始めた。秀一は多くなった墨に気づいていないようだ。彼は頭を上げないまま筆を硯につけてから、再び花鳥図に戻すと、絵は瞬く間に色がつき、完成した。【遠山秀一】 「(額に手を当て、苦しそうになる)うっ…んん…変だな…頭が急に痛くなってきた。ち…知花…知花はどこだ。」【知花】 「お…お父さん…おとう…」知花の声がだんだん途切れ途切れになり、はっきり見えていた娘の輪郭もぼんやりとなって、しばらく経つとふと彼の世界から消えたのである。【遠山秀一】 「な…何?知花…知花!僕…僕の知花はどこだ…何で頭がこんなに痛む…あ…あああ!!!!」秀一が荒波のように寄せてくる記憶に押されると、明るかった竹屋に変化が起き、綺麗だった床と壁が朽ち果てるものになってしまった。それだけでなく、風に靡く白い掛け軸のほとんどがくすんだ旧いものに様変わりし、千切れた跡が多く見られる。何もかもが色あせた後、秀一と花鳥図だけが微かに光っている。今まで手に入れた欠片が、悉く晴明の懐からひらりと飛び出て、秀一の前にゆっくりと落ちたのである。【遠山秀一】 「思い出した。僕は沢山の人を失った。必死に引き留めようとしたのに、何で皆僕を置いていったんだ…どうすれば、守りたい人を守れるんだ…」【源博雅】 「やはりな…幻と幻がぶつかって、その中から現実が露になった。」【神楽】 「彼…すごく苦しんでいるようだ。」【遠山秀一】 「(手で額を支えながら、床にある絵を手でさぐる)知花…立花子…母さん…」【小白】 「小白、小白も悲しくて仕方がありません。身内をすべて失うなんて…小白は絶対嫌ですよ…」ちょうどその時、机上の花鳥図が更に光った。和やかな風が吹いた後、静かな竹室に鳥の鳴き声が響いた。花鳥風月が絵の中から現れ、優しく、悲しいまなざしで秀一を見つめた。彼女は秀一の頭上を優しく撫でると、秀一が何本かの墨糸と化し、花鳥風月の手に収まり、皆の前から消えた。【小白】 「!!!花鳥風月様が絵から出てきました!」【晴明】 「やはりそうだったか。秀一は絵師として、花鳥風月とここまで深い絆を持っているのは、彼女が霊として生まれた絵の作者だからだ。」【源博雅】 「だから様々な手を尽くして、彼の過去の苦しみを埋めようとしたんだな…」【絵世花鳥風月】 「たとえ幻だとしても、悲しんでいるあなただけは目にしたくありません。この絵巻の世界の物語は、まもなく終焉を迎えようとしています。晴明様、答えは見つかりましたでしょうか。」【晴明】 「ああ、見つけたとも。」【絵世花鳥風月】 「では、「真相の絵」を私にお渡しください。」晴明は地面から落ちていた二枚の絵を拾い、机から秀一が描いていた花鳥図を取り、花鳥風月に渡した。【絵世花鳥風月】 「これで全部でしょうか?」【晴明】 「いや、それだけではない。これらは遠山秀一の本当の人生に過ぎない。」花鳥風月は少々驚きの色を見せた。晴明は博雅から小さな包みをもらい、開けてから花鳥風月に渡した。包みの中には、壁の表面の切れ端、灯篭、そして竹筒が一個ずつ入っている。いずれも簡素な絵が入っており、さりげなく才能を感じさせるものがあった。【晴明】 「これも真相の絵の一部なんだ。」【絵世花鳥風月】 「これは…」【晴明】 「あなたの感情から生まれた、「真相の絵」だ。」【源博雅】 「俺と晴明がわざわざ取りに戻ったんだぞ。花鳥風月様にご満足いただける答えになっているだろうか。」【小白】 「何時の事ですか!小白は全然気づきませんでした!」【源博雅】 「お前が来る前にやったに決まってるだろう。この壁の切れ端をえぐり出すには少々手こずったよ。お前の爪があればよかった。」【小白】 「ふん!博雅様はこういう時に限って小白を思い出しますね。小白も今後、お買い物に行く時も、博雅様をうっかり忘れるかもしれませんね!」花鳥風月は手に入ったものを見て、ふと笑った。周りの空間が彼女の笑顔とともに溶け込み、滔々と流れる墨の川になり、彼女が持っている墨皿に収まったのである。目の前の光景が少し揺れた。気が付くと、一行が既に画館に戻っていた。