【陰陽師】赤月の影ストーリーまとめ【ネタバレ注意】
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『陰陽師』の赤月の影イベントの昔の月ストーリー(シナリオ/エピソード)をまとめて紹介。
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霊感追跡「壱・初見」
初見・一
初見・一 |
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【中禅寺秋彦】 「っ…頭がまだくらくらしている…ここはどこ。ついさっきまでは書斎にいたはずだけど…眠ってしまったか?それとも、今も夢の中に…」【???】 「血の匂い…ここで…」【中禅寺秋彦】 「!!!」【神楽】 「吸血姫、落ち着いてって!ただの通行人だよ。」【中禅寺秋彦】 「…すみませんが、どなたでしょうか?」【神楽】 「あ、起きた!こめんね。私は神楽、この子は吸血姫。あの…少し待ってね。晴明、晴明ーーさきの陰陽師が目を覚ました!」中禅寺秋彦が目をあげると、遠くの村々は古びていて、知っている街の姿はどこにもない。急いで立ち去った二人の少女は、着物を着ていた。それに、白んだ顔をしていて背に漆黒の羽が生えている者がいる…それは決して人間の姿ではない。【小白】 「言ったでしょ!神楽様たちは、その者の桔梗の印にだまされてはいけません!彼から離れましょう!平安京とはまったく違う匂いがします。別の世界から来た者だと晴明様がおっしゃっていました!晴明様!この怪しい男は小白が見つけましたよ!小白が見つけました!」【吸血姬】 「私なのに…」【中禅寺秋彦】 「…晴明?」【晴明】 「失礼なことをした。我々は平安京から調査に来た陰陽師なのだ。木の下で倒れているのを見つけた。怨霊に取り憑かれていたようで、勝手に簡単な悪霊祓いの儀式をした。しかし、その儀式がうまくいかず、かえってあなたを驚かせてしまったようだ。」【中禅寺秋彦】 「(晴明、陰陽師…こんな偶然はある?)ご高名はかねて伺っておる、晴明殿。中禅寺秋彦と申する。本の商売をしている。世の中に不思議はないと思っているが…今の状況からすると、実に常識で説明できかねる。この白狐は、どうやら晴明殿の式神らしい。彼の言うとおり、確かに、諸君にとって別の世界から来た者なのだ。」【小白】 「ーー!!!晴明様、彼は、彼は小白のことを白狐だと言いましたよ!!怪しいですけど、見る目がありますね!」【晴明】 「失礼した。小白は人間の付き合いが苦手で、至らない所があったらお許しを…ご心配なくとも、異界に関しては、私たちは悪く思わない。平安京にとって「異世」も「他界」も、けっして遠いものではないからだ。」【小白】 「そうですね。毎年何人か道に迷った者に遭遇しますので、とっくに慣れました。」【中禅寺秋彦】 「そうか、私にとっての「異常」が、ここでは逆に「常識」なのか…そうすれば、逆にほっとした。しかし、御覧の通り、どうすれば戻れるどころか、どのようにしてここに着いたのかでさえ、私にはまったく見当がつかない。」【晴明】 「あなたは陰陽術によって来たのではなく…あなたに憑いている怨霊が意図してさせたはずだ。」【中禅寺秋彦】 「そうか…私にとっては新鮮な体験だ。」【小白】 「まさか、そっちの世界には陰陽道が存在しないんですか?災害が起きたら、大変じゃないですか?」【中禅寺秋彦】 「ああ、そういう時は…その場の対処がある。それに、厳密に言えば、陰陽術と祓魔師は存在する。ただ、悪霊祓いや儀式の原理、妖怪など人間ではないものの存在が、少し違うだけだ。」【晴明】 「なるほど、中禅寺殿はそちらの世界でも立派な陰陽師だよね。ご心配なく、「規則」が違うからといって術ができないのは稀だが、解決策がないわけでもない。」【吸血姬】 「血…どうしてこんなに血の臭いがする?」【神楽】 「でも中禅寺は、怪我をしているようには見えないね…」【中禅寺秋彦】 「この血に染まった扇子か。古物商の友人が鑑別するように託されたもので、大したものではないーー」【吸血姬】 「そうだ、それだ!懐かしいにおい!母さん…血月…元祖…」【神楽】 「ごめんね、中禅寺さん。普段の吸血姫はこんなふうではないが、最近急に…」【晴明】 「っ…ところで、その扇子はあなたが異世界から持ってきたものか。しかし、それはむしろこの世のもののように見えた…」【小白】 「知っています!津保屋で売っている「妖鬼絵」シリーズの扇子です!」【小白】 「一昨年から売っていたんですが、作りすぎて全然売り切れなくなり、値下げもしました。今年はもう完全に売れなくなりました。」【晴明】 「小白は最近、ますます情報通になったな。」【小白】 「街を歩くとき、人間の店主同士で話をしていても、小白のことをまったく気にしないので、いつも面白い話が聞けます。」【晴明】 「とにかく、この扇子が中禅寺殿をここへ来させた源になっているようだ。私たちの世界では、たたりや怨霊は、自分の欲望や怨念を満たすために、関連する者を探す。その熱望が時々、己の実力を超えて、不思議な効果をもたらす…」【中禅寺秋彦】 「晴明殿がそうおっしゃられても、世の中に不思議はないと思う。特定の「条件」があれば、ある「効果」は発生するが、それ以外の状況では発生することができない。それほど難解な規則ではない。」【晴明】 「…!中禅寺殿は実に知的な大陰陽師のようだ…私の失言だった。では、理解していただけるのなら、正直に言う。あなたの中には、「ごく普通の怨霊」でも「時空と規則を超えても」欲望を満たそうとする行動を爆発させる強烈な性質がある。だから、その扇子は私たちの世界から、あなたの世界へ行き、あなたを連れてきて、目的を達成しようとしていた。」【中禅寺秋彦】 「となれば、戻る方法を見出すには、怨霊の本質と目的を探し出さねばならないのか。」【晴明】 「そのようだ。そしてこの扇子は吸血姫と関係しているらしいことを考えると…」【小白】 「晴明様、晴明様、誰か近づいています!普通の人間の女で、近所の村人らしいです。」【晴明】 「わかった、小白。しばらく黙っていろ。吸血姫も来い。姿を見せられると村人は驚かされる。幻術をかけてやる。」【吸血姬】 「うん…あの女、その身には…血の匂いがする。殺生を生業とする女だ。」【神楽】 「…え?!」 |
初見・二
初見・二 |
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素朴な少女がおどおどと歩いてくる。【少女】 「すみません…あなたたちは都の…御方ですか?」【晴明】 「私たちはたしかに都から来たが、たいした身分ではない。娘さんは、近所の人のようだが、知川久はどこにあるかを知っているだろうか。」【少女】 「あ、はい……それは私達の村です。近くにあるので、この道に沿って二、三里行くとすぐです。あの…わざわざここまで来られて、村の祭りに参加したいのでしょうか。」【晴明】 「祭り?」【少女】 「はい、今日です。でも、もうすぐ夕方になりますし…」少女は空を見て、なぜかほっとした顔をした。【少女】 「今なら儀式はもう終わろうとしているはずです。」【晴明】 「…祭り?儀式?」どういうわけか、少女が急に慌てだした。」【少女】 「や、夜刀神様を祭る儀式なんです。それで来られたのではないでしょうか?」【中禅寺秋彦】 「(夜刀神…その名は…)…娘さんは知川久の人か?祭りに参加しなかったか?」【少女】 「私は…まあ村のものとも言えるかもしれません。ただ、川沿いの船の中に住んでいて、村から遠いので…」【中禅寺秋彦】 「「殺生」を生業とする漁師か…」【神楽】 「どうしたの?中禅寺さん?」【中禅寺秋彦】 「…いや、なんでもない。」【晴明】 「悪いが、日が暮れてきたから、知川久で一泊したいだけだ。」【少女】 「ああ、それはそうですね!黒い着物の御方は顔色がよくないようですが…もしかして、無防備だったから、このあたりの瘴気にかかっているのではないでしょうか。瘴気を防ぐ薬があります。よろしければ、使ってください。」【中禅寺秋彦】 「このあたりは平原で、木もあまりないのに瘴気があるのか。」【少女】 「ええ、実は数年前からありました。最初は土が硬くなって、それから水質も悪くなったんです。だんだん空気も濁ってきましたので、都の殿さまに見ていただいて、毒が染みているとおっしゃってました。それで、村では、水と土の均衡を取り戻すために、夜刀神様を祭る祭りを行うのです。」【中禅寺秋彦】 「…夜刀神という名を、どこで知ったのか。」【少女】 「昔からの村の書籍に書いてあるんだって村長が…」【晴明】 「ところで、娘さん、お名前は…?」【お朝】 「私には苗字がないので、お朝と呼んでいただければ…」【晴明】 「お朝さん、少し待っていただけないか、うちらで少し相談したいんだが…いいか?」【お朝】 「だ、大丈夫です。どうぞご自由に…私はこちらでお待ちしますから。」一行はそばへ寄った。【晴明】 「中禅寺殿、夜刀神のことを話したとき、顔色が変わったが…もしかして、その名前を知っているか?」【中禅寺秋彦】 「…うん、確かにある程度は知っているが、世界も歴史も違うから、根拠にはならないかもしれない。」【晴明】 「それはわかる。でも、妖怪にかかわるからには、教えてほしい。」【中禅寺秋彦】 「恐れ入ることだ。私たちの世界では…あるいは歴史の中で、夜刀神は確かに神として崇められていたが、本質は妖怪に近い、不吉な存在だった。最初に記載されていたのは、頭に角が生えて、数多く蛇の群れのような怪物だ。そいつらは畑、川、森など多くの地域に繁殖し、人目に惹かれれば、数日後にはその一家は全員死んでしまう。ある富豪が畑を開墾しようとしたから、夜刀神を攻撃してそれらを山まで駆逐し、印をつけた。「この山頂は神の領域であり、山の下はわれらの畑である。これから、われらは代々、神々を祀る故、怨むことも祟ることもないように」――その富豪は、このように言った。その後、そこで夜刀神を祀る神社を建て、百年間くらい平和で過ごせたようだ。そのあと、ある大臣が命を奉じてこの地を開墾し、堤を作ったので、再び夜刀神が集まるようになった。大臣はその状況を見て恐怖するどころか、逆にひどく腹が立った。「神だからといって上の命令を聞かずにはいられない」と、何を見ても躊躇わず殺せと命じた。――そうやって夜刀神を追い払って、堤は無事に建てられた。そんな話だったかな…具体的な話は二、三日をかかっても話しきれないが、今のところ参考になるのはこれくらいだ。」【晴明】 「なるほど…助かった。では、村に着いたら、もう一度、詳しく話を聞かせてもらおう。」【中禅寺秋彦】 「よろこんで。さて、この村に祀られている夜刀神については…」【晴明】 「…実は私と小白は、このあたりの「災い」を調査するためにやってきたのだ。まさにあの娘が言っていた、瘴気と土に関する問題だ。近年、複数の村で土の凝結や水脈の変化などの問題が発生した。川に沿って災いが起きた村の位置を線で描くと、地図上にある「模様」ができていることがわかった。」【中禅寺秋彦】 「いわゆる「風水」や「陣法」なのか?一般的に言うと、地脈、いわゆる「龍脈」や「気脈」に繋がって設立されるものだ。」【晴明】 「確かに、それこそ長い間気づかなかった原因だ。しかし、他にもいくつかの異様があったから、私たちはようやくこれらの災いの特殊性に気づいた。さらに時間がかかってから、この陣を繋がっているのは、川の水脈だとようやく分かった…さっきあなたが言っていたとおりに、夜刀神はどうやら水に関係する邪悪な蛇神のようで、これも私たちが調べていたことと一致する。」【中禅寺秋彦】 「…あなたの言う「他の異様」とは、まさか「祭り」のことではないか。」【晴明】 「中禅寺殿はさすがに鋭い。しかし具体的なことは、村に入ってこの目で見たほうがいい。」 |
初見・三
初見・三 |
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【晴明】 「お朝さん、お待たせしてすみません。」【お朝】 「いいえ、とんでもないです。もう遅くなってきましたが、早速出発しますか?お祭りが終わったら、宴を催すかもしれません。実は瘴気が現れる前には、わざわざ村へ訪れる客もいました。うちの村人はみんな親切で、閉鎖的な村ではありません。」【晴明】 「そうか。なら遠慮なくご厚意に預かる。」少女の言う通り、道に沿ってしばらく歩くと、村の入口が遠くに見えた。日は沈んでいくが、村には明かりがたくさん灯されていて、人の声がかすかに聞こえる。【お朝】 「皆様、村に着きました。ここが知川久です……あ、やはりお祭りはもう終わっています。今は宴の準備をしているようです。どうぞお入りください。村長が極上のお酒を用意しております!」【吸血姬】 「…………血の匂いが強い…!」【晴明】 「神楽、中禅寺殿、下がれ!」【小白】 「危ない!晴明様!!」血色の滝が急に降り注ぎ、村すべてを覆い、目の前の世界を2つに分けた。一瞬にして、村が赤色に飲み込まれた。【神楽】 「こ…これは…!結界?!晴明!吸血姫!小白!」【中禅寺秋彦】 「…彼らは閉じ込められたようだ。すまん、晴明殿も白狐さんも、私を引っ張り出すために…」【神楽】 「…いいえ、中禅寺さんには関係ないことよ。戦闘力のない者たちを守るのは陰陽師の役目…それはわかっている…し…しかし、この壁は…おい、晴明ーー聞こえるか?!」【小白】 「大丈夫ですか?セイメイ様。」【晴明】 「大丈夫だ。悪いな、小白。中禅寺殿と神楽は、どうやら免れたようだ……他に閉じ込められている人は……」【吸血姬】 「……血の匂いが……始祖がここにいるのは間違いない……でも具体的な場所は分からない……」【小白】 「セイメイ様、それらしい匂いもしないです。」【晴明】 「神楽が言っていた、吸血姫と関わる「始祖の召喚」というやつか。血の匂いも、おそらく錯覚ではない……」【小白】 「この障壁と関係があるのでしょうか?」【晴明】 「調べてみよう……」晴明が赤い障壁に手を差し込むと、まるで水に手を入れた時のように、障壁に波紋が生じた。手を引くと、障壁に生じた波紋は収まっていく。【晴明】 「どうやら破壊できそうにないな。手に付着することはないが……この感触、この温度……まったく……不気味だ。」【小白】 「セイメイ様、この変な障壁は解除できませんか?」【晴明】 「ああ、この強度に対して、一般人を驚かせずにやるのは無理だ。この障壁は地脈に根を下ろしている。ある程度循環があるはずだ。障壁を攻撃するのは、海面を攻撃するようなものだ。力は一瞬で分散され、吸収される。それに……」【小白】 「そ、それに?」【晴明】 「忘れたか、これはただ我々と外を「隔てる」「壁」ではない。我々を「内側」に閉じ込める「部屋」だと思わないか?外にいるのとはわけが違う、既に敵の縄張りに入っている……ここから出られるか、どうやって出るか……それは主の意識……あるいは「部屋」の「規則」に従う必要があるだろう……」【小白】 「…………わけが……わかりません!!!」【晴明】 「まあ、今のところまだ時間はある。なるようになるさ。(もちろん、他に方法がないわけではない……力ずくでやれば何とかなるだろう……だが相手の正体がわからない今、うかつに手を出さないほうがいい。今はまだ、小白に言わなくてもいいだろう。)」何回試しても、滝のような障壁はびくともしなかった。【晴明】 「おそらくこの障壁は、地下水脈と繋がって構成された循環結界だ。今の状況からみるに、我々は「中」に「閉じ込められている」。何らかの「方法」でしか解除できないらしい……ところで、お朝さん、気がついたか?」赤い結界が出現した瞬間から、ずっと怯えている少女は、晴明の呼びかけにも反応しなかった。【お朝】 「……これは……罰。そう、罰に違いない……あんなことしたから……」【小白】 「あまりの衝撃に頭がおかしくなってしまったのではないですよね……」【晴明】 「……いや、これは結界形成時に放たれた「気」を、近距離で当てられたせい、そして恐怖による興奮状態だな。幸いまだ霊符がある……」霊符の力によって、邪悪な赤色が少女の体に浮び、消えていった。お朝も、正気に戻った。【お朝】 「……罰……ば…………私は……あ、あなたたち?赤い……これ幻覚じゃ……ないの?」【晴明】 「ああ、君はさっきまで混乱していて、やっと正気を取り戻した。お朝さん、この結界……あるいは障壁に見覚えはないか?」【お朝】 「まさか!もし知っていたら……」彼女の興奮していた顔が、急に歪んだ。【お朝】 「いえ…………見覚えありません、すみません…………私、まだぼーっとしているのかもしれません……あはは、えっと…………私……犬が喋っていたのを見た気が……」【小白】 「!!!!!」【晴明】 「……小白、待て。正体を隠しておこう、あとで役に立つかもしれない。」【小白】 「……ううううう……?!!!」【吸血姬】 「きっと気のせい、小白は喋れないから。」【お朝】 「………………そ、そうなんですか……すみません、勘違いして……」【晴明】 「お朝さん、似たような……「奇怪」な事に遭遇したことはないか?」【お朝】 「一度もありません!……いえ、その……こういうのは……初めてです……」【晴明】 「これと「祭り」は関係があると思うか?」【お朝】 「………………知りません、私知りません!何も知りません!!!」そう彼女は叫ぶと、何かに駆り立てられたかのように、急に村の方向へ走っていった。【吸血姬】 「…………行っちゃった。」【晴明】 「(あの様子だと、結界のことは何も知らないようだが……あの不安と恐怖は本物だ。……どうやら、この村の祭典には、裏があるに違いない……)……仕方ない、我々も村のほうへ行ってみよう。まだ何か情報を入手できるかもしれない。それと、吸血姫、もう小白を離してやれ……」【小白】 「はあ、はあ…………怖かったです!!!」【吸血姬】 「……喋っちゃだめよ、小白。」 |
初見・四
初見・四 |
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周辺にある荒れた畑と違い、村の中は繫栄が垣間見える。祭典のせいか、村人たちは広場で盛大な宴を楽しんでいて、周囲にはたくさんの灯火がある。煌めく灯火に照らされ、頭上の赤い天幕がますます妖しく見える……【吸血姬】 「……血の匂いが、濃くなってきた……ちょっと……気持ち悪い。匂いのせいだけじゃない……何かが……胸から湧いてきそうだ……」【晴明】 「(妖気が……村の中心に近づくと、吸血姫の妖気が騒ぎ始める。)」【老人】 「おや?どうかしたか、お嬢さん、具合が悪いのか?さあさあ、水でも飲んで休むといい……」【晴明】 「ありがとうございます、あなたは……」【老人】 「ははは、わしは知川久の村長の葛山……さっきお朝から聞いた。」【葛山】 「君たちが、祭典を見にきた「客人」だね?」【晴明】 「ああ、俺は源博雅、こっちは妹の神楽。(さっき必死に逃げていたのに……こんな短時間で回復したのか?)」【葛山】 「な……なんと?!ま、まさか源氏の方々が!これはとんでもない客人がお見えになった!お二人の来訪は、知川久にとってとても光栄なことです!わしから一杯……」【晴明】 「いいや、遠慮しておく……妹の体調もよくないんだ。」【葛山】 「これは失礼……水だ!水を持って来なさい!」【妖艶な女】 「やれやれ、また大声出して。あまり興奮しないでね、村長さん、もう年なんだから……」艶めかしい女性が近づき、微笑みながら晴明たちを観察する。村長やお朝と違い、彼女には普通の村人が持たない風情がある。【妖艶な女】 「あら、見たことない顔ね。前の祭典でも見たことない……ひょっとして今きたところ?それとも、「あの人」みたいに、今までどこかに隠れていたんじゃ……何か企んでるわけじゃないわよね?」【葛山】 「もうよい!大事な客の前で失礼なことを言うな!」【妖艶な女】 「まったくね……宴の最中なのに。そうだ、お嬢さんは水が欲しいのよね?どうぞ……」【晴明】 「ありがとう……あの、ご婦人……」【妖艶な女】 「お客さんたち、そんなにかしこまらないで。蜜乃って呼んでくれる?それとも別の愛称で呼んでくれるの?私は構わないわよ。」【葛山】 「いいから、あっちに行きなさい!」【落ちぶれた剣士】 「ふふ、相変わらず元気だな。夜刀神様はすでに顕現した、いつまで宴をやっているつもりだ?……なるほど、また新入りか……」【葛山】 「島村、いい加減にせんか!」【島村】 「そこの新顔……ふん、ついてるな、おやじ。こいつらは役に立ちそうにないな、そこの犬のほうがましなんじゃねえか?」【小白】 「!!!!!」【晴明】 「こら、小白。あの、島村殿……」【島村】 「お前ら、わざと祭典の時間をずらして、俺の不意をつこうとしたよな。それくらい、俺にはバレバレなんだよ!それにお前たちは……ふん、血すら見たことねえだろ?」【吸血姬】 「……血?」【島村】 「そうさ。お嬢ちゃん、赤く、温かく、垂れ流すやつだ!夜刀神様を目覚めさせるためには、とっておきの「特別な品」を生け贄にして捧げねえとな!」【吸血姬】 「生け贄……夜刀神?」【島村】 「夜刀神様は血が大好きなんだ!外の赤い滝も見ただろう?あれが夜刀神様の……」【蜜乃】 「いやだわ……これ以上言わないで!苦手なのよ、こういうの……」【島村】 「ふん、白々しい。お嬢ちゃん、夜刀神様の生け贄の中で、一番大事なのは何か、知ってるか?」【葛山】 「もう言うな!」【島村】 「それはな……純潔で、汚れがなくて、新鮮で……」【葛山】 「島村、やめろ!!!」【島村】 「ちっ……お前らみたいな上流階級は、首を突っ込まないほうがいいぜ。でないと、お前と妹、そしてあの犬の血も、明日までまだその体に流れているかな……?はははははははは!!!」島村という剣士が高笑いをしながら、わざと村人にぶつかって、むりやり席に座り、飲み始めた。【葛山】 「………………お見苦しいところを。あの者は村の人間ではなく、夜刀神様の信者だと自称した……これほど野蛮とは……」【晴明】 「お朝さんから聞いた、祭典を見に来た客人がいると……彼はわざわざ祭典のために来たのか?」【蜜乃】 「こ、怖かった!私、ああいうのが一番苦手なのよ……この話はもうやめ、席に戻りましょう、人が多いところのほうが安全だもの。」【葛山】 「……そうだな、お客さん、せっかくの宴だ、どうぞごゆっくり。わしはお客さんたちの宿を手配してくる、ははは……」【晴明】 「では、遠慮なく。」葛山と蜜乃と言葉を交わした後、晴明たちにようやく仲間だけの時間ができた。【晴明】 「彼らは外の血の天幕が祭典……いや、儀式が成功した証だと認識しているようだ。」【小白】 「そんな!」【晴明】 「……しかしお朝さんは違った。彼女は真っ先に「罰」と言った……吸血姫、体の具合はどうだ?」【吸血姬】 「うん……もう平気……人に囲まれたせいだと思う……」【晴明】 「……油断するな。この村は普通じゃない。宴を機に、探りを入れよう。」 |
初見・五
初見・五 |
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【葛山】 「すみません、これしか空いてる部屋がなくて。みすぼらしい部屋で申し訳ない、ひとまずここで我慢してください。」【晴明】 「いや、ここで十分だ。」【葛山】 「ではわしは御暇します、長旅でお疲れでしょう。今日は早めにお休みください。明日朝には、食事を用意します。」【小白】 「ようやく話せます……セイメイ様、長時間気を遣って大変でしたね……」【吸血姬】 「神楽が言っていた……人間の、生きるための礼儀だって。」【晴明】 「そこまで深刻なものではない。ところで村長の話し方と、普通の村人の話し方の違いに気づいたか?あれは都でも、全くおかしくない話し方だ。」【小白】 「言われてみれば、たしかに……まさかよその人が、村長になりすましているんでしょうか?」【晴明】 「いや……さっきの聞き込みでわかっただろう?今回の祭典には、多くのよそ者が訪れたらしい。そのことが不満な村人もいる……血の幕が降りた後にも「残った」よそ者は、我々を除けば……お朝は村の重要人物ではないとはいえ、一応は村の人間だ。だが……彼女の前後の反応が違いすぎて、違和感を感じる。」【小白】 「セイメイ様、つまり、誰かが嘘をついているということですか?」【晴明】 「いや、むしろ、どの言葉を「信じていい」のか、どの言葉を「信じてはいけない」のかがわからない。皆……何かを隠している。騙し、欺き、肝心なところにはあえて触れず……祭典、生け贄、そして夜刀神に対しても……しかし、一つ確かなのは。司会だ……もしくは、この祭典を進めていたのは……」【小白】 「小白は匂いを嗅いでも、嘘かどうか見分けられません……」【晴明】 「大丈夫だ……ふう、とりあえず明日まで待とう。この赤い結界は、一夜では消えないだろう。私はこれを解除する方法を考える……神楽と中禅寺殿も外でうまくやっているといいが。」【神楽】 「この結界、私の術が全然通用しない。晴明たちの声も聞こえない……どうしよう……」【中禅寺秋彦】 「神楽さん、結界内の状況をまだ把握していない以上、軽率な行動はやめた方がいいでしょう。他の陰陽師に連絡できますか?それも晴明様と同等の腕を持つような……いや、そんな人は存在しませんね。」【神楽】 「能力は違うけど、博雅お兄ちゃんなら何とかできるかも。お兄ちゃんなら、呪符を使えば、明日にはここに来れる……」【中禅寺秋彦】 「ならば、今夜はここで待ちましょう。」【神楽】 「中、中禅寺様、あ、あれを見て……………………あそこ……結界の中が……」【晴明】 「……うん、霊符をここに……もうこんな時間か?……今日はもう遅い、小白、吸血姫、早めに休んで明日に……」【吸血姬】 「…………」【晴明】 「!!!……今のは……悲鳴か?!」【小白】 「い、いったい何が?!」【飛縁魔】 「…………」【飛縁魔】 「…………」【吸血姬】 「……新鮮な、血の気配……いったい……」【飛縁魔】 「月の光が降り注ぎ、白い服の女性妖魔が夜空に浮かんでいる。彼女たちは赤い爪を舐め、悲しげな歌を唄う。まるで、祭典を祝う巫女のように……」【島村】 「や、やはり現れた!あの赤い滝もそう、すべては、手記の記述通りだ…………」………… 「暗殺の任務を受け、「千景祭」に迷い込んで二日目。」 「すべてはあの人の言った通り……祭典が終わる日、夜は赤く染まり、夜刀神の仕女が降臨し、歌と舞を主に捧げる……」 「それは「飛縁魔」という妖魔、赤い染みが付いた擦り切れた白衣を身に着け、まるで人間の女のよう……」 「容姿はいいが、知性はまったくない……しかも攻撃的だ。」【花開院多摩】 「……と書いてあるが、実際とは大違いだ。」【冷泉勝観】 「やれやれ、そう言うな、女の子を傷つけてしまうぞ?」【花開院多摩】 「……冷泉殿、相変わらず神出鬼没だな。そもそもあれは「妖魔」だ……「女の子」扱いする必要はないだろう。」【冷泉勝観】 「はははは、君は真面目だね。それでは遊びの楽しみが減ってしまうよ?」【花開院多摩】 「……命に関わる事を「遊び」だとは捉えられない。」【冷泉勝観】 「わかった、君がそう言うなら、その真面目さを尊重しよう。」【花開院多摩】 「助かる。」【冷泉勝観】 「情熱的な女の子たちが君の懐に「飛び込んで」こないかと心配してるんだな?安心するがいい、「遊び」において最も重要なのは「規則」だ。私の言う通りにし、規則を破らなければ問題はない。」【花開院多摩】 「………………」【冷泉勝観】 「まだ警戒しているのか……君は疑い深いね。花開院、普通の人と真の貴族の一番の違いは何か、わかるか?」【花開院多摩】 「それは何だ?」【冷泉勝観】 「侮辱されたような顔をするな、こっちはちゃんと研究したんだ、悪気はない。それは、普通の人は規則を「無視」する、あるいは規則を「守る」傾向が強いこと。そうだな……労役制度を例にあげよう。平民は規則を回避しようとする。見つかれば鞭打ちの刑の他にも……高額の罰金を強いられる。おとなしく働いても、金はもらえず、お腹も満たされない。疲れ果てて補修したばかりの用水路のそばで倒れる……しかし貴族は違う。「領民は領地のために労役に服する」という規則を作り、それを実行する。」【花開院多摩】 「……領民の代わりに、護衛にやらせたり、職人を雇ったりする名君もいる。もちろん、娯楽に用いられる展望台を造るために、大量の労働者を使役するやつもいる。」【冷泉勝観】 「だから私は「真」の貴族と言ったのだ。君が言っているのは、裕福な生活を送っていて、それがどうやって与えられたのを知らない「普通の人」のことだ。貴族の全ては、統治者として作った「規則」の上で成り立つ。「規則」を十分理解した上で、行動する必要がある。例えば「領民」の概念、「領主」の概念、征伐の定義、服役の意味……領主たる者、自分の豪華な屋敷は、領地の栄光のために建てられた庭や廟の「付属品」であると言う。正しい領民は、君の言う名君を選ぶか、おとなしく暮らす人たちに混ざり、「隠れた民」になる。」【花開院多摩】 「平民は領主に搾取されるものだ。いくら隠れようとも……」【冷泉勝観】 「いや、君はまだ理解していない、花開院。規則の中で生きるためには、規則を知り、そして従うことが必要だ。そして規則の隙を見つけ、「制限されず」、かつ「規則に反しない」道を歩むんだ。そうだな……まるで溝を流れる水のように。決まった方向に沿って、その中で自由に流れる。均衡が取れて美しいと思わないか?これが「眼識」と「やり方」の差だ。血縁、富、人情などによるものではない。生活が豊かであってもなくても、うまく対応できれば、それはもう「貴族」だといえるだろう。」【花開院多摩】 「……しかし、水がある程度蓄積すれば、洪水となり、全てを破壊する。溝も、規則も、全て消えてなくなる。そして……」【冷泉勝観】 「そして新しい「貴族」が新しい規則を作る、違うか?」【花開院多摩】 「……あなたは……」【冷泉勝観】 「不服のようだね……別に私は、議論したり、「私が正しい」と主張したいわけではない。個人的な見解を述べているだけだ、他意はない。水は流れるもの。流れずに溜まっていたら、水は腐っていく。規則のままに流れる一定の「量」の水は……少なくとも最も安全なものだろう?水を使う者にとっても、水自体にとっても。」【花開院多摩】 「…………安全のためだけに?まるで臆病者ではないか。」【冷泉勝観】 「臆病者か……確かにその通りだ。堤防を壊し、凶暴な激流となり、規則を覆し、概念を濁す。世界は混沌に陥り、人々が恐れる「天災」と化す……それはそれで、悪くない結末だ。」「相変わらず大きな口をたたくやつだ。だが、所詮は自惚れた坊っちゃんでしかない。それでも彼から確かな情報をいくつか手に入れた。儀式には多くの規則が存在し、それを守らなければならない。飛縁魔たちも規則に制限される……こうすれば、飛縁魔たちは………………」【島村】 「……間違いない、こうすれば、妖魔の襲撃から逃れられる!ふふふ、先人の手記を手に入れた俺様は、やはり天に恵まれている!この手記さえあれば、何があっても……ふふふ、ははははは!」 |
