【陰陽師】終焉降臨ストーリーまとめ【ネタバレ注意】
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『陰陽師』の終焉降臨イベントのストーリー(シナリオ/エピソード)をまとめて紹介。終焉の章と終戦の記憶のそれぞれ分けて記載しているので参考にどうぞ。
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終焉の章ストーリー
序曲
序曲ストーリー |
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逢魔が時、昼と夜が交わり、太陽と月が同時に姿を現す。都の外では、門の下に蛇魔が群がっている。山の中から鬼族が現れ、遠方より都に向かってくる。【都の陰陽師】 「兵力はどれくらい残っている?鬼族の軍勢がやって来た時、まだ戦える兵士はいるか?」【都の兵士】 「門を破って入ってくる蛇魔を食い止めるだけで精一杯だった。お前ら陰陽師が腰を抜かさなければいいが。」【小白】 「なんて失礼なことを言うんですか!陰陽師様達はわざわざ助けに来ているんですよ!」【晴明】 「私は晴明、式神と陰陽寮の陰陽師達を引き連れ、戦いの手助けをするために参上した。」【都の兵士】 「晴明様でしたか、これは失礼いたしました!」【八百比丘尼】 「このような異変を前に、経験豊富な都の兵士も戸惑いを隠せなかったんですね。人間は昔から理解できない現象を恐れるもの。霊を見たり、霊と話したりできる陰陽師達もその一つです。陰陽師はもとより、平民の出の戦士を不快にさせる貴族ばかりですし。」【源博雅】 「おい、貴族が全員そうだと思われるような言い方はやめろ。」【小白】 「博雅様が仰っても、説得力がないですね。」【源博雅】 「あ?じゃあ神楽が言うなら説得力あるだろ、神楽?」【神楽】 「……うう。」【源博雅】 「神楽、今日は特に元気がないようだが、どうした? |
」【神楽】 「大丈夫、ただ頭が痛いだけ。悪夢を見たから、寝不足なのかも。」【源博雅】 「なんだと?なんでもっと早く教えてくれなかったんだ?」【神楽】 「私……今日戦いがあるのは知ってたのに、こんなに風になるなんて……だから……」【源博雅】 「心配かけたくないから、何も言わなかったのか?」【小白】 「神楽様、気にしなくていいんですよ!何しろ、あの邪神と戦うと思うと、小白も背筋が寒くなります。」【晴明】 「……神楽、その悪夢はどんな内容だったんだ?」【神楽】 「え?いくつかの、遠い記憶……巫女達が泣き叫ぶ夢だったり、邪神に生贄として捧げられる夢だったり……神々の審判場で、神々を取り巻く蛇達も見た……」【小白】 「それで、小白達が心配すると思ったんですか?」【神楽】 「それだけじゃない!その夢の中で、時々……今までにない感覚もあった。憎しみ、復讐、恐ろしいことをたくさんしたい……何か力が湧いてくるの。それに誰かが耳元で囁いて、心を惑わそうとしてくる……」【八百比丘尼】 「ふふ、やはりそうでしたか。」【源博雅】 「どういう意味だ?」【晴明】 「博雅、落ち着け。八百比丘尼もこんな時に仲間をからかうな。神楽が見たのは恐らく、ヤマタノオロチが巫女を呑み込んだ時の記憶の欠片だ。神楽が感じた悪意は、神楽自身のものではなく、巫女達の恨みと蛇神の持つ悪意の現れだ。おそらく彼はこのような方法で、神楽の力を取り戻そうとしている。」【八百比丘尼】 「以前面霊気さんにお願いして、神楽さんの体内にある魂の欠片を分解したのですが。しかし今、蛇神の力は極限に達しています。再び彼女の魂を蝕もうとするかもしれません。だから神楽さん、今後またこういうことがあったら、一人で抱え込まないで、すぐに教えてくださいね?」【神楽】 「……分かった。」【源博雅】 「あのクソ邪神が……何度も懲りずに神楽の力を欲しがりやがって!これで俺がやつを倒す理由がまた一つ増えたな。」【小白】 「博雅様は相変わらず元気ですね。」【晴明】 「陰陽寮の調査によると、この前例のない異象は、ヤマタノオロチが都の近くに置いた祭祀結界によるものだという。彼が狭間を去った時、いつか世間を裁くと私に言っていたが、その裁きはもう間近に迫っているのかもしれない。」【???】 「よく言った。」【小白】 「黒晴明様!」【黒晴明】 「黒夜山から来る道中で城外の惨状を見た。お前の推測が現実になりそうだな。」【燼天玉藻前】 「確かに城外は混沌としているが、二人が無事で安心した。」【晴明】 「玉藻前。」【黒晴明】 「安心するのはまだ早い。逢魔の原から来た時に見たはずだ。阴気に侵食されて感覚を奪われた鬼族達が、軍隊となって都に向かっている。都の全住人がよく訓練された兵士であったとしても、せいぜいもって半日だろう。」【晴明】 「早くなんとかしなければ。」【燼天玉藻前】 「私は都がどうなろうが構わないが、お前達二人が守る気ならば、私も蛇神に会ってもいい。私はお前達二人が仲良くしていることに驚きを隠せないが……和解したのか?」【黒晴明】 「ふん、こいつに言うことなどない。ただ今回は彼が自ら頼んできたからな。かなり無礼な頼みだが。しかし、こんなにも大きな借りを作るとは……後で彼が恩返しの方法を考えて苦悩するかと思うと、なかなか愉快だ。」【燼天玉藻前】 「もう一人の自分の性格について、いくらか誤解をしているようだな……だが、それをきっかけに二人が仲良くなれるのなら、それはいいことだ。」【小白】 「玉藻前様、こんな時にそんな話はやめましょう……」【晴明】 「恩は必ず返すから、秘密を守ってくれ。」【黒晴明】 「もちろんだ。しかしその前に、恐らく他の客が来る。」突然真っ黒な海水が噴き出し、荒波の中から海国鬼船の巨体が姿を現した。それと同時に、空に浮かぶ鬼火が海中に突っ込み、大波を切り裂く。水と火が出会い、潮煙が上がるとたちまち霧となって漂い、人々の視界を遮った。霧が徐々に晴れ、鈴鹿御前と酒呑童子が姿を現した。【鈴鹿御前】 「鬼船に直接鬼火を放つとは、大江山の主の挑発か?」【鬼王酒呑童子】 「はははは、そう怒るな。お前こそ、現れるたびに人が行き場を失うくらい大きな波を作るだろ。」【鈴鹿御前】 「ふん、鬼王がこれほどにひねくれた性格で、服を濡らすのも嫌がるとはな。」人々を遮るように、天馬の大軍が羽を広げて天空を覆い、いななきながら現れた。二人の間に白い天馬がゆっくりと降り立ち、帝釈天は申し訳なさそうな顔で馬を降りた。【帝釈天】 「晴明、酒呑童子、遅くなって申し訳ない。私はしばらく上空を旋回し、降り立つ地を探してた。この方は?」【鬼王酒呑童子】 「彼女は海国の……」【鈴鹿御前】 「自分で名乗る。我が名は鈴鹿御前、海国の主だ。我が族の敵「ヤマタノオロチ」を倒しに来た。我が鈴鹿山の一族を危険に晒す者に、容赦はしない。」【帝釈天】 「我が名は帝釈天、天界に住む天人の王だ。天人一族は一貫して争いを好まず、必ず恩に報いる。我が一族は晴明一行の恩を受けて魔神の乱を鎮圧した。都が大変なことになっている今、助けに来た。それで、今回の敵というのは、ヤマタノオロチか?」【晴明】 「その通りだ。」【帝釈天】 「天馬に乗って空から見ると、星が夜空を二つに分けていて、片方は夜、もう片方は昼になっていた。このような千年に一度の珍しい天象は、星群が空に降り注ぐ兆しだ。」【鈴鹿御前】 「災厄の予兆は、空だけではない。海と空が交わるところでは、太陽と月の倒影が同時に水面に現れ、その交点から不吉な赤になっていた。この赤い海水は、腐った水のように四方に広がっている。海底に染み込み、川に逆流するのも時間の問題だ。」【帝釈天】 「このような異象を起こすには、多くの霊力だけでなく、時間も必要だ。もしこれが全てヤマタノオロチがやったことだとすると、彼は強力なだけでなく、狡猾で用心深いのだろう。」【晴明】 「ヤマタノオロチは常に用心深く、また乾坤一擲の気迫を持っている。目的を果たすために、何千年もの時間をかけて準備する。皆をここに呼んだのは、皆がすでに関与しているのを察知したからだ。」【鬼王酒呑童子】 「関与している?晴明、もしかして俺達が自分でも気づかずに、あいつを助けていたと言いたいのか?」【晴明】 「ここにいる皆は、雲外鏡の欠片の浄化を手伝ってくれた。そのおかげで都が元に戻ったとはいえ、ヤマタノオロチはそれを逆に利用して、己の計画を実現しようとする可能性もある。」【鬼王酒呑童子】 「何か根拠があるのか?」晴明が黙っていると、黒晴明が突然扇子を叩いた。【黒晴明】 「それよりも、ヤマタノオロチの隠れ家を見つけることが先決だ。」【鬼王酒呑童子】 「それはもう目星がついている。ここに来る途中、現世と常世の境目を調べた。そこでは無数の蛇魔が裂け目に噛みつき、その裂け目を広げようとしていた。その辺りの鬼や妖怪は皆、意識を失い蛇魔となって同族を襲った。噛まれた者も蛇魔となり、こうして伝播していく。ヤマタノオロチは、あの辺りにいるはずだ。」【小白】 「恐ろしいですね……!ヤマタノオロチは、一体何を企んでいるのでしょう。」【帝釈天】 「人世を滅ぼす程の、大災害を起こそうとしているのだろう。」【鈴鹿御前】 「ならば星を直接落とし、人世を滅ぼした方が効果的ではないか?しかし、彼はまるで獲物を弄ぶかのように、殺さず、いためつけていた。彼の性格を考えると、特別な嗜好でないのであれば、もっと深い計画があるのだろう。」【帝釈天】 「もしかして彼も、人世ではない場所に興味があるのか?(おかしいな、私はなぜ、彼「も」と言ったのだろう。)」【鬼王酒呑童子】 「彼は大江山の裏の鬼域にさえ興味がなさそうだ、天域などなおさらだろう。もし彼が捨てられない場所があるとすれば、それは……」【燼天玉藻前】 「天命を掌握する、高天原。」【晴明】 「その通り。」【晴明】 「ヤマタノオロチは、現世で高天原に対する審判を起こそうとしているのかもしれない。」【???】 「その可能性もある。」【小白】 「この声は荒様ですか?……それに、御饌津様?」【荒】 「源氏と藤原氏は、すでに兵士と武器を移動して門を守っている。陰陽師である君が共に行っているのかと思いきや、ここで客人と噂話をしているとは。」【晴明】 「最初は式神に対応を任せていた。今は、ヤマタノオロチの倒し方を話し合うためにここにいる。」【荒】 「ほう?そのような事態に迫られ、防戦ではなく、攻戦を望むか。勝算はあるのか?」【晴明】 「たしかに現段階では敵との間に戦力差があるだけでなく、敵の居場所も知らない。だか陰陽寮も準備を行っている。以前、御三家は高天原と蛇神の関係を調べるため、陰陽師達を呼び寄せたことがあった。数千年前、ヤマタノオロチが高天原の神獄に囚えられていた六つの罪を解放したことで、魔物が人世に災いを招いた。それ故、人間から七悪神と呼ばれたと言われている。人世を守るため、高天原と七悪神の軍勢との戦いが始まった。その戦いは長きに渡ったが、最後にはヤマタノオロチを捕らえることができた。ヤマタノオロチは神獄に閉じ込められ、その他の六の悪神は六道に封印された。高天原はヤマタノオロチの審判を計画した。審判場では、天照大神が蛇神を断罪し、須佐之男が蛇神を処刑し、彼の神格を滅ぼし、灰と消えるものとされていた。しかし、その審判で一大事が起こった。その審判について、世間にはほとんど知られていない。ただ完全に抹殺されたはずの蛇神がやがて狭間に封印され、高天原の半分が空から落ち、行方不明であることだけは分かっている。それ以来、元々人間を庇護していた高天原も、人世との接触が少なくなってしまった。そして、その審判で実際に何が起こったかについては、さらに様々な意見がある。おそらく、三貴子の天照大神、月読、そして蛇神を殺すはずだった須佐之男だけが真実を知っているのだろう。三人の中に裏切り者がいると言う者もいれば、裏切り者は須佐之男にほかならないと言う者もいる。今日は荒様も御饌津もいる、二人の知っていることを教えてくれないか?真実の中にこそ、この戦いの勝利の鍵があるかもしれない。」【御饌津】 「それは……実は……」【荒】 「人間は天命を推測すべきではない。噂を気にする必要はない。いずれ真実を知る時が来るだろう。」【小白】 「荒様は本当に頑固ですね……いずれにせよ、ヤマタノオロチの目的の一つは、高天原への復讐のようですね!昔、高天原はヤマタノオロチを倒したのですから、きっと策があるのでしょう。」【晴明】 「蛇神を倒す神器天羽々斬も、蛇神と共に人世に落ちてきた。しかし、この神器を使える者は限られている。仮に封印を解くことができたとしても、それを使える者がいないかもしれない。」【荒】 「それはどうかな。」【小白】 「え!?」みんなが荒に目を遣ったが、荒は口をつぐんだ。御饌津は慌てて、荒の前で仲裁した。【御饌津】 「つまり、邪神を止めるには、皆で力を合わせて儀式を中断するのが一番確実な方法なの。儀式を中断する方法は二つしかない。一つは儀式を行う陣眼を抑え、無理やり閉じること。もう一つは儀式を行う者、つまり蛇神を倒すこと。でも、蛇神を攻撃するのは今のところ得策じゃない。陣眼を破壊する方法を検討した方がいいと思う。晴明様はどう思う?」【晴明】 「陣眼の位置はすでに調べてある。」【荒】 「ほう。」【晴明】 「しかし、ヤマタノオロチのような狡猾な相手には、策略が一つしかなければ必ず見破られてしまう。そこで今回は複数の策で蛇神を倒そうと思い、皆をここに集めて協議してもらった。」【御饌津】 「複数の策?」【晴明】 「ヤマタノオロチが発動した陣眼は六つあり、おそらくそれぞれが各天羽々斬と関係している。陣眼の付近では、ヤマタノオロチが万全の準備を整え、罠や蛇魔を配置して、我々が来るのを待ち構えているだろう。恐らく陣眼を攻め落としても、儀式を止めることはできない。その力を弱化させ、儀式を遅らせることしかできないだろう。そこでだ。御饌津、玉藻前、酒呑童子、鈴鹿御前、帝釈天、そして黒晴明……皆が各隊を率いて、六つの陣眼をそれぞれ攻め落としてくれ。これが一つ目の計画、「目くらまし」だ。」【鈴鹿御前】 「目くらまし?つまり……」【晴明】 「そうだ。二つ目の計画こそが私の本当の目的……ヤマタノオロチに奇襲をかける。」【帝釈天】 「まさか、あなた自ら蛇神に奇襲をかけるつもりか?」【晴明】 「その通りだ。しかしそれだけではない。御饌津が我々数人の幻影を連れて陣眼へ行き、全力で攻撃しているように敵に錯覚させる。」【荒】 「では、君も一人で行くつもりではないのか?」【晴明】 「草薙剣を持つ荒にも、共に来てほしい。」【荒】 「我々二人だけか?」【晴明】 「もう一人いる。」【神楽】 「私も行く。」【源博雅】 「だめだ!神楽が一緒に行く?そんなこと、俺が許さない!」【神楽】 「でもお兄ちゃん、私、前から晴明と約束してたの。」【源博雅】 「そんな大事なことを、どうして今までずっと黙っていた!」【神楽】 「お兄ちゃんは反対するって分かってたから……この作戦には、ヤマタノオロチに重傷を負わせたことのある、私の霊力が必要なの。」【源博雅】 「せめて俺も一緒に……」【晴明】 「三体以上の幻影は、ヤマタノオロチに気づかれる可能性が高くなる。」【源博雅】 「なら、俺が代わりに行く!」【荒】 「では誰が幻術を使う?」【源博雅】 「お前が……」【神楽】 「荒様は草薙剣を持ってるから、できない。」【源博雅】 「お前ら……!!!」【晴明】 「博雅、約束する。必ず神楽を守り、無事に君の元へ返す。」【源博雅】 「だが……」【荒】 「私の月鏡があれば、神楽と連絡を取ることもできる。」【源博雅】 「お前……!!」【御饌津】 「どうしても不安なら、私を人質にして。その代わり、荒様は必ず神楽さんを連れて帰ってくるから。」【源博雅】 「誰がお前を人質にするか!それだと神楽があっちの人質になるだろ!ちっ、腹が立つぜ、お前ら!分かった!俺もできるだけ神楽と一緒にいるふりをする。神楽を無事に連れて帰れよ!」【鈴鹿御前】 「ははははは、今まで気づかなかったが、あなたの周りにいる者達はなかなか面白いな。」【八百比丘尼】 「どなたかと同じで、素敵で時々面倒な家族ですね。」【鈴鹿御前】 「あなたが何を言おうと、もう簡単に挑発されたりはしない。今回の目的は、汚された鈴鹿山と、亡くなった海国の民の敵を討つことだ。あの蛇神の首を取るまで、休むわけにはいかない。」【八百比丘尼】 「なるほど。ではこちらの鬼王さんは、どうお考えですか?」【鬼王酒呑童子】 「鬼道の信条は自由であることだ。蛇魔に汚された鬼族が自由を失った傀儡と化した末に、いくら戦ったとしても敬意を得ることはできない。彼らもあのヤマタノオロチに復讐したいだろう。鬼王として、彼らの期待を裏切ることはできねえ。」【帝釈天】 「蛇神、鬼族、鈴鹿山……(何とも言えない懐かしい感じがする。まだ気づかぬうちから、その中にいたような気さえする。隠された意図を調べる必要がありそうだ。)」各々の出発時間を決め、中庭には晴明と神楽だけが残った。【晴明】 「荒は何か隠しているようだ。ヤマタノオロチの目的は高天原だと認めたが、全てを明かしはしなかった。高天原の使者であるにも関わらず、ヤマタノオロチのもたらした危機に対して、全力を出していなかった。この前も雪域で、天羽々斬を調べに来ていたのに、封印が解けるかどうかは気にしていなかった。全て、辻褄が合わない。」【神楽】 「晴明は、荒様に何か問題があると思ってる?」【晴明】 「……今回は、彼の態度を観察してみようと思う。それで高天原の状況が明らかになるかもしれない。」人界と妖界が交わる黒夜山と大江山の境目では、陰界の裂け目から蛇魔が続々と出てきている。黒鏡には、陰の気に侵された様々な惨状が映し出されている。それを見るオロチは、まるで美しい景色を見ているかのように微笑んでいた。」【オロチ】 「晴明、可愛い子羊。もう深淵の罠にかかっていることに気づいていない。ふふふ、未熟だった果実も熟したな。あとはその甘さを味わうだけだ。」 |
巫女
巫女ストーリー |
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翌朝、都の西門前。準備の整った晴明一行は、一晩中門を見張っていた源博雅と合流した。【晴明】 「これは……」【源博雅】 「昨夜の真夜中から、もう少しで撃退できるところだった蛇魔が人の亡骸に巻きつき、一体化してこの大蛇の群れになった。夜明けには退却すると思っていたが、どうやら敵を見くびっていたようだ。」博雅が敵を迎え撃とうとするのを見て、晴明は止めた。【源博雅】 「な……離せ、俺が道を開く。」【神楽】 「お兄ちゃん、行かないで。少し休んで。力尽きたら、元も子もない。」【源頼光】 「そうだ。まだ強敵を倒していない、力を残しておけ。」【源博雅】 「やっと出てきたな。こうなったのは誰のせいだ?」【源頼光】 「鬼兵部を発動するのには、時間がかかる。」大蛇が突然動き出し、源頼光に向かってきたが、舌の先に斬撃を受け、真っ二つになった。鬼切は刀についた汚れを地面に投げつけ、嫌そうに振り返った。蛇魔達が切られた仲間の骨を飲み込み、門の下で一行を取り囲んだ。【源頼光】 「どうやら今日都を出るのは、簡単ではなさそうだ。」【鬼切】 「問答無用。」そう言って鬼切は蛇群に突進し、刀を振るって襲いかかる蛇を切り裂いて、鬼兵部に道を切り開いた。鬼兵部はその巨体で蛇魔の攻撃を防ぐ。【源頼光】 「源氏の陰陽師諸君!今こそ都のために力を尽くす時だ!」その号令で源氏の陰陽師が壁に並び、共に結界を展開し、強固な盾と化して門の前を防ぐ。しかし蛇魔はおかまいなしに突進し、仲間をも呑み込んだ。【鬼切】 「こいつら……城内の蛇魔よりも強いのか?」【源頼光】 「城外の蛇魔は、山中の妖怪を呑み込んで生まれたものだ。それに妖怪は人間より強く凶暴だ。生まれた蛇魔がさらに凶暴なのも当然のことだろう。」【鬼切】 「他に良策は?」【源頼光】 「良策?賊を捕らえるには先ずその頭目を捕らえよ、だ。」蛇群の中から、数十丈ある大蛇がゆっくりと姿を現した。巨体が地面を這い、舌を出しながら、門の方向へと進む。鬼切は手にした刀を握り締めた。【鬼切】 「あれか。鬼兵部、道を開けろ。」鬼兵部はすぐに一列に並び、その体で蛇の群れの中に大蛇に通じる道を作った。鬼切は鬼兵部の肩を踏み、大蛇に向かって飛び上がる。しかしその直前、大蛇が突然頭を上げ、魔炎を吐き出した。その炎に触れた鬼兵部は、皆溶けてしまった。鬼切がよろめき、蛇群に落ちるそうになる。【鬼切】 「うっ!」【晴明】 「危ない!」気がつくと、鬼切は結界の内側に投げ返されていた。晴明と源頼光が強化した結界が魔炎の侵入を阻み、鬼切を助けた大天狗は翼を羽ばたかせ、雪女と共に空へと飛び立った。【大天狗】 「今日の邪神退治は、大義のためだ。雪女、全力を尽くせ!」【蝉氷雪女】 「黒晴明様のために、全力を尽くします。」刃羽の嵐と吹雪が同時に発動し、氷晶を伴う暴風が魔炎に向かって渦を巻いた。いたるところで魔炎が消え、蛇魔さえも凍りつき、更に氷像になったところを嵐が粉々にする。吹雪の中、黒晴明も晴明と源頼光の側に来て、陰陽術を駆使して結界を強化した。」【黒晴明】 「なんとのろまな部下だ、攻撃速度を高める必要がある。」【燼天玉藻前】 「人間の陰陽師を助けるのは非常に不愉快だが、今日は特別に手を貸そう。」放たれた狐火が、嵐の風向きに沿って火の渦となり、大蛇を包み込んだ。氷、火、風の三属性に囲まれた大蛇は、肉が裂け、鱗が雨のように削げ落ち、地面でのたうちまわっていた。そして大蛇は突然悲鳴をあげたかと思うと、己の体を突き破り、脱皮して逃げ出した。その直後、怒りのままに尻尾を振り、大天狗と雪女を蹴散らすと、結界に激しく叩きつけた。大蛇の猛攻に城壁の上にいた数人の陰陽師が倒れ、城壁の下の蛇の群れの中に落ちた瞬間、喰われて白骨と化した。城壁の下にいた晴明、黒晴明、源頼光の三人も後退を余儀なくされる。しかし、大蛇が二回目の攻撃を行う前に、背後に突然現れた鬼手がその尻尾を掴んだ。【煉獄茨木童子】 「私を一晩中城外で待たせたのだ、ありがたく思え、この蛇め。」【鬼王酒呑童子】 「ははははは、いつまで我慢できるか見ものだな!」【煉獄茨木童子】 「都の占領ならまだしも、我が鬼族の尊厳を踏みにじるなど、数百年早い!」そう言うと、茨木童子は動けない蛇を横目に跳び上がり、黒炎を蛇の頭に叩きつけた。蛇魔が巨大な口を開けると、紫黒色の魔炎が口の中で大きくなっていく。しかし噴出する前に黒炎と正面からぶつかり、口の中に抑え込まれた。黒炎を飲み込んだ蛇魔の体からは炎が噴き出し、脱皮して再び逃げることもできず、一瞬にして黒焦げになり灰と化した。【煉獄茨木童子】 「ふん、痛くも痒くもない。」【大天狗】 「おい!足元に気をつけろ!」【煉獄茨木童子】 「ん?」突然地面が揺れ、茨木童子の足元から割れると、何十丈も盛り上がった。皆の目の前に現れた高さ百メートルの大蛇が目を開け、その鼻先に立つ茨木童子を憤然と睨んでいた。」【煉獄茨木童子】 「なんだ?」蛇の目から突然眩いばかりの白い光が放たれる。茨木童子がそれが攻撃の予兆だと気づいた時にはもう遅かった。しかし、一瞬のうちに酒呑童子が蛇の頭に飛び乗って茨木童子を庇い、蛇の目に妖火を放った。大蛇は慌てて目を閉じる。【鬼王酒呑童子】 「今だ!」【煉獄茨木童子】 「ふん!」二人は力を合わせて蛇の目を焼いた。目を失った大蛇は苦しさのあまり地面に倒れ、のたうち回っていた。振り回される尾に人々は吹き飛ばされ、近づくことはできなかった。その傷口から無数の蛇魔が現れ、津波のように結界に向かって押し寄せる。間一髪のところで、空から鈴鹿山の鬼船が降りてきた。【鈴鹿御前】 「矢を放て!」矢が雨のように降り注ぎ、結界の前で蛇魔の動きを止めたが、大蛇の傷口からは次々と蛇魔が現れ、一波を防いでもまた次の一波が迫って来た。蛇の傷口に突然巨大な金の蓮が咲き、蛇魔の体内に根を張って縛ると、蛇の群れの出口をしっかりと塞いだ。【帝釈天】 「苦界に生まれ、故に目を閉じ、浄土を見る。」大蛇は痛みで全身を引きつらせ、震えていたが、諦める様子はなかった。【鬼王酒呑童子】 「その粘り強さだけは認める。」【煉獄茨木童子】 「はははは、この蛇魔をも褒めることができるとは、さすがは広き心を持つ我が友。」二人は協力して妖火を放ち、金の蓮とともに大蛇の体を呑み込んだ。蛇の腹から次々と蛇魔が出てきたが、妖火に焼かれて灰になった。残りの蛇魔は逃げ出したが、雪女の吹雪と大天狗の嵐によって引き裂かれた。大蛇が死闘の末に頭を上げたが、鬼切が刀を振り下ろすと、その頭は地面に落ちて鈍い音を立てた。【鬼切】 「これで終わりだ。」【黒晴明】 「どうかな。」この悪戦の一部始終は黒鏡に映し出されていた。大蛇を創り出したオロチは、最初から興味津々でその様子を見つめていた。退却する蛇魔を見て、苛立つどころか、むしろ最高に楽しんでいた。【オロチ】 「これでいい、長い間埋もれていた戦への渇望を引き出すのだ。正義のために手を赤く染め、その手でわずかな希望を掴む。感謝しているぞ、晴明。お前が雲外鏡を浄化していなければ、この世界の最後の希望はこれほど巧みに破壊されてはいなかっただろう。お前には、特別な贈り物を用意しなければいけないな。」黒鏡に映し出される都の城下の人々の中、まるでオロチの言葉を聞いたかのように、荒が突然頭を上げた。彼はまるで鏡の外の誰かを見つめるかのように、空をじっと見つめていた。 ……平安京の城下【藤原道綱】 「とりあえず、門は今のところ安全だし、陰陽師御三家の弟子達が警戒しているから、問題はないはずです。源氏の主と私は精兵を編成し、皆さんと一緒に都を出る準備をしていますが、いかがでしょう?」【小白】 「……この数の陰陽師を見るのは初めてですね。」【晴明】 「特に意見はないが、共に行く者はもう決まっている。他の鬼王達もそれぞれ行き先がある。陰陽師と同行してもいいと言うかどうかは、彼ら次第だ。」【藤原道綱】 「それは困ります。あなたがだめなら、黒晴明殿はどうでしょう。黒晴明殿、いかがでしょう?」【黒晴明】 「藤原家の人間か?来たいならついてこい。」【藤原道綱】 「では、黒晴明殿にお願いします。」【御饌津】 「でも……そうなると、玉藻前様一人では危険すぎるのでは?お供は朧車だけなんて。」【燼天玉藻前】 「気遣いは嬉しいが、心配は無用だ。私はとある友人を招待した。君と彼女は何かと縁もあるだろう。」【御饌津】 「私と?」【燼天玉藻前】 「陣眼の集合場所に着けば分かる。」六つの隊は都の門の下で別れ、それぞれ六つの陣眼へと向かった。荒は月鏡を使い、晴明、神楽、そして己の分身を投影した。三人の分身が博雅一行と出発した後、晴明は二人を連れて別の門から静かにヤマタノオロチの隠れ家を探しに黒夜山に向かった。【晴明】 「ヤマタノオロチは自身の好みに従って行動し、楽しいことばかり考えているように見えるが、これも彼の真の目的を隠すための手段にすぎない。」【神楽】 「例えば彼が密かに、源氏に巫女を生け贄にするよう唆したように……全ては封印から抜け出すための準備だ。つまり、これまで彼がしてきたこと、陰界の裂け目、鈴鹿山の侵食、争いを煽ること……無関係に思えるかもしれないけど、実は共通の目的がある?」【晴明】 「彼の狙いが本当に高天原への「審判儀式」であるならば、真実を解明するためには、高天原から取りかからなければならないだろう。」【荒】 「その通り。彼のやっていることは、かつて高天原で罪神を裁くのに行われた儀式の模倣だ。審判儀式とは、元々天照大神が人界に害をなす罪神を罰するために設けられた特別な儀式だった。高天原の神王、天照大神のことは知っているだろう。」【神楽】 「天照大神……巫女の起源となった神で、高天原の神々の支配者でもある。」【荒】 「今は名目上の支配者に過ぎないが。」【神楽】 「え?」【荒】 「本題に戻ろう。ヤマタノオロチをはじめとした七悪神が出現した後、神王である天照大神でさえも人界を襲う罪神を一人で解決することはできなかった。そして天照大神は自身を中心とした「三貴子」の力を結集させた。天照大神自身が審判の神となり、策定し、太陽と光輝の力を掌る。また、月読様を予言の神に任じ、天命をうかがい、月と星の力を掌る。須佐之男様を処刑の神に任じ、軍隊を率いて妖魔と戦い、雷と稲妻の力を掌る。天照大神は主君、月読が軍師、須佐之男が主帥となり、七悪神を鎮圧し、裁くことで人世を守ることが目的だ。この悪神の戦いの末、七悪神は確かに敗れ、ヤマタノオロチも閉じ込められたが……審判儀式はうまくいかなかった。」【晴明】 「その審判儀式の内容を聞かせてくれないか?」【荒】 「本来の審判儀式では、罪神の神格の罪は天照大神の八咫鏡と秤で比べることになる。掟は極めて簡単だ。善行が悪行より多ければ、八咫鏡よりも軽くなり、天照大神の加護を受けることができる。しかし悪行が善行より多ければ八咫鏡よりも重くなり、その場で処刑される。」【晴明】 「その場で処刑される?」【荒】 「三貴子の須佐様が神器天羽々斬を使用し、審判の場で罪神の神格を滅ぼすということだ。天羽々斬は天照大神の命令により鍛造された神器で、一度発動すれば罪神の神格を滅ぼすことができる。だが不思議なのは、ヤマタノオロチの罪は間違いなく八咫鏡より重いはずだが……天羽々斬も確かに使用されたのに、ヤマタノオロチは灰にならず、今も生きている。」【晴明】 「つまり、審判儀式が行われるには審判官と罪人だけでなく、処刑人と処刑の神器も必要だということだな。それこそが、ヤマタノオロチがずっと準備していたことかもしれない。彼の性格からして、審判者の座を狙うだろうが、処刑人と処刑のための神器も必要になる。しかし、彼の欲しがっていた天羽々斬は、須佐之男以外に扱える者のいない神器だ。」【荒】 「……」【晴明】 「……七悪神の戦いの時に、高天原でも予言の神が設けられた。ではこの月読様は、なぜ審判場の変化を予見できなかったんだ?」【荒】 「天照大神は、月読様にその審判のことを予言するようにと、命じていた。」【荒】 「それは、たった一言だった。」【晴明】 「一言?」【荒】 「裏切る神有れば、高天原は墜ち、一瞬にして灰と化す。」これを聞いて晴明は沈黙し、しばらく考えた後、再びゆっくり口を開いた。【晴明】 「荒様……」【荒】 「源氏の巫女、なぜ一言も話さない?」【神楽】 「う、苦しい……」その時、神楽の体から紫色の妖気が漂い、意識も次第に混濁して昏睡状態に陥りそうであることに、二人はやっと気がついた。【晴明】 「神楽!」晴明が神楽に手を伸ばすと、脱力した神楽は彼の腕の中に倒れた。【晴明】 「一体どうしたんだ?蛇魔に襲われてはいないはずだが。」【荒】 「彼女の魂にある怨念は、一度分離されている。しかし、それは表面的な枝葉を切り取られただけで、頑固な根はまだゆっくりと成長している。やがて芽を出し、彼女の魂の深い部分を蝕んでいく。ましてや、かつて源氏が巫女を生贄にした禁制の地に、再び神楽を連れてきたのだから。」【晴明】 「この地に刻まれた残酷さは、もうとっくに時の流れが消し去ったと思っていたが、そうではなかったか。罪はいつも、人が思うよりも根深いものだ……」……神楽は悪夢の暗闇の中で目覚めた【神楽】 「ここは……?」【???】 「神楽……神楽よ……」【幼い頃の神楽】 「あ、母上の声……母上、神楽はここです!」【神楽の母】 「神楽、私の可哀想な娘よ……悲しき宿命を背負った生け贄の娘よ……」【幼い頃の神楽】 「母上……」【源氏長老】 「本家の巫女になることは、一族の最高名誉じゃ。光栄に思え。一日中泣くなどみっともない。」【神楽の母】 「……うう。」その時、帰宅した幼い博雅は母親が正座して泣いているのを見た。【少年の頃の博雅】 「お前らは誰だ!なぜ家に押し入り、母を泣かせた?!父上がいないから、家に男がいないとでも思ったか!」【源氏長老】 「お前!」【???】 「博雅、下がれ。」【少年の頃の博雅】 「父上!お戻りですか!」【神楽の父】 「下がれ、これは大人の問題だ。」博雅は障子を開けて、憤然と立ち去るしかなかった。部屋に残されたのは泣いている母親、冷たい目をした父親、源氏の長老達、そしてその間に挟まれてどうしたらいいかわからない幼い神楽。【幼い頃の神楽】 「父上……母上は……」【神楽の父】 「こうなってしまった以上、私達夫婦は本家の決断を覆すつもりはない。この子の天賦の才能を恨むしかない。」【源氏長老】 「お前はまだ良識があるようじゃが、息子をもっと躾けろ。でなければ誰かが代わりに躾けることになる。」【神楽の父】 「今日はお帰りください。娘の荷物を整理し、改めて直接本家へお送りします。」源氏の長老達はその言葉に満足げに微笑んだ。父親は泣いている母親をちらりと見てから、長老達と共に去った。【幼い頃の神楽】 「母上……もう泣かないで。神楽はどこにも行かない、ずっと母上と一緒にいる。」【神楽の母】 「私の哀れな娘、哀れな娘よ!」その後、母親は毎日神楽のそばにいて、できるだけ彼女を喜ばせようと努めた。何も知らない神楽は、母と兄と遊べる喜びに浸っていた。長い間家を空けていた父親が、源氏本家の馬車で突然帰ってきた時だった。【幼い頃の神楽】 「父上、やっと帰ってきた。ずっと会いたかった!本家のお姉さん達が、新しい服をたくさん作ってくれたの。父上に見せてあげる。」【神楽の父】 「神楽、あれは巫女服だ。」【幼い頃の神楽】 「本家のお姉さん達が神楽に新しいおもちゃを作ってくれたの。父上に見せてあげる。」