そして後ろから二つの異なる声が響いた。【幼い秀一】 「どうやら、僕らの試練を乗り越えたようだね。」【浮世青行燈】 「予想以上に早かったわ。でも、その手に持っている小物は何なのかしら?」【源博雅】 「花鳥風月自身の真相の絵に決まっているだろう!あれ?青行燈の隣にいるのは…遠山秀一??」【小白】 「あなた!やはりあなたが遠山秀一だったんですね!」【神楽】 「秀一くん!なんでここにいるの?「試練」とは、何のこと?」【絵世花鳥風月】 「真相の絵の試練です。これが…あなたがお聞きになったことへの私の答えです。予想はしていましたけど、晴明様がこれを出された時、やはり驚きました。」【幼い秀一】 「これは全部、君が僕のために描いた優しい思い出なんだね。見ているだけで懐かしくなった…」【絵世花鳥風月】 「欠片は全部見つけられましたけど、それでも私は晴明様のお考えを聞かせていただきたいです。」【晴明】 「そう複雑なものではありません。まず、煙と鏡から、この画町は花鳥風月様の絵だと知った時から一つの疑問に思っていた。筆一本で霊を生み、世界を構築できる花鳥風月様にとっての真実は何だろうと。秀一の記憶から欠片を見つけた時も、この疑問をずっと思っていた。何にせよ、私が受けた依頼は最も真相に迫る絵を見つけ出すことだから。」【源博雅】 「知花ちゃんを見た時、神楽のことを思い出した。そして知花ちゃんから飴を貰った時も思ったんだ。神楽を一度失ったことで俺が苦しんでいた。もし俺の身に同じようなことが起きたら、神楽も悲しむだろうと。」【神楽】 「お兄ちゃん…」【源博雅】 「ならば、こんなに必死になって秀一を楽しくさせようとする花鳥風月はどうだろう。母親、妻、娘、彼の身内を通して秀一を見ているあなたも、同じ気持ちになるだろうか。」【絵世花鳥風月】 「でも、あの記憶の数々は全部作り物です。」【晴明】 「だが、お前が偽りの世界で見せた感情は本物だった。だから、これがあなただけの真実だと考えた。」【小白】 「セイメイ様と博雅様と前の物語を見てませんけど、この画町もその中のものも花鳥風月様にとって本物でしょう!偏屈な画霊、奇抜な趣味を持つ画霊、そして遠い道のりをいとわず、画展に来る絵師たち、現世の人とはほとんど変わらないと感じました!」【神楽】 「そうだよ!何より、ここには秀一くんがいる。」【八百比丘尼】 「秀一くんが家に残した絵にも、花鳥風月様との思い出がたくさん入っているでしょう。」【幼い秀一】 「ああ、もう…花鳥風月様を泣かせちゃだめだよ。」【絵世花鳥風月】 「そんなことはありません。でも、秀一くんもこの方々のご回答を認めましたね。秀一くんも出題者の一人でしたよ。」【幼い秀一】 「陰陽師の皆さん、本当に驚いたよ。昔描いた絵を目くらましとして絵巻の世界に入れたけど、皆さんの目を欺くことは到底できなかった。やはり皆さんは玉藻前様と青行燈様がおっしゃる通り、優しくて、心の強い方だね。」【絵世花鳥風月】 「ではお約束通り、謝礼を差し上げましょう。」花鳥風月は、新しく完成した絵巻を晴明に渡した。晴明は軸を広げると、一行も近くに寄り中身を確認した。絵には画町全体の景色が描かれており、戯れる画霊がまるで生きているかのようで、今にも絵から出てくるようである。そして絵巻には、皆の知っている姿もあった…【小白】 「小白もいますよ!そしてセイメイ様も!博雅様と神楽様は灯篭を流していて、八百比丘尼様は興さんと話しているじゃないですか!」【晴明】 「これは?」【浮世青行燈】 「花鳥風月は此世の巻を謝礼にしたんだね。」【神楽】 「此世の巻?それは何?全てが動いているように見える!」【浮世青行燈】 「今いるこの世界が存在する絵巻だよ。」【小白】 「!!!」【源博雅】 「!!!こんな貴重なもの、たとえ花鳥風月がくれても貰うわけにはいかない。」【絵世花鳥風月】 「そうではありません。これは此世の巻の複製品で、本体は私が持っています。未来永劫使用できる「不鳴箋」と考えていいでしょう。それに、これは秀一くんと相談して決めたことです。