手掛かり
知川久の汚染 |
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知川久の汚染は、長年蓄積された結果だ。土から水質まで、段々と悪化していき、生物の生存が困難になってしまった。 |
血色の結界 |
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晴明は調査を通じて、結界が地下水に通じていると知った。今のところ、結界を破壊するのは困難だ。 |
変わった村人 |
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祭典の供え物の話になると、皆言葉を濁す。何か隠しているようだ。 |
夜刀神の伝説 |
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村長葛山から得た情報によると、夜刀神は知川久の歴史に名を残した、血と水を司る古の神らしい。 |
蜜乃の情報(一) |
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蜜乃が、村長は村の蔵書の中から夜刀神を祀る祭典に関する内容を見つけたと教えてくれた。 |
島村の情報 |
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島村に警告されたようだ。その言葉がほのめかしているのは、おそらくこの祭典には裏があるということだろう。 |
葛山の情報(一) |
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祭典の供え物の話をしていた時、葛山はお朝が祭典に一番積極的だったと言った。貴重な備え物をたくさん提供したと… |
推理(ネタバレ注意)
問い | 知川久祭典の発起人は誰? |
答え | 葛山 |
霊感追跡「異変」
異変・一
異変・一 |
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騒がしい夜が明け、ついに日が昇り始めた。微かに赤色を帯びているが、それでも人々を安心させるには十分だ。【晴明】 「ああ、ついに夜が明けた。結界はそのままだが……外の様子が少しは見えるようになった。本当に騒がしい一夜だったな、よく休めたか?」【小白】 「小白は大丈夫です、セイメイ様!でも吸血姫はよく眠れなかったようです。」【吸血姬】 「うん……外の妖怪がずっと咆哮しているからか、気が気じゃない……それに私は夜活動するのに慣れてるから、昼間は元気が出ない……」【晴明】 「ああ、それは仕方がない……昨日の妖怪たちは強くはないが、接触するとすぐ咆哮して仲間を呼びつける。なんというべきか……戦い方や行動からいえば、むしろ獣に近い。人の姿をしているから、少なくとも会話はできだろうと思っていたが……それはさておき、吸血姫にかけた幻術はじきに消えるようだ……小白もだな。今表に出たら、霊感の強い人や、子供たちには本当の姿を見抜かれるかもしれない。やはり、結界内の「規則」は「特殊」な力……つまり術の類いのものを拒んでいるな。昨日かけた術も、一晩ですぐに消えてしまう。この速さを考えると、前もって準備しておかなければ、誰かに隙を突かれてもおかしくはない。」【小白】 「セイメイ様は、小白たちの姿に村の皆が驚くかもしれないと心配されているのですか?でも昨日の夜はあんなことも体験したし、心の準備はさすがにもうできているのではないでしょうか?一度ならず二度までも……」【吸血姬】 「……術の継続時間の話だよ。」【晴明】 「ああ。術の継続時間は普段と比べると、著しく減っている。戦闘前に対策しておかなければ。だが、小白の言うことも一理ある……今は余計な問題が起きないよう、やはり正体を隠すべきだ。そしてなにより、昨夜の異常事態の直後だから、相手に警戒されないように注意したほうがいいな。もし私の予想が当たっていれば、村はすでに混乱に陥っているはず……とにかく、こっちに来てくれ。もう一度術をかける。」術をかけなおすと、空はすっかり明るくなっていた……とはいえ、赤色の帳に閉じ込められたままでは、どうしても不安な気持ちになってしまう。【村人・女性】 「もうちょっと早く歩けないの!村長さんはもう終わらせてしまったかも……」【村人・男性】 「急かすな、足の傷がまだ疼いているんだ……ちっ、痛え……ん?お前たちはどこから来たんだ?見ない顔だな…」【晴明】 「ああ、我々は……」【村人・女性】 「きっと昨日祭典に参加しに来た人よ、他にも何人もいたでしょう?はいはい、ぐずぐずしないで。もうすぐお昼よ、もしお薬がもらえなかったらどうするの……」【村人・男性】 「何が祭典だ、あれはほとんど……おい、お前たち、一緒に行くか?」【晴明】 「……この方向、君たちも村の広場に行くのか?まさか村長さんに何かいい考えが?昨夜現れたあの白衣の……」【村人・女性】 「しっ!!!最近の若者は、敬うということを知らないのか?ああいう存在はもっと敬わねばならん!祭典で問題が起きたから、夜刀神様が侍女を遣わせ我々に罰を与えたんだ!」【村人・男性】 「彼女に構うな、いつもそんな迷信を……どうせあのじじいの手管だろう、彼女のような馬鹿を騙すためのな。ふん……お前たちもあんまり頭が良くないんだろう、何が夜刀神だ、わざわざこんな貧乏くさい村に来て……」【村人・女性】 「この罰当たり!あなたはよく不謹慎な発言をするから、夜刀神様の侍女に狙われたのよ……急いで!もし遅れたら、お薬だけじゃなくて、おむすびももらえなくなる!」それ以上晴明たちには構わず、夫婦二人は文句を言い合いながら去って行った……【晴明】 「……広場か……小白、吸血姫、我々も様子を見に行こう。」 |
異変・二
異変・二 |
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広場から数百歩離れた場所からでも、中の騒ぎ声が聞こえる。まだ落ち着きを取り戻していない村人たちは、悲鳴を上げたり、怒りをぶつけたりと、混沌を極めた。【村人・女性】 「外に出られない!完全に閉じ込められた!!」【村人・男性】 「これは夜刀神様の罰だ、俺たちが罪を犯したから。ああ、夜刀神様……」【葛山】 「皆、皆、静かに……静かに……」【村人・女性】 「あの白い服の生き物は、一体何なの?!!」【老婆】 「わしの息子が……葛山、このクソジジイ、わしの息子を生贄にしたか……」【村人・男性】 「全部お前が裏で画策して、祭典で問題を引き起こしたんだ!!」【葛山】 「お前たち!全員!静かに!!!しろ!!!!!!!」………………!!【小白】 「セイメイ様、村長さんって、普段は優しそうですが、怒ると結構怖いですね……」【晴明】 「確かに……優しいだけの人ではなさそうだ。」【葛山】 「皆も見ただろう、周囲の血色の帳を!これは夜刀神様がお越しになった証……昨日の白衣の女たちは、妖怪なんかじゃない。本によれば、彼女たちは「飛縁魔」という、夜刀神様に仕える侍女なんだ!」【村人・男性】 「ほらみろ、あれは妖怪じゃねえよ!夜刀神様をもっと敬え……」【村人・女性】 「昨日私はあの侍女たちに襲われたのよ!とっさに扉を閉めなければ、今頃とっくに死んでいたわ!扉にはまだ襲われた痕跡があるわ、それを見てもまだ同じことが言える?!!」村の人々は再び喧嘩を始めた。喧噪の中、晴明たちは思わず眉をひそめる。【吸血姫】 「……飛縁魔……なぜか分からないけど……どこかで聞いたことがあるような気がする。」【小白】 「気のせいかもしれません……でも、何だか不吉な名前です……だって名前に「魔」がついています!名前にしても、姿にしても、悪い人にしか見えません……」【晴明】 「その通りだ。血のような跡がついている白い服には、間違いなく不吉な意味が込められている。そんな姿をしている妖怪は、必ずしも悪霊や怨念の類ではないが……ただ、他人が付けた名前かもしれないが、「魔」という文字には深い意味が込められている。「魔」という字は、最初から、「負」の概念の象徴だ。その影響力によって、様々なことができる。例えば人を惑わせたり、己を制御できなくさせたり、堕落させたり……とにかく、「魔」と名付けられる場合、大抵は危険であること……または「威厳」を示している。例え言葉の綾だとしても、おそらく「危険」、「恐ろしい」などという意味を含んでいる。強いて言うなら、我々がよく使う「法」とは真逆の概念だ。」【小白】 「セイメイ様……小白には難しすぎて、よく分かりません!」【晴明】 「すまない、思ったことを言っただけだ。中禅寺殿に出会ったせいか、ついこういうことを考えてしまう……」【吸血姫】 「昨日、彼は神楽と一緒に外に追い出されたけど、大丈夫かな……」 |
異変・三
異変・三 |
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【神楽】 「昼になれば、博雅お兄ちゃんは到着するはず!晴明…結界の中で無事なのかな?」【中禅寺秋彦】 「私はこの世界での陰陽術の原理には詳しくないが、晴明殿も白狐さんも吸血姫さんも、あの三人は「ただの人間」ではない。だから普通の人間に比べて、あの三人は必ずしも結界によって能力を完全に制限されるとは限らない。特に晴明殿、神楽さんは彼と付き合いが長いだろうと思うが、きっとわかるはずだ。彼のような陰陽師が、結界の一つや二つで危険な境地に陥ることがあるだろうか。」【神楽】 「ええ、そうだね…私も冷静になるべきかも。…あの、そういえば、中禅寺さんは。たくさんの本を読んでいて、知識も豊富なのに…自己紹介するとき、とある言葉を使わないようにしていた気がする…どうして?」【中禅寺秋彦】 「うん…時間もあるから、少し世間話でもしようか。神楽さんは「見思惑」という言葉を聞いたことあるか?見聞の「見」、思想の「思」、迷惑の「惑」という。」【神楽】 「何のことかな?」【中禅寺秋彦】 「文字通りに捉えれば、見るものや考えの中から生じた迷いと思えばいい。この世界での仏教がどうなっているかは知らないが、私のいた世界では、仏教が人間に根本的に直させてほしいものを「三毒」、つまり貪・瞋・癡、また「三不善根」と呼んでいる。「不善根」とは、同じく文字通りに、不善の根本を意味する。不善、つまり悪。言い換えれば、この世のあらゆるものにある悪念なのだ。仏教のもう一つの宗派である天台宗では、三毒を「無名惑」「見思惑」「塵沙惑」と呼んでいる。天台宗の『天台四教儀』には、「界内の理に迷うのは見惑とし、界内の事に迷うのは思惑とする」と書かれている。二つの迷いを一緒にすることで「見思惑」だ。「見惑」と「思惑」は、さきほど述べた言葉の出所だ。詳しく話そうとすれば、数日をかかっても話しきれない。何百年を渡っても定着を付けられなかった難題だ…」【神楽】 「やはり簡単に説明してください…よくわからないが…八百比丘尼がいればよかった。」【中禅寺秋彦】 「…八百比丘尼…この世界にもいたのか。私は仏教徒ではないから、おおまかなことしか教えられないが…見惑とは、要するに見ることによって生した迷いのことだ。もっとも簡単に言えば、たとえばさきの白狐さんが人間の言葉を喋れるのを見たら、妖怪か神かと思ってしまうのは、「見惑」というものだ。」【神楽】 「うっ…どちらかというと、小白を犬扱いすることが多かった気がする…つまり「見惑」は、「見誤った」ことによる誤解なのか。」【中禅寺秋彦】 「そう、誤解は変化するし、解消されることもあるがーーそれがどんどん強化され、深められ、根深い誤解につながる可能性もある。たとえば、白狐さんが喋れるのを見て、この世界にあるすべての白狐は人間の話を喋れるかと思うこと…あるいは、今の白狐さんと知り合ったから、白狐さんはずっとこのような姿をしていて、他の姿に変化できないと思うことも誤解なのだーー神話や伝説の中では、狐が人間に化けた例はいくらでもあるからだ。自分の見ていたものも限られて、それから生じた様々な迷いが見惑と思えばいい。具体的にいうともちろんこれだけのことではないが、今のところはここまでにしよう。」【神楽】 「うん、わかった。では、思惑とは、自分自身の考えや認識の限界からもたらしたものなのか?」【中禅寺秋彦】 「そう思ってもいい。たとえば、神楽さんが白狐さんを可愛いと思っているなら、それは思惑の一つなのだ。」【神楽】 「…え?」【中禅寺秋彦】 「あるいは、その白狐さんが、神楽さんのお団子を食べたり、神楽さんの好きな花瓶をつぶしてしまったりしたら、「小白がきらい」と怒るか?もしそうだとしたら、そのときの彼への反感と、普段の彼への愛着とは、違う感情になるのではないか。でも、白狐さんはずっと変わらなかったはず。変化を起こしたのは神楽さん自身の考えなのだ。その考えは外側の存在によって変化し、好き、憎み、恨み、悲しみ…色んな感情を生み出す。認識もコントロールもできない思考の変化は、思惑の根源だ。その果てしない感情が、どんどん広がっていく…大喜びしたり、怒ったり、悲しんだり、狂気に満ちた行動をとる人さえ出てくる。言い換えれば、人間の見るものは考えを制限する。人間の考えは感情を生み出す。そこから無限の迷いや悩みが生まれ、知能を失って、真理を無視してしまう。それが仏教が人々に避けほしい、根絶してもらいたい問題の核心だ。」【神楽】 「っ…では、あえて言葉を選んでいたのは、私たちに「見たもの」や「自分の考え」によって誤解しないようにしていたからか?」【中禅寺秋彦】 「そうだ。たとえば、私の世界にも「源氏」と似たような家系がある。しかし、私が「見た」のは、私の世界の中の歴史で、その歴史を書かれた者たちも、彼らが「見た」内容を書いた。その内容も彼らの「考え」に影響されていたものだ。これは民俗や妖怪の研究をするとき、犯しがちなミス…いや、簡単に生じる問題というべきか。たとえば夜刀神は、私の世界では「夜刀」と記載されているが、実際は「山谷」の発音に近いからそのように名付けられた。最初は開墾されていない谷地に棲みついてる動物を意味する。春こそ人間の土を開墾したい季節。同時に蛇が繁殖する時代でもある。自然に詳しい人ならわかるだろうが、蛇の群れが交尾すると、巨大な玉になる。しかし無知の村人にとってはとても心を揺り動かせる光景なのだ。しかも蛇の群れはそのときに攻撃性が強いから、毒蛇であれば、噛まれた人はすぐ死んでしまう。」【神楽】 「あ…だから「玉になってる蛇に会うと、一家が死んでしまう」伝説が出たのか?土を開墾しにくる農民たちは荒地に来ると、大量の蛇の群れを見てびっくりして、蛇の群れも邪魔されたので攻撃したのか?」【中禅寺秋彦】 「ええ。でも、そういう考え方も見解の一つに過ぎない。また、私が見た記述では、夜刀神は頭に角が生えて、水に関係のある妖怪だ。時間と結果からみるに、この伝説は「龍への崇拝」の影響を受けていると思う。昔の人々は水族の長である龍を崇拝していた。龍の外見に似ている蛇や魚、龍が棲息していると思われる水中も、似たような伝説を生みやすい。さまざまな変化や言い伝えは言うまでもないが、一言でいえば、「角と足の爪の生えた蛇は龍になる可能性が高い」、「水底に龍が隠れている可能性が高い」というのはよくある認識だ。しかし、龍は気高い生き物だ。悪を働くようなことがあれば、それは龍ではなく、不完全な「蛟」のような「怪」に違いない……という伝説は多々ある。夜刀神が蛇の群れであったこと、頭に角が生えていたこと、水に関係していたことから、外見に対する客観的な記述だけを見ても、当時の人々にとって「有害」なものであったことが推測される。」【神楽】 「…有益なものであれば、「龍神」などと崇められるかもしれないからなのか?」【中禅寺秋彦】 「そう、私の国では、龍をそれほど崇拝していたわけではないが、蛇を神として祀ることはある。しかし、ほとんどの場合、蛇には「神聖」な意味を持っていない。神よりも、自然、食人、災い、毒物…などを象徴している。」【神楽】 「恐怖が原因で崇められている神や妖怪……」【中禅寺秋彦】 「どうしたの、神楽さん。」【神楽】 「…いや、中禅寺さん、続けてください。晴明の役に立てられるのなら、できる限り知っておきたい。」【中禅寺秋彦】 「では…見方を変えて考えてほしい。もし私がこれらについて説明してなかった。夜刀神は蛇が群れる蛇の神だと告げたとしたら。もし蛇を崇拝する文化においては、何らかの誤解を招くのではないか。あるいは、生産と繁栄を崇拝する村の中においては、何かめでたい印を示しているように見えるのではないか。」【神楽】 「…なるほど、中禅寺さんが見た夜刀神は邪神で、人を傷つけることや開墾に影響を与えることが邪悪だから、その影響と経由を説明しないといけない。しかし、もしここで「神ならみんな偉大である」と考えているならば、特に説明を加えない限り、「夜刀神も蛇の神で、ごく普通のことだと思われて」、いわゆる「見惑」になってしまう。そして、「神だから、必ずここを守ってくれる」と思うようになる…これが「思惑」だ。」【中禅寺秋彦】 「そのとおり。」【神楽】 「うん…わかってはいたが、わからないこともある。中禅寺さん、理を知ることが、必ずしもいいこととは限らないの?」【中禅寺秋彦】 「物知りはもちろんいいことだ。しかし、問題は、本当に「わかっている」かどうかだ。わかっているのは、本当の「理」なのか。理解は深めていき、道理は変化していくもの。わかっていると思えば表に惑わされ、それが真理だと思えば、他の可能性を無視してしまう。今だけを見て、他のことを見えなくなって、原因や理由を探らなければ、見えているのはいつまでたっても全面的でないものだけだ。言い換えれば、「視界」が異なるとき、「世界」もまた異なる。それで執着心が生まれ、悩みは尽きず、本当の知恵を手に入れることはできない。「真如理底渓雲暗、見思惑前嶺月明」という漢詩がある。まさにそのとおりだ。」【神楽】 「うん…私には、ちょっと難しかったかも。中禅寺さんが言いたいのは、世の中の捉え方は人それぞれなのか?小白が「見ている」世界なら、いや、理解している世界なら…匂いのある塊のはずで、妖気や霊気が漂っている…私たちが見ている世界とは、まったく違うものになるはず。」【飛縁魔】 「遠くで急に、叫び声が聞こえた。正確には、女の悲鳴のようだった。」【神楽】 「ーー中禅寺さん、気をつけて!」【飛縁魔】 「ーー」【中禅寺秋彦】 「ああ、惜しい、そのまま破魔の矢に貫かれてしまった。せっかく新しい妖怪が見られたのに、もっと彼女の行動軌跡を観察してみたかった。」【博雅】 「何が惜しい。こいつがまわりをうろうろしていたから、むしろおまえたちが怪我してなくて幸いくらいだ。」【神楽】 「博雅お兄ちゃん!」【博雅】 「神楽、無事でよかった。そしてこの人…あなたが言っていた中禅寺だよね。妹が世話になった。」 |
異変・四
異変・四 |
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広場の騒ぎは、何かを運ぶ村人たちが現れるまで続いた。彼らが押している荷車、戸板で作った即席の担架には、人間の体……そしてばらばらになった手足が乗っていた。【吸血姫】 「……血、そして……」【小白】 「セイメイ様、あの死体の傷口は、飛縁魔に襲われた痕ですよ……」【村人・男性】 「葛山!葛山のクソ野郎!よく見ろ!もう何人も死んだ!」【老婆】 「うううああああ……じいさん……あの時だって生き残ったのに……どうしてここで……ううう、じいさん……」【晴明】 「(あの時……?この村は以前戦乱に巻き込まれたことがあるのか……?)」【葛山】 「皆、皆、落ち着いて、これは事故だ、きっと何らかの事故で……」【村人・男性】 「どう考えてもおかしいだろう!!!お前は一体何をしやがった!夜刀神の祭典じゃなかったのか?!なんでその侍女が襲い掛かってくるんだ!」【村人・女性】 「それにこの……体に浮かんだこの印は……全員の体に浮かんだ、この赤月の印、これは夜刀神様の印よね?!夜刀神様は、私たちを食い尽くすおつもりなの?!」【葛山】 「そ、それはわしにも分からない!だができる限り調査する!皆、とりあえず薬と食料を受け取ってくれ。その他のことは後でゆっくり考えよう!」【晴明】 「過ち……報復か……可能性がないわけじゃない。(しかし、なぜかは分からないが、これは何かの「結果」というよりも、「始まり」といったほうが正しい気がする。気のせいかもしれないが……一種の予感なのかもしれない。)」【島村】 「おい、お前、あいつらの口車に乗るな。真相が知りたければ……後で俺のとこに来な。俺はすげえ秘密を知っている。俺様についてくれば、何もかもうまくいくぞ!」【晴明】 「…………」【小白】 「この方、ときに俺、ときに俺様と名乗っていますけど……まさか山賊じゃないですよね。」【晴明】 「……彼の正体はともかく、村が混乱に陥っている今のうちに調査しておこう。」 |
異変・五
異変・五 |
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それぞれのおむすびと薬を受け取ると、村の人々は帰って行った。【葛山】 「申し訳ありません、あれは村の外の方にお見せするわけには……他に用がなければ、わしはまだ負傷した人々のお見舞いに行かねばなりませんので……」【晴明】 「……本当に頑固だな……」【吸血姬】 「晴明様、村の蔵書は借りられませんでしたか?」【晴明】 「ああ、「昔」の儀式に関する記載がほしいのだが……村の歴史の記載でもなんでもいいが、少なくとも、この村について……そしていわゆる夜刀神について、もっと知りたい。人は嘘をつく。本の記録も必ずしも真実とは限らないが、それでも人よりは「信憑性」がある。」【小白】 「では、他に蔵書を読む方法はないでしょうか……」【晴明】 「村長に警戒されている以上、直接本を借りたり、お金を払って見せてもらったりすることは、不可能だろう。本は全て、村の役所で保管されている。目当ての本を探し出すにも、一、二時間はかかりそうだ……困ったな。」【吸血姬】 「では、陰陽師であることを打ち明けてみてはどうでしょう。そうすれば相手も、晴明様の頼みを無下にはできないはず。」【小白】 「そ、そうですね!陰陽師が「災い」を防ぎたいということなら、村の伝統を言い訳に断ることはできなくなります!」【晴明】 「……そうだな、それも一つの手だ。しかし……本当に「災い」であればの話だ。或いはこう言うべきか。村長の葛山は認めるだろうか、これは祭典だと「勘違い」した、一種の……」【小白】 「セイメイ様、どうしました?何か変な匂いを嗅いだ気がします。」【晴明】 「ああ、博雅が霊符を燃やし、私との通信を試みている……どうやら、この結界は完全に内と外を隔絶できないようだ……少なくとも高度な術は隔絶できない。我々にとって、これはいい知らせだと言えるだろう。」【博雅】 「はぁ…晴明の残した呪縛がなければ、結界を抜けることさえ難しい…おい、晴明!晴明、聞こえるか!」【晴明】 「…そんなに大きな声を出さない。ここは壁に耳ありということだ。」【小白】 「小白をお探しですか?小白もいますよ、小白にも聞こえますよ!」【晴明】 「…まあいい、博雅、そっちはどうだった?神楽と中禅寺殿は?」【神楽】 「私と中禅寺さんは無事だったが…博雅お兄ちゃんが駆けつけてくる途中、妖怪を一匹捕まえた。」【博雅】 「そう、血に染まった白い服を着て、羽を生やした女の怨霊のように見えた。」【晴明】 「(飛縁魔か?荒野を徘徊するということは……まさか、あの生け贄の「子供」と関係しているのか?)」【博雅】 「なんとか制圧したが、彼女には会話ができるほど知能がないからな。おい、晴明、何か知ってることを吐かせる方法はないか。」【晴明】 「この結界を隔てて、私の陰陽術も無効になるが、解決策は全くないとは言えない。戻って庭と相対する部屋の中で、目結紋の描かれている緑の紙切れを探してくれ。その中にある札は使えるはず。順調であれば、妖怪が経験したことを再現できるかもしれない…できれば、再現したものを記録して、今度教えてくれ。私の「権限」を開放してあげる。何か使いたい札があれば使うといい。」【博雅】 「おぅ!じゃ遠慮なく使わせるぞ!なぜ今度はこのように気前がよい?」【晴明】 「今回の事態はかなり厄介だから、できれば早めに解決してほしい。」【博雅】 「なに、おまえでさえ手強いのかい?」【晴明】 「あなたたちが出会った妖怪は「飛縁魔」と呼ばれている。村の人々に聞くと、「夜刀神」の侍女らしい。結界の中にもあちこちに見られる。一匹や二匹ならなんとかできるが、村人全員を守るには消耗が計り知れない。それに、気になるのは、なぜ結界の外にも現れるのか…。結界そのものが飛縁魔の出入りを許してあるのか。」【中禅寺秋彦】 「いや、結界の外に一夜を過ごしたが、この一匹しか見かけたりしなかった。午前中の調査によると、結界が覆っている範囲は知川久の村すべてで、村の外まで広がる痕跡はない。中と外も完全に遮断されている。」【晴明】 「それならいい。村の惨状が結界の外まで広がってしまっては困る。」【中禅寺秋彦】 「だが、「飛縁魔」と「夜刀神」か…面白い組み合わせだ。」【博雅】 「ねえ、晴明、おまえまさか…こんな田舎で罠に引っかかって、結界の中に閉じ込められて出られなくなったのかい?!」【晴明】 「……博雅。」【博雅】 「なんだよ。」【晴明】 「…できれば、中禅寺殿と少し話がしたい。」【博雅】 「当たったかい!おまえなぁ…わかった、早く出てこい!」【中禅寺秋彦】 「ちょうど、私も結界の中の話が聞きたかった。」晴明は、結界の中で起こった様々な出来事を説明した。徘徊する飛縁魔と四種の生け贄のことを聞いて、中禅寺は思わず片方の眉を上げた。【晴明】 「外で他に調べたことはあるか?」【中禅寺秋彦】 「まだこの世界での術の構成がわからないから、目に見えた事しか言えないが…外から見ると、この結界の実際の厚さは一尺くらい。触れてみても観察してみても、水のようなもので、匂いと色からみれば、血でできているようだが、滲んだり染み付いたりはしない。攻撃すると、とろりとした水面を攻撃するような感じだ。神楽さんの攻撃はほとんど吸収されてしまい、博雅さんが弓矢を引いてみたが、一発か二発くらいは弾かられてしまって、残りは何の反応もしなかった。」【晴明】 「…なるほど。私の思い違いでなければ、この結界は地下の水脈につながっているはずだ。ここを攻撃することは、地下水脈全体を攻撃することになる。湖に石を投げるのと同じ、石は水底に沈むだけで、湖全体に影響を与えることはない。しかし博雅のように一点に集中して攻撃すれば、その防御機能を一時的に引き出すことは可能だ。」【小白】 「つまり、防御機能を引き出せない強さの足りない攻撃はそのまま飲み込まれてしまいますね…。」【晴明】 「そうだ。私が外にいて、皆の力を合わせても、今の状況では、おそらく破壊は無理だろう。中から破壊することについては…できるなら、とっくにあなたたちに会えたはずだ。」【中禅寺秋彦】 「ならば、目指すべきなのはその「安定性」だろう。水脈に基づく陣法だったら、陣法の根元を揺るがせるなら、結界も源なき水となる。そのとき解除してみれば、効果はおそらく倍になるはずだ。」【晴明】 「まぁ…」【博雅】 「どうしたの?晴明、何で溜め息をつく?」【晴明】 「まぁ…ただ、この結界に閉じ込められて、ちゃんと中禅寺殿と話ができないのが惜しいだけだ。今は話す場合ではないが。」【中禅寺秋彦】 「私も残念に思ってるところで、一つだけお願いしてもいいか。」【晴明】 「言ってごらん。状況に迫られて、大したもてなしができなくて、もともとこちらが失礼したといってもおかしくない。」【中禅寺秋彦】 「ここにある関連する資料や書籍を見てもらいたい。夜刀神の記録…あるいは、あなたを調査に駆り出された災いの記録。今の結界、あるいは「知川久」の祭りや儀式は、ただの「結果」に見える。この結果に至るまではどのような過程があったのか…それらの資料の中から答えを見つけられりかもしれない。」【晴明】 「わかった。博雅、帰ってから、これまで集めてきた資料を中禅寺殿に見せるといい。」【博雅】 「分かった、任せろ。俺も神楽も協力するから。」【晴明】 「お願い、間違っていなければ、この内部の儀式には、期限がある。つまり、儀式はまだ「進行中」なのだから、私もしばらくの間にはなんとか持てられる。万が一、儀式が成功して水脈が完全につながってしまったら、何が起こるかがわからない…だから、急いでくれ。そして、この浸食する方から陣法まで…天下を己の手のひらに弄ぶ気迫は、どこか馴染んではいないか。とにかく、元気を出して、しっかり対処しよう。」今度いつ通信するか決めた後、日が暮れたので、晴明たちは自分の部屋に戻った。【晴明】 「次は二日後に情報交換を行う……本から何か分かると良いが。今日は……葛山村長はどうしても本を借りさせてはくれなかったが……それでもたくさんの情報を手に入れた……情報をまとめてみるか。今の時点で確認できていること。供え物には牛、蛇、狼などの動物、そして正体不明の妖怪の子供が含まれている。より正確にいえば、四種類の「生き物」の「霊性の血」だが…………夜刀神は、「流れ」、「鮮血」、この二つの概念を好むようだ。それはともかく、これまでの調査をまとめると……昨日、宴で村の者が言っていた。島村様は狼を連れて村にやってきたと……ここは貧しい土地だから、時間がかかったことだろう。はっきり言ってはいないものの、我々を除けば、村に残った「よそ者」は彼一人だけだった。