【神楽の父】 「神楽、あれは巫女の神楽鈴だ。」【幼い頃の神楽】 「本家の踊りも覚えたの。まだうろ覚えだけど、お姉さん達に褒められた。巫女のお姉さん達に、神楽は天資に恵まれた子だって言われた。父上にも神楽の踊りを見せてあげる。」神楽の話を聞いた父親は、冷たい様子で黙っていた。父親に褒めてもらいたい神楽は、覚えたばかりの踊りを踊り始めた。踊りを見た父親は何も言わなかったが、ずいぶん時間が経ってから口を開いた。【神楽の父】 「この神楽鈴もこの踊りも、神楽には似合わない。苦労してそんなものを学ぶ必要はない。神楽、君は踊りも下手だし、天資に恵まれてもいない。」【幼い頃の神楽】 「でも……!」神楽は神楽鈴を捨てて、父親の服にしがみつこうとしたが、父親はそれを受け流した。【幼い頃の神楽】 「父上!」【神楽】 「父上は踊りを認めてくれなかった。でも本家に行く日になったら、巫女の舞を見に来てくれるって約束した。だけどあれ以来、父上と会うことはなかった。その後、本家の長老達が私を新しい巫女として育てた。父上は二度と現れなかった。」広大な本家の屋敷から見えるのは、終わりのない塀。幼い神楽はより高いところに行けば、両親と兄がいる分家が見えると思い、一生懸命に黒夜山の山頂に向かって走ったが、日没までに山頂に辿り着けなかった。幼い神楽は一人で鳥居の下で泣いていた。【神楽】 「その時の私は、父上との約束のことだけを考えていた。私はできる子で、努力をすれば、父上も笑顔になるって証明したかった。でも、これから起こる悲劇について、私は何も知らなかった。」【???】 「そう、お前が悲劇を促した。故にどう足掻いても、お前は最初の悲劇に戻る。」【神楽】 「だ……誰?」【???】 「私が誰なのか、本当にわからないのか?我が巫女よ、私の声を、私の意思を、私の力と審判をこの世に伝えろ。」【オロチ】 「そのために生まれてきたのだろう?」【源博雅】 「神楽!神楽!」博雅の声が、荒の月鏡を通じて届く。【神楽】 「うん?」目を覚ました神楽は、顔が涙で濡れていることに気づき、急いで顔を拭った。【晴明】 「ようやく目が覚めたか。どうしても起きないから、月鏡を使って博雅に起こしてもらった。」【源博雅】 「妹を預けて一日も経ってないのに、なんでそんなことになってるんだ?くそ、今どこだ?すぐに行く!」【神楽】 「心配しないで、ただ疲れて寝てただけ。お兄ちゃん。もし本当に来たら、お盆まで話さないよ。」【源博雅】 「うっ!」【荒】 「ずっと寝言を言っていたな。」【神楽】 「悪夢を見たの。」【荒】 「またヤマタノオロチの記憶か。」【神楽】 「ううん。今回は私の記憶の奥に隠していた、記憶の断片。叶わない約束を思い出した気がする……でも思い出そうとすればするほど、胸が苦しくなる……息ができなくなりそう。」【荒】 「真実を知ったところで、決していい結果にならないことも多い。もし人間が生涯どれだけの苦難を乗り越えなければならないのか予め知っていたら、この世では生きていけないだろう。生きたいなら、忘れた方がいい。」【源博雅】 「おい、いいかげんにしろ!俺の妹はお前の言うような弱い人間でもないし、お前に同情されるような人間でもない!神楽は愛されて生まれてきた。そしてこれからも愛されて生きていくんだ。」【神楽】 「愛されて生まれてきた…でも、私なんかに愛される価値があるの?」【荒】 「……」荒に一方的に月鏡の繋がりを切られ、源博雅は怒鳴った。【源博雅】 「あいつ……まだ神楽と話してたのに!」【御饌津】 「博雅様、ご心配なく。荒様はこう見えても、神楽さんの面倒をちゃんとみてくれる人よ。」【小白】 「あんまり信憑性がないですね……」【源博雅】 「お前も大変だな。」【小白】 「博雅様、何て思いやりのある発言でしょう……」【源博雅】 「今の俺の怒りは一、二匹蛇魔を殺しただけで済むようなもんじゃないからな!陣眼はどこだ!蛇の巣を潰しに行く!」そう言うと長弓を手に取り、敵陣に向かって一人で突進していく。【御饌津】 「博雅様の闘志が高まったのは、荒様の策略かもしれないわ!」【小白】 「小白はそうではないと思いますが……」博雅の怒りのもと、一つ目の陣眼はすぐに鎮圧された。しかし、黒夜山の向こう側、濃い陰気の中でヤマタノオロチの気配を探している晴明達は、より危険な局面に直面していた。【晴明】 「この辺の蛇魔は他のところの蛇魔よりも大きく、霊力も異常に強いようだ。」【神楽】 「黒夜山は源氏の禁地。元々地下には、他所にはない力が埋蔵されてる。数百年間、巫女が生贄にされてきたから、ここの霊力は他所より強いの。」【荒】 「勝手に前に出るな、後ろに隠れていろ。魂の奥にまだ蛇神の力が残っている。この蛇魔に触れたら、何が起こる分からないからな。」【神楽】 「うん。」その時、巨大な蛇魔が空から降りてきて、三人の周りを旋回した。紫がかった黒い目がじっと三人を見つめ、口から舌を出していた。だが二人の後ろにいる神楽を見ると、突然頭を下げた。巨大な蛇魔は人間のように、礼節をもってお辞儀をしていた。その後、木々の間を這って行ってしまった。【晴明】 「この蛇魔達は力は強いが、知能は低い。神楽と主人の区別ができないようだ。」【荒】 「……」【神楽】 「ある意味難を逃れられたかな……」【晴明】 「尾行すれば、ヤマタノオロチの手がかりが見つかるかもしれない。」晴明はそう言い終わると、蛇魔を追いかけていった。荒と神楽の二人だけがその場に残された。【荒】 「さっきの蛇は、君を崇拝し、恐れていた。」【神楽】 「私を?」【荒】 「君がこの世に大難をもたらすが、あのお方はそんなことは許さないと言っただろう。その日が近づいてきた。」 |
鬼神
鬼神ストーリー |
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【星熊童子】 「それで!おいらが諦めずに情を訴え続けた結果、玉藻前様は小柄な朧車を数台大江山に貸してくれたんだ。足の遅い大江山の妖怪達は、もう朧車に乗って出発した。もちろん鬼王様のために一台確保してある。善は急げだ、とりあえず朧車に乗って、話はその後で……」【煉獄茨木童子】 「……朧車にも、体格の違いがあるのか?」【鬼王酒呑童子】 「顔も五官もあるから、おそらく食事もするんだろう。食べた量によって、体格の違いも出てくるんじゃねえか?古来より、美食や酒は強者が楽しむもんだ。食欲を持つ者は、例外なく強者と弱者に分かれる。玉藻前が手配してくれたこの朧車は、俺様の気品に合うものだとは言い難いが、大江山の鬼族を助けてくれたことに免じて、特別に許してやる。茨木童子、乗れ!共に朧車の上から見える景色を楽しもう!」【煉獄茨木童子】 「いいとも、朧車は私が走らせよう!」【星熊童子】 「待て、や、やめろ!」二人は星熊童子を載せた朧車に無理やり乗り込むと、瞬く間に雲の彼方に消えた。【鬼切】 「どうするつもりだ?俺が仲を取り持てば、お前にも機会があるかもしれないが、鬼兵部は別行動せざるを得ないだろう。」【源頼光】 「鬼兵部はついてくるが、何せ心を持たない兵器、常に指揮を取る者が必要だ。それに今日は特別に一番気性の荒い部下を連れてきたんだ。思う存分暴れさせないと、今度は私に盾突くだろう。」【鬼切】 「おい、誰がお前の部下だ!」【源頼光】 「ははは、今乗っているこの白馬のことさ。」鬼切が怒り出す寸前に、朧車が雲の上から地上に降りてきた。星熊童子が再び朧車を御していたが、彼は今や疲れ切った様子で必死に手綱を握っている。それどころか、朧車の顔までもが不安そうに歪んでいた。【鬼王酒呑童子】 「雷のような速さで走るのも悪くないが、おちおち酒を飲むこともできないとなれば、楽しみも半分になるな。」【煉獄茨木童子】 「この朧車のせいだろう。そこそこ速いが、安定性に欠けている。鬼王である友に見合う代物ではない。源頼光?まだ私達の後をつけていたのか。もしやまた何か良からぬことを企んでいるのか?」【源頼光】 「向かう先が同じだけだ。大江山は鬼界と人間界の狭間にある。そして黒夜山は源氏が管理する立入禁止区域でもある。ヤマタノオロチは二つの山の中間で儀式を執り行うと決めた。あの人跡未踏の危険な場所に行くには、古来より、険しい一本道を辿るしかない。」【鬼王酒呑童子】 「険しい一本道?所詮人間にすぎないお前は、かつてのこの地の盛況すら知らないだろう。数百年前、まだ山岳神を征服する前、俺様は鬼界と人間界を彷徨っていた。俺様がまだ鬼道の悟りに至っていなかった頃、大江山は鬼界と人間界を隔てる険しい山ではなく、人間と鬼族との争いが絶えない戦場だった。お前の言う険しい道は朱雀大路並みに広くて、同時に馬車が四台通れるほどだった。周囲には牛馬や従者が通る小道が無数に広がっていた。商人にも侍にもそれぞれの道があり、大通りでは絶え間なく兵士達が行き交っていた。戦場に武器や兵糧を運ぶ人々が、長蛇の列を作っていた。あの頃の鬼界と人間界の境目には、累々たる残骸が横たわっていた。高い山に登っても、赤く染まった川の始りは見えなかった。止まることのない兵士の列は、三日三晩歩いても、最後尾に辿り着くことは叶わなかった。生者は生き残るために鬼族に刃を向け、戦死すると妖魔となりかつての同族と殺し合った。繰り返す憎しみと生死の循環の中、人間と鬼族から無数の英傑が生まれた。実に痛快だった!しかし同時に悲しかった。あの景色に魅入られ、あの豪気に感化され、俺様はようやく鬼道の真意を悟った。」【源頼光】 「どれだけ悲壮な戦でも、結果を伴わねば、結局はただの空回りにすぎない。最後まで、人間は妖魔を根絶できなかった。そして妖魔も人間を破滅に追い込めなかった。戦というものにおいて、過程など意味を持たない。重要なのは結果だ。全ての犠牲は、全ての死別は、勝利をもたらした時にだけそれに相応しい価値が与えられる。したがって、その盛況とやらも、私から見れば退屈な空回りにすぎない。」【煉獄茨木童子】 「情趣を解さないやつめ。もしも戦場で誇らしげに「勝利できなければ、戦死しても意味がない」などと嘯いたら、お前の部下は全員間違いなく逃げるぞ。道理で言葉を発さず、理解もしない鬼兵部を作るわけだ。」【源頼光】 「心配ご無用、源氏の兵士は勝利の意味を心得ている。勝利を求めるのは人間の生まれつきの性だ。勝利という信念があるからこそ、無意味な人生を送ることを望まず、争うようになった。そのためなら手段を選ばず、無敗の王者になろうとする。」【煉獄茨木童子】 「ふん、勝利への執念に突き動かされ、勝利を掴み取るというのは確かに非難すべきことではない。しかしお前が言ったのは部下への否定、傲慢の上に成り立つ執念だ。お前は何があっても動揺しない強者であると自負している。そのうえ独断で他人の努力を裁定するつもりでいる。戦場に赴く時、私なら絶対にそんなやつにはついていかない!」【鬼切】 「それはあながち矛盾してはいないかもしれない。」【煉獄茨木童子】 「ん?」【鬼切】 「確かに源頼光の言う通り、戦の最終目的は勝利であり、結果は戦士達の手柄だ。しかし勝利は結果だけではないから、たやすく手に入れられるものではない。不正な方法で勝利を手に入れても、結局は否定され、無意味なものに成り下がる。ひいては新たな戦を引き起こす火種になるかもしれない。俺は誰よりも勝ちたい。だができることなら、正々堂々と手合わせしてその意味を手中に収めたい。」【煉獄茨木童子】 「これはどういう風の吹き回しだ?しばらく顔を見ないうちに、一人前に話せるようになったのか。」【源頼光】 「たとえ傲慢でも、私のことを理解してくれる部下もいるようだな。」【鬼切】 「また馬の話か?」【源頼光】 「そういうことにしておこう。」皆が言い争う横で、既に神酒を一杯飲み干した酒呑童子は杯を置き、再び源頼光と鬼切に目を向ける。【鬼王酒呑童子】 「何が正しいかはさておき、お前は一つ勘違いしている。あの戦いは、何も残さなかっただと?かつてあそこで争い、殺し合い、最後まで故郷に帰ることのなかった兵士達の怨念は、ヤマタノオロチの望む形で残っている。今でも、恐怖は人々の心の中に根を下ろし、芽生え、力としてヤマタノオロチに利用されている。」そう言い終えると、酒呑童子は再び杯に酒を注ぎ、異変が起きた空に向かって、太陽と月に挨拶するかのように杯を掲げた。【鬼王酒呑童子】 「そしてこうして、今の災いをもたらした。」【鬼切】 「この災禍の兆しは、人々が生み出した罪だと言いたいのか?」【鬼王酒呑童子】 「狭間の封印から脱出してから、ヤマタノオロチは大分力を取り戻したが、太陽と月を支配するにはまだ足りない。ヤマタノオロチはもとより世の中の邪念から生まれる邪神だ。その力を増幅させるものがあるとすれば、それは人々の罪だろう。」【鬼切】 「ならばなぜ妖魔にも悪影響を及ぼした?邪神のように力が強化されるはずなのに、なぜ理性を失い、獣に堕ちた?」【鬼王酒呑童子】 「世界の始まりの時、妖魔は存在しなかった。高天原の神々は人間を創り出し、善を成せと説いた。しかし人々は七悪神に惑わされ、罪に染まり、妖魔が誕生した。そう考えると、七悪神は鬼族の先祖と言ってもいいだろう。神々は人に善を成せと説いたが、そうはならなかった。悪神は鬼族に悪を成すことを望んだが、それも実現しなかった。悪神の長たるヤマタノオロチが望むもの、それはおそらく、純粋な、何にも縛られない「罪悪」だろう。」【源頼光】 「それなら、鬼道の真意を悟った鬼王と自称する者として、先祖の期待に応えるよう身を挺して手本を見せるべきではないのか?」【鬼王酒呑童子】 「はははは!源頼光よ、もし今高天原の神が世に顕現し、お前に聖人君子のように善を成せと命じたら、お前は大人しく従うか?」【源頼光】 「従わないな。」【鬼王酒呑童子】 「それと同じだ。人の行くべき道は神が決めるものではない。ならば当然、鬼が進む道も何にも縛られない。いまさら踵を返して、天命とやらに拘る道理もない。森羅万象の中、天命に抗うために生まれた一族が存在しているとすれば、それは間違いなく人間か鬼族のどちらかだ。」啖呵を切った酒呑童子がもう一度酒を呷ろうとして、杯はもう空になっていたことに気がついた。それを見た茨木童子は、すかさず酒呑童子と己の杯に酒を注いだ。【煉獄茨木童子】 「陰陽師、さっきからずっと友が一方的に語るように誘導しているが、まさか鎌をかけて鬼族の情報を聞き出すつもりか?」【源頼光】 「鬼族は私がいつか倒さなければならない敵だ。鬼族の情報には当然興味がある。しかし一方的に聞くだけでは確かに不公平だ。ここは酒のつまみに、私も陰陽師の秘話を少しだけ話そうか。今から数千年前の話だが、伝説によると、七悪神を倒した後、神々は高天原で七悪神を統べるヤマタノオロチの審判を行った。しかしヤマタノオロチは既に反撃の計画を立てていた。危機一髪で、雷神須佐之男は神器天羽々斬をもってヤマタノオロチの神格を斬りつけた。ヤマタノオロチは高天原より人間界に落ち、数千年に渡って狭間の中に封印され続けている。しかし、狭間に落ちたヤマタノオロチは脱出を諦めず、巨大な蛇体で狭間の隙間に体当たりを続けた。そのせいで大地は裂け、狭間の隙間から滲み出た汚れは、災厄と厄病の源となった。それに対抗すべく、人間は軍を集結し、まだ完全に封印されていない蛇神を徹底的に封じ込もうとした。だが僅かな成果しか出せなかった。邪神に侵食された人は蛇魔となり、人間達との終わりなき戦いを始めた。それはもう悲惨極まりない戦だった。人間には抗う術がなく、ヤマタノオロチが封印を突破するのはもはや時間の問題だった。伝説によると、狭間を守る墓守りが人間に高天原の秘法を教えたらしい。神力でも妖力でもなく、人間自身の霊力を使って妖魔と戦う術だ。その後戦況は逆転し、人間は蛇神を封じ込め、狭間の入り口を封印し、封印の地に結界を張った。結界内に都を作り、今の平安京を築き上げた。その秘法は、結界術の起源に当たる。そして最初に結界術を使いこなした四人の陰陽師は、平安京の陰陽師三家……賀茂氏、源氏、藤原氏を立ち上げた。」【鬼切】 「陰陽師は四人いるのに、なぜ陰陽師は三家しかない?まさか四人のうち二人が結婚して家族になったのか?」【源頼光】 「面白い推測だな。もし本当にそんな平和な理由なら、私も少しは安心できるのだが。」【煉獄茨木童子】 「違うと言いたいのか?」【源頼光】 「さあね。」【煉獄茨木童子】 「勿体ぶるな!」【鬼王酒呑童子】 「よせ、こいつも知らねえんだ。」【源頼光】 「鬼王は知っているのか?」【鬼王酒呑童子】 「四人が御三家を立ち上げた話は、昔経を唱えていた頃に聞いたことがある。四人目の陰陽師の行方について、色んな噂はあるが、どれも推測にすぎない。お前は真相を知っているのだと思っていたが、こっちの情報を聞き出そうとしていただけのようだな。そういうことならやめておけ。俺様はお前よりも遥かに長く生きてきたが、その四人目の陰陽師の末裔とやらには一度も会ったことがない。」【源頼光】 「それはまずいな。このまま放っておけば、いつか収拾がつかなくなるかもしれない。」【鬼王酒呑童子】 「お前は真相は知らないが、何か事情を知っているようだな。」【源頼光】 「源氏の当主として、四つ目の陰陽師一族が存在していたことは把握している。しかしあくまでも口伝のみ、書類での記録は一切残っていない。宮廷陰陽師になってから書庫で当時の記録を探してみたが、ひょんなことから予想外なものを見つけた。記録によると、平安京の皇居は星々の加護を得て皇族に繁盛をもたらすために、天象に詳しい陰陽師が建てたそうだ。記録にはそうはっきりと記載されていたものの、御三家の歴史を何度調べても、天文学と建築学に詳しい陰陽師に関する記載はなかった。しかし問題はそれだけではない。その名もなき陰陽師は皇居だけでなく、皇居の地下水路をも作っていた……残っている設計図を確認したところ、大量の隠し通路を発見した。そんな秘密を知った後、私は好奇心を掻き立てられた。隠し通路に入ってみると、それは想像以上に大掛かりなものだった。密室を十室以上通り過ぎても、隠し通路はまだまだ続いていた。しかしその先は設計図にも記されていなかった。設計者の目的が知りたくなった私は、何か手掛かりがないか密室を探した。そしてついに隠されていた記録の一部を見つけた。その記録には無数の注釈がつけられていて、何者かの実験の詳細も記されていた。その内容は誰もが驚くような、陰陽道というより、むしろ邪悪な呪術と言うべきものだった。その記録の中には、家紋らしき記号が頻繁に記載されていた。それは大きさも様式も都の御三家のものに似ていた。胡蝶の面のような模様だったが、都では一度も見かけたことがなかった。その時私はこう結論づけた。地下の建物を建てたのは、恐らく跡形もなく消えた四つ目の陰陽師一族だ。」【鬼王酒呑童子】 「今その話を持ち出したということは、ヤマタノオロチとも関係があると思っているのか?確かにあの蛇は陰陽師の一族を消すだけの力を持っているが、狭間の中に封印されていた。協力者がいなければ、陰陽師の一族を丸ごと消すことはできないはずだ。」【源頼光】 「それはどうかな。今の御三家の中で最も栄えていて、最も堕落しきった源氏一族も、数千年前には厳しい仕来りを守っていた。そうでなければ、藤原氏も賀茂氏も、蛇神の封印の地を守る役目を源氏に任せはしないだろう。しかし数代後の源氏は、蛇神の封印を解くべからずという家訓を守ってはいたが、ヤマタノオロチの甘言に乗せられ、巫女を生贄にする儀式を始めた。一族の繁栄のためなら命すらも軽んじるという弱点を邪神に握られてしまったからだ。代々蛇神を監視するという約束で手に入れた栄光が、まさか千年後に一族を縛る枷になるとは。枷を飾る偽物の栄光のためとは、本末転倒も甚だしい。邪神を監視すべき者が邪神に媚びを売り、巫女を捧げることで栄光を手に入れ続ける、これは源氏一族最大の恥だ。人間にとって此度の邪神討伐は、過去を清算するだけでなく、邪神に捧げる人間の祈りを徹底的に断つためでもある。」【鬼王酒呑童子】 「とりあえずは嘘ではないと思っておこう。源氏一族は蛇神と最も長い時間を共にしている。他の者よりも蛇神のことを詳しく知っているだろう。お前らはどう思う?あいつは一体どうやって高天原に復讐する気だ?」【源頼光】 「そうだな、彼は見物するのが大好きだ。敗れる前のヤマタノオロチは七悪神の長で、六柱の悪神を統べていた。彼の性格から推測するに、自分一人で楽しむのではなく、かつての部下を呼び戻し、己の最高傑作を共に鑑賞するのではないだろうか。」【鬼王酒呑童子】 「ほう?ならば、残りの六悪神はどこにいる?」【源頼光】 「戦に敗れた時、六悪神は天照によって六道の中に封印された。六道の世界はそれぞれ、違う六道の世界にも現世にも通じていない。これは七悪神が再び集うのを防ぐためだ。だがあの邪神のことだ、もう六道を開く方法を見つけたかもしれない。」【鬼王酒呑童子】 「現世で異界に行ったことのある者といえば、玉藻前はその一人だが、彼には彼の目的があるから、こっちに協力する可能性は薄い。天域の辺境にある深淵で、帝釈天はかつて幻術で異界を構築し、六道の結界を作った。そこに迷い込んだ俺様は、現世のものとは全く違う大江山を目にした。幻術の世界に過ぎないとはいえ、なかなか抜け出せない。」【源頼光】 「それよりも私が心配なのは、六道の異界は生きて帰れぬ場所ではないかということだ。陰陽両界の狭間に行けば、異界の時空に入れるかもしれないが、同時にそれは危険極まりないと聞いた。何の痕跡も残さずに消えた四つ目の陰陽師一族も、このようにして存在していた証拠を全て抹消されたのかもしれない。」【鬼王酒呑童子】 「陰陽の隙間を開く力があり、隙間から無事に帰ってきた者なら、二人知っている。一人はヤマタノオロチ本人だ。かつて自分に仇をなした陰陽師の一族を追放するために彼が隙間を開いたとしても、別におかしな話ではない。だが、もう一人いる。」【煉獄茨木童子】 「友よ、もったいぶってじらすのはよせ。もう一人というのは?」【鬼王酒呑童子】 「それはもちろん、大陰陽師晴明だ。」【煉獄茨木童子】 「あのお人よしが?」【源頼光】 「お人よしか、ふふ。あの男は幼い頃から、手に余るやつだった。」【鬼切】 「俺も晴明はそのようなことをする人ではないと思う。彼はいつも……他者の気持ちを考えている。」【鬼王酒呑童子】 「黒いほうはともかくな。白いほうは他の陰陽師に似ているというよりも、むしろ高天原の民に似ている。」【煉獄茨木童子】 「高天原?」【鬼王酒呑童子】 「それは更に古い伝説だ。神話によると、世界の始まりの時、高天原の天照大神は、彼女が創造した「愛」と輝きを万物に分け与えたらしい。故に、混沌としていた大地に人間が生まれた。天照から見れば、森羅万象は全て彼女の民なのかもしれない。人間はその中で最も特別な存在だ。なぜならば、人間だけが神の恩賜に感謝すべく、高天原に「愛」を貢ぐ、まさに高天原にとって理想的な民だった。」【源頼光】 「その頃、人と神は理想的な関係を築いていたのかもしれない。神は人に恵みを分け与え、人は神に愛と敬意を捧げる。それは互いに利益をもたらす関係というよりも、親子のような純粋な家族愛に近い。しかし家族愛というものは、親が子供に見返りを要求した時点で、純粋ではなくなってしまうのかもしれない。誰かに守られているかどうかに関係なく、幼子はいつか必ず大人になる。それにもともと人間は、高天原が創り出した存在ではない。」【鬼王酒呑童子】 「とはいえ、人間が鬼族に堕ちたことに、高天原の八百万神は驚きを隠せなかった。高天原からすれば、人間は神の民、鬼族は悪神の子だ。まさか鬼族が人間より生まれた存在だとは、彼らは思ってもみなかった。」【煉獄茨木童子】 「全くとんだ矛盾だな。至高の神なる者でも、己の地上の創造物への認識はその程度の浅はかなものなのか。これは至高の傲慢そのものだ。矛盾と傲慢は枷にすぎない、我ら鬼族が求める何にも縛られない鬼道の障害そのものだ。」【鬼王酒呑童子】 「ははははは!いっぱしの口をきくようになったのは鬼切だけじゃねえみたいだな。そうとも!万物は自らの生を生きるために生まれてくる。しかしいついかなる時でも、他人の望む生を生きてしまう者は少なからずいる。今思えば、神の子として生まれたのに鬼道に憧れてしまうことに悩んだ俺様も、無駄に自分を困らせてたんだな。」冗談を言い合っているうちに、一行は儀式の陣眼のすぐ近くまでやって来た。前日に偵察に来ていた源氏の陰陽師達が既にそこで待っている。【源氏の陰陽師】 「源頼光様、現場の状況を確認しました。陣眼は蛇魔に厳重に守られています。しかし、とりわけ強い蛇魔ではありません。今回連れてきた普通の武士でも、互角に戦えます。頼光様達にかかれば、鎧袖一触かと思われます。」【鬼切】 「ならば、俺が先陣を切る。」言ったそばから、鬼切は武士達を連れて林の中を突き進んでいく。一行と朧車が陣眼にたどり着くと、蛇魔相手に苦戦している鬼切達の姿が見えた。【鬼切】 「一体どうなっている?並みの武士でも蛇魔と互角に戦えるのではないのか?まさか嘘の報告をしたのか?」【源氏の陰陽師】 「嘘ではありません。昨夜、ここの蛇魔はこれほど強い力を備えてはおりませんでした……」【鬼切】 「一夜のうちに、蛇魔が入れ替わったというのか?」【源氏の陰陽師】 「我々は一晩中ここを見張っていました。蛇魔を倒すことはできませんでしたが、一匹も逃しませんでした。」【源頼光】 「となるとこう説明せざるを得ないだろう。同じ蛇魔だが、昨夜と今日で強さが違う。」【鬼切】 「昨夜はわざと実力を隠していた?」【煉獄茨木童子】 「勝負を決めるのは簡単だが、引き分けでいるのは難しい。仮に実力を隠していたとして、なぜ勝負をつけない?まさか蛇魔の実力は、相手によって変わるのか?」【鬼王酒呑童子】 「聞いたことがある。蛇神を封印する天羽々斬は相手の力量を反映することで、処刑の力を得る神器だそうだ。この陣眼も同じ特性を持っているのかもな。源頼光、戦わずして勝つのは俺様の本意ではないが、この陣眼に対する最適解は武力ではなく、浄化だろう。鬼族は攻撃は得意だが、浄化となると素人同然だ。お前らに任せる。」【源頼光】 「霊力をもって汚れを浄化するのは我ら陰陽師の使命、言われなくてもそのつもりだ。鬼切、撤退だ。ここにいる全員に伝えろ、十丈下がれと。」源氏の陰陽師が力を合わせて浄化に取り掛かる。半日後、陣眼の力は弱まり、結界近くの蛇の群れも次第に煙となって消えていった。しかし確実に弱まってはいるものの、陣眼はなかなか消えなかった。一行は近くで駐屯し、陣眼の力が完全に消えるのを待つことにした。 |
鈴火
鈴火ストーリー |
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玉藻前は平安京を出発した。途中で遅れてやってきた縁結神と偶然出くわし、共に陣点に向かった。 平安京の北側の密林の中……【縁結神】 「われらが向かっておるのは大江山の東北側じゃから、平安京から出発するならこう行って……(不安げに地図を見ながら)東南西……北はこっちじゃろう?あああ、こんなところで方向を把握するなど困難にもほどがあろう。ヤマタノオロチがまき散らした妖気が至るところにあって、太陽の方角すらも分からぬ。平安京から大江山までの、何度も通ってやっと覚えた道も、見つからぬときた!」縁結神は朧車に乗り、困り顔で空を見上げていた。雨雲が森の空を覆い、雲霧の中には妖気が溢れている。静かな密林の中も、陰に覆われている。時折、何かが通り過ぎてゴソゴソと音を立て、薄気味悪さが増していた。【縁結神】 「もしここで迷子になったら、唯一の落伍者になってしまうのう、それは恥ずかしすぎる。」【燼天玉藻前】 「(眉を寄せて考え込む)……」【縁結神】 「……大狐、しっかりするのじゃ!なぜ途中から合流したわれが道を探しておるのじゃ!?元々われは平安京への道が見つからず、遅刻したのじゃ。だから道を知らぬわれと、ぼんやりしたお主が道を探していては、真逆の場所に行ってしまうぞ!」【燼天玉藻前】 「……すまない、さっきは少しぼんやりしてしまった。確かに今は方向がわかりにくいが、この密林はそれほど広くないから、ここを出てしまえば道が分かるはずだ。方向が分からないなら、この汚された妖力をたどって、妖力の最も強い方に向かおう。」【縁結神】 「それはそうじゃが、道ももっと曲がりくねっておるじゃろうし、邪魔ものも多いのではないか?」【燼天玉藻前】 「事前に片付けられると思えばいい。晴明の計画通りにヤマタノオロチを止めても、邪神の妖力に影響されたものはそう簡単には消えてくれない。」【縁結神】 「これ以上事態を悪化させないために、すぐに行動するのじゃ!大狐も集中するのじゃ!」【燼天玉藻前】 「分かった。さっきは晴明の計画について考えていたから、ぼんやりしていた。」【縁結神】 「ん?何が気になるのじゃ?」【燼天玉藻前】 「いや。ヤマタノオロチの計画が千年前から始まったのだとしたら、今目の前にしているものが本当に全てなのかと思っただけだ。」【縁結神】 「それはまあ……われはそれほど複雑に考えてはおらぬ。分からぬなら、簡単に考えればよいのじゃ!水来たりて土を覆い、将来たりて兵迎え撃つということじゃ!」【燼天玉藻前】 「ああ、君らしいな。」【縁結神】 「……ううむ、その言い方はどこか微妙な感じじゃな?え?!この先で何かが動いた気がするぞ!ちょっと見てくる!」【燼天玉藻前】 「(首を振り)この神様はこんな時でもちっとも変わらないな。(だが、晴明は……)」【縁結神】 「大狐も早く来るのじゃ!」燼天玉藻前は来た方向を振り返る。その眼差しはいくつかの障壁を突き抜けて平安京で止まったようだった。その眼差しは一瞬留まり、すぐ近くにいる縁結神に向かった。そして、扇子を扇ぎながらついていく。【縁結神】 「なんて強い妖気じゃろう!この先に、ヤマタノオロチに汚された妖怪がおるのじゃろうな!あれ?妖気に少し火気があるようじゃ。なぜか親しみを感じるが……」【燼天玉藻前】 「ん?これは……」眩いばかりの炎が輝く刃に包まれ、暁の光が闇を切り裂くように、妖力を纏った妖怪を切り裂いた。真正面からぶつかってきた気配がまるで生まれたての冬の太陽のような暖かさと氷雪の冷たさを併せ持ち、心が澄んでいく。【妖怪甲】 「ああああ……ぐああ、ぐっ、貴様……」【鈴彦姫】 「ふん、何?汚れた妖気にまみれて私を攻撃してるんだから、こうなるのも当然でしょ?」【縁結神】 「鈴彦姫か!」【鈴彦姫】 「あら、君達。ここで会えるなんてすごい偶然。」【縁結神】 「……久しぶりに皆が揃ったのは嬉しいことじゃが、お主も少しは気をつけるのじゃ!」【鈴彦姫】 「あれ?」目の前に突然現れた狐火が、鈴彦姫の背後から突進してきた妖魔を優しく包み込む。妖魔は弱々しい狐火とともに静かに宙に消えていった。【妖怪乙】 「ぐあああ……」【燼天玉藻前】 「…………」【鈴彦姫】 「おっと、もう二匹見逃していた!ごめんごめん、ありがとう。道中たくさん倒してきたから、ちょっと油断してたかもしれない。さっき何か言いかけてなかった?」【燼天玉藻前】 「……いや。ただ君達二人は心が似ている。気心の知れた友人は得難いものだと言いたかっただけだ。縁結神、この友人を大切にすることだな。」【縁結神】 「……………………はあ、まあよい、大狐も手伝ってくれたことじゃ、われは何も言わぬ。それで、どうして雪国を離れたのじゃ?そのうえここに現れて。」【鈴彦姫】 「まあ、色々あってね。前回の祭りから雪国の結界が薄れ、その雪の幕も徐々に消えた。しかし、少し前から地脈から絶え間なく力が流れ込み、漂っている妖気もさらに強くなった。天現峰の下に埋められた神器も蠢き始め、常に強力な力が封印の結界を破って地上に現れ剣気になった。」【縁結神】 「!?それは危ないじゃろう!」【燼天玉藻前】 「こうしてみると、おそらくヤマタノオロチは千年前に高天原に裁かれ堕ちた時から準備を始めていたようだな。」【鈴彦姫】 「そう。だから私は雪山一族を雪山の下に移した。幸い結界はすでに消え、外界とも通じ、あそこから出ることができた。でもこの件を解決できなければ、雪国の状況は悪化する。住みやすいところではないとはいえ、この地域は雪山一族にとって特別な意味がある。私にも…………とにかく、問題を解決しないと。だから雪山一族を安全な所に落ち着かせてから、地脈の下にある妖力を追いかけてきた。」【縁結神】 「なるほど……雪国の異変もヤマタノオロチの儀式に影響されたものじゃろう。天羽々斬の封印だけでは、これほど巨大な力を封じ込めることはできぬ。」【鈴彦姫】 「つまり、所々がこの妖力の影響を受けていて、その源はヤマタノオロチだってこと?」【縁結神】 「そうじゃ!今この件を解決しておるところじゃ。」【燼天玉藻前】 「君もそのために来たなら、協力してはどうだ?少しでも勝算が高まる。」【鈴彦姫】 「わかった。一人で戦うより、人数が多いほうが有利だ。ところで他の人は?この前あんた達と一緒に雪の谷に来た陰陽師達。あ、あと、押しかけてきた男も、鬼族か?皆はどこへ行った?」【縁結神】 「晴明達とわれらの目的地は違うのじゃ。我らは大江山の北東部に行く。そして鬼童丸は……鬼童丸は雪国を離れた途端、誰かを探しに行くと言って、興奮した様子で姿を消したのじゃ。その相手が不運に見舞われぬことを祈ろう……」三人は妖力の源を追い続け、密林を抜け出し、大江山に向かう途中で逃げている最中の人々に会った。【村民甲】 「た……助けて!助けて!」