此世の巻は皆様へのお礼であり、玉藻前様と青行燈様へのお礼でもあります。霊になって現世を遊歴し始めた頃の私は、お二人から色々とご示唆を賜りました。皆様に来ていただいたのも、あのお二人のご意見でした。」【浮世青行燈】 「長い付き合いだけど、こんな世の中で、これほど純粋な心を持つ者はそういないものだ。」【絵世花鳥風月】 「玉藻前様もそうおっしゃっていました。そして晴明様にこう伝えるように言われました。この絵巻はいずれ必ず役に立つだろうと。私からの依頼はこれで完了しました。よろしかったら画町を回ってみてはいかがですか。色々とばたばたしていて、まだ景色もゆっくりご覧になっていないでしょう。」【源博雅】 「よし、神楽、一緒に灯篭を流さないか。川沿いの景色が一番いいぞ。来た時からお前を連れて行きたかったんだ!」【神楽】 「うん!」皆が行った後…【幼い秀一】 「皆行ったみたいだね、そろそろ僕の番だ。此世の巻は終わったし、今までの約束も全部君と果たした。今回は本当のお別れのようだね。」【絵世花鳥風月】 「…………あなたが本当に消えるわけではないと分かっていても、やはり別れを惜しむ気持ちになりますね。」【幼い秀一】 「きっとどこかでまた会えるよ。じゃ、さよなら。」話が終わると、秀一の姿が消えた。まだ宙に漂っている何本かの墨糸が、花鳥風月の手に収まった。【浮世青行燈】 「このまま行かせて本当にいいのか?」【絵世花鳥風月】 「執念を悉く捨てた以上、風と共に消えない理由はどこにあろう。彼との再会だけは、待ち遠しいのです。百画展が終わりましたら、あなたとともに遠い旅に出たいです。見たことのない風景を見れば、絵巻に新しい色を添えられるかもしれません。」【浮世青行燈】 「光栄の至りだ。」 |
巻閑話
渡し場紀行
渡し場紀行 |
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「渡し場で生ずる潮を観て、水が葦の洲を満ちる」 この渡し場で、よそから来る客人を沢山受け入れた。いつもここに来ては、名残を惜しみながらそそかしく帰っていく。何にせよ、混乱の渦中にある俗世と比べて、この画中の世界は仙境ともいえるからな。 だが、ここの美景に溺れる客人は多いものの、心を動ぜず、あくまで景色を冷たく見る客人もおいらの人生の中で何人かいたものだ。 中でも、あるお客様がとりわけ底知れない妖力を持ちながらも、おいらには優しく接してくださった。 おいらから馴染みの匂いを感じて、親しみを覚えたという。それは、おいらがその方と同じ狐だからだろう。 それだけでなく、人の世に入ったばかりの花鳥風月様を大いに助けたことがあるらしく、そのお礼として花鳥風月様は絵を贈ろうとした。その方は絵を広げた瞬間に沈黙した。おいらも好奇心で覗き見たんだけど、絵には女性一人と子供二人がいた。目を凝らして見ると、微かに笑い声さえ聞こえる気がした。 これは私が失った宝物だと、客人は言うけど、絵は受け取らなった。 己の宝物は、自力で探し出す。こんなものに耽溺することはないとおっしゃった。そして、お礼は後日にしても構わないと言って、一度も振り返ることなく、この渡し場を離れたのだ。 その方は大事にしていた宝物を見つけたと思うか? 扁舟明月を載せ、春風遠き岸を渡り、新緑の葦が浅き灘を覆い、白鷺は帰り人を導く。 |
七雀寸話
七雀寸話 |
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芦川の中に一軒の道場があった。道場には七雀という師範がいて、彼はいつどこから来たか誰も知らないが、その武芸の造詣に憧れ、弟子入りしたい画霊が沢山いた。 しかし彼は何故か、やせ細った小雀の画霊だけを弟子にし武芸を教えた。葦の茂み中から、よく師弟二人の声が聞こえた。 「いいか、これは一回しかやらないから、よく見るんだ」 「師匠、凄いです!」 「僕はいつ師匠のようになれるのでしょうか」 「修行に励み、稽古に勤しめば、いずれ必ずなれる」 その瞬間、七雀は師匠の言葉を思い出した。 