これも彼の「協力」のおかげだろう。純粋な霊性の血は、飛縁魔の子供から採れる……しかし、それが現れた原因は実に興味深いものだ。もし飛縁魔が夜刀神の侍女であることが嘘でなければ、この祭典の進捗は、全て夜刀神に操られている……そして海女だと名乗るお朝さんは、妖怪の子供が供え物として捧げられているところを目撃し、祭典に恐怖を覚えたようだ。」【小白】 「海女だと名乗る…つまり、実は海女じゃないということですか?」【晴明】 「海女であることは嘘ではない。しかし彼女は魚ではなく、他の何かを採っている。毒のある川から、彼女は蛙、蛇、虫などの……毒を持つ生き物を採った。供え物の条件は生きていることだが、商人は生き物を取り扱わないのだろう。だから採った後は、彼女は普通の海女のように、下処理をしているはず。つまり、解剖、精製、ひいては……調合まで、その全部だ。」【吸血姬】 「……でも彼女は、本当に一生懸命で……」【晴明】 「その通りだ。彼女の生き様に文句を言ったり、おかしいと言う人もいるが……彼女は間違いなく働いてお金を稼いでいる。それがとても危険で、いつ命を失ってもおかしくない仕事だとしても。逆に言えば、蜜乃さんと島村、二人の彼女への偏見は、無意識に彼女が毒を扱うことを恐れているからかもしれない。」【小白】 「恐れていることを認めたくない、だから理由を見つけては彼女をいじめるんですか?」【晴明】 「如何にも……つまり、彼女が扱う毒は、生半可なものではない。彼女のような芯の強い人が、心折れてどこかに逃げて消えた。これは面倒なことになるかもしれない……それは我々が求めている結果ではないだろう。それだけではない。被害者についても、ずっと疑問に思っている……腐敗しない、いつまで経っても生前のまま、しかし魂だけは完全に消える。これらの「遺体」は、一見不気味だが、実は安全で純潔な……魂は祟らない、体は妖怪にならない……ある意味、これはまさにあの人々が追い求める、完全無欠の肉体だ。」【吸血姬】 「晴明様が、不穏なことを仰っている……」【晴明】 「遺体の存在自体よりも、むしろそれを作り、利用している存在のほうが、もっと不穏だ。……うっ!セイメイ様、どうしたんですか?目眩ですか?」【晴明】 「ああ、おそらく午後の時点で、すでに結界内で使用できる陰陽道の「上限」に達した……だから以降の術は、桁外れの霊力を消費しなければならない。この霊力を使い切った感じ、本当に久しぶりだ……今夜は早めに休むとしよう……もし朝になっても本調子が出せなければ、危険な状況になる。小白、今夜の警備は君に任せる。調虎離山の計にはまらないよう、何が起きても、絶対に部屋を出るな。対策は明日私の霊力が回復してからまた考える。この一夜の間に、飛縁魔が強引に攻めて来ることもないだろう。」【小白】 「調虎離山の計……小白が虎ですか?!!セイメイ様!小白は絶対にセイメイ様のご期待を裏切りません!警備は小白にお任せください!!」しかし、夜になると、扉の方から轟音が聞こえた。【小白】 「な!何者……扉を壊すつもりですか?!……音は聞こえなくなった。うむむ……気になります……でもセイメイ様を守らなければいけません!」【吸血姬】 「………………………え、ここは……私、いつの間に出てきたの……何も覚えてない。何だかぼーっとしている間に、扉すら開けることなく部屋を出たみたい。……小白は気づいてないよね?」【飛縁魔】 「………………!」【吸血姬】 「あ、あなたたちは……誰?(おかしい、こんなに近いのに、全然怖くない……むしろ、懐かしい……)さっきの音は、あなたたちが出したの?」【飛縁魔】 「………………!!!」飛縁魔が叫んだ後、吸血姫はようやく気がついた。庭の入り口に、死体が置かれている。【吸血姬】 「こ、これは……村の人!あなたたちが……」【飛縁魔】 「………………!」【吸血姬】 「え?!それは人間の仕業?!あなたたちは、ただ死体をここに運んだだけ……どうして?」飛縁魔たちは何も答えずに、ただ空を旋回している。ただの踊りだが、不思議なことに、吸血姫にはその「意味」が分かるようだ。【吸血姬】 「……私が……弱いから?私に……くれるの……?え、これ……私に……?……うっ!!!」赤色の月光が流れ込んできて、吸血姫をすっぽりと包み込んだ。それは甘く、思わず渇望するが、同時に恐怖をも覚える味だ。その気配に包み込まれると、飛縁魔たちの叫びも、優しい囁きに変わった。「子供……」「始祖……」「成長……」……【吸血姬】 「……だめ……だめ、私はもう戻らないと……(戻らないと……晴明様に伝えなければ……)」思わず溺れそうになる囁きと漂う香の中、吸血姫はなんとか理性を保ち、ふらふらと後ずさりして、庭の中に戻った。飛縁魔たちはただ空を旋回しながら、小さな庭を見つめていた。ずっと……ある青年が姿を現すまで。【夜刀神】 「そう、これだよ……もうこんな時間だ、私たちの「仲間」だとはいえ、子供は家で休まなきゃだめだよ。これも「規則」の一部なんだから。守ったほうがいい。しかし、本当に不思議だな……縁というものは。まさか「結末」で彼女に会えるとは。これは運命の導きか、それとも血縁の呼びかけか?ああ、またぼんやりしてしまった。今は些細なことを気にしている場合じゃない。手強い敵が現れたから、今度の「遊び」は油断できないな……いくら私でも、少しは本気を出さないと。なにせ、「生き残れる者」は、恐らく一人しかいない……」白衣の侍女たちに侍られ、愉快そうに笑うと、青年はすぐに夜の闇の中に消えた。」 |
手掛かり
飛縁魔 |
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村人の話によると、夜になると飛縁魔という名の妖怪が出るらしい。白い服を着た女の姿の妖怪で、鋭い爪で人を襲うようだ。 |
赤月の印 |
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村人は体に赤い月の印が浮かびあがっていることに気づいたが、水で洗っても取り除くことができない。今は弦月の形をしているが、一体何の兆しかさっぱり分らない。 |
見思惑 |
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「三界の理に迷うものは見、三界の事に迷うものは思う。」見抜いたと思い込むと、表に惑わされる。真理だと決め込むと、他の可能性は見えなくなる。 |
村人の調査結果 |
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飛縁魔に襲われた者の傷口からは、血が流れ続ける。死者の体は腐敗せず、死者の霊を呼び出すこともできない。 |
蜜乃の情報(二) |
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蜜乃は、お朝と商人の取引は「魚」と関係ないと言った。そして自身が商人から幼い妖怪を買ったことを認めた。 |
お朝の情報 |
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蜜乃と言い争ったお朝はこう言った。商人のところから蜜乃が供え物として幼い妖怪を買ったせいで、飛縁魔が仕返しに来たと。 |
葛山の情報(二) |
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葛山の知川久にある言い伝えの話をしてくれた。「外傷」、「切り傷」に効く特効薬の話だ。 |
推理(ネタバレ注意)
問い | 祭典に必要な蛇を提供するのは誰? |
答え | お朝 |
霊感追跡「規則」
規則・一
規則・一 |
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夜中の轟音を除けば、思ったよりも静かな夜だった。【小白】 「セイメイ様、お体はもう大丈夫ですか?」【晴明】 「ああ、昨夜はご苦労だった。小白のおかげでよく眠れたから、大分良くなった。では、さっそく皆に術をかけよう。そうだ。昨夜、何か変わった事は起きなかったか?」【小白】 「うーん……変わった事と言えるかどうかは分かりませんけど……昨日の深夜、庭院の門に何かがぶつかったかのように、大きな音がしたんです!もし向こうが門を破って襲ってきたらと、戦闘態勢に入りましたけど、音がした後、何も起こりませんでした。その後もこれといったことはなく……あ、でも遠いところからやはり悲鳴が聞こえました。でもその前の夜と比べれば、ずっと静かでした。」【晴明】 「……ふん、襲われる際の音まで減ってきたか……防御できるようになったか、それとも慣れてきたのか。ありえない。訓練された兵士でもあるまいし、あれほどの戦いに対応できるようになるには、少なくとも数日はかかるはずだ。山中に定住し、夜の戦闘や狩りに慣れている村なら分からないが。「知川久」。夜刀神信仰を抜きにしても、何か裏がありそうな村だな。吸血姫、どうかしたか?元気がなさそうだ。」【吸血姬】 「……うん……ここに入ってから、時々幻覚を見ている……最近では、現と幻の区別がつかない時もある。」【晴明】 「そうか……この辺りに漂っている気配の影響を受けているのかもしれない。効果があるかは分からないが、気配を遮断する術をかけてみる。私もこんな状況は初めてだから、一時凌ぎにしかならないかもしれないが……昨夜の門を叩くような音の件だが……よし、これでよくなるはずだ。外に出て見てみよう……」言い終わるや否や、門が乱暴に蹴り開けられ、何人かの村人が乗り込んできた。【村人・男性】 「おい、お前、お前らがやったのか?!」 |
規則・二
規則・二 |
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【晴明】 「……すまないが、我々は今起きたばかりで、部屋からまだ一歩も出ていない。何かあったのか?」【村人・男性】 「……えっと……それは……」【村人・女性】 「ちょっと、騙されないで!あんたじゃないなら、どうしてこいつがあんたの家の外に倒れているの?!」【晴明】 「もし私がやったのなら、被害者をここには置かないだろう。」【村人・女性】 「……あんた、言い逃れするつもりね……」【村人・男性】 「ちょっと待て。こいつは言い逃れしているようには見えん……でも、お前が自ら家の前に置いた可能性もある!」【晴明】 「では、なぜ私はわざわざそんなことをするんだ?」【村人・男性】 「それ、さっきも言ったよな……」【晴明】 「そうだな。ここで鼬ごっこをしても埒が明かない……とりあえず、外に出てみてはどうだろう。」村人たちは互いの顔を見合すばかりで、返す言葉に窮した。晴明たちが出ていくのをただ見ているしかなかった。外には中年の男性が横たわっていて、既に息が止まっているようだ。周りに怒りの色を浮かべた村人が何人か立っている。【吸血姬】 「…………!!(あれは……夢じゃなかった?)」【村人・男性】 「おい、何でやつらを出してんだ!よそ者が、よくも俺らの縄張りで面倒を起こしやがったな……」【村人・女性】 「で、でも、彼はやってないって……その言い分は一理あるし……」【晴明】 「(俺らの「縄張り」……普通の「村人」が、こんな言葉遣いをするだろうか?)皆、落ち着いてくれ。そこの不幸な人を見せてもらえるか。」【小白】 「セイメイ様、昨夜……」【晴明】 「しっ。分かっている、慌てるな。」【村人・男性】 「おい、お前とんずらする気か?!」【晴明】 「いや、そんなつもりはない……ただこちらの被害者は私とは無関係だということを、はっきりさせたいだけだ。見てくれ。被害者の胸元に大きな傷がある。まるで鋭い刀が、胸と腹の間を切ったような傷だ。しかしもし凶器が刀であれば、血が噴き出た跡があるはずだ。」【村人・男性】 「……確かにな。人を切った場合……こほん、血が噴き出たら、この辺りは血で染まるはず……」【晴明】 「よく知っているな。それに、木戸のここが欠けている。上から何かがぶつかってできたものだ。ここに返り血が残っている。私が思うに、飛縁魔が被害者を襲った後、何らかの理由で死体をここに落としてしまったのだろう。」【村人・女性】 「……だから言ったでしょう……こいつは大きい町から来たんだから……騙されないって……」【晴明】 「逆に聞きたい。飛縁魔の仕業だということは明白なのに、どうして私を問い詰めた?」【村人・女性】 「………………」【老婆】 「………………」【村人・男性】 「……ふん、行くぞ!」村人たちは残念そうな顔で去って行った……その不運な被害者を運び去ることを忘れずに。【小白】 「あの人たち!小白たちを強請ろうとしたんですか?!」【晴明】 「小白にも分かったか……あれは最初から、我々を罪人にするつもりだった。こんな辺鄙な村だから、よそ者がいじめの的になるのも分かるが……その手口が余りにも異常だ。ここであれこれ勘ぐっても意味はない。彼らが来てくれてよかった、ついて行こう。あちらは大分賑やかだな。広場で何か行われているのか?」【小白】 「どうして誰も小白たちを呼びに来なかったんですか?きっと何か企んでいるに違いありません!うう、許せません。セイメイ様、さっそく見に行きましょう!」【吸血姬】 「……門の……飛縁魔……昨夜のあれは……幻覚ではなく……実際に起きたことだった?」 |
規則・三
規則・三 |
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昨夜は一昨日の夜よりも静かになったが、昼間の広場は昨日よりも賑やかになっている。【村人・男性】 「大変だ!いったいどうなってるんだ!」【老婆】 「葛山、何か言うことはないか!!!」【葛山】 「皆、落ち着いてくれ。方法なら今考えている、もう少し……」【島村】 「この爺を信用するな!」【村人・男性】 「……誰だお前。」【老婆】 「よそ者か……貧相な顔だな。」【村人・女性】 「しっ……あの刀を見て。本物じゃないの……」【島村】 「……お前ら!!俺を馬鹿にしてんのか!いいか、なぜ飛縁魔がお前らを襲ってくるか分かるか?お前らが血に染まっていないからだ!」【晴明】 「……何だと?(これは「規則」か?それともただ皆を惑わそうとしているだけなのか……なぜいきなり……)」【葛山】 「お、お前!何ふざけたことを言っている!」【島村】 「既に「祭祀」を始めてんだから、いい加減とぼけるのをやめたらどうだ、爺!お前ら、これ以上こいつを信用するな!こいつは人を殺したから、ここで芝居をして、お前らを言いくるめようと……」【葛山】 「黙れ!!!皆、わしよりよそ者を信用するのか?!」【島村】 「よそ者だと?!ならば、「身内」の言葉ならどうだ!おい、蜜乃、出てこい!」【葛山】 「……な……」【蜜乃】 「…………」【島村】 「まだ逃げるつもりか!昨日命を助けてやった恩を忘れたのか!こっちに来い!こいつらに、昨日この爺があんたにしたことを全部話すんだ!」【蜜乃】 「……私……昨日の夜、葛山村長が……私を襲った……」村人たちは驚き、大きく息を飲んだ。蜜乃が顎を上げると、白いうなじに禍々しい青黒い指の形が残っている。【晴明】 「……ちょっと失礼。……これほど濃いあざと指の形……窒息どころか、一般人であれば、首が骨折してもおかしくない力だ。少しも躊躇わなかったのだろう。しかも力がかなり強い。……蜜乃さんが生きているのは、強運としか言いようがない。このあざの幅と、蜜乃さんの背丈からみれば……島村の手はもっと広く、長年剣を使っているせいで、手のひらのタコによって蜜乃さんの肌に余分な傷をつけたはず……だがこの痕跡から判断するに、おそらくよく筆を持つ人だと思う。……手のひらの大きさと身長から考えれば、当てはまるのは葛山ぐらいだ。」 |
規則・四
規則・四 |
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島村の不意を衝く発言と、蜜乃の傷跡を目の当たりにした村人たちは騒めいた。【葛山】 「で、で、でたらめを言うな!犯人はわしじゃない!わしがあの女を手にかける理由がどこにある?!」【島村】 「もちろん、災いから逃れるためだ!それに、彼女がうっかり言ってしまうのが怖いんだろ?おい。この爺がなぜ夜中にお前を襲ったか言ってみろ。」【蜜乃】 「……夫がいなくなってから、葛山村長が時々私を……」(人々が更に喧噪になった)【葛山】 「う、嘘だ……完全な濡れ衣だ!この二人はぐるになって、わしをはめようとしてる……蜜乃がどんな女か知ってるだろう?彼女も「よそ者」だ!同じよそ者の男と結託して、村の支配権を奪おうとしているんだ!」【小白】 「……ぷっ。す、すみません、セイメイ様。こんな小さい村なのに、支配権だなんて。可笑しくて笑っちゃいました……」【晴明】 「しっ……声が大きい、聞こえてしまうぞ。(我々は可笑しく感じているが……村人たちはむしろ納得したようだ。辺鄙な村だから団結心が強いのか?でもこれは、どうも通常の「団結」や「排他」の感覚を超えているような……それとも、ここの人々は「支配」や「争奪」に慣れているというのか……?)」【村人・男性】 「……そうだよ。葛山がそんなことをする理由が……」【老婆】 「それに、そいつは結局よそから来た者……」【島村】 「おい!お前らなあ!そんなに容易く煙に巻かれるのか?!なら葛山、心にやましいことがなければ教えろ。飛縁魔の攻撃から免れる方法を知ってるんだろう?!」【葛山】 「…………そ、それは……」【島村】 「なら俺が教えてやろうか。一人二人、手にかければいいんだ。そうすれば夜になっても自由に動けるようになる。飛縁魔に攻撃されないんだ!牛や羊を殺してもだめだ!妖怪なら何とか、一人として見なされる。図星だろう?何時まで隠し通すつもりだ?!」【晴明】 「(牛や羊などの獣は通用しないが……人間や妖怪なら認められる……「霊力」が必要だからか……まずこれを書き記そう。)」一方で、島村がますます強い剣幕になり、村人たちは動揺し始めた。【島村】 「なぜそれを皆に教えない?!まさかお前、知ってるのか、祭祀がとっくに……」【葛山】 「もういい!残忍な方法で皆を怖がらせたくなかったから、伏せていたんだ!それに皆も試している。お互い協力して、武器を使えば、飛縁魔にだって勝てないことはない。そうだろう?もし事前に教えていたら、皆はまだ互いを信用できたか?!飛縁魔に攻撃されない方法も確かに知ってる。それはこの祭祀の規則に載っている!これは知川久に代々受け継がれている宝物だから、誰だって見ることができる。わしが事前に偽物を作るわけがない。」【島村】 「き……貴様……」【葛山】 「……むしろお前のほうが怪しい。よそ者なのに、わざわざ村の祭祀に参加しに来る……しかも、村の者しか知らないはずの回避方法を知っている!一体何を企んでいる?!村で悪事を働くつもりか!知川久の皆を仲間割れさせるために、わざわざここに来たんだな!」【島村】 「俺は……貴様……」(ざわざわ)【吸血姬】 「……信じられない。」【晴明】 「ああ、一瞬で形勢が逆転した。島村殿は証拠が足りないのもあるが、何より弁才と人の心を煽る力に関して、相手が確実に上だ。」【小白】 「ではセイメイ様、嘘を言っているのは一体どちらですか?」【晴明】 「……それに関しては、まだ調べる必要がある。」 |
規則・五
規則・五 |
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村人たちはまだ論争を続けている。葛山は今まで築いてきた威信で大半の支持を得たものの、一部の人は支持しかねるようだった……【晴明】 「……皆、少し静かにしてくれ。」【葛山】 「旦那?何か分かりましたか?わしは無実、そうでしょう?!」【島村】 「色男?!なぜここにいる!まさか横取りを企んでるわけじゃないよな?!」【晴明】 「……皆、今まで正体を隠していて、すまなかった。私は都から来た陰陽師だ。名は晴明。」【村人・男性】 「都……」【村人・女性】 「しっ、静かに。陰陽師……陰陽師様だったの……」【老婆】 「晴明……ああ、聞いたことがある……町の人間は、皆彼の作った呪符を使ってるらしい……」【小白】 「それは全部偽物です!!!」【村人・男性】 「こ、これは何だ!飛縁魔の子供か!しかも毛が生えている……」【小白】 「……小白は……小白は飛縁魔の子供ではありません!狐です!」【晴明】 「ああ、小白は私に仕えている式神だ。妖怪ではない、安心してくれ。皆が驚くかもしれないと思い、今まで姿を見せなかった。」【村人・男性】 「……本物だよな?」【村人・女性】 「……たとえ本物じゃなくても、妖怪を飼っているんでしょう……ただものではないことは、間違いないわ。しかも飛縁魔だって口をきけないのに、この白いのは話してる。きっと強いのよ!」【小白】 「……んん……反論したいですけど、言っていることは間違っていませんね……」【晴明】 「私には、防御結界を作る力が多少ある。皆が飛縁魔の攻撃を防ぐ際の助けになるだろう。」【村人・男性】 「………………!!!!」【晴明】 「だが、この赤い帳のせいで陰陽道が影響を受けていて、結界が守れる範囲には限りがある。そこでだ、葛山村長。村中の人が集まって、一夜を過ごせるような場所はないか。できれば、建物があるほうがいい。そうすれば壁を媒体に術をかけることができて、力の消耗を抑えられる。かといって、この広場ほどの大きさとなると、庇いきれない可能性がある。」【村人・女性】 「……それ、本当なの?」【晴明】 「やってみる価値はあるだろう?もうこんな状況になっているんだ。放置するのは得策じゃない。皆がばらばらでは、また悲劇が起こるかもしれない。」【葛山】 「…………それは……」【晴明】 「でも、皆が一か所に集まれば、信頼が強まるだけでなく、万が一私の結界が効かず、飛縁魔が襲ってきた場合でも……皆で力合わせて対抗できる。少人数で行動するよりも、遥かに安全で効率的だと思わないか?」【村人・女性】 「そ……そうよ。さすが陰陽師様!」【老婆】 「確かにそうだ。おい葛山……違った。村長!早く決めてくれ!村役場の部屋なら、十分な大きさが……」【葛山】 「し、しかし、村役場には村の重要文書が保管されている……」【晴明】 「ああ、それに関しても、村長に頼みたいことがある。差し支えなければ、この村の歴史書や古文書を読ませてもらえるか?本を汚さないよ丁寧に扱うから、安心してくれ。夜刀神がこの村で「代々受け継がれる」「由緒ある」信仰であるならば、昔の記録から何らかの手がかりが見つかるかもしれない。」【葛山】 「……え……そ、それは……」【晴明】 「何か問題でもあるのか、村長?」【葛山】 「…………はあ。陰陽師様の言っていることはよく分かりました……皆、今日は村役場に集え!お前ら二人も一緒だ!すきを見て何かをしでかすか分からんからな!」【島村】 「この古狐め……」【蜜乃】 「……私も皆と一緒にいるわ。村長にまた襲われるかもしれないから。」【葛山】 「……ふん。古文書なら、好きに読んでください。もともと大したもんではない。何か発見があったら、必ず教えてください……」【村人・女性】 「そうそう。今夜はよろしくお願いします……陰陽師様……」人々の喧噪の中で、日が暮れていく。村人たちは村長の指示に従い、村役場に向かった……」【晴明】 「……よし、こんなところか。」【小白】 「セイメイ様、大丈夫ですか?霊力は、一晩中もつでしょうか……」【晴明】 「伊達に陰陽師をやっているわけではない。昨日は不覚だったが、今日はそう簡単にはやられない。霊力の消耗は激しいが、回復速度は外にいる時とほぼ一緒だ。簡潔な呪符と法陣を使い、壁を媒体にして補強すれば、一晩は維持できるだろう。それにしても、村長は察しのいい人だ。古文書のある部屋を我々に譲った。今夜は忙しくなるな……でもその前に……今日得た情報を整理しておこう。」【晴明】 「葛山村長と蜜乃さんの間には、恐らく何らかの「暗黙の了解」がある。たとえ男女の関係がなくても、集団の中でそれぞれ果たしている役割から見ても、「協力」しているように見えた。だから、葛山が蜜乃さんに手を出したことは、どうも腑に落ちないところがある。」【小白】 「飛縁魔の攻撃から逃れるためでは?」【晴明】 「いや、「人の命を奪うことで飛縁魔の攻撃から逃れられる」ことが本当だとしても、葛山は祭祀の進行役として、真っ先に規則の対象から外されるべきではないだろうか。それなのに、彼は蜜乃さんを襲った。規則は偽物なのか。それとも……「何か」に問題があったのか。」【小白】 「な、何ですか!セイメイ様!謎々はやめてください!」【吸血姬】 「……なるほど。葛山が動き出したのは、やっぱり「あれ」に支障が出たから?」【晴明】 「いや、支障というより、「あれ」では「生贄」にならないからだろう……」【小白】 「い、一体どういうことですか!!!……まだ確証はない。朝になったら教えるよ。」【晴明】 「これはあくまで私の推測だ。まだ確かめていない部分もあるから、しばらく伏せておく。「人の命を奪うことで、飛縁魔の攻撃から逃れられる」という規則は、今の状況から察するに、本物だと思う。なぜなら、以前から知っている村長以外にも、もう一人、この規則を把握していたからだ。それが……我々の居所に現れた謎の被害者を手にかけた、真犯人だ。」【小白】 「では、わざと被害者を小白たちの門の外に捨てたのはなぜですか!挑発?それとも、小白たちを脅すためですか?!」【晴明】 「いや。私が朝言っていたように、遺体は飛縁魔によって捨てられたものだ……信じられないが、様々な証拠がこの結論を導き出している。それでも確かめたいことがある……そこでだ、小白。頼みたいことがある……」……はい、はい……【小白】 「承知しました!セイメイ様!小白にお任せください!」【吸血姬】 「………………(さすが晴明様。当時は休んでおられたというのに、まるでその目で見ていたかのように……ごめんなさい、晴明様……隠し事をしてはいけないのに……でも、どうしても自分で確かめたい……もしあれが幻覚ではないと分かったら、必ず全て晴明様に打ち明けるから……)」晴明が己の計画を説明している時、村役場の一角では……【蜜乃】 「出てきなさい。この部屋なら誰もいないわ。」【?】 「………………」【蜜乃】 「……ふふふ、後悔しているようね?まさかあんな「大物」が首を突っ込むとは思わなかった?」【?】 「………………」【蜜乃】 「……そういう意味じゃないわ。ただ、多少は動揺しているかしらと思って。もっと確実な保証をくれない?あんなことまで……」【?】 「…………」【蜜乃】 「あ、あなた、よくも………………!や……やめて……」日が完全に暮れると、吸血姫はこっそり村役場を出た。赤い月明りを浴びると、体が軽やかになり、妖力の制御まで自由自在になった。まるで自分が、ここの一部に溶け込んだかのように……」【吸血姬】 「……誰か、いる?あなたたち、ここにいるの?」短い沈黙の後、白い影が暗闇から浮かんできた。【飛縁魔】 「…………」【吸血姬】 「ううん、お腹は、空いてない……あなたたち、どうして私に、こんなことするの?」艶やかな顔の飛縁魔が困惑した表情になり、鳴いた。【吸血姬】 「(私の言葉が分からないみたい。小白と晴明様の言う通り、知恵がないのか……でも、彼女、或いは彼女たちは、ずっと私に食べ物を……それに、このよく知っている感じ……)どうして私を攻撃しないの?」【飛縁魔】 「…………」【吸血姬】 「……私の匂いが……あなたたちと同じだから?仲間には手を出さない?……まるで獣ね……じゃあ、どうして私はあなたたちと同じ匂いがするの?どうしてあなたたちの言葉を理解できるの?!私は……あなたたちのことを知っているの?同族なの?もしかして母親が……始祖……始祖様?私を呼んでいるのは、一体……」【飛縁魔】 「………………!!!!!」安らかな顔をしていた飛縁魔が、「始祖」という言葉を耳にした瞬間に、天に向かって高く長く鳴いた。それは獣のような鳴き声だったが、吸血姫はその意味を完全に理解した。【吸血姬】 「……主人……夜刀神……様?」気がつくと、目の前にいた飛縁魔はいつの間にか消えていた。村を覆う赤い帳だけが、まるで月明りのように、やさしく波打っていた。【島村】 「やはりここに書かれている通りだ……間違いない。ここに書いている通りにすれば、必ず勝てる!葛山の野郎、ほんの少ししか知らないくせに勝ったようなつらしやがって。それにあの色男!待ってろよ…………」「私は花開院多摩。今日は千景祭に来て一日目……厳密に言えば、二日目の明け方だ。だが、今の私は気が高まっており、なかなか眠りにつけないゆえ、こうして手記を綴ることにした。さて、どこから書けばよいだろう……」【花開院多摩】 「……地図によると、ここか。貧しそうな村だな……「千景祭」は本当にここで開催されるのか?何を祭る祭祀だろう……夜刀神?どこかで聞いたことがあるような……どうせ小妖か、狐か何かが化けたものだろう。」【陰陽師】 「油断するな。噂によれば、この夜刀神は本当に願いを叶える力があるそうだ。」【花開院多摩】 「ふん、ここの村人が言っているだけだろう?田舎者たちの願いなど、大したものではないに決まっている。金塊か?穏やかな天気か?家の鶏が卵を沢山生むことか?そんな「願い」、どうとでも叶えられる。」【陰陽師】 「…………まあ、自信があるのはいいことだ。我々の目標は、普段なら大勢の兵士と従者と共に行動しているが、今回は一人で「千景祭」に参加しに来ている。こんな機会は二度とないだろう。絶対に逃すわけにはいかない。」【花開院多摩】 「……また世間知らずの坊ちゃまか。何か夜刀神に叶えてほしい願いでもあるのだろうか?……まあ、そのほうが好都合だ。だけど私の願いは、自分で叶えることにするよ……」中年の男性は開いた巻物を戻し、依頼人を残したまま急いでその場を去った。」【陰陽師】 「…………何なんだ、あの人。術は一切使えない、できるのは人を呪うことだけ。料金が安くなければ、誰も彼を雇わないだろう……」「私がここに来たのは、極普通の依頼……没落した商人から依頼を受けたからだ。その老人の話によると、娘がある公家の息子に屈辱的な仕打ちを受け、恨みを抱えたまま自ら命を絶ったらしい。そのため、彼はほとんどの財産を懸賞金とし、復讐してくれる刺客を探した。