【おばあさん】 「ううう、わしの家が……」【村民乙】 「誰か助けに来てくれ……助けくれ、神様!聞こえますか?神様、助けて!」崩れた大地には悲惨な叫びが響き渡り、多くの人々はどうすることもできず空を見上げていた。【村民】 「神……神よ、私達をお助けください!私達は何か悪い事をしたのでしょうか?これは私達への罰なのでしょうか……」【縁結神】 「…………」【鈴彦姫】 「…………」【縁結神】 「おじいさんおばあさん、起きてください。大事な物だけ持って、平安京に行こう。都には陰陽師の結界があるからまだ安全だ。」【おばあさん】 「安全……じゃがどうやって妖怪を避けてその場所へ行く?お嬢ちゃん、わしは平安京に着いたらどうすればよいのじゃ……ここがわしの家なんじゃ……」【村民】 「うう、わしの家が……」【縁結神】 「これは……」背後から手が伸びてくる。その掌には炎の気をまとった鈴がいくつかあった。【鈴彦姫】 「おばあさん、これを持っていて。この中には、ええと……あなた達を守る力が込められている。これを手にしていれば、普通の妖怪なら近づけない。もし本当に危険に迫られたら、あなた達を守ることもできる。平安京に着いたらどうすればいいのかは……私にもわからない。行ったことがないから。でも私の族人が引っ越したばかりの時、彼らも不安そうだった。それでも今は、危険が迫ってる。今は家が大事かもしれないけど、もっと大事なのは、それが何を象徴しているかってこと。だから、生き続けることが一番重要。それ以外のことは、後で考えよう。」【縁結神】 「そうじゃ!この赤い糸もつけて!あまり役には立たぬかもしれぬが、暗闇で迷子になりにくいから気が紛れるぞ!」【おばあさん】 「あ……ありがとうございます。」【村民】 「皆様は我々を助けてくれた大恩人です!」【女の子】 「お婆ちゃん……狐ちゃん、一緒に連れていっていい?」【おばあさん】 「まったく!まだあの狐のことを考えておるのか!持てないほど荷物があるのに、連れて行くのかい?」【女の子】 「でも……でも……狐ちゃんは私の唯一の友達なの……何度も助けてくれた!」【村民】 「そうか、その狐か……いつも森を彷徨い、はぐれた鶏などをたくさん捕まえているのを見たことある!」【縁結神】 「ん?この狐の気は……普通の狐ではなく、霊感を持った妖怪のようじゃ!」【村民】 「なに!?妖怪だと?!」【女の子】 「狐ちゃんは狐ちゃんよ、妖怪じゃない!お婆ちゃん、お願い!」【おばあさん】 「仕方ないのう……自分で世話をするのじゃよ?婆ちゃんも年を取ったし……あんたのそばにいられる時間は残り少ない。この狐はまだまだ長い間、あんたのそばにいてくれるじゃろう。」【燼天玉藻前】 「ほう?その狐が妖怪だとしても、怖くはないか?」【おばあさん】 「婆ちゃんは目がよく見えんが、この子は目がよく見える。この子が怖くないのなら、それでいいんじゃ。」【燼天玉藻前】 「…………(軽く笑いながら)まったく……同じ人間でも、心はそれぞれ違うな……私もただ傍観しているわけにはいかない。」玉藻前は扇子をあおぎ、どこからともなく蛙式神を何体か召喚した。【玉藻前蛙】 「ゲロ!玉藻前様、今日はどんなご命令でしょうか!」【燼天玉藻前】 「平安京への道はお前達も覚えているだろう。朧車でこの人達を連れて行ってやれ。」【玉藻前蛙】 「かしこまりましたゲロ!拙者は以前、玉藻前様に何度もお届け物をしたので、道は完璧に覚えていますゲロ!拙者に任せてくださいゲロ!」【村民】 「こ……これは……」【縁結神】 「怖がる必要はない!彼らは皆……玉藻前様の式神達じゃ。安心して彼らと行くのじゃ。そうすれば平安京に辿り着ける!」【村民】 「……お心遣いに感謝いたします!あなた達は……神よりも柔軟に、我らのような者にも情けをかけてくださる。わしには何もできませんが……ただあなた達の進む道に、幸あらんことを祈っております……」一部の人は朧車に乗り、蛙式神達と共に暗い密林の中へと入っていった。赤縄と鈴の微かな光が、彼らの進む暗い道を照らしていた。【縁結神】 「ふう……何はともあれ……全員救うことはできなかったが、力を尽くすことはできた。」【燼天玉藻前】 「なんといっても、神よりも柔軟な心を持っているのだからな。」【縁結神】 「…………はは、そんな風にからかうな。われはただ、われにできることをしただけじゃ。神を自称しておるが、今のわれにはできぬことが山ほどある。われがあの場所を去ってから、もう長い時間が経った。われのような道に背いた神に、彼らと同じような力を持つことはできぬ。」【鈴彦姫】 「なにかあったのか?」【縁結神】 「昔のことを思い出しただけじゃ。とはいえ全て過去の事、あまり思い出すことはないのじゃが。」【鈴彦姫】 「…………高天にいた時の事か?」【縁結神】 「ん?何か思い出したのか?そういえば、お主が昔高天原にいた時のことを聞いたことはなかったのう。デカ氷が……いや、誰じゃろう、なぜだか分からぬが、皆あの審判の前後に起きた出来事については全く話そうとせぬ。」【鈴彦姫】 「気にしないで、あたしもそんなに気にしてない。でもあたしはまだあの時の記憶が戻ってないし、大司祭もその件については触れてこなかったから、あまりよく分からない。ただ、あたしもちょっとよく考えてみた。どうして高天原は、天鈿女命の帰還をそんなに急いでいるのか。仮に、太陽の恵みと輝きをもたらす為だとしても、天照様さえいれば良い。そこまで焦る必要はないはず。日が落ち、また昇る。人の世も変わらない……何が問題なのだろう。もし何か異変があるとしても……太陽が人の世に存在する限り、高天原に解決できないことなどないはず。」【縁結神】 「まさか個人的な理由で……はは、は、われには分からぬ。われはとっくにあの場所から去ったのじゃから。」【燼天玉藻前】 「それを言うなら、一体なぜお前が高天原を去ったのか、私には理解できない。」【縁結神】 「……健全な友情を維持するには、適度な距離が必要じゃぞ……ゴホン、そうじゃな、それはわれが、ちょっとした過ちを犯し……いくつかの矛盾を、少し過激な方法で処理しもうて……皆、われのやり方や考え方にあまり賛成できなかったのじゃ。そうしてわれは、あそこを飛び出したのじゃ。具体的な内容じゃが……古い話を今更蒸し返す必要もあるまい。ともかく、縁結神としては、下界に降りてきてこそ、われに付き従う多くの信徒をより一層守り、より多くの人に幸せをもたらすことができるのじゃ!高天原では……価値観の相違があったにすぎぬ。彼らにとっては、雲の上に座していることが、正しい神の在り方なのかもしれぬ。地上の全ては、まるで蟻のように矮小な存在であると。蟻の声に、返事をする必要などないと。」【燼天玉藻前】 「ふん、傲慢だな。」【鈴彦姫】 「………………(自分の傘を強く握りしめ)そう、傲慢なの。」【縁結神】 「現在の人の世を、彼らが見ているかどうかも怪しいところじゃ。縁を結ぶ対象は、人間界の生物に限らぬ。神と人間の間にも、深い縁があるのじゃ。もし本当に関わることをやめ、神と人間の縁が切れてしまったら、どうするつもりじゃろうな?はあ、ここまでにしておこうかの。考えすぎて頭痛がしてきたぞ!まずは目の前の面倒事を片付けなければならぬ。儀式の場所までは、あとどれくらいじゃ?」【燼天玉藻前】 「妖力が段々濃くなってきた、それほど遠くはないだろう。」【鈴彦姫】 「あなた達にも見える?何かこっちに近づいてきてる。」近くの暗闇の中から、未知の生き物の咆哮と息遣いが聞こえてきた。それはその場所に危険が存在することを示唆していた。【侵食された妖怪甲】 「ぐおおお!!!うう、ぐあああ!」【縁結神】 「こやつらは、汚染された野獣か!」【燼天玉藻前】 「それだけではない、あそこを見ろ。汚染された人間と妖怪がいる。」【鈴彦姫】 「ちっ、やつらが全部集まったら、大軍になるんじゃないか?!あっちから蛇の音が聞こえた。ヤマタノオロチの儀式の場を守る怪物、邪神の蛇魔か?」【縁結神】 「では共にあちらを見に行くぞ!」太刀影と狐火が天地を覆い、湧き出てくる汚染された大軍へと向かう。蠢く妖力の源を焼き尽くすと、続いて赤縄が彼らを纏めて縛り上げた。怪物の咆哮がひとまとめになり、段々と彼らから遠ざかっていった。【鈴彦姫】 「これが怨念天成というものか?」【縁結神】 「…………これは簡単で便利な方法じゃな。ん?どこかから泣き声が聞こえたような?お主らにも聞こえたか、われの幻覚ではなかったようじゃな。」【女子】 「ううう、ぐすっ、うう、うう、わ……私の……子供が……」【女子】 「うう……わ……私の……子供……」身体の半分が黒く、妖気に汚染された人間の女が、どこかに向かって這っていた。彼女は凶暴な表情をしていたが、目には涙を浮かべ、それほど遠くはない、時々音のする場所を見つめていた。三人が彼女を追いかけて行くと、巨大な蛇魔が光りを放つ儀式場に巣食っているのを見つけた。蛇魔の傍には、身体の半分が蛇魔と化した妖怪が無数に蔓延っていた。」【縁結神】 「あの母親は……子供を探しておるのか?」【鈴彦姫】 「きっと、彼女が掴もうとしているあの子供がそう。ただ、左右の耳の形が違うみたい……」【燼天玉藻前】 「……半妖か。母親は人間だが、子供は半妖なのだな。」母親は手を伸ばし、蛇の尾から出てきた息子を懐に抱こうとしたが、子供は母親の首に噛みついた。母親は身体を強張らせながらも、腕を伸ばし子供を抱きしめた。彼女の涙が、噛みつく彼の顔に落ちる。それでも母親は、満足そうな表情を浮かべていた。その時、一筋の金色の炎が辺りを燦然と照らし、彼らの足元から緩やかに立ち昇った。黒い蛇毒はたちまち浄化され、蛇の尾が二本の足へと戻った。元の姿に戻った母子は、燃え盛る炎の中、安らかな眠りにつき空へと消えていった。鈴彦姫は刀を手に持ち、身を翻すと、激しい怒りをあらわにしながら湧きあがる蛇毒を一刀両断した。【鈴彦姫】 「残念だけど、私の焔にできることはこれだけ。神の火は蛇毒を駆除することはできても、命を蘇らせることはできない。玉藻前は彼らを助けたかったみたいだけど、勝手な真似をしてしまった……」【燼天玉藻前】 「いいんだ。私はただ……昔の事を少し、思い出していた。まずはここの蛇魔を始末してしまおう。」【縁結神】 「そうと決まれば、やるぞ!蛇魔を始末すれば、儀式場を制圧することも出来るはずじゃ!」三人が一斉に攻撃する。炎が燃え上がり、赤縄が蛇魔の身体を締め上げ、その頭と尻尾を固定した。そして、彼らに向かって突進してきた怪物達も全て縛り上げた。【縁結神】 「早く早く!われにできるのは縛ることだけじゃ、残りはわれ一人ではどうにもならならぬのじゃ!」【鈴彦姫】 「わかった!この人達……この人達はどうすれば?!」【燼天玉藻前】 「…………彼らはもう完全に汚染されている、消滅させるしかない。」【鈴彦姫】 「…………ちっ!」金色と赤色の入り混じる炎が燃え盛り、輝く刀身が振り落ろされ、猛烈な狐火と共に蛇魔の身体に向かって放たれた。それは具現化された、鈴彦姫の心の怒りだった。燃え盛る炎によって、辺り一面の空間が捻じ曲がる。それはまるで大きな形なき嘴が、罪に染められた命を呑み込んでいるようだった。そこに残ったのは、彼らの遺志を示すかのような、一筋の青い煙だけだった。【鈴彦姫】 「利己的な欲望の為に他人を傷つけるなんて、許さない!」【燼天玉藻前】 「悪は、永久に地底で眠らせる。日の光を拝ませてはならない。」彼らの死闘により、邪悪な気配は段々と霧散していった。蛇魔は断末魔をあげ、空へと消えていった。彼らはこうして、ようやく儀式場を一つ奪い取り、制圧することができた。【縁結神】 「はあ……疲れたのう。さっきは危なかったな。」【鈴彦姫】 「ふう……これでこの儀式場の問題は解決できたけど、これからどうする?」【縁結神】 「とりあえずは……一旦、晴明達を待つのじゃ。ん?大狐はどこじゃ?」【鈴彦姫】 「たぶん……あのへんじゃない?」玉藻前はそう遠くない場所で座り込み、手に何かを持って、放心しているようだった。【縁結神】 「大狐、ここで何をしておるのじゃ?む、それはなんじゃ?腕輪か?」【燼天玉藻前】 「(手に持った腕輪を撫でながら)これは、さっきの母子が落としたものだ。」【縁結神】 「その顔、どうやら特別な物のようじゃな?」【燼天玉藻前】 「(微笑んで言う)そうだ。馴染みのある気配を近くに感じるとは思っていたが。まさか、この腕輪だったとは。」【縁結神】 「お主はこれが何か知っておるのか?」【燼天玉藻前】 「ああ、これは妖気を覆い隠す道具だ。特に珍しいものと言うわけではないが、ただ……昔、友人がくれた物だ。その友人は、お前達は面識こそないだろうが、お前達のよく知っている者と関係がある。大陰陽師晴明の母、葛葉だ。」【縁結神】 「!!!」【鈴彦姫】 「そうか、晴明の母上か。そういえば、晴明も半妖なんだっけ?母親の血筋を継いでいたのか。」【縁結神】 「あの大妖怪、白狐の葛葉が!大陰陽師の益材と……そうじゃったのか。直接会ったことはないが、その話本は何度も売……見たことがあるぞ!つまり、彼女は昔この場所に来て、あの母子にこの腕輪を授けたのじゃろうか?」【燼天玉藻前】 「私はもう長い間、彼女の消息を知るすべがなかった。だがこの腕輪はそれほど古くない。消息を知ることができたと言ってもいいだろう。まさか、これほど時間が経っても、彼女が未だにそうしていたとは。」【鈴彦姫】 「つまり、彼女が姿を消して久しいってこと?晴明も彼女の行き先を知らないの?」【燼天玉藻前】 「きっと知らないだろう。そうでなければ、益材が彼女を追いかけて消息を絶つはずがない。それに彼女は失踪する前に、私に子供の面倒を見てくれと頼んできた。だが、益材は彼を賀茂忠行に預けた。私も多くは聞かなかった。気がつけば、もうこんなに時が経っていたのだな。」【縁結神】 「……何だかとても頼りない両親のようじゃな?!」【燼天玉藻前】 「私はそうは思わない、彼女にはきっと彼女なりの考えがあったのだろう。私が手に入れた、彼女に関する最後の手がかりは、試練の地……六道に関するものだ。私はその中の一つを選び、そこで見つけたのだ……私の魂の帰る場所を。今思えば、私がここで葛葉の遺した最後の痕跡を見つけたのも……きっと何か関係があるはずだ。六道、葛葉、六つの儀式場……このすべてに、関係があるのだろうか。六道の試練の終着点とは一体?また後で晴明と話す必要があるかもしれない。その前に、彼らがうまくやっていることを願おう。」 |
世界
世界ストーリー |
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城門を出た後、天域の天馬はずっと戦場の上空を駆け回っている。帝釈天は読心術を通じて晴明達と連絡を取り、空中から晴明達の動向を観察して、部隊の行動を支援している。【帝釈天】 「空にいれば地上の蛇魔には邪魔されないが、やはり不便なところもある。簡単に仲間の安否を確認できるが、いざという時にすぐに駆けつけられない。この特別な能力のおかげで、盟友と友人の話が弾む様子を目にしても、仲間に加わることができず、少し落ち込んだ。」【毘瑠璃】 「落ち込まないでください、私達姉妹はいつもお側におります。」【帝釈天】 「そうだな、それに今は感傷にふけっている場合ではない。毘瑠璃、蘇摩、天域の部隊を五手に分け、私から少し離れたところで陣眼の上空を守ってくれ。地上の陰陽師の部隊が危険な目に遭っていたら、弓矢で支援するんだ。ただし、地上の人々に気づかれてはいけない。雲の中に隠れているように。」五手に分かれた部隊が離れると、帝釈天は自ら親衛隊を率いて晴明達を護衛し、幻術で三人の姿を隠した。黒夜山を進む晴明は、すぐに帝釈天の存在に気づいた。【晴明】 「影から援護してくれているのか、帝釈天。」【帝釈天】 「やれやれ、もう気づかれてしまったか。」【晴明】 「厳密に言えば、この件は天域とは関係がない。それでも君は自ら助けの手を差し伸べてくれる。やはり天人一族の言う通り、君は慈悲深い王のようだ。」【帝釈天】 「ふふ、私は慈悲深い王などではない。ただ王として、借りは返さねばならない。あなた達は天域が危機に瀕した時に助けてくれた。当然お礼をしなければならない。」【晴明】 「全てが落ち着いたら、私の庭院にも来てくれ。王としてではなく、私の客人として。」【帝釈天】 「客人か、素敵な響きだ。以前都の市場で、店に並ぶ花や動物の形をしたお菓子を見た時、その美しさに見惚れてしまった。ああいう可愛らしい食べ物を天域の都でも楽しむことができれば、天人の民達も純粋な心を思い出し、争いが減るかもしれない。晴明、教えてくれ。もし異族の者が商売の話を持ちかけたら、人間の王族は断るだろうか?」【晴明】 「恐らく簡単には承諾しないだろう。」【帝釈天】 「ならば、力ずくで押し通すしかない。」【晴明】 「……新たな危機はいつもこうして予想外なところから襲って来る。平安京は苦難の道を歩むしかないようだ。」【帝釈天】 「平安京を待ち構える運命は、確かに残酷だ。」【晴明】 「一人で空に残されたことを恨んでいるのか?」【帝釈天】 「ふふ、まさか。」地上の部隊がそれぞれ担当する陣眼に向かっていくのを確認し、晴明達もこっそりと黒夜山の禁域に入った。【帝釈天】 「蘇摩、毘瑠璃、我々の目的地にある陣眼の場所は見つけたか?」【蘇摩】 「所在地は既に突き止めました、いつでも出撃できます。」【帝釈天】 「一部は待機部隊として雲の中に残れ。あなた達二人は、精鋭部隊を率いて陣眼を制圧せよ。」【蘇摩】 「帝釈天様はご一緒されませんか?」【帝釈天】 「この討伐において一番重要なのは陣眼制圧ではなく、晴明と共にヤマタノオロチ本人を倒すことだ。蛇魔は数こそ多いが、知恵を持たない。人を絶滅の危機に追い込むことができたのは、やつらに手強い王がいるからだ。その王は、部下を屠られても、財産を奪われても、城を焼き尽くされても、必ずまた返り咲いて襲ってくる。彼を倒す方法は最初から一つしかない。晴明達がこの計画に賛成したのも、それに気づいたからだろう。それはつまり、彼本人を倒すことだ。」【毘瑠璃】 「それでも、部外者である帝釈天様は自ら出撃しなくても、陣眼を一箇所制圧すれば、十分に恩を返したことになりませんか?」【帝釈天】 「毘瑠璃、蛇というのは、実は目がほとんど見えないんだ。故に、目の前に現れた生き物にはとても残忍で、絶対に逃さない。平安京に協力すると決めた時から、私は獲物としてあの蛇に睨まれ続けている。そして獲物と狩人は、往々にしてどちらか片方しか生き残れないものだ。」【毘瑠璃】 「帝釈天様……」【蘇摩】 「毘瑠璃、下がりましょう。帝釈天様の邪魔をしないように。」二人が出ていくと、帝釈天は冥想に集中し、無限に広がる精神世界をくぐり抜け、数多の人々の悲鳴の中で特別な声を探し始めた。精神領域の奥、万物の根源のように人々の苦痛と繋がりながら、沼のような闇の中に隠れている漆黒の影が浮かび上がる。それに触れたものは忽ち生気を失い、沼の奥に沈んでいく。【???】 「招かれざる客よ、名乗れ。」【帝釈天】 「私を中に招いたのに、私の名を知らないというのか?」【???】 「天人の王、その傲慢は賢王の名に泥を塗るぞ。お前は果たして本当に民に称えられるような王、讃頌を享受できる王になれるのか?」【帝釈天】 「民が慈悲を祈れば、私は賢王になる。民が刑罰を求めれば、私は暴君になる。王たる者、民のために生き、国のために死す。」【???】 「民の求める存在になる、それがお前のやり方か?」【帝釈天】 「いかにも。」【???】 「ほう?もしお前が民が望む者でしかないのならば、今ここにいるお前は、一体何者だ!自分の意志で肉体を捨て幻影となった殉教者め、お前ごときが、王と名乗るか?」黒い影が帝釈天の目の前で膨らんでいき、人々の悲鳴と嘆きを悉く呑み込んだ。終わりの見えない姿はやがて無限の闇となった。飲み込まれた世界は死のような静寂に包まれた。この世には帝釈天しか残っていないかのようだ。しかし帝釈天は気にすることなく蓮の花を放った。帝釈天の命令を受けた蓮は闇の中に根を下ろし、闇を吸収して育つと、瞬く間に咲き誇り、瞬く間に枯れ果てたが、闇の世界の一角を切り裂いた。結界は裂け目から崩れ、世界の本来の姿を現した。号泣と嘆きが波のように押し寄せ、砕けた影の中にようやく人の形が浮かんだ。巨蛇が泥沼の中でうねり、いくつもの蛇眼が帝釈天を囲む。【帝釈天】 「出会い頭にとんだ茶番を見せてくれたな。ヤマタノオロチ、噂通りの悪趣味っぷりだ。」【オロチ】 「客人が遥々訪れてくれたのに、全力でもてなさなければ失礼だろう。本当は黒鏡を使って幻術の中に閉じ込めるつもりだったが、見破られてしまった。さすがは幻術の王と言うべきか。鏡に映し出された自分すら信じないとはな。」【帝釈天】 「狡知の神には敵わない。私の読心術を完全に隔絶できたのは、あなたが初めてだ。」【オロチ】 「ならば、単刀直入に要件を教えてもらおう。私も気になっている。天人の王の期待に沿えるもてなしとは、一体どんなものか。」【帝釈天】 「それはここまで事態をこじらせたあなたの目的次第だ。」【オロチ】 「ここに辿り着き、これを目にしたのに、私の目的が分からないはずがないだろう。」暗い幻境の中に、巨大な天秤の幻影が浮かび上がった。天秤に巻き付く巨蛇が、三貴子の神像を締め付ける。蛇神本人は、厳然たる姿で審判者の如く天秤の中央に座り、苦しみに悶える現世を見下ろしていた。【オロチ】 「一族の王であるお前も、頂からこのような盛況を目に収めたことがあるだろう。悲しく嘆かわしく、度し難い人間が苦しみに悶え、足掻き、最後には川底に沈み、誰も見向きしないへどろになる。泥の中にいる人々は繋がっている。泥の中から掬おうとしても、一人を助けるには、千人を犠牲にしなければならない……帝釈天よ、お前もそう思うだろう?」【帝釈天】 「その通りだ。この世には弱肉強食の法則が確かに存在する。強者は弱者を踏み台にして高みに昇る。人々は皆そうなることを望んでいるが、その望みが叶う者はわずかしかいない。そして最後は誰もが泥の中の蓮のように絡み合い、時に沈んだり、時に浮かんだりする。水面に浮かび出る一時の安寧を奪い合う。少しでも油断すれば、永遠に泥の底に沈んでしまう……これはこの世の生きとし生けるものの生き様だ。」【オロチ】 「その生き様に、賢王と自負するお前も甘んじるしかないのか?」【帝釈天】 「甘んじてなどいない。答えを探すべく、かつて私は幻術を通じて、忉利天という名の故郷に辿り着いた。そこで私は、違う生き方を見つけた。万物は区別なく、形のない世界に生きている。どんな願いも叶い、この世では想像できないほどの幸福が手に入る。」【オロチ】 「ふふふ、ならば、なぜまだここにいる?民を切り捨てると決め、恐れをなして逃げ出したのか?」【帝釈天】 「私は形なき忉利天をもって人々を救いたい。だが人々は形ある苦界を手放してはくれない。」【オロチ】 「まさに愚の骨頂、お前もそう思うだろう?」【帝釈天】 「そうかもしれない。しかし人々を忉利天へ誘ったとしても、ほとんどの人に抵抗され、受け入れてくれるのはたった一人かもしれない。それでは一人を救うのに千人を犠牲にしたも同然だ。その道を選ぶのは、あまりにも愚かだ。私は喜んで人々が望む王になる。人々が望む幻のようなものだ。私は彼らが望む全てを与える。人々が苦界を欲しがるならば、私は彼らが苦しみに悶える姿を愛でるしかない。」【オロチ】 「いつも残酷な天人の王が、これほどまでに慈悲深いとは。これはこれは、実に勉強になった。おかげである旧識のことを思い出した。彼も仁義や道徳にうるさい聖人だった。冷たい態度とは裏腹に、喜んで殉教するような人だった。悪の化身である私ですら、彼を見ると少し哀れに思う。しかし帝釈天、お前は分かっているか?世の中の水は無限に湧き続けるが、火はいつか燃え尽きる。私の哀れな旧識も、最後には燃え尽きてしまった。しかし私が残した罪は数千年に渡って暗流の如く流れ続けた。無数の城に、村に、人の心に、魂に、潤いをもたらした。枯れ果てた地には私が潤いを与え、繁栄をもたらした。飛んで火に入る夏の虫か、水を得た魚か。天人の王よ、どの結末を選ぶべきか、答えは明白ではないか?」【帝釈天】 「形あるものはいつか滅びる。これはこの世の法則だ。しかし忉利天を捨ててこの世界を選んだ以上、私はその法則に従う。」【オロチ】 「悲しく嘆かわしい、哀れな者よ。前方に待ち受けるのは火の海だと知りながらも歩みを止めず、自分は王だと言い張る。しかしいざとなれば、己が道には殉じても人々には殉じない。民がそれを知ったら、一体どう思うだろうな?」【帝釈天】 「民が知る必要はない。忉利天の「幸福」を知る必要がないのと同じだ。この世に生きる者は時に、無知でいたほうが幸福でいられる。」【オロチ】 「しかしここと忉利天以外にも、各々が異なる法則を持つ千万の世界が存在するとなればどうなる?」【帝釈天】 「……」【オロチ】 「天人の王よ、幾千万の宇宙の中に「滅び」のない世界が存在しているとすればどうだ?その世界はお前の求める理想郷か?そこにお前の求める答えがあるのか?お前は、最愛の民を連れて、そこに向かうか?」……幻境の外、林の中 蘇摩と毘瑠璃は雲上の馬車を降りると、天馬に乗って地上に降り、陣眼に向かって進軍を始めた。出発して間もなく、先頭に立つ主将蘇摩は急に手綱を握り締め、何かを察したように後ろを振り向いた。【蘇摩】 「何者ですか?隠れても無駄です!」蘇摩の声が響く中、林の中から雑然とした風音が聞こえてくる。それは次第に羽ばたきの音に変化した。四枚の翼を持った何者かが林の中から飛び立ち、二人の目の前に降り立った。【蘇摩】 「金翅鳥ですか?天魔軍にまだ生き残りがいて、私達の後をつけていたとは!」言った傍から彼女は背負っていた弓を手に取り、矢をつがえて敵の心臓に狙いを定めた。しかし矢を放つ前に、相手は彼女の目の前まで迫ってきて、弓を引く彼女の手を掴んだ。【迦楼羅】 「やはり俺様のことは綺麗さっぱり忘れたか。」【蘇摩】 「何のことですか?」【迦楼羅】 「その、俺様はな……翼の生えた鬼族なんだ。俺様の故郷では、皆翼が生えている。大騒ぎするようなことじゃない。」【蘇摩】 「馬鹿馬鹿しい嘘はやめなさい、この私を騙せるとでも?」それを聞いた迦楼羅は蘇摩の手を放したが、後ずさりする様子もなく、そのまま弓矢に無防備な体を晒した。【迦楼羅】 「弓を引き、矢をつがえる。的は俺の心臓か。信じられないなら、矢を放つがいい。」しばらく対峙した後、蘇摩は参って矢をしまった。【蘇摩】 「戯言を。降参した兵を殺すのは道義に悖ります。事情が分からないまま殺したら、後味が悪いというもの。正体不明の鬼族よ、私の前に跪き、事情を説明することを許します。」それを聞いた迦楼羅は、少し距離を取って、軍馬の前で片膝をついた。【迦楼羅】 「翼が大きすぎて天人のような堅苦しい姿勢はとれないんだ、これで勘弁してくれ。天人の女将軍よ、俺様は恩返しに来たんだ。」【蘇摩】 「恩返し?」【迦楼羅】 「俺様はもともと平の兵士だったが、色々あって竜巣城に移り、非運の仲間達と共に数百年間努力を続けた。ようやく生活が良くなり始めた頃、突然あの天魔が攻めてきて、俺達に服従を強いた。それからは自由のない、あいつに弾圧される日々を送ってきた。長い間耐え続け、俺はようやく機会を見計らって脱出を果たした。どこに行くか、誰の配下に入るべきか悩んでいた時、恩人が出戦すると聞いたので、こうして恩返しに参った次第だ。」【蘇摩】 「その恩人とは?我が瑠璃城軍の精鋭なのですか?」【迦楼羅】 「そうだ!恩人は優しいだけでなく、勇気もありゃ見識もある。あの頃、戦乱のせいで難民がたくさん出た。その時瑠璃城は難民を助けていたが、俺様達は……鬼族だから、皆に敬遠されてた。その時恩人がお粥を恵んでくれて、俺様は命拾いした。」【蘇摩】 「そんな過去が……」【蘇摩】 「しかし、あの戦争はもう百年も前のこと。なぜ今になってようやく恩返しをしようと思ったのです?」【迦楼羅】 「話せば長くなる。あの方のような貴人には、恩返しをしようにも、俺様にできることなどあまりない。せっかく機会が巡ってきても、あの方を満足させられるような結果にはならなかった。結局恩返しにはならずに、あっという間に忘れ去られてしまった。だからなんとか恩返ししたいんだ。」【蘇摩】 「百年過ぎても、一飯の恩を覚えていて、誤解されてもめげないなんて。鬼族にも恩義に厚い人がいたのですね。」【毘瑠璃】 「姉様、彼の話を信じるの?あの時、姉様は確かに種族の区別なく、何度も被災者達を助けた。でも八方塞がりの窮地にさえ追い込まれなければ、鬼族は絶対に来なかった。本当に援助を受けた鬼族は、ほんの一握りしかない。それに随行の女官には鬼族を助ける度胸なんかなかった。つまり、彼の話が本当だとしたら……」【迦楼羅】 「そんな事言わないでくれ、俺様は本当に恩返しに来たんだ。必ず今回の作戦の役に立つ。誠意を示すために、将軍への献納品として、新鮮な食材を調達して、竜巣城でよく食べられている料理を作ってきた。」【蘇摩】 「そういうことなら、どんな料理か見てみましょう。」それを聞いた迦楼羅は嬉々として立ち上がり、蘇摩の前に持ってきた料理を置いた。彼の「料理」を目にした途端、蘇摩は腰に差していた短刀を抜き、それを真っ二つに斬った。【蘇摩】 「鬼族め、やはり蛇神の手下でしたか。毒蛇を献上するためによくもあんな嘘を!」【迦楼羅】 「ええ?これは昨夜俺が捕った蛇を一晩かけて焼いた……」【蘇摩】 「問答無用!」この時、空を覆い隠すほど巨大な蛇魔が地下から這い出し、蛇の群れを率いて蘇摩達を囲んだ。【蘇摩】 「騎兵、飛べ!弓兵、矢を放て!」しかし天魔が翼を開きもしないうちに、蛇達はその脚に絡みついた。逃げきれなかった騎兵は天馬と共に蠢く蛇の群れの中に落ちた。【毘瑠璃】 「皆、蛇魔に気をつけて!」軍馬を操り蛇魔を蹴り飛ばすと、毘瑠璃は落馬した部下を助け再び馬上に座らせたが、その隙に蛇魔が後ろから襲い掛かり、彼女の首を絞めつけた。間一髪で蘇摩は木の上に飛び上がり、素早く矢をつがえて毘瑠璃の背後の蛇魔を狙った。しかし矢を放った直後、巨蛇が蘇摩を襲った。【迦楼羅】 「喰らえ!」迦楼羅が林の中を素早く移動し、手に持った槍で巨蛇を貫き、木に釘付けにした。一難を逃れた弓兵達も、空中で陣形を整え矢を放った。身動きの取れない巨蛇に矢の雨が降り注ぐ。巨蛇はもがき続けたが、最後には動かなくなった。 ……一方、幻境の中【帝釈天】 「各々が異なる法則を持つ、千万の世界?」【オロチ】 「そうだ。この世界のように、神々がとうに民に絶望し、人間界に干渉しなくなった世界もある。しかしまた、忉利天のように民を慈しんだが、最後に神自ら滅びを選んだ世界もある。ならば、人に興味を持たず殺戮を楽しむ神がいる世界、あるいは神々を敬わず神殺しを行う者がいる世界が存在したとしてもおかしくはない。帝釈天よ、この無数の異世界の中には、お前が忉利天を天域に降臨させ、お前の言う最高の幸福を民に与えることができる世界も必ずあるはずだ。そして私が世の中を審判して世界を作り直し、生まれ変わった万物に最高の自由を与える世界も必ず存在するのだ。私が欲しいのは、そのあたりまえに存在する可能性にすぎない。」【帝釈天】 「それが滅びをもたらすとしても、その可能性を追い求めるのか?蛇神、その世界に存在するのは一体何だ?この世の生きとし生けるものを犠牲にしてまで手に入れるべき価値があるのか?」【オロチ】 「何が存在するのか、だと?違う、お前は勘違いしている。そこには何もない。この世界の運命が歪んでいるのは、何かが欠けているからではなく、本来存在してはならないものが現れたからだ。それは全ての足掻きや嘆きの源、まだ希望を持つ命をも度し難いものに変えていく猛毒。この世界には、生贄にされた幼い巫女を救うべく己の魂を二つに分かち、陰陽が分かれる苦しみに永遠に苛まれ、己を忘れた者がいる。この世界には、異族から領地内の民を守るため、首を刎ねられ、自慢の力も威厳も失い、酒に溺れて日々を過ごす者がいる。この世界には、我が子の命を奪われ、復讐の業火を放ち、栄華を極めた町を地獄に変えた者がいる。この世界には、かつての友人と対峙し、己の民を守るため、その友人に命を奪われた者がいる。また、故郷のために、かつての友人の命を自らの手で奪い、最後には一族のために命を絶った者がいる。私は私に問う。この全ては一体何のためだ?私は世界の理に問う、この全ては本当に度し難いものなのか?この世に「愛」というものさえなければ、この全ては起こらなかった。衆生は泥沼の中で足掻き続ける。それは泥沼の下には神が罪人に与えた罰、地獄が広がっていると勘違いしているからだ。しかし実際はどうだろうか?人々の泥沼は、悪夢ではない。神々に捨てられ、荒れ果てた地に過ぎない。天地を創造しておいて、何故正義と悪をもって世界を二つに分かち、そして「悪」を捨て、放っておくのか?世界の主であるにも関わらず、荒れ果てた地を顧みもしない。それが神の怠惰でなければ、一体何だというのだ?私が諦めない限り、私が怠らない限り、私は許す。人々に泥沼の中にある罪を侵せと命じる。彼らが泥沼の底に沈み込むことを、へどろを啜ることを、その嘘を見抜くことを望む。」【帝釈天】 「戯言を。」【オロチ】 「ならばお前はどう考える?」【帝釈天】 「愛憎別離は確かに多くの悲劇を生み出した。争いの源にもなった。しかしそれは弱者の証ではなく、強さの秘訣だ。