「お前は飲み込みが早い。修行を重ねれば必ずものになる」 「本家の画館は、これからはお前が守るんだ」 だけど… 血や武器が目の前に広がる。彼は膝を地面につき、火の海に飲まれている画館をただ眺めた。本家の若旦那は倒れていて、息絶え絶えになっている。 「あなたのせいではない…私たちが…遠山先生の絵を収蔵したから、災いを招いてしまった…思いつめるな…」 血に汚れた手はぐったりとし、刀にもたれたまま、意識を失った。 「八雀、守りたい人はいるか?」 「いますとも!僕は師匠を守りたいです!といっても、今は師匠に守られていますが」 「心配するな。お前を、ちゃんと守るから」 彼は見るともなしに遠くの風景を見た。風が吹き、近くの家屋の上から炊事の煙が細く昇る。人々の平和と喜びが、彼のひどくやけどしている記憶に軽く被さる。八雀は澄んだ目で彼を見て、その目が若旦那の目と重なった。 「師匠、またぼうっとしていますよ」 「へへ、ならこれでも食らえ!」 我に戻った七雀は攻撃を防ぎ、翼を広げ屋上から地面にゆっくり降りた。 「こい!もっと面白いのを教えてやろう!」 |
架け橋物語
架け橋物語 |
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画町の川の両岸に風花の木と楓の木が一本ずつあり、川の上には橋がかかっている。 橋はいつできたか、誰も覚えていない。まるで昔からずっとそこにあるかのように、ただ静かに川の上にかかっているのである。 人々は橋を渡り、横の風花がひらひらと地面に落ちる。その光景に目を引かれ立ち止まり、風花を見とれる人もいる。そしてちょうど紅葉が綺麗な季節で、互いに照り映えて美しい景色になっている。 二本の木は橋ほど長い歴史はなく、いずれもある老人が昔植えたものだ。老人が言うには、娘さんが生前風花が大好きで、彼女思い人が紅葉が大好きだという。 娘さんはこの橋で無一文の男の子と出会い、お互い一目ぼれになった。しかし老人は貧しい男の子を認めず、娘に会ったこともない男と見合いに行かせた。 そしてある日、老人の使用人たちに追われた二人はこの橋から心中した。その瞬間から、彼は悔やむ毎日を送ってきたが、どんなに苦しんでも、逝った人は二度と戻らないのだ。 老人はとうに画町から姿を消したが、二本の木はますますうっそうになり、高く伸び、無数の恋人たちが風花と楓の下で出会い、美しい景色も結ばれる印となった。 寂しい月の夜に、川がさらさらと流れていく。 橋と月、川と木は昔のままだが、ここに立ち止まる人は常に変わっている。変わらないのは咲いては散る風の花と、赤くなっては色あせる紅葉である。 |
書棋の約束
書棋の約束 |
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夜の闇の中、蛍が点々と光っている。大きな岩の上に枯れた松があり、その下に上品なあずまやがある。 ここの地形は険しく、ほとんど誰も来ないゆえ、花鳥風月がよくお客様をもてなす場として利用しておられる。 そして今日のお客様は、あずまやの中で碁を打っている二人である。 白髪の男はきちんと座り、碁盤を一心不乱に見つめている。黒と白の戦が激しく、膠着状態になっている。 男は迷わず一手を打つと、盤上の情勢が大いに変わり、勝負がついた。 「ありがとうございました」 「素晴らしい。本日このような対局ができ、実に光栄でございます」 書妖様は笑いながら頭を軽く振り、世間の出来事を記す筆記帳を取り出し、棋聖様から随分前から誘われ、今日になって初めて実現した対局を記した。 おいらも目の前の盤面を見てみた。両方の陣地はほぼ同等だけど、それでも駆け引きに長ける棋聖様が僅差で勝った。妖琴師様より懐が深い書妖様も大変感服しているご様子だった。 「大変恐縮ではございますが、おいらがこの盤面を写すまで、少々お待ちただけますでしょうか。対局を見損ねた花鳥風月様にぜひお見せしたものです」 こんな千載一遇の対局を見れなかったら、花鳥風月もさぞ残念に思われるでしょう。 「しかし、対局する時、妖琴師がいないとなんとなく面白味にかけますね」 「その通りですね。妖琴師ほどの根性の持ち主はそうそういません。私は自分と対局しても、あんな風に長続きできませんよ」 「…」 妖琴師様がここにいたら、この対局は夜明けまで続けてもおかしくないでしょう。 そうなった時には、当直を鏡に任せよう! |