だが、彼は刺客の世界をあまりにも知らなかった……一度目の暗殺は失敗したのに、刺客は仕事は終えたと言って、お金を持っていった。……しかし数日もしないうちに、あの男はまた元気で出かけるようになった。彼は仕方なく最後の僅かな資金も使って、陰陽師である私を雇った……おそらく、陰陽師という肩書があるわりに、料金が安いからだろう。私をなめるんじゃない……!!と、昔の私だったらこんな風に憎らしく思っただろう。だが、その時の私はむしろ感激した……このようなきっかけをくれたことを。」……まあ、そのほうが好都合だ。だけど私の願いは、自分で叶えることにするよ……」【花開院多摩】 「…………そ、そんな馬鹿な?!」無数の飛縁魔たちの叫びの中から、風流な書生が悠然と陰陽師の方に歩いてきた。真っ赤な月光の下で、この「標的」はまるで我が家にいるかのように堂々と振舞っている。【冷泉勝観】 「おや、これはこれは……花開院多摩様ではありませんか。私のことをまだ覚えておられますか。私は冷泉勝観と申します。さきほど宴会でお目にかかりました……おっと、今は立ち話している場合ではありませんでした。花開院様、悪いことは言いませんから、早くお部屋にお戻りください。なんせ、「今」のこの子たちは、まだあなたを見逃すことができません。」「私は魔が差したのか、彼の言う通りにしただけでなく、私の部屋でお茶でも飲まないかと言い出した……まるで夢でも見ているかのように、いつの間にか、己の目的を洗いざらい話してしまった。」【冷泉勝観】 「あははは。ということは、あなたはあのおじさんが遣わした人ということですね?元気なおじさんですね……「このまま穏便に済ませよう」と言ったのに、なんて執念深いんでしょう。しかし、あなたの率直さには感謝します、花開院様。私から何を得ようとしているのですか?」【花開院多摩】 「え……あ、いや、私はただ……」【冷泉勝観】 「遠慮しなくてもいいですよ、花開院様。あなたが誠実にしてくださる代わりに、私も回りくどい話はしません。いいですか?人のために何かをしたら、見返りがほしくなるのが人間という生き物だ。危ない夜に、私を部屋に通してくれただけでなく、ここに来た目的まで教えてくれました。本当に感謝します。では、お礼は何がよろしいでしょうか?」【花開院多摩】 「……私は……別に何もほしくありません。こう見えても、陰陽師ですから。ははは、術の腕はまだまだですが、少しくらい力はありますので、ご心配なく。」【冷泉勝観】 「別に心配していませんよ。だってそこまで深い仲ではないでしょう?」【花開院多摩】 「……な!」【冷泉勝観】 「言ったでしょう。誠実に接してくれたから、私も包み隠さずに接します。貴族暗殺と言う罪を犯してまで、こんな田舎に来たんですから、「何か」を求めているに決まっているでしょう。それに、あんな些細な料金で雇われている以上、仮に本当の陰陽師だとしても、高い方ではない……そうでしょう?」【花開院多摩】 「き、き、君は……」【冷泉勝観】 「私が変えて差し上げましょう。」【花開院多摩】 「……な、何を?」【冷泉勝観】 「本来の目的を放棄し、私を部屋に通したのは、あの子たちの攻撃が怖いだけではないでしょう?あなたの本当の目的を教えてもらえますか。」「その時、私は陰陽師だと自称したが、本当は大した実力はなかった。もっと言えば、かなり弱い部類だった。だがその時まで、私はあまり意に介していなかった。霊力を操る力が弱くても、どうってことはない。才能に恵まれなかった……呪符も数種類しか使えない……それがどうした?知識と好奇心……知識への『探求心』と『渇望』においては、誰にも負けない自信がある。私の知識を持ってすれば、貴族の領地の一つや二つ、簡単に潰せるだろう……そう信じていた。大陰陽師と呼ばれる、地位だけ高く何もできないやつら。私の知識と知恵こそが、私が敵を制する武器なんだ。だから、もっと多くの知識を手に入れ、私の矜持を守るためなら、今は多少頭を下げてでも……」【花開院多摩】 「……お前、いや、冷泉様、あなたは私に何を与えられるのでしょうか。」【冷泉勝観】 「はははは、何を言っているんですか。あなたがくれたのは取るに足らない「情報」だけ、あなたに与えられるのも、当然情報しかないでしょう。」【花開院多摩】 「お前、私をからかっているのか?!」【冷泉勝観】 「とんでもないです。非常に大事な情報ですよ、花開院様。ご存じかもしれませんが、私を狙っている刺客はあなただけではありません……それなのに、私はこうやってここにいます。それは全て、夜刀神様のお力のお陰です。」【花開院多摩】 「……夜刀神……様?」【冷泉勝観】 「遊びで最後の勝者になれば、夜刀神は願いを一つ叶えてくれます。そうです。これは祭典なんかじゃありません。夜刀神を喜ばせるための「遊び」なんですよ。」「最初は人が息苦しくなるまで翻弄する権力者のような面をしていたが、結局苦労知らずの坊ちゃまだった。少し腰を低くして、煽ててみれば、すぐに調子に乗り、全部教えてくれた……これだけ規則を覚えれば、問題ないだろう…………」【島村】 「ああ……うん…………なるほど……って!さっぱり分からない!もっとはっきり言え!字を書けるからってもったいぶるんじゃねえよ!!!!」【小白】 「(ああ、この人、こんなに勤勉でしたか……)」 |
手掛かり
怒った村人 |
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ある村人の死体が晴明の居所の外に捨てられた。村人たちは集まって、晴明を訪問した。 |
蜜乃の傷 |
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蜜乃の首には絞められた痕跡が残っている。傷跡から推測するに、彼女より大柄な男の仕業だろう。 |
規則(一) |
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「他人を殺害すれば、飛縁魔の襲撃を受けることはない」。村長も島村も、この規則を知っている。 |
島村の刀 |
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島村の刀はきちんと手入れされていないようで、刃はもう欠損している。欠けている箇所が一つ……骨でも切ったのか? |
蜜乃の居所 |
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蜜乃と葛山は、昨夜確かに会う約束をしていたようだ。彼女の家には、人が使った茶碗が二つと、落とし物の扇子が一つあった。 |
死体の傷口 |
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晴明の居所の外に捨てられた死体、その肩の骨にはひびが入っている。調査の末、飛縁魔の仕業である可能性は低いことが分かった。 |
吸血姫の夜の外出 |
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小白は昨夜、吸血姫がこっそり抜け出すところを見たらしい。一体何をしに行ったのかはわからない。 |
推理(ネタバレ注意)
問い | 晴明の門前で村人を殺害した黒幕は? |
答え | 島村 |
霊感追跡「報復?」
報復・一
報復・一 |
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村人たちは一箇所に集まったからか、穏やかな一夜を過ごした。【吸血姬】 「晴明様、お目覚めですか?」【晴明】 「ああ、ちょっと気になることがあるから、こうして本を調べている。小白はまだ帰ってこないか?」【吸血姬】 「はい……まさか何か面倒事に巻き込まれたのでしょうか。」【晴明】 「心配するな、小白はああ見えても、実は頼れる妖怪なんだ。」 |
報復・二
報復・二 |
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【晴明】 「では、彼が帰ってくる前に、先にこっちの結果を確認してみるか…………どうやら、この村の住民には、勉強家がいたようだ。でも、お世辞でも学者とまでは言えないな……それに曖昧なものが多い。継ぎ接ぎのものもあるし、作者の故郷のことも記されているな。」【吸血姬】 「故郷?ということは、村の歴史を記した方は、この近くの…「地元の人」ではない?」【晴明】 「そのようだ……そしてこの村は長い間、「引っ越してきた」人を受け入れている。しかし、本の記載によれば、村人たちは全員いい関係とはいえないが、よそ者にきつく当たることもなく、ただ穏やかな日々を送っているらしい……吸血姫、一体どんな状況なら、「群れ」はよそ者を「排除」しないだろうか?」【吸血姬】 「……その、「よそ者」がいないか、全員「よそ者」だったとすれば。」【晴明】 「正解だ。では、この村はどうだったのだろう?」【晴明】 「……これは葛山の前の村長が残した記載だ……葛山と比べると、かなり「武闘派」だったようだ。」【吸血姬】 「なぜでしょうか、晴明様?貧しさのせいで勉強する機会を奪われても、人望が厚いおかげで、村長になれたという話は、そう珍しくもないのでは?」【晴明】 「ああ。この人は字を書く時、すごく力が入るんだ。この筆跡を見れば、すぐ力持ちだと分かる。そして彼の文章は雑だとはいえ、たくさんのことを書いている上に、特殊な暗号らしいものも見かけられる……普通の農民だったら、こんなことはできないはずだ。」【吸血姬】 「では、一体どんな人なら?」【晴明】 「屈強な体、暗号化した文字、詳しい記録…さらに村の皆が戦闘に慣れていることを考えれば……答えはだいたい予想がつく。」 |
報復・三
報復・三 |
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【晴明】 「うん……予想外の大発見だな……少なくとも知川久がどんな場所か、答えはもう見えてきた。今夜、選び出した本を全て読み終える頃には、答えを手に入れられるはずだ……」【小白】 「セイメイ様!ただいま戻りました!すみません、お待たせしました。あの人は内容が分からないようで、ずっと考え込んでいて……明け方になって、小白はようやく隙きを突くことができました!幸い、無事に確保できました!」小白は血の痕のついた手記を晴明に手渡した。【晴明】 「ご苦労だった、小白。島村殿は思っていた以上にこの「秘密」を大切にしているようだ。さて、後ほど手記の内容を拝見させてもらおう。今は……また用事が出来たようだ。吸血姫、扉を開けてくれないか。」言った傍から、騒がしい音が次第に大きくなり、慌てふためく村人が扉の前に現れた。【村人・女性】 「陰陽師様!大変です!蜜乃が、そ、そして広場の…………また広場か……分かった、様子を見に行く。」 |
報復・四
報復・四 |
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村人に案内され、晴明たちが再び広場についた時、すでに大勢の人が待っていた。【老婆】 「恐ろしい……まさか……」【村人・女性】 「昨日は皆と一緒じゃなかったの……」人々に囲まれた中心には、ひどい有様の蜜乃の死体が横たわっている。………………【葛山】 「……こ、これは一体……何があったんだ……」【老婆】 「……お前の仕業か?白々しい顔をして……」【葛山】 「そんな馬鹿な!昨夜は全員村の役所にいたんじゃないのか?!」【老婆】 「しかし、お前は昨夜外に出た……」【葛山】 「誰だって、一人で厠に行くことぐらいあるだろう?!」【村人・男性】 「そういえば、昨夜この女はずっと隅にいたな。どこに行ったのか、誰も知らない……それに、お前以外、誰も彼女を殺す理由がない。」【村人・女性】 「彼女が情報を漏らす前に、口封じしたの?」【葛山】 「ひ、飛縁魔の仕業じゃないのか?!もしかしたら、この女は裁かれる前に逃げようとして、飛縁魔に襲われたのかもしれんぞ?!」【村人・女性】 「偽装のためにつけられた傷かもしれない……そう……あなたじゃないという証拠はない……」【晴明】 「(死体には明らかに飛縁魔に襲われた傷が残っているが、最初に疑われたのは葛山だった。この様子だと、昨日はなんとか容疑を晴らしたが、葛山の威信は完全に地に落ちたようだ……あるいは……もし私の推測が正しければ、葛山の威信は最初からその程度のものだったのだろう……)」【葛山】 「お、陰陽師様、どうかご英断を!果たしてわしがやったのかどうか!」【晴明】 「(それだけの自信があるのか?それとも……)分かった、後は任せてくれ。」 |
報復・五
報復・五 |
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一方、広場の騒ぎは収まり、晴明たちは村の役所に戻ってきた。【晴明】 「やっと小白が持ち帰った手記を読む時間ができたな。花開院……この名前、中禅寺殿の持つ扇子に書いてある名前じゃないか?変だな、怨念といえば、この手記の方がもっと強い怨念を帯びている。」【小白】 「怨霊は結界内の規則に反するせいでしょうか、セイメイ様?もしかしたら、あの島村が馬鹿なせいじゃないですか!騙されたんですよ!」【晴明】 「……ああ、小白が言っていることも、ありえない話ではないな。もし花開院が本当に陰陽師だったのなら、島村殿のようないかつそうな顔をしている割に臆病な人より……学識のある中禅寺殿の方を、気にいるかもしれない。ともかく、まずは拝見させてもらおう……この怨霊様の経験を。」「千景祭が始まってから、四日経った……終わりはもう目の前だ。」【冷泉勝観】 「あくまでも遊びだからね……「規則」は絶対だ。正直、規則がいくつあるのかは、誰にも分からないけど。一言でいうと、飛縁魔に殺されたくなければ、先に動くことだ。一度他人の血に染まった以上、もう飛縁魔に襲われることはない。もちろん、自ら彼女たちを襲えば、話は違ってくる……彼女たちの手を借りてもいいが、その場合、あなたがやったとは認めてもらえないぞ。」【花開院多摩】 「……ならば……」【冷泉勝観】 「あなたの考えは分かっている、だが気軽に彼女たちに手は出さない方がいい。時間の無駄だからな……数に入らないし、無意味だし、怪我もする。我々は夜刀神様の遊びに付き合う客でしかない。もしあの方の侍女を襲っても数に入るなら、遊びは面白くなくなってしまう、違うか?」【花開院多摩】 「……本当に何でも貴族風に説明しますね。」【冷泉勝観】 「夜刀神様は最初から貴族のようだからな。」「冷泉勝観はそれ以上説明をしてくれなかった。彼の方が身分が高いから、規則を教えてくれただけでも、私という一時的な『仲間』への十分な褒美だ。」 「憎き貴族どもが……私にできることは、できるだけ彼から情報を聞き出し、あらゆる手を使ってその内容を裏付けるだけだ。……幸い、この村には人がたくさんいる。」【小白】 「……ひぃ……この言い方……まさか本当に試したのでしょうか?」【晴明】 「おそらく……この花開院様は、最初は学識のある学者にも見えたが……実は貴族に不満を抱きながら……普通の民を見下している。」【小白】 「……矛盾を抱えた人ですね。」【晴明】 「人は皆矛盾を抱えている。……これで、最初の部分は読み終えた。たくさん情報が手に入ったな……」【晴明】 「手記の内容によれば、「千景祭」に参加することが目的ではないようだ。彼はある貴族の息子を殺すためにここに潜入したが、運悪く赤い帳の中に閉じ込められてしまったらしい。」【小白】 「それって小白たちと同じじゃないですか、セイメイ様!小白たちは汚染のことを調べに来ましたよね?でも閉じ込められてしまいました!」【晴明】 「ああ、この記述によれば、彼が書いた「千景祭」と知川久で起きたことはほぼ同じだ。四つの生贄、「霊性の血」、名を称える……そして次は、飛縁魔が現れ襲ってくる。そして、もう一つ我々の体験に似ていることがある。千景祭にも、規則を「知っている」人がいた。」【小白】 「あの冷泉勝観と名乗る人ですか……あの人の話し方、小白はなんとなく嫌いです……道理で島村は毅然と合議に反対したわけですね!彼は自分が縛られることを恐れていると、小白は勘違いしていました!でもこれで説明がつきます。だってあの人、そんな賢い人じゃなさそうですもんね……」【晴明】 「つまり、村長の方法は確かに効果があるのだろう。何人で同時にやっても、息絶える前に相手を傷つけた事実さえあれば、数に入れてもらえるはずだ。口先だけで、実際に手を出さなかった場合は除かれる……ん?本当にいい加減な規則だな……」【晴明】 「動物と飛縁魔は何匹傷つけても数に入れない。知恵を持つ者だけ……つまり、「霊性」を持つ相手だけを数に入れる。……なるほど、「血」だけではなく、「知性」までほしいのか……」【小白】 「セイメイ様、何の話ですか?小白にはよく分かりません……」【晴明】 「ただの独り言だ……結果が明らかになった時、また教える。」その時、ある者がひらりと部屋の中に入ってきた。【吸血姬】 「晴明様、ただいま……」【晴明】 「ちょうどいい、私と小白は今、手記の内容を確認している。では、続きを読むとしよう……残りあと二日か。」夜は長い。部屋の中にいる晴明たちは、引き続き手記を解読していく。そしてその時、吸血姫は再び部屋を出た。【吸血姬】 「……うっ、この匂い……だんだんはっきりしていく、こっちかな。……あ、あの、すみません。」【飛縁魔】 「…………」【吸血姬】 「……教えてくれない?「夜刀神」は……どこに?」【飛縁魔】 「…………」【吸血姬】 「……し、知らない?!匂いが分からない……あ、あの女性の遺体を運んだのは、あなたたちじゃないの?」【飛縁魔】 「…………」【吸血姬】 「……難しい質問は分からないか……それとも、答えられないのか……もう少し試してみよう……ちゃんと会話ができる種に出会えるかもしれない。もしかしたら……夜刀神……本人に会えるかも。」 |
手掛かり
村志の情報 |
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村の歴史はそう長くない。前の村長は大雑把な武闘派で、村の人々は戦闘に慣れている。 |
役所から出て行った人 |
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昨夜、蜜乃と葛山たちは役所から出て行った。 |
蜜乃の調査結果 |
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調査の結果、蜜乃の死因は窒息だと分かったが、首には再度絞められた痕跡が存在していて、手先には布地がついている。後頭部は軽い衝撃を受けたことがあり、腹部の傷はおそらく飛縁魔が残したものだ。 |
「公儀」儀式 |
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知川久に伝わる儀式、罪人を縛り、有罪だと思う物は順番に刃物で罪人の体を傷つける。ただし、急所を刺すことは禁じられている。 |
飛縁魔の分裂 |
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神楽が調査を通じて見つけた、女の姿をしている妖怪の体が急に赤い霧となって分裂した。そして分裂した一部は、幼い妖怪となった。 |
規則(二) |
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夜刀神は「借りは必ず返す」ことを信条としている。そして、夜刀神は「決して嘘をつかない」。 |
水の状況 |
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儀式が進むと、水は少しずつ固まっていき、妖気はますます濃くなっていく。 |
推理(ネタバレ注意)
問い | 蜜乃を殺害した黒幕は? |
答え | 葛山 |
霊感追跡「悲惨」
悲惨・一
悲惨・一 |
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夜は長い。手記の読み解きは、まだ続いている…… 「もうすぐ終わる、あと少しで全てが分かる……冷泉勝観が知っているのはこれだけ、色々探ってみたが、使えそうな情報は限られている。もう彼は用済みだ。」【冷泉勝観】 「夜刀神様は、貴族のように礼儀正しい神様だ。彼は噓をつかない……祭典において、嘘をつき、裏切ったりするのは人間だけ。」【花開院多摩】 「……無理もない、生き残れるのは一人だけなのですから。争ったり、騙し合ったりするのはよくあることではないでしょうか?」【冷泉勝観】 「ふふ、良い覚悟だ……さすがは私の「仲間」。案ずるな、「願い」のことなら、一度勝った私がよく知っている。勝てば、夜刀神様はどんな願いでも叶えてくれる……」【花開院多摩】 「……あなたは一度しか勝っていない、もう少し慎重でいたほうがいいのでは?」【冷泉勝観】 「…………はははは、何を言う。ただの貴族の子である私が、こんなすごい情報をどうやって仕入れたと思う?この遊びはとっくに知られている……私以外の勝者がいたからだ。私だって、必死に「実験品」の資格を手に入れたから勝てたんだ。」【花開院多摩】 「あ、あなたは何を言って……」【冷泉勝観】 「一方的な考え方を改めるのだ。言ったはずだ、隙きを見つけ、規則を利用する……それこそが真の貴族だ。よく考えてみろ、村の一つや二つ、それを犠牲にすることで、夜刀神様は「不老不死」を叶えてくれる。死も恐れない忠実な兵士たちを集めるとか、陰陽師たちから操れる身代わり人形を仕入れるとか……最後に命令を下す、それだけだ。実際に成功した例もある。胡散臭い霊薬や陰陽道よりも、割の良い話じゃないか?だがいつまでも隠し通せるわけではない。参加する人が多ければ多いほど、勝てる確率は低くなる。……加えて面倒なやつに目をつけられた。」【花開院多摩】 「……あなたたちは、これで一体何度目なんだ。」【冷泉勝観】 「ご想像にお任せするよ。」「はっきりとは言っていないが、彼の言いたいことは分かった。赤い帳が下りた地で、人々は争い合う。最後の生き残りが勝利と見なされ、夜刀神様から褒美を貰える。夜刀神様は勝者の願いを、どんな願いでも、一つだけ叶えてくれる。長寿、不老不死、金銀財宝……だからお偉方たちは、各村で繰り返し祭典を行い、夜刀神から何度も褒美を賜った。そんな思い上がったくそ野郎たちが、ずっとこうしてきた!命、力、人が命と引き換えにしても手に入らないお宝を、彼らは簡単に手に入れてしまう……まったく……反吐が出る!もし私にあんな地位、富、そして力があれば、きっと…………」【小白】 「……彼は正義感のある人だと思っていました……」【晴明】 「「外」でなら、そうかもしれない。生き残るのはただ一人、こんな閉鎖的で敵意に満ちた結界の中では、人はおかしくなってしまう。では続けよう。」「時間はあっという間に過ぎた。人々は集団をつくり、簡単に仕掛けることができなくなった。だが、規則を知っている人にとっては容易い。」【冷泉勝観】 「言っただろう?これは遊びだ。千景祭というのは表向きの方便……核になるのは四種の血と夜刀神様。無作法の侍女たちと違って、夜刀神様は礼儀を重んじる神様であり、自ら求めることはない……だから我々が捧げればいい。」【花開院多摩】 「……二つの「規則」のことか。夜刀神は求めない、嘘をつかない。」【冷泉勝観】 「その通り……あなたも分かってきたようだね。うまく利用させてもらおう……もうすぐ最終日だというのに、競争相手がまだたくさん残っている。仲間として、情報は十分に共有した。最後の勝利の味を味わいたければ……もっと頑張らないといけないね、花開院様。」【花開院多摩】 「……分かりました、冷泉様。……」「馬鹿め……馬鹿め馬鹿め馬鹿め!『手を組んで共に勝利する』なんて、そんなものに私が騙されるとでも思っているのか?たしかに貴族たちはいつも全てを把握しているような、余裕のある態度を見せる……彼らは他人の気持ちを考慮したり、機嫌を取ったりする必要はないから……!楽で……本当に……!!……失礼、一旦落ち着こう。認めよう、彼のように勝利を収める自信は、私にはない。だが私は信じている。慎重、重視、勤勉……そうすれば、いつか偉い人たちを踏み台にし、勝利の頂点に立つことができる。……今までやってきたように。少し……方向性をつかめた。夜刀神様……私を見ているのでしょう?」 |
悲惨・二
悲惨・二 |
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【晴明】 「……花開院は夜刀神に対し、過度な期待を抱いていたようだが……彼のやり方……彼が「遊び」の中で守る二つの「規則」は参考になる。「噓をつかない」と「礼儀を重んじる」か……」【小白】 「あんなやつ、きっといい人なんかじゃないですよ。絶対に噓をつきます!」【晴明】 「噓をつく人が悪人だとは限らないし、噓をつかない悪人も少なくはない。それに、「噓をつかない」だけで、「真実を話す」とは限らない……なるほど。それを知った上で、もう一度手記を読めば、新たな収穫があるかもしれない……」【晴明】 「……貴族気取りか?夜刀神……やはり気に食わないな。」【小白】 「どうしたんですか、セイメイ様?まさか彼は恐ろしい大妖魔なんですか?!」【晴明】 「妖魔というより、規則を弄ぶ貴族に似ているかな。表面上は問題ないのに、何故か違和感を感じる。それをはっきりさせられないまま、罠にはまるのか……今は人を助け、悪を倒すことより……「苛立ち」のほうが先立っている。幸い、今は博雅がいない……博雅は、おそらく堪えられないだろう。」【小白】 「博雅様は馬鹿ですから、きっと我慢できなくて、飛縁魔たちを容赦なく倒すでしょう!」【晴明】 「ふふ、確かに、博雅ならやりそうだな……ふむ、これについては、もう少し考えたほうがよさそうだ。」【小白】 「皆が殺し合い、勝者が多ければ多いほど、夜刀神からの報酬……見返りも大きくなる、ということなのでしょうか?あ、他人が争っているのに乗じて、誰かが漁夫の利を得ようとすることを、防止するためですね?「殺した人数に応じて報酬が増す!」だなんて、嫌な軍官みたいですね?」【晴明】 「ああ……だがそれは軍官や商人のやり方であり、貴族の流儀に反する。やはり、この規則には何かが……」【晴明】 「規則の説明をした書生によると、これは遊びだ。最後に生き残った人が勝つ……そして夜刀神に願いを叶えてもらう。不老不死、若返り……ありふれた欲だな。」【小白】 「でも花開院はそれを求めていたわけではないですよね?彼にとって、これは遊びではなく、夜刀神に捧げる祭典なのですか?」【晴明】 「ああ、彼は最初の祭祀を再現することで、夜刀神を喜ばせようとした。」【小白】 「……誘導されたのでしょうか?」【晴明】 「手記を読む限り、彼に迷いはなかった。それにしても、この「最初の儀式」の記録はなかなか役に立ったな……」【晴明】 「最後の日記に、花開院殿は夜刀神を祀る最高の儀式について書いている……それは夜刀神が降臨した「最初の儀式」だ。類似の儀式から遡り、辿り着いたのが初めて「完成」した「儀式」。すなわち後に執り行われた赤月の儀式、千景祭などの原形……だが現状から見れば、それらに大差はない。時間がそれほど経っていないせいか、多くの変種はなかった。簡単に言えば、最初の儀式の背景は今の知川久村と似ている……珍しい災害により、村が衰退した。だが彼らの状況はあまりにも深刻であり、一ヶ月も経たないうちに人口が半分に減った。とある「通りすがりの人」から儀式のことを知り……困りきっていた彼らは、それを実行に移した。四種の生贄を井戸に入れ、夜刀神の名を呼ぶ。」【小白】 「そ……その村は救われましたか……いや、そんなはずないですよね。仮に汚染から解放されたとしても、恐らく千景祭と同じように、生き残った村人たちは殺し合いを強いられ、夜刀神に玩ばれるのです!」【晴明】 「それについては書かれていない、彼は村の結末に興味はないからな……記録の最後に一言だけ……「村は血の色に呑み込まれた」……これは彼の感想なのか、それとも雰囲気を醸し出すために書いたのか?」【小白】 「まさに今、村が結界に覆われ、誰も出られないこの状況と同じですよ!」【晴明】 「ああ……そうか、少し気になるな。「最初」の儀式に何らかの意味があるはずだ……ただの勘だが。もし……花開院が儀式で取った行動が分かれば。糸口を見出せるはず。」【小白】 「しかしセイメイ様、これまでの推測は、花開院の手記は信用に値することを前提としてますよね?」【晴明】 「ああ、確かに、この手記は彼個人的な視点から書かれたものだ。書生に騙され、利用されていた可能性はある。「他人の命を奪うことで、飛縁魔の攻撃を免れられる」という点以外、全て嘘かもしれない。しかし……遊びで失敗し、地位や財力もなく、村の者ではない花開院が。「最初の儀式」を記録するができたとは……ましてや彼は夜刀神のために村に来たわけではない。」【小白】 「彼が書籍をたくさん読んだからでしょうか?」【晴明】 「都の蔵書から、借りられるものを全部借りて読んだことがあるのだろう……しかも内容も覚えていた。中禅寺殿並の博識ぶりだ……」【小白】 「セイメイ様、よそ者を簡単に信用しないでください!あまり話もしていないのに!」【晴明】 「とにかく、花開院は陰陽道の実力や、地位こそ高くないが、博識で知恵のある人物だ。そんな人がたとえ誘導され、「誤解」が生まれたとしても、その「誤解」は彼の「判断」によるものであり、手に入れた「条件」ではない。逆に、彼は条件をそのまま記録し、何度も確認した上で判断するはず。」【小白】 「でも、夜刀神は嘘をつかないことや、願いを叶えてくれることなんて、どうやって真実だと証明するんですか!」【晴明】 「それらを証明するのではなく、冷泉勝観という人物が嘘をついていないことを証明するんだ。……私の推測が正しければ、これは知川久が儀式に関する巻物、島村が無くしたはずの手記を手に入れたのと同じだ。規則を知らせてから、遊びを開始する。千景祭と、それ以前の夜刀神の儀式に関する伝説……全ては水脈の流れに沿って、意図的に拡散されていたのかもしれない。」 |
悲惨・三
悲惨・三 |