全てが手に入る忉利天においても、「愛」を手に入れることは最高の幸福だ。」【オロチ】 「なるほど。天人の王よ、お前は「愛」によって強くなった。しかしお前は「愛」をもって人々の幸福を紡ぎ出し、民を苦難から救ったのか?」【帝釈天】 「それは違う。私は弱い。千人を犠牲にして一人を救うべきか、一人を犠牲にして千人を救うべきかという矛盾に、今も囚われ続けている。しかしそれでも、私は民のために進む。」【オロチ】 「そうか。お前は私を倒せると自負しているが、それは「愛」がお前に勝利をもたらすと信じているからか?」【帝釈天】 「いかにも。」【オロチ】 「よかろう。」……林の中、陣眼の近く 体中に無数の矢が刺さった巨蛇が突然蘇り、水のかかった粘土のように溶解し、数匹の小さい蛇になった。小さな蛇は空中に飛び上がると天馬の体を絞めつけ、鎖のように天馬を地面に引きずり下ろした。蛇の群れの中に落ちた騎兵達はぐるぐると蛇魔に巻き付かれ、悲鳴をあげる時間すらないまま、臭い液体と化した。【蘇摩】 「弓をしまえ!剣を抜け!」騎兵達は各々の剣を抜き、蛇の群れを切り裂こうとしたが、強靭な体に傷をつけるどころか、逆に巻き付かれ、剣を奪われた。蘇摩は木の上から飛び降りると、天馬を絞めつける蛇の体を辿って頭の方へ行き、蛇の口に向かって刀を振り下ろした。【蘇摩】 「はっ!」刀に力を込めると、蛇は顎から真っ二つに切り裂かれた。少し気を抜いた途端、真っ二つに切り裂かれた蛇は二匹の少し小さな蛇となって、蘇摩に挟み撃ちを仕掛けた。窮地に立たされた蘇摩だったが、背後から迦楼羅に抱きかかえられた。林の中を飛んで逃げる二人を蛇が追いかける。【蘇摩】 「放しなさい!主将が戦場を離れるわけにはいきません!」【迦楼羅】 「主将だからこそ逃げるんだ。考えてみろ、この状況でお前がいなくなったら得するのは誰だ?」この時、空中に突然巨大な蓮の法陣が出現した。ぼんやりとした輪郭が次第にはっきりしていく。蓮の中心から閉じた天眼が浮かび上がった。 ……幻境の中 帝釈天の白蓮の中から、霊神体の鬼手が数本出てきた。だが蛇神の背後から突然現れた蛇魔に拘束され、霊神体は蛇神の首の数寸先で止められた。【オロチ】 「ふふ、私に抗いながら天眼を出現させたか、実に面白い。天眼を呼び戻せば、まだこの審判場を脱出できるかもしれない。私も片時の興に免じてお前を見逃してやるかもしれないぞ。しかしそれでもお前の言う「愛」を選ぶなら、それは果たしてお前を強くさせるだろうか。それともお前に滅びをもたらすだろうか。すぐに分かるだろう。」【帝釈天】 「「愛」とは神々が人に押し付けるもの、善悪の区別は神の怠惰の象徴であり、世界に必要とされる法則ではないと言ったな。しかしそれが本当ならば、忉利天に作られた天界と天人は、なぜ愛憎を経験する?なぜ善悪を区別する?我々天人の創造主は、民に全てを捧げた。片時も責務を怠らなかった。己が統治者として失格だと判断すれば、民のために殉じた。よもや忉利天をも、陽界の創世の神をも超えたと自惚れているのか?」【オロチ】 「創世の神だと?帝釈天、天照は光の神だが、光を作ったわけじゃない。忉利天は善神だが、善悪を作ったわけじゃない。もしこの世に本当に創世の神がいるとしたら、それは間違いなく千万の宇宙を駆ける観測者であり、全知全能かつ無為な神だ。そして我々は、神が真の「完全」を手に入れる途中の、「衰退」を収納している器の一つにすぎない。衰退こそが定められた運命であるならば、一体何故破壊の限りを尽くさない?一体何故世界の歩みを速めない?」【帝釈天】 「ははは、ひたすらに破壊を追い求めるあなたは、どこにいるかも分からない、逆らうこともできない「創世の神」に失望したのか? 」【オロチ】 「まさか。私は神が創造した光と希望にこうも好奇心をくすぐられている。同時に情熱に突き動かされ、神が与えてくれた世界を探求している。そして私の探求心は、全知全能でいるべき神と、神の創造物を遥かに凌駕している。故に、私はこの世界を解放したい。定められた運命から解放され、もっと自由に生きてほしい。人々に運命を探求させ、神の枷を解くことができるのは、私しかいない。その時、褒美として、この世の全ては私のものになるべきであり、私一人の命令に従うべきだろう。違うか?」【帝釈天】 「自信に関しては噂通りだな。」【オロチ】 「さあ、決断の時だ。お前は部下を犠牲にするか?それともお前自身を犠牲にするか?」【帝釈天】 「迷う必要はない、私はどちらも犠牲にしない。」空中の法陣は次第に明るくなっていき、蓮の中央にある天眼がゆっくりと目を開けた。白い光が降り注ぎ、蛇魔達は逃げていった。【毘瑠璃】 「帝釈天様が助けてくれた!」【蘇摩】 「毘瑠璃、帝釈天様を守りなさい!」【毘瑠璃】 「はっ!」……幻境の中【オロチ】 「欲を出せば、どちらも失うぞ。」【帝釈天】 「それはどうかな。この際だ、私も全力を出そう。」……林の中、陣眼の近く その時、もう一つの黒い法陣が突然空に出現し、蓮の法陣を包み込んだ。禍々しい赤い光を放ちながら、天眼の発動を阻害している。黒い法陣の中から六本の漆黒の触手が現れ、陣眼の中央にいる巨蛇を引き裂いた。法陣が消えると帝釈天は力を取り戻し、霊神体は素早く蛇魔の拘束から脱出した。帝釈天の精神意識がヤマタノオロチの幻境を離れると、空中の法陣と巨大な手はすぐに消え、生き残った天人の兵士達だけが取り残された。【蘇摩】 「さっきの黒い法陣はどういうことですか?あなたは知っているのでしょう?」【迦楼羅】 「一応知っているさ、あれは兄貴の結界だ。」【蘇摩】 「彼も恩返しのために竜巣城からここに来たのですか?」【迦楼羅】 「恩返しじゃねえ、意趣返しだ!ぐずぐずしちゃいられねえ、早く兄貴に事情を報告しねえと、命の危険がある。蘇摩、また今度な。」そう言うと、迦楼羅は蘇摩を木の上に降ろし、慌てて飛んで行った。舞い落ちる黒い羽が蘇摩の視界を奪った。【蘇摩】 「本当に変な人。結局、彼の恩人が誰なのかも分からなかった。」目が覚めると、帝釈天は既に馬車の中に戻っていた。【帝釈天】 「打ち負かすことはできなかったが、駆け引きで油断させて彼を出し抜き、居場所を突き止めることができた。早く晴明に伝えねば。しかし予想外の人が現れたな……あの熾烈な力、なぜか懐かしいような。ヤマタノオロチは全く驚いていなかった。つまりこれは彼の想定内なのだろう。しかしヤマタノオロチの同盟者であるならば、なぜ我々天人一族を助けたのか。」立ち上がろうとした帝釈天は、ようやく馬車の窓に特別な印が残されていることに気づいた。【帝釈天】 「どこかで見たような模様だ。」しばらく考え込んだ後、帝釈天は思い出した。天域の辺境で刺客に襲われた時、助けてもらった民家の中で同じ印を目にしたことがあった。【阿修羅】 「ん?この胸の模様のことか?子供の時はなかったが、いつの間にかできていた。気づいた時には、もう百年ほど過ぎていたが。」【帝釈天】 「自分の体なのに、大雑把すぎないか……」【阿修羅】 「噂によれば、鬼族は妖力の影響で体に模様が出やすいようだ。俺は鬼族ではないが、どうやら混血のようだ。妖力こそないが、何かの原因で妖紋が現れたのだろう。」【帝釈天】 「炎のような形だな。」【阿修羅】 「炎じゃない、蓮だ。」【帝釈天】 「炎のように燃える紅蓮か?聞いたことがないな。」【阿修羅】 「俺は見たことがある。」【帝釈天】 「まさか門の前のあの池で見たのか?」【阿修羅】 「そこじゃない、他のところで見た。遥か遠い場所だ。そこでこんな紅蓮を目にした。」【帝釈天】 「あなたはどう見ても武将だが、狩人だと言い張っている。戦闘に長けるが軍には入らない。こんな辺鄙なところに住んでいるが、都のことは熟知している……鬼族の混血と名乗っているが、天人の貴族と平民の衝突に関しても一家言を持っている。私が天人の王だと知っても特に驚く様子はなかった。そのうえ遥か遠い場所に行って、特別な花を目にしたことがある……本当に不思議な人だ。あなたは本当に、私の臣下となり、共に王城に戻ることは望んでいないのか?」【阿修羅】 「たまたま通りかかったから助けてやっただけだ。家の近くで誰かが倒れているのも見たくないしな。これ以上しつこくするなら追い出すぞ。」【帝釈天】 「分かった、悪かった。でもせめて名前くらい教えてくれないか?」【阿修羅】 「扉の前にある激辛唐辛子を見たか?一つでもいい、あれを食べたら教えてやる。」それを聞いた帝釈天はしばらく黙り込んだ。しかしその後仰々しく激辛唐辛子を摘もうとすると、相手に止められた。【帝釈天】 「止めないでくれ、私はあなたのような臣下がほしい。」【阿修羅】 「やめておけ、代わりに一つ約束する。いつかこの印と同じような紅蓮を目にした時、お前は自ずと俺の名前が分かるだろう。」【帝釈天】 「お安い御用だ。天人の王である私が命令を下せば、すぐに見つかる。」【阿修羅】 「その方法では見つからない。」【帝釈天】 「まさか嘘なのか?本当は、この世にそんな紅蓮は存在しないのか?」【阿修羅】 「嘘ではない、この世に紅蓮は実在する。だが、お前が紅蓮の咲き誇る姿を目にすることはないと願おう。」その後、この新しい友人と別れた帝釈天は都に戻り、暗殺の件を徹底的に調べるよう命じた。捜査を開始して間もなく、十天衆が王の行方を鬼族に漏らしていたことが発覚した。帝釈天が十天衆を解職し、彼らが支持する貴族制度を廃止するのに、数ヶ月かかった。友人を訪れるべく天域の辺境に戻った時、帝釈天は埃の厚く積もった部屋しか見つけることができなかった。毘瑠璃に声をかけられ、思い出に浸っていた帝釈天は現実に引き戻された。【毘瑠璃】 「帝釈天様、陣眼の鎮圧が完了しました。」【帝釈天】 「毘瑠璃、炎のように咲き誇る紅蓮を目にしたことはあるか?」【毘瑠璃】 「ありません。」【帝釈天】 「そうか。今日はご苦労だった、皆と一緒にゆっくり休むといい。もうすぐ、決戦の時が訪れる。」 |
川海
川海ストーリー |
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都の城門を出た後、鈴鹿御前は海国の兵力を整え、計画通りに兵を配置し始めていた。計画の「目くらましの術」の一部として、鈴鹿御前は玉藻前が授けた朧車を使わずに、直接鬼船で陣眼へと近づいて行った。【鈴鹿御前】 「私達が向かっている場所に巣食う蛇魔は、おそらく泉の中に潜んでいるだろう。海妖は水中での戦闘に長けているとはいえ……非常に危険だ。これはあの大陰陽師が私を信頼しているということか?それとも別の意図が……」【蝎女】 「主人?」【鈴鹿御前】 「何でもない、ただの独り言だ。(鈴鹿山か大嶽丸には、何かあるはずだ。裏で糸を引いている奴を上手く処理しなければ。)」【久次良】 「鬼船の航路を確認しました。あなたが指示されたように、鬼船は蛇魔をおびき寄せるための餌になります。あなた達が敵陣に向かう際の目くらましになるでしょう。」【鈴鹿御前】 「分かった、ご苦労だったな。」【風狸】 「おい、鈴鹿御前。俺も敵陣を通り抜ける道を探っておいたぜ。あんたの言った通り、最も険しい道をな。」【蟹姬】 「え?最も険しい道?どうしてわざわざ苦しい目に遭わなきゃいけないの?」【鈴鹿御前】 「途中にいる蛇魔は、敵が私達を消耗させるためだけに用意したものだ。その後に一体どんな罠があるか、考えている時間はない。私達の目的は、終着点の陣眼を鎮圧し、そこに巣食う蛇魔を駆逐することだ。道中の蛇魔と交戦する必要はない。険しい道の方が、隠れるのに都合がいい。」【久次良】 「鬼船の準備ができました。」【鈴鹿御前】 「ああ、分かった。」鈴鹿御前は意気揚々と鬼船の船首に立ち、今にも戦いを始めようとする海妖の集団を眺めた。【鈴鹿御前】 「よし、コホン……かつて大嶽丸に追従していた諸君にとって、目の前に広がる邪神に傷つけられた平安京は見るに堪えないものであり、きっと複雑な気持ちだろう。私はあなた達に、如何なる選択も強制しない。最初に平安京に来た時、私は鬼王の宴で、他の鬼王にこう告げた。私は大嶽丸と鈴鹿山の真実を知りに来た、と。そして今、決着の時が来た。最後の答えはあそこにある……」鈴鹿御前は遠くの場所を指さした。空にかかる利刃からは、遠方にいる人ですら震え上がる程の力が放たれていた。【鈴鹿御前】 「戦いの意義は、生者の心にのみ存在する。あなた達が誰の為に戦おうが私は気にしない、しかし……もしもまだ、昔の主人の事を思うものがいるならば。もしも夜な夜な、汚染される前の故郷を夢見る者がいるならば。もしも他所の地に身を寄せた日々の中で、懐かしい感覚を覚え、過去の行動を振り返った者がいるのなら……今こそ、あなた達が持つ剣を掲げ、この土地で再び戦いの狼煙を上げよう!!海国の民よ、我が力、我が武器となれ!もちろん、私もあなた達に最後の答えを与えよう!!」雄叫びと共に、鈴鹿御前は目的地に向かって長い刀を振り上げる。巨大な鬼船が突然現れた波に乗って地上に降り立ち、巨大な音が近くにいた蛇魔達の注意を引きつけた。久次良は七人岬と海妖の一団を連れ、鬼船に乗り、陽動のため無数の蛇魔の間を走り抜けた。他の者は鬼船を離れ、鈴鹿御前と共に、陣眼へと向かった。【風狸】 「まったく素晴らしい演説だったぜ。」【鈴鹿御前】 「……素晴らしくなどない。そもそも優秀な指導者であれば、全員の前で演説などする必要はないんだ。「我が力、我が武器となれ」などと恥じらいも無く言い放った私は、きっと後で彼らに笑われるだろう。他に選択肢があれば、私もこんな計画を立てたりはしない……これではまるで、仲間達を捨て駒として扱っているようだ。」【蟹姬】 「よくわからないけど、あなた、まさか久次良の事を馬鹿にしてるの?」【鈴鹿御前】 「え?」【蟹姬】 「強いのは自分だけだなんて思わないで!私達は皆、百戦錬磨なの!それぞれが意思を持って、ここに戦いに来ているのよ。駒であろうと、捨て駒であろうと、それは久次良が望んでやったことよ!」【風狸】 「そうだそうだ。武器を振り回している人間が武器を哀れに思ったりなんかしたら、武器自身もきっと嬉しくないぜ。あいつら、いや、「俺達」は、お前を信じて自分たちが囮になると決めたんだ。こういう時は、とにかく仲間のことを信じろ。」【鈴鹿御前】 「あなた達……わかった。まったく、寄ってたかって私に説教を始めるとはな。時間がない、私達も出発しよう。」鈴鹿御前の一行が森を通り抜ける。風狸の事前調査のおかげで、道中多くの蛇魔と遭遇することはなかった。彼らも乱戦には慣れておらず、急いで目的地に近づく必要があった。しかし戦闘は完全に避けられるものではなかった……【妖怪】 「うわあああ、助けて!!」【蝎女】 「ちっ。早くここを離れて、邪魔しないで。」【蟹姬】 「サソリ、そんな言い方はよくないわよ!」【妖怪】 「あ、あなた達は……」【鈴鹿御前】 「この近くは危険だ、あっちの方向に逃げろ。蛇魔を避けながら、音を立てないようにな。」【妖怪】 「はい!!」【風狸】 「はあ、一体いつになったら終わるんだ。俺は潜入することと逃げること専門なんだ、正面からの戦闘はどうも苦手だ……」【鈴鹿御前】 「少しの間我慢しろ、すぐに終わる……おっと、危ない危ない。」【蝎女】 「主人の戦闘の邪魔はさせない!!」【鈴鹿御前】 「私達はもう道半ばまで来ているはずだ。あそこに近づけば近づくほど、不快な気配を強く感じる。蛇魔に咬まれた者は蛇魔になると晴明が言っていた。少しでも攻撃を受けたら終わりだ。くっ。そうこうしているうちに、また新手が……これはもう避けられない。戦うぞ!!」【風狸】 「いざ!!」【蝎女】 「主人の邪魔をするな!!」【鈴鹿御前】 「…………」襲い掛かってきた蛇魔を倒すと、鈴鹿御前は歩みを止めた。まだ消えていない蛇魔のもとへ向かい、地面に残った残骸を詳しく調べる。【蝎女】 「主人、どうされましたか?」【鈴鹿御前】 「……これを見ろ。蛇の鱗の下に、さっき私達が救出した者の衣服に似た布がある。どうやら、蛇魔に咬まれて同化しただけではなさそうだ。私の推測が正しければ……陣眼付近に蔓延する妖気のせいだろう。その中に長時間いれば、徐々に蝕まれ、怪物と化してしまう。」【蝎女】 「そんな?!」【鈴鹿御前】 「妖気……霧……水源?風狸、戻って久次良に伝えるんだ。鬼船の航路を変更して、安全な場所で待機し、あまり陣眼に近づかないようにと。これ以上先に進んではいけない。」【蝎女】 「主人……私は昔、あなたが重傷を負うのをこの目で見ました。今回は何があろうと、あなたを一人にはしません!」【蟹姬】 「尻尾のやつ、あなたまた自分一人でこっそり全部背負おうとしてない?!そんなの蟹姫が許さないわよ!あなたはいつもそう!若様もそうだった!だから蟹姫は決めたの、今度あなたみたいな人に出会ったら、貝槌を使ってでも必ず目を覚まさせるって!蟹姫を甘く見ないで!」【風狸】 「鈴鹿御前、どうする?」【鈴鹿御前】 「あなた達……まあいいだろう。仕方ないな。やれやれ、どうして鈴鹿山のガキはどいつもこいつもこう頑固なんだ?昔の大嶽丸もそうだった……はいはい、あなた達の言うことを聞こう、それでいいだろう?」大げさなため息をつくと、鈴鹿御前は蟹姫と蠍女の頭に手を伸ばし、乱暴に撫でまわした。次の瞬間、二人は首の裏を叩かれ意識を失った。倒れそうになった蟹姫と蠍女を、鈴鹿御前が抱き止めた。【鈴鹿御前】 「風狸、あとは頼む。」【風狸】 「久次良を鬼船に残して、俺だけ連れてきたのは、こうなった時のためか。」【鈴鹿御前】 「彼女達が手伝いたいと思っているのは分かっている。だから同行を断らなかった。しかし……あなたに頼ることになって、すまない。」【風狸】 「はは、平気平気。だが、二人背負って逃げるとなると、なかなか大変だ。」【鈴鹿御前】 「そこを何とか。逃げることに関して、あなたの右に出る者はいないだろう?」風狸は鈴鹿御前から蟹姫と蠍女を預かり、来た道を戻っていく。途中で振り返り、鈴鹿御前に別を告げた。【風狸】 「そこまで深刻な顔を見るのは久しぶりだ。一人で解決できるよな、鈴鹿山の主?」【鈴鹿御前】 「もちろんだ。解決できなかったら、一体誰がこの仕事の報酬をあなたに支払う?」【風狸】 「おいおい、それはだめだぞ!ついでに言っておくが、二人背負って逃げる分の追加料金ももらうからな。」【鈴鹿御前】 「分かった分かった。全て終わったら、鈴鹿山の宝庫にある宝物を好きなだけ持っていけ。」【風狸】 「よっしゃ!」風狸は言い終えるやいなや、「サッ」といなくなった。鈴鹿御前は来た方向をしばらく見つめると、再び陣眼に向かって進み始めた。安全な場所まで移動した風狸は、遠くから恐ろしい妖気を放つ陣眼を見て頭を掻いた。【風狸】 「今気づいたが……鈴鹿山はとっくに沈んだんだった。宝庫なんかどこにあるってんだよ。仕方ない、これは仕事だからな……さっきの話、お前も聞いてただろう。起きてるならもういい加減機嫌を直して自分で歩いてくれ。二人背負うのはきついんだ。」【蝎女】 「…………うん。主人……」【鈴鹿御前】 「これが邪神の力か……押し寄せてくる圧迫感で気分が悪くなる。幸いこの近くの蛇魔はそう多くない。今のうちに進もう……」体はとても小さいが動きの素早い蛇魔が突然草むらの中から飛び出し、鈴鹿御前に襲いかかった。その瞬間、一筋の水流が蛇魔の体を貫いた。鈴鹿御前はこうなると予知していたかのように、助けてくれた人の方を振り向いた。【鈴鹿御前】 「最後まで姿を隠しているつもりかと思ったが。」【聆海金鱼姬】 「……とっくに気づいてたの?」【鈴鹿御前】 「そうだな。この森の中にはあまり生き物の気配がない、その分察知しやすくなった。」【聆海金鱼姬】 「…………」【鈴鹿御前】 「そんな顔はするな。あなたのことは知っている。金魚姫、かつて荒川に住んでいた妖怪だろう。荒川の主を復活させる方法を探すために海に出たと聞いていたが、もう平安京に戻って来ていたのか。」【聆海金鱼姬】 「うん。」【鈴鹿御前】 「ずっとついてきていたのなら、さっきの話も聞いていたのだろう。陣眼に近づけば近づくほど危険になる。やっぱりあなたは……まあ、やめておこう。私とて人を説得できる立場ではない。自分の面倒は自分でみることだ。行くぞ。」【聆海金鱼姬】 「……わかった。」【鈴鹿御前】 「これはなかなか珍しい機会だ。以前からあなたと話したかったが、今まで機会がなかった。私が平安京に戻った時、あなたはもう海に出ていた。その後私も、あの鏡の欠片の浄化の件で忙しかった。この前あなたが戻ってきたが、また面倒なことが起きてしまった。お互いようやく少し落ち着いたかと思ったら、今度はまた邪神が……」【聆海金鱼姬】 「何を話すつもり?私達、別に話すことなんかないでしょう。」【鈴鹿御前】 「それは違う。既に荒川の住民達から色々聞いてはいるが、こうして直接話す方がお互いをよく理解できるはずだ。恵比寿のじいさんが、あなたは口数の多い子供だったと教えてくれた。成長して静かになったのか?ふん、大嶽丸もそうだった。昔の彼は……」【聆海金鱼姬】 「大嶽丸と一緒にしないで!え、ちょっと待って、金魚のじいちゃん?みんなにも会いに行ったの?で、でもあなたは……」【鈴鹿御前】 「私は海妖であると同時に、海国の一員でもある。でもそれは関係ないだろう。むしろ、だからこそ、彼らに聞かなければならない。」【聆海金鱼姬】 「…………」【鈴鹿御前】 「私は頭を使うのが苦手で、すごく頑固なんだ。だからいつもすれ違ってしまう。往々にして、私が現れた時にはもう何もかもが終わってしまっている。私の大切な人達も、知らないうちに変わってしまった。だからできるだけ知りたい。あなたのこと、荒川の主のこと、荒川のこと、そして大嶽丸のことを。」【聆海金鱼姬】 「……私の前でその名前を口にしないで。あなたに彼のことを話すつもりもないわ。」【鈴鹿御前】 「ふん、子供みたいに拗ねた表情になっているぞ。あいつがもう少し素直になって、皆で柔軟に話し合うことができれば、全て違った結果になるかもしれない。」【聆海金鱼姬】 「ちょっと!!!」【鈴鹿御前】 「失礼。あなたを馬鹿にするつもりはない。私は大嶽丸の姉だが、あなたが彼を恨んでいることは理解している。それは忌むべきことではないし、禁じる必要もない。簡単に消えないから、恨みはいつまでも恨みなんだ。あなたの気持ちを、遠慮なく私にぶつけてくれてもいい。」【聆海金鱼姬】 「そこまで知ってるなら、これ以上話すことはないわ。今の状況はかなり厳しい。でも晴明は荒川の民を戦いに巻き込まないように、私達のことを計画に入れない。それが彼の優しさ。でも私は証明してみせる。他の勢力ほど強くはないけど、荒川の民は自分達の平和な暮らしにしか興味がないような弱いやつらとは違うって。それに、私は私の目的があってここに来たの。そうじゃなきゃ、海妖と共に行動したりなんかしない!……そして、絶対に彼を許さない。」【鈴鹿御前】 「もちろん。もし誰かに家族を傷つけられたら、私はその者を地の果てまで追いかけるだろう。でもそれは、私があなたのことを知りたい気持ちとは矛盾しない。」【聆海金鱼姬】 「はあ?」【鈴鹿御前】 「悲劇はもう起きてしまったが、何も変えられないわけではない。ならばどうする?どうやって過去を上書きする?私は、荒川の主とあなたのことを知ることから始めたい。陣眼に辿り着くまで、まだ少し時間がかかる。霧の中の邪神の力は強くなったが、幸いこの辺りにはあまり蛇魔がいない。海国から来た仇である私に、あなた達のことを教えてくれないか。」【聆海金鱼姬】 「…………あなたって、いつもそうなの?」【鈴鹿御前】 「ん?」【聆海金鱼姬】 「なんでもない。……私だけ話すのは、不公平よ。代わりに、あなたの話も教えなさい。以前、旅の途中に鈴鹿山の辺りに行ってみたけど、あそこにはもう何もなかった。」【鈴鹿御前】 「ああ、そのことか。話せば長くなる。私から話そうか?では、大嶽丸が出ていったあとの鈴鹿山のことから話すとするか。彼は…………「大嶽丸」という名前を聞いただけで、嫌そうな顔をするのはよせ。まずは話を……」鈴鹿御前と聆海金魚姫は肩を並べて陣眼に向かい、出てくる蛇魔を倒しながら、互いのことを話した。過ぎ去った時間、辛さや悲しさを伴う過去も、危険な状況の中では不思議と話しやすくなる。【鈴鹿御前】 「……本当に凄まじい力だ。蛇魔を始末する私達が「目隠し」に過ぎないのなら、晴明が倒さねばならないヤマタノオロチの本体は……」【聆海金鱼姬】 「何が何でも、倒さなきゃいけない。行きましょう。」【鈴鹿御前】 「うん。」陣眼の近くに来ると、蛇魔の姿は見えなくなった。代わりに、陣眼に巣食う巨大な蛇魔が力そのものを体現している。山の中にある他の陣眼とは違って、この陣眼は泉の中にある。蛇魔は水と共に生き、水から力を汲み取っている。【聆海金鱼姬】 「水……?そういうことか。陣眼に近づいただけでも侵食されるのは、陣眼が泉の中にあるから。邪神の力が水霧となって広がっていく。蛇魔は湧き続ける水の中から力を汲み取る。そして各地に流れていく泉の水は……」【鈴鹿御前】 「彼の妖力を遠くに運んでいく。地下深くに潜った妖力は、土地の奥まで侵食していく。道理で蛇魔を退治しても妖気が消えないわけだ……泉の水が流れている場所は、悉く蛇魔の巣窟になってしまった。晴明がこっちを海国に任せたのは、これが理由か?」【聆海金鱼姬】 「……ここに来てよかった。もし蛇魔をこのまま放っておけば、広がり続ける汚染はいつか必ず荒川にもやってくる。」【鈴鹿御前】 「いつまでも遠くから観察しているわけにはいかない。行くよ。やつはきっと他の能力も隠し持っている。金魚ちゃん、気をつけて。」【聆海金鱼姬】 「???そんな風に呼ばれるほど親しくなった覚えはないけど……」【鈴鹿御前】 「はいはい。行くぞ!!」二人は巨大な蛇魔に向かって突き進む。蛇魔は既に彼女達に気づいたようだ。周りの妖気がますます濃くなり、二人の視界を遮る。【聆海金鱼姬】 「この霧……やっぱり!ねえ!これがあの……海鳴の能力かもしれない!恐怖の記憶の幻を作り出して、人を混乱させ……うっ!頭が痛い……」【鈴鹿御前】 「気をつけろ!!忘れるな……!!」蛇魔が巣食う泉から濁った水が噴き出し、霧が壊すことのできない壁となって二人を囲む。二人はそれぞれ脱出の困難な幻の中に閉じ込められた。【聆海金鱼姬】 「ゴホゴホ……ここは……水の中だ。ここは、荒川?…………!!!!!」金魚姫は自身の居場所を確かめるよりも先に、背後に異変を感じた。幻境のせいで、体を動かそうとしても動けなかった。噴き出した赤い液体が濁った川の中に落ちると、誰かの傷だらけの体が水底に沈んでいく。金魚姫は手を伸ばそうとするが、その体が暗闇の中に沈んでいく光景を見ていることしかできない……それは彼女が自分の目で見たことはないが、悪夢の中で何度も見た光景だった。【聆海金鱼姬】 「…………これは……」刃が何かを切り裂く音がした。金魚姫が見上げると、化け物のような金色の目が、赤く染まった水の向こうから、じっと彼女を睨んでいた。雷をまとった岩石が落ちてきて、彼女は思わず頭を抱え込んだ。しかし次の瞬間、さっきの体が彼女の目の前に再び表れた。【聆海金鱼姬】 「これは……繰り返してるの?…………反吐が出る!(いけない、早く「あれ」を見つけないと……向き合いたくなくても、やらなきゃ……)」金魚姫は頭を上げると、幻境の中の状況を見つめ、可能な限り周囲を観察した。英雄の幻は刃に貫かれるたびに海に落ち、そして再び現れる。それがひたすら繰り返される。【聆海金鱼姬】 「…………くっ、この……」彼女は幻境に抗い、よろめきながら、金色の目の幻に向かって歩き出した。彼女の傍では、分かりきった結末が繰り返されている。幻に過ぎないと知っていても、彼女の目は段々と赤くなった。【蛇魔の幻(大嶽丸)】 「ほう?お前に何ができる?とっくに己の無力さを受け入れたのだと思っていたが。お前には何もできない。」いつしか、金色の目をした下手人がよろめく金魚姫に目を向けた。彼は八尺瓊玉剣を構え、自身の背後の無数の死体を指した。死体の顔はどれも懐かしく、そして同時に長い間会っていないせいで少し馴染みのないものだった。それは幻境が作り出した、彼女が最も恐れる光景だ。【蛇魔の幻(金魚姫)】 「ここに残り、頭を抱えて泣く子供で居続けるほうがずっと楽だろう?なぜそこまで無理をする?なにも知らずにいたほうが、ずっと気楽だろう?目を閉じれば、全て終わる。もう進まなくてもいい。強い妖怪ならもう何人もいる……お前の存在は必要ない!!」金魚姫は進み続ける。【蛇魔の幻(恵比寿)】 「お前のせいだろう。お前がいなければ、荒川は英雄を失わずに済んだ。今更、どの面下げて帰るつもりだ?皆適当にお前をおだてただけだ。まさか本当に英雄になったつもりか?笑えるな!」金魚姫は前に進み続ける。【蛇魔の幻(大嶽丸)】 「お前は恵まれ、甘やかされて育ったガキにすぎない。目の前の景色を見ろ。自分だけが生き残り、新しい英雄になれると、密かに喜んでいるのではないか?お前の僥倖の礎にされたものを、しかと見たのか?彼を復活させる方法を探している?逃げているだけだろう!!!お前は誰を救った?お前は何も変えられない。」金魚姫はふらふらと、幻境の中の大嶽丸に向かって歩いていく。叱責、罵り、号泣、嘆き……幻境中に響き渡る無数の声は、岩石となって容赦なく金魚姫の背中を痛めつける。【聆海金鱼姬】 「私は……一度逃げた……今でも、私はあなたを恨んでいる……そして恐れている!だからあなたは、この幻境に現れた。でも……!!」岩礁が彼女の足を縛る足かせになったが、次の瞬間押し寄せる波によって打ち砕かれた。聆海金魚姫は波に乗り、蛇魔の幻に飛びかかる。数多の幻が波に押し潰され、無数の蛇の鱗をまき散らした。【聆海金鱼姬】 「もう少し……あと少し……」あと数歩というところで、彼女は完全に力尽き、波も消え始めた。【蛇魔の幻(大嶽丸)】 「これで終わりか?よく吠えたな……実にくだらない。お前は、結局幻境から抜け出すことすらできなかった。これでは俺を倒し、運命を変えることなど夢のまた夢だ。」岩石が少しずつ金魚姫の体を覆い、彼女をその場に囚えた。再び幻が現れ、金魚姫の目の前で、何度も繰り返された悲劇が再び始まった。彼女は震えながら刃を振りかざしたが、それ以上進むことも、金色の目を持つ幻に傷を負わせることも叶わなかった。【聆海金鱼姬】 「あ、あと少し……!!!!」背後から温かさが伝わる。誰かが後ろから彼女を押していた……それは倒れる間際の、まだ消えていない荒川の主の幻だった。【驍浪荒川の主】 「先に進め。行け、行って、荒川の新しい英雄になれ。」金魚姫がその手に握った武器で蛇魔を刺すと、世界が砕ける音が響いた。記憶の幻境が見せる幻は、満足気に小さくため息をついたあと、これまでと同じように、倒れていく。しかし海中に落ちる寸前、誰かが彼の手を掴んだ。【聆海金鱼姬】 「……でも。私はもう悪夢を恐れない、悪夢の結末はこの手で変えてみせる。それに、今の私はもう一人じゃない!」【蛇魔の幻(大嶽丸)】 「なんだ……!これは……ぐあああ!!」蛇魔の幻を切り裂いた鎌が、形を変えた。さっき金魚姫が持っていたのは自分の武器ではなく、鈴鹿御前の小通連だった。鋭い刃が海を切り裂き、雨の如く弓矢が降り注ぐ。鈴鹿御前が海の中から飛び出すと同時に、金魚姫は荒川の主の幻を連れて、海の中に沈んだ。陣眼に向かう途中で、鈴鹿御前と金魚姫はヤマタノオロチと海鳴に関する情報を交換していた。【鈴鹿御前】 「「心魔幻境」……確かに、私はある方法を通じて大江山での大嶽丸の戦いを垣間見た。その時、海鳴がその術を使ったのも見た。昔の彼はそんな術は使えなかった。大方、ヤマタノオロチの力を借りて習得したのだろう。」【聆海金鱼姬】 「私はあの幻境を経験したことがないから、詳しいことは知らない。」【鈴鹿御前】 「厄介なことに、蛇魔は妖気の中に留まる者を侵食し、蛇魔に変える力を持つことが判明した以上……幻境の中に留まることすら、とても危険だ。」【聆海金鱼姬】 「幻境に打ち勝つだけじゃなくて、できるだけ早く抜け出さなきゃいけないの?」【鈴鹿御前】 「そうだ。敵からすれば、私達を完璧に閉じ込める必要はない。できるだけ時間を稼げばそれでいいと考えているだろう。例え蛇魔の幻境が私達の精神を崩壊させることに失敗しても、囮の鬼船を壊して大量の蛇魔を呼び集め、私達を襲わせることはできる。「己に打ち勝つ」か?これはもう、武力や策略で解決できるものではないな。」【聆海金鱼姬】 「もし……もしもの話だけど、私達が交換したら?」【鈴鹿御前】 「交換?つまり……」【聆海金鱼姬】 「蛇魔が私達を閉じ込めるための幻境を作るとすれば、それぞれ違う二つの幻境を作るはず。私達が最も恐れることに基づいて作られた幻境なら、例え見破ることができても、すぐには解決できない。でもお互い、相手に任せることができたら……」【鈴鹿御前】 「なるほど。いい考えだ!」【聆海金鱼姬】 「でも問題は、どうやって二つの幻境を繋げる「要」を見つけるか、どうやって幻境を構築する本体を見出すか、そして…」【鈴鹿御前】 「私達が本当に互いを信じているかどうか、だな。」【聆海金鱼姬】 「……うん。」【鈴鹿御前】 「うむ、そうだな……金魚ちゃん、この矢を。この矢は私の刀と共鳴するから、あなたの居場所を感知できる。そっち側から、幻境を繋げる「要」を見つけ出してくれ。私は幻境を通り抜け、あなたを見つける。これで互いの担当は決まった。」【聆海金鱼姬】 「そんなに簡単じゃないでしょう。