興猿戯書
興猿戯書 |
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この画居では、私興猿の名を知らない者はいません。この画町の講談師であるゆえ、町のことなら何でも知っています。 こちらの屏風に大変ご興味があるようですね。よろしかったら、おかけになって、この舞閣屏風の話をお聞きになってはいかがでしょうか! 屏風の正面には一見何の変哲もない山川風景が描かれていますが、灯火を近くに置くと、美しい女性が屏風の裏からうっすらと透けて見え、なかなか味のある独特な造りになっています。これは清子という絵師が独自に考案した「屏風美人」という技法ですよ。 そして、舞姫のいる舞閣は、よく清子の屏風で舞台を飾りました。 美しい踊り子が屏風の前で軽やかに踊り、屏風の絵が踊る姿を一層美しく引き立てました。踊るたびに、屏風の中の女性もまるで生きているかのように、踊り子とともに踊ります。ひらひらと踊る屏風の美人を見て、舞姫まで屏風がほしくなってきのです。 しかし、彼女のような名無しの踊り子に、屏風を買えるお金があるはずもないのです。すると、清子は彼女に踊りを精進するように勧めました。そうすると、あなたもいずれこのような美しい屏風を買えるようになるだろうと、そう言ったのです。 その後、舞姫の踊りは日々上達し、清子から送ってくる屏風も多くなってきました。そして舞姫は段々、屏風に描かれているのは舞う姿がより洗練してきた自分であると気づいたのです。 清子はきっと自分が万人に注目されるようになる暁に、屏風をくれるのだと思いました。 それを悟った彼女はその後、清子には屏風のことを一切口にせず、踊りの練習に没頭しました。 ところが、舞姫はよりによって舞台に立つ直前に体調を崩したのです… 「こら興猿!私の屏風から離れるんだ!」 いやあ、清子さん、そう怒らないでください。このお方に、舞姫さんと清子さんの美しい話をしているのではありませんか。 分りましたよ。そんなに嫌ならもうこれ以上語りませんよ。その屏風を持って、舞姫さんと一緒に旅立ちますよね? 大変失礼致しました。清子さんは気性が荒いところがありまして、その後の展開は話せません。でもどうしても知りたければ、この屏風をよくご覧下さい。 笑って踊っている舞姫さんがいるではありませんか。 |
栗狸雑話
栗狸雑話 |
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今僕を呼んだ? すまない、遠い洞窟の中にいたものでよく聞こえなかった。 煙が僕が面白い話を知っているって?面白いと言えるかどうか分からないけど、僕のぱっとしない今までの人生の話だよ。せっかくのいい天気だし、あなたに聞かせてもらおう。 栗狸になる前の僕は、長いこと各地を流離っていた。不作の年にはよくあることだし、別に珍しくはなかった。その頃、生きるために乞食をするしかなかったけど、冷たく突っ返されることが多かった。 そんな中、ある画館の主人が戸を開けてくれた。彼自身の食べ物を半分分けてくれただけでなく、松竹の絵まで送ってくれた。これは私の一番得意な絵で、また食べていけなくなったら、これを売ればいいと言ってくれた。 だけど、食べ物にもならない絵では、生きるための食糧を到底買えないことは、彼には分からないだろう。 あの老絵師と再び会った頃は、既に真冬の季節だった。彼はぼろぼろな薄着を着て、体が飢餓状態だった。それでも、何巻かの絵を必死に抱えていた。 雪が激しく降る日だった。枯れた松の木の下に二人で座り、この冬を乗り越えられないだろうと、とりとめのない話した。 