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【晴明】 「とにかく……中禅寺殿の経験を知らなければ、この手記を手に入れた者は、花開院が勝者だと思うだろう。島村殿は自分が「天命の人」、「選ばれし者」だと思っているかもしれない……」【小白】 「彼は寝ずに手記を守っていました!内容は理解できないくせに……本末転倒ですね……武士は人一倍、体力と良好な精神状態を保たなければならないのに。」【晴明】 「だが、そのおかげで助かった。こんな貴重な資料、彼がもっと賢ければ、すぐに熟読し処分しただろう。」【小白】 「セイメイ様、間者や忍者じゃないんですから!」【晴明】 「いや、もし間者なら、違う筆跡で嘘の情報を混ぜながら、数百本書き写すだろう……劣化処理、模倣、繋ぎ合わせることで……本人ですら本物との区別がつかないくらいのものを作り、世間に広める。」【小白】 「どうして一人占めしないんですか?」【晴明】 「最後の一人になるまで殺し合うと書いてあっただろう?つまり、儀式のことを知り、興味が持った者は、皆競争者になる。遊びで直接対決するより、予め競争者を排除したほうが楽だろう?あるいは情報を流し、他人に検証してもらう……しかしこれは誰でも思いつくことではない。身分が違えば、問題の見方と解決方法もそれぞれ違う。人間というのは恐ろしい。」【小白】 「……小白は、こんな複雑な手段について、詳しく話しているセイメイ様も恐ろしいと……いいえ!すごいと思います!」【晴明】 「……悔しいが、まだ根本的な手段を思いつかない。もう少し手がかりが必要だ。もし明日何かあったら、臨機応変に対応するしかない……また事件を審理することになるだろう。」【小白】 「また事件が起こるのですか?」【晴明】 「ああ。悪人を見逃すつもりはないが、今は終わった事件に集中するべき時ではない。なるべく事件を穏便に済ませておきたい。だから、葛山が犯人であると公表しなかった。」【小白】 「え、犯人は葛山なんですか?!」【晴明】 「ああ……手記を読んだ小白も分かるだろう?状況を制御せず、村人たちに好き放題やらせると、手がつけられなくなる。この「知川久」村の正体については、なんとなく検討がつく。ここに住んでいる「村人」たちは、決して普通の農民ではない。しかし……このまま夜刀神の罠にはまるわけにもいかない。」【小白】 「そうですよ!なにが遊びですか!あんなやつの好きにさせるもんですか!」【晴明】 「そうだ。一番の問題は、村全体を覆う赤い帳……つまり、水脈を通して、この地に張り付いている法陣のことだ。夜刀神は遊びで、勝者に褒美を与える。我々は参加せず、この遊びを……いや、今まで蓄積されてきた、遊びの進捗を零に戻す。悪人を捕まえるのは……赤い帳が消えてからにしよう。まったく不愉快だ……もうすぐ夜が明ける、博雅たちはどうなっているのか……吸血姫、戻ったか?」一晩かけて調査をした吸血姫がやるせなさそうに部屋に戻り、晴明に状況を説明した。【吸血姬】 「……という感じです。飛縁魔に話が通じないし、どう探っても、「始祖」の存在を正確に掴むことができません。晴明様に伝えられるのはこれだけです……それが真実なのか、それとも結界の中で見た幻象なのか、今でもわかりません……ごめんなさい、晴明様。」【晴明】 「気にするな、信頼してくれてありがとう、吸血姫。吸血姫が見たものは、おそらく真実だろう……飛縁魔は嗅覚を頼りに攻撃してくるのか……面白い情報だ。そういうことなら、「規則」の目的は明白だ……それに、おかげで重要なことに気づいた……」晴明が考え込んでいると、外から悲鳴が聞こえた。【お朝】 「た、大変です、急いで広場へ……」【晴明】 「何が起きた?お朝さん、この数日間、大丈夫だったか?」【お朝】 「…………村長、村長が……急いで広場へ!」 |
悲惨・四
悲惨・四 |
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昨日の蜜乃のように、息絶えた村長葛山が、広場の真ん中に倒れていた。【晴明】 「(なぜか、これが「当たり前」だと感じる……不謹慎な考えだが、葛山はまるで利用価値がなくなり、退場した役者のようだ。彼の演出に合わせ……もしくは、この演出を仕立てたのは誰だ?)」【村人・男性】 「お、陰陽師様!足跡があったんだ!これは飛縁魔の仕業じゃない……」【村人・女性】 「そうよ!傷一つなく、無傷だわ……」その時、そう遠くない場所から騒ぎ声がした。【島村】 「おい、お前ら!離せ!斬られたいのか!どけ!お前らが俺のお宝を……」【村人・男性】 「あいつだ!こそこそうろついてたのを見たんだ!」【村人・女性】 「あいつが村長を殺した!」【老婆】 「公議だ!公議!今すぐ公議だ!」【島村】 「お、おい、陰陽師!俺はやってない、よく見ろよ!彼の体には傷一つない、俺は無実だ!!!!お前ら離せ!斬るぞ、本当に斬っちまうぞ……」【晴明】 「皆、落ち着こう。まずは調査させてくれ……対策はあるはずだ。」 |
悲惨・五
悲惨・五 |
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【晴明】 「…そうだな、今の状況に目を向けるほうがいい。他に資料は見つかったか?」【博雅】 「ああ、もうひとつある。「夜刀神」が最初に現れた記録がある。これは何年も前の、とある陰陽師からの手紙……手紙自体はもうなくなったが、手紙のやり取りからまとめた情報だ。彼は水源を汚染する妖魔を……封印したと書いてある。封印する場所の近くに四種類の材料を埋め込み、八十一日の呪文をかければいい。」【晴明】 「つまり、牛、蛇……などの四種の霊性の血のことか?」【博雅】 「…!!もう知っていたのか、じゃここら辺は飛ばしておくが…」【晴明】 「いや、すべて話してくれ。とくに封印を揺るがせる「禁忌」について。」【博雅】 「ああ…わかった。封印の方法は非常に乱暴だから、開封する「禁忌」も簡単だ。絶対に殺生しないこと…まあ、そこまで厳しくない。家畜でもよし、人間や妖魔などに似ている知恵のあるものを殺さなければいい。四種類の血を封印地の近くに流し込んではならにあ。汚染の根源の名を呼んではならない。その名前はーー」【晴明】 「夜刀神だ。四種類の血を水脈のもとに注ぎ、夜刀神の尊名を呼ぶのが知川久祭りの始まりだ。」【中禅寺秋彦】 「…なるほど、これは三つの「儀式」なのか。」【博雅】 「三つ?なぜそういう?」【中禅寺秋彦】 「時間上、最初の儀式は、夜刀神の解封。つまり血を注ぎ、名前を呼んで、当時の封印を解くこと。二つ目の儀式は、現在結界の中で行われているお游び。三つ目の儀式は、お遊びが終わった後、点を繋がる水脈の陣法。」【博雅】 「儀式が三つであっても八つであっても何も変わらないじゃないか。」【晴明】 「大きい違いだ、博雅…儀式で最も重要なのは、規則と材料以外に何があるか?」【神楽】 「施術者?晴明と博雅お兄ちゃんの使える術式は、種類が違う……」【博雅】 「確かに…晴明の残した札を使ってなければ、私の術では結界の中にいるあなたたちと連絡することすらできない。」【晴明】 「そう思えば、最初の儀式は、「人間」によって行われたものになる。この村も、前回の村も、夜刀神を封印した当初の儀式のように、儀式は毎回、夜刀神を呼び覚ましたい「人間」によって行われたものだった。そして二つ目の儀式は…博雅、考えてみろ。結界が下り、中は夜刀神の遊び場になり、周囲にはその侍女が仕えている…これはどのような感じなのか?」【博雅】 「そんな野郎の考えなど考えたくない!」【晴明】 「中禅寺殿はどう思う?」【中禅寺秋彦】 「血、飛縁魔、殺戮。どれも夜刀神を喜ばせるものに違いない。彼は楽しんでいた貴族のように舞台を作って、自分の最も快適な場所で殺戮のお遊びを観賞する。そのため、二つ目の儀式の施術者であり「主」は夜刀神だ。最初の儀式とは違う。」【神楽】 「なら三つ目の儀式は?あの水脈を結ぶ儀式…」【中禅寺秋彦】 「それはまた前の二つの儀式とは違うーー点が各水脈を繋がるのは、部屋で小さい陣法を描くこととは本質的に変わらない。何倍も拡大しただけだ。」【博雅】 「…つまり、平安京全体を包むこの儀式は、まだ「準備段階」にすぎないということか?だから今まで本当の「施術者」はいなかった…生贄も、陣法も、その準備がすべて整えた時が、首謀者の登場なのか。」【晴明】 「これは夜刀神自身の計画なのかもしれないが、他にも協力者がいるのかもしれない。少なくとも、彼が人間そのものを無視していた程度から考えれば、なぜこれほど複雑な方法、これほどの時間をかけて計画を練ったのかを、私には見当が見つからない。彼は、元々好き放題できる遊びだというのに、数々の規則を利用して参加者を弄んだ……儀式の「交換律」か……つまり、制限が多ければ多いほど、見返りが大きいということか……だとしたら、彼が求める見返りは、あまりにも恐ろしいものだ。」【博雅】 「だから……彼は一歩ずつ進んでいくような状態には満足できず、少しずつ形成する法陣を加えて前代未聞の大儀式を行うことで、より強大な力を手に入れようとしたのか?!」【晴明】 「たしかに……彼を水源に例えるなら、水脈の詰まりが完全になくなれば、水は洪水のように流れてくる。止めることは困難だろう……そして彼が儀式を行った場所は、貯水池のようなものなのだろう。水の流れを確保するために、各貯水池は「似た」構造……つまり、仕組みと蓄積する力をほぼ同じにする必要がある。ゆえに、彼が後で強大な力を蓄えていたとしても、儀式では厳しい規則を維持し、双方を制限しなければならない。そうでなければ、ここ数回は、彼の本来の姿を持ってすれば、村を簡単に消せたはずだ。こんな回りくどいことをする必要はない……今のところ、その「規則」は我々にとっては好都合だ。最も臆病なのは、おそらく夜刀神……しかし、彼が自分にどんな「制限」をかけ、そしてどうやって誤魔化すのか……これが一番厄介な問題だ。(あと一つ気になるのは、千景祭で花開院殿と向き合うことだ、たとえ彼がうまく誤解させたとしても……あれは公平を保つための情報提供の範疇を超えている……特別扱いと言ってもいい。勝つため、さらなる力のため、自ら面倒なことを増やす……「矛盾」のある動機、その真意は本人にしか分からないのかもしれない。)」【神楽】 「じゃあ、その「制限」のことが分かれば、晴明は結界を破って、皆を助けられるかもしれない?」【晴明】 「ああ。ここでは、「制限」……或いは、あの亡き陰陽師の言葉を借りれば、「規則」が絶対であり、勝つための唯一の道だ。」一行はしばらく黙り込んだ。今できるのは、考えることだけだ。この村で一体何が起きたのか。過去の祭典では何が起きていたのか。そして、あらゆる事象を凌駕する絶対的な規則の正体は、一体何なのか。しばらくして、ある人物が沈黙を破った。」【中禅寺秋彦】 「扇子の持ち主の経験と記録からみれば、規則を守るために、夜刀神は規則を発動できる立場でなければならない。実際、千景祭においても、夜刀神はおそらく単なる「傍観者」ではなかった……そう考えると、今回も恐らく同様だろう。晴明様、「規則」を利用する者に対処するには、規則を逆手に利用すればよいのです。」【晴明】 「分かった。」【博雅】 「……どういうことだ?」【晴明】 「とにかく、今回の遊びが最後になるだろう。この遊びが終われば、三つ目の儀式が始まる……法陣が貫通し形成され、地下水脈が迸る赤い水路と化す……これはまだましな状況だ。最も恐ろしいのは、法陣を支えとすれば、彼は更に大きな結界を引き起こし、遊びに興じることができる……その時、すでに目的を果たした彼は、今まで通りに「規則」で制限をかけるだろうか……全く予想できない。」【博雅】 「……そうなった時、こうやって人が犠牲になる場所が増えるってことか?!」【中禅寺秋彦】 「そうはならないはず。この遊びの全体像は、概ね把握することができた。それぞれの儀式、そして「規則」。」【晴明】 「……確かにその通りだな。中禅寺殿の言う通り、この世には不思議なことなどない。だが、念のために確かめたい。「最初」に夜刀神を召喚した赤月の儀式は、本当に伝説と一致するのか?」【中禅寺秋彦】 「さすが晴明様。手記の記述通り、完全に一致していますよ。念のため、博雅殿と神楽さんは陰陽術でできるだけ当時の状況を調べられるように、なんとかして最初の地に向かった。」【晴明】 「それならよかった。そういうことなら、この連鎖を止める手だてがある。夜刀神の正体、遊びの規則、知川久の真実、そして、中禅寺殿がここに来た理由……もうすぐ、全て分かるだろう。」【小白】 「……え?な、何で皆さん全部理解できてるんですか?!小白にも教えてください!」 |
手掛かり
規則(三) |
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「儀式の参加者は殺し合わねばならない。最後に生き残った者が勝者となる。夜刀神は勝者の願いを一つだけ叶えてくれる。」 |
「赤月儀式」 |
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夜刀神の儀式にまつわる噂は、誰かが流したものらしい。 |
「知川久」の村人 |
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「知川久」の村人は正直な農民などではない。 |
葛山の調査結果 |
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調査の結果、葛山は自分の意志で広場に向かったと分かったが、その体には外傷が存在しない。しかし葛山の血液には川と似た汚染が見られる、これは毒か、それとも…… |
姿を隠すお朝 |
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お朝はここ数日ずっとどこかに隠れていて、一度も外に出ていないと言っている。 |
生存者なし |
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見つけた本に載っていた、千景祭と貴族に関わる村の絶滅事件によると、千景祭が起きた場所から「生きて戻ってくるこちはない」ようだ。 |
動機 |
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島村は、お朝には葛山を殺害する動機があると言う。葛山と蜜乃は、お朝を陥れようと秘密の約束を交わしていたから、お朝が葛山を毒殺してもおかしくはない、と。 |
推理(ネタバレ注意)
問い | 葛山を殺害した黒幕は? |
答え | 蜜乃、お朝 |
霊感追跡「公儀」
公儀・一
公儀・一 |
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飛縁魔が周囲を彷徨う中、至って不穏な一夜を過ごした……夜が明けると、大勢の村人が広場に集まった……広場にはいつの間にか、二つの処刑台が建てられ、お朝と島村がその上に縛られている。【島村】 「不届きものめ!一体何のつもりだ!」【村人・男性】 「早くしろ。刀を貰っていないやつはいるか?一人一本だ!」【村人・女性】 「押さないでよ。いい?致命傷にならないように注意しながら切るのよ!」【老婆】 「すぐに死んだら、もったいないからな!!!」【島村】 「お前ら、お前らよくも……おい、おい!やめてくれ!俺は本当に無実なんだ!おい!!!」【吸血姬】 「……晴明様、止めないの?」【晴明】 「まだ時が来ていない。最後に一つ確認したいことがある。」【お朝】 「……ふふふ。」【老婆】 「な、何にやにやしてるんだ!」【お朝】 「……ふふふ。あははは……!!!やっぱり、この村はこういう場所なのよ!もっと早くに気づくべきだった。あなたたちが私の両親が残してくれた財産を狙って、私を追い出したあの時から……ここがどれほど腐りきった場所なのか、気づくべきだった!!!ここはもう、救いようがない!」【村人・男性】 「お前、血迷ったか!大人しくしろ!」【村人・女性】 「好きに言わせておけばいい。どうせもうすぐあの世に行く……」【お朝】 「……井戸の中に、毒を入れた。」【村人・男性】 「…!!!!」【お朝】 「私の作った毒がすごく怖いんでしょう?実はね、昨日ここに来る前、ありったけの毒を村の井戸にばらまいたの!あなたたちの偉大な夜刀神様がいる、枯れた井戸ではなく……水のある井戸にね!ねえ、今朝水を飲んだ?口を漱いだ?せいぜい我慢すればいい。結界があるからどこにも行けないけどね!遅かれ早かれ、毒の水を飲むしかない……私が毒を盛った井戸の水か、最初から毒のある川水か。好きなほうを選べばいい!」【村人・男性】 「貴様、正気を失ったか!いつ毒を入れた?!」【村人・女性】 「もしかして、あの日村長を……」【老婆】 「落ち着け!皆、我々の本来の役目を忘れるな。全員で決を採り、夜刀神様がご満足になられ……結界を解いてくだされば、自由になれる!」【村人・男性】 「今日さえやり過ごせばいい!」【島村】 「違う!愚か者どもめ!葛山はお前らに嘘をついている!!!血に染まっても無駄だ!それは飛縁魔の攻撃から逃れられるだけで、結界は解除できないし、勝つこともできない!ここから抜け出すには勝つしか……いや、祭祀で夜刀神を喜ばせるしかない!祭祀を実施すること、これが唯一の方法だ!俺を信じてくれ、俺は昔の勝者の手記を持っている!!!最後の生き残りが決まるまで、赤の帳の中で殺し合いを続けるしかないんだ!その時やっと、夜刀神様が現れ、結界を解除し勝者の願いを一つ叶える!」島村の声を限りに叫ぶ様子に動揺したのか、村人たちは困惑の色を見せ、手を止めた。【村人・男性】 「……それは本当なのか……」【村人・女性】 「彼がわざわざ参加しに来たのも、最後の瞬間を狙っていたのね……」【村人・男性】 「だけどよ、殺し合いなんて……」【お朝】 「……「願いを一つ叶える」ために、そこまでするの?そんなことで、村中が巻き添えを食っているの?たしか、昔村長が……いや、葛山がこう言っていた。村を繁栄させ、川を清めるために、祭祀を行うと……」【島村】 「全知全能の夜刀神様なら、どんな願いでも必ず叶えてくれるだろう……」【お朝】 「結局……私はずっと騙されていたのね……葛山のやつ、村のためなんて、真っ赤な嘘だった。ああ……でも無理はないか……あなたたちが選んだ村長だもの。自分勝手な人間じゃないほうがおかしい……私がなぜ自ら蛇狩りをするのか、ずっと気になってたんでしょう?葛山が仕組んだのよ。両親の仇を取りたければ、蛇を捕まえろと……私に商人を紹介したのもあいつだった!ああ……最初はなかなか上手くいかなかったけど、だんだん上手くいくようになった……私の毒はとてもいい、公卿ですらその毒にやられると、やつは喜んでいたわ……いい、これでいい……はははは、はははは!皆、公卿しか味わえなかった味を、思う存分味わって!!!」【村人・男性】 「い、一体どうすれば……」村人が混乱していると、晴明が大声で告げた。【晴明】 「皆……この遊びは、まもなく終わるはずだ。」【村人・男性】 「……な、何だと?陰陽師だからって、知ったかぶりするな!!!!」【村人・女性】 「さっきあいつが言っていた!殺し合わなければ……皆!まずよそ者から始末よ!!!」【老婆】 「彼は術が使える、先手必勝だ!」【小白】 「本当にどうしようもない人たちですね。気をつけてください、セイメイ様!」【晴明】 「心配無用だ。皆、ここは一つ落ち着いてくれ。たとえ毒の入った水を飲んだとしても、命を失うことはないだろう。井戸は地下水路と繋がっている。いくらか毒液を投じても、村の汚染された川の毒性にすら及ばない。あの川の水を多少飲んだからといって、命を落とすことはない……そのことは、村で長年暮らしてきた皆なら、よく分かっているはずだ。それに、お朝さんが持っていた毒は、それほど多くなかった。そうだろう?」【お朝】 「……勝手にそう思っていればいい!」【晴明】 「毒の精製は命がけだ。おそらく妖魔の子が生贄にされるところを目撃した日から、お朝さんはもう仕事どころではなくなっていただろう。もちろん、いくらか取っておいた可能性もある。だが川の汚染による毒素には、僅かな霊力がある。結界がない状態で川から離れると、毒性は徐々に低下していく……お朝さんが言う「公卿までやられる」ような効き目もなくなる。以前蜜乃さんが、「お朝さんが商人と話しているところを見かけた」と言っていた。それはおそらく荷受けの日だったのだろう……祭典が始まる五、六日前のことだ。つまり、お朝さんの手元に残りがあったとしても、せいぜい一回分くらいだ。彼女一人の作業だから、一、二本が限界だろう。」【お朝】 「………………」【老婆】 「だから何だ?!葛山を手にかけたんだぞ!」【島村】 「たとえ彼女が葛山を手にかけなかったとしても、ここに縛り付けていただろう?!」【吸血姬】 「……だから、あなたもここに縛られた。」【島村】 「だ、だから!何で俺まで縛るんだよ!知ってることは全部話した!!!俺を殺しても何の得にもならないぞ!!!」【小白】 「……この人、正真正銘のお馬鹿さんですね……凄い人だと思って損しました……」【晴明】 「生死の瀬戸際に追い込まれた以上、失態を晒してしまうのも理解できる。昨日後頭部を殴られたなら尚更だ……精神に支障をきたしているかもしれない。」【島村】 「人を馬鹿にするんじゃねえ!!!!いいか!俺はこの遊びの……いや、祭祀の規則を知っている!真実を知っているんだ!俺を殺したら、夜刀神様のご機嫌を取る方法を知るやつがいなくなる。そうなれば、お前らも全滅だ!……あああ!ひょっとしてお前らが、俺が大事にしてた手記を盗んだのか!だから俺を口封じしようと……」【晴明】 「ああ、手記のことなら、私が小白に頼んだんだ。」【島村】 「……?!」【晴明】 「蜜乃さんの遺体が発見された朝にね。」【島村】 「……な、お前……」【晴明】 「皆、この島村殿は、確かに祭祀に関する資料を持っていた。葛山村長が言う「代々受け継がれる」夜刀神の祭典は、実は彼が受け継いでから、僅か十年しか経っていない。」【村人・女性】 「つ、つまり、葛山が私たちを騙したというの?!私たちを生贄にして……願いを叶えようとした……?」【晴明】 「皆、少し落ち着け。祭典に関する「秘密」と規則について、全て話そう。規則を知ったうえで行動を取るほうが賢明だろう。それに、私は嘘をつかない……手記の持ち主である島村殿もそこにいる、間違いがあればいつでも訂正してくれ。」村人たちはしばらく騒いでいたが、構えていた武器をいやいやおろした。」【村人・男性】 「ならば……言ってみろ!」【晴明】 「助かる。ここ数十年の間、このような祭祀はいくつもの村で行われてきた。最も最近のものは、「千景祭」といって、花開院多摩という参加者がいた。島村殿が手に入れた手記は、彼のものだった。その手記の中で、花開院殿が祭典について記述している。簡単に言えば、四種の血を入れて、夜刀神の名を呼ぶというのは「夜刀神を呼び起こす」ための儀式に過ぎなかった。夜刀神がその呼びかけに応え、祭典の場に降り立ち、赤の結界が張られた後……二つ目の祭典……いわゆる「遊び」の部分が始まった。遊びは、結界の中で「できるかぎり公平」な規則に則って行われた。しかし、ほとんどの人が両者を混同している。「千景祭」の参加者たちも同じで、祭祀の方法を熟知している花開院様もそれに気づかなかった。これは彼の敗因の一つでもあったのだ。では、花開院様の身の上に…いや、「千景祭」で起きたことを説明させてもらおう。」 |
公儀・二
公儀・二 |
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【中禅寺秋彦】 「まず、飛縁魔の経歴から見られた光景だ。この陰陽師は村人の猜疑と互角などを経験した最後、書生を井戸の底に突き落とした。自分が勝者だと思い込んだが、血色が広がり、夜刀神が正体を現し、ついに彼自身が飲み込まれてしまった。彼の日記には、その書生を暗殺するよう依頼され、村に入ったのが書かれている。その書生が死体から生き返る姿を目の当たりにし、夜刀神の偉大さを信じるようになった。しかし、あの書生より彼は自分の方が祭りについて詳しいものだと思って、自分なりの方法で夜刀神を祀ろうとした。」【博雅】 「結局騙されたじゃないか!」【中禅寺秋彦】 「結果だけを見てはいけないよ、博雅殿。その調査能力からみれば、その陰陽師はなかなかの逸材だった。夜刀神が楽しみや公平のために、意図的に教えた手がかりがあったとしても…そういう閉鎖的な環境の中で確実に重要な部分を見つけられるのも立派なんだ。彼の日記の中の傲慢さは確かにその能力に支えられているが、残念ながら彼の才能は陰陽術まで優れてはいなかったようだ。そうでなければ、前回のお遊びの勝者は彼になるかもしれない。…もちろん、夜刀神がそれらの情報を漏らしたのも、彼は陰陽術が得意ではなかったからだろうが…。」【神楽】 「中禅寺さん、やはりわからない。」【中禅寺秋彦】 「なるほど、簡単に言えば、彼と今の私とは少し似ている。夜刀神を直接に攻撃する能力を持てなく、様々な情報を収集して、知っている事実から真実を見抜き、有限だが慎重に攻撃することしかできない。彼はそのような結末を迎えたのは、自分が遊びの中にいる状況を認識していなかったからにすぎない。」【博雅】 「いやいやいや、文字を見ただけでも、おまえらの器も才能も大違いなんだとわかる。少なくともあいつの書いたものは読めるけど、おまえの話は半分しか理解できないというか…」【神楽】 「中禅寺さん、一つ気になることがある。殺戮游戯の規則を含めて、夜刀神がわざとその陰陽師に情報を漏らしたと晴明が言っていたが…今、知川久にいる者たちは、全員が殺戮の遊びだと知っているわけではないでしょう。さっきここへ来た時、私たちを村へ連れて行こうとした漁師の子お朝も、私たちに対しては明らかさまな恨みはなかった。私たちを殺戮の遊びに連れ込もうとしていたのかといえば、違うだと思う。」【中禅寺秋彦】 「そうだな。今回は前回とは違う。要すると…司会者が意図的に「遊び方」を支配していることだ。これまでの気楽な遊びに比べると、今回は丹念に育てから、限られた「無知」や「既知」の中でしか咲かない花なのだ。おそらく記念に…いや、夜刀神個人の趣味なのかもしれない。とにかく、その花をほどよく咲かせるためには、今回の儀式が始まる前に、殺戮の規則を知っている者は村の中でも少数でしかない。日記を手に入れ、わざと参加した浪人のほかに、今回の儀式を起こした村長…そして規則を知っているもう一人ーーそいつが、夜刀神本人なのだ。」……【晴明】 「おおよそ、こんな感じだった。花開院様は書生の姿に扮した夜刀神の策略にはまってしまい、夜刀神に飲み込まれた。そして千景祭が終わった後、村もまるごと滅んでしまった。」【島村】 「……なんだと。花、花開院殿が負けた……」【小白】 「普通の負けならまだしも、あらゆる状況を想定して、準備万端のつもりで臨んで、計画がようやく成功した……そう思って勝利を祝っていたら、相手にぱくっと食べられてしまったという、非常に悔しい負けでした。」【島村】 「!!!!」【村人・男性】 「つ、つまり、何が言いたい?」【村人・女性】 「あの書生も殺しておけばよかったの?」【老婆】 「一人も残らないのか?!」【村人・男性】 「でも、最後まで残った者が勝者だと言っていただろう?!」【晴明】 「いや、それは違うな。花開院様が遊びに負けただけであって、勝者は存在した。それは、書生になりすました夜刀神様自身だ。」【島村】 「は?!つまりその……夜刀神は俺たちを勝たせたくないのか?!だから自ら参加者を全員殺したのか?!」【村人・男性】 「……俺たちは、夜刀神に弄ばれているだけなのか?」【村人・女性】 「私たちがどうもがこうと、最後は必ず食べられてしまうってこと?!」【晴明】 「いや。もし勝ち抜くことができたら、夜刀神もちゃんと認めるだろう。」【村人・男性】 「しかし、勝利の方法は互いに殺し合い、最後まで生き残ることだろう?!」【村人・女性】 「八方ふさがりだ……おしまいだ……畜生、葛山のやつ……」まだ怒った顔をしている村人もいるが、ほとんどの人が気抜けしたようだ。【晴明】 「その様子だと……もはや闘争心も消えたようだな。ならば、もう少し経緯を説明させてもらえるかな。」【村人・女性】 「………どうでもいいわ。」【老婆】 「どうせ食べられてしまう……」【村人・男性】 「どっちみち行き止まりなんだ……好きにすればいい。」【晴明】 「ではまず「最後の勝者が決まるまで、殺し合いを続ければ、夜刀神は生き残った者の願いを一つ叶えてくれる」について説明しよう。これは、二行に分けて考えるべきだ。最後まで生き残った者が勝者になるというのは、嘘ではない。だが、「嘘ではない」というのは、決して「真実」ではない。考えてみろ。この一文によって生まれる、最も大きな誤解は何だろう?」【小白】 「「最後まで生き残る」ことが唯一の勝利方法、という点でしょうか?」【晴明】 「いや、これは目くらましに過ぎない。この表現による最も大きな誤解は……「夜刀神は我々の中にはいない」ということだ。」【村人・女性】 「……つ、つまり?」【老婆】 「夜刀神が……我々の中にいるのか?!」【小白】 「花開院が出会った書生も、夜刀神がなりすましていたでしょう!今回もそうに違いありません!セイメイ様のお話をちゃんと聞いてください!」【晴明】 「ここで一旦、夜刀神の偽装について説明する。赤の結界の中にいる限り、私も、夜刀神自身と彼に仕える飛縁魔たちも、力を抑えられている。そしてこれは私の推測だが、おそらく遊びが終了するまで、夜刀神本人の方が私よりも厳しい制限を受けているのだと思う。言い換えれば、私のような陰陽師や、小白や吸血姫のような式神は、結界の中では「特定の能力が使えない」状態になる。だが夜刀神の場合、おそらく「彼が持って生まれたある能力」しか使えないのだろう。では、夜刀神とはそもそも何なのだろう。水の流れで血を沸騰させ、屍骸から飛縁魔が生まれる。必要があれば、飛縁魔を操ったり……食って回復することもできるだろう。夜刀神の本質は、飛縁魔と同じ「血」……或いは「霊性の血」だろう。つまり、「霊性」と「血」以外の力は、この結界の中では一切使えないはずだ。要するに、彼が使える手段は、この二つに関わる域を出ないということだ。」【村人・女性】 「……だから、死んだ人たちの体が腐らないのね……」【老婆】 「いつでも「使える」ように、か?」【晴明】 「ああ。夜刀神は皆が思っているように、結界内で自由に活動できるわけではない。彼にできるのは……血と化し、被害者の遺体を乗っ取って、被害者のふりをすることだ。当然、彼も妖怪だから、霊力で被害者の記憶を読み取るくらいのことはできるだろう……そうでなければ、すぐにばれてしまう。だが、「ある事情」のため、この結界には極めて厳しい制限がある。「取り憑く相手の記憶を受け継ぎ、その人になりすます」力がある代わりに、それ相応の制限を受けているに違いない。私が思うに、それは……偽装の回数ではないだろうか。夜刀神は一回につき一人の遺体にしか入れない。そして憑依を解除……或いは、その体から「離れる」と二度と入れなくなる。」【島村】 「はあ?だ、だから何だ?被害者の遺体ならあちこちにあるし、その気になれば乗り換えられるだろう……」【吸血姬】 「時間。腐敗しないからこそ、利用され、誤魔化された……被害者たちが亡くなった、本当の時間。」【晴明】 「それよりも重要なのは、隠蔽された真実と、こんなことをした本当の目的………だが、それはまた後で話そう。今は、手帳に記された、遊びの規則を整理しよう。」規則その一:最後に一人だけが生き残るまで殺し合う。唯一の生存者だけが勝つことができる。勝者は一つの願いを叶えられる。 規則その二:夜刀神は規則を守り、決して嘘をつかず、決して誰かを強要しない。 規則その三:殺人を行うことで飛縁魔からの攻撃を免れる。【晴明】 「まずは三つ目から。人の命を奪うことで、飛縁魔の攻撃を逃れることができる……では、この結界において、どうすれば「人の命を奪った」と言えるだろう?」【中禅寺秋彦】 「「言葉」には魔力がある。「理解」も同じことだ。だから、一見でわかる規則であっても、徹底的に分析する必要がある。まずは三つ目から始めよう。三つの中で余計な情報が最も少ない項目でもあるから。」【博雅】 「えっ、一つ目じゃないの?」【神楽】 「ええと、三つ目は、殺人者は飛縁魔に攻撃されないということなのか?」【中禅寺秋彦】 「晴明殿はすでに吸血姫さんに確認を取れた。吸血姫さんによれば、飛縁魔は基本的に嗅覚で行動するから、三つ目の本質は結界の中で殺人することで自らを血に染めることで、飛縁魔の嗅覚を惑わすことだ。もちろん、ここの血は「神秘」の範疇の意味をする。」【博雅】 「ああ、動物はだめか……人か妖怪でなければ。」【中禅寺秋彦】 「つまり、血を浴びて入浴することよりも、「知恵のある生きものを殺す」という「行為」を確実に行うことが重要なのだ。「血」はただの例えだ。実際、絞殺や毒殺のような方法も認められる。ならば、なぜ飛縁魔は「匂う」と手を出さないのか?それはーー「同類」を攻撃しないからだ。夜刀神本人はもちろん、吸血姫さんのような妖怪と、そして霊性の血に染まった普通の人間…飛縁魔は、たとえ匂いが薄くても少しでも似ている所があれば、彼らを同類と認識し、攻撃しなくなる。…ここで問題がでる。この謎の「霊性の血」は、どこまで染めればいいのか。」【神楽】 「……!!わかった。「殺人者は飛縁魔に攻撃されない」という規則だが…実際、確実に「殺す」必要はないということか?」【中禅寺秋彦】 「そうだ。夜刀神の規則はこういう面では優しいだね。つまり……生きものを確実に殺さなくても、「殺意」があり、それが「実行」され、相手の命が奪われたら……どんな行動をとったかは関係ない、この条件さえ満たせば、この結界の中では「血に染まった」と見なされる。」 |