もし私がその「要」を見つけられなかったり、わざと幻境の中に留まったりしたら………あなたもずっと幻境から出られない。」【鈴鹿御前】 「そうだ。」【聆海金鱼姬】 「そこまで私を信用してるの?私は……私はあなた達海妖を恨んでいて、全員いなくなればいいって思ってるのに。」【鈴鹿御前】 「本当に?あなたはそんなことはしないだろう。あなたは荒川の主が認めた子。そして荒川の主は、大嶽丸が認めた親友だ。大嶽丸は、私の弟なんだ……彼は人を見る目がある。きっと荒川の主も、そして私も。」【聆海金鱼姬】 「……めちゃくちゃな理屈。」【鈴鹿御前】 「まあ、とにかくそんなに緊張するな。後は出たとこ勝負だ。」小通連を金魚姫に渡した鈴鹿御前は、手を伸ばして彼女の頭を撫で回すと、再び陣眼に向かって進み始めた。【鈴鹿御前】 「それにしても流石だな、こんなに早く対策を思いつくとは。私の命は、あなたに預ける。」【聆海金鱼姬】 「………………ないで……」【鈴鹿御前】 「ん?」【聆海金鱼姬】 「頭を撫でないで。そこまで親しい仲じゃないし……それに、背が伸びなくなる。」鈴鹿御前はしばらく呆気にとられてから、「ぷっ」と声に出して笑った。【聆海金鱼姬】 「……何がおかしいの!」【鈴鹿御前】 「別に、ははは、面白いことを思い出しただけだ。」【聆海金鱼姬】 「面白いことって?」【鈴鹿御前】 「なんでもない。はは……彼が頭を撫でられるのを嫌がるのは、そういうことか?」【聆海金鱼姬】 「彼?誰?何の話?」【鈴鹿御前】 「なんでもない。そうだ、幻境を繋げる「要」について、どう思う?」【聆海金鱼姬】 「うーん……私達の記憶に存在する共通点、そして私達が恐れていることの中心人物……それはきっと……」【鈴鹿御前】 「大嶽丸。」【蛇魔の幻(大嶽丸)】 「…………鈴鹿御前……」【鈴鹿御前】 「さっき私を閉じ込めた幻境の中で、既に疑問が浮かんだが。試してみたところ、こっちも普通に会話できるようだな。」【蛇魔の幻(大嶽丸)】 「……それがどうした。俺は彼ではない。」【鈴鹿御前】 「あなたは記憶から生まれた幻、幻境に依存する虚像。しかし大嶽丸の幻である以上、私の弟のようなものだ。……大きくなったあなたをこの目で見ることはできなかったが、いくらか背が伸びていたようだ。」【蛇魔の幻(大嶽丸)】 「…………せっかくの「再会」だが、その程度の感想しかないのか?」【鈴鹿御前】 「別にいいだろう。どうせ最後には、あなたも、蛇魔も私に倒されるんだ。人を惑わす蛇魔が作り出した幻に過ぎないとはいえ、その顔をした者を倒すのは流石に気が引けるな。」【蛇魔の幻(大嶽丸)】 「ほざけ。「私」が油断した隙をついて互いの幻境を交換したのか、まったく予想外だ。」【鈴鹿御前】 「あの子の考えだ。おそらく……おそらく、彼女が成長した時から、あの日起きた全てはいつも彼女の脳内で再現され続けているのだろう。あなたは他の子に、深い心の傷を負わせた。」【蛇魔の幻(大嶽丸)】 「俺のせいではないと言いたいところだが、俺が彼女の記憶から生まれた幻であることを踏まえると、俺のせいなのだろう。だが、お前は規則を破った。ならば俺も、お前を幻境に閉じ込めるまでだ。」【鈴鹿御前】 「久しぶりの手合わせか?かかってこい。だが……私がここに閉じ込められることなど、ありえない。悪夢を見ている時に、その外にある現実に気づくと、それがどれほど恐ろしい悪夢でも人は怖がらなくなる。本当の大嶽丸は、現実の世界で私の帰りを待っている!」数百年越しの「手合わせ」が、赤く濁った海面の上で始まった。幻境の侵入者と幻境が生み出した幻は、陣眼を確保する計画も、侵入者を始末しろという命令も忘れ、無我夢中で戦った。二人の戦いに比べれば、それらは取るに足りないことだった。金魚姫は幻の透けていく手を掴み、共に漆黒の深海の中に沈んだ。頭上の光が遠ざかり、彼女は自分が鈴鹿御前の幻境の中に入ったことに気がついた。巨大な円形の結界が現れた。金魚姫が近づくと、その中に浮かぶ人影が目に入った。【聆海金鱼姬】 「……大嶽丸。」【蛇魔の幻(麓銘大嶽丸)】 「来たか。随分早かったな。」【聆海金鱼姬】 「ど、どういうこと?あなたは蛇魔が作り出した幻じゃないの?どうして……」【蛇魔の幻(麓銘大嶽丸)】 「ここにいる俺は、鈴鹿御前の記憶が生み出した幻だ。邪神の力に操られ、お前達を幻境に閉じ込めるためだけに存在している。だがそれがどうした?邪神の力に侵され、刻一刻と「自我」が曖昧になっていく。それは本来の俺のあり方とさほど変わらない。とっくに慣れた。」【聆海金鱼姬】 「「あり方」?鈴鹿御前の幻境は一体……」それを言い終える前に、目の前の結界が変化した。崩れた鈴鹿山と共に結界の中に閉じ込められている悪霊達が騒ぎ出し、結界を突き破ろうと試みる。形を持つ岩石は粉々に砕け、結界に亀裂が入る。悪霊が互いを喰らい合う中、大嶽丸も体もずたずたになった。【聆海金鱼姬】 「…………」【蛇魔の幻(麓銘大嶽丸)】 「おそらく、彼女の幻境は「大嶽丸の魂の残滓が終わりなき苦痛に陥る」というものだろう。さあ、急いでるんじゃねえのか?早く目の前の幻を、跡形もなく消し去れ。」【聆海金鱼姬】 「お前!……彼女が幻境を突破できるように協力したの?」【蛇魔の幻(麓銘大嶽丸)】 「ああ。大方幻境に閉じ込められるよりも先に、彼女は己を待ち構えているものを見抜いていたはずだ。ふん、俺は敵が作り出した幻だというのに、いきなりもう一つの幻境を繋げるようにと命令されたんだ。まったく、どういう思考回路をしていればそうなるんだ。」【聆海金鱼姬】 「……あなたは彼女を助けた。」【蛇魔の幻(麓銘大嶽丸)】 「彼女はいつも大嶽丸の「姉」だと名乗っている。だから大嶽丸の幻である俺も、彼女の突拍子もない考えにはとっくに慣れてるんだろうな。早くこの幻境を終わらせ、中途半端な幻の俺を苦痛から解放してやりたい……彼女はそう考えているはずだ。しかしお前は……お喋りするために来たわけじゃねえよな。」円形の結界の中にいる不完全な幻は濁った海水越しに、金魚姫の傍の、同じく消えかけている幻に目を向ける。【聆海金鱼姬】 「……ここにくる途中、鈴鹿御前に無理矢理あなたのことをたくさん聞かされた。私の記憶や想像の中に存在するあなたは、ずっと残虐非道な悪鬼のまま。あなただって……あなただって心があって、家族を大切にしているのに、どうして?!!どうして相手の家族のことを考えずに、容赦なく人を殺せるの?!こんなに惨めな姿に成り下がったのに、どうして悟ったかのように振る舞ってるの?どうして……あなたによって命を奪われた人達……彼らだって生きていたかった……彼らだって……」ずっと黙っていたもう一つの幻が手を伸ばし、結界に飛び掛かろうとした金魚姫を止め、頭を横に振った。目を赤くした彼女がこぼした涙は海水に紛れて消えた。彼女は昔のように、普通の女の子のように泣いた。水底の結界の中に閉じ込められ、繰り返し悪霊に喰われる大嶽丸を見て、今までの様々な感情が一気に込み上げてきた。それが果たして怒りなのか、それとも悲しみなのかは彼女にも分からなかった。」【蛇魔の幻(麓銘大嶽丸)】 「俺は本当の大嶽丸の代わりに返事をしたりはしない。その言葉は、生きてここを出てから、直接彼に言え。」【聆海金鱼姬】 「…………私に指図しないで!」深海より集いし水流は、鋭い刃となり、円形の結界を切り裂き、幻の胸を、そして同時に幻の下に潜む蛇魔をも貫いた。【蛇魔の幻(麓銘大嶽丸)】 「仇を討った気分は、どうだ?」【聆海金鱼姬】 「最悪。」深海の下の幻境が崩れ始めた。一方、鈴鹿御前も無事に蛇魔を倒した。見えない力によって、金魚姫は海底から追い出された。目を赤くした彼女が最後に海底を振り返ると、二つの消えそうな幻も彼女を見上げていた。【聆海金鱼姬】 「……さようなら。もう少し待ってて。あなたが言った通り、あと少しだから。もうすぐ会えるから。」【鈴鹿御前】 「起きて、金魚ちゃん、起きて……」【聆海金鱼姬】 「……痛っ。」【鈴鹿御前】 「起きたか?大丈夫か?」【聆海金鱼姬】 「ここは……私達、幻境から脱出できたの?」【鈴鹿御前】 「ああ。陣眼に巣食っていた蛇魔も消えた。」鈴鹿御前が指差した泉には、まぶしい光を放つ巨剣だけが残っていた。泉は既に浄化され、周囲の霧も消えかけている。【鈴鹿御前】 「大丈夫か?合図を出しておいたから、仲間達がすぐ来るはずだ。とりあえずあそこまで移動するぞ。」【聆海金鱼姬】 「大丈夫……」金魚姫の赤いままの目を見て、鈴鹿御前はため息をついた。彼女の頭に手を伸ばそうとしたが、途中で何かを思い出し、やめた。【鈴鹿御前】 「彼に会ったか?」鈴鹿御前は誰とは言わなかったが、金魚姫は知っている。それは水底の結界に閉じ込められ、苦痛に苛まれ続けている大嶽丸のことだ。【聆海金鱼姬】 「うん……私……私、あいつに会った時のことを何度も想像した。もっと怒って、もっと激しい感情が湧いて、あの偽りの幻を容赦なくぶっ潰すかと思ってた。でも私はそうしなかった。さっき幻境の中で見たことを思い返すと、私……」【鈴鹿御前】 「目が覚めてから、見ていた悪夢を怖いと思うことは珍しくない。だがいつまでも悪夢に気を取られていては、目の前の現実が見えなくなる。」【聆海金鱼姬】 「知ってる、だから少し怒ってるの。たぶん自分に怒ってるんじゃないかな。」【鈴鹿御前】 「あれ?」【聆海金鱼姬】 「やっぱり私はまだまだ弱い。あなた達みたいに冷静に全てと向き合える強さは持ってない。」【鈴鹿御前】 「そんなこと。」少し迷ったあと、鈴鹿御前は手を伸ばし、金魚姫の頭を撫でた。金魚姫の帽子がずり落ちそうになる。【鈴鹿御前】 「冷静でいられなくなり、痛みを感じる。それこそが、成長している証だ。あなたは彼らを強いと言うが、泣きたくないのではなく、泣くことができないのかもしれない。だから代わりに、あなたが泣いて、怒ってあげなさい。」【聆海金鱼姬】 「……全然慰めになってないんだけど。」【鈴鹿御前】 「あなたには、あなたの目的があると言っていたが。どうだ?うまくいったか?」【聆海金鱼姬】 「うん。悪意に満ちた幻境じゃない、目の前の現実の世界に、まだ私がやらなきゃいけない大切なことが残ってる。あの……鈴鹿御前……私やっぱり海妖が好きじゃない。大嶽丸のことも許さない。でも……あなたは悪い人じゃない。ありがとう。」【鈴鹿御前】 「ふふ、どういたしまして。私の周りはひねくれ者ばかりだから、彼らに比べれば、あなたはずっと素直で可愛いぞ。さあ、行こうか!よい……しょ!」【聆海金鱼姬】 「ちょっと!!おんぶしないで、自分で歩けるから!!」 |
雪風
雪風ストーリー |
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……都の近辺、進軍の途中。【大天狗】 「黒晴明様、此度は危険極まりない旅になります。蛇魔も増える一方です。それなのに、なぜこの鬼女を助け、そばに置くのですか?」【黒晴明】 「ヤマタノオロチは都付近に陣眼を設置し、各地の平和を壊した。紅葉林の中の封印は弱まり、瘴気が立ち込めていた。もしあの時助けなかったら、彼女も侵食され、より恐ろしい怪物になってしまったかもしれない。」【大天狗】 「しかし、黒晴明様……紅葉さんは全く有難がっていないようですが。」大天狗の目線を辿ると、その先には赤い服を着た美しい女性がいた。しかし彼女はとても恐ろしい形相をしている。【蝉氷雪女】 「とても恨まれているようですね、黒晴明様。」【黒晴明】 「紅葉、今は特殊な事態だから、一先ずそばにいてもらう。」【鬼女紅葉】 「うふふふ……めずらしく親切ですね、黒晴明様。」そう言いながら、紅葉は奇妙な舞を踊って近寄ってきた。しかし黒晴明に触れる寸前、彼女は霊力によって拘束され、危うく躓いてしまうところだった。【鬼女紅葉】 「黒晴明様……以前、私の美貌を求める気持ちを利用して、悪事に手を染めるよう唆してくれたわね。それを素直に聞いた私は、許し難い罪を犯した……ご存知かしら……封印されていた間……愛しい二人の晴明様は……私のなど完全に忘れてしまったみたい……幸い下僕達が私に晴明様達の状況を知らせてくれたわ。でもあのあまりにも長く寂しい日々……人間に耐えられるものじゃない……この全てを引き起こした張本人がお前だと考えるたびに……私はうらめしくて……うらめしくてお前を食い殺したくなる……!今、術を使って私をあなたのそばに置きたがるということは……もう思い直して……私のものになると決意してくれたの?」【黒晴明】 「すまない、紅葉。封印が破られたのは予想外だった。私の半身はまだこのことを知らない。このまま紅葉に自由を与えるのは、得策ではないだろう。」【鬼女紅葉】 「ふふふふ……以前私を「誘惑」した時、黒晴明様は今ほど素直じゃなかったわ……いいわ、もう一人の晴明様を見つけた時、あなた達二人と……きっちり「けりをつける」から……」言ったそばから、寒気と風刃が彼女を襲った。しかし彼女に触れる寸前、黒晴明が扇子を振りそれを打ち消した。」【蝉氷雪女】 「黒晴明様への無礼は許さない!」【鬼女紅葉】 「ふふふ……あなたこそ、私と愛しい人との会話に口を挟まないでくれる?それに、あなた達の黒晴明様は封印が弱まった途端に、隙をついて私を攫ったのよ……この名ばかりの「保護」の裏には、一体どんな企みが隠されているのかしらね。」【大天狗】 「この女は完全に狂っているようだ……体中から不愉快な気配を放っている。(これから本当に彼女と仲間になるのか……)」【蝉氷雪女】 「私もとても耐えられないけれど、黒晴明様がお決めになったことだから。あなたも私もただ従えばいい。ここで少し休んでから、急いで目的地に向かいましょう。」【大天狗】 「ふん、おそらくそんなに簡単ではないだろう。」大天狗が風刃を放つと、陰に隠れて攻撃の機会を伺っていた蛇魔が忽ち遠くに吹き飛ばされた。同時に結界の周りに、危険な気配を放つ漆黒の何かが巻き散らされた。【大天狗】 「ここで止まっている間に、彷徨う蛇魔達に目をつけられた。一網打尽にできるから手間が省けたとも言えるが、かつて住んでいた場所にこいつらが集っているのは、やはり……気に食わない!」林に突然刃羽の嵐が出現し、あっという間に道沿いの無数の蛇魔と悪鬼を倒した。【黒晴明】 「実に見事な一撃だ、大天狗。」【大天狗】 「……お褒めに預かり恐縮です。黒晴明様をお守りするためなら、我は……」二人が話していると、周囲は一気に冷え込んだ。草花はたちまち氷に覆われ、悪鬼の悲鳴が聞こえてきた。【黒晴明】 「さすがは氷雪の力を操る雪……雪……雪女……」【蝉氷雪女】 「この先しばらくは私達の脅威となる障害は現れません。行きましょう。」【大天狗】 「……(つい我慢できずに身震いした)」一行は再び目的地に向かって移動を始めた。道中で襲ってくる悪鬼と蛇魔を片付けていく。【逃的村民】 「助けて……助けて……」【腿脚不便的老人】 「この世の終わりのようじゃ……」村人達の叫びがすぐに妖怪の咆哮に埋もれていく。それを見た黒晴明は素早く前に出て、霊力を使って村人達を守った。【大天狗】 「黒晴明様、この辺りの瘴気は以前よりも濃くなっています。先に結界を張ってから対策を考えましょう。」【黒晴明】 「よかろう。」黒晴明が呪文を唱えると、彼を中心に強固な結界が出現し、瘴気を外に追いやった。【逃的村民】 「た、助かった……ありがとうございます、陰陽師様!え?都の有名な陰陽師様に似ていらっしゃいますが……あ、思い出した。晴明様……晴明様ですよね?さっきは混乱していて、晴明様のお顔も汚れていたので、すぐに気づけませんでした。晴明様がいてくださるのなら、もう安心です。」【大天狗】 「……」【蝉氷雪女】 「ゴホッ……」【大天狗】 「雪女、どうした?気分でも悪いか?」【蝉氷雪女】 「へ……平気。でも、道中ずっと何かの力がついてきているような気がする。」【黒晴明】 「ああ、雪女の言う通りだ。私も似たようなものを感じた。だが、私にとってその力は少し懐かしいものだ。その術を発動した者は我々のすぐ近くにいながら、何かを企んでいるのだろう。」【藤原道綱】 「黒晴明様はやはり鋭いですね。どうやらとっくに見抜かれていたようです。」【黒晴明】 「この術は途中の情報を集めるためのものだ。例えこの世の終わりを迎えても、道綱様はまだ己の職務を気に掛けているようだな。」【藤原道綱】 「いえいえ。あくまでも日頃の癖です。もし皆さんの気に障るようでしたら、すぐに術をやめます。」【黒晴明】 「その必要はない。蛇神を相手取るには、情報が多いほど有利だ。かつて住んでいた、よく知っている場所でも、今も昔と変わっていない保証はどこにもない。」【藤原道綱】 「ははは、黒晴明様はやはり考え方が周到ですね。」【黒晴明】 「道綱様ほど用心深くはない。」【蝉氷雪女】 「……黒晴明様はどうしてあの男と意気投合しているのでしょう……」【大天狗】 「ん?そうか?むしろ雰囲気が悪化しているように見えるが。」その時、ほぼ聞き取れないほど小さな音が聞こえた。【黒晴明】 「こんな時に結界に異変か?いつの間に……」【大天狗】 「黒晴明様、危ない!」大天狗の声で黒晴明は現実に引き戻された。目の前を風刃が通り過ぎ、攻撃を仕掛けてきた蛇魔を吹き飛ばした。その時、一行の足元の大地がひび割れ、各所に隠れていた悪鬼達は一目散に逃げ出した。【天邪鬼赤】 「逃げろ、逃げろ!!助けて!!」【天邪鬼青】 「待て!!一緒に……!!」【天邪鬼黄】 「皆を守りたい……けど!!」天邪鬼達の言葉が終わる前に、周囲は突然暗闇に包まれた。声でしか仲間の居場所を知ることができない。暗闇の中、赤い目がゆっくりと開き、高い場所から彼らを見下ろす。【大天狗】 「この地に配置された蛇魔だ!な……天邪鬼達が……」【藤原道綱】 「彼らは弱いから、蛇目に睨まれると一時的に生命力を奪われ、石像のようになってしまいます。早くこの蛇魔を始末しないと、この辺りの命は全てあいつに力を吸収されてしまいます。」【大天狗】 「ならば、一気に始末してみせる!」【黒晴明】 「大天狗、早まるな。この蛇魔の凝視はとても強い邪力を帯びている。もし目が合えば、おそらくすぐに逃げきれなかった天邪鬼達のような状態になるだろう。」【大天狗】 「そんな。」【黒晴明】 「私の霊力を帯びた帯で目を隠せば、しばらくはもつはずだ。ヤマタノオロチは何を企んでいるか分からない。彼が放った蛇魔には、きっと我々の知らない秘密がまだたくさん隠されているだろう。しかと心に留めておけ。何が起きても目を合わせてはいけない……」【大天狗】 「はい、黒晴明様。」【黒晴明】 「皆、ここは各自の得意分野に応じて、戦いでの役割を決めておこう。」【大天狗】 「我は風を通じて皆の動向を感知できる。上空の戦況は我に任せろ。」【蝉氷雪女】 「私は温度から方向を知ることができる。地上の皆を補佐するわ。」【藤原道綱】 「目を隠したら、私は方向が分からなくなります。でも黒晴明様と協力して結界を維持することはできます。」【黒晴明】 「よし。これは壮絶な戦いになる。皆、頼んだぞ!私と道綱様は引き続き結界を維持し、蛇魔の邪気の侵食から皆を守る。同時に皆と共にやつを討伐する!」【鬼女紅葉】 「……」【黒晴明】 「紅葉、まだ何か用か?」【鬼女紅葉】 「あなたのことは誰にも渡さない……だから……私もあなたを守るわ。」【黒晴明】 「そういうことか……ありがとう。」【鬼女紅葉】 「でも覚えておいて……これは全て、あなたの体を、魂を独占するため……決して優しさなんかじゃない……」【大天狗】 「善は急げだ。すぐに決着をつけましょう、黒晴明様!」黒晴明一行が蛇魔に総攻撃を仕掛ける。皆それぞれ大技を決めたが、どれだけ強烈な攻撃を浴びても、巨大な体を持つ蛇魔にとっては痛くも痒くもない。【大天狗】 「刃羽の……くそ!」上空にいた大天狗は一番に攻撃された。蛇魔の体に生えている棘が放たれ、大天狗の翼を掠めて飛んで行った。しかし急に走った激痛のせいで彼は均衡を失い、そのまま一直線に落下した。幸い、黒晴明がすぐさま呪符を放ち、彼を危機から巣食った。【黒晴明】 「大丈夫か、大天狗。」【大天狗】 「黒晴明様……」視界が制限されているため、なかなか弱点を見つけられず、すぐに巨蛇に有利な状況になった。このままではいけないと誰もが悟ったが、限られた時間の中で、誰も戦況を逆転する方法を見つけられなかった。【蝉氷雪女】 「ふふ……ふふふ……消えなさい……皆消えなさい……!!!」【大天狗】 「雪女……なぜ急に……」【藤原道綱】 「まずい、どうやら雪女様はもうこれ以上巨蛇の侵食に耐えられないようです……」【大天狗】 「そんな。」【黒晴明】 「蛇魔と目が合わなくても、冷静さを失えば、邪神の力に影響される恐れがある……結界の力も、じきに尽きてしまいそうだ。視界を奪われた今、全力を出すことができない。まずは巨蛇の目を何とかしなければ、有効な攻撃は期待できない。」【大天狗】 「黒晴明様、ここは我が……」【黒晴明】 「焦るな。道綱様、雪女は頼んだ。」【藤原道綱】 「ご安心ください、戦闘の支援は困難ですが、誰かを守ることはできます。」【蝉氷雪女】 「近寄らないで……近寄らないで!」【鬼女紅葉】 「ちっ、見苦しいわ、彼女には一体何が見えているのかしら……」【藤原道綱】 「紅葉さんはまだまだ正気のようですね。」【鬼女紅葉】 「ふふ、この件を片付けたら愛しいあの人を独占できると思うと、胸がいっぱいになるの……私を止められるものは何もない……」【黒晴明】 「本題に戻って。大天狗、この後上空で巨蛇の注意を引きつけてくれ。その隙に私が霊力を込めた呪符をやつの目の中に放つ。」【大天狗】 「御意、黒晴明様。」【黒晴明】 「くれぐれも無理はするな。異変があれば直ちに地上に戻れ、分かったか?」【大天狗】 「……はい。」少し休んだ後、大天狗は空へと飛び立った。獲物の気配に気づいた巨蛇は、彼に気を取られている。その時、黒晴明が高く飛び上がり、空中で止まった。そして手に持った呪符に霊力を注ぎ込む。【大天狗】 「黒晴明様!今だ!」しかし敵の急所に打撃を与える直前に、一行が気づかないうちに後ろに潜伏していたもう一匹の巨蛇が現れた。背後から強烈な威圧を感じ、すぐに一行は程度こそ違うが、皆幻覚に襲われた。悲鳴、風音、号泣が耳元で響き、彼らを押し潰そうとしているかのようだ。【黒晴明】 「気をそらすな、大天狗!」途切れ途切れの黒晴明の声は、まるで調子外れの旋律ようだ。大天狗は一度深呼吸して、前方に最後の風刃を放った。【大天狗】 「黒晴明様!!」強く圧迫され、黒晴明の目隠しの帯が千切れてしまった。しかしそれでも彼は手を止めなかった。【黒晴明】 「こんなところで……負けるわけには……!臨、兵、闘、者、皆、列、陣、在、前、急急如律……」まばゆい光が収まると、巨蛇は咆哮し、ようやく撤退していった。その時もうこれ以上耐えきれなくなった黒晴明が、脱力して空から落ちてきた。皆危機は去ったかと思ったが、もう一匹の巨蛇がもう一度襲ってきた。大天狗はなんとか黒晴明のそばに行こうとしたが、目の前に赤い人影がいることに気づいた。黒晴明の目の前に現れた巨蛇がまっすぐに彼の目を見つめる。まるでどうやって彼を呑み込もうか考えているようだ。しかし紅葉が突然彼らの間に現れた。【黒晴明】 「紅葉……!」落ちていく中、黒晴明は最後の呪符を投げ、紅葉を守ろうとした。しかし彼女には届かず、巨蛇の瞳に刺さった。【鬼女紅葉】 「この呪符は、やはり私を守るために……はははははは……黒晴明様……あなたは……」【黒晴明】 「紅葉!」混乱の中、黒晴明は目の前に赤い色が現れるのを見た。しかしその姿は、徐々にぼやけていった。【鬼女紅葉】 「どんな時でも、あなたを見ることさえ……できれば……」近くにいた大天狗と雪女が嵐と氷の刃を召喚し、巨蛇に攻撃を仕掛ける。強烈な力が四方から迫り、紅葉の言葉は強風でかき消された。【鬼女紅葉】 「ふふふ……この紅葉の舞で、あなた達の力になるわ!」強烈な力の衝突の後、黒晴明と紅葉は無事に地上へと降り立った。それと同時に巨蛇も退散した。周囲は段々と光を取り戻し、静寂が訪れた。【黒晴明】 「紅葉……」紅葉からの反応はなかった。【藤原道綱】 「紅葉さんはさっきの戦闘の中で、力を使い切ってしまったのでしょう。」【大天狗】 「巨蛇がいなくなった後、さっきの天邪鬼達も徐々に回復してきたようだ。どうしたものか……」【黒晴明】 「さっきの一撃で、彼女は大量の力を失った。すぐには回復しないだろう。私が霊力を使って、彼女の回復を手伝ってみよう。彼女の身体の中には、私の呪術がまだ残っている。一時的に意識を失っているとはいえ、深刻な状態ではない。」【藤原道綱】 「巨蛇は既に撃破され、陣眼も露わになりました。黒晴明様、ここに長くとどまるべきではないかと。急いで浄化の儀式を行いましょう。」【黒晴明】 「ああ、道綱様の言う通りだな。しかしこの陣眼の中に邪力は極めて強大だ。少し時間がかかるだろう。大天狗、雪女、先に紅葉を連れて、約束の場所に行け。私と道綱様は、この場所を徹底的に浄化した後で合流する。」【大天狗】 「分かりました、黒晴明様。」 |
裁判
裁判ストーリー |
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六つの陣眼の制圧を終え、一行はヤマタノオロチのいる場所へと急いだ。【黒晴明】 「あれが帝釈天が言っていた、ヤマタノオロチの審判場か。」禁じられし地の奥深く、山頂の密林にある廟の上空では、巨大な嵐の目のように雲が渦巻いている。太陽と月の輝きも、ここでは色を失う。まるで何かを恐れるかのように、奇妙な中心部の周りを旋回しながら、近づこうとしない。ここは絶対的な「虚空」であり、不吉な災いの降臨を予感させる。そしてこの絶対的な「虚空」の中には、壊れた鏡が浮いている。【黒晴明】 「あれは……雲外鏡か?」雲外鏡の欠片がいくつか空中に浮かんでいる。各欠片には、厳島、永生の海、天域などの景色が映し出されている。また同時に、各地の住民たちがその中で奔走し、笑い、生活している様子を見ることができる。欠片は異なる景色を映しながら旋回し、それぞれが徐々に近づいていく。最後には空中で一つに合わさった。重なり合ったその瞬間、鏡に映った各地の光景は、壮大な戦場の景色へと変わった。人間、鬼族、人魚、天人。誰もが残忍な戦いの中に身を投じていた。まるで、国境を接していない地域が一つの巨大な戦場となったかのように、ありとあらゆる種族が鏡の中で前代未聞の戦いを繰り広げている。欠片が合わさって出来た白鏡の下に座すのは、黒鏡であった。【オロチ】 「全ての命を救おうと思っていたのに、全ての命が殺しあう惨劇を招いてしまったことを、お前はどう思う?」【黒晴明】 「白鏡が都を汚染し、我々の手の中で壊れ、また我々が欠片を持って各地に赴き浄化するように仕向けたのも、罪を集めるためだったのか?」【オロチ】 「白鏡は万物の罪を忠実に記録し、正確に投影しているだけだ。」鏡に映る戦いでは、主人公が俗世の人々から晴明へと変わり、人々が六つの陣で蛇魔を虐殺する姿が白鏡によって再現された。無数の蛇魔との戦いが終わった時、黒晴明の身体は血で赤く染まっていた。しかし冷酷な彼は、まるで何も気にならないかのように、辺り一面に散らばる死体を踏みつけて進んでいった。【黒晴明】 「悪趣味だな。」【オロチ】 「まぁそう言うな。太古より審判とは公平公正であり、罪の記録は詳細であればあるほどいい。その方が人々も納得するだろう?」【黒晴明】 「我々が貴様の計画を邪魔したから、貴様は我々を裁くのか?」【オロチ】 「それは違うな。この審判はお前達なしでは実現しなかった。私はお前達には感謝の気持ちしかない。お前達は大罪人としてこの審判に名を連ねているが、感謝の意を表して、お前達を最高の観覧席に招待しよう。さて、ようやく私からお礼を贈る時が来たようだ。黒鏡。」【雲外鏡・陰】 「……」黒鏡が空に浮かび、人形から鏡へと変化した。鏡面が白鏡とは異なる方向に向く。鏡には巨大な審判場が映し出された。さらに一回転すると、鏡面に太陽と月の残光が映り、ヤマタノオロチの足元に反射した。残光が地面を照らすと、巨大な建築物が土の中から現れた。元々あった廟は倒れ、山と大地は崩壊した。金色の支柱がヤマタノオロチの足元から飛び出し、ヤマタノオロチを雲の端まで運んだ。嵐の目の真っ黒な中心には、やはり巨大な天秤があった。同時に天秤の周りの地面から観客席が飛び出した。銀灰色の壁からは高天原の厳かさが伝わってくる。ヤマタノオロチの約束通り、黒晴明の席は最高位の神族に与えられる観客席であった。蛇神は自らの手で作った傑作を眺めながら、天秤の真ん中の審判席に座った。そこからは審判場全体を眼下に収めることができる。その下には黒晴明の座っている場所があった。【オロチ】 「どうだ、気に入ったか?」黒晴明が答えようとすると、雪女が彼の前に飛び出して、邪神をにらみつけた。その手から氷晶が放たれようとしたまさにその時、目の前に降り立った大天狗が雪女を止めた。【大天狗】 「やめておけ。」三本の矢が三人の後ろから飛んできて、一本は真っすぐ天秤の上にいる蛇神に向かっていったが、軽く躱されてしまった。残りの二本は黒晴明と雪女の足元に隠れていた蛇魔を貫いた。源博雅が手に長弓を持ち、林の中から飛び出して三人の前に立った。【源博雅】 「流石は邪神だ、ほんの一瞬も警戒を緩めないとはな。それならば、俺はお前に対して一騎打ちで戦う義理を通す必要もない!」そういうと、天馬と鬼船に乗った帝釈天と鈴鹿御前がそれぞれ審判場に降り立った。【鈴鹿御前】 「これは一体?陣眼を鎮圧したら、儀式は止まるはずでは?」【黒晴明】 「黒鏡の仕業だ。おそらく元々どこかに存在していた建築物が現世に投影されたのだろう。」【帝釈天】 「これはまさに、私が幻境で見た審判場だ。審判場を現世に持ってくること、それがヤマタノオロチが長い間温めていた計画なのか。恐らく彼自身がこの地と深いつながりがあるのだろう。」朧車に乗った玉藻前一行と御饌津達も続けざまに到着した。【御饌津】 「……ここは、高天原に記載のあった、数千年前にヤマタノオロチを筆頭とする罪深き神を処刑する為に作られた場所。処刑の神、須佐之男もここで姿を消した。今はもう存在しているはずのない場所なのに……」【鈴彦姫】 「これほどの計画、単なる復讐ではなさそうだ。一体どんな目的が?」【蝉氷雪女】 「彼は一体、誰を裁こうと?」それぞれが議論をする中、縁結神は最初から最後まで頭を抱えて考え込んでいた。【縁結神】 「まさかあれが……?!」【オロチ】 「おっと、忘れていた。この審判場には、あるものが足りない。」そう言い終える前に、遠くの空から五つの輝く流れ星が突然現れ、閃光のような速さで処刑場の方向へと飛んできた。【小白】 「縁結神様、早くあれが何か教えてください!縁結神様の様子を見ていると、小白もすごく不安になります!」【縁結神】 「あれが何かじゃと!あれは全ての神が恐れた、伝説の神殺しの武器じゃ。高天原の神々は皆、幼い頃から聞かされてきた。たった一振りで神を滅することができるという……」五つの流星が互いに入り乱れながら、嵐の目の中心に入り込み、神々の処刑場の方向へとてつもない速度で飛来した。その後ろでは、夜のような幻境がまるで流星を追いかけるかのように、空から大地へと浸蝕を始めていた。流星が処刑場に入り込んだその瞬間、潮水のように暗黒が大地を包み込み、世界中を埋め尽くした。五つの金色の光が、ほとばしる雷のように皆に向かって襲い掛かった。【煉獄茨木童子】 「地獄の手!」その時、朧車に乗った鬼王一行が空から現れ、神器の落下によって広がった光を遮った。【煉獄茨木童子】 「おい、お前の神形は消滅したか?」【縁結神】 「消滅してはおらぬ!」光が霧散すると、天秤の周りに浮かぶ五本の剣の形をした神器が処刑場の五つの角に現れた。【鬼切】 「これはまさか……」【源頼光】 「伝説の神器、天羽々斬か。かつて自らを処刑した神器を、未だ手元に持っておき操るとは、何という度胸だ。」処刑場の周囲から突然妖火が立ち昇り、審判場から抜け出そうとする人々を阻む障害となった。火の中には酒呑童子の姿が見える。【鬼王酒呑童子】 「ようやく会えたな、ヤマタノオロチ。今日は人が少し多いが、皆部外者ではない。お前の被害者達だ。俺はこの審判場を妖火で外部と断絶させた。だからお前が蛇魔を召喚しようとしても、無傷では入ってこれない。たとえここを出られても、鬼兵部がお前を待っている。ゆっくり話をしようじゃねえか。」【オロチ】 「私と何を話すつもりだ?」【鬼王酒呑童子】 「こんな刑具を用意して、お前は誰を処刑するつもりだ?」【オロチ】 「誰を処刑する? 私はこの処刑場を建てても、この神器を作ってもいないし、裁決の規則を定めてもいない。それなのになぜ私が誰を処刑することになるのだ?鬼王よ、この世の命というものは、舞い散る桜の花びらのようなものだ。万物には夜桜のような美しさがある。それは何度見ても、私を驚嘆させる。そしてそれを讃嘆しようとする時、同時にその花びらの脆弱さを恐れ、声をひそめるのだ。桜の花は脆く、私が少し息を吐くだけで散ってしまう。しかし桜の花は私を感動させる。私も息を漏らさずにはいられない。私がどうしても讃嘆してしまうのは、神の慈悲の証明だ。私は命の美しさに魅せられてしまう故、万物の全ての罪を甘んじて受け入れるのだ。桜の木の下に死者が埋まっているのであれば、私はその死者の骨をも愛でる。もし世の人々が罪人になれば、私はその罪をも愛でるのだ。