僕は自分が持っている半分のお菓子を彼に譲り、厳寒の中で横になった。眠りにつく前に彼が、どんな絵がほしいんだと問う声が聞こえた。 絵なんか要らない。温かくて、食べ物がたくさんある棲み処がほしい。意識が消える前に、彼がよろめきながら、己の血で絵を描いているのが見えた。絵に松の木があって、木の下に食べ物が一杯詰まっている穴があった。目を完全に閉じる前に、青い裾が見えた気がした。 その後どうなったかって?僕は食べ物が一杯入っている穴を手に入れたよ。その閑という老絵師に会いたければ、この先の松の木の下を探せばよい。暖かい日向ぼっこが大好きで、地下にいるのがあまり好きじゃないんだ。 |
茶屋雑談
茶屋雑談 |
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大きな松の木の下に、小さな家と庭があり、中には貴重な絵が多数収蔵されている。絵を観賞したい客人がよくここに集まった。 庭の隣に小さな茶屋があり、茶屋の主人は茗蛙と名乗り、毎日笑顔で客を迎えている。ここのお茶が安くて美味しいゆえ、夏には多くの客が集まった。 「いらっしゃい、暑気払いにお茶でも一杯飲まないか?」 客は茶屋の中に座り、思わず主人をしげしげと見た。 「ご主人は松庭の隣で茶屋を営んでどれほど経ちますか。百画展に来るたびに、いつもここにいる気がしますが」 「わしはこの画町で茶屋を開いて久しく…何時始めたかもう覚えていないよ」 「画の中では小さな茶屋を構えているけど、絵の外では大きな茶館を持っていたよ!」 「大昔のことだったけど…」 茗蛙はお盆を持って、近くの松庭を見てため息をついた。 「お父さん、僕は師匠と一緒に旅立つことにした」 「時々最新の絵を送るから、一人前になったら帰ってくるから待っててくれ!」 そうやって、松庭の中の絵がだんだん積み上げられた。しかしある日から新しい絵が届かなくなり、帰るはずの人も消息を絶ってしまった。噂によれば、彼は最後到達した場所で洪水に遭ったという。 その後、茶屋の主人はお茶代を一切取らなくなった。その代わりに、入ってくる絵師にはみな息子を描くよう頼んだ。そしてある日、若くて美しい絵師が主人のために最後を絵を描いた。 「もうこんなに長くやっているのか」 「お茶は美味しかった。いくらでしょうか」 「適当にくれれば良い。これからもぜひご贔屓に」 何にせよ、今の彼にはお茶代のかわりの絵は要らなくなった。 「お父さん!山から新しい茶の葉を摘んできたよ!」と、誰かが大声で話しながら走ってきた。 「台所に置いとけ。後で見る。お客様、またお越しください!」 |
朱候伝・一
朱候伝・一 |
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こんにちは、小生はここで昼寝していましたが、何か御用でもありますか? そのお顔、幾分疑っているようだけど… まさか、小生がこの家の陰に隠れ、何か企んでいるとでも思いましたか? とんでもないことです。小生がここにいるのは、この家の主人が懐かしい訛りで話すからです。小生はたまに聞きに来ると、故郷を近くに感じるのです。 せっかくここまで話したから、小生の過去について、少し話させていただきましょう。 小生がまだ若い頃、国は戦火に焼かれ、動乱の最中でした。そしてある日、強盗に遭い、家族全員が殺害されてしまった。私もおしまいだと思った時に、通りかかった侠客に助けられました。 気が荒い方ですけど、優しい心の持ち主でした。彼は侯と名乗り、小生より年上の故、以降兄弟と呼び合うようになりました。 その後、彼とともに旅に出て、動乱の最中でも、お互い助け合う相手ができたことで、不安な気持ちも大分和らぎました。 もし、故郷が再び平和を取り戻したら、彼を隠居し、山野を楽しむよう説得するかもしれません。そうすれば、小生も安心して絵を描くことができます。 しかし、侯と長く旅している間も、国は平和を取り戻すことができませんでした。それでも旅に疲れた小生は、侯に別れの言葉を残し、一人でこの画町に戻りました。 しかし、あの年の冬はいつもより早く訪れ、小生は吹雪の中でぶるぶるして意識もだんだん朦朧になっていました。このまま世を去るだろうとぼんやり思っていると、誰かが小生を掴んで深い雪から引っ張り出しました。 侯でした。 行けません、この家の人が来るかもしれません。これ以上ここに居るとまずいようです。小生と侯の物語にご興味がありましたら、侯にも聞いてみてください。きっと喜んで話してくれますよ。 |