公儀・三
公儀・三 |
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【晴明】 「要するに、凶行を「徹底的」に行う必要はない。相手が生きている間に、確実に「手を下す」ことで、相手の命を終わらせる。それに「参加」しさえすればいい。知川久の儀式のことを聞いた時、小白が言っていた。的確な言葉だ。「集団凶行法」。」【村人・男性】 「じゃ、じゃあ葛山は間違ってないってことだよな?!そうすれば飛縁魔の攻撃から逃れることができる……」【お朝】 「ははは、やってみるがいい。そして毎日村をうろつき、全員夜刀神に食われてしまえ!」【村人・男性】 「そ、そうだ、飛縁魔だけじゃだめだ、万が一……」【晴明】 「皆、惑わされるな。二つ目の規則を忘れるな。」【中禅寺秋彦】 「二つ目の規則について、この規則が解けると、実際に村で起こっていることの大半が分かるようになる。」【神楽】 「二つ目は…夜刀神は礼を守る神であり、嘘をつかない、他人のものを取らないという意味かな?でも、儀式を行うときに、四種類の血が必要だって…」【中禅寺秋彦】 「ああ、少し違うかな。それは夜刀神が「要求」しているものではないからだ。覚えてるか?神楽さんが気づいた儀式の「施術者」が違うこと。それは夜刀神を召喚するために、人間が用意した材料でしかない。召喚の儀式を行うための生贄だった。たとえば、鍵のかかった部屋があって、中に夜刀神がいる。夜刀神に会うためには、鍵を手に入れて開けないといけない。その四種類の血も、彼の名を呼ぶのも、「鍵」で扉を開ける過程に過ぎない。夜刀神本人から人間に求めることではない。」【博雅】 「言い換えれば、四種の生け贄は「夜刀神に会いたがっている人物」が必要としていて、夜刀神自身が必要としているわけではないのか。」【中禅寺秋彦】 「よく考えてみてくれ、規則は殺人について言及している……それは明らかに、「求める」ということだ。武士でも剣士でも、よく「命はもらう」などを言うのではないか。厳しいルールと遊びの公平性を考えると、夜刀神は自ら攻撃するどころか、飛縁魔を操って攻撃することすらできないのではないだろうか。」【神楽】 「でも…やはり私には納得できない。全ての記録……中禅寺様も言っていた、生存者はいないって……それに私たちも見た。被害者のふりをした、冷泉勝観、最後に現れた夜刀神。彼は確かに千景祭りのば場で人を殺した…しかも自ら手を出した。」【中禅寺秋彦】 「そう。だから、この規則には彼が作った罠がある。それを見極めずに踏み込むと、夜刀神の思い通りにはまってしまう。夜刀神は殺さないのではなく、ただ「他人の命を取らない」。つまり、彼が飛縁魔を操って人を殺すことができないのと同じく、彼自身から誰かを「攻撃する」こともできない。」【神楽】 「ならば、最後にその陰陽師を飲み込んだのは何なの?」【中禅寺秋彦】 「考えてみてください。神楽さん、博雅殿。夜刀神は礼を守る神だ。彼は自分から求めたりはしないが、もし彼が何かを受け取ったとしたら、礼儀を守り、貴族だと自称する人が…どうすることか。」【晴明】 「答えは簡単だ。儀式の主催者として、夜刀神は優位に立っている。故に彼にかけられた制限はおそらく……自ら手を出せず、「反撃」しかできない。礼儀正しい貴族のように、何かをもらったら、相応の「お返し」をする。「千景祭」の時もそうだ、花開院殿は書生に憑依していた夜刀神を井戸に突き落とした。その後、夜刀神が姿を現し、彼の命乞いと叫びを無視して、残酷に呑み込んだ。だが、勘違いするな……真相は至って簡単だ。花開院殿が先に「攻撃」し、やつが「反撃」して相手を呑み込んだ……それだけだ。「最後の生存者」、つまり勝者は……夜刀神だ。」【村人・男性】 「じゃ、じゃあ何もしなければそれでいいのか?」【お朝】 「ふふ、お前たち、我慢できると思っているのか?飛縁魔が現れたあの夜、この機会に復讐しようとしていた者もいただろう?人を殺せば飛縁魔の襲撃から逃れられると聞いた途端、多くの者は本性を表し、手を下そうとするだろう?!あなたは幸運ね、島村様。」【島村】 「な、なんのことだ……」【お朝】 「あなたは本当に村人を斬ったのか、それとも誤魔化しているのか……でもね、ここにいる人たちはほとんど、「こういう事」に慣れてるの。か弱い蜜乃や、蛇しか殺せない私みたいな人は、ごくごく少数派なのよ。大半の人たちは、武器や武術の心得くらい……」【老婆】 「お朝、やめないか!村を破壊する気か?!」【お朝】 「そうよ、それが私の目的よ。まだわからない?こんな罪深い場所、滅ぶべきなの!」【小白】 「こ……この村は一体……」【晴明】 「簡単に言えば、罪人や逃亡者の子孫が集まっている村だな。葛山村長が「代々伝承」と言っていたが、多くても四代だろう。記述によると、知川久は豊かな村だったようだ。周辺は全く汚染がなく、農作だけでこれほど豊かに……流石に異常だ。」【村人・女性】 「…………そ……それは……」【晴明】 「儀式が始まってから気になっていた。恐ろしい事件が次々と起こっているのに、この村の人々はあまりにも……冷静すぎる。普通の村なら、千景祭のようになるはずだ。被害者が出た途端、怖がったり、疑い合ったり、啀み合ったり、団結したり、対策を練ったり、逃げたり、隠れたりした。しかし、知川久の人々は、最初は驚いていたが、その後すぐに……「守り」の状態になった。知川久が衰退した原因は、土地が貧しくなったことだけではない。水の汚染と瘴気の蔓延の影響で、商人と旅行者が寄ってこないこともあるだろう。」【村人・男性】 「わ、我々の世代はもうやっていない!そうだ、葛山も言っていた、足を洗って普通の生活に……」【晴明】 「しかし、皆は畑を耕すことが、こんなに大変なことだとは思っていなかった。そうだろう?真面目に生活しているのは、朝さんだけかもしれない。」【お朝】 「………………」【晴明】 「それが知川久の過去。私が語りたいのは、この村の本当の伝統についてだ。「集団処刑」、「集団凶行」、あるいは……「公開処決の儀式」。」【中禅寺秋彦】 「私の読んだ本では、これを公議というよりも、いわゆる「申請書」のようなものだ。地理や歴史を調べてみると、約五六十年前に、この村は海賊に占領されたことがあるとわかった。新人が仲間に入ろうとするとき、海賊たちは利害の一致を保つために全員に同じ罪を被らせる。彼らは反逆者や村の外の風来坊を探し出して、全員にその人を刺させる。これが嫌いな人間は消えてしまって、全員が殺人に参加したから、集団に対する忠誠心を持ち続けるしかない。村が犯罪をして暮らすのがなくなった頃には、その規則も残ってきた…多半数の人が「集団」の陰に隠れて生きているのだから、最初に生贄を選んだ村のように、この村は反逆者を選ぶだけなので、優しいと言えるだろう。このような「公議」を考えてみよう。投票で死者を選ぶだけではなく、全員が鋭利な武器で相手を傷つけさせ、血を流させなければならない。もし本当にそのまま死んだとしたら、法律では…ええ、私のいる世界の法律だが、例外なく…誰もが故意のある殺人犯になる。」【博雅】 「ちょ、ちょっと、わかった、わかった!あの野郎、だから三つ目の規則の殺人範囲はそんなに広かったのか?!だから夜刀神もこの規則を利用して、村の罪人になって、村人に攻撃されたいだろうか!」【中禅寺秋彦】 「そのとおり。「業」を完遂しなくても、悪意を持って実行すれば、結界の中では「凶行」と見なされる。飛縁魔がそう認めたのは、もちろん参加者の都合のためではなくーー自分の主の都合のためだ。」【晴明】 「葛山村長は儀式を行ったが、村の外で噂となった生き残り競争と願いの真実を隠した……そうしなければ団結していた村人が啀み合ったりはしないと、彼も分かっていたのだろう。」【島村】 「ま、待て……夜刀神は嘘をつかないと、さっき言ったじゃないか?!ではなぜ葛山が嘘を……」【村人・男性】 「いい加減にしろ!これは何の解決にもなっていない!結局殺し合って、最後まで生き残るしかないんだろう?!本当かどうかなんてどうでもいい、生き残れさえすれば……」【晴明】 「ああ、まだ説明してない部分があるからな。一つ目の規則の、前半部分は覚えているか?」「殺し合え。生き残った者が勝者となり、夜刀神がその者の願いを叶える。」【晴明】 「後半の部分、「夜刀神がその者の願いを叶える」。我々は夜刀神が「勝者」……遊びの参加者ではないと思い込んでいた。実際は逆だ。千景祭の時と同じように、彼は誰かになりすまし、遊びに参加していた。誰も気づいていない。規則の前半、「殺し合え。生き残った者が勝者となり」。その「殺し合い」に夜刀神も参加していると。」【小白】 「彼に手を出したら、反撃されてしまいますか?」【晴明】 「ああ、彼は強力な妖怪だ。さらに結界の中では優位に立っている。攻撃さえできれば、一般人相手に彼が負けるはずはない。確かに彼は嘘をついてない、だが全てを話してもいない。規則の説明を変えてみよう。「夜刀神を含む全ての参加者を排除し、自分だけ生き残れ」。これなら分かりやすいだろう。しかしこれでは、大半の人は規則の問題に気づき、遊び自体に疑問を抱く。」【小白】 「こういうの、店舗の契約でよくありますね。契約書を偽造して、財産を乗っ取る人もいます。」【晴明】 「さっきの話に戻ろう。夜刀神は勝者の願い、要求、こういったものを……叶える。言うまでもないが、夜刀神が勝った場合、彼自身の望みも満たされる。もし夜刀神を倒せる者がいて、その者が勝者になっても、願いを叶えてくれる「夜刀神」はもういない。つまり……皆が最後の一人になるまで殺し合っても……夜刀神が消されたら、勝者の願いは叶わない。」【島村】 「……なんて……ことだ……わ、私の家……」【小白】 「……家を売ってしまいましたか……」【村人・女性】 「ど、どうすればいいの!!!一体どうすれば、ここから出られるの!!!夜刀神を倒しても、一人しか出られないんでしょう?!」【吸血姬】 「あなたたちの力では、きっと今の始祖に傷一つつけることすらできない……でも、晴明様なら……」【晴明】 「ああ、全力を出せば、おそらく。だがそれは得策ではない……もし追い詰められたら、遊びから逃げ出し、力でなんとかする……最後の手段だ。遊びの中では、夜刀神は結界の恩恵を受けることはできない。遊びに参加して勝つ方が、我々にとって有利だ。そのため、この赤月の遊びが「なるべく公平」であるよう、嘘をつけない夜刀神は、隠しておかなければならなかった……「本当の勝ち方」を。」【神楽】 「だから、他に勝つ方法があるかな…晴明が夜刀神を殺せたとしても…規則上、村人を皆殺しにしないと出られない…」【中禅寺秋彦】 「うん、これも夜刀神が命を賭けるとしても見たかった演劇かと思う。もちろん、晴明殿は決して彼のお望み通りにはならない。なぜなら、まだ分析していない規則があるからだ。」【博雅】 「一つ目の規則か…ええと、「最後の一人の生き残りが勝つ」?これのどこが分析する必要があるかよ!方法も説明したし。人を殺す、数も最後に一人だけと限られた。勝つ方法というなら、まさかみんなを復活させるを願いにするのかい?!閻魔でも無理だろ!それに、あいつが嘘をつかないと言ったし。じゃどうすればーー」【中禅寺秋彦】 「嘘をつかないというのはただ情報を「ねじ曲げない」だけだ…一般的な意味での嘘吐きより厄介なものだ。嘘は見破りやすいから、事実を疑う人も少ないーーたとえ見られる事実が一部だとしても、一般人から見ると、すべての真実になる。夜刀神の個性は、日記と…飛縁魔の思い出にははっきりと表れている。彼は一言も嘘をつかなかった同時に、すべての言葉があの陰陽師を誤解させるようにしていた。彼が捻じ曲げたのは情報ではなく、「認識」と「理解」なのだ。」【神楽】 「……「他人を攻撃する」、「競争者を消す」。その二つでしか勝つことができないと、私たちに思い込ませようとしてる?今、中禅寺さんが言った、「別の勝つ方法」があるってこと?」【晴明】 「夜刀神は厳しい規則を守ってきた。その力は大きく制限されている。だからこそ、彼の行動にはすべて何らかの意味がある。最初の儀式で、彼は四種の力によって目覚めた。しかし当時の村に被害者は出ていない。つまり彼は、姿を現せない状態だった。見られることもできず、何の力もない。飛縁魔の本能を頼りに、簡単な指示をすることしかできない。もし彼が思い通りに飛縁魔を操ることができるのなら、それは「公平」ではない。憑依できる被害者が出るまで、彼は遊びに参加できなかった。夜刀神はなぜ、「殺し合い」という手段を公開したのか?彼が参加しなければ、これは貴族の遊びだと納得がいく。しかし今、彼は必ず参加すると分かった。彼が本当に貴族を名乗るなら、一般的な価値観を当てはめると、彼の行いは恥ずべきことであり、優雅さを損ねる。だから殺し合いは、一種の偽装手段に過ぎない。本当の遊びは、今の彼がやっているように、規則を弄び、人の心を探り、演劇を鑑賞する感覚で人の騙し合いを楽しむもの……それが貴族というものだ。」【小白】 「……本当に嫌なやつですね!」【晴明】 「本題に戻ろう。なぜ彼は殺し合いで最後の勝者を決めるよう、人々を誘導したのか?その目的は、参加者が他の人を見た時の最初の反応、あるいは唯一の反応を「攻撃」に絞ることだ。そうすれば、彼は反撃できる。本来の生き残りは、こうして規則を利用した彼に排除された。」【村人・男性】 「またさっきと同じことを言ってないか?!話はいつ終わるんだ!」【晴明】 「皆、落ち着いて聞いてくれ。夜刀神とて、儀式の範囲内……「遊び」の中にいる。彼の全ての行動には動機があり、その動機も明白だ。一つは勝つこと、もう一つは負けないこと。この二つは、結果は同じだが、取る行動はまったく違う。これをはっきりさせれば、真実が見えてくる。また話を戻そう。夜刀神は、遊びに参加するためには、被害者の遺体に取り憑かなければならない。彼の核は「霊性の血」。だから彼が取り憑いていない時は、飛縁魔たちは同じ血の匂いに騙される。逆に死体に取り憑いていると、肉体の遮断によって、血の気配は回避条件を満たした一般人程度にまで薄くなる。嗅覚が頼りの飛縁魔が彼を襲うことはないが、彼の指示も聞かなくなる。」【村人・女性】 「それも全て人々を弄ぶため?わざと自分を弱らせ、返り討ちにする……」【晴明】 「たしかに、彼は自身の趣味で、こうして楽しんでいるのかもしれない。さっきも言ったが、彼にかかる制限は他の人よりも大きい。だから無意味な行動は取らない。特に自分を縛るような行動は。逆の発想をしてみよう。もしこれが制限ではなく、彼の「守り」だったとしたら?」【小白】 「守り?人間の体の中にいるから小白たちは攻撃し辛い……え、でも彼は反撃できますよね?」【吸血姬】 「……私のような存在がいる可能性があるから?」【晴明】 「そうだ。長年続き、多くの「上位者」が参加する儀式だ。皆がおとなしくしているとは思えない……陰陽師、妖魔、式神も参加した可能性がある。儀式による彼らの「力」の制限は大きくない……おかしいと思わないか?私のような、力で夜刀神に挑める者がいて、規則こそが戦いなら、なぜ私の力を封じない?ここで一番影響を受けているのは吸血姫だ。幻覚を見たり、気配に惑わされたり、自分を制御できない時もある。これで答えは見えた。夜刀神が人間に取り憑くのには、重要な目的がある。私のような陰陽道を使える者、吸血姫のような血に詳しい式神、小白のような嗅覚で真偽を判別できる式神……彼は遺体の中に潜み、生きた人間になりすますことで、飛縁魔を通して彼の正体に辿り着くことのできる能力を持つ存在から身を守っている。ここで最初の儀式を振り返ってみれば、答えは明白だ。」【小白】 「セイメイ様、勿体ぶらないでください!勝つ方法とは一体何ですか!」 |
公儀・四
公儀・四 |
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【中禅寺秋彦】 「一つ目の規則の中に、一つ情報がある。それが、勝つ方法を見つけ出す鍵となった。それは先ほど博雅殿が見落とした、「勝者は一つの願いが叶えられる」ということだ。もちろん、いずれにしても、理論上は夜刀神が果たせる程度のものでなければならないから、願いの内容は何だろうかは肝心な所ではない。」【博雅】 「うわああああ…もういい加減にしろ!早く言え!」【中禅寺秋彦】 「さて、簡単に言えば、扇子の主は二つのことを調べだした。一つは、夜刀神が封印されたこと、二つ目は、赤月の儀式が初めて現れたことだ。重要なのは後半、夜刀神が初めて解放されたこと。」【博雅】 「っ…村でお祭りのために、生贄を捧げたが…結局皆殺しされたことか。あの少年も、取り憑かれた死体にすぎないと証明され、すぐに消えてしまった…」【中禅寺秋彦】 「そう、これらの伝説は意図的に混ぜ合わされ、最初は私でさえ重要な所を見落とすほどだ。だが、博雅殿、コツは情報公開の順番を変えることだ……順番を変えて考えてみてはどうだろうか。」【博雅】 「…順番を変える?」【中禅寺秋彦】 「夜刀神は反撃するしかできない。人間に化けた夜刀神を殺そうとした人々は、彼に虐殺される。これはこれまでの数十回の儀式で行われてきたことだ。だた一つ例外があった、最初の物語では、生贄の少年は井戸に落とされ、その後、村は血の海になった。そして、最も重要な一つ、夜刀神は、勝者の一つの願いを叶えられる。」【晴明】 「また最初の祭祀を振り返ってみよう……流れは何回も説明した。都合がいいのか悪いのか、生け贄の対象は一人の少年だった。知恵、思考、憎悪、会話の要素が揃った。霊性の血として、年齢的にまだ成長の余地はあるが、儀式には十分だ。そして夜刀神は村人の呼びかけに応じたかのように目覚め、最初の儀式が終わった。続いて二つ目の儀式、遊びと言ってもいいだろう、その勝利者は最初から決まっていた。」【吸血姬】 「あの生け贄の少年……なの?」【晴明】 「ああ。井戸に突き落とされた少年は、「まだ生きていた」。孤立し、村に生け贄とされた者が、復讐を願わないと思うか?彼は願いの機会を得たことを知らなかった。二つの儀式は繋がっていて、彼は息を止める暇もなく………「夜刀神様、もし本当にいらっしゃるのなら、村の人々にも私のような苦しみを味わわせてください」……おそらくこんな風に、少年は願った。そして、夜刀神はその願いを叶えた。だから、この遊びの本質、夜刀神が誤魔化そうとする、本当の勝つ方法は…………「夜刀神を見つける」ことだ。」 |
推理(ネタバレ注意)
問い | 夜刀神は誰の体の中に隠れている? |
答え | お朝 |
霊感追跡「真相」
真相
真相 |
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【中禅寺秋彦】 「この遊びの本質は「鬼ごっこ」。それさえ分かれば、簡単な話だ。」【博雅】 「だから、一体誰なんだ?!」【神楽】 「私たちは村の外にいるから、本当の対象を知ることはできない。犯人候補は限られてる……多分、村にいる誰か。公開処決を積極的に進めて、自分を処刑に追い込む人かな。」【中禅寺秋彦】 「そう。夜刀神の目的は、知川久で長く語り継がれてきた「公議」を行うことだ。夜刀神が求めていることは、人々の「殺意」。村全体の殺意に迫られ、全員の刃を目の前にすると…「規則」の条件が満たされ、夜刀神は約束を守って返礼する。人々からの殺意をすべて返し、村全体を一挙に殺せる。そして、夜刀神のように規則を守る参加者は…おそらくこのような勝ち方がほしいだろう。最初のお遊びの勝者は、すべての人々の殺意に迫られて、それによって「夜刀神を探す」というお遊びに勝利した。では、最後のお遊びは、同じく村全員の悪意に迫られ、「殺戮のお遊び」で最終的に勝利を勝ち取れば、完璧に呼応できるのではないか。夜刀神にとっては、それが彼の美学に合っているはず。」【晴明】 「勝利の方法が分かった。次はこの中から、本当の夜刀神様を探し出すだけだ。」【小白】 「ちょ、ちょっと待ってください、セイメイ様!彼には他の抜け穴もあります!被害者の遺体に憑依していますから、たとえセイメイ様によって正体を指摘されても、すぐに抜け出すことができます……捕まえることができません!」【晴明】 「確かにそうだ……だが、結界の範囲は決まっている。そして、日中は飛縁魔が現れないこと、彼は恐らく一回しか憑依できないことを鑑みれば……彼が乗り換えられないように、被害者の身元を確認し、分類する必要があるだろう。後は、陰陽道で彼の存在を感知しながら、範囲を絞ればいい。まあ、夜刀神様はそんなことはしないと思うが……貴族たる者、常に優雅に振舞うものだ。ましてや、ここには「夜刀神」の後輩もいる……年長者として、若者の前では、お互い大人の分別を示すべきだと思わないか?……お朝さん?」【島村】 「な、何、お、お前が……」【お朝】 「…………」笑い声とともに、真っ赤な煙がお朝の体から立ち上り、晴明たちの前で、青年の姿と化した。【夜刀神】 「実に素晴らしい。晴明様、参りました。私は当然、陰に逃げ込むことしかできない卑怯者ではありません……負けを認めますので、ご安心ください。ですが、晴明様は如何にして私を見つけて、そして私だと断定したかについてご説明願えますでしょうか。私自身は概ね見当がついてますが……ここにいる皆さんは多分「真相」を知りたがっているでしょう。」【村人・男性】 「………………」【島村】 「…………ええ???」【吸血姬】 「……もう終わりでいいよね、晴明様?」【小白】 「こ、この人、きっと時間稼ぎをしています!」【晴明】 「そうだな。だが、参加者全員に、全てを知る権利があると思う。でなければ、わざわざこんな長い説明はしない。では、順序立てて、改めて真実を説明させてもらおう。祭典が始まった日、我々は村の入口で、祭典に参加したくないというお朝さんと出会った後、村に入った。その後結界が広がり、二つ目の遊びが始まった。ちなみに、結界はあってもなくても、遊びの展開に影響はない。一回目の遊びがそうだったように。ただ、皆が勝手に動いたり、途中から誰かが迷い込んだりしたら困る……と、夜刀神様は考えたのかもしれない。」【夜刀神】 「まるで私がここにいないかのような表現はよしてください、晴明様。しかし、おっしゃる通り、隔絶した空間を作らなければ、遊びの途中でやめる人や途中参加する人が出てきて、完全な遊びを楽しめなくなります。それは私が望む遊びではありません。」【晴明】 「ああ、つまり、夜刀神様は結界を張り、範囲を決めた後、遊びを始めた。その日の夜、飛縁魔が現れた。前から遊びの正体を知っていた葛山村長と、準備してきた島村殿は情報の信憑性を確認できて、大いに興奮した。初日の夜の危うい実験と翌日の昼間の交流を経て、二日目の夜から、遊びが本格的に始まった。お朝さんは昼間に精神状態が不安定になり、去ってしまった。夜は完全に一人になり、相当不安だったのだろう。その時、葛山村長に唆された蜜乃さんが、会って話したいと彼女を誘った。妖怪の子供の弁明にしろ、助け船にしろ、一人でいるより二人でいるほうがましだ……そう思ったお朝さんは蜜乃さんに会いに行ったが、殺されてしまった。彼女が、この連鎖における「最初の」被害者だ。それと同時に、島村殿がある村人に対して「試験」を行った結果、本当に飛縁魔から攻撃されなくなったと気づき、安心して村の中を探索し始めた。いまさらだが、島村殿は素晴らしい強運の持ち主だ。休息中の強盗も、夜刀神様が一時的に宿っている人も、見事に外れた……その時の夜刀神様は、まだ誰にも憑依していなかったかもしれないが。規則の有効性をまだ完全に確認できていない状態で、彼は飛縁魔の狩猟範囲で活動するようになった。」【小白】 「……葛山でも誰かを替え玉にして試したのに……」【島村】 「そ、その目はなんだ!」【小白】 「あなたを小馬鹿にしている目です!」【晴明】 「あちこちを動き回っていた島村殿は、葛山村長が蜜乃さんに手を下すところを目撃した。葛山はなぜこの時、いつも自分と阿吽の呼吸だった蜜乃さんを狙ったのか。考えられる理由は二つある。一つ目は、これは一人しか生き残れない遊びだと知っていた。二つ目は、自分が生贄として捧げた妖怪の子供が認められていないことに気づいた……恐らく、その時飛縁魔に襲われたのだろう。その場にいた三人のうち、島村殿と蜜乃さんが条件を満たしていた。残ったのは条件を満たしたと思い込んでいた葛山……取り乱した彼が軽率な行動に走ったのも無理はないだろう。規則の記述自体は間違っていなかった。実際、妖怪の霊性でも十分夜刀神の注意を引く力がある……多少弱くとも、子供の純粋さがそれを補うだろう。しかし、その時は少し違った。あれは夜刀神様が予定通りに祭祀を行うべく、わざわざ飛縁魔に生ませた……或いは、分裂させた妖怪の子だ。実際、祭祀は最終段階に差し掛かっていた。血の霊性が多少足りなくても……そればかりか、生贄がなくても、夜刀神は自由に呼びかけに応えることができるだろう。」【夜刀神】 「あ、生贄はないと困ります……これでも貴族なので、登場があまりにみすぼらしいと、舐められてしまいますからね。」【晴明】 「だが、飛縁魔の命も認められるとは、どの規則にも書いていないだろう?」【夜刀神】 「まあ、自分の侍女が贈り物として差し出されるのは、いささか変な気分がしますからね。」【晴明】 「「贈り物」か……私はそう思わないが、この話はおいておこう。飛縁魔にいきなり攻撃され、慌てて蜜乃さんを手にかけた葛山が、彼女を人気のない場所に捨てた。葛山村長も、強奪の類いを経験をしてきたのだろう……だからきっと蜜乃さんの呼吸が完全に止まったことを確認してから、その場を去ったに違いない。その時になって初めて、島村殿が出てきた……残念ながら、霊視の力がない彼には、その体に入り込む夜刀神様が見えなかった。だから、蜜乃さんが目を開けた時、彼は大いに驚いた。」【島村】 「………………」【夜刀神】 「ああ、それからは簡単だった。私は蜜乃さんの姿になり、翌日、つまり三日目を迎えて、皆の前で葛山村長の犯行を指摘した。」【島村】 「あ、あれはお前だったのか?!全部お前だったのか?!」【夜刀神】 「そうです。その節は大変お世話になりました。とにかく、その日の夜、葛山が再び私に……蜜乃さんに手を下したのです。私としては、きっちり返礼する必要がありました。残念ですが、葛山は一般人にしては戦闘力が高い方であるとはいえ、やはり駄目でした。」【晴明】 「毒を使ったのも、お朝さんを攻撃の的に仕上げ、合議のきっかけを作るためだった……実際あの時、私も彼女を疑った。」【夜刀神】 「「あの時」も、「今」も、本質は同じ……鍵になるのは結局、この私ですから。」