しかし彼女はそれ許容しない。神は罪を、罪を犯した命を赦すことはできないのだと彼女は言う。自らを最も罪のない者だと言う彼女は、自らの神格を使って罪神の悪行を裁くことにした。しかしお前達の今の様子を見ていると、千年前の自分を思い出さずにはいられない。 あの時の私も、この処刑場で、天秤の上の審判者に問いを投げかけた。私はこう尋ねた。これは全て公平に行われているのか、それとも世の中の万物が裁かれる運命にあるのか、と。すると彼女はこう答えた。もしこの天秤の上で有罪となれば、お前は許されざる罪人だが、世の人々は無罪だと。そうして私は、彼女の独断専行がもたらした結果を見せてやろうと決めたのだ。天羽々斬を高天原の地面に突き刺すと、高天原の半分は墜落し、多くの神族が人間界に堕ちた……」【鈴彦姫】 「あんたの言う「彼女」って?」【オロチ】 「真実を知りたいか?」【御饌津】 「私達があなたの前に出てきたのは、真相を知るためよ。」【オロチ】 「ならば教えてやろう。この因果の始まりは一体どのようなものだったのか……」ヤマタノオロチの神力によって、処刑場に当時の幻影が浮かび上がった。空の観客席に、辺りを埋め尽くすほどのたくさんの高天原の神々が現れた。ヤマタノオロチは、罪人のいるべき場所に囚われていた。【高天原の神官】 「蛇神が私的に邪神を放ち、人の世に害を与え、高天原を陥れようとしたことについて、神王様に裁きを求めます。」厳粛な声が天秤の上の審判席から伝わって来た。その声は非常に厳格で、人を畏怖させるほど冷酷だった。その輪郭は光に包まれていて、顔を上げて直視するだけで、その輝きに焼かれるようだった。【天照】 「審判を始める。」天照の神格を象徴する八咫鏡が天秤の片側から降下し、罪を測る基準となった。同時にヤマタノオロチの神格が取り出され、天秤のもう片方に置かれた。善悪を測る天秤の、ヤマタノオロチの神格を乗せた方が重く沈み込み、その罪の重さを示した。観客席の神々は驚きを隠せず、あちこちから驚嘆の声が聞こえた。誰も目の前の光景を信じられないようだった。あちこちから聞こえる驚嘆の声を打ち破ったのは、ヤマタノオロチの笑い声だった。【神堕オロチ】 「ははは……」【高天原の神官】 「邪神め!天照様の御前で無礼であるぞ!」【天照】 「静粛に。」審判場に満ちていた様々な声は突如静まり、処刑場にはヤマタノオロチの笑い声だけが響いた。群衆はその恐ろしい笑い声のこだまが消えるのを、沈黙して待っていた。【天照】 「蛇神よ、気は済んだか?」【神堕オロチ】 「気が済む?楽しいことが始まったばかりだというのに。私はただ、期待の拍手を送っただけだ。天照よ。八咫鏡を基準として罪が軽ければ無罪、重いと有罪。これは誰の決めた規則だ?」【天照】 「私だ。」【神堕オロチ】 「天照よ、罪が無いとはよく言ったものだ。高天原に神留坐す八百万神のことを知らず、善悪を相殺した後、一体何人の神格がその八咫鏡よりも軽くなる?私やここにいる神々は、その神格がこの天秤の八咫鏡よりも重く、法廷での処刑に値する罪深い神であり、灰になって消滅されるべきと本当に思うのか!」ヤマタノオロチは天照が黙りこくる中、更に大きな声で笑った。【神堕オロチ】 「神王よ、なぜ何も言わない?お前の民達はお前の口から答えが出るのを待っているぞ。お前の下す決断を。私が長い間、その結末を見たくて待ち焦がれていた事も知っているだろう。」【天照】 「今すぐ刑を執行しろ。」それを聞いて、高天原の処刑の神……須佐之男が、ようやく天照の後ろから現れた。彼は鎧を見に纏い、処刑台へと向かった。 【須佐之男】 「須佐之男は命令を受諾した。」須佐之男が手に稲妻を集めて一振りの天羽々斬を生み出すと、続いて巨大な天羽々斬が五本も天秤の上空に召喚された。五本の剣は処刑場を中心に旋回すると、突然空中で止まり、ヤマタノオロチを同時に刺した。紫黒の血が飛び散り、白い大地を黒く染めた。紫黒色がゆっくりと地面に広がり、常に微笑みを顔に浮かべていた天照の頭も、生気がなくなり下を向いた。【高天原の神官】 「刑は執行された。審判はこれにて……」そう言い終える前に、神官は喉を絞られたように声が出せなくなった。首筋に鋭い切り傷ができただけで、振り返る間もなく、彼の頭は金色の液体に覆われ、地面に転がっていたのである。地面から頭を持ち上げて向かってくる人影が不気味な笑みを浮かべている。儀式の神官は、その人物が須佐之男であることに気がついた。【須佐之男】 「審判が終わった?いや、これで終わっていいはずがない。処刑するべき罪人はまだこんなにたくさんいるんだ。」須佐之男は神官の頭部を手に持ち、天秤の方向を向かせた。元々ヤマタノオロチの神格に纏わりついていた紫黒色の蛇魔が散開していく。その下に現れたのはなんと、処刑の神である須佐之男の神格であった。【高天原の神官】 「どう……して……」【須佐之男】 「なんという皮肉!かつて神獄で、蛇神が私に言った。この審判は彼を処刑するための茶番に過ぎないと。どれほど誠実で、正直な魂であろうと、この天秤の上で無罪を勝ち取ることなどできない。私は彼を嘲笑った。神王天照の慈悲は、邪神ごときに推し量られる程度だったのか?私が尊敬し、忠誠を誓った神王は、我が忠義を罪悪とみなし、我を罪人とみなした。そしてその口で処刑を命じたのだ!そして今、蛇神が正しかったことがわかった!神官よ、私は一体何の罪に問われるのだ?教えてくれ!」何も言うことのできない神官は、ただ大きくその両目を見開いて、信じられないといった様子で須佐之男の神格を見つめていた。須佐之男はもう動かなくなった頭部を地面に捨て、大股で神殿を駆け上がり、両手を広げて恐れ慄く神々に大声でこう言った。【須佐之男】 「皆に替わって私が言おう。その罪が罰せられるべきなのか。」神々は言葉を失った。【高天原の神々】 「よくもまあ邪神と結託して、自らの神族である証明を渡せたものだ。高天原と天照様を裏切ったことになると分かっているのか!天照様、この罪深き者を裁き、この世界の正義を貫いてください!」審判席に座った天照は目の前の出来事に対して、終始無言を貫いていた。【須佐之男】 「何も言えないのか。ならば私が言ってやろう。」須佐之男が天羽々斬を呼び戻し、天照の目の前に天高く掲げると、残りの五本の剣もヤマタノオロチを離れ、天秤を取り囲んだ。【須佐之男】 「天照よ、私が有罪なのなら、お前も有罪だ。お前が有罪なら、万物は全て有罪だ!お前達の罪は私が罰する!」空中に浮かぶ天羽々斬が動きを止めた。切っ先が回転し、座っている神々に襲い掛かろうとしていた。突然の出来事に衝撃を受けたのは、処刑場にいる神々だけではなかった。この出来事を目撃した晴明達も驚きを隠せなかった。【御饌津】 「こういう事だったとは……!」【鈴彦姫】 「おかしい……これが真実だとしたら……須佐之男が裏切り、高天原の神々を虐殺したのなら、どうしてヤマタノオロチは生き残ったの?」【御饌津】 「まさか、あの人が言っていたように二人は共謀して……?須佐之男様が同族を虐殺している隙に、蛇神が逃げた……」【縁結神】 「あの神を殺した不届き者をよく見るのじゃ。あれが殺人鬼のように見えるか?あれのどこが冷酷な処刑の神に見える?どう見ても……」【御饌津】 「邪神に憑りつかれてるみたい……」荒の声が月鏡の向こう側から伝わってきて、御饌津をなだめた。【荒】 「目を閉じるな。恐怖によって目を背けるな。さもなくば、千年の悔恨と虚無に苛まれるぞ。しっかり目を開け。真実から逃げ出してはならない。」神の処刑場では、天照が神々の前に降り立ち、彼女の結界は光のように広がった。神兵も天照の背後で反撃の陣を展開した。しかし、武神の長である須佐之男にとっては、神々の抵抗は身の程知らずであった。須佐之男は天羽々斬を使って、躊躇なく高天原の全てを破壊した。倒れた建造物と亀裂の入った大地は、虐殺された神々の遺骸で埋め尽くされた。彼が剣を振るうと天照の足元の大地が割れ、神々と高天原の大地が共に破壊され、雲の端から落ちて行った。半分に分かれた高天原の大地が堕ちる時、天照は神力を使ってその半分を支えた。しかしそのせいで須佐之男と戦う余裕はなくなり、身体を使って神々を守ることしかできなかった。【須佐之男】 「勝敗は決した。天照よ、お前が守っている罪深い神々を差し出せば、お前の処刑は最後にしてやろう。お前の慈悲の心で臣民を見送るのだ!」【天照】 「私の背後には千の神がいるが、目の前の敵はたった一人。お前の前には千の神がいるが、背後には誰一人いない。お前の言う通り、勝敗は確かに決した。どんな肉体を持とうと、お前の魂は勝敗を予測することなどできぬ。お前の向かう方向には、敗北しかないのだ。」【須佐之男】 「我が魂は千の神々よりも強く鍛え上げられている。しかしお前の魂は千の神々を背負った。そのせいでお前の慈悲は終りを迎える。そして私の慈悲が朽ちることはない。この至高の身体を得た私こそが、新世界の意志なのだ。」【天照】 「百人力の男でも背後に気を付けなければならない。この道理、武神である須佐之男ならば理解できても、お前には理解できないだろう。お前は須佐之男ではない。正体を現せ、邪神よ。」【須佐之男】 「太陽の女神よ、この両手を使えば、彼が生前成し得なかったことを……お前の処刑を成し遂げることができるのだ。」「須佐之男」は天羽々斬を抜くと、天照の結界を一撃で砕き、天照が支えているもう片方の高天原に向かって剣を振り下ろした。天照に守られている神々はその状況を見て慌てふためいた。天照はそれを躱そうとはしなかった。剣先が彼女に触れた瞬間、雷が「須佐之男」の身体を貫き、神器が彼の手から落ちた。「須佐之男」が痛みに苦しみながら砕けた石の中に落ち、後ろを振り向くと、先ほど死んだはずの「ヤマタノオロチ」が立っているのが見えた。その身体は彼を縛っていた鎖から抜け出し、雷電の光を放っていた。彼は天罰を与える処刑の神のように空に昇り、雷雲の中から「須佐之男」を見下ろしていた。【神堕オロチ】 「ははははは、ようやく目が覚めたようだが、高天原の行く末を一緒に見に来たのか?」【須佐之男】 「私の顔を使って戯言ばかり……まったく気分が悪い。蛇神よ、私の身体を乗っ取ったというのに、雷に打たれるとは。どうやらお前の言う不朽の魂は、この世界の雷電からは認められなかったようだな!」【神堕オロチ】 「だからなんだと言うのだ?この世界の万物は全て罪深き者の足元にひれ伏している。それは雷電も同じことだ!残念だが、お前はその時まで生きてはいないだろう。」二人は雲上で激しい戦いを続けた。須佐之男は体を乗っ取った蛇神に雷撃を繰り出したが、蛇神の操る五本の天羽々斬に阻まれた。爆発する雷雲の白い光の中で、彼は取り出した剣を握りしめ、蛇神の胸に向かって突き刺した。しかし蛇神はかわすことなく、微笑んでその一撃を体で受け止めた。【須佐之男】 「なぜ避けぬ?」【神堕オロチ】 「せっかく丈夫な体を手に入れたのだ……それを見せびらかさない手はないだろう?前の主であるお前は、この体を倒すのに何回刺せばいいのか知りたくないか?」【須佐之男】 「さっき処刑場で自らこの身体に手を下したばかりなのに、またやるのか……本当に悪趣味だな。」【神堕オロチ】 「何が悪趣味なものか。規則は天照が定めたものであり、私はそれに従う。何が悪い?善悪は天照が判断し、私はその刑を受けた。どこに問題がある? この思いやりは、私の為に生まれる新世界をお前にも祝福させるためだ。」【須佐之男】 「新世界だと?」【神堕オロチ】 「旧世界の倫理に従い、旧世界の法則に打ち勝つことは、この旧世界に存在する矛盾を壊すための第一歩に過ぎない。私は既に穴だらけになった旧世界になど全く興味がない。破壊なきところに創造はない。私が望むのは、万物が本当の自由を手に入れられる新世界だ。そのために私はこの審判に参加し、処刑人であるお前を倒すべき仇敵として選んだのだ。もしお前の愚かな慈悲の心さえなければ、六人の邪神を鎮圧する際に神王を庇って私の蛇血に汚染されることもなく、神使達を救うために獄中で私の神格に触れることもなく、審判場で私に身体を乗っ取られる事もなかっただろう。つまり、お前は私の新世界に献上するのに最適な供物なのだ。新世界の誕生のためなら、私は迷いなくお前を完全に破壊する。お前の身体も、魂も、お前の偽善的な公平さや、安っぽい正義感も、全て奪い去ってやる。しかし、いつも律儀な番人であるお前が私より罪を犯しているとは、私でさえ驚いたよ。」【須佐之男】 「言っただろう、私は罪人の首をはねただけだ。しかし罪は罪だ。罪は終わりはしても、消えることはない。私があの世に送った罪人の業は、私が終わらせる。ヤマタノオロチ、お前もだ!」閃光が凝縮した剣が、まだ回復していない蛇神へ向かって振り下ろされると同時に、五本の天羽々斬が彼の頭上に現れ落下した。鋭利な刃の先が回転し天羽々斬を弾き返す。天羽々斬を失ったヤマタノオロチは慌ててそれを追いかけるが、剣で石の上に釘付けにされた。上を見ると雷雲が沸き起こり、今にも雷撃が落ちてきそうだった。【神堕オロチ】 「よく考えろ。これはお前の身体だぞ。」【須佐之男】 「確かに私の体だ。しかし、お前の魂に光を見せることはできぬ。」本物の雷神が引き起こした雷撃は、ヤマタノオロチの身体を業火に包み、苦痛を味わわせた。雷が落ちる瞬間、彼は突然ふざけたように笑い出した。蛇神が右手を伸ばすと、その掌から蛇魔が飛び出し、近くに落ちていた天羽々斬に素早く巻き付き、自らの胸に突き刺した。剣が背骨に触れると、二人の神格が再び入れ替わった。須佐之男が目を開けると、既に自身の身体に戻っていて、石の上に釘付けにされたまま身動きが取れなかった。砕けた石は雷撃の重さに耐えきれなくなり、重傷の須佐之男は高天原から落ちていった。その全てを笑いながら見ていたヤマタノオロチは、天照の眼前へと立ち戻った。【神堕オロチ】 「天照よ、お前が建てた高天原は破壊され、お前が頼った武神はお前が作るように命じた処刑道具で殺された。今度はお前がこれから生まれる新しい世界に祝福を与える番だ。」【天照】 「蛇神、お前の言う新世界とは、どのような法則を持って生まれるのか?」【神堕オロチ】 「法則?生命の庭は、いかなる法律にも拘束されない。もしこの世界が巨大で原始的な一つの獣だとすれば、それは法則を守るために生まれたのではない。私がその獣の唯一の主人となるが、私はその獣を飼いならすことはしない。私はその獣の要求に応え、心血を注ぎ、寄り添いはすれど操ることはせず、共に歩むが導きはせず、赦しはするが褒めたりはしない。その獣が知る唯一の慈悲が私であり、その獣の求める唯一の神となるのだ。そうして、獣の喜びも憂いも全て我が快楽となる。私の力で、再びこの世界に喜びを与えることができるのだ。神は世界の規則を一切定めず、神の法則も存在しなくなるのだ。存在するのは、神の意志、つまり私の意志だけだ。」【天照】 「そんな気まぐれな世界の誕生を私に祝えと言うのか?」【神堕オロチ】 「気まぐれ?そうかもしれないな。だが世界に気まぐれに振る舞う権利を与えることが本当の自由ではないと、そこから生まれるものが本当の快楽ではないとどうして言えようか。」【天照】 「蛇神よ、運命の中には、元々お前の望む可能性があったのかもしれぬが、それはお前がこの世界を破壊する理由にはならない。そして我はそれを許さない。我はこの世界をお前から守り、たとえ我と彼らに千年の苦しみを与えようとも、この高天原の半分を支え、地上の万物が生き続けられるようにする。蛇神よ、巨蛇は封印され、千年間閉じ込められることをここに予言する。そして夜明けの時は千年後にやってくるだろう。」【神堕オロチ】 「お前は自分自身から神力を奪っているのだぞ。まだこの不安定な世界を支えるなどと妄想しているのか?お前の世界と共に虚無と化すがいい。」ヤマタノオロチが天羽々斬を五本同時に放ち、天照に突き刺したが、その瞬間二本の腕が致命的な一撃を防いだ。須佐之男は五本の天羽々斬を穴だらけになった身体で防ぎ、満身創痍の身体に剣をしっかりと握りしめて蛇神をにらんだ。【神堕オロチ】 「天照に比べると、このしぶといやつは……太陽よりもまぶしいな。」ヤマタノオロチが堕落の力を放つと、地面に飛び散った蛇血がまるで新たな命を得たかのように蠢きだし、紫黒色の霧を噴出しながら空中を漂い、一つの大きな蛇骨になった。長く細い背骨は動く檻の迷宮のように、須佐之男をその中に閉じ込めた。巨蛇が動くたびに、肋骨が彼の体を突き刺し、無数の骨棘で処刑される罪人のように処刑の神を吊るしあげた。須佐之男の胸、肩、手足から蛇骨が突き出す。その骨はついに喉にも突き刺さり、須佐之男の身体は今にも引き裂かれてしまいそうだった。それでも須佐之男は蛇骨に貫かれた手を伸ばし、喉に刺さった骨を折った。須佐之男が雷電の力を放つと、蛇骨は破裂した。【須佐之男】 「この世界の業というのは実に公平だ。お前のような罪人を許さないだろうが、私のことも許さないだろう。だが私はそれでも正義のために処刑を執行する。」【神堕オロチ】 「一体なぜお前は、自分自身を重罪人とみなすような神と世界を守ろうとする?」【須佐之男】 「それはもちろん……神が世界を愛しているからだ!」天地に響く轟音とともに、胸から天羽々斬を抜いた須佐之男は、そのままヤマタノオロチの神格を貫いた。強風と雷が同時に蛇神の体を襲い、蛇神は人の姿を維持できずに巨蛇と化した。しかし巨蛇の頭を貫こうとする天羽々斬の下に、一枚のお面が現れ、神器の攻撃を防いだ。【神堕オロチ】 「実に愚かだ。お前の神格は私が侵食した。この断末魔の剣がお前の望みを叶えてくれるとでも思ったか?我が力に抵抗すれば、お前は旧世界で永遠に罪人となる。我が力を受け入れれば、新世界でお前は救済される。」【須佐之男】 「その救済はお前自身のためにとっておけ、蛇神。狭い世界の暗闇で不老不死を楽しむがいい!」須佐之男の両手が天羽々斬の柄を掴む。処刑の神の神格を失った須佐之男は、剣で蛇神のお面を貫き、二人は同時に高天原から人間界へと落ちていった。【神堕オロチ】 「自らを光の処刑人と勘違いしたお前に、私を処刑する資格などない。世界から光が消える時、お前は罪によって堕落し、真の堕神となるだろう! もし私がお前に封印されるなら、私はこの世界の光を奪い、封印を解いて人の世に戻るまでの数千年間、お前を暗闇の中で苦しませ、お前の命を奪い取ってやる。それまでは好きなだけ苦しみ、好きなだけ悔い改めるがいい。今日の自分を、己の無知と妄想を、服従すべき主を見誤ったことを呪い、この世界に生まれ落ちたことを後悔し、痛みと後悔の中で我が帰りを待つがいい。そして万難を排して私の帰りを待ち、赦しと救いを求めてやってくるがいい。しかしその時、私は今回のような慈悲は与えぬ。」【須佐之男】 「それは楽しみだ。その時は、お前の本当の居場所を教えてやろう。」【神堕オロチ】 「お前、まさか……?ははは、先に待ちきれなくなったのは私の方みたいだな。千年の歳月が待ち遠しい。早くこの世の果てに行き、万物の最後と須佐之男の最後を自分の目で見たいものだ!」雲の奥深くで雷が鳴り響く中、不気味な笑い声がかすかに聞こえた。それが聞こえなくなると、彼は剣に巻きついた巨蛇の姿で、他のいくつかの天羽々斬とともに、やがてはるか高空に落ちていった。落下中に剣先が大地を割って大きな隙間を作り、そこに巨蛇を押し込み、その隙間を雷雲から降りてきた鎖で覆い、完全に出口を塞いだ。封印が終わると、雷雲は消え去った。天照は光で大地を照らし、闇を払い、万物を蘇らせた。それを見ていた全ての生き物は、天照に祈りを捧げ、崇めた。【天照】 「戦争は終わったが、邪神の呪いは未だ世界を蝕んでいる。巨蛇はこの世界の光を奪うと宣告したが、私には彼の遺した闇を永遠に葬り去ることはできない。万物のため、我が神力を真の太陽に変えて、この世界を照らし、新しい命の輪廻を始めるのだ。これからは闇とともに、千年も万年もお互いを追いかけ合うのだ。だか怖がる必要はない。必ずや闇は終わり、夜明けが来るのだから。」そう言うと、天照は神力で自らの肉体を包む殻を作り、輝く太陽となって空に浮かび上がり、闇との永遠に続く戦いを始めた。天照が去った後の荒廃した高天原で、新しい最高神は厳粛に残りの神に向かって言った。【月読】 「今日、私は神々に蛇神の裁きの真実を伝える。処刑の神、須佐之男は神獄に幽閉されていた蛇神と結託し、処刑の際に突然反乱を起こして同族を惨殺し、天照に重傷を負わせ、高天原に今日のような惨状をもたらした。」【高天原の神々】 「何?武神の長である須佐之男様が、どうしてそんな裏切りを?天照様は重傷を負い、高天原も酷い状態だ。こんな悲惨な状況の中で、我々は最強の戦神すらも失ったのか?」【月読】 「私も信じられないが、天照様に起きた事は我々にはどうにもできず、須佐之男の反乱も確かな証拠がある。」【少年荒】 「須佐之男様と蛇神が共謀して、審判での反乱に協力することに合意していたことは、私が証明できる。しかし審判場で、天照様をどう処分するかに関して意見が食い違い、内輪もめを始め、共に傷を負った……蛇神は封じられたものの、須佐之男様は罪から逃れた……あの高天原の裏切者に、手を下せなかったのが悔やまれる!我らが処刑人は、我らを裏切った……そして太陽の女神も堕ちた。」神使の少年の問いと共に幻境が消えた。突然明らかになった真相に、その場の誰もが言葉を失った。【鈴彦姫】 「神々の堕落と呼ばれる事件の裏には、こんな事情があったのか。」【縁結神】 「しかし、この月読様、いや、月読大悪人が悪者であることは早いうちから気づいておったが、われの想像を超えるほどじゃとは思わなかった。話本でもこんなひどい話はなかなかないぞ。 」荒の声が月鏡の片一方から伝わってきた。【荒】 「あの幻影はかなり細部に至るまで再現されていたが、邪神が見せてきたものだ、必ずしも真実であるとは限らない。月読様は神王天照の代理として神々を統率しているが、それは天照様の帰りを待つためだ。須佐之男は数千年間高天原から逃げている罪深き神。数千年の間に堕落し、ヤマタノオロチのような邪神になっていても不思議ではない。」【御饌津】 「その通り。月読様は公正かつ厳粛なお方で、権力に溺れるような人じゃない。ただ……幻境の中のあの子は……」【荒】 「御饌津、大きな敵が目の前に迫っている。他のことに気を取られている暇はない。」【晴明】 「皆で推測をする必要はない。真実がどうであれ、我々自身が判断することだ。」【黒晴明】 「我々は取り乱さずに、落ち着いて敵を迎えよう。でなければ、須佐之男の犠牲が無駄になってしまう。」【オロチ】 「今更何を考えても手遅れだ。千年の時が過ぎ、私は既に封印を解き放ち再びこの審判場を作り出した。しかし高天原からは何の反応もない。実に退屈だ。千年以上経った今、私が狭間から出てくることができたのは、人々の信仰のおかげだ。世間の人々は依然として王座にいない天照を信仰し、誰もその地位を動かそうともせず、彼女の法則に未だに従っている。私は彼女に裁かれた大罪人でもある。その罪の重さは、この天秤によれば、前代未聞のものなのだろう?故に、今日この時より、我が神格をもって八咫鏡の代わりとし、衆生の罪業を測る。天地の万物に見せてやるのだ、皆が一体、どんな罪に値するのかを。」堕神の神格が顕現し、蛇魔の纏わりついた紋章が天秤の片側に落ちてきた。【オロチ】 「白鏡。」その言葉を聞くと、白鏡が空中からゆっくりと天秤のもう片方へと落ちてきて、世界の各種族の罪を映し出した。すると罪深き蛇神の神格が段々と上に上がっていった。【帝釈天】 「鏡が映し出す罪は、何千万の者達の所業だ。なぜお前一人の罪と比べる?」【オロチ】 「破壊の神を自らの手で創造した天人の王よ、なぜ万物の邪神の存在を認めないのだ。私は天地が誕生した時に生まれた最初の邪神であり、創世の理によって作られた万物の罪なのだ。破壊神よ、姿を現せ。私とお前の約束を果たす時だ!」すさまじい光が空から降り注ぎ、赤い光が炸裂して天秤とヤマタノオロチを取り囲み、全てを飲み込んだ。光が消えると、漆黒の大きな人影が浮かび上がった。【帝釈天】 「どうして……!」【オロチ】 「破壊神よ、天羽々斬を抜き、刑を執行せよ。」破壊神阿修羅は何も言わずに真っすぐ蛇神の方へと向かった。帝釈天が前に出ようとしたが、霊神体の六つの大きな手で道を遮られた。阿修羅は天秤の上に飛び乗ると、蛇神の胸元に手を突っ込み、その中の封印を取り出した。その腕は蛇神の胸を貫き、中からゆっくり神聖な長剣、天羽々斬を抜き出した。天羽々斬を握ると、阿修羅の右手は突然力を得た。神器を空へ投げると、命中した太陽はすぐさま光を失っていった。裂けた部分からは灼熱のマグマが噴出し、広がる暗闇が世界を吞み込み始めた。流れ出たマグマに焼かれた大地の裂け目では、人の顔をした巨大な白蛇が地底から飛び出し、暗く赤い空でまるで生まれたばかりの神のような雄たけびを上げて旋回した。それを見ていたヤマタノオロチはこらえきれずに笑い出した。【神堕オロチ】 「ついに終焉の時がきた。この素晴らしき世界は、毎秒毎分、より素晴らしいものへと変容していくのだ。終焉審判、降臨!」阿修羅が天秤の上から飛び下りると、霊神体の巨大な六つの手が開き、周囲にある五本の天羽々斬もそれに呼応するように振動を始めた。そして矢のように彼の方へ飛んでいき、五本の巨大な手が受け止めた。【鈴鹿御前】 「囲め、審判場から出すな!」突然審判場に海の波が打ち寄せ、鬼船が現れた。【燼天玉藻前】 「私も助太刀に来たぞ、朧車。」朧車が空に浮かび上がると、朧車に乗っている鬼族と船上の海国の衆が同時に弓を放ち、審判上の上から矢が雨のように降った。なんとか阿修羅を足止めしようとしたが、破壊神の大きな身体は異常なまでに素早く動き、霊神体の巨大な手の力で包囲を抜け出した。【源頼光】 「このような場所で貴殿と再会することは、私の望みではない。しかし再会したのなら、戦わないわけにはいかない。」【鬼切】 「この場から神器を持って逃げさせるわけにはいかない。これでも喰らえ!」鬼切は鬼兵部を率いて正面から迎撃したが、阿修羅はただ避けるだけで相手にしなかった。鬼切の刃が何度も当たりそうになるも、阿修羅には躱されてしまった。阿修羅は鬼切を振り切ると、観客席の方向に真っすぐ向かって行った。観客席に座っていた黒晴明はすぐに結界を張り道を塞いだが、破壊神は天羽々斬を空中から落下させその結界を破ろうとした。【阿修羅】 「分を弁えろ。」【黒晴明】 「大天狗。」【大天狗】 「お前の思い通りにはさせない。刃羽の嵐!」強風のもと、巨大な剣の刃はたわみ、結界の端をかすめていった。【阿修羅】 「お褒めに預かり恐縮です。」【蝉氷雪女】 「黒晴明様に無礼は許さない。」突然、凝結した氷晶が阿修羅の歩みを止めた。顔をあげると、鬼手と黒炎が既に目の前に迫っていた。阿修羅が霊神体を使って鬼手を払いのけると、茨木童子は数丈吹き飛ばされた。【煉獄茨木童子】 「この実力があって、なぜ攻撃してこない?」【阿修羅】 「恩を仇で返すわけにはいかない。」【煉獄茨木童子】 「そんな。」その時、妖火が突然阿修羅を横から襲った。阿修羅は半歩後退し、胸元からは黒い煙が上がった。傷口はすぐに全快し、攻撃を受けた痕跡も消えた。顔をあげると、酒呑童子が目の前に立っていた。【鬼王酒呑童子】 「神格がなければ、先ほどの最後の一撃でお前は負けていただろう。恩を返した今、お前は何を思う?」【阿修羅】 「我が意を得たり。」審判場に一瞬にして二つの火炎が燃え上がり、野獣のように互いに襲い掛かった。火炎の交わる頂点で、二人は全力で互いを攻撃した。一撃を交わした後、火炎は烈風のように弾け、酒呑童子が地に落ちると大天狗が彼を受け止めた。同時に落下した阿修羅が再び戦おうと身体を起こすと、手足には蓮の花が纏わりつき、幻術にかかっていた。帝釈天が阿修羅の目の前に立ちはだかる。【帝釈天】 「お前は一体誰だ?」【阿修羅】 「お前に敗北した者だ。お前は昔のままだ。誰よりも幻境を理解しているのに、誰よりも本当の心を理解していない。」【帝釈天】 「そんな。」突然もがくのをやめた阿修羅は、目の前の審判場から離れようともせず、幻境を破ろうと急ぐのでもなく、その場で巨大な手を使って天羽々斬を持ち上げた。【鈴彦姫】 「まずい、早く天羽々斬を抑えて!」【源博雅】 「矢を放て!」三本の矢が空を切り裂き、天羽々斬を握る霊神体に向かって飛んでいったが、途中で蛇魔に妨害され、矢は腐敗してしまった。天羽々斬が天地の万物に向かって振り下ろされる。神器が落下すると、大地の亀裂からはマグマが噴出し、太陽と月は色を失い、星々は地に落ち、津波が辺りを覆った。天災が四方八方から襲い掛かり、際限なき闇が世界を包み込んだ。【神堕オロチ】 「どれほど素晴らしい曲にも「サビ」があるものだ。でなければ曲を聞いた観衆は残念に思うだろう。私はお前達をそんな気持ちにさせたくない。私の審判が、この惨めな世界が滅亡する前の最後の哀歌となる。」阿修羅は天羽々斬を回転させ、自身の神格の化身に向かって斬りかかった。化身は分裂して無数の欠片となり、欠片からは無数の分身が生まれ、その場にいる全員を包囲した。【燼天玉藻前】 「これでは……相手を捕らえようにも人手が足りない。」【御饌津】 「それでも、諦めることはできない……荒様達が、私達を待っているのだから!」暗闇の中、結界に隠れていた晴明、神楽、荒の三人は、既に審判場の外までたどり着いていた。 |
終焉
終焉ストーリー |
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天羽々斬が次々と降り注ぎ、光と影の均衡が完全に崩された。闇は太陽を、白昼は月を侵食し、空は乱れた墨のように、光と闇が侵食し合っている。暗闇の中、阿修羅は姿を消した。みんなは方向を見定めることも互いを視認することもできず、周りから人々の高まる慟哭と頭上からの蛇神の唸り声だけが聞こえる。【晴明】 「これ以上神器天羽々斬を放っておくと、世界はやがて完全に消えてしまう。一刻も早く審判の儀式を止めなければ。」【神楽】 「私たち……本当にヤマタノオロチに勝てるのか?」【荒】 「結果が予測できなくても全力でやるんだ。これはこの世を動かす法則じゃないが、命ある者が持つべき信念だ。」【神楽】 「わかりました、荒様。全力を尽くします。」神楽が全身の霊力を荒の草薙剣に注ぎ込み、力尽きて晴明の懐に倒れてしまった。霊力を得た草薙剣は星々のような輝きを放つ。草薙剣を握り、荒は結界を出て、ヤマタノオロチの前に現れた。【神堕オロチ】 「ようやくあれを出す気になったか?いまさら我が分身しか倒せない剣を持ち出したところで、何ができる?」【荒】 「それはどうかな、やってみなきゃわからないだろう?」荒は星々の力を駆使し、蛇魔の包囲を突破した。草薙剣を空へ突き刺し、ヤマタノオロチの身体を貫通した。その瞬間、蛇魔の動きが止まり、空の天羽々斬も一瞬止まった。【晴明】 「これで…やったか?」【神堕オロチ】 「一瞬の成功の喜び、素晴らしいだろう?」【荒】 「……」蛇神は胸に刺された草薙剣を抜き取ると、傷が直ぐに治った。彼は草薙剣を片手で持ち上げ、刃を握り、ほんの少しの力を入れただけで草薙剣が粉々になった。【神堕オロチ】 「私は慈悲深い…一瞬の錯覚を経験させてあげたからね。しかし次は慈悲を与えてやれないかもしれないぞ。」【晴明】 「ヤマタノオロチは天羽々斬の封印を完全に解いた。草薙剣の力だけでは対抗できない。」【荒】 (いや…)【神楽】 (草薙剣の力が集まっているのを感じる。剣の欠片がヤマタノオロチの力の源を探している……)【荒】 (そう、一瞬だけかもしれないが、彼は力の制御を失い、隙が生まれる…)【晴明】 (その隙を突けば…)【荒】 「晴明、神楽を私の後ろに。」復活した蛇魔は三人に向けって襲いかかり、すぐに彼らを囲んだ。【神堕オロチ】 「安心するがいい。お前らはこの世で私と最も親しい存在…すぐに逝かせたりはしないさ。新しい世界の誕生を一緒に見届けようではないか。」万物を斬る天羽々斬が次々と抜かれ、空間の裂け目に五本の神器を刺し込むと、亀裂が広がり、黒い渦が現れた。大地と呼応するように、白き巨蛇は暗い空に現れ、光を失った星と月は彼を追い、空間の裂け目に向かって急降下し、陽界に黒い波を走らせた。黒き「虚無」が狭間から飛び出し、一瞬で星々を飲み込んだ。【源博雅】 「あれに触るな!何なのか知らないが、いいものじゃないことは確かだ!」【八百比丘尼】 「あれは「虚無」、創世の神々が世界を創る元素の一つです。しかし完成された世界にとって、あれは滅びをもたらす存在。」【黒晴明】 「ヤマタノオロチはこの世界を「処刑」することで、万物を「虚無」に返し、粘土をいじるように新世界を再創造しようとしている。」【鬼切】 「こん時にまで難しい言葉を使わないでくれ!」【八百比丘尼】 「要するに、触るとこの世から消されてしまうでしょう。」【鈴鹿御前】 「あれの正体はさておき、今は撃退するのが先決だ。」【神堕オロチ】 「「虚無」を撃退しようとするのか。それは「滅亡」を破壊しようとすることと同じ…まったく滑稽だ。自らの運命を受け入れ、この素晴らしい「虚無」に委ねよう。」【縁結神】 「だめだ、だめだ……この世には絆を経験したことのない人々がたくさんいるのに、虚無になるなんて許せない!みんなが生きているうちに、くっつけくっつけ!」【源博雅】 「ちょっと!なんで俺は犬とくっつくんだよ!」【蝉氷雪女】 「……生死より絆が大事なんて、変わった人。」【大天狗】 「「虚無」は破壊できないかもしれないが、そいつはどうかな。」大天狗がヤマタノオロチのほうへ一直線に飛び、翼から鋼鉄の羽が現れた。【神堕オロチ】 「美しい勇気の輝きだ。しかし求める正義が自分の限界を超えている。」空中の白き巨蛇の頭には、高天原を統べる天照のお面が乗っている。急に開いたお面の目は、全てを呑み込む渦のように大きく、紫黒の光を放つ。光が当てられたものは地に落ちる。星々、そして大天狗も空から落ちていく。【黒晴明】 「結界・守!」黒晴明が素早く結界を展開し、大天狗を受け止め、そして他の者を保護した。【大天狗】 「ふん、余計なことを。」【黒晴明】 「……勝手な行動はよせ、まだ動く時ではない。」【神堕オロチ】 「美しい輝きを見せてもらった。お返しをしなければ。」徘徊する巨蛇が審判場の上空に召還され、巨体が嵐の中心にとくろを巻く。蛇神の支配を受け、腐った燃える流星を投下した。流星の攻撃を受けた黒晴明の結界が崩れそうになった瞬間、大きな白狐が結界の上に現れ、数え切れない程の蛇魔を蹂躙した。【白蔵主】 「……縁結神様の赤い糸って結構便利ですね。小白はいま……蛇が食べたくてしかたないです!」地面いっぱい蛇魔が一匹の大蛇と化し、白蔵主の手足を這い上がろうとする。流星に襲われた白狐が蛇魔の首を噛り、審判場で激闘を繰り広げた。突然、頭をなくした蛇魔は霧を吐き、流星の欠片と結合して紫の沼と化した。蛇に巻き付かれた白蔵主が沼に沈んでいき、悲鳴を上げた。【白蔵主】 「うわああああ!」【神堕オロチ】 「素晴らしい自己犠牲だ。」審判場のもう一方は、光を失いつつある世界に白蓮で構築された幻境は健在だった。【帝釈天】 「なぜ邪神と手を組む。世の滅亡があなたの望みだというのか?」【阿修羅】 「俺の欲しいものはもう手に入らないのだ。」【帝釈天】 「……本当にそう思っているのなら、なぜ自らの神格を壊した?」【阿修羅】 「世には悪を背負う者がいる。一人と数千万人。帝釈天、お前をどっちを選ぶ?」黒き「虚無」が世界を境界から徐々に吞み込み、世界は闇に染まっていく。そして闇の中で絶えなかった慟哭、叫び、命乞いもその瞬間になくなり、騒々しかった審判場が静まり返った。【神堕オロチ】 「なんという神聖な静寂だろう。この世界は何千万年もの間、このような純粋な静寂を迎えたことがなかったのだ。天地が息を止め、新世界の誕生を待ち構えているかのようだ。何という神聖な時だ。」封印を解かれたヤマタノオロチの力と数千年間の罪悪が融合し、白き大蛇神と化し、天から降臨する。誰もが戦いをやめ、天地を繋げているかのように巨大な蛇に目を向けた。【黒晴明】 「諸君、今が最後の決戦の時!」黒晴明の言葉を聞き、各勢力が体制を整え、大蛇神に反撃の狼煙を上げた。 |