朱候伝・二
朱候伝・二 |
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私に何か用か? 何だ、朱のやつから言われて来たのか。苦い昔話をしたくないから、語りかけた物語を私に丸投げしたわけか。まったく困ったものだ… 分かった、では代わりに私が続きを語るとしよう。 私は学識のない粗野な人間だった。若いころから少し武芸を覚えたので、世の中を遍歴し、自由な侠客になろうとした。だけどある日、偶然通りかかる町で朱と出会った。そして身寄りのない朱を憐み、彼を暫く同伴させることにした。 だが彼をこれ以上長旅に連れていくつもりはなかった。か弱い絵師は旅の苦労に耐えられるかどうか心許なかった。でもずっとついてくるし、料理の腕もなかなか捨てたものじゃないから、彼の好きなようにさせた。それでも、一人いる時はよく名残惜しそうに、故郷の方を眺めていた。 そしてようやく、ある秋の日、彼は一枚の絵と一通の文を残し、こっそり離れた。天地は広いけど、どこが家か分からず、故郷に帰りたいと書いてあった。 別れも告げずにいなくなるやつのことは知ったこっちゃない。彼はあの画町では何も持っていない、どうやって暮らしていくかお手並み拝見だ。 そんな目で見るな。私は声が大きいけど、懐は広くはないよ!あんな絵師、どこに行こうが彼の自由だ… いや、本当は、彼の絵を見て考え込んだ。結局、あの貧弱な子を放っておけず、夜が明けるのを待たず画町に向かった。 途中から既にちらちらと雪が降ってきて、画町に着き彼を見つけた頃には、すでに半分雪に埋もれてしまっていた。 そして、大雪で画町に閉じ込められただけでなく、彼はあの冬を乗り越えることができなかった。彼が残してくれた絵を抱えたまま、この黒い石の下に座った。どれくらい経ったのか分からないけど、一人の女性が私の前に止まり、その手に持っているのは何ですか、まだ少々生気を感じますよと言った。 そして私は絵を彼女に差し上げて、一つ願いをかけた。 よし、私からは以上だ。朱のやつ、少々痛めつけないとだめなようだね。私はこれで失礼するよ。 |
弥助の絵
弥助の絵 |
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幽寂な竹林に、山風だけが囁いている。 竹汀の奥に、こぢんまりした竹屋がある。普段はほとんど誰も来ない静かな場所なので、花鳥風月様はよくここで休暇を過ごしたり、現世で出会った友人を誘ったりしている。 そして今日誘ったのは、弥助という男の子だった。 花鳥風月の前では少々緊張しているようで、筆を取っても、どこから描けばいいか分からず、周りをきょろきょろ見るばかりで手をつけようとしなかった。 こんなに緊張しちゃだめだよ。 しかしよりによって今日の当直は私で、八方美人の煙ではない。人の心を和ませることは私の得意分はではないのだ。 だが幸い、花鳥風月様は優しい先生で、弥助の緊張を察していた。 「緊張する必要はありません。思うがままに描けばよいのです」 弥助の後ろで優しい声がした。花鳥風月様だった。 花鳥風月様は墨皿を片手に、筆を取って描き始めた。すると一羽の小鳥が紙面に現れ、紙から飛び出した。小鳥は弥助の懐に突き込むと、浅い墨の跡になってしまった。 花鳥風月様は口を抑え、くすくすと笑い、墨の跡を拭いた。 「弥助くんの絵もとても素敵ですよ。さあ、自分の才能を無駄にしないで」 弥助は素直に頷き、緊張で強張っていた体も先ほどの鳥とともにどこかへ飛んで行ったようだ。 そして筆を握り、描き始めた。 「では、今日は達磨から描きましょうか!」 「うん!」 |