【晴明】 「そして、夜刀神様は蜜乃さんの体から出た……もう二度と入れない体とはいえ、まだ他にも用途があった。葛山村長の体に入る前に、夜刀神様は憑依する前から持っている権力で、飛縁魔を指示し、或いは操って、蜜乃さんの体を毀損してから、広場に投げた。あなたは「集まる」ことを習慣づけて、「公議」させることの重要性を知っているからだ。あなたの戦術に関する話はこの辺にしておこう。とにかく、あなたの計画は順調に進み、葛山村長が最後の役割を果たしてくれた。その日の夜、あなたは彼の体を離れ、葛山が亡くなったことを公にした……表面上の指導者を失った村を、徹底的に混乱に陥らせるために。そして新たな攻撃を迎えるために、既に用意しておいた、初日の被害者……お朝さんの体に入った。」【夜刀神】 「真に不憫な子です。この村では、彼女が一番純粋で心優しかった。でもきっと、だからこそ、彼女が一番最初に殺されました……島村殿や他の者が行動するよりも前に。うちの子たちが今までやってきたことも、概ね把握しています……」【島村】 「や、やはり他にもやられた人が……」【村人・女性】 「………………」【小白】 「……島村は羊小屋に入り込んだ狼だと思っていましたが、虎の山に迷い込んだ兎だったんですね……」【晴明】 「これで一通り、時間軸の整理ができた。答えも案外簡単なものだ。二通りの推理から、同じ答えを導くことができる。「二回以上死んだ」人を探し出す。ちなみに、島村殿が強い村人に狙われて命を落とさなくて済むように、私も少し努力した。」【小白】 「小白は手記を取りに行っただけではないんですよ!あなたが生きているかどうかも確認しました!小白に感謝してくださいね!」【島村】 「……………………な、何なんだよ……」【晴明】 「しかし、島村殿の証言のお陰で、公議の時から既にお朝さんに……或いは、お朝さんのふりをして、自分を処刑するよう村人たちを誘導していた夜刀神様に気づいた。」【小白】 「……確かに、夜刀神はいくら何でも、あれほどまでに死を恐れる様子を見せることはないでしょう。」【吸血姬】 「今にも気絶しそうな顔。」【晴明】 「さあ、これで全ての真相を整理した。そろそろ結界を解除してもらえるかな?ああ、これは私の「願い」ではない。嫌なら、客である私が代わりに解除しても構わないが。」【吸血姬】 「……あ……あっち……その必要はなさそう……」【博雅】 「や、やったか……晴明!!無事か!!あ、犬っころと吸血姫も!!!!この野郎、お前が夜刀神だな!」【夜刀神】 「やれやれ、主催者としての風格を見せたかったが、客人がこうも積極的とは。どうやら私は、主人としてのおもてなしが十分にできていなかったようだ。こちらの方が博雅様ですね?」【博雅】 「ふん!」【夜刀神】 「では、こちらが神楽さんですね?」【神楽】 「……」【夜刀神】 「そして花開院様の遺志を継ぎ、この世にやって来られた中禅寺様ですね?」【中禅寺秋彦】 「いかにも、この目で夜刀神の姿を見ることができて、僕は驚喜しています。」【夜刀神】 「さすがは花開院様が見込んだ人だ、風格がある。」【小白】 「博雅様は風格がないって言ってますよ!」【博雅】 「なんだとこの犬っころ!!!」【夜刀神】 「皆揃っているし、ちょうどいい。晴明様、どうぞ願いを。すぐに願い事をしなかったのは、中禅寺様と相談してから決めたかったからかな?この世がどれだけ良くても、あの世とは違う。」【晴明】 「……中禅寺殿……」【中禅寺秋彦】 「いえ、そこは考えるまでもない。何しろ、私をここに導いてくれた陰陽師の「先輩」は、多くの規則を知ったとしても、あなたと言葉を交わしていたうちに、あなたの思い通りに言葉の罠にはまってしまったから。夜刀神さんのような「正直者」にとって、騙されないための一番の方法は、「無視する」こと。」【夜刀神】 「人の心を惑わす悪党みたいに言い方をすんなよ。だって、騙すことに長けているのは人間なんだから。あなたが知っているように、私は嘘をつかない。」【中禅寺秋彦】 「ああ、でもやはり、噓つきのほうがマシだ。嘘を暴くのは簡単だからなぁ。事実と異なる矛盾を見つけ出し、取捨選択して比較分析するだけで、自然に解決できる。しかし、「嘘をつかない」やつが一番手強い。何を隠しているのか、何のために隠しているのかがわからないからだ。内容、動機、目的、理由ーー「見惑」と「思惑」、不確定と確定、無数の可能性が目の前に浮かんでいる。それに引き寄せられると、果てもしない悩みの地獄に陥ってしまう。その悩みを解消するために最も有効な方法は、本来の姿に戻ること。それで知恵が出て、真実を見抜くことができる。一つ目の規則に含まれた暗黙の条件のように、「夜刀神にできること」が前提になっている。もしできないなら、願い事を続けてもいい、とは言ってなかっただろう?」【夜刀神】 「そんなことは言っていないよ。晴明様は好きなように願えばいい。私が全力で叶えましょう。」【中禅寺秋彦】 「否定もしない、肯定もしてない。これこそ言葉の罠だよ。来たばかりの頃、晴明殿は怨霊が自分の目的を果たすために「常識を越える」こともできると言った。言い換えれば、たとえ晴明殿が私を帰らせると願いを言い出しても、「常識を超えすぎてできない」と言って、その場を立ち去ることも十分に可能ではないか。」【博雅】 「夜刀神…お、おまえ、陰険なやつめ!」【小白】 「ずるいですよ!!」【晴明】 「やってみてもいいよ、中禅寺殿。この陣法が完成しない限り、まだ「準備中」の儀式を解除することは可能だ。おかげさまで、この最後の釘をこじあけたら、私も浄化の仕事ができる。願いごとなど必要はない。」【中禅寺秋彦】 「ご厚意に感謝する。しかし、やはり仕掛けた張本人が手を出すほうが早いと思うが。ーーそれに、はっきり言うと、少なくとも今のところは、あまり帰りたくない。」【小白】 「な、なぜですか?!中禅寺様は、元の世界に戻りたくないのですか?」【中禅寺秋彦】 「えぇ、『今昔百鬼拾遺』も『百物語評判』も何百回も読んだ。それよりも、妖怪の「本質」を目で見られるほうが、遥かに魅力的なのではないか。」【小白】 「でももし中禅寺様が二度と帰れなくなりましたらどうーー」【中禅寺秋彦】 「扇子の怨霊の仕業なんだから、祓う方法はいつか必ず見つけられる。それまで、お話のあった寮の蔵書にも興味があるし、晴明殿に教えていただきたいこともたくさんあるのだ。でも今は、まずは晴明殿が願いをかけてください。」【晴明】 「わかった、中禅寺殿、礼を言う。夜刀神、水脈を汚染される前に戻してくれ。」【夜刀神】 「わかりました、ご安心ください。これ以上言葉遊びはいたしません。大勢の前でしつこく交渉するのは、余りにも品がありませんから。」赤い光とともに、地下から地脈が轟音が聞こえた後、巨大な影が人々の前に現れた……【飛縁魔】 「…………ぐおお…………」【博雅】 「貴様、何をしやがった?!神楽、中禅寺様を連れて隠れてろ、村人たちも……この妖気!強すぎる……」【神楽】 「分かった、任せて!」【夜刀神】 「ああ、すみません。まだ話していませんでしたか?てっきり、晴明様はもうご存知かと思っていました……最初に封印を解かれたとき、私は小さな気配でしかありませんでした……ですが祭祀が繰り返されるたびに、私の力は漲る水のごとく、どんどん大きくなりました……この遊びが終わる時、水脈は全て繋がって、途轍もなく大きな流れになるばかりか、各地で大きな赤月結界が張られる可能性もある……その時、結界内の遊びの規則も緩くなります。」【晴明】 「厳しい規則にしたのは、勝利によってより大きな見返りを手に入れるためだった。これが祭祀の等価交換だな。」【夜刀神】 「ご理解が早くて、本当に助かります。では、私は遊びに負けました。勝者である晴明様は、水脈の汚染をやめるように願いました。つまり「お前が水脈に入れた余計なものを分離しろ」と!ですから、確かにそうしました……これが、その余計なものです。」【飛縁魔】 「…………ぐおお…………」【夜刀神】 「さきほど申したように、私は言葉遊びも、小賢しい真似もしません。」【夜刀神】 「晴明様は願いの中で、この余った力をどうするかについては言及されませんでした。でもきっと、「その力を全て吸収し、かつてない大きな流れとなれ」という意味ではないと思います。そうでしょう?」【博雅】 「……そんな意味じゃないに決まってるだろう!ていうかそんな風にも理解できるのか?!」【小白】 「油断したらすぐこの人に隙きを突かれますよ!!!」【博雅】 「狡猾な妖怪め!こんなに沢山の人の命を……」【夜刀神】 「博雅様。私からすれば、これは全く根拠のない非難です。思い出してください。今まで私自ら命を奪った人間は一人もいません……遊びの外で、規則に縛られていない時も、自ら手を下したことはありません。正確に言えば、たとえ規則のない結界の外でも、私は常に結界内の規則に従っていました。妖怪はいわずもがな、人間でも、このような行いは、修行に専念する高僧並みでしょう。」【博雅】 「お前の侍女、飛縁魔が大暴れしているだろうが!」【夜刀神】 「それは私が指示したわけではありません……命令したとすれば、せいぜい「余り人目に触れるな」くらいです。こちらの少女がそれを証明できるはずです……私の侍女とはいえ、その本質は私から分離した霊性の血にすぎません。しかし、私たちの間には根本的な違いがありました……蜂蜜と蜂蜜水が違うように。私は長年封印されていても、活動することはできます。しかし彼女たちは常に力を補わないと干からびてしまい、灰になってしまいます。いけない、話がずれてしまいました。つまり、私が彼女たちに指示したのは「あそこに行きなさい」や「持ってこい」という程度のものでした。たとえ霊性が高く、知恵のある子たちでも、私は一つ二つ簡単な指示を出すのが限界です。ほとんどのものは「そこで待ちなさい」という類のものでした……ですが、彼女たちが本能に抗えないのは仕方がないと思います。例えば子供を分裂して、霊性を失ったら……もう私の制御できるものではありません。」【博雅】 「どっちにしろ、お前が沢山悲劇を生み出したことには変わりない。祭祀の中でも外でも、お前は意図して悪事を行ったのではないか?」【夜刀神】 「……厳密にいえば、私に「意図」などありません、博雅様。もちろん、人の体に入れば、相手の感情を知り、それに相応しい演技もできます。人の体にいるかぎり、私のしてきたことは全て、その者が生前口にできなかった「真実」でした。ですが……かといって、私自身に「好き嫌い」、或いは「愛や憎悪」といった感情があるわけではありません。だって、感情なんて「何の意味もない」ものでしょう?」【博雅】 「お前……だから、本当は遊びに負けてもよかったというのか?!」【夜刀神】 「勝敗を問わず、結果を素直に受け入れる。これが遊びの「前提」ではありませんか……勝ちたくないと言ったら嘘になりますが、そのために負けの存在を否定するようなことはしません。どんな変化も楽しみますし、どんな結果も喜んで受け入れます。結果、博雅様が仰るような悲劇が生まれてしまったのは、「残念ながら悲しい結末になった」だけであって、「夜刀神が好んで悲劇を生み出した」からではありません……この二つの違い、くれぐれもご理解ください。」【小白】 「……小白にはもう何が何だか……」【晴明】 「…………」【夜刀神】 「どうやら、私の意図にはもう概ねお気づきですね?」【博雅】 「晴明、こいつはまた何を企んでんだ……やつに言いくるめられるなよ!」【晴明】 「心配無用だ、博雅……夜刀神様に騙されないよう努める。だが、恐らく私は「彼の思うつぼ」になるだろう。」【小白】 「ど、どういう意味ですか。呪われてしまいましたか、セイメイ様!」【晴明】 「そうじゃない……実は、さきほどの夜刀神様の「自己紹介」で、いくつかの謎が解けた。それによって、最後の疑念を晴らすことができた。妖気を吸収し、修行と歳月を積み重ねることで強くなる通常の妖怪と違って、夜刀神様の力は「組み立てられて」できるのだ。生き物の血が彼の肉体、「性」になり、そして生き物の霊性が彼の知恵、「霊」になる。彼は遊びや召喚による祭祀のたびに、力を得て強くなってきた。それは水が水と混ざりあって小さな川となり、小さな川が合流して大きな川となるようなものだ。」【博雅】 「だからこれほど……強くなれるのか?」【晴明】 「ああ。ついさっき、性と霊以外に、もう一つの根源が必要だと気づいたんだ。「流動」、つまり「行」だ。これが彼の生き方でもある。今まで陰陽師たちは簡単な封印で彼を容易く封印でき、彼も抜け出せなかった。なぜだろうか。それは……水脈に繋がっていない井戸と、流動しない水では意味がないから……そうだろう?……それがお前が規則を決め、規則通りに行動する理由でもある。継続的且つ安定的に流れるには……正しい「方向」が必要だ。違うか?」【夜刀神】 「ええ。さすが晴明様……その通りですよ。これからの部分は人に語ってもらうのはも失礼……というより、余りにも恥ずかしいので、私の方から言いましょう。簡単に言えば、封印が解かれた後、ある神様のお助けをいただきました……礼節を守るため、ここではあの方のご尊名を伏せておきます。当時の私は極めて弱い存在でした。一日も早く強くなりたいと思って、祭祀を行うことにしました。あの方は何というべきでしょうか。大変優れた才覚の持ち主で、祭祀を点として、法陣を構成し、もう一度祭祀を行う方法を思いつきました。私にとっても、より多くの水脈を手に入れることは素晴らしい経験でした……少なくとも途中までは。ある日ふと気づきました……あの方は、少々やりすぎではかと……」【博雅】 「…………やりすぎ?」【夜刀神】 「文字通り、やりすぎです。法陣を半分まで構築した頃、ある遊びの途中、結界はもう少しで私の力を抑えられなくなるところでした……あれは「規則」ですよ?もう少しでみっともないことになるところでした……とにかく、あの遊びの後、私なりに調べました。すると……いつの間にか、「血」の力は「霊」がほとんど制御できないほどに強くなっていました。……それに、水位がどんどん高くなったせいで、水路の水がほとんど流れなくなってしまいました。肥満している人の動きが遅くなる、或いは深い湖がほとんど波打たないのと同じでしょうか……実にお恥ずかしいです。」【博雅】 「ならば、その時に祭祀をやめればよかっただろう?」【晴明】 「……それはできない。むしろ、やめなくてよかった。博雅、考えてみろ。警戒水位を超えた溜池の堤が決壊すれば、どうなると思う?」【博雅】 「……ああ!洪水……か……」【晴明】 「おそらくは、禍々しく、霊性までも飲み込み、周囲の大地を席巻する赤い怒涛だろう。」【夜刀神】 「その通りです……そうなれば、確かに強くはなれますが、同時に「我」を失ってしまうでしょう。こう見えて、己のことはよく分かっています。たとえなんとか生きているような状態になっても、私の生命の基本は、やはり中核にある「霊性」なのです。生きるために必要な「血」は、逆に少しだけでいい……あれはあまりにも荒々しく、生まれつき互いを飲み込む本能を持っています。だけどそれは仕方のないことでもあります。水と水が合わされば、必然的に一つになりますから。普通の河川ですら、私に汚されてしまいます。ましてや、私の本体とこの力とは、表裏一体です。」【晴明】 「だから、千景祭の時には、花開院のためにわざと便宜を図った……」【晴明】 「表向きには規則を破ることができなかったとはいえ、まるで「敗北」を望んでいるかのような行動を取った。」【夜刀神】 「そうです……あの時は、あと少しで相手が勝つと思ったら……間違った方向にいってしまって。とても複雑でした。」【博雅】 「……お前が相手が誤解するように誘導したんだろうが!負けたければ、最初から真相を打ち明ければいいだろう?!」【夜刀神】 「遊びにおいて、「負けたくない」という気持ちは、相手への最低限の尊重でしょう。私はいつも、最初から本気を出すんです。それに、私の発した言葉は全て「本当」で、嘘偽りは一切ありません。偶に「真偽不明」な言葉も口にしましたが、それはあくまで「推測」と「仮説」ですから。その場合、必ず言葉をあやふやにせずに、「あくまで推測だが……」という風に前置きを入れます。」【小白】 「そんなの、逆に信じたくなっちゃうじゃないですか!」【夜刀神】 「それに関して、私にはどうにもできません……保証できるのは、前置きを入れなかった時の言葉は全て「真実」であるということだけ。」【晴明】 「最も完璧な嘘は、無数の真実によって築き上げられるものだ。」【夜刀神】 「本当に晴明様は、時々耳の痛いことを言いますね……いいでしょう。先ほどの話の続きに戻りましょう……いずれにしても、これが間違いなく最後の祭祀……或いは、遊びです。ただ、皆さんがここで私に勝ったとしても、この荒波に含まれる私の「血」を倒さない限り……恐らく今までと、結果はほとんど変わらないと思います。もし皆さんが勝てば、この荒れ狂う怒涛を止められるかもしれませんが……皆さんが破れた場合、この結界が私の体に戻った瞬間、私も波に飲み込まれ、永遠に消えてしまいます……その時、この制御を失った血と水はどこに行きつくでしょう。遊びが始まる前に、危険な敵が現れることを感づいていました。今回は本当に、一人しか生き残れないかもしれません……私の予感も、結構当たるものですね。」【博雅】 「これは全て、お前を解放したやつの計算だと思ったことはないか?」【夜刀神】 「つまり、私が災厄になることを望んでいたということですか……ふん、もしそれで恩返しができるなら、私は別に構いません。」【博雅】 「お、恩返し?!」【夜刀神】 「そうです。あの方の助力があったお陰で、長い束縛から解放され、体を伸ばすことができました。この御恩は、必ずお返しします……この理性がある限り。」【晴明】 「虫のいい話だな。」【夜刀神】 「何しろ、本当に暴走した場合、「私」はもう、御恩を覚えている「私」ではなくなりますから……そうなった場合の覚悟はできています。暴走する怒涛と化した以上、切られても、焼かれても、文句はありません……こんな私でも受け止めてくれるなら、私としては拒みません。」【博雅】 「ちょ、ちょっと待て!もし相手が嫌がった場合……或いは、受け止めなかった場合、それは相手の問題であって、恩返ししなかったわけではないと言いたいのか?」【夜刀神】 「はあ、そんな風に言わないでください、博雅様。私はそんな卑怯者ではありません。それに、博雅様が仰ったように、完全に暴走した私に起因する大きな災いこそが、あの方が望んでいる「恩返し」かもしれませんよ?」【博雅】 「………………貴様!」【夜刀神】 「いずれにせよ、一番理想的な状態は、私が望み通りに「負け」て、遊びの相手が私に勝つだけでなく、私が切り離した、とんでもない重荷になっている力にも対処できること……そうなった場合、私に残る力は十分の一未満になります。遊びに負けたうえ、やり直す力もなければ、恩返ししようにもできなくなります。そうなれば、さすがにあの方も恩を返せとは言わないでしょう。窮地に立たされた人を追い込むな、と言いますよね……?」【博雅】 「誰が窮地に立たされたって?!」【夜刀神】 「それに、何といっても私の恩人です。私たちの間にあるのは「恩情」であると、あの方も言っていましたし……債務を取り立てるようなことはなさらないでしょう。あ、ご安心ください。相手のご好意に少々甘えていますが、恩を返さないとは言っていませんよ?それはずっと覚えていますし、恩返しのことを一刻も忘れていません。利子もちゃんと計算しています。」【博雅】 「……り……利子……」【夜刀神】 「そうです。利子まで計算しているんですから、「少しだけ」恩返しを先延ばしにしても、あの方は怒らないでしょう……妖怪は人間と違って、基本的に数十年から数百年単位で時間を計算しますから。十年、二十年遅れても、それは人間が数時間遅れたのと同じ感覚……そうでしょう?」【博雅】 「………………なんというか、両方とも人でなしだが……黒幕よりも、お前の方がおぞましい!」【夜刀神】 「ああ、それは良かったです。私の恩人の、人々からの評価を少しでもいい方向に向けさせることができるなら、この身を犠牲にすることも厭いません。これも一種の恩返しでしょう……素晴らしいご発想、ありがとうございます、博雅様。」【博雅】 「………………こいつとこれ以上口を利きたくない。晴明!何を言っても勝手に解釈されてしまう!」【小白】 「……小白もさすがに今回は博雅様をからかえません……本当に、嫌な人ですね。」【晴明】 「落ち着け、博雅、小白。これ以上彼と話すな。さっきも言ったように、夜刀神様のような方への最も手っ取り早い対処法は……聞かず、話さず、やりたいことをやる。それで十分だ。」【神楽】 「うん、今までと同じ。お兄ちゃん、小白、あんまり悩まないで、突き進めばなんとかなる。」【博雅】 「……び、微妙に慰めになってない気が……」【晴明】 「雑談はもう十分だ。博雅、神楽……小白、戦いの時だ。」【夜刀神】 「皆さんのご武運を、心から祈っています。ぐおお……」 |
終章ストーリー
終章ストーリー
終章 |
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最後の術が発動した後、天を仰ぎ断末魔をあげた妖魔の気配が少しずつ弱まっていく……【博雅】 「……はあ……はあ、ついに勝った、手強い敵だったぜ!」【夜刀神】 「博雅殿にお褒めいただき、実に光栄です。」【博雅】 「……ふん、俺に言わせりゃ、お前の価値はこいつ以下だ。いつだって貴族ヅラして、偉そうで、わがままで……」【夜刀神】 「それは、「私」へのというより、博雅殿の「貴族」への偏見では……」【博雅】 「それもくそもあるもんか、お前と貴族への偏見に決ま……違う!偏見じゃない!」【小白】 「気に食わないんですよ!」【博雅】 「それだ!仰々しく振る舞うお前らが気に食わないんだ!」【夜刀神】 「では、説明しなければいけないようですね。さて、博雅殿もれっきとした貴族ですが、自分が人の上に立つ人間だと思っていますか?」【博雅】 「……なわけあるか!」【夜刀神】 「そうなんです……貴族という存在は、生まれながらにして特別な身分、あるいは「特権」を持っています。同時に、身分や特権を賜ったのは他でもない、彼の身分と共に存在する「規則」なんです……これは私の生き方に似ていると思いませんか?公平を図るが故に、遊びの参加者として、私は規則と自身の存在を全て隠すわけにはいきません……ですから、自己紹介において、個人の特徴を「貴族」の二文字で表すのは、適切だと思いますが?」【小白】 「「神」の方が良くないでしょうか?名前だって「夜刀神」じゃないですか!」【夜刀神】 「「神」はあくまでも他人が私への敬意を示すための呼び名にすぎません……度の過ぎた褒め言葉を真に受けるほど、自惚れてはいません。謙遜も、貴族が身につけるべき美徳の一つです。白蔵主殿も、ずっと白狐の姿と小白という名前を貫いています。これも貴族の流儀だと言えるのでは?」【小白】 「え……あ……そ、その……まあ、一理……」【博雅】 「小白!!騙されるな!」【夜刀神】 「それに、貴族と神の間にははっきりとした違いがあります。貴族を誕生させ、貴族に力を分け与えるのは、貴族自身が定めた「規則」なんです。従って、貴族は規則に縛られながら、規則がもたらす特権を享受しています。そして同時に、規則の守り手でもあります。本能を抑えつけ、好きに行動できない代わりに、褒美が用意されています。そして褒美を欲しがるゆえに、また本能に抗い、全てを守ろうとします……大変素晴らしい循環ではないでしょうか?しかし神は……もっと超越した、もっと「理不尽な」存在です。「雨が見たい」、故に雨が降りました。「雪が降れば強くなれる」、故に強くなりました……神々は規則そのもの、あるいは、神々の規則は「本能」そのものと言うべきです。……だから、神でいるより、貴族でいる方が好きなんです。なぜならば、私はどうしようもない存在ですが、そこまでどうしようもない存在ではないからです……冗談です。」【晴明】 「その話だが、気のせいでなければ、夜刀神様は……人間を気に入っているのでは?普通、あなた様のような妖怪……または神様は、妖怪の肩を持つもの。」【夜刀神】 「以前の生贄の中には、霊性溢れる妖怪がいたこともありました……かつて尊敬していた神、私の恩人に会いました。なんというか、一番強い気持ちは……「強烈すぎる」でした。例えば、人間は甘さや塩辛さを好みますが、口いっぱいに飴や塩を頬張ることはないでしょう?全く混じり気のない物や味には、不快感を覚えてしまうものです。人間とは、たくさんの味が混ざったようなものです。全ての味を少しずつ、多すぎないように……なのでとても「複雑」です。人間が好きというより……複雑なものが好きと言うべきですね。複雑さは隙や変化を生みます。それが混じり合うと「可能性」が生まれるのです。人間は損益の選択を行い、何かのために別の何かを捨てます。未来の可能性の分岐点で、迷うのです。彼らの血肉に根差す本能と、霊性に宿る知恵は、制し合い、混じり合い、導き合うのです。故に、その殻を割った時、とても芳醇な味わいを楽しむことができます。しかし妖怪や怨霊は違います……さっき言ったように、「神」の本能は規則そのものです……恨み、怒り、愛、悲しみ……彼らの本能は霊性であり、霊性は本能から生まれるものです。強い感情より生まれ、欲求を満たすことだけを望みます。そこに循環は生まれず、全てがたった一つの目標を指しています。まるでまっすぐに放たれた矢の如く……まるで混じり気のない調味料のように……なかなか喉を通りません。そうでしょう?」【晴明】 「だが、気になる点がある……もし夜刀神様が、血の狂乱は制御できないから捨てるというなら、「霊性」はどうなっている?さっきの戦いで、相手はすでに奔流と化したが、まだ「夜刀神」の術と力を使うことができている。夜刀神様なら、もっと精密な分割、例えば霊性を独占し、余った力だけを捨てることも、可能なはずでは?」【夜刀神】 「その通りですが、「血」が多すぎると「流れる」ことができなくなるように、「霊」が多すぎると、私は「自由」を失うのです。私の理想の状態は、適度な規則の中で抜け目を探し出し、限られた自由を楽しむことです。あまりにもたくさんの霊が集まると、全て決まってしまいます。次にどんな思考と探り合いが現れるのか、未来はどんな結末を迎えるのか、全て見えてしまいます……例え勝利できたとしても、何の意味もありません。ただ手順通りに果実を摘み取るだけです。敗北という引き立て役を失った勝利は、ただの「結末」にすぎません。敗北の「可能性」すら消えてしまえば、勝利を追い求めることは無意味にも等しい。様々な理由によって、私は得することも、損することもします……しかし「無意味」なことはしません。なぜなら、私を突き動かす全ての動機は、私の本能によるものですから。それらが絡み合い、ぶつかり合う。そして私はそれを整理し、順番に、手順通りに行動します。私の生存は、「私」を確立させた上で、「生存」を定義します。そして私の強さは、どの方面の強さなのかを見極めねばなりません。水路のように、予め方向、曲がり角、容量を定めるのです。いわゆる人生について考える楽しさというのは、これに尽きるでしょう。」【晴明】 「つまり、夜刀神様は本能に駆られて得することをし、そして別の本能に駆られて損することをするのか……なるほど。」【博雅】 「ってことは、お前はこの前言ってた本能のままに行動する妖魔と、同じじゃねえか!」【夜刀神】 「違うとは、一言も言っていませんよ。足りないからこそ、色んな方法で追い求める……その甘美な複雑さを真似るのです。」【博雅】 「そのためなら、長年蓄えた力も知恵も捨てられるのか?長年繰り返したのは力のため、厳しい規則も力の制限のためと言っているが…………お前はただ、「面白い」ことを求めているだけなんだろう?!」【夜刀神】 「あっ……はははははは!」【博雅】 「何がおかしい!」【夜刀神】 「いいえ、とても「嬉しい」のです……もしかしたら博雅殿こそが、私の知己かもしれません。こうしてみると、あるいは私の本能が求めているのは……初めから生存、強さ、自由などではないのかもしれません。ただの「愉快さ」……ということもありえますね。やはり、とどのつまり、私は本能に突き動かされる……ただの妖魔でしかない。」うねる赤い流れが混じり合い、蛇の群れのように一箇所に集まった。狂う浪は咆哮を上げ高く渦巻き、鋭い角のようだ。無情に、生き物が必要とする全て……血と知恵を呑み込むその姿は、まるで貪欲な狼だった。善悪の区別がなく、ただ本能のままに、喜びを追い求めながら生存している。気ままに虫を踏みつぶす子供のように、残酷な純真さで。目に映るものから生じる迷い、思考から生じる迷い、様々な迷いが混ざり合う。夜刀神という名の、貴族を名乗る妖魔は、日の光の中で「自分」の死体を眺めながら、心底愉快そうな微笑みをこぼした。【夜刀神】 「では、遊びは終わりだ。おめでとう、今回は、そなたたちの勝ちだ。」【晴明】 「やっと一段落ついた。中禅寺殿、我々と共に都に戻らないか?」【中禅寺秋彦】 「では、晴明様のご厚意に甘えさせていただくとしよう。」【博雅】 「お前のおかげで助かった、ご馳走させてくれ!」【小白】 「くんくん……」【神楽】 「小白、どうしたの?」【小白】 「何か、焦げたような匂いがしませんか?……ち、中禅寺様からの匂いです!」扇子が燃え、眩しく光ると、異界の陰陽師の姿は消えてなくなった……「ふう……ふう……」」【中禅寺秋彦】 「まったく、人の上で寝るな。」【旁白】 「石榴は大きなあくびをすると、しぶしぶ体を動かした。中禅寺は手のそばにある本に気づいた。」【中禅寺秋彦】 「「常陸国風土記」を読んでいる途中で寝てしまったのか……長い夢を見ていたようだ。もう覚えていないが、良い夢だった気がする。」中禅寺秋彦が急にいなくなり、皆しばらく混乱していた。【博雅】 「とにかく、村人たちはもう全員連れていった。後でゆっくり白黒つけよう。それと、祭典に全てを賭けた島村……今は帰る場所もなくなったんだ、牢獄に入れるだけありがたいと思え!」【神楽】 「晴明、中禅寺様はもう帰ったの?」【晴明】 「ああ、夜刀神が負けを認めた時、花開院殿の恨みも晴れたのだろう。