六道
六道ストーリー |
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諸勢力が力を合わせたことで、大蛇神はひとまず撃退した。一方、諸蛇は依然、荒、晴明、神楽の3人を遠目に囲みながら、近づいてこようとはしない。黒紫色をした無数の蛇の両眼が彼らを見つめている。まるで今から喰らおうとする獲物を吟味するかのように。【晴明】 「邪神であっても、自分の計画を何度も壊された私たちのことは、ぞんざいに扱う気はないというわけか。」【神堕オロチ】 「私は生き延びるためにあがく姿を称賛する。この戦乱でお前たち3人は泥沼に足を踏み入れながらも、最後ま諦めようとしなかった。その壮烈にして悲しくも美しい姿から、どうして目を離すことができよう?」【晴明】 「貴様の過去の過ちから生まれた妖魔どもは、目を向けるに値しないというのか?」【神堕オロチ】 「奴らの誕生によって、私はこの世界の法則の誤りに気がついた。しかし、人間として生まれた妖魔は人間と同じく純粋ではない。ゆえに、私に希望をもたらした奴らも、最後は私とともに新たな世界に向かって歩むことはできなかった。」【晴明】 「御饌津、縁結神、そして鈴彦姫は? 」【神堕オロチ】 「奴らは当時の高天原の諸神とは違う。この世の衆生とともにあがこうとする覚悟を持っている。ならば、衆生とともに終焉を迎えるのだな。」【晴明】 「夜刀神と帝釈天は?」【神堕オロチ】 「私のかつての取引相手なのだ。奴らは最後の瞬間まで、私にたやすく反逆できるという幻想に浸らせておくとしよう。その瞬間の後悔と絶望こそ、私に捧げる最高の謝意だ。そうではないか?」【晴明】 「ならば、もう1人の私は?」【神堕オロチ】 「黒晴明はそもそも私の力によってこの世に生まれたのだ。私はかつて奴に大きな期待をかけ、奴も都での堂々たる戦いぶりをもってそれに応えた。奴は今では勝算がないと分かっていながら貴様の側に立つことを選んだ。これもまた期待を裏切られる楽しみというもの。」【晴明】 「ならば、私は1人なのに貴様を阻む可能性があるのか?」【神堕オロチ】 「私がこの世の生命万物のあがきを最後まで見とどけたいと望み、そして貴様もあがくことを選んだ。ならば、私が貴様の抵抗に期待するのも当然のことだ、晴明。」【晴明】 「じゃあ、俺の方から「晴明」がお前を倒す方法を教えようか。」【神堕オロチ】 「しっかり聞いておくんだね。」【晴明】 「貴様の裁きは確かに完璧だった。審判官、罪人、処刑人、処刑の神器、法則…全てが滞りなく用意されていた。世界は今や、完全に貴様の手中に収まった。「虚無」の波が世界を洗い尽くした後、貴様に必要なのは、新たな世界を迎えることだけだ。しかし私が今、裁きの儀式を見る限り、貴様は審判場を用意していないようだが。かつて貴様が裁かれた高天原神殿は、貴様の反逆で灰燼に帰した。だから、神殿を再び得ようとすれば、雲外鏡の投影によるほかない。それこそ、貴様があえて当時の裁きの真相を幻として皆に見せた本当の理由だ。貴様は幻によって皆に目の前の刑神場が鏡に映った倒影に過ぎないことを忘れさせたのだ。つまり、黒鏡の投影が阻まれれば、貴様の裁きは全て失敗に帰すということだ。」【神堕オロチ】 「なるほど…それも確かに我が裁きを阻むための一つの方法ではある。しかし、貴様は結界に閉じ込められ、私は貴様と黒鏡との間を隔てているのだぞ。私は子羊のあがきを見るにやぶさかではないが、逃してやる気はないぞ。貴様は口にした計画をどう実現するつもりだ?」【晴明】 「ヤマタノオロチ…貴様はこの「晴明」が考えつくことを、もう1人の「晴明」が考えつかないと思うか?」【黒晴明】 「皆、時は来た。私が黒鏡の方へ向かうのを援護してくれ!」【鈴鹿御前】 「私をこんなに待たせるとは…。もう少しで私1人で出かけるところだったぞ。さあ、乗れ!」鈴鹿御前が再び鬼船を召喚し、黒晴明を引き止め、船首に飛び乗らせる。船は泥をかき分け、天秤のある方角へ走り滑っていく。しかし、その後を追ってきた蛇魔が船尾に嚙みつくと、鬼船はほとんど身動きできなくなる。【蝉氷雪女】 「黒晴明様の邪魔立てなどさせるものか。」雪女が結界の外に降り立ち、つららを張って海水を凍らせ、蛇魔の行く手を阻む。このため、鬼船は天秤の下までやってくる。鬼船を引き受けた朧車は、黒晴明の目の前に降りてくる。【燼天玉藻前】 「上がってくるがいい。乗せていってやろう。」黒晴明を朧車に乗せると、玉藻前は朧車を駆り、天高くそびえる天秤のてっぺんに向かって飛んでいく。後に続く蛇魔は再度合体して大蛇と化し、口を開けて朧車を地上に引き戻そうとするが、そこをめがけて振り落とされてきたのは刀だった。【鬼切】 「あまり認めたくはないが、貴様とともに戦うのは他の者よりも心地よい。」無数の蛇魔が地上に集まり、潮の流れのようにうごめいている。孔雀の光が空から地上に落ちると、蛇魔たちは散り散りに追い払われる。八百比丘尼が杖を手に、鬼船の帆柱の上に立っている。【八百比丘尼】 「ささやかなお返しです。大したことではありません。」数本の赤い糸が蛇魔たちを縛りつけ、続いて鈴の音とともに、炎が蛇魔たちを焼き尽くす。【縁結神】 「縁がここで尽きること、認めぬ!」【鈴彦姫】 「お主の行く手に立ち込める霧、我が炎で払ってくれよう!」何度か危険を冒してようやく天秤の上に降り立った朧車は傷だらけになっている。天秤の頂上を守る蛇魔はいない。ヤマタノオロチは上から、黒晴明が上がってくるのを見下ろしている。【神堕オロチ】 「お待ちしておりました。」蛇神は小さな蛇を手に持っている。小さな蛇の体内からは黒い妖気が漂っている。それまで何もなかった天秤の周囲に突然蛇魔が潮の流れのように湧き出し、黒晴明に襲ってくる。危機一髪というところで、両側から飛び出してきた黒炎と妖火が蛇魔を再び一掃する。【煉獄茨木童子】 「フン…全くわずらわしき仕事よ。万事屋の陰陽師の分際で人に迷惑ばかりかけおって。」【鬼王酒呑童子】 「ゆけ!人間と妖怪の血を併せ持つ貴様が、果たしてどんな結末をもたらすか、しっかりと見定めてくれる。」天秤の頂上の雲外鏡の下から黒晴明が頭上の黒鏡に手を伸ばすが、その背後からヤマタノオロチの笑い声が響いてくる。【神堕オロチ】 「確かに面白い余興だ。貴様らがいずれも「晴明」だという認識が偏っていることは認めよう。だが黒晴明よ、その黒鏡に本気で触れるつもりか?貴様は私が与えたきっかけによって生まれたのだ。今の黒鏡に触れれば、その瞬間に同化されてしまうぞ。悪の心、そして独立した個体として存在する方法を知る貴様に、世界のために本当に虚無に戻る覚悟があるというのか?それとも、最後にしばしの安寧を貴様に与え、ともにこの世界の終わりを見届けるとしようか。」【黒晴明】 「「黒晴明」ならば確かに、人の世を救うために自分の命を犠牲にすることはないかもしれんな。だが、俺は違う。」【神堕オロチ】 「ほう?面白い。」目の前の「晴明」が突然、黒晴明の偽装を解き、元の姿に戻る。晴明は手を伸ばし、宙に浮かぶ黒鏡をつかむ。黒鏡は晴明が触れた途端、まばゆい光を放ち、鏡から人形に戻ってしまった。【神堕オロチ】 「晴明…私のためにわざわざこの見世物を見せてくれたのか?なかなか新味のある趣向だな。だが、魂の半分しかないお前に本当に終焉を阻むことができるのか?」ヤマタノオロチは結界を開き、目の前の晴明をとらえようとするが、手に集めた力が突然消える。動きをいったん止めたヤマタノオロチが下を見ると、癒えたはずの草薙剣の傷口が開いており、散らばった刀身の欠片と共鳴し、ヤマタノオロチの力をかき乱す。【神楽】 「今だ!」【荒】 「天罰・月!」荒の流星がヤマタノオロチに向かって襲いかかり、蛇神の足並みを乱す。一瞬動きを止められた蛇神は蛇魔を召喚して自分の前をふさぐ。蛇魔は流星を避けると合体し、荒を避け、その後ろにいる神楽に向かっていく。間一髪のところで、虎にも豹にも見える大きな獣が空から降り立つ。鋭い爪で蛇魔の皮を裂き、鋭い牙で骨を噛み砕くと、天地を揺るがすような雄叫びを上げる。【墓守り】 「邪神よ、俺様のことを忘れていいと誰が言った!」【神堕オロチ】 「ははは、忘れてはいないよ、子猫ちゃん。」ヤマタノオロチは突然掌を返し、蛇魔に墓守りを攻撃するのをやめさせ、晴明の結界にまとわりつかせる。蛇魔は瘴気を吐き、結界を何とか維持している晴明の体内に蛇毒を流し込もうとする。【神堕オロチ】 「そして、君が陰陽師には甘いということも忘れてはいない。」【墓守り】 「卑劣な奴め…。」にらみ合いが続き、墓守りはうかつに動けない。一方、晴明は次第に衰弱し、地に崩れ落ちる状態にある。そのとき、刃羽の嵐が突然瘴気を打ち払う。ヤマタノオロチが晴明と相対している間に、大天狗が黒晴明を縛る結界を解いた。【大天狗】 「黒晴明様、お迎えに上がりました!」蛇魔の包囲から逃れた黒晴明はためらうことなく、もう1人の晴明に駆け寄っていく。瘴気と結界をうまく回避した黒晴明が晴明の手を握る。【黒晴明】 「分かった風な口をきくな、ヤマタノオロチ!フン、晴明…今回だけだ。俺の力を貸してやる!」2人が力を合わせると、黒鏡の中の蛇神の力が駆逐され、鏡が人形に変わり、頭をもたげ、目の前の2人の晴明に視線を向ける。【晴明】 「黒鏡…私との誓いを覚えているか?鬼王の宴の前に白鏡と私に誓ったはずだ。「都を守る。たとえ身がちぎれようと誓いには背かない」と。お前は忘れたのだろう。だが、もう1人のお前は覚えている。」晴明は白鏡の最後の一欠片を取り出し、霊力を注ぎ、人形へと変える。人形となった白鏡はゆっくりともう1人の自分そっと見つめ、手を差し伸べる。しばし動きを止めていた黒鏡も手を差し出し、2人の指が鏡面で触れ合う。【雲外鏡・陰】 「やっと私のもとに戻ってきてくれた。」しばし静寂が続いた後、雲外鏡は再び鏡に戻る。すると、黒鏡の鏡面に白鏡と全く同じ形のひびが入る。ひびは瞬く間に鏡面全体に広がり、目の前の審判場にも次第にひびが入る。地面や壁に亀裂が生じていることから、空間に突如ねじれが生じたのは明らかだった。【神堕オロチ】 「お主らの抵抗の意思、過去のどんな時よりも眩いものであった。ただ、お主らが抵抗しようとする定めは、自身の限界を大きく超えておった。」そのとき、ヤマタノオロチが草薙剣で受けた負傷から回復する。ヤマタノオロチはひびだらけの雲外鏡を神力で覆い、バラバラになった鏡を元通りにする。黒紫色の妖気が地面や壁の隙間から立ち上ると、真っ白だった審判場が一面黒くなる。そのとき、破壊を欲しいままにしていた五振りの天羽々斬のうち一振りが突然、まるで何かを感じたかのように向きを変える。この一振りは霊力を集め、突然金色の雷電を放ち、刑神場中央の雲外鏡に突き刺さる。その瞬間、大地が揺れ、黒霧が晴れ、鏡を一つにまとめていた力が雷によって打ち破られる。雲外鏡が壊れ始めると同時に刑神場も雷鳴の中、崩れ去っていく。 【晴明】 「これは…幻の中で見た須佐之男の力…?」【荒】 「…」【神堕オロチ】 「やはり…須佐之男…千年の時を経て姿を現そうというのか。」雷鳴が次第に遠のいていく。【神堕オロチ】 「この終焉を新世界への祝福としよう。」【黒晴明】 「ヤマタノオロチよ、貴様の新世界は祝福されることも、到来することもない。刑神場は破壊された。貴様の裁きは終わったに等しい。」【神堕オロチ】 「ならば、天羽々斬の突き刺さった太陽はどうなる?」そのとき、天羽々斬に貫かれた太陽が突然割れ始め、金色の内側が現れる。花びらが幾重にも開き、驚いたことに、割れた太陽は蓮の花に変化する。【神堕オロチ】 「面白い。まさか幻術で太陽への攻撃を食い止めようとはな…。だが、天羽々斬が太陽を貫いていないとすれば、誰を貫いたというのだ?」帝釈天は冷や汗をかき、口から鮮血を吐く。しかし、天羽々斬は蓮の花の中にとどまることなく、太陽の端から刑神場へと落ちていき、まるで何かを訴えるかのように地面に突き刺さる。刀身の周りには雷が舞っている。【神堕オロチ】 「太陽とこの世界のため、災厄を再び防ごうというのか?砕かれた運命を知りながら千年もあがき続けるとは…その執念、うるわしく…愚かだ。」雲外鏡とともに世界が鏡のように歪み砕けていく。黒鏡の欠片も白鏡とともに宙に飛び散る。世界が闇から解き放たれ、太陽の光が大地を照らした。その瞬間それぞれが光を反射し、晴れ上がった空のもと、散らばって消えていく。【神堕オロチ】 「神器としてはすさまじい結末を迎えたものだ。」【晴明】 「雲外鏡の運命をこのまま終わらせはせん。」【神堕オロチ】 「だが、残念ながら一歩遅かったな。」蛇神は振り返ると、空と大地の間に目を向ける。そこには巨大な空間の裂け目があるだけだ。五振りの天羽々斬によって切り開かれた異界の裂け目が、千年以上封印されていた六道の扉が再び開いたのだ。【阿修羅】 「宿願はやはり果たしたようだな。」【神堕オロチ】 「お互い様だ。」【阿修羅】 「人の心が読めるなどと勘違いするな。私が何を欲しているのか、貴様には分かるまい。」【神堕オロチ】 「お返しの言葉と言ってはなんだが…破壊神の貴様にも、私が欲するものは分かるまいな。」【阿修羅】 「ほう…それは六道の中にあるのか?」【神堕オロチ】 「罪悪。」【阿修羅】 「ここにあるではないか。 」【神堕オロチ】 「自ずとある。だからこそ、「奴ら」に当時残した種がどれほど大きな樹へと育ったか、どれほど美しい花を咲かせたか、目の当たりにさせる必要があるのだ。そこになった甘くみずみずしい果実…私が独り占めするわけにもいくまい?」【阿修羅】 「貴様にまだ他に友がいたとはな。この世には奇妙なことはいくらでもあるものだ。」【神堕オロチ】 「貴様のように天羽々斬をもってしても完全には粉砕できぬほどの神性を持つ者も珍しい。破壊神の神性には罪悪よりも善意が多く存在するとでもいうのか?「奴ら」を貴様に紹介してやるというのはどうだ?きっと仲良く付き合えるはずだ。」霊神体は巨大な手で天羽々斬を取り、審判場に再び姿を現す。しかし、今度はヤマタノオロチの目の前に降り立ってしまう。【阿修羅】 「我が真の友は1人だけだ、永遠にな。」【神堕オロチ】 「ふふ…ならばその友にしっかりと見ていてもらうんだな。いずれ貴様が破壊の欲望を押さえられなくなれば、きっとその友が貴様の目の前に立ちふさがる最初の人間となろう。友が命を失った日…それが貴様が真の破壊の神として生まれ変わるときだ!」阿修羅はこれを聞いて黙っている。ヤマタノオロチはさらに笑みを深め、衆人の方を向く。【神堕オロチ】 「運命とは不思議なものだが、結末は決まっている―人間はそう言う。だからこそ、抵抗することは称賛され、あらゆる命は尊いのだ。この世の全てが私をこれほど狂おしくさせるのだ。ならば…結末が破滅であると知りながら、創造に狂喜する工匠たちよ。最後は死に別れると知りながら、生死を誓い寄り添い合う恋人たちよ。最後は老いさらばえて死にゆくと知りながら、生まれた日に泣く赤子たちよ。憂うことはない。お前たちのあらゆる抵抗、憤り、目覚め…今日、私がそのまま受け取った。お前たちの輝き、我が両の目に焼きつけよう。お前たちの姿形がこの旧世界とともに消え去り、お前たちの物語が忘れ去られたとしても、今日見届けた美しき世界、我が心の中のお前たちを私が必ずや新たな世界の始まりへと連れていこう。苦しみを渇望しているのは果たして私なのか、それとも衆生なのか、ときどき分からなくなることがある。だが一つだけ確かなのは、そのはかない命に私が魅了されているということだ。衆生よ。お前たちが数千年の間待ち望んできた自由は、すぐにお前たちのもとに戻ってこよう。七邪神は異界の裂け目を越え、六道の扉をくぐり、お前たちが数千年間探り続けてきた指を引き止め、お前たちの数千年間乾き続けた唇と舌を潤してやろう。皆、この最後の希望の味を存分に堪能するがいい。さすれば、希望が潰えたとき、私は新世界誕生の祝福として完全なる絶望を手に入れることができる。我がために美しき景色をもっと用意せよ。もっと私を魅了してくれ。そして新たな世界でもう一度私をたたえ、私を求め、私に取り入るのだ。」話し終えると、ヤマタノオロチは六道の扉に消えていった。【荒】 「邪神は去った。しかし、高天原によって一千年前に六道が施した封印も解かれた。七邪神の再結集と闇の時代の再来は、この世界にとって避けられない未来となった。六道の最初の邪神がまもなく貴様らの世界に蘇るだろう。それだけではない。ヤマタノオロチが5人の邪神を残りの五道から解き放ち、この世へと連れてくるのだ。そのとき七邪神は、この裁きとは比べものにならぬ災厄をもたらすだろう。」【黒晴明】 「災厄を避ける手立てはもはやないのか?」【荒】 「これが天命だ。」【晴明】 「ならば、新たな大戦に備えるべきだな。」【荒】 「そう一筋縄にはいかん。巨大な異界の裂け目…もはやその存在そのものが災厄だ。世界の法則がこれによって揺らいでいる。ヤマタノオロチが何もしなくとも、お前たちの世界は六道の異界に呑み込まれ、最後は消失することだろう。ましてや…ましてや、長く封印されていた邪神たちがようやく解き放たれる機会を得たのだ。何もしないということが考えられるか?」【源博雅】 「敵に抗するではなく、天災に抗うような状況というのか?百戦錬磨の手練であっても手を下すのは難しかろうな。」【鈴鹿御前】 「どんなときであれ、守るべき家族がいる限り希望は消えない。災厄に抗うことができなくても、自らがどんな災厄と相対しているのか、はっきりさせておくことは必要だ。」【鬼王酒呑童子】 「それは我ら鬼族の始祖、妖魔がこの世に生まれたきっかけとなったものだ。我らが非難するものはこれを遠ざけ、我らが心にかけるものはこれに執着し、造物としての我らの性格をより強い形で持つ。彼らが帰還すれば、多くの妖魔が妖力によって正気を失うだろう…全くゆううつなことだ。」【源頼光】 「鬼王様…まさか、族人を掌握できぬことを怖れていると?」【煉獄茨木童子】 「理性を失い、鬼道の本来のあり方を忘れたあの意志の弱い者どもが我らの敵となろうか。我が友は鬼王として人間たちの運命を嘆いているだけだ!」【源頼光】 「いつの頃からか、人間は無知がゆえに妖魔を怖れるようになった。そして今、私たちも無知がゆえに邪神の到来を怖れている。この恐怖は彼らの糧となり、彼らが世界を呑み込むためのさじとなるだろう。」【鬼王酒呑童子】 「たとえそうであってもやはりその恐怖から生まれたものを力に変えるというのか?」【源頼光】 「もちろんだ。」【晴明】 「今回影響が及ぶのは人間だけでも、妖魔だけでもない。これは高天原の神々が創造した世界へのヤマタノオロチからの宣戦布告なのだ。」【鈴彦姫】 「最悪の場合、私たちはどうなる?」【荒】 「六道の扉が開き、七邪神が戻ってくれば、世界は再び善と悪の二つに分かれることとなろう。」【晴明】 「だが、純粋な善と純粋な悪…いずれも生命の本質ではない。「完全なる生命」とはそもそもがこの世で最も大きな自己矛盾を抱えるもの。両者が妥協なき対立点まで追い込まれれば―生命という概念は消え去るだろう。」【神楽】 「しかし、須佐之男様は数千年もの間、行方が知れぬ。誰が我々とともに七邪神がもたらす災厄を防いでくれるというのか?」【御饌津】 「…荒様、高天原はどうしてこれまで須佐之男様の行方を公にしようとしなかったのですか?そして、天照様は一体いつ目覚めるのですか?月読様を探しに行く。六道の扉をどうやれば閉じれるのか、月読様なら知っているかもしれない。」【荒】 「御饌津、先に皆とともに都に戻っていてくれ。」【御饌津】 「でも……!」【荒】 「戻るんだ。」御饌津がまだ何か言おうとするが、鈴彦姫が引き止める。【鈴彦姫】 「行きましょう。私からも少し話したいことがあるの。」【黒晴明】 「大天狗、雪女。今回はつらい思いをさせてしまったね。」【蝉氷雪女】 「自分がついていっているのが黒晴明様でないことに全く気づかないとは… 大天狗…君は途中で気づいたのに、わざと私に真実を伝えなかったのか?」【大天狗】 「今回は大義のため、十分な数の仲間が必要だっただけだ。」ここまで聞くと、幻術を使ったため力尽きていた帝釈天が急に立ち上がり、衆人を背にした破壊神の方へと歩いて行く。【帝釈天】 「紅蓮の破壊神よ…貴様は今もヤマタノオロチの仲間なのか?」そこに巨大な霊神体が立ちふさがる。【阿修羅】 「私とヤマタノオロチとの取引は天羽々斬を手にし、私自身の神性を打ち砕けば終わる。だが、天羽々斬は私の神性を抑え込むだけで、打ち砕くことはできなかった。これからも神性を打ち砕く手立てを探し続けねばならぬゆえ、私はあの邪神に手を貸すことも、奴らの仲間となることもない。」【帝釈天】 「邪神と渡り合えるほどの強大な力を持ちながら、なぜその力をもってこの世界を変えようとしない?」【阿修羅】 「…全く、貴様はいつもそんなことばかり…。」【帝釈天】 「何だと?」【阿修羅】 「私の手にかかって命を落としたくなければ、二度と私の目の前に姿を現すな。」【帝釈天】 「貴様を探し出してやる。貴様の本当の名前、そしてあの炎のような紅蓮…必ず探し出してやるぞ。」【荒】 「晴明、先ほど2人で目にした天羽々斬が突然屈服した幻を覚えているか。」【晴明】 「覚えている。」【荒】 「あの幻が世界を救うための最後の希望を示すものだとしたら?大陰陽師よ。世界のため、我を助け、この世で最も危険なる陣を完成させる用意はあるか。」【晴明】 「詳しく聞こう。」——数日後、晴明の庭院【晴明】 「こんな文様は見たことがない。それにこの法陣、どうやって展開すればいいのか…。」【荒】 「これは高天原に伝わる秘術だ。展開するために必要なのは霊力ではなく僅有絶無の星辰の力、つまり天命の力だ。蛇神の裁きはこの世界にとって阻むことのできない終焉であり、この世の万物の定めでもある。そのため、天命の力でなければそれを覆すことはできないのだ。そうは言っても…私にできることは、終焉の時が「この」世界に降りかからないようにすることだけだ。」荒が細長い小箱を取り出す。開けると、中には金色の雷が舞う天羽々斬が入っていた。【晴明】 「荒、まさかお前は…」【荒】 「ヤマタノオロチはこの世の万物を裁き、この世の万物に終焉の審判を下す。これは邪神として変えられぬ天命だ。私たちは邪神の定めを変えることはできないが、この世の万物の定めを変えようとしている。私は数千年も前に、天羽々斬の本当の持ち主から世界の運命を担う約束をことづかっていた。晴明、もう一度聞こう。世界のため、この世で最も危険なる陣を完成させる用意はあるか―」 |
終焉の記憶ストーリー【記】
追憶神将
追憶神将ストーリー |
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千年前、須佐之男は神剣・天羽々斬で罪深き神・ヤマタノオロチを処刑し、二人は激戦の末、ヤマタノオロチは天界から堕落し、狭間へと封印された。 須佐之男は、蛇神と結託して罪を犯したが、月読様はその所在について何も語らない。 |
狐の人形
狐の人形ストーリー |
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小白自身が作った小白本来の姿に似た人形で、持ち主は狐狸庵の庇護を受ける。耳をなでなですると、きっとお辞儀をしてくれるよ。 |
赤い糸の紙人
赤い糸の紙人ストーリー |
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道標は縁結神が誤認を防ぐために設置したものだが、この紙人形は時々脱走するようだ。運悪くこのような瞬間に遭遇してしまうと、間違った方向に誘導されてしまうかもしれない。 |
鎧の紙人形
鎧の紙人形ストーリー |
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リンドウの模様が刻まれた鎧を身にまとい、巡回に志願する小さな紙人形。彼らにとって全ての人の安全を守ることは、生まれながらの使命なのだ。 |
蓮の匂い袋
蓮の匂い袋ストーリー |
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天人軍に人気のある装飾品で、禅院の都の蓮池の蓮の花びらが入っており、爽やかで香ばしい風味で心を落ち着かせる効果がある。 |
篝火の跡
篝火の跡ストーリー |
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砂利に埋もれた焚き火の残骸。隣に座って勢いよく燃ることを願えば、再び燃え上がることができる。そのような小さな心は炎の上を歩くあの聖女にしか残せないだろう。 |
追憶審判
追憶審判ストーリー |
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数千年後、蛇神は人の世に戻り、相変わらず絶対的な自由と混沌と無秩序を崇拝し、「愛」については気にかけなかった。 「規則も秩序も同様に非常に虚しい。破る者が必ず出てくる」蛇神はそう言うと、のんびりと春の終わりの都の街を散歩した。 彼のせいで無秩序に変わったこの世では、審判の時が最もかぐわしい贈り物なのだ。 活力を象徴する桜の花びらが指先に落ちたとき、彼は心の底から喜びを感じた。 |
兵糧九重
兵糧九重ストーリー |
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リンドウの家紋が刻まれた見事な重箱。兵糧丸が綺麗に並べられて入っている。 製造過程である有名な食材が使われているため、非常に特別な味で陰陽師達の間で大好評。 |
隠された岩窟
隠された岩窟ストーリー |
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大江山の鬼王と鬼将が所有する秘密基地は、現在、星熊童子が負傷者の治療に寄与している基地であり、暖かい寝床とおいしい食事が備わっている。最前線の負傷者はここで休養を取り、ほとんどの人はすぐに回復することができる。 |
道に迷った軍
道に迷った軍ストーリー |
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なぜか仲間とはぐれてしまった駿馬が、道端にぽつんと立っている。明るい毛並みと大人しい性格から、よほど調教されているのだろう。 |
精巧な匂い袋
精巧な匂い袋ストーリー |
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藤原家の家紋が刺繍された美しく香り高い小さな布袋を開けると、大量の茶葉が入っており、お湯があればお茶を淹れることができるのだ。 |
海貝
海貝ストーリー |
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行進の途中で時折見かける法螺貝は、色も形もさまざまで、耳に近づけると幼い子供たちの歌声が聞こえてくる。これは道標としてここに置いたのであろう。 |
天馬の戦車
天馬の戦車ストーリー |
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背中に翼を持つ天馬に先導され、戦場に疾走する天界の王の戦車。 天馬は大人しい性格で、甘い物が好きであり、首には金色の蓮の花が飾られているのが特徴である。 |
変顔人形
変顔人形ストーリー |
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不気味な表情をした幽霊のような人形は、晴明の安息の地の門前にしばしば出没し、他社に対して悪意を持っていないように見える。 それに向かって変顔をしても……たぶん、何も起こらないだろう。 |
祈願の御守
祈願の御守ストーリー |
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稲荷神が人々の為に作った降伏のお守りには、持ち主を守るための麦の穂が描かれている。 |
甘い果実
甘い果実ストーリー |
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新鮮な果物は甘い香りがする。おそらく通りすがりの人が置き忘れたのだろう。内側の真っ赤な部分は、サクランボのようにとても甘くておいしい。源氏の軍馬の大好物である。 |
御守
御守ストーリー |
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戦場に残されたお守りは、誰が作ったかわからない。細かい模様が刺繍されているように見えるが、何の模様かわからない…それともこれは何かの動物の爪痕なのか? とりあえず拾っておいて、探しに来る陰陽師がいないかどうか見てみよう。 |
狐火
狐火ストーリー |
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大妖玉藻前が結界を維持するためにここに残した鬼火は、近くにいるととても暖かい力を感じることができる。伊吹の好きな干物を焼くのにも使えるはずだ。 |
絵巻
絵巻ストーリー |
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何者かがここに残した巻物には、日々の戦いの様子が描かれ、各陣営の日常生活が記録されている。よく見ると、見覚えのある人影がある。ただ、源博雅様が何か悩んでいるように見えるのは何故だろう。帝釈天様は天馬に餌を与えているのでしょうか?鬼切様は誰と議論をしているのでしょうか?その真実は、描いた本人にしかわからない。 |
化け物の羽
化け物の羽ストーリー |
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竜の巣の主の黒い羽は、彼に認められた者だけに与えられる。ここでこれが拾えるのは、恐らくここで激戦があったと思われる。これを持つ者は、短時間だけ他人の姿になれると言われているが、これまでに成功した人がいるかは不明である。 |
蓮の灯り
蓮の灯りストーリー |
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天界の王は、 無垢の蓮を変化させた灯火で、夜間行軍の道を照らす。 夜空に浮かぶこの光は、上品な白い光で揺らめき、心を高揚させる効果があるようだ。触ろうとすると高く飛んでいく。そのままにしておいて、後から来る人のために道を照らした方がいい。 |