春作旧居
春作旧居 |
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これはこれは、まさか醸春林でお目にかかるとは。 醸春林にご興味があるようですね。ならば暫くの間おいらが同行させていただきましょう。この醸春林の話、花鳥風月様に付いているおいら以外にはほとんど知られていませんからね。 既にご存じかと思いますが、遠山様の旧宅が醸春林の近くにあります。 だけど、最初の頃は画町に醸春林は存在しませんでした。 家が貧しい故に、幼い遠山様はお母さまとともに画町のはずれに住んでいて、そこから少し歩けば人気のない荒野で、二人は痩せた田んぼでかろうじて生きていました。 毎日お母さまが出かけた後、秀一様は家事を全部こなすと、こっそり川の向こう側渡りました。そして夕方になって初めて花の香りを帯びて帰ってきました。 その頃、秀一様のおうちの向こう岸には大きな千糸紫がありました。 彼は千糸紫から数え切れぬほどの枝を取り、庭に植え、いずれ家の庭にも千糸紫が生えるのを夢見ていました。 しかし、あんな子供のやり方では、千糸紫が育つはずもありませんでした。 だんだん、遠山様ご自身も諦めました。 ところが、ある年の春になると、遠山様がお母さまの御遣いで、半日ほど町に出かけました。帰ったら、なんと、庭には風に蔓を靡かせる千糸紫が生えているのではありませんか。 まだ幼い千糸紫の下に、お母さまが微笑んで立っていました。 彼女は如何にしてその小さな願いに気づき、どれほどの仕事と汗でその木を手に入れたか、もう知る由もありませんでした。 しかし、あの瞬間の遠山様の熱い思いが絵の中に永遠に残り、何年経っても少しも色あせることはありませんでした。 お庭は昔のままで、千糸紫も何度も咲きましたけど、あの頃の面々はとっくに消え、昔の夢を見ようにも、なかなか叶いません。 |
遠山昔話
遠山昔話 |
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遠山秀一が文机から頭を上げると、自分に無数の細長い影が差していることに気づいた。 一瞬恍惚した後、それは庭にある千糸紫だと分かった。軽く揺れる木陰が、窓を越して部屋中に落ちている。 秀一は部屋を出て、風にそよぐ千糸紫を見上げた。木の下に、今にもあの馴染みのある姿が現れ、新鮮な花を抱えながら、笑顔で自分を呼んでくれるような気がした。 「秀一!」 一縷の長いつるが彼の肩に触れ、くすぐったく感じた。その感触が、彼を遠い記憶から呼び戻した。 見上げると、木がここまでうっそうに生い茂っていることに初めて気づいた。母親がこの木を植えた時、樹影が窓の縁にも届かなかったのに、改めて見ると、日差しを遮るほど成長している。陽光が、金屑のごとく地面に散らばっている。 そして高くそびえる千糸紫の足元を見れば、もう一本すくすくと育っている若木もある。幹は既に少し頑丈になっていて、咲き誇る千糸紫は隣の成樹と比べても遜色ない。 「お父さん、こうやって苗を入れるの?」 「そうだよ、知花は偉いね」 「知花の木もいつかお父さんの木と同じくらい高くなるかな」 「もちろんだ、もしかして父さんのよりも高くなるかもしれないよ」 あの時、知花と一緒に植えた苗だったのか。こんなにも大きくなったんだな。 秀一は日が西に傾けるまで、しばらく庭に佇んだ。そして、千糸紫から視線を戻し、重たい足取りで部屋の中に戻り、文机の前に座った。 蝋燭に火をつけ、筆を手に取るが、目の前の紙を見て長い沈黙に落ちた。 そして、彼はふと笑って、紫色の絵具に筆をつけ、優しいまなざしで千糸紫の花を何本か描いた。 すると窓の外の紫の色も幾分濃くなったが、まるで誰かの眠りを邪魔させないように、双手によって払拭されたのである。 |
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