異なる世界は互いを引き寄せるかもしれないが、斥力も想像以上に強いようだ……元の世界に帰った中禅寺殿は、ここにいた時のことも忘れてしまうだろう。」【神楽】 「……そっか……少し寂しいな……色々聞きたかったのに…………あれは?」白い服の妖魔が井戸のそばを徘徊している。【博雅】 「まだ残っていたとは……いや、前に捕まえたやつか?」【神楽】 「うん、私が霊媒の術をかけた。すごく弱ってたから……もう消えたんだと思ってた。私たちと一緒に、ここに戻っていたなんて……」飛縁魔は井戸の上で長い鳴き声を上げた後、赤い霧となって消えた。【神楽】 「……あそこは……………妖魔の子供が、生贄にされた場所……?」晴明は、ずっと待っていた吸血姫に、夜刀神を紹介した。【吸血姬】 「……始祖……いいえ、夜刀神様。」【夜刀神】 「ああ、そなたか……以前、夜に会ったことがあるね。夜遅かったから、挨拶しなかったけど……そなたはまさか……ある飛縁魔の子孫なのか?」【晴明】 「分からないのか?体がなくても、君は飛縁魔を見分けられるはずだ。それに、飛縁魔たちを吸収することもできる。」【夜刀神】 「ああ、あの子たちも「霊性の血」と言えるからね……しかし、本質的には、私たちは異なる存在だ。諸君は先程、狂乱状態の私と戦っただろう?我々のどちらかしか、存在することができないんだ。でも彼女たちがどれだけ強くになっても、私の代わりになったり、私の制御から逃れたりすることはできない……」【晴明】 「彼女たちの核となる「霊性」は、実は君のものだからか?つまり、飛縁魔は血の狂乱のなすがまま……「無我」の獣ということか……」【吸血姬】 「………………」【夜刀神】 「まったくその通りだ、さすが晴明様。前にも言ったように、私と飛縁魔は、蜂蜜と蜂蜜水のような関係だ。しかし、お嬢さん、そなたは全然違うよ。」【吸血姬】 「…………え?」【夜刀神】 「……例えるなら、そなたは蜂蜜を塗ったお菓子だ。確かに私の力が混ざってはいるが、そなたはまったく別の妖怪だ。」【吸血姬】 「……で、では、私の母がどこにいるのか、ご存知ですか?」【夜刀神】 「ああ、もうこの世にはいないね、彼女の霊性はそなたが持っているもの。」【吸血姬】 「!!!」【夜刀神】 「彼女たちはそういうものだ。生霊とも言えない「造物」、差し出した霊性を補充しなければ、滅びてしまう。」【博雅】 「……お前!もう少し言い方ってもんがあるだろうが?!」【夜刀神】 「いや、私は真面目に説明しているよ。」【吸血姬】 「……」【夜刀神】 「もしそなたの母君がまだ生きていたら、彼女を吸収すれば彼女の過去を読み取ることもできる……普通はそんなことしないけどね。飛縁魔も女だ、秘密の一つや二つくらいあるさ。主たるもの、侍女たちを強く縛ってはいけない。」【晴明】 「つまり夜刀神様でも、吸血姫の母君のことは分からないのか?この娘の生まれについて、ある程度推測できないか?」【夜刀神】 「ああ、この子が私の霊性の一部を持っていても、彼女は「別の妖怪」だ。私とはまるで違う……吸収することや読み取ることはできない。だが、おおよそ推測できる。彼女の母君はおそらく……花開院を喰らったような、知能の高い飛縁魔だ。前の戦いで遭ったことがあるだろう?交流し、ある程度の術を使うことができる。もしくは人間だった頃の記憶を持っているかもしれない。とにかく、そんな飛縁魔は強すぎて、遊びには参加できない。だから彼女たちの自由にさせたり、子を分離させることで余った力を消耗させたりしていた。」【吸血姬】 「………………」【夜刀神】 「彼女の場合は……そなたの父君に出会い、何らかの理由でそなたを産んだのだろう。なのに何故か、すぐに衰弱し死ぬことはなく、発狂してそなたとそなたの父君を喰うこともしなかった。そして両方とも生き延びた……飛縁魔や、晴明様のような陰陽師でなければ、弱い子供を育てることはできないだろう。」【晴明】 「飛縁魔はどうやって子を分裂するんだ?」【夜刀神】 「彼女たちの繫殖について興味があるのか?教えるのは別に構わないよ。彼女たちと私は本質的に違う、それゆえ彼女たちにしかできないこともある。例えば、私は子を生むことはできない。なぜなら「水」は切り離せないからね。切り離せたところで、互いに接触すると一つになってしまう、さっきみたいにね。しかし彼女たちは霊性を持つ相手と子をなすことができる……だが双方の消耗は、非常に激しい。……二人の霊性と血を融合させるからね。「お互いの一部を差し出す」んだ、消耗が激しいに決まってる。」【博雅】 「…………それは……」【夜刀神】 「言いたいことは分かる……「補充しながら提供すれば」……残念だが、それは不可能だ。」【博雅】 「そ、そんなこと思ってない!!!で、なぜだめなんだ?」【夜刀神】 「蜂蜜や溝を例にあげたが……所詮は例え、実際は水を貯めながら流すような都合のいい話ではない。霊性が体に入り、機能し、思考できる核になるまで、大分時間がかかる。「強い」私と戦った諸君なら、本物の「血」の残酷さと渇きを知っているはず。それはなかなか厄介なものでね……高い知能を持ち、赤子でも素晴らしい霊性を持つ人間だって、頭に血がっていると理性を失ってしまう……飛縁魔はなおさら、元々は血の造物であり、霊性の入った空洞に等しい。支配し、降伏し、制御するには、優れた器から生まれる必要がある。例えば花開院様のような器から生まれた飛縁魔は、人と交流することはできる……あとは時間をかけて成長するだけ……いくら器が優れているとは言え、空っぽになったら、再び満たされるのには長い時間が必要だ……その間、彼女たちは分裂した子を食らう。それでも補充が不十分であれば、弱まって消えてしまう。」【神楽】 「……分裂された子供は、飛縁魔じゃないの?」【夜刀神】 「そうだ、分裂された幼体は、彼女たちの「同胞」ではない。彼女たちは「蜂蜜水」、「蜂蜜」を差し出すことはできない……それは「夜刀神」の特権だから。彼女らが死んだ後、もしその一部の蜂蜜が、維持に十分な「水」を見つけられなければ、それは我が身体に戻ってくる。だから、分裂したお嬢さん。そなたは初めから「蜂蜜」は持っておらず、一貫して「空洞」の状態で育てられたのだ。」【吸血姬】 「……私の母は、どうやって私を育てたのですか?」【夜刀神】 「きっとそなたの母君は、そなたとそなたの父君を食べたい衝動を抑えながら、そなたの為に能力と血を絶えず注いだのだろう……そなたを他の全ての飛縁魔とは異なる……「ある妖怪」にするために。」【吸血姬】 「……以前とても好きだった……牛肉の紫蘇炒め。」【夜刀神】 「ああ、紫蘇のことなら……きっと「忠告」だろう。「そのような匂いのする食べ物を食べてはいけない……」「遠ざけ、決して食べてはいけない」という類の。彼女らは理性を失ってしまえば最後、同胞以外、全て喰らいつくしてしまうからな。私も個人的にこの匂いは好きではない……あまりに刺激的だからな。しかし警告するには十分だ。そなたもきっと感じることができるだろう。飛縁魔たちは、基本的に嗅覚によって獲物を嗅ぎ分ける。私の力のせいで結界が乱れ、彼女たちの嗅覚もかなり弱ってしまったのだろう……しかし外界では話が違ってくる。よっぽど強烈な匂いでなければ、彼女たちに対する忠告効果は働かない。」【吸血姬】 「でも……母の最期は……」【夜刀神】 「あれには本当に驚いた、何といっても飛縁魔だからな……それに、そなたを育てるために多くの「血」を飲んだことで、狂気が理性に勝ってしまったのだろう。これは主人である私でも、理解するのに時間がかかった。彼女のように、生まれつき狂気に偏った存在が、その後回復するなんて奇跡中の奇跡だ。」【吸血姬】 「あなたはなぜそんなに母の事を知って……母が自我を失った後に回復したことまで……」【夜刀神】 「そなたの身体に残っている「蜂蜜」のおかげさ、お嬢さん。それは元々私の身体にあるべきものだからな。彼女は、自我を失ったことに気づいた後……薄れゆく意識の中で、全ての「蜂蜜」をそなたに託したのだと、私は思う。」【博雅】 「でもさっき言ってただろ、それはお前の権限じゃ……」【晴明】 「……いや、夜刀神様の権限は「自分に危害を加えない」という前提で、自分の能力を分け与えることだ。蜂蜜水が蜂蜜に変わることはない……しかしもし、ありったけの「蜂蜜水」をもう一方に全て与えたら……」【夜刀神】 「その通り。さすがは晴明様、一瞬でそれに気づくとは。直接分裂した幼体は、同胞ではない。しかしそれらが飛縁魔になれない、というわけではない。幼体が母体を飲み込み、新たな飛縁魔となって戻ってくることもある。そなたは例外だ……そなたは能力を受け取る以前に、既に「別の妖怪」になっていた。つまり、そなたは「夜刀神」によって誕生したのではなく、「夜刀神」を通じて補完された存在なのだ。だが……非常に不思議なのは、これは一体どのようにして実現したのだろうか?」【晴明】 「初めから、夜刀神様は吸血姫を育てたことが非常に不思議だと言っていたが……その理由を教えてくれないか?」【夜刀神】 「ああ、晴明様にとっては別に不思議な事ではないでしょうが……簡単に言うと、皆も見たことがあるであろう、あの生贄に捧げられる幼体だ。衰弱していて、四肢も不完全……これはまだごく初期段階に過ぎない。」【吸血姬】 「……私も生まれてきた時、そんな状態だったのですか?で、でも、以前の私は、人間の子供のような外見でした。」【夜刀神】 「おそらく、そなたの幼児期は尋常でないほど長かったのだろう……少なくとも三年……いや、五年以上だ。無知で無学のまま、そなたは飢えた醜い幼体の状態を維持していたのだ。当然、今回の生贄よりはもっと良い状態だっただろう、人間である部分に支えられているからね。」【吸血姬】 「…………」【夜刀神】 「いずれにせよ、育てるのは難しい事ではない。飛縁魔たちと同じように、能力と血肉を注いで成長させるだけだ。徐々に力を注ぎ込み、持続的に育て、いつかそなたの能力に火が点く。妖魔とすら呼べない怪物から赤ん坊の姿になってようやく、そなたは「誕生」したのだ。それから、そなたはまるで人間の子供と同じように育ち……ここからは言うまでもないか。」【晴明】 「それでは、不思議なのは一体?」【夜刀神】 「それは、「幼体」の状態……つまりあの長い幼児期のことだ。外見上の欠陥、もしくは醜いことなどはどうでもいい。結合したもう一方が異なれば、どのように成長しても珍しくないからな。ただし、その幼体はずっと、生物というよりも「肉塊」の状態のままだったはずだ。」【吸血姬】 「………………!!!」【夜刀神】 「不完全な状態だ。半分の「肉」と、もう一方から得た無いよりは良い「霊」……むしろ本能である「血」は十分すぎるほどだった。本能があっても動くことはできず、食べて呼吸する以外、何もできない……普通の動物の方がずっとましだろう?そのような生物をずっと諦めずに育て続けるなんて、一体どういう考えだったのか……それを私は、不思議だと感じたのだ。」【吸血姬】 「………………」【夜刀神】 「しかしお嬢さん、私はそなた自身に対して悪意はない。今のそなたの姿を見て思った。もし事前に「長い間育てれば今のような姿になるだろう」と分かれば、きっと多くの者がそなたを育てると断言できる。しかし一年、三年先の事が未知の状況で、反応もなく、先行きが分からない状態では……うむ……何と言うべきか。このような執念に、私は背筋が凍る。」【晴明】 「……それは夜刀神様が、生来「意味のないこと」を受け付けない方だからだろう。しかし、「親」にとっては、子供の存在自体が、すでに「意味のあること」なのかもしれない。結果が見えなくとも、いくら犠牲を払い、どれだけ浪費し、見返りがなくても……親というのは、自らのことを顧みずに火の中に飛び込んでいけるのだろう。」【夜刀神】 「……それが人間の本能なのか?繁殖のため、それとも……己の後を継がせるための知恵なのか?そういった観点では、少しだけ……理解できるな。」【晴明】 「私自身にも似たような経験はないので、はっきりとは説明できない。私が言ったようなことは、彼らは全く考えていなかった可能性もある。結局あなたの言ったように、子育てをする飛縁魔は、大いに活力を損ない、野獣とさして変わらない抜け殻になってしまう。その際に自らの全てを注ぎ込んで、残った理性で、なんとか己の伴侶を食べないよう制御することに力を消耗して……きっとそれほど多くの事を考える心の余裕もなかったはず。本能とはきっと、最も基礎的な欲求、食べること、生存すること。その程度では、方向を導く直感や判断もできなかっただろう。」【夜刀神】 「…………その通りだ。」【晴明】 「つまり、単純にこう考えたのだろう。あれは我々の子供であり、面倒を見るべき存在なんだ……ただそれだけだ。そして、ずっとずっと、一生懸命育て……いつの日か奇跡が起きることを願ったのだろう。そして、本当に奇跡が起きた。」【神楽】 「……あの飛縁魔みたい……醜く生まれた後、その場をずっと徘徊していた。捕食の本能も失い、命の火が消えかけていた時に、幼体が生贄に捧げられる場所に来た……」【夜刀神】 「………………私には、全く理解できない。」【晴明】 「当然だ。夜刀神様は本能と欲望を意味する「血」と、知恵と残酷を意味する「霊」によって構成されているのだから。つまり、本能にしたがって全てを支配するのか、知恵にしたがって善き物を選ぶのか、そのどちらかだ。あまりに「純粋すぎる」夜刀神様は、「無我」の飛縁魔たちや、「複雑」な人間のようにはなれない……「自我」を探したり、生み出すような時には、「誤ち」が生まれる。」【夜刀神】 「……誤ち?」【晴明】 「こと夜刀神様に関しては、誤ちと言えるだろう。「自分」とは何か、「自分」は何のために存在するかを考えても、選択肢が見つからず、答えも目標も見つからない、そして考え、迷う時……その時、視線が初めて「自分」以外の世界に向き、突然目の前に光が差し込む。本能を超えたもの、利益をもたらさず、価値を生み出さず、虚無のようで、とても明るい……美しくも「全く意味のない」もの。」【吸血姬】 「……つまり……それは、一体何なのですか?晴明様……それはいわゆる……「愛」と呼ぶものだろう。」 |
追憶物語ストーリー
拡散の時ストーリー
拡散の時 |
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これは吸血姫という妖怪が誕生する約十年前に、とある場所で起きた物語。【夜刀神】 「……気がつけば、たくさん増えたな。昼間に集まっていると目立つかもしれない……こういう時はやはり慎重に。では、こうしよう……さあ、皆いい子だ、こっちにおいで。」【飛縁魔】 「仰せのままに、ご主人様。」【夜刀神】 「うむ……儀式はまだ続く。そなたたちは、いい場所がないか探しなさい。そして力を拡散させるんだ……どうせ詳しく説明しても理解できないだろう、私の言う通りに動け。」【飛縁魔】 「はい、ご主人様。」妖怪たちが消え去り、しばらく経つと、影の中から笑い声が聞こえた。【オロチ】 「なかなか順調のようだな?」【夜刀神】 「いえいえ、成功するまで少なくともあと十年はかかります……でも、これは全てあなた様の協力のおかげです。以前は考えてもみませんでした。結界を繋げることで、三回目の儀式を進めるなんて。」【オロチ】 「別に難しいことではない。以前、既に試した者がいる 天地をも揺るがせる偉力は、こうして一人の身に宿る。それに、お前は最初から汚染範囲を拡大させられる力を持っている。これで影響はさらに大きくなるはず……その時には、誰もが驚くような結果になるだろう。」【夜刀神】 「それは楽しみですね……思い返せば、あの時封印を解くことができたのも、あなた様のおかげです……でなければ、私は未だにあの井戸の下で人生を棒に振っていたでしょう。成功の暁には、この御恩、必ずお返しします。」【オロチ】 「……結構だ。恩義と弁えたのなら、借りと間違えるでない。」【夜刀神】 「あなた様は、なんて寛大なのでしょう。では、この恩義は、しかと肝に銘じておきます。」ある小さな村に、「使命」を背負ったある妖怪が現れた……」【飛縁魔】 「……ここにしましょう…………儀式に向いている場所ではないけれど、ご主人様の命に従い、力を拡散させることはできるはず。」【村人・男性】 「……あれは……妖怪?」 |
調査の始まりストーリー
調査の始まり |
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これは知川久に向かう前、晴明たちが平安京で交わした会話。【博雅】 「だから……こっちの用事の方がよっぽど重要なんだよ、晴明!貴族様のお茶に使う泉の水質が落ちたというなら、雨水を飲ませておけばいいじゃねえか!あの石板を掘り出してから、お前は一体何を研究をしているんだ……こっちは事件が起きたんだぞ!たくさんの村が、あの野郎どもに……」【晴明】 「分かっている。博雅からの文書は読んだ……まあ、上からは否決されたが。」【博雅】 「……ふざけた連中が!俺たちで目的地を特定できたのに?!確かに知川久とやら……今すぐ向かって、その村を守らねば!相手を泳がせるのも一つの手だが、罪のない人々を犠牲にするわけにはいかない!」【晴明】 「ああ、ただし、焦って行動し、我々もが危険な目に遭うのはまずい。博雅、以前言っていた「人狩り」の話だが……この貴族たちの行方は調べてみたか?」【博雅】 「……連中の仕業を突き止めた途端、調査を止めさせられたんだ。」【晴明】 「彼らはもう……「いなくなった」。もっと正確に言えば、いわゆる「愉快」な殺戮のあと、彼らは突然……事故にあったそうだ。実は、小白に調べさせた。博雅に圧力をかけた「お偉いさん」方は、すでに彼らの目的を把握したようだ。」【博雅】 「……どういう意味だ?」【晴明】 「そうだな、もし若者は程度というものを知らないというなら、世間ずれしている「大人たち」は程度というものを知っているはずだ。私が手に入れた情報によると、この十年余り、彼らの間にはとある言い伝えがあるそうだ……何かの「儀式」を行うと、「超越」した力を手に入れられるらしい。それどころか、不老不死、不滅の存在になるのも夢ではない……」【博雅】 「なんで俺は一度も聞いたことがないんだ?!それにいくらなんでもありえないだろう?!」【晴明】 「ありえない話だから……陰陽師たちは、一笑に付すはずだ。それに、彼らとて、我々のような「変わり者」には関わらないようにしているのだろう。我々のように、若くして陰陽道の力を手に入れた、若さや力を求める貴族たちとは真逆の存在……仮に噂を耳にしても、彼らの同党に成り下がることはない。」【博雅】 「……それで……」【晴明】 「……ああ、この資料は一旦ここに置いておこう。知川久の調査が終わった後、両方の情報を照らし合わせれば、真相はもっとはっきりと見えるはずだ。だが、うまくいけば、そのまま彼らの企みを打ち砕くことができるかもしれない。そうすれば、資料もいらなくなる。」【博雅】 「ぐずぐずするな!行くぞ!」 |
母親ストーリー
母親 |
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【吸血姬】 「………………これは、夢か……もうずっと夢なんて見てなかった……でも結界に入ると、いつも幻が見える……牛肉の紫蘇炒めの匂い…………………………」【村人・男性】 「なんで台所にいるんだ?早く離れろ、料理は俺が作る!」【村人・女性】 「大袈裟ね、私だって料理の一つや二つできるもの……うん、これはどう?」【村人・男性】 「牛肉か?紫蘇で炒めてもいいが……紫蘇は苦手じゃなかったか?それに紫蘇を入れすぎだ、これぐらいの牛肉にはほんの少しで……うわ!」【村人・女性】 「……こういう時は「うちの嫁の料理は本当に美味しい」って言えばいいのよ。分かった?他には、そうね、「初めてなのに、こんなに美味しい料理を作るなんて、料理の才能があるんだな」よ!」【村人・男性】 「わ、わかった!うちの嫁の料理は本当に……うわ!」【村人・女性】 「……もう、受け売りの褒め言葉じゃだめよ。本当に不器用ね。……でも、言うことを聞いてくれたから……一応褒めてあげるわ、あっ……」【村人・男性】 「ん……(もぐもぐ)んん、紫蘇が多すぎるけど、案外美味しいな…………あ!ごめん、「案外」は余計だ!」【村人・女性】 「……はあ。」【村人・男性】 「あのさ、無理しなくてもいいんだ。実は俺、紫蘇はそれほど好きじゃないし……苦手なら食べなくてもいい。」【村人・女性】 「……あなたに一つお願いがあるの。」【村人・男性】 「え?真面目そうな顔でどうしたんだ、言ってくれ、なんでも約束する。」【村人・女性】 「忘れずに、定期的に牛肉の紫蘇炒めを食べて。あなたも、娘も……そして紫蘇は必ず、今回よりもたくさん入れて。絶対、絶対にね!」【村人・男性】 「……そんなことか。約束する、心配するな。紫蘇をたくさん入れても、調味料を少し入れればすごく美味しくなるからな。紫蘇はあの子の体にいいからか?あの子の病気が治ってから、お前はずっと薬を探していたな。」【村人・女性】 「……ええ、だから、絶対たくさん入れて。今回よりも少ないと、分からなくなってしまうから……」【吸血姬】 「……………………これは……いつのことだろう……どうして……私は……何も覚えていないの……」 |
最初の儀式ストーリー
最初の儀式 |
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束縛から逃れたばかりのある妖怪が、最初の儀式の段取りを振り返っている。【夜刀神】 「……ああ、本当にかわいそうな子だ……手も足も失ったか。その力では、目立つ傷口を応急手当するだけでも手一杯だろう、はははは。仕方ない……辛抱するしかない。せっかく手に入れた肉体なのだから、思う存分動ける喜びを噛みしめるがいい。人間とは、本当に面白くて弱い生き物だ……豊かな心を持ちながら、強い欲望を抱え込む……しかしその全てを支えられるだけの力が欠けている。私も注意しなければ。封印されるのも貴重な体験とはいえ……今の私はあまりにも弱いから、「封印」するよりも「潰す」方が楽だな、ははは。あの「ヤマタノオロチ」様から手に入れた結界を……試すべき時が来た。では、「陰陽師に、退治するよりも封印する方が楽だと思われる」ような妖怪を目指し、強くなるとするか。ここからは、とても楽しい時間になりそうだ……そなたたちも、そう思うだろう?」【飛縁魔】 「ぐおお……」 |
千景祭の結末ストーリー
千景祭の結末 |
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千景祭が終わった後、夜刀神と彼の侍女との会話。【飛縁魔】 「ご主人様、これは花開院が残した手記と扇子です。」【夜刀神】 「……ああ、残念だったな。色々助けてやったのに。あと一歩で勝てるところだったのに……もし方向を間違えていたら、いくら歩いても、正しい結末にはたどり着けない……ということか?」【飛縁魔】 「ご主人様の仰る通りです。」【夜刀神】 「次の祭典は確か知川久で開催されるはずだ……あの場所では、ろくな供え物は見つからないだろう。他の用事が済んだら、そなたはあっちに行って「協力」しなさい。」【飛縁魔】 「はい、ご主人様。」【夜刀神】 「そうだ。そなたが分裂し子供を作っても、どんなに空腹でも「呑み込」んではいけないよ。」【飛縁魔】 「努力します……ご主人様。」【夜刀神】 「ああ、だがそれだとやはり弱くなってしまうか……祭典まで生き残ってくれないと困るな。血を飲ませれば……より長く生きられるだろうか?ひょっとすると、普通の妖怪になってしまうかもしれない……まったく、私は、何を馬鹿げたことを。妖怪である以上、もう普通ではないというのに……ましてや妖怪にすらなれない……そなたたちは。」【飛縁魔】 「ご主人様の仰る通りです。」【夜刀神】 「行き、彼らに供え物を与えよ。私の命令を忘れるな。なにせ、噂によれば、あの「晴明」も儀式に関心を持っているらしい……もし彼が一足先に祭典を止めたら、厄介なことになる。しかし、もし彼が遊びに参加してくれれば……きっと花開院様よりも面白いことになるだろう……ん?……さっきの扇子はどこだ?」 |
儀式の始まりストーリー
儀式の始まり |
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まもなく開催される祭典のおかげで、知川久は久しぶりに賑やかになった……【お朝】 「ただいま!村長さん、今回は大物を……もう!何するのよ!」【島村】 「どけ、小娘!ふん、これを見ろ、俺様が捉えた狼だ!分かったら、さっさと消えろ!」【小田】 「でも、牛は、牛は、僕の……」【島村】 「…………なんだ?!」【小田】 「ひぃ……」【葛山】 「そこまでだ、小田、先に帰ってくれ。牛の分は、村が埋め合わせをするから。島村、お前の狼を……供え物として認めよう。」【島村】 「ってことは俺も儀式に参加できるんだよな?!」【葛山】 「……ああ、儀式は近いうちに開催される。」【島村】 「くれぐれも俺を差しおいて、自分だけ……うわ!蛇だ!!!ど、どこから来やがった!助けてくれ!助けてくれ!毒にやられた、ここに……」【お朝】 「バーカ、この蛇は毒なんて持ってないよ。もう、村長さんったら。どうしてこんな人が祭典に参加するのを許可したの?」【葛山】 「はあ……ほら、この前供え物が足りないと言っていただろう。すると彼が狼、そして小田の牛まで、供え物として持ってきた。もし儀式に参加するのを禁じたら、何をしでかすか、分かったもんじゃない……」【お朝】 「……村長さんも大変ですね……あ、思い出した!仰っていた供え物を用意しましたよ!気軽に蓋を開けないでね、とても危険だから!ハサミで押さえつけなきゃだめなの!」【葛山】 「はいはい、お朝、君のおかげで、供え物は本当の意味で全部揃った。」【お朝】 「それじゃ私は先に失礼します!もしまた何か必要になったら、いつでも呼んでね!」【葛山】 「ああ、お朝、帰り道に気をつけて……………………いつまで見ているつもりだ?」【蜜乃】 「いやだわ、私ったら、優しい村長さんに見惚れてしまったかしら?でも、ひどいわ。一番重要な供え物を手配したのは私なのに、「お朝、君のおかげで」なんて……」【葛山】 「しっ!もし誰かに聞かれたらどうするんだ!……それで、あれは手に入ったのか?」【蜜乃】 「……うん、本当はね、ちょっと怖いの……ほら……」【お朝】 「……村長さん、思い出したんだけど、さっきの蛇は…………な、なんなの……あれは……」村の外、同じく準備に取りかかっている者がいる……【夜刀神】 「どうやらもうすぐ始まるな……「客人」たちはもう待ちくたびれたようだ。」【飛縁魔】 「ぐおお……」【オロチ】 「お前の侍女はしつけがなってないな。」【夜刀神】 「ああ、すみません。大変失礼しました、ヤマタノオロチ様。この子たちは、ただ本能に突き動かされる屍にすぎません……あなた様のお力を理解することなど、できないのです。私が止めていなければ、きっと今頃は村で殺戮を楽しんでいたでしょう。」【オロチ】 「……知恵を持たない獣か……ふん、実に憐れだ。」【夜刀神】 「人間は知恵を持つ生き物だが、もし欲望に溺れたら、この子たち以上の残忍さや無知を晒すことになるかもしれません。でも、だからこそ、これからの「遊び」に……期待せずにはいられません。」村の中、それぞれの思惑を抱えた人々が、最後の準備を進めている……【葛山】 「もう少しの辛抱だ……村のクソ野郎を全員始末すれば……わしは足を洗って……町に行って役人になるんだ……」【島村】 「くそ、狼といい刀といい、たくさん金がかかったな……家を売って手に入れた金はほぼ持っていかれた。だが、この手記がある限り、俺は絶対に勝てる……そしてもう金に困ることはねえ!!!」【蜜乃】 「……かわいそうね、でもね、まだ死んじゃだめなの。あなたのようなかわいそうな子にとっては、これが一番つらいかもしれないけど、ふふふふ。」【お朝】 「……あれも供え物なの?あれは……一体なんなの……お父さんもお母さんも言ってた……村の皆を信用するなって……まさか……本当なの?こんなことをする村……そんなはずない、村長さんはあんなに優しいのに……」日が暮れ、いつもの静けさが戻ってきた。【夜刀神】 「では、お気をつけて、ヤマタノオロチ様。さて……こっちもそろそろ始めようか。なにせ、敵はとても危険なやつだ。命がけの勝負……油断は禁物だね。」 |
失態と忠告ストーリー
失態と忠告 |
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儀式が何十回も執り行われ、結界は半分ほど完成した……しかし今回の儀式では、危うく「不手際」が起きるところだった。【夜刀神】 「……ふー、いやはや驚いた。攻撃されてはいないし、私も術を使えるようになったが……これは、本当にひどい「不手際」だな。成長を縛るため、あれだけ厳しい「規則」を定めたのに……結局、結界が半分完成したが、もう力を抑えられなくなったか……まさに驚異的な成長っぷりだ。仮に結界が本当に完成したら……一体どこまで成長する?!あの神様がくれた結界は本当に……想像をはるかに上回るものだ。」【飛縁魔】 「ご主人様、力が強くなることは、喜ばしいことではないのですか?」【夜刀神】 「ああ、いいことだが、しかし言うことを聞かないのはよくない……今まであまり力を使わなかった原因は、こうすればよりか弱き人間に近づき……その素敵な「演目」を楽しむことができるからだ。私が気をそらしている間に、勝手にここまで成長させるためではない……「霊性」は力を制御できなくなると、どんな悲劇を引き起こすか……想像に難くない。」【飛縁魔】 「ぐおお……」【夜刀神】 「しかし、力を制御するには、どうすれば……霊性をもっと呑み込むべきか?ん、こういうのに相応しい人間の言葉があるじゃないか……成り行きに任せる、だったか?このまま成長し続ける、霊性も力も……どうせ際限などないのだ。それで、最終はどうなるか……ひょっとすると、伝説の、私を創ったあの方の境地に辿りつけるかもしれないな。あははははは……それはそれは……………………まさに、悪夢のような結末だな。」 |
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