恐怖の蛇
恐怖の蛇ストーリー |
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この異変の後、都では蛇魔が横行し、 街中に堂々と出没するようになった。しかし、彼らの慌てた様子を見てみると……なぜか何かに怯えているような表情をしているようだ。 |
神賜の影
神賜の影ストーリー |
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営地の近くで休んでいると、時折、蛇のような形に合わさった幻影を見ることがある。この幻影は神々しく見えるが、実は悪に満ちて、迷える者を帰らざる彼岸に導くものである。しかし、もし最も凶悪な狂信者達がこれを追いかけていたら、まったく違った結末を迎えていたかもしれない。 |
不滅の灯り
不滅の灯りストーリー |
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青行燈は陰陽師が作った導きの光で、腰にぶら下げられるほど軽いのが特徴。行燈の間の炎は、防水・防風だけでなく、霊力で光の強弱を操作することができる。おでかけの必需品。 |
石像の祝福
石像の祝福ストーリー |
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かつてヤマタノオロチの復活を封じるために命を捧げた陰陽師の石像は、とうにこの世を去った。だがその揺るぎない意志は変わらず、今も都を守るために最後の力を振り絞っている。 |
漆黒の羽
漆黒の羽ストーリー |
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行軍経路からして、少し前まで天帝軍が駐留していたようだが、天帝の兵士や従者に羽の生えた人物はいなかったので、猛禽類が落とたのだろうか?とすると、猛禽類はなかなか飼いならすのが難そうで、もしかしたら野生かつ自由を特徴とする翼族の血統を持っているのかもしれない。 |
罪喰らう花
罪喰らう花ストーリー |
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花に姿を変えた悪魔は、異変の起こった後、大食漢になったようだ。古書によると、この花は千年前の異変の後に骨から生まれ、今では罪人の周囲によく見られるという。しかし凶暴な生き物ではないので、身を乗り出して触ってみると、大昔の贈りもをもらえるかもしれない。 |
桜餅
桜餅ストーリー |
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近年、都で広まりつつある春夏限定のお菓子。最も有名な菓子店は今年初めに閉店したが、少し前に夕暮れ時に蛇に囲まれた若者を見たという店主がいた。結果そのことが影響して、重病にかかったようだ。 |
高天原
高天原ストーリー |
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天地の始まりは、神々が生まれ、山、海、風、雨、火などあらゆるものになり、光と愛をもたらした天照大神は最高位の神として祀られたのだ。人類は愛から生まれ、神々は天照に感化される。 そして、神は高空に神留坐す。人は地に平伏す。神々の住居は…… 「高天原」と呼ばれる。 |
審判の真理
審判の真理ストーリー |
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審判を開始するには、3人の「審判官」、「処刑者」、「罪人」の立ち会いが必要だ。 審判が始まると、刑神場で巨大な天秤を中心に天照大神の八咫鏡を基準にして、審判者が罪を測る。有罪と判断された場合、天羽々斬が発動し、罪人を処刑する。 天羽々斬は罪者の能力に基づいており、罪人が強いほど強くなる。 |
暗黒陰陽道
暗黒陰陽道ストーリー |
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陰陽師の秘術が書かれた巻物の断片で、崩れたルーン文字が確認できる。 陰陽道と書かれているが、その効果はむしろ不吉な呪いのようなものである。霊力がない一般人でも使えるが、使用した人は頭がいくつも出てきたり、食人悪鬼に堕ちたりするという…… 巻物の最後には蝶仮面柄がある。 |
終焉の記憶ストーリー【憶】
狐の夢友
狐の夢友ストーリー |
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兵営の外。【源博雅】 「これ以上怪我したくなければ、大人しく横になれ、この犬っころ。」【小白】 「怪我したのは小白なのに、博雅様はどうしてそんなに怒ってるんですか?」【御饌津】 「白蔵主、私が思うに、博雅は心配で過剰反応してるだけよ。」【源博雅】 「ん?俺はこいつが尻尾を怪我したから、仕方なく手当てしてやっただけだ。だが、もう霊力を使って傷口を浄化したのに、なんでまだ変な妖気が付き纏ってるんだ?」【小白】 「わあああ!!博雅様、お手柔らかにお願いします!!本当に痛いです!!」【源博雅】 「……俺はまだ何もしてねえよ、この犬っころ。道中で悪鬼に襲われた時、よりによってお前は反撃しようとしている俺の前に出た……そのせいでお前が怪我する羽目になったんだ。」それを聞いて、近くにいた御饌津がくすっと笑った。【小白】 「御饌津様まで小白を笑うんですか?」【御饌津】 「いいえ。小白は優しいから、自分が怪我をしてでも他人を助けたいのね。やっぱり晴明様が一番信頼している式神なだけあるわ。」御饌津に褒められ、照れた白蔵主は顔を隠したが、顔だけではなく首まで真っ赤になっていた。【御饌津】 「私が笑ったのは、博雅は弓の扱いには長けているけど、短剣の扱い方がとても下手だから。」【源博雅】 「……俺は弓矢が好きなだけだ。他の武器が苦手なわけじゃない!信じられないなら、この場で披露してやろうか?」【小白】 「博雅様は本当に負けず嫌いですね。最初の頃と比べると、博雅様はますます素直じゃなくなってきましたね。小白はまだ覚えています、初めて博雅様が皆さんに会った時のことを。今とは全然違いましたよ……」【源博雅】 「おい犬っころ、そこまで言うなら、あの頃の俺はどんなだったか言ってみろ。」【小白】 「颯爽としていて、勇ましく優しい人でした。特に妖怪を退治する姿が印象的でしたね。それから……」白蔵主の言葉が終わらないうちに、一筋の光が閃き、彼の背後に何かが落ちた。そしてキンッという剣戟の音が聞こえた。【源博雅】 「やっとこいつを見つけた。」源博雅の持つ短剣は、いつの間にか紫がかった黒色の霧を纏っていた。そしてさっき刀が落ちた場所には、ゆっくりと消えていく蛇魔がいた。御饌津が呪文を唱えると、神力が白蔵主の尻尾の傷口に入り込み、瞬く間に傷を治していく。【源博雅】 「犬っころ、お前の傷が何時まで経っても治らなかったのは、この蛇魔が中に潜んでいたからだ。」【御饌津】 「あなたが傷に気を取られ、蛇魔が体の奥まで入り込まないよう、博雅はあなたに話しかけて注意を逸らしていたの。」【源博雅】 「お前の尻尾には傷一つ残さなかったぞ。これで俺が短剣の扱いにも長けていると分かっただろ。」【小白】 「……小白は、博雅様を誤解していました。」【御饌津】 「小白ったら、本当に素直で可愛いわね。きっとこれが、いわゆる「仲間」の絆なのでしょう。何があっても、小白はいつも皆を守ることを最優先にする。」【小白】 「……御饌津様にそんなに褒められたら、小白は照れちゃいますよ。」【御饌津】 「皆が互いを守り合うこと、それが私にとって一番の幸せ。そして私も、できる限り皆を助ける。」 |
画の友
画の友ストーリー |
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戦場、負傷者の臨時収容所。【弥助】 「蛇が……大蛇が……た……助けてくれ……うわああああ!!」弥助が悪夢に魘され目を開けると、優しそうに自分を見ている御饌津と目が合った。【弥助】 「……こ、ここは?さっき……神様が助けてくれる夢を……見た気がします。」【御饌津】 「怖がらないで、もう大丈夫よ。」【弥助】 「さっきのは……夢じゃなかったのか。本当に神様が助けてくれたんですね……」【源博雅】 「あちこち見渡してるが、もしかしてこれを探してるのか?」源博雅はそう言うと、布製の袋を彼に渡した。【弥助】 「絵具を入れておいた袋だ!ありがとうございます、陰陽師様。もう見つからないと思っていました……機会があれば、お礼として神様と陰陽師様のために絵を描かせていただきます!」【御饌津】 「本当?楽しみにしてるわ。」【小白】 「弥助は以前、生き生きとした動物の絵をたくさん描いていたんですよ。どれもとても素晴らしい作品でした。」【源博雅】 「ほお?だったら、弥助はきっと犬の絵も得意だよな。傷が治ったら、この犬っころの絵を描いてくれるか?」【弥助】 「もちろんです。」【小白】 「博雅様!小白もかっこいい絵にしてほしいです!ああいうのは……嫌です!」【弥助】 「白蔵主様、ご安心ください。白蔵主様は犬の妖怪ですが、だからといってそんな無礼なことはしません。」【小白】 「……(やっぱり何か違和感を感じますけど……)」 |
親友の夢
親友の夢ストーリー |
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深夜、大江山の頂。【帝釈天】 「終焉の景色を前にして、まだ私を酒宴に誘う余裕があるのか、さすがは鬼王。」【鬼王酒呑童子】 「はは、天人の王は、必ず行くと言っておきながら。代わりに霊神体をよこすとはな。」【帝釈天】 「運悪く、急に用事が出来てしまった。それに、鬼王が私を誘ったのは、飲み仲間がほしいからではないだろう。」帝釈天が目の前にある空の杯をなぞると、中から紫がかった黒色の瘴気が立ち昇った。それは実に怪しく、不思議な光景だった。【鬼王酒呑童子】 「今朝この蛇魔を見つけた。急なことだったから、とりあえず杯の中に封じ込めた。神酒ならば蛇魔の力を打ち消せるかと思ったが、茨木童子がやつの幻術にかかってしまった。」【帝釈天】 「ほう?幻術か。道理で茨木童子の姿を見かけないわけだ。彼は今どこに?」酒呑童子が少し体を動かすと、近くの机に伏している懐かしい姿が見えた。【鬼王酒呑童子】 「昏睡状態になっている。いくら呼びかけても反応がない。戦いも厳しい状況にある、俺様の右腕を失うわけにはいかねえ。」【帝釈天】 「はは、鬼王が友人を心配する気持ちは、もちろん私にも分かる。どうやら茨木童子は幻術にかかり、夢に夢中になっていて、己の意志で夢の中に留まっているようだ。私が二人の夢を繋げて、鬼王が直接茨木童子を起こしに行くのはどうだろう?」【鬼王酒呑童子】 「そうと決まれば、善は急げだ。」帝釈天は手の中から生まれた蓮を、酒呑童子の目の前へ移動させた。酒呑童子が夢に落ち、蓮が二人の精神を繋げる。夢の中、酒呑童子が見たのは、林の中を彷徨っている茨木童子の姿だった。その隣には、見知らぬ木箱が置かれている。【煉獄茨木童子】 「友?私は夢でも見ているのか?友は……いや、あの術が発動する前も友と会った、つまり……」【鬼王酒呑童子】 「ははは、我を忘れて遊び呆けているのかと思ったが、自分の状況は把握しているようだな。」【煉獄茨木童子】 「な……」妖火を駆使して木箱を焼き尽くすと、酒呑童子は強引に茨木童子を引き寄せ、崖を飛び降りた。【煉獄茨木童子】 「友!」驚いて夢から醒めた茨木童子の目の前で、一輪の蓮が静かに消えていく。そして隣にいる酒呑童子もゆっくりと目を開けた。【鬼王酒呑童子】 「帝釈天の野郎……何も言わずに行っちまったのか。まさか「あいつ」を探しに行ったのか?」【煉獄茨木童子】 「友よ、さっきは……」【鬼王酒呑童子】 「矛盾だらけの幻術にすぎん、気にするな。もう遅くなってきた。早く休んで、明日の戦いに備えろ。」 |
止水の心
止水の心ストーリー |
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深夜、戦場の拠点の外。【鬼切】 「源頼光、見回りをしているのなら、そんなにこそこそするな。」【源頼光】 「今夜は月が綺麗だから、散歩しているだけだが。」【鬼切】 「太陽と月が同時に空に並び、世界が闇に染まる光景を見て、よくも「月が綺麗」などと戯言を口にできるな。間もなく終焉が訪れる。どこもかしこも絶望に包まれている……邪気に侵され、悪鬼となった者も多くいる。残念だが、俺の刃は罪を切ることができるが、何も救うことはできない。」【源頼光】 「鬼切、今のお前は昔とは違い、己の心で善悪を見分けている。しかし純粋で頑固なお前は、往々にして自分を追い詰める。以前より少しは成長したが、いささか決断力が足りない。」【鬼切】 「ほう?それはどういう意味だ?この前戦場に出た時、瘴気に侵された人々が襲ってきても、お前は彼らを妖魔とみなし切り捨てたりはしなかった。それどころか、霊力を使って彼らを撃退し、浄化した。かつて「残酷」だった当主様でも、完全に慈悲を捨てきることはできなかった。あの時……俺を救ったように。」【源頼光】 「なぜ急にそれを?まさか「終焉」が迫ってきたと思って…」【鬼切】 「お前も俺も分かっている、あいつの企みを実現させるわけにはいかないと。話を逸らすな。」【源頼光】 「鬼切、刃だけでなく、舌鋒も鋭くなったな。」【鬼切】 「……本当のことを言ったまでだ。」【源頼光】 「心を閉ざすことをやめ、過去に執着することもなくなった。心で善悪を判断し、躊躇なく刃を振り下ろす。それはきっと、いいことだ。」二人の間に、しばし沈黙が生じた。次の瞬間、二人は約束したかのように同時に刀を抜き、前方の闇に向かって刀を振り下ろした。どす黒い何かが吹き出し、一匹の蛇魔が四つに切り裂かれた。【鬼切】 「招かれざる客が、たくさん押し掛けてきたようだな。付近の脅威を徹底的に排除するため、俺はもう一度見回りに行く。」【源頼光】 「今宵の客はこれで最後だ、時間ももう遅い。月見はもう終わった、戻って休もう。」【鬼切】 「……ふん。」 |
絆の思い
絆の思いストーリー |
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一般人のいる兵営。【助けを求める少年】 「すみません……妹を助けてくれませんか?」【縁結神】 「どうしたのじゃ?」【助けを求める少年】 「妹の……熱が全然下がらなくて……心配しています……」【鈴彦姫】 「慌てないで。案内してくれる?」少年に案内され、拠点の隅に来た二人は、急ごしらえの寝床の上で丸まっている小さな姿を目にした。【発熱中の少女】 「さ……寒い……助けて……」赤い糸を軽く捻った縁結神は、すぐに周囲に潜む不吉な気配に気がついた。【縁結神】 「誰じゃ?一応警告するぞ、何もするでない!」【鈴彦姫】 「蛇影が少女に憑りついたせいで熱が出たんだと思ってた…だけど……」【燼天玉藻前】 「だけど、この子の体には何の異常もないようだ。」【助けを求める少年】 「妹に一体何が……」【縁結神】 「お主らにも分からぬのなら、われが診てみよう。」【鈴彦姫】 「縁結神、何を……」鈴彦姫が言い終わるのを待たずに、縁結神は赤い糸を少女の首にまきつけようとした。【鈴彦姫】 「縁結神、やめなさい!」そう言いながらも、鈴彦姫は密かに心火を呼び出し、赤い糸に添わせている。【縁結神】 「われは別に……」【助けを求める少年】 「やめろ!」縁結神の赤い糸が少女に触れる寸前に、少年が飛び出してきて邪魔をした。赤い糸は彼を縛り上げ、少年の体は炎に包まれた。すると間もなく、紫がかった黒色の霧が浮かび上がってきた。【助けを求める少年】 「うう……妹よ……大丈夫か……」【燼天玉藻前】 「結縁神様は、本当に反応が早いな。それに、二人は息がぴったりだ。よく連携が取れている。」【鈴彦姫】 「この程度の小細工さえ見抜けないようであれば、人を守る神として失格よ。でもこの少年は、例え邪気に憑りつかれても、自分の妹を大切にしていた……少し、感動した。」【縁結神】 「家族の絆は、往々にして強大な力を与えてくれるものじゃ。」邪気の抜けた少年が少女の傍で丸くなっている。規則正しい呼吸が、彼が眠ったことを知らせてくれる。縁結神が優しく布団をかけてあげると、鈴彦姫は彼らを守るため、心火を使って一時的な防護結界を作り出した。【縁結神】 「皆無事に今回の災難を乗り越えられますように。行くぞ。」 |
影跡の謎
影跡の謎ストーリー |
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【燼天玉藻前】 「結縁神様は少し落ち込んでいるようだな。行軍中の休憩は、一番楽しみにしている時間では?」鈴彦姫が起こした篝火の前でぼんやりしている縁結神は、上の空で兎肉の串刺しを焼いている。【燼天玉藻前】 「結縁神様?」縁結神はまだぼんやりしていて、玉藻前の呼びかけも聞こえていないかのようだ。【鈴彦姫】 「縁結神?」【縁結神】 「ん?……ああ!なんじゃ?緊急事態でも起きたのか?」【鈴彦姫】 「焦げてるよ。」その言葉通り、焦げた匂いが辺り一面に漂う。火も一層勢いを増した。【縁結神】 「われは……われは考え事をしておった。」【燼天玉藻前】 「何か悩みか?」【縁結神】 「違う違う、われは悩んだことなど……」【鈴彦姫】 「でも感情に呼応する炎は、あんたの目の前で揺らめいてるよ。」【縁結神】 「……仕方ないのう、ごまかしきれぬか。われらのことを近くから見ている者がおるようじゃ。」【燼天玉藻前】 「木の生い茂った森だ、悪鬼が隠れていてもおかしくはない。」【縁結神】 「高天原にいた時も、ずっと誰かに見られていた気がするのじゃ。本当に嫌な感じじゃ……今思い返しても気持ち悪いのう。」【燼天玉藻前】 「ほう?陰に隠れて結縁神様を監視するような不届き者がいたとは。」【縁結神】 「しかし毎日話本を売ったり、占いをしたり、神社を訪問したりする以外……われは特に何もしておらぬ。じゃから、例え監視されても特に問題はない。」【燼天玉藻前】 「本当か?」【縁結神】 「なんじゃ、大狐は信じてくれぬのか?」【鈴彦姫】 「こほん……」【縁結神】 「鈴彦姫、どうしたのじゃ?」【鈴彦姫】 「多分……あたし達をずっと監視してるのは、あたし達の知ってる人だと思う……もう隠れてないで、出てきたら?」【以前出会った少年】 「とっくに……気づかれていたのですね……」【縁結神】 「山道は危険じゃというのに、どうしてついてきたのじゃ?」【以前出会った少年】 「薬草を採りに来たのですが、まさかまたお会いできるなんて。せっかくお会いできたので、お礼を言おうと思って……」【鈴彦姫】 「でも、今はどこも危険だから、安全な場所に隠れていたほうがいい。」【以前出会った少年】 「はい……さっき皆さんのためにお花を摘んだのですが……もしよければ受け取ってください。」【燼天玉藻前】 「恩返しか、いい子だ。この花……綺麗だな。」【縁結神】 「いつまでもここに留まるのは危険じゃ。大狐、とりあえずこの子を朧車に乗せて安全な場所まで送り返すぞ。陣眼に向かうのはその後じゃ。」【燼天玉藻前】 「はい。」 |
長弓の記憶
長弓の記憶ストーリー |
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真夜中、星々に飾られた夜空は、禍々しい赤みを帯びている。【蘇摩】 「ずっと前からそこにいますね。顔を出す気はありませんか?」言ったそばから、薙刀を持った男が影の中から出てきた。【迦楼羅】 「蘇摩、お前の傷はまだ治っていないはずだが、どうして休まずにこんな高い所に長居している?」【蘇摩】 「大した怪我ではありません。」【迦楼羅】 「行軍中はただでさえ休める時間が少ない。おまけにお前は怪我をしている。やはり早めに休むべきだ。見張りぐらい、俺様が引き受ける!」そう言うと、迦楼羅は身をかがめて一礼した。それを見た蘇摩は、思わず笑い声を漏らす。【蘇摩】 「本当に優しいですね。ここは見晴らしがいいので、気分転換に景色を楽しんでいます。ついでに……」急に語気が変わったかと思うと、蘇摩は片時も手放さなかった弓を引き、「ひゅっ」と矢を放った。しばらくすると、遠くの森の中から悪鬼の叫びが聞こえたが、すぐに夜闇に紛れて消えた。【蘇摩】 「ふふ、お断りする前に、こちらに向かってきていた鬼族に矢を放ってしまいました。えっと……驚かせてしまいましたか?」【迦楼羅】 「まさか……こ、こんなことで!俺様は、これでも兄貴とたくさんの修羅場をくぐり抜けてきたんだ。」【蘇摩】 「それはよかったです。もしよければ座ってください。お酒やおつまみもありますよ。」蘇摩に誘われ、ただ様子を見に来ただけの迦楼羅は返答に困り、その場に立ち尽くした。【蘇摩】 「どうしてぼーっとしているのですか?まさか「けが人」である私に、食べさせてもらうつもりですか?」【迦楼羅】 「いや。さっきの矢を放った時の一連の動きがあまりにも素晴らしかったから、思い返していた。」【蘇摩】 「見かけによらず口が上手いですね。さっき射当てたのは弱い悪鬼に過ぎません、おそらく自我すら持っていないはずです。一体どこが「素晴らしかった」のですか?」【迦楼羅】 「軍の中で聞いたことがある。蘇摩大将軍は幼い時から武芸をたしなみ、特に弓矢に長けていて、百発百中と言っても過言ではないと。さっきも何の兆しもないのに森の中に隠れている悪鬼を射殺した。それはまさに、素晴らしいという評価に値するものでは?」【蘇摩】 「そうですか?おかしいですね。私は軍の中で、幼い時のことを語った覚えはありませんが。」【迦楼羅】 「……ははは、俺様は以前より各地を彷徨っていたから、時折偉い人達の噂を小耳に挟んでいてな。そもそも、お前の武芸は生まれつきのもんじゃねえだろうし、噂になってもおかしくはない。」蘇摩は何も言わなかった。代わりに杯に酒を注ぎ、一気にそれを飲み干した。【蘇摩】 「実のところ、幼い頃の私は病弱な子でした。」【迦楼羅】 「なんだ?」【蘇摩】 「でも私は長女なので、一族は丁寧に私を育ててくれました。早々に、王族との婚約も交わしました。」【迦楼羅】 「婚約者が……いたのか?」【蘇摩】 「実の両親は、私が幼い時に亡くなりました。表面的には私と妹は一族に甘やかされているようにも見えますが、実はいい鴨にされているのです。ふっ、婚約と言っても、実際のところは利益や権力を得るための方法に過ぎません。でも、大人しく彼らの言いなりになる私ではありません。奇しくも、のち一族の屋敷は鬼族に襲われました。私は混乱に乗じて、妹を連れて逃げ出しました。それから私は一生懸命に武芸を習得し、戦に身を投じてきました。するとついてくる人が段々多くなり、やがて瑠璃城の城主になりました。どうしました?呆れた顔ですが。」【迦楼羅】 「なんでもない、ただいつも強気に振る舞っている大将軍にそんな一面があったとは……予想外だった。しかしさっき言っていた「婚約」の話だが……」【蘇摩】 「家出したあと、一族から除名されてしまったので、もちろん破棄されました。そもそも貴族の御曹司なんて、考えただけでも反吐が出そうです。」そう言いながら、蘇摩は再び酒をあおり、嫌な思いを振り払うかのように頭を振った。【蘇摩】 「そういえば、あなたはいつも槍を持ち歩いていますね。きっと接近戦が得意なのでしょう。私は弓に長けていると言われていますが、実は刀、鞭、そして斧も使えます。」【迦楼羅】 「お……斧?聞くだけでも凄さが伝わってくるな。」【蘇摩】 「瑠璃城の武器庫には、たくさんの武器が保管されています。この件が終わったら、二人で手合わせも悪くないですね。どうでしょう?」【迦楼羅】 「……誘われた以上、付き合うしかない。その時は、手加減なしでお願いしたい。」 |
夜影の談
夜影の談ストーリー |
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深夜、兵営の外。 蘇摩は懐から蹄形の宝石を取り出し、月明りの下に置いた。しばらくして、毘瑠璃の心配そうな顔が宝石に映し出された。周囲に誰もいないことを確認してから、彼女は早口で話し始めた。【毘瑠璃】 「姉様、善見城からも、邪神の力が異変を引き起こしたことを感知できたわ。どんな危険も決して見逃さないよう、警備を強化してる。あ、こっちのことはともかく。姉様の方はどう?陛下は無事?最近ずっと嫌な予感が……ああやだやだ、きっと姉様の傍にいてあげられないから、変なことを考えるようになったのね……もう夜更けだから?姉様、やつれてない?」【蘇摩】 「そんな言い方、ずっと会ってないみたいじゃない。数日前まで一緒にいたでしょう。こっちは全て順調よ、あなたが心配しているような激しい戦いはなかった。この数日、陛下は時間があれば蓮と戯れているくらい、元気いっぱい。むしろ一人で善見城を守っているあなたの方が、私はずっと心配よ。」【毘瑠璃】 「出発するまでに、陛下はもう全て手配していたから、私はただ善見城を守っていればいいの。それに、善見城を守ることすらできなければ、陛下に合わせる顔なんてないわ。え?姉様の弓に……黒い羽がいくつか飾られてる?姉様は、武器に飾りをつけるのは嫌いなはず。もしかして……」【蘇摩】 「変なこと言わないで!」【毘瑠璃】 「もしかして戦い疲れて、気づかなかったの?」【蘇摩】 「……こういう時なんだから、悪ふざけはほどほどになさい。」【毘瑠璃】 「姉様の顔が赤いのは、赤い月のせい?」【蘇摩】 「毘瑠璃、数日会わないうちに、饒舌になったわね。教えてあげましょう。この黒い羽は、とある翼族の兵士を助けた時にもらったお礼よ。戦いの最中だったから、しまっておく場所を決められなかったの。だからこうして弓に飾っただけ。思い出させてくれてありがとう。戦況が落ち着いたら、どこかに片付けるわ。」蘇摩がそう言った時、背後のさほど遠くない場所から、聞き取れないほど小さなため息が聞こえた。ほぼ同時に、彼女は振り返り、闇の中に矢を放った。驚いた鳥が数羽、空高く飛び上がり、深い夜闇の中に消えた。【毘瑠璃】 「誰?」【蘇摩】 「森の中で休んでいた鳥達じゃないかしら。」 |
泡影の言葉
泡影の言葉ストーリー |
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陣眼の蛇魔が退治され、邪神の力が作り出した幻境も次第に消えていく。まだ完全に消えていない真っ黒な海の中で、記憶から生まれた二つの幻影は、結界越しに互いを見ている。【麓銘大嶽丸】 「……本当に、不思議な出会いだ。」【驍浪荒川の主】 「そうだな。我とお主が別れてから、もう何年も経った。」【麓銘大嶽丸】 「全く奇妙な幻境だ。俺らは記憶の欠片に過ぎないが、少しだけ自我がある。」【驍浪荒川の主】 「そのような姿に成り果てたお主を見るのは、実に感慨深い。」【麓銘大嶽丸】 「あれから色々あったんだ。お前にとっちゃ俺は未来だが、俺にとっちゃお前は過去さ。過去も未来も他人の記憶の中に刻まれている。俺もお前も、あくまでも幻境を彷徨う影なんだ。」【驍浪荒川の主】 「本当の我とお主は、相変わらず遠く離れている。此度は仮初の会話に過ぎん。」【麓銘大嶽丸】 「この幻境がなければ、お前と言葉を交わすこともできねえ。」【驍浪荒川の主】 「我はかつて考えたことがある。お主と再び顔を合わせたら、何を言うべきかと。」【麓銘大嶽丸】 「ほう?それで?これが顔を合わせたことになるなら……最初に口に出たのは「そうだな」だったな。お前が予想してたのとは違っただろう?」【驍浪荒川の主】 「はは、違うな。我が辿り着いた答えはこうだ。再び相見える時、もう言葉はいらぬ。恩讐の葛藤が深まるも消え去るも、天に任せればよい。我の行いは恥じらうべきものにあらず。我の言葉は行いに忠実なもの。故にその結末は、最初から決まっているも同然。お主はどうだ?」【麓銘大嶽丸】 「…………」【驍浪荒川の主】 「荒川で出会った時、我は言った。鈴鹿山の妖怪は意思が強く、他人の下僕に甘んじたりはしない。お主は答えた……」【麓銘大嶽丸】 「お前の友人は、とっくに死んださ。」【驍浪荒川の主】 「お主も我も幻影にすぎぬ、故にこの会話は泡沫にも等しい。この泡沫の会話にて、我は重ねて問う。鈴鹿山の妖怪は強い意志を持っている。にも関わらず、邪神の下僕に甘んじることができるのか?」【麓銘大嶽丸】 「ふっ。お前の友人の目的は、最初から最後まで変わらなかった。」【驍浪荒川の主】 「然り。ならば、我とお主は必ず再会する。」二つの儚い幻は、崩れる幻境と共に跡形もなく消えた。記憶の欠片は、互いに存在しなかった約束を交わした。蛇魔の力が消え、水脈が繋がり、荒川の入り江の刀陣に巣食っていた最後の邪神の妖気も祓われた。刀の中で眠っていた魂が目を開け、海底に刺さるもう一振りの刀越しに、川の向こう側……遥かなる海に目を向けた。記憶の欠片が織りなす幻が互いを見るかの如く、遥かなる海の果て、円形の結界の中で眠る魂は何かを察したかのように、苦しみの輪廻より目覚めた。過去と未来は共に記憶に刻まれ、今に生きる者達は物語に新しい始まりをもたらす。 |
運勢占い
運勢占いストーリー |
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【蝉氷雪女】 「茶柱が……立った?」雪女が興味津々で茶の中で広がる茶葉に触れようとすると、茶が冷えて薄い氷が張った。【蝉氷雪女】 「これは本当に未来を示しているの?」【藤原道綱】 「多くのことは、信じるも信じないもその人次第です。」【黒晴明】 「ならば教えろ、この茶柱は何を意味する?」【蝉氷雪女】 「黒晴明様?」【黒晴明】 「占いというものは、様々な流派に分かれていると聞いた。星を通じて占う者もいれば、赤い糸や八卦を利用して占う者もいると。しかし、道綱様の「茶柱」占いは、その中でも珍しい。」【藤原道綱】 「黒晴明様がそう仰るということは……信じておられないのですね。」【黒晴明】 「道綱様の独特なやり方を見て、感慨を覚えただけだ。」【藤原道綱】 「世の情勢のような大きなものを占うことはあまり好きではありませんが……縁や可能性を占うとなると、少し興味があります。」【黒晴明】 「縁や可能性?」【大天狗】 「貴様、黒晴明様に無礼を働くのか!」【藤原道綱】 「ははは、縁というものは、人によるところが大きいです。本人にその気がなければ、占いの結果に関わらず、最後は必ずうまくいきません。」【大天狗】 「それは屁理屈ではないのか。」【藤原道綱】 「今日の黒晴明様のお茶には、三本の茶柱が立っています。黒晴明様の身に……何か予想外のことが起きるかもしれません。それは黒晴明様と切っても切れない関係を持つ人かもしれませんし、黒晴明様がずっと困っていることかもしれません……そして……何も起こらないかもしれません。しかしこれについては、すぐに明らかになるでしょう。そんな予感がします。」【黒晴明】 「ほう?面白い。」【大天狗】 「ぶつぶつと、でたらめを!」【藤原道綱】 「そうですね……でたらめだと思われても、構いません。占いというのは、結構疲れるものです。黒晴明様、都が無事に今回の危機を乗り越えることができたら、藤原家にお越しいただけませんか?」【黒晴明】 「いいだろう。」 |
飴彩探
飴彩探ストーリー |
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山の中。【はぐれた女の子】 「つ……ついていかないよ……あなた達……妖怪なんでしょ……」【大天狗】 「何度も言ったが、妖怪だからといって、必ずしも人を傷つけるわけではない。一括りにされては困る。」【はぐれた女の子】 「わあああ!!人を傷つける妖怪‥…本当に存在してるの……」【大天狗】 「……こういう場合、何と答えればよいのだろう。」大天狗は額に手を当て、落ち込んだ表情で近くの木に飛び乗った。【はぐれた女の子】 「これ、何?」さっきまで泣いていた女の子は、雪女が渡した飴が気になっている。【蝉氷雪女】 「これは氷のりんご飴、食べる時は気をつけて……」【はぐれた女の子】 「う、うううう……」【蝉氷雪女】 「食いしん坊さん、舌が氷にくっついてる……どうしよう。仕方ない、私が助けてあげる。」雪女が軽く右手を振ると、氷のりんご飴は再び雪に戻った。その後、もう一度りんご飴として雪女の手の中に現れた。【はぐれた女の子】 「わあ……お姉さん、すごいね。」【蝉氷雪女】 「ちょっとした手品よ。」二人がおしゃべりをしていると、一匹の悪鬼が女の子の後ろからこっそり襲ってきたが、次の瞬間霊力に打たれふっ飛ばされた。【蝉氷雪女】 「黒晴明様!」【黒晴明】 「負傷者を救助しに来たのだとはいえ、常に周囲を警戒しておけ。」【蝉氷雪女】 「はい……黒晴明様。」雪女は再び女の子の方を向いた。【蝉氷雪女】 「今なら……私達と一緒に来てくれる?黒晴明様を信じていれば、必ず守ってくださるわ。」【はぐれた女の子】 「このりんご飴、すごく甘い。こんな飴を作れる人が、悪い人なわけないよね……あたし……」【大天狗】 「ならば早く来い、安全な場所まで